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株主からの委任状と「反対の通知」についての最高裁判決(2024年3月22日)

株主からの委任状と「反対の通知」についての最高裁判決(2024年3月22日)

弁護士 苗村博子

1.はじめに

株式買取請求は実務上多くの問題を有しております。今回は、株式買取請求について新たな判断を示した令和 5 年 10 月 26 日の最高裁決定についてご紹介します。本 Quarterly をご覧の皆さまの業務にご活用いただけますと幸甚です。

 

2.株式買取請求及びこれを行使するための要件

(1)株式買取請求とは

吸収合併等により、当初出資した会社と異なる会社に代わってしまった場合など、株主が投資した時点から会社の基礎となる事項に変更が生じた場合、もはや株主を辞めたいと考える株主もいます。会社法は、そのような株主が会社に対し自身の有する株式を買い取らせることにより、株主としての地位を離脱することを認めています(会社法 785 条等)。

(2)株式買取請求を行うことのできる「反対株主」とは

会社法 785 条 2 項を見ると、株式買取請求は「反対株主」にのみ認められています。ここでの「反対株主」に当たるためには、「吸収合併等に反対する旨を…株式会社に対し通知(以下「反対通知」といいます)」することが必要です(同項 1 号)。この通知の手続を要求することにより、会社は事前に、吸収合併契約等に反対する株主がどれくらいいるのか、どれくらいの数の株式について株式買取請求が見込まれるかを予測することができ、株式買取請求を想定した対応や吸収合併の撤回などの事前準備が可能になります。

本件の最高裁決定は、委任状についても反対通知に当たるかについて争われた事件です。

 

3.事案の概要

(1)委任状の記載

A 社(被告)と B 社は、B 社を存続会社とする吸収合併契約(以下「本件吸収合併契約」といいます)を締結し、その承認を議題とする株主総会を招集しました。A 社代表取締役 C は、株主 D(原告) に対し、当該株主の招集通知を発するとともに、D 自身が出席できない場合には、同封した委任状用紙(以下「本件委任状」といいます)内に上記株主総会に関する議案の賛否を記載して、これを返送するよう求めていました。上記本件委任状内には、宛先に「A 社御中」と印字され、「委任状」の表題の下部に「私は、…… を代理人と定め下記の権限を委任いたします。」、「令和 2 年 11 月 13 日開催の貴社臨時株主総会…に出席して、下記の議案につき私の指示(〇印で表示)にしたがって、議決権を行使すること。ただし、議案に対して賛否の表示のない場合及び原案に対して修正または動議が提出された場合は、いずれも白紙委任いたします。」とそれぞれ印字され、その下に「賛」又は「否」のいずれかに〇印を付けて本件議案についての賛否を記載する欄が設けられていました。

(2)D の委任状への記載及びCの議決権行使

D は、本件委任状内の……の箇所に代表取締役 C の名前を記載し、本件賛否欄の「否」に〇印を付けた上でA社に返信しました。

上記の返信を受け、CはDの代理人として、本件吸収合併契約に反対する旨の議決権を行使しました。

(3)Dからの株式買取請求行使

DはA社に対し、Dの保有する全株式を公正な価格で買い取ることを請求したところ、価格について折合いがつかなかったため、Dは裁判所に対し、株式買取価格を決定する申立てをしました。D の申立てに対し、裁判所は、Dの反対する旨の通知はあくまで代表取締役Cに対するものであり、会社であるA社に対してなされたものではないから、反対通知に当たらないと判示し、Dの申立てを却下しました。これを不服として、D が異議申立てをしました。

4.裁判所の判断

(1)二審決定

二審決定は、本件委任状を A 社に対して反対通知をしたとは認められない旨判示していますが、その理由として考えられるのは以下の 2 点です。

①裁判所は、会社法 785 条 2 項 1 号の反対通知は、会社に対して通知する必要があると考え方を前提にしていると考えられる点

②本件委任状は、代理人となるべき者に対して本件総会における議決権の代理行使を委任する旨の意思表示をした書面であり、本件賛否欄の「否」に〇印を付けた部分は、代理人となるべき者に対する指示に過ぎないと指摘していることから、本件委任状は会社であるA社に対し通知したものではないと評価したと考えられる点

学説上は、前記の事前通知を要求した趣旨、すなわち会社に株主の反対意思を事前に認識させることにより、株式買取請求の準備の機会を与える点にあることを重視し、上記二審決定の①と同じ立場に立つ見解が多く見られます。②についても、特に本件のような委任状はあくまで議決権行使の代理人に対する指示に過ぎず、前記二審決定と同様に、会社に対して反対の通知をしたことにはならないと考える見解が多いようです。

(2)最高裁決定

これに対し、最高裁決定は本件の委任状についても、会社に対する反対通知であると認めている点が注目に値します。まず、①の誰に対して通知をすべきかについて、最高裁も、会社法 785 条 2 項 1 号の趣旨については、「吸収合併契約等の承認…に反対する株主…の見込みを認識させる」と指摘しています。かかる指摘からすると、会社に対して事前に株式買取請求を予測させるためには、反対通知は会社に対して行う必要があると考えるのが素直であり、①については最高裁も前記二審決定と同じ立場のようです。

しかし、②については、以下の理由より、二審とは異なり、会社に対する反対通知をしたものと判示しています。すなわち、最高裁は「委任状を…送付した場合であっても、当該委任状が作成・送付された経緯やその記載内容等の事情を考慮して、吸収合併等に反対する旨の意思が消滅株式会社等に対して表明されているということができるときには、…上記委任状を消滅株式会社等に送付したことは、反対通知に当たる」と判断しました。その上で、本件委任状は、A社が「宛先を自社とする本件委任状用紙を送付して議決権の代理行使を勧誘して」するもので、その記載は A 社のフォーマットであること、及び D が上記フォーマットを使用して、「本件委任状の各欄に記載をするなどして作成」していることを指摘し、D の記載は「代理人となるべき者に対して議決権の代理行使の内容を指示するだけのもの」ではなく、A 社に対する「応答でもあった」と評価しています。そして、本件委任状の「賛否欄には『否』に〇印が付けられて」いたことから、「本件吸収合併に反対する旨の…意思表示が本件委任状に示されていた」と結論付けています。

5.結語

前記の最高裁の判断を見ると、反対通知であるかについては、当該通知の作成経緯や記載内容等の諸事情を考慮して判断されるため、委任状であるからといって必ずしも会社法 785 条 2 項 1 号の反対通知に当たらないとはいえず、内容を慎重に検討する必要があります。今後、自社内のフォーマットに株主が記載した通知であっても、反対通知であると主張され、意図せずして株主から株式買取請求が行使されてしまうおそれもあります。吸収合併に際し、株主に対して通知をする場合には、通知の記載内容に十分ご留意ください。

 

 

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