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シンジケートローンにおけるアレンジャーの参加金融機関に対する責任(2010年8月23日)

シンジケートローンにおけるアレンジャーの参加金融機関に対する責任

弁護士 中島康平

【はじめに】

今回は,シンジケートローン組成段階におけるアレンジャーの参加金融機関に対する情報提供義務について判断を示した名古屋地裁平成22年3月26日判決・金判1340号18頁をご紹介します。

【事案の概要】

X₁ないしX₃(信用金庫あるいは地方銀行・以下併せて「Xら」といいます)は,Y(地方銀行)がアレンジャーとなって組成したAに対するシンジケートローン(以下「本件シンジケートローン」といいます)に参加し,Aに対する貸付けをそれぞれ行いましたが,貸付けの実行後,Aは,商品の主要仕入先であったBから取引を解除され,また,粉飾決算を理由として取引銀行から融資の継続を打ち切れるなどしてその経営が破綻し,平成20年3月28日,名古屋地方裁判所に対し民事再生手続開始の申立てを行ない,同年4月11日,民事再生手続開始決定を受けました。

これにより貸付金の回収が不可能となったXらは,Yが参加金融機関に対して参加の是非を判断するために適正に情報を提供すべき義務を負っていたにもかかわらず,その履行を怠ったために,Xらが貸付金の使途に係るAの説明が虚偽であったこと,貸付けの当時Aに粉飾決算の疑惑があったことなどを知らないまま本件シンジケートローンへの参加を決定し損害を被ったとして,Yに対し,債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を求めました。

【争点】

1 アレンジャーであるYが参加金融機関であるXらに対しどのような法的義務を負うか。2 Yに情報提供義務違反行為があったか。

【判旨】請求棄却〔控訴〕

争点1

本判決は,アレンジャーの位置付け及び借入人・貸付人との関係について,「アレンジャーは,シンジケートローンの組成段階において,借入人との間で主要な融資条件を協議した上,借入人からその融資条件に従ってシンジケートローンに参加する金融機関を勧誘することの授権を得て,金融機関に対する招聘を行う主体であるが,借入人との間で委任契約ないし準委任契約を締結しているものと解され…,招聘の相手方となる各金融機関との間に契約関係は存しない」ことを確認し,これを前提に,「Yは,そもそもシンジケートローンに参加する金融機関の利益の確保に努める主体ではない上,招聘を受けた金融機関であるXらは,自己の権限と責任において融資の可否を判断すべきものであり,融資の可否の判断に関しYに一方的に依存する関係にはないから,本件シンジケートローンにおいて,Xらが主張するような一般的・抽象的な信認義務をアレンジャーたるYに課すべき法的根拠はないというべきである」と判断して,信認義務違反ないしアレンジャーたる地位に基づく情報提供義務を否定しました。

アレンジャーの不法行為責任については,「シンジケートローンへの参加を検討する金融機関は,適正な情報に基づき参加の可否の意思決定をする法的利益を有するというべきであり,具体的事情の下でアレンジャーが故意・過失によりかかる法的利益を侵害したといえる場合には不法行為責任を負うことがあると考えられる」としてその可能性を肯定した上で,アレンジャーが特定の情報を提供しなかった「不作為が違法と評価されるには,アレンジャーが信義則上参加金融機関に対して当該情報を提供すべき義務を負い,これに違反したことが必要であるというべきところ,信義則の適用に当たっては,当該情報の内容,性質,アレンジャーが当該情報を入手した経緯等の諸般の事情に照らし,当該情報を提供しないことが取引通念上容認し得ないといえるか否かという観点から判断するのが相当である」との判断基準を示し,さらに,「特定の情報(とりわけ借入人の信用力を否定する情報(いわゆるネガティブ情報))を提供しないことが取引通念上容認し得ないというためには,少なくとも,①当該情報が,招聘を受けた金融機関の参加の可否の意思決定に影響を及ぼす重大な情報であり,かつ正確性・真実性のある情報であること,②アレンジャーにおいて,そのような性質の情報であることについて,特段の調査を要することなく容易に判断し得ることを要するというべきである」としました。

争点2

その上で,本判決は,XらがYの情報提供義務違反として主張するAの粉飾決算に関する情報提供を怠った行為と本件貸付金の使途を偽った行為について検討を加え,Xらの主張する情報が上記①・②の要件を満たさずYがXらに対し信義則上これらの情報を提供する義務を負っていたとはいえないなどとして,Xらの請求を棄却しました。

【検討】

シンジケートローンとは複数の金融機関が協調して同一の借入人に対して融資を行うための手法の一つであり,各参加金融機関が借入人との契約の直接の当事者となり,融資に係る権利義務も借入人と各参加金融機関との間で個別に発生するものとされています[i]。シンジケートローンの組成にあたって,借入人は融資条件の協議・交渉を経てアレンジャーにシンジケートローンの組成を依頼します。依頼を受けたアレンジャーは他の金融機関に対し融資条件や借入人の財務状態等を記載した書類(インフォメーション・メモランダム)を交付してシンジケートローンへの参加を招聘します。招聘を受けた金融機関は提供された情報を分析・検討し,シンジケートローンに参加するか否かを決定し,参加する場合はアレンジャーに対して参加表明を行ないます。そして,契約書に係る条件交渉を経てローン契約の締結に至ります。

本件はこのようなシンジケートローンの組成段階におけるアレンジャーの参加金融機関に対する情報提供が問題となったものです。

シンジケートローンの組成段階におけるアレンジャーの法的地位に関しては,アレンジャーは借入人から依頼を受けてシンジケートローンの組成を行う主体であって借入人との間の法律関係は委任もしくは準委任契約であるとされています。

アレンジャーの参加金融機関に対する情報提供義務[ii]については様々な議論がなされており,例えば,日本ローン債権市場協会(JSLA)が平成15年12月9日に公表した「ローン・シンジケーション取引における行為規範」や平成19年10月11日に公表した「ローン・シンジケーション取引に係る取引参加者の実務指針について」では, ローン・シンジケーションへの参加招聘時には借入人と参加金融機関の間には何らの権利義務関係が存在しておらずアレンジャーと参加金融機関の間においては明示的な契約関係は存在していないため,参加金融機関は追加的な情報の開示を要請することはできるが,この参加金融機関の要請に対し借入人がそれに応じる「義務」はなくアレンジャーが借入人に情報の開示を促す「義務」もないが,①(i)アレンジャーが知っていながら参加金融機関に伝達していない情報が存在し,(ⅱ)その情報が借入人より開示されない限り,参加金融機関が入手し得ないものであり,(ⅲ)参加金融機関のローン・シンジケーションへの参加の意思決定のために重大な情報である場合において,アレンジャーが借入人による情報開示を促すことなくローン・シンジケーションの組成を進めたときは,アレンジャーの行為は民法第709条の「不法行為」に該当し参加金融機関に対して損害賠償責任を負う可能性がある,②加えて,アレンジャーがインフォメーション・メモランダムに重大な虚偽記載があることを知りながら,それを告げずに参加金融機関に配布した場合にもアレンジャーは参加金融機関に対して損害賠償責任を負担する場合があり得るとの整理がされていました。

本判決は,このような状況で,裁判所として,アレンジャーの位置付けを明らかにし情報提供義務違反として不法行為が成立する基準を示したものであり,実務上参考になるものと考えます。なお,本件は控訴されており控訴審の判断が注目されます。

[i] 森下哲朗「シンジケートローンの法的問題と契約書」金法1591号6頁。

[ii] 多くの場合,アレンジャーは借入人のメインバンクであり,自らが組成するシンジケートローン取引以外にも多くの取引を借入人と行っていることから,アレンジャーと他の参加金融機関との間では借入人に関する情報量におのずと差があります(情報の非対称性)。このような事情に照らして,アレンジャーの参加金融機関に対する情報提供が肯定されるかが問題となります(御厨景子「シンジケートローンの基本的仕組みと法的問題点」銀法695号12頁)。

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