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わが国における競争法によるフリーランスの保護の現状と今後(2022年11月28日)

わが国における競争法によるフリーランスの保護の現状と今後

弁護士 田中 敦

1 はじめに

最近、フリーランスとして働く人々を契約上保護するための新法制定に向けた動きが活発化しています。その背景には、働き方の多様化やリモートワークの普及による近年のフリーランス人口の増加、フリーランスへの現行法の適用の限界が問題視されたことがあります。

本稿では、主に競争法の適用を念頭に置いて、わが国におけるフリーランスの保護に向けた近年の議論と法改正の動向をご紹介します。

 

2 フリーランスとは

 フリーランスとは、後述の「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」では、「実店舗がなく、雇人もいない自営業主や一人社長であって、自身の経験や知識、スキルを活用して収入を得る者のことをいう」と定義されています。

フリーランスとして働くことが多い業種としては、工事請負業(いわゆる一人親方)、エンジニア、作家、俳優、通訳、スポーツ選手といった職業が挙げられます。令和2年5月に発表された内閣官房による調査では、わが国において、フリーランスとして働く者の試算人数は、462万人に上るとの結果が報告されています[1]

 

3 法令によるフリーランスの保護

フリーランスについては、委託元の事業者との情報量や交渉力の格差から、一方的な契約条件を強いられたり、代金不払や理不尽なやり直し要請がなされたりすることが問題となる場合があります。

フリーランスは、特定の企業等と雇用関係にないことから、原則として、労働基準法や労働契約法の適用対象とはならず、労働条件の不利益変更の禁止や賃金全額払いの原則等の労働法上の保護を受けることができません。(なお、委託元が提供する設備等を利用して役務提供をする場合には、委託元がフリーランスに対し安全配慮義務に基づく責任を負う可能性があります(最判平成3年4月11日・判時1391号3頁)。)

フリーランスと委託元の事業者との取引については、独占禁止法(優越的地位の濫用等)や下請法による規制の対象になり得ます。しかし、フリーランスへの発注を行うのが小規模な事業者であることも多く、そもそも資本金1000万円以下であるとして下請法の適用対象(下請法2条7項の「親事業者」)に該当しなかったり、フリーランスに対して必ずしも優越的地位にあるとはいえなかったりする事情から、これら法令の規制が及ばない場合もありました。加えて、フリーランスの取引についてはその金額が比較的小さいこともあり、フリーランスとして働く者が、法令違反を理由に救済を求める事例はそれほど多いとはいえませんでした。

 

4 競争法によるフリーランス保護の議論の発展

(1) 人材と競争政策に関する検討会報告書

平成30年2月15日、公取委は、事業者による個人の役務提供者に対する行為への独占禁止法適用の考え方をまとめた報告として、「人材と競争政策に関する検討会報告書」を公表しました。

同報告書では、個人の役務提供者への行為が優越的地位の濫用の適用対象になり得ることが明記された上、フリーランスとの取引で問題となることが多いと思われる類型(役務提供者の専属義務、成果物の利用制限、事実と異なる取引条件の提示等)を挙げて、それぞれについて、優越的地位の濫用に該当するか否かの考慮要素を示しています。例えば、個人の役務提供者に対し専属義務を課すことについては、専属義務の内容や期間、これにより役務提供者へ与える不利益の程度、代償措置の有無、役務提供者との協議の有無、他の取引条件と比べて差別的かどうか等を考慮して判断されることとなります。

同報告書は、フリーランスとの取引が独占禁止法の適用対象になることを明確化したものですが、後述のとおり、現在の運用としては、下請法を適用した取締りが中心となっています。

 

(2) フリーランス保護のためのガイドライン

令和3年3月26日、内閣官房、公取委、中小企業庁及び厚生労働省の連名により、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」が公表されました。

同ガイドラインでは、フリーランスとの取引につき、「下請法と独占禁止法のいずれも適用可能な行為については、通常、下請法を適用する」との方針が記載されています(同ガイドライン3頁)。また、同ガイドラインでは、フリーランスとの取引において締結すべき契約書のひな形が添付されるなど、フリーランスとの間の契約内容について一定の踏み込んだ見解が示されています。

 

(3) 法改正の検討と法執行の現状

令和4年9月13日、内閣官房により、「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」が公表され、意見募集が行われました。当該資料は、あくまで法整備の方向性を示したものにすぎませんが、下請法の適用対象とならないフリーランスとの取引についても、業務委託時の書面交付義務、役務提供から60日以内の代金支払義務、受領拒否や返品等の禁止といった下請法と同種の規制を適用する方針が示されています。また、遵守事項の違反があった場合には、その違反事実をフリーランスが行政機関へ申告することのできる制度を創設することも検討されています。当初は、下請法を改正する方向での検討がなされているとの報道もありましたが、その後の公取委の事務総長の会見によれば、下請法改正ではなく新法を制定する方向で検討されていると述べられています[2]

また、公取委による法執行の現状として、同年5月に公表された令和3年度の運用状況では、フリーランスに関連する下請法違反の実例として、事業者名は明記されていませんが、多数の違反事例が報告されています[3]。さらに、同年10月に公取委が公表した活動報告によれば、令和4年度の体制の強化として、「下請取引及びフリーランスやスタートアップとの取引に係る執行体制の強化」のための人員を14名増員したことが報告されています[4]

 

5 さいごに

以上のとおり、下請法の適用を中心として、フリーランスとの取引に対する法執行が活発化しており、公取委による取締りは今後もさらに拡大していくことが予想されます。

また、フリーランス保護のための新法が制定され、委託元の事業者の資本金額にかかわらずフリーランスとの取引が下請法と同様の規制の対象となれば、サプライチェーンの全体を通して、委託契約の見直しとコンプライアンス確保のための体制構築が求められる可能性があります。現時点では、法令の形式や具体的内容は全くの未定であるものの、新法制定に向けた今後の動向を注視することも重要となります。

以上

[1] 内閣官房日本経済再生総合事務局「フリーランス実態調査結果」(令和2年5月)25頁。https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/suishinkaigo2018/koyou/report.pdf

[2] 公正取引委員会「令和4年10月19日付 事務総長定例会見記録」https://www.jftc.go.jp/houdou/teirei/2022/oct_dec/221019.html

[3] 公正取引委員会「令和3年度における下請法の運用状況及び中小事業者等の取引公正化に向けた取組」(令和4年5月31日)別紙2 https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2022/may/R3_honbun.pdf

[4] 公正取引委員会事務総局「公正取引委員会の最近の活動状況」(令和4年10月)62頁https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/katsudou_R4_10.pdf

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