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国際契約の基礎知識(2024年3月22日)

国際契約の基礎知識(2024年3月22日)

弁護士 倉本武任

2023 年 10 月に日本も国際調停に関するシンガポール条約を批准し、6 カ月後の本年 4 月から発効することとなっています。国際仲裁の仲裁決定同様、成立した調停が執行力を持つことになることは、国際契約にも大きな影響を及ぼすとも考えられ、この機会に、意外と知られていない、国際契約ならではの規定等について、一度振り返っておこうと思います。

 

1. 国際取引で注意すべき点

―国内取引との違い

国内取引では、その取引をどの国の法律に従って規律するかということは考えることなく、日本法によってその解釈や契約によって発生する効果が決まります。しかし、国際契約では、あらかじめその契約の準拠法を定めておき、当事者間で解釈にずれが生じた場合に、準拠法に従って、契約を解釈できるようにする必要があります。仮にこれを定める条文が契約上に定められずに、日本の裁判所にその契約に関する法律問題が提起された場合には、「法の適用に関する通則法」という法律に従って、裁判所はどの国の法律がその契約を規律するのかを決めることになりますが、この通則法を適用すべきか否かから当事者間で争いになることも多く、紛争の解決に随分時間を要することになってしまいます。

また、紛争解決手段についてもあらかじめ契約書に定めておくことも大切です。国内契約では、裁判管轄については、〇〇地方裁判所の専属管轄とすると定めることもありますが、国際契約では、紛争解決手段として裁判所における訴訟によるのかどうか、裁判管轄地をどこにするのかなども重要となってきます。

  1.準拠法    (Governing Law)
(1)契約の準拠法は、当事者自治の原則から、当事者間で定めることができます。

まず、先に世界の法体系について考えておきましょう。法体系は、大きく、大陸法 vs 英米法に分けられます。

ア . 大陸法

日本法は、大陸法系のフランス法、ドイツ法を母法とし、基本的には、この大陸法系に属します。法律条文があって、それに従うという考え方をとる、ローマ法に遡る法体系で、約束したことは守られなければならないという考え方を基礎とします。

イ . 英米法- Common Law

もともとは、法律条文がなく、紛争は裁判所に訴えて解決してもらうことを中心とする法体系で、イギリスで発展し、その後イギリス連邦諸国とルイジアナ州を除く米国のほとんどの州で採用されている法体系です。

成文法がなく、積み重ねられた判例で、現在自らが直面する問題に似た事例の判例を探して、それをあてはめてもらうという方法によって紛争を解決するため、類推が利きにくく、一定の法理の要件を探し出すにも相当の手間暇がかかります。筆者も「錯誤」の要件を NY 州法で探ろうとして大変な苦労をしたことがあります。ただし、現在世界の共通語ともいえる英語圏で用いられていることもあり、国際契約では、England 法や米国の NY 州法などが準拠法として用いられるケースが多いところです。

(2)当事者間の定めがない場合

当事者間で取り決めがなければ、日本法では、「法の適用に関する通則法」の定めに従い、最密接関連地法が選ばれます。一方当事者が特徴的給付をする場合にはその給付を行う当事者の常居所地法が契約準拠法となるのです。ですが、そもそもどの国の法律に従って、準拠法を定めるかというトートロジーの状態になることも多く、国際契約では、準拠法を定めておくことは必須といえるでしょう。

 

  2.紛争解決手段

国際契約に関する紛争解決手段には、調停(Mediation)、仲裁、裁判所における訴訟手続などがあります(下表)。

調停 仲裁 訴訟
機関 JIMIKなど私的機関 ICC、AAA、SIAC,JCAAなど様々な私的機関 裁判所
費用 低廉 高額 低廉
強制執行のための手続 執行国がシンガポール条約に加盟していれば、調停内容が執行可能となる。日本も加盟した。 執行国が、NY条約に加盟していれば、仲裁判決の執行が可能となる。日本は、加盟国での仲裁判決の執行については、仲裁法45条以下に定める 外国判決の承認執行手続は各国の民事訴訟法や規則が定める。日本での執行は、民事訴訟法118条以下に定める。
 

公開性

 

非公開 非公開 日本を含め多くの国で公開
上訴の可否 双方の合意によるので上訴は考えられない。 一審制、上訴はできない 多くの国で上訴可能。日本は三審制

契約において紛争解決条項を定めておかなければ、裁判での解決を図ることになります。どの国で裁判を行い得るかは、国際裁判管轄の問題であり、日本では、民事訴訟法3条の2から3条 12 において定められています。

紛争解決手段には、一長一短があり、仲裁は非公開でできるメリットがあるものの、費用が高額となる場合が多くなります。2019 年にシンガポール条約が成立し、国際調停で成立した合意が、締結国においては、そのまま執行できることとなりました。日本においても京都国際仲裁センターが 2019 年に開業し、仲裁や裁判による紛争解決の前提として、調停の試行を求める紛争解決条項が増え、一種のトレンドとなっています。日本がシンガポール条約に加盟したことにより、今後最終調停が成立しなかった場合に仲裁によるにしろ、訴訟を提起するにしろ、調停を前置にしておくことは、なるべく迅速に、低コストで紛争を解決する大きな変革をもたらすことになると思います。

仲裁においては、当初に双方で審理対象を定めて合意し、Terms of Reference を作成し、仲裁廷は、それ以外を審理しないこととなっています。しかし、当事者双方や仲裁廷の裁量により、後発的に審理対象が加えられることも多く、審理が長期化する要因ともなっています。

仲裁条項や調停前置の場合の紛争解決条項で定めるべきことをみていきましょう。

(1)仲裁条項(Arbitration Clause)
 場所と仲裁機関の定めが必要です。

・ ICC(International Chamber of Commerce)
 評価の高い機関ですが、仲裁費用が高額である点が指摘されています。

・ SIAC(Singapore International Arbitration  Centre)
シンガポールには、マコーミックという各種仲裁機関が仲裁における証人尋問等の審問(Hearing)を行える建物があります。中でも SIAC は、費用も合理的であるとして、シンガポールを仲裁地として、SIAC を仲裁機関とする契約条項も増えてきています。ヨーロッパの国々の企業との契約では、日本との距離、ヨーロッパ各国との距離が大体同じであり、合意がしやすいように思われます。

シンガポールでの仲裁となると準拠法もシンガポール法となりがちですが、シンガポールは、コモンローの法域で、原理原則が簡単にわからないという問題点はあるものの、弁護士費用がリーズナブルであること、英語でやり取りできる点も好感を持たれています。シンガポールの弁護士の意見ですが、時間がかかるのが難点だとのことでした。

・JCAA
残念ながら JCAA を選ぶといって応じてくれる相手方は特に相手方が欧米の場合は困難です。日本でも仲裁センターが東京・大阪にでき、これを機に仲裁の場を日本にと期待されていますが、どの程度の効果があるでしょうか?

(2)裁判管轄(Jurisdiction)

被告地とする方法や、第三国とする方法もあります。仲裁と異なり、なんらの関係のない国を選択した場合、選択国から契約との関連性がないとして、裁判管轄を否定されることもあるので注意が必要です。確かに、裁判所は、国家の機能の一つとして低廉で裁判を受けられるようにしていることが多く、なんら選択国と関係のない紛争の経費負担を選択国に求め得る合理性はありません。当該契約と何らかの関係がある国を選択する必要があります。

(3)準拠法

契約当事者は自国法を準拠法としたいと考え、なかなか合意に至れない場合もあり、一方当事者が紛争解決を求める場合には相手方の自国法を準拠法とするなど、どちらが紛争解決を求めるかで、契約の準拠法まで変わるような条項すら見かけるようになりました。しかし、いずれかが紛争を解決するために、紛争解決機関への申立てが必要となるような状況であれば、相手方も何らかの申立てをしたいと考える可能性も高い場面ですので、準拠法が異なれば、紛争解決には長期間及び多額の費用を要することにもなりかねません。契約締結前の Win-Win の関係にある間に、あらかじめいずれかの法律を選ぶ必要があります。これまでは、イギリス法や米国の NY 州法が選択されてきましたが、その理由はやはり英語でやり取りができるということにあると考えられます。大陸法系の国々でも英語での法律条文の紹介や、英語を使える弁護士が増えており、原理原則を見つけやすい大陸法系を選択することも一つの選択肢だと感じます。

※ : 法の適用に関する通則法8条1項

 

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