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雇用機会均等法9条4項の違反等が争われた事件(2022年7月25日)

雇用機会均等法9条4項の違反等が争われた事件

弁護士 倉本武任

 

1.はじめに

女性労働者が妊娠、出産、育児等に関連して職場でハラスメント行為を受けることや、妊娠、出産等を理由として、使用者から不利益な扱いを受けることを、マタニティ・ハラスメント等(以下、「マタハラ等」といいます)と呼ぶこと[1]  は広く浸透しているかと思います。このようなマタハラ等に該当する労働者の妊娠、出産、育児休業取得を理由とする解雇・雇い止めに対しては、法令等において個別に禁止規定等が置かれています。労働者に対する解雇の有効性は、労働契約法(以下、「労契法」という)16 条において、解雇権濫用法理が定められていますが、実際に労働審判や訴訟になった場合には、労働者側から個別の禁止規定に該当するとの主張が行われる場合もあります。

本稿では、かかる個別の禁止規定の中でも、妊娠中の女性労働者及び出産後 1 年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇について、事業主は、当該解雇が、妊娠または出産等に関する事由を理由とする解雇でないことを証明しない限り無効とする旨を定める、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下、「均等法」といいます)9 条 4 項違反が争点となった、裁判例(東京地裁令和 2年 3 月 4 日判決〈以下「原審判決」といいます〉、東京高裁令和 3 年 3 月 4 日判決〈以下「控訴審判決」といいます〉を合わせて、以下「本判決」といいます) を取り上げ、本判決の意義等について検討いたします。

2.事案の概要及び争点について

原告は、被告が運営する保育園にパート保育士として就職後、正規職員に登用され、勤務していました。原告の妊娠が判明したことから、原告が平成 29 年 3月末まで勤務し、同年 4 月 1 日以降は、産休に入ることで原告と被告は合意し、その後、原告は出産しました。原告が、平成 30 年 3 月 9 日に復職時期を示して、時短勤務を希望する旨の書類を提出したところ、被告はその後の原告との面談時に、原告に対し、復職させることができない旨を伝え、その際、原告は被告に対して解雇理由証明書の交付を求めました。被告は、「保育園施設長と保育観が一致しないことにより同園への復帰希望をかなえることができず、被告都合による解雇に至った」旨が記載された解雇理由証明書を原告に交付しました(以下、「本件解雇」といいます)。

原告は、本件解雇が客観的合理的理由及び社会通念上相当性があるとは認められず、権利の濫用にあたり、また、均等法 9 条 4 項に違反することから無効であると主張し、被告に対して、労働契約上の地位にあることの確認を求めるとともに、賃金支払請求、不法行為に基づく損害賠償請求等を求めました。

本件の争点は、退職合意の成否、本件解雇の有効性、賃金請求権及び賞与請求権の有無、不法行為に基づく損害賠償請求の有無と多岐に渡りますが、本稿では、本件解雇の有効性に関する争点及び不法行為に基づく損害賠償請求の有無について、検討します。

3.本判決における判断

(1)客観的合理的理由及び社会通念上相当性の有無について

被告は、原告の解雇理由として、原告の園長等に対する反抗的、批判的言動が、単に職場の人間関係を損なう域を超えて、職場環境を著しく悪化させ、被告の業務に支障を及ぼす行為であり、就業規則に定める「その他前各号に準ずるやむを得ない事由があり、理事長が解雇を相当と認めたとき」に該当する旨、主張しました。

原審判決は、原告が批判的言動を繰り返したという事実を認めず、質問や意見を出したことや、保育観が違うということをもって、解雇に相当するような問題行動であると評価することは困難であると判断したうえ、認定できる原告の言動等を前提とした場合に、これらが就業規則に定める「その他前各号に準ずるやむを得ない事由があり、理事長が解雇を相当と認めたとき」に該当するとはいえないことから、本件解雇は、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認めることはできず、権利の濫用として、無効であると判断し、控訴審判決も同結論を維持しています。

(2)本件解雇の均等法9条4項違反

原審判決は均等法 9 条 4 項について、

「妊娠中及び出産後 1 年を経過しない女性労働者については、妊娠、出産による様々な身体的・精神的負荷が想定されることから、妊娠中及び出産後 1 年を経過しない期間については、原則として解雇を禁止することで、安心して妊娠、出産及び育児ができることを保障した趣旨の規定」として、その趣旨を明示しています。そのうえで、原審判決は、同項の趣旨を踏まえると、均等法 9 条 4 項ただし書きの「前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。」との文言に関して、使用者は、単に妊娠・出産等を理由とする解雇でないことを主張立証するだけでは足りず、妊娠・出産等以外の客観的に合理的な解雇理由があることを主張立証する必要があると明示しました。そして、原審判決は、前記(1)のとおり、本件解雇には客観的合理的理由があると認められないため、被告が、均等法 9 条 4 項ただし書きの「前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明した」とはいえず、この点においても本件解雇は無効であると判断しています。なお、控訴審では、被告から、本件ではたまたま本件解雇が原告の出産日から 1 年経過しておらず、これにより均等法 9 条 4 項違反とされることは被告にとってあまりに酷である等、主張しましたが、控訴審判決は原審判決の結論を維持しています。

(3)不法行為に基づく損害賠償請求の有無

原判決は、本件解雇が、権利の濫用で無効であるだけでなく、均等法 9 条 4 項違反で違法であることから、被告に不法行為が成立することを認め、また、慰謝料の算定にあたり、均等法 9 条 4 項に違反した事実を考慮しています。控訴審判決も、原審判決の結論を支持しています。

 

4.本判決の意義等について

労契法 16 条について、解雇に客観的合理的理由があり、社会通念上相当であることの立証責任はそもそも使用者側にあります。本判決の結論だけを見ると、均等法 9 条 4 項ただし書きについて、使用者側で妊娠・出産等以外の客観的に合理的な解雇理由があることを主張立証する必要があると明示した部分は、労契法 16 条において解雇に客観的合理的な理由があることを使用者側で主張・立証しなければならない点と重複し、均等法9 条 4 項ただし書きについて個別の判断を求めているのかは明確ではないように思われます。事実本判決以前、均等法 9 条 4 項違反が問題となった事件[2] では、就業規則所定の解雇事由があり、労契法16 条に違反しない以上、妊娠を理由とする解雇でないことは当然として、労契法 16 条に該当するかどうかだけを問題として、均等法 9 条 4 項に意味を持たせていませんでした。

しかし、原審判決が、あえて均等法 9条 4 項の趣旨について女性労働者が安心して妊娠、出産及び育児ができることを保障する趣旨である旨、明示している点を捉えれば、原審判決は、同趣旨を踏まえて、均等法 9 条 4 項ただし書きが求める使用者側の立証はより厳格なものが必要であることを言わんとしているようにも思えます。均等法 9 条 4 項が、妊娠中等の解雇を原則無効としているのは、同期間中の解雇は、妊娠や出産を理由とするとの推認を前提としていると思われ、そうであれば、使用者側による妊娠・出産等を理由とするものでないことの立証は、かかる推認を覆すような高度の立証を求めているとも考えられます。

本判決の事案は、被告が本件解雇の理由として挙げた事実がほとんど認められておらず、そもそも、本件解雇自体が解雇権の濫用として認められる事例であったため、均等法 9 条 4 項を問題とする実益が乏しく、この点が際立ちませんでしたが、均等法 9 条 4 項ただし書きが、高度の立証を使用者側に求めているとすれば、解雇理由によっては、労契法 16 条の解雇権の濫用にあたるか否かと均等法 9 条 4 項ただし書きに該当するかの判断を異にすることはあり得ると思われます。なお、本判決は、均等法 9 条 4 項に違反した事実自体を理由に不法行為が成立することを認めており、均等法違反が認められた場合には、使用者側には不法行為責任を負うリスクもあります。使用者としては、均等法 9 条 4 項が女性の出産、育児に関する重要な権利を定めたものであることを、十分に理解する必要があると思われます。

 

[1] 妊娠・出産等については、女性労働者のみが対象ですが、育児休業については、男性労働者も対象となり、パタニティ・ハラスメント(パタハラ)と呼ばれています。

[2] 東京高裁平成28年11月24日判決

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