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国際取引判例解説 米国で一部弁済を受けた懲罰的賠償を含む判決の日本における執行(2023年4月24日)

国際取引判例解説(最高裁(三小)令和3年5月25日判決、裁判所ウェブ)
米国で一部弁済を受けた懲罰的賠償を含む判決の日本における執行

弁護士 渡辺 惺之

標記最高判例は問題が多く評釈の意見も分かれる。筆者も評釈を公表したが、研究会で頂いたご指摘を考え、実務的な手続法視点からの論点整理を試みたい。

事件

米国カリフォルニア州のレストラン会社 X は、日本の不動産事業会社 Y の出資を得て共同して X 開発のレストラン経営を目的とする A 社を同州で設立しY1 を代表とした。A 社レストランの経営に関し Y1 と X 社代表者らとの意見相違が生じ、X 社代表者らは経営から排除され給与支払いも停止された。X 社代表者らがカ州裁判所に A 社、Y 社、Y1 を被告として A 社資産の横領、X 式レストラン経営の営業秘密の窃取を理由として損害賠償請求訴訟を提起した。Y らは応訴したが訴訟代理人弁護士の辞任後は裁判所の選任命令を無視し期日欠席を続けた。裁判所はカ州民訴法に基づき懈怠 (default) を宣言し、原告に未払給与等の補償的損害賠償  $184990、懲罰的賠償 $90000、訴訟費用 $519.50、合計 $275509.50 の支払を命じる懈怠判決(本件外国判決)を下した。その後、A レストランが売却された際、原告は売却代金債権に転付命令を申立て判決額の一部 $134873.96 について弁済を得た。残額 $140635.54 について日本で執行判決を請求した。

 

原審までの判断

米国内の一部弁済の懲罰的賠償又は通常損害賠償への充当問題

第 1 審:懲罰的賠償の承認拒否を判決した最判平成 9 年 7 月 11 日(民集51 巻 6 号 2573 頁)を援用して、本件外国判決の認容総額 $275509.50 から懲罰的賠償 $90000 を除した残額部分から、米国内の一部弁済額 $134873.96 を除いた残額 $50635.54 につき執行判決をした。控訴審は外国判決全体を不承認としたため上告審で差戻された。

差戻原審:外国判決認容総額から懲罰的賠償額を除した残額を超えた支払は、懲罰的賠償の支払となり公序に反するが、「本件懲罰的賠償は公序に反するものであるが、それはあくまで我が国における効力が否定されるにとどまり、カリフォルニア州において本件懲罰的賠償の債権が存在することまで否定されるものではない」とし、米国での一部弁済は懲罰的賠償を含む外国判決認容総額に充当されたとみるべきとして、認容総額から一部弁済額を除いた $140635.54 につき執行判決をした。

 

最高判決

(1)「民訴法118 条3 号の要件を具備しない懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分…が含まれる外国裁判所の判決に係る債権について弁済がされた場合」、「懲罰的損害賠償部分は我が国において効力を有しないので…弁済の効力を判断するに当たり懲罰的損害賠償部分に係る債権が存在するとみることはできず…懲罰的損害賠償部分に係る債権に充当されることはない」。(2)「本件懲罰的損害賠償部分は、見せしめと制裁のためにカリフォルニア州民法典の定める懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じたものであり、民訴法118 条3 号の要件を具備しない」。

 

二つの実務的問題

この判例を考える際に実務的には二つの問題を分けることが適切と思われる。第 1 は外国判決の承認問題、第 2 は判決国でなされた一部弁済の充当の問題である。この区別は手続法的には判決承認の問題と判決後に生じた請求異議の問題となる。日本法は外国判決の承認は法律による自動的承認制を採用していて特別な承認手続を要さない。民訴法 118 条の定める承認要件の具備判断の基準時は外国判決確定時であり、3 号の公序要件の審査基準時も同じである。この基準時後に生じた判決債務に関わる実体変動は承認の問題ではなく、執行判決訴訟における請求異議の抗弁の問題となる。外国判決の承認不承認の争いは、外国判決の効力確認訴訟か執行判決訴訟による。

(1)懲罰的賠償判決の承認問題

本件で最高裁が懲罰的賠償判決の不承認の理由で引用した、最判平成 9 年 7月 11 日(民集 51 巻 6 号 2573 頁)は、最大判平成5年3月 24 日(民集 47巻4 号 3039 頁)の日本の不法行為による損害賠償制度は、「被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とする」との判示を根拠として、「不法行為の当事者間において、被害者が加害者から、実際に生じた損害の賠償に加えて、制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは」、日本の「不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれない」とし、民訴法 220 条 3 号の公序に反するとし、米国内で締結された工場用敷地の売買予約の解除を信義則違背(詐欺的)として命じた懲罰的賠償部分につき不承認とした。

最判平成 9 年当時、日本でも意見は分かれていた。4 半世紀を経た現在、世界の思潮は懲罰的賠償という名称ではなくその実質的内容に即して承認を個別に判断する方向にある。平成 9 年最判も、不法行為による実損ではない、「制裁及び一般予防を目的とする賠償」を公序に反するとしていたことからも、少なくとも賠償の名称や根拠規定ではなく、その実質に即して判断すべきであった。

(2)判決国でなされた一部弁済の効力問題

判決国での一部弁済による充当の問題は本件が初例で新判断であるが、残念ながら本件最判の判断は誤りと云わざるを得ない。弁済は判決承認基準時後に生じた請求異議事由であり抗弁事項である。それが判決国でなされた場合でも承認とは明確に区別して考えるべきである。弁済の充当判断は債権準拠法であるカリフォルニア州法によるのが原則で、カリフォルニア州民法典の充当規則を適用した評釈(中野俊一郎・民商法雑誌 158巻 2 号 79 頁)はこれによる。卑見は判決債権はその理由として判断された実体的請求権とは異なり、1 個の判決債権として扱われるという視点から、賠償請求の根拠の違いは充当判断で考慮せずに均等割による判断をした(拙稿・ジュリスト 1566 号 174 頁、酒井一・JCA ジャーナル 69 巻 4 号 46 頁は、過失相殺における慰謝料と実損部分の按分原則を示唆する)。本件最判は第 1 審と同じく判決承認の問題と同じレベルで扱った上で、更に日本の公序判断をカリフォルニア州にまで拡張適用する誤った判断をした(公序に域外適用判断への批判として、道垣内正人・令和 3 年度重要判例解説262 頁)。

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