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集合債権譲渡担保と動産売買の先取特権の優先関係(2023年10月27日)

集合債権譲渡担保と動産売買の先取特権の優先関係

弁護士 苗村博子

1. はじめに

あまりの表題の長さに読むのが嫌と感じられた方も多いと思いますが、この事例はまさに当事務所で扱わせていただいた、なかなか悩ましい問題を含む興味深いものですので、どうかお目通しください。もちろん事実関係については若干フィクションを加えております。

2.動産売買の先取特権の物上代位の差押えとは?

私はかつて、商社さん(A)から動産売買の売掛金の未払金についてよくご相談を受けました。民法で規定されている法定の担保権である、先取特権(民法 311 条 5 号)のうち、それが売り先(B)から第三者(C)に売られてしまったが、まだ B がC から代金回収をしていない場合に、そのC への代金債権について、A が物上代位(民法 304 条)を行使するという形での回収を得意としていたからです。この物上代位権の行使には、まだ引渡し(C からの B への代金支払い)が未了なことと、それに対して差押えを行うことが、要件とされています。この差押えには、A から B、B からC へ、その「物」が引き渡され、それぞれの代金がいくらであるかの紐づけが必要とされており、これを行うには一定のノウハウが必要なのです。

3.今回の事案

ある機器を継続的にある法人に売っている会社からご相談を受けました。支払いが滞ってきたけれど、この機器がないと法人の事業継続ができない、それでは、その法人が困るであろうと、やむなく機器の供給を続けていたのですが、売掛債権は雪だるま式に増えていっていました。そこで、2 の物上代位の差押えができるのでは~?と考えた私の指示で、事務所のみんなに苦労を掛け、また様々な機関、特に裁判所には多大なご尽力をいただきながら、この差押えを数度にわたって行い、大部分は成功裏に終わりました。C に当たる第三者は、大組織なので、支払いは確実と思われ、ほっとしたのもつかの間、C に当たる組織から、ある金融機関から債権譲渡の通知を受け取ったとの連絡が入りました。そこで、その C とも散々やり取り(私ではなく若先生がです)してもらい、なんとか、そちらに支払わず、供託をしていただきました。

4.集合債権譲渡の対抗要件

この通知された債権がなんであるか、債権譲渡登記という特別な登記簿に概要が記載されているだけで、平成 28 年に金融機関が登記したことまでは、誰でも調べようと思えばわかるのですが、その詳細は、差押えをした者など、関係者であることを証さないとわかりません。

本来、債権の譲渡は、民法 467 条が定める譲渡人が債務者に通知をすることで、債務者への対抗要件を備え、それに確定日付を得ることで、二重譲渡されても先後関係を確定できます。しかし、それでは、将来の債権を譲渡担保にできないということで、まず、その法人登記に集合債権譲渡がなされている旨を記載することで、その債務者への通知と第三者への対抗要件とすることができる制度ができました。この制度は法人登記を見れば、そんな担保を差し出しているんだとわかってしまうため、債務者にとっては、債権者に不安を与えることになって事業遂行が難しくなるなど、使い勝手が悪いとされていました。平成 10 年に「債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」(「債権譲渡特例法」) ができ、東京法務局民事行政部債権登録課だけに、この債権譲渡に関する登記簿が備置され、誰もがこの課に申請して取得できるのは、いつ、誰が、なにかの債権の譲渡を受けたということだけとなってしまったのです(この概要部分であればオンラインで閲覧も可能です)。債務者にとっては、確かに、商業登記簿には何も記載がありませんから、担保として差し出しやすくなりますが、私がない知恵を絞ってやっと物上代位の差押えを行ったという動産売買の売掛債権者にとってはたまったものでありません。私たちが行った差押えより先に登記がなされていれば、弁護士費用を払って差押えをしてやっと、どんな債権が差し押さえられたかがわかるというのですから。

5.こんな公示手段でよいのか?

皆さん、ご存じかもしれませんが、今民法の担保法制についての改革の大議論がなされています。4 年経ってもまだ、中間試案が出た段階です。それだけ、担保をめぐっては様々な関与者がいて、利害関係が複雑だということでしょう。その中の一つに、スタートアップ企業等が資金を得やすくするための事業成長担保権というのが金融庁を中心に考えられていて、2023 年 2 月10 日に報告書[i]  が提出されました。信託を使った非常に複雑な仕組みで、かつ包括的な担保とするというので、私自身はこれが将来本当に使われる制度となるのか、若干懐疑的ではありますが、この報告書の中で、このような担保の公示は、法人(といってもこの担保は今のところ株式会社だけに適用することを目指しているようですが) の商業登記簿に付記されるべきとされています(同報告書 13 頁~ 14 頁)。どのような議論がなされてのこの記述かは不明ですが、やはり、これまで述べた債権譲渡特例法のような登記では、周知ができず、他の債権者との間で混乱を生じさせるとの疑義が呈されたのではないでしょうか?

6.先取特権の物上代位の差押えの意味―特定のためと考えるべき

最高裁平成 17 年 2 月 22 日判決は、動産売買の先取特権者は、物上代位の目的債権が譲渡され、第三者に対する対抗要件が備えられた後においては、目的債権を差し押さえての物上代位権は行使できない旨、判示しました。ですが、この判決は、既に発生している債権について、上述の民法

467 条に従った債権譲渡の通知と債権差押命令の先後を問題としており、本件のような相当以前より将来債権に対する包括的な債権譲渡登記がされている場合とは事案が異なるといえそうです。また、そもそもなぜ、動産売買の先取特権の物上代位に差押えが必要とされているのか、この根源的な問題に対して、この最高裁判決は、どうも第三債務者(前述の例では C の立場の人です)の、二重支払いの危険の排除を優先的に考えたともいわれています。しかし、動産売買の先取特権は、売掛という形で先に物を渡して、代金債権を回収しないといけない売主の保護のために、民法がわざわざ法定した担保権です。その点、集合債権譲渡担保や抵当権のような債権者と債務者で約束して決める約定担保と大きく違うところです。それでも差押えを民法 304 条が要求しているのは、まさに代金債権の担保であることの証明(紐づけ)を動産の売主に要求している、すなわち特定のためのものと考えるのが筋かと思います[ii] 。上述の最高裁判例は、その意味で、もっと動産売買の売主保護を重視すべきだったと考えています。なお、5で述べた、事業性担保権については、報告書から明確ではないのですが、様々に、倒産時には、この包括担保より商取引債権が優先されるというような論調の解説がなされています。商取引が安心してできないようであれば、そもそも事業継続は難しく、将来債権をいくら担保にとっても「将来」がなくなってしまえば、元も子もないとの考えでしょう。

7.最後に

さて、最高裁判決をひっくり返す!!! という難事件になると思ったのですが、私たちが行った差押えをきっかけとして、第三債務者が供託をしたために、債務者は行き詰ってしまいました。しかし、行き詰って初めて開ける道もあるようです。あるスポンサーが全面に支援をしてくれることになり、私たちが代理した会社も差押部分以外の部分も含め、ほぼ全額回収できることとなり、本件はまあ、Happy End と言わせていただいてもよいかという結果となり、ほっとしております。

 

[i] https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20230210/01.pdf

[ii] https://satoegakuen.ac.jp/ols/ols-sc/ols-lawreview/No.2/No.2-saeki.pdf 佐伯一郎先生同旨

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