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種苗の育成者権の権利どのようにして認定されるか?(2022年4月25日)

種苗の育成者権の権利どのようにして認定されるか?

 

弁護士 苗村 博子

 

1.はじめに

私は,種苗法研究会の1員として,種苗法と育成者の権利を保護する各国の法律や国際条約について、すこし勉強をさせていただいていることもあり、本件の判決も弁護人の先生から見せていただきました。民事事件については裁判所のウェブサイトでも公開されているのでご存じの方もいらっしゃると思います[i]。種苗法の定める育成者権は、知的財産権の一つとされ、登録制(3,4,5条)、先願主義(9条)など、特許と似たところがありますが、権利の基礎が植物にかかわる[ii]ことから、その権利の認定やその後の維持にも特徴があります。本件はまさに、その特殊性が判決の結論に影響したとも言えるでしょう。

2.事案の概要

本件で問題となったのはキリンソウ種の緑化植物(以下、「本件登録品種」といいます)です。本件登録品種は、トットリフジタ 1 号の名前で育成者権が登録されました。被告は、この登録品種と特性により明確に区別されない品種約8,000 株を育成し、緑化工事に使用するため、工事業者に譲渡したとして育成者権侵害で起訴されたものです。

3. 差戻審までの経緯

第一審は被疑侵害品種が本件登録品種と特性により、明確に区別できない品種に該当するかや本件登録品種に取消原因があるかなどが争点となり、後者について、①本件登録品種について取り消されたり、無効と判断されたりしたことがなく、農水省として有効性に疑義があるとの認識を有しておらず、②取消しを求める異議申立てが棄却されたことを理由に本件登録品種に取消原因はないとして、その侵害を認めました。

ところが控訴審は、特に①の点について、論理性、経験則等に照らして不合理だとしてさらなる審理を尽くすよう差し戻し、本件はその差戻審となります。

4.本件差戻審での主要な論点

差戻審での主要な争点は、本件登録品種の取消事由(47 条)があるか否かでした。新品種として登録されるためには、国内外において公然知られた品種との「区別性」があるか、新品種としての「均一性」があるか、安定して増殖を繰り返せるか(「安定性」)の 3 つの要素を満たす必要がありますが(3 条 1 項)、そのうちの区別性が問題となりました。

なお、取消しについては、初めから要件を満たしていなかった場合に加え、新品種が、安定性や均一性を失うことによる後発的な取消しもあります。この点は、無体の情報である他の知的財産と異なり、経年により変化する可能性のある植物ならではの特質です。

5.登録の際の区別性審査

登録の際の特性審査については、農水省は種苗管理センターにて栽培試験が行われます。その際には、特に登録申請された品種と適切な対象品種を選んで、比較栽培されて、区別できるかが審査されます。本件では、本件登録品種の願書に記載された出願品種の特性、形質をもとに対象品種を選定されたようで、親品種は、新潟県佐渡産のキリンソウだとされていました。しかし本件登録品種のタネが採取されたビニールハウスでは、この他、育成者が譲り受けていたタケシマキリンソウも栽培されており、新潟県佐渡産のキリンソウが落葉性であるのに比して、タケシマキリンソウの方は常緑性で、本件登録品種も常緑性であることから、親品種はタケシマキリンソウである可能性が高いと判決は指摘しています。

6.裁判中の現地調査とその結果についての裁判所の判断

本件差戻審では、検察官から、農水省の食料産業局長に対して、本件登録品種の育成者のビニールハウスで栽培されている、本件登録品種とタケシマキリンソウの特性を比較する現地調査が依頼され、この結果報告書が証拠として提出されました。現地調査結果としては2形質について階級幅以上の差があったとして、区別性があるとの報告でしたが、本件判決は、この調査で比較された品種がタケシマキリンソウであるかに疑いがあるとしました。同じビニールハウスで挿し木等するうち、植物が混ざってしまう可能性のあること、指摘された特徴がタケシマキリンソウの特徴と異なる点を指摘し、この調査の対象品種について疑いがあると述べました。また、登録審査の際には、比較栽培試験が用いられ、現地調査で審査されることはまれであること、挿し木から 9 年経過し、肥切れや根域制限の結果、特性が十分に発揮できていない可能性があること、また審査基準に定められる最低供試個体数を下回る6株しか供試されておらず、特性値として適切な数値が算出されていない可能性があるとも述べています。以上から、本件登録品種が、適切な対象品種と比較して区別性があるかについては合理的な疑いがあるとし、また登録の取消原因が存在しないことについても合理的な疑いを入れる余地があるとして、無罪を言い渡しました。

7.考察―植物という現物で審査鑑定をすることに由来する問題点

育成者権について、その侵害が問題となる際に最も問題となるのが、侵害の有無や本件のような権利の成立や存続の確認です。育成者権は植物にかかわる権利なので、まずは、登録の際に、「新品種」といえるかを在来種との比較により審査することが必要となるのですが、そのためには、同じ条件で2つの品種を栽培する比較栽培試験を行います。そこで、適切な対象品種が選ばれないと、そもそも、申請されている品種が在来種と区別できるか審査のしようがありません。本件でも親品種が、落葉性のキリンソウだったのか、常緑性のタケシマキリンソウだったのかがわからない状況で、願書にあるキリンソウを親品種として比較栽培したため、区別性が認められる結果となり、登録が認められました。

本件判決によれば、差戻審では、現地調査で、本件登録品種とタケシマキリンソウとの比較が行われたとされたものの、長期間栽培されている品種同士の比較であったため、実際にこの2品種が比較されたのかがわからず、登録自体の適法性に疑いが生じてしまうという結果となってしまいました。

同じような問題は、被疑侵害品種が侵害をしているかを比較栽培にて検討する際にも他の事件で起こっています。なめこの登録品種について、登録のための審査の際に種苗管理センターに(事実上) 寄託されていた菌株と、被疑侵害品種の比較栽培をしようとしたのですが、この寄託されていた菌株が、子実体(きのこ)を発生させることができず、比較ができなかった点、育成者権者が保有していた登録品種だとする菌株が、事実登録品種の菌株であると立証できていないとして、その菌株と被疑侵害品種の菌株の比較栽培には意味がないとして、侵害が認められませんでした[iii]

その後のしいたけに関する侵害についての損害賠償請求事件では、種苗管理センターにあった菌株と被疑侵害品種との比較ができ、侵害が認められています[iv]

8.最後に

繰り返しになりますが、育成者権は植物という生き物に関わる権利であるために、その権利の基となる植物を、他の植物と混ざったり、育成能力を失ったりしない形で保持し続ける必要があります。そのためには、種苗管理センターを公的な寄託機関としてさらに整備し、被疑侵害品種が現れた時に、比較栽培試験がしやすいような仕組みを世界に先駆け構築することが重要なように思われます[v]。気候変動が現実のものとなり、またウクライナ侵略が示すように外国からの農作物の輸入がだんだん困難になる中、育成者の権利を確立、実施可能にしておくことは、これからのインフラとして重要だと考えています。

 

[i] 大阪高裁令和元年12月19日判決

[ii] 「かかわる」という表現を用いたのは、植物という有体物なのか、その中にある特徴や情報なのかが令和3年の工業所有権法学会のディスカッションでも話題となったためです。いずれなのかはまだ判然としないところです。

[iii] 東京地裁平成26年11月28日判決

[iv] 東京高裁平成31年3月6日判決

[v] 拙著百選

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