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著作権法の諸改正(2019年2月28日)

著作権法の諸改正

 

弁護士 苗村 博子

 

1.多方面からの改正

著作権法は,昨年末から施行された多方面からの改正があり,また今年も改正が見込まれそうです。登録を必要とし,また企業活動に関わることの多い他の知的財産と異なり,著作権は,登録を要さず,また私たち個人も創作する側になったり,利用する側になったりする最も身近な知的財産権です。このような特徴から,その権利保護と過度の保護による利用者の不利益の調整の場面が最も多く現れる権利であり,権利保護強化の方向(プロ),権利制限の方向(コン)の改正が行われた(る)ということでしょう。

まず,プロとなる改正については,著作権の保護期間が著者の死後70年となるということが挙げられます。また今年の通常国会で,「リーチサイト」への規制に刑事罰が盛り込まれる点も海賊版への対応という意味では,一步前進と言えるでしょう。

一方,著作権の権利制限的な効果についての改正としては,柔軟な権利制限規定の整備が挙げられます。他にも改正があるのですが,今回はこれらの改正に絞って紹介していきましょう。

 

2.権利保護期間

TPP(環太平洋連携協定)が2018年12月30日に発効し,著作権の保護期間が,著者の死亡後70年とされました。団体が著作者である場合や映画や実演については公表後70年となります。レコードについては発行後70年となります。

海外の著作物に関しても,著作権の発生国がベルヌ条約加盟国であれば,例えば著作者の死亡後50年としているなど,日本の保護期間より短い場合は,その発生国の保護期間と同じ期間だけの保護となりますが,発生国が70年の保護期間を定めていれば,日本と同期間保護がなされることになります。実は,このあと述べる「マンガ」等を除けば,日本は,著作権に関しては,輸入の方が断然多く,経済的な観点からすると,海外の著作物の保護期間が20年分多くなり,その分,支払うロイヤルティは,増える計算になってしまいます。日本にいる利用者にとっては,フレンドリーな改正ではないのです。

 

3.デジタル化,ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備

(1) 制限規定の規定の仕方

権利者と利用者間の利害の調整について,米国では,いわゆるフェアユースという一般的な制限規定が置かれ,時代,技術の進歩に応じた柔軟な著作権の制限が可能となっており,日本でもフェアユース規定をおくべきかは,長く議論されてきました。しかし,今回もこの導入は見送られ,現状のいわゆる著作権の例外といわれる規定について,新たに3つの制限規定が設けられ,また整備されました。

(2) 著作物に表現された思想または感情の享受がない場合

まず,一つ目は著作物に表現された思想または感情の享受を目的としない利用について,①著作物の利用に係る技術開発・実用化の試験のための利用(著作権法30条の4,1号),②情報解析を目的とするもの(同条2号)及び③電子計算機による情報処理の過程における利用等に供する場合(同条3号)を具体例として挙げる権利制限の規定を設けました。

この「表現された思想又は感情」の「享受」が何を意味するかですが,文化庁は,著作物等の視聴等を通じて,視聴者らの知的または精神的欲求を満たすという効用を得る行為だとしています※1。また主目的は享受でなくても,享受も同時に起こる場合として,例えば民間の漫画教室で,作画技術を学ばせるため,著名な漫画のコピーを生徒に渡すような場合を挙げており,このような利用は著作権法30条の4の権利制限には当たらないとしています。受け手が機械の場合には享受していないと今は言えると思いますが(今後AIにも心があるなどというほど,AIが進化すると機械による表現の享受というような場面が出てくるかもしれません),人間が著作物を受け取る場合には,著作物に表現された思想又は感情が受け手に享受されていないかの吟味が必要です。①の典型例として,美術品の複製に適したカメラやプリンターを開発するために,美術品を試験的に複製する行為が挙げられています。また②については,ディープラーニングの方法によるAI開発の為の学習用データとして著作物をデータベースに記録するような場合も対象となるとされます。③は,コンピュータの情報処理の過程でいわゆるバックアップが作られる様な場合やリバースエンジニアリングによるプログラムの調査解析もこれに含まれるようです。

(3) 電子計算機による著作物利用に付随した利用

次に,電子計算機による著作物の利用に付随する利用も通常権利者の利益を害さない行為として導入され,規定の整理がされて,同法47条の4の条文にまとめられました。大まかには,1項がキャッシュの作成行為,2項がバックアップの作成行為に該当するとのことです。1項は,電子計算機における利用を円滑又は効率的に行うために計算機の利用に付随する利用に限られ,2項は,電子計算機における著作権の利用の維持又は回復を目的とする場合に限られています。また両項ともに,必要と認められる限度という制限が付き,さらに,但書きとして著作権者の利益を不当に害する場合が除かれています。1項によって,情報処理の高速化のためのキャッシュの作成,サービスプロバイダがウイルスや有害情報等のフィルタリングを行うための複製が認められることになり,2項では,スマートフォンを替える場合の古いスマートフォンのメモリの新しいスマートフォンへのデータ移行のための一時的な複製行為などが例外として明記されたことになるといわれています。しかし,その結果,古いデータが削除されず,いずれも使えるような状態を維持すると,但書きの権利者の利益を不当に害することになりかねません。従って,これらの例外規定については,個別に検討が必要となってきますので,その点注意が必要です。

(4)電子計算機による情報処理等に付随する軽微利用

最後の権利制限規定は,(2),(3)とは違い,若干権利侵害はあるかもしれないものの,それが軽微であることを理由に,同法47条の5に限定列挙する形で権利制限を認めたものです。1項1号では,所在検索サービスを定め,いわゆるキーワード検索の際に,著者や文献名などと共に,著作物の文章の一部を提供する場合を定めています。2号は,情報解析サービスについて定め,その結果を提供することを定めており,例として,他の論文からの剽窃を検証するサービスにおいて,オリジナルの論文の一部を提供するサービス等を挙げています。3号ではこれ以外についても政令で定めることができるとしています。検索の対象となる著作物ということですので,公衆に向けて提示,提供された著作物だけが対象となります。いずれも軽微な場合だけが権利制限の対象ですので,提供される分量や表示の精度などによって,この規定の基準を満たしているかが判断されることになります。

 

4.リーチサイト規制への刑事罰導入

この改正は,これから国会審議に係る改正です。漫画の海賊版サイト等が問題となり,これらのサイトをプロバイダがブロックすべきとする法制度が検討されましたが,憲法上の通信の秘密(憲法21条2項)との関係で,これは見送られました。が,かような違法サイトを紹介するサイト(リーチサイト)への刑事罰と共に,静止画のダウンロードについての刑事罰を盛り込んだ著作権改正が2019年の通常国会で審議されると新聞報道されています※2。これまで録音,録画については,違法にアップロードされたものについてのダウンロードが,刑事罰の対象とされてきましたが(著作権法119条3項),これが静止画にも拡大され,漫画などのダウンロードを刑事罰化しようというものです。ただ,動画,音楽についても刑事罰が適用されたケースはほとんど無いようですので,この点は啓発活動にしかならない可能性があります。なお,このリーチサイトに対して,東京地裁において違法サイトのURLについて削除命令が発令されたとの報道がありました。ブロッキングまで法制化せずとも違法サイトを無くすよい手段になることが期待されます。

※1:文化庁「著作権の一部を改正する法律(平成30年度改正)について(解説)」

※2:日本経済新聞2019年1月26日記事

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