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営業秘密を不正取得されてしまったときに打つべき対策 -エディオン対上新電機事件を題材に-(2020年12月18日)

営業秘密を不正取得されてしまったときに打つべき対策

-エディオン対上新電機事件を題材に-

弁護士 苗村 博子

 

1 はじめに

本年10月1日、大阪地方裁判所で、副題の事件の判決が言い渡されました。私は原告エディオンの代理人を務めていたので、本件は判例評釈というより、本当は「苗村事務所のファイルから」に掲載すべき事件かもしれません。本件で判決は、被告上新電機の不正競争防止法2条1項8号の不正競争行為を認め、一部の差止請求権及び一部の損害賠償請求権を認めました。その差止の在り方、また損害額に関しては、原告代理人としては大変不本意なものとして受け止めており、またこのような判決を招いたことについても忸怩たる思いがありますが、一方この判決で、不正競争行為が認めれられるには、私の創意工夫も貢献したかと自負する点もあり、今回は、手前味噌で恐縮ですがこの創意工夫について、皆さんにご紹介していきましょう。

 

2 日本における民事訴訟法上の証拠収集方法

日本には、米国のような広範なディスカバリの制度はなく、また司法妨害に対する罪や罰も米国のように厳しいものとは考えられていません。相手方への文書提出命令の制度(民訴法221条~225条)も、裁判所は大変謙抑的にこの命令を出しますし、また裁判所が必要性がないとしてこの申立てを認めない場合、判決にてその理由が示されればよいとの最高裁判決があり、当事者は不服申立ができず、勢い裁判所は緊張感を持ってその必要性を判断したり、できるだけ認めて、真実に近づこうというモティベーションが感じられない場合が多いように感じられます。このような手持ち証拠で勝負というドイツ法に近い考え方は、しかしながら、司法の国際競争力という観点からは、非常にその力を阻害するものであり、昨年からようやく、証拠収集方法の拡充に向けて、法曹三者でも協議が始まり、日弁連では会員向けにアンケートを始めたところです。

そんな民事訴訟法の枠組みの中で、営業秘密の不正取得(不競法2条1項4号)や、本件でも問題となった、不正に取得された営業秘密について、故意または重大な過失でこれを使用する行為(同項8号)のような、行為者側で秘密裏に行われることについて、被害者が十分な証拠を集めることは至難の業と言えるでしょう。

 

3 営業秘密と刑事罰、刑事手続について

そこで,被害者側で何らかの不正取得に関する証拠があるのであれば、直ちに民事訴訟を提起するのではなく、行為者に対して刑事告訴をすることをお勧めします。なんの証拠もなしに行うと虚偽告訴の罪に該当しかねませんが(刑法172条)、不正に取得されたのが電子データである場合には、アクセスログが残っているので、一定の費用は掛かりますが、このアクセスログを手掛かりに、不正取得をしたと疑われる者が、いつどんな情報を得たのかを分析し、これを告訴の際の証拠とすることができる場合があると思います。

日本で営業秘密の不正取得に刑事罰が導入されたのは2003年ですが、この時点で被害者が刑事告訴を行うのはとても難しいことでした。というのも裁判の公開原則、また犯罪の特定のためには、何か営業秘密で、如何にそれを不正取得したかを公開の法廷で示さなければならず、刑事公判が始まったとたんに不正に取得された営業秘密は秘密でなくなってしまうという手続的なディレンマが解消されていなかったからです。実体法はさらに刑事罰の対象を広げ、重罰化の方向で何度も改正されましたが、被害者が刑事告訴に踏み切れるようになったのは、2011年の改正で刑事手続きの規定が第6章として認められてからです。詳細を記載するスペースがありませんが、営業秘密の秘匿決定(同法23条)がなされれば、例えば起訴状の朗読の際に、不正に取得された営業秘密の詳細の朗読をしないでよいとすることなどが認められ(同法24条),刑事公判において営業秘密性が失われるということがなくなりました。

エディオン事件でも、この方法が採用され、不正取得が認められた個人は2年の懲役及び執行猶予3年、罰金100万円となりました。

 

4 刑事事件を足掛かりにした証拠収集方法

刑事事件の進行中、検察庁に依頼しても被害者が警察、検察が収集した証拠の閲覧を依頼しても見せてもらうことはできません。刑事事件が終了した後でも検察官に依頼しても任意で証拠にアクセスすることはまずできないと考えていただいたほうがいいでしょう。そこで検討されるのが、検察庁において、裁判官による証拠保全手続きを行ってもらうことです。

証拠保全は、民事訴訟法上の手続き(民訴法234条)で、よく実施されるのは、医療過誤の事件における被害者のカルテ等の診療記録への保全です。医療ミスが疑われる事件では、過去には、手書きのカルテにホワイトの修正液がべたべたと塗ってあったなどということが多発し、裁判官は、カルテは改ざんされるものとの認識を持っています。今は電子カルテ等で改ざん後もその記録が残りますから、改ざん自体起こりにくくなっているとは思えますが、今も医療事故ではまず、この証拠保全にて改ざん前のカルテを確保することから始まります。

営業秘密や方法の特許の侵害事件でも証拠保全はこれまでも重要なものとして行われてきました。しかし被疑侵害者の手持ちの証拠に対して、証拠保全を行っても、多くはその敷地に入ることすら、被疑侵害者自体のさまざまな営業秘密の侵害を理由に拒否され、そうなると手も足も出なかったのです。私も半導体封止機械装置設計図事件(福岡地裁14年12月24日判決)では、工場前で立ち入りを拒否され、証拠を手に入れることができず、被告が第三者へ製造委託をした際に送った図面十数枚が、間違って原告に送られたことを頼りに、その第三者を粘り強く説得して、その図面が被告からのものであることを証言してもらって、不正取得、不正使用を立証したことがあります。

では、今回私がお勧めする検察庁での証拠保全はどのように行われるのでしょうか?証拠保全事件における相手方は検察庁ではありません。あくまでも被疑侵害者が相手方で,従って本件では上新電機でした。検察庁が保管されていた上新電機のサーバーへのアクセスをする場所として、検察庁の一室をお借りしたという扱いになります。証拠保全の申立書自体は、実施の1時間ほど前に執行官から上新電機に送達され、同社もしかるべき措置をとりました。大阪地裁から臨場された裁判官が、サーバーにアクセスし、関連データを検証されました。検証と言ってもその場でいちいちデータを見ていくわけにはいきませんので、持参したHDDに保存し、裁判所に持ち帰っていただきました。

その後そのHDDにあるデータを謄写して、これを解析して、エディオンの情報と考えられるものを抜き出して営業秘密目録を作成しました。ただこの取得した情報に上新固有の情報が紛れていた時のことを考えて対策をとりました。

 

5 証拠保全で得た情報の用い方とその限界

裁判所のHPではエディオン対上新の民事事件の営業秘密目録は掲載されていません。当該目録に対して閲覧を制限する決定を裁判所から得ているからです。ただ主張の中で述べているように判決が認めた営業秘密はすべて上述の証拠保全手続きで得たもの、したがって営業秘密が故意か重過失かで不正取得されたのちに上新によって使用されたことが,本案の判決でも明らかとなり,使用差止めが認められました。

その限界は、この元情報である営業秘密をどのように加工したかまでは、証拠保全では確保できなかったことです。日本の証拠保全手続きでは、この加工情報の取得は容易ではありません。

刑事事件において、被害者としてできるだけ営業秘密情報がどのように用いられるかを捜査機関に情報提供し、どのようにすれば、証拠保全で確保できるようになるか、告訴に対応する捜査においても様々な情報提供と、一定の情報を捜査機関から得ることが重要となると思います。誤解の無いよう申し上げておきますが、捜査機関の情報漏洩を誘発するようにということではありません。被害者として受ける事情聴取の際に、捜査機関からの質問内容等からどのような情報を捜査機関が得ているのかを推察し、民事事件を担当する弁護士とよく相談しておくことで、証拠保全の際にこれを活かすことができると考える次第です。刑事事件の段階から民事訴訟ははじまっているのです。

以上

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