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改正個人情報保護法のポイントと実務への影響

弁護士 田中 敦

1 はじめに
本年5月30日から、いよいよ改正個人情報保護法(以下「改正法」といいます)が全面施行されます。改正法には、従来の5000件要件の撤廃のみならず、数多くの重要な改正点が含まれます。
改正法には、2つの重要なポイントがあります。1つは、大手通信教育事業者の大規模な漏えい事件等を背景として、個人情報の保護を大幅に強化していることです。もう1つは、ビッグデータ等の利活用へのニーズの高まりを受け、個人情報を加工して作成された匿名データ等の利活用の促進が図られています。
以下では、主な改正点をご紹介し、事業者に求められる改正法への対応について簡単に述べます。
2.個人情報の保護の強化
(1)個人情報に関する定義の新設
改正法では、個人情報の類型として「、個人識別符号」と「要配慮個人情報」が新たに定義されました(改正法2条2項、同条3項)。
個人識別符号は、遺伝子情報、指紋、住民票コード、旅券番号等、当該情報単体から特定の個人を識別し得る情報をいい、個人識別符号を含む情報は常に改正法上の個人情報として取り扱われます。
要配慮個人情報は、人種、信条、病歴、犯罪歴等、その取り扱いに特に配慮を要する情報を含む個人情報をいいます。要配慮個人情報を取得し又は第三者へ提供するには、その都度本人の同意を得る必要があり、オプトアウトによる第三者提供は認められません(改正法17条2項、23条2項)。
これらの定義の新設により、各事業者には、保有する個人情報の性質に従って、
それぞれ適切な管理を行うことが求められます。

(2)トレーサビリティ確保の義務
前述の大手通信教育事業者の漏えい事件では、大量の個人情報が、本人の知らない間に、名簿業者を通じて社会に流通していたことが大きな問題となりました。
これを受け、改正法では、トレーサビリティ確保のために、個人データ(個人情報データベース等を構成する個人情報)の第三者提供にあたり、提供者、受領者双方へ、第三者提供にかかる一定事項の記録の作成・保存義務が定められました。
個人データを第三者へ提供した場合、提供者は、速やかに、提供年月日、当該第三者の氏名や住所等の記録を作成し、一定期間保存しなければなりません(改正法25条1項、同条2項)。また、第三者から個人データの提供を受けた場合も、受領者は、速やかに、当該第三者の氏名や住所等、個人データ取得の経緯を確認したうえ、それら事項と提供年月日の記録を作成して保存する必要があります(改正法26条1項、同条3項、同条4項)。

(3)オプトアウト規定の厳格化
前述の大手通信教育事業者の漏えい事件では、オプトアウトによる第三者提供の手続が形骸化し、自己の個人情報が名簿業者により第三者提供されていたことを多くの本人が認識していなかったことも問題視されました。
このため、改正法では、本人による関与を確保するために、オプトアウトによる第三者提供を行う個人情報取扱事業者は、従前のオプトアウトの要件に加えて、提供される個人データの項目や本人の求めの受付方法等のオプトアウトに関する一定事項を、個人情報保護委員会へ届け出ることが義務付けられました(改正法23条2項)。
個人情報保護委員会は、本人が容易に知り得るよう、各事業者から届け出られた事項をウェブサイトで公表することとなります(同条4項)。

(4)データベース等提供罪の新設
改正法では、違法な個人情報の提供を未然に防止するため、データベース等提供罪が新設されました(改正法83条)。個人情報取扱事業者やその従業員等が、業務に関して取り扱った個人情報データベース等を自己もしくは第三者の不正な利益を図る目的で提供し又は盗用したときは、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処されます。
今後、故意による個人情報の不正流出事件が生じた場合には、違反行為者にはデータベース等提供罪が適用され、刑事罰が科されるおそれが大きいと考えます。
3.個人情報を利用して作成されたデータの利活用
改正法で定義が新設された「匿名加工情報」とは、個人情報の一部の記述等を削除することで、特定の個人を識別できないよう加工された情報をいいます(改正法2条9項)。
匿名加工情報を取り扱う事業者は、本人の同意を得ることなく、匿名加工情報データベース等を第三者へ提供することができます。
もっとも、匿名加工情報は、個人情報そのものよりも危険性が低いとはいえ、元の個人情報への復元等により本人の利益を害するおそれがないとはいえません。そのため、匿名加工情報を作成し又は第三者提供する事業者には、加工方法の漏えい防止のための安全管理、匿名加工情報に含まれる個人に関する情報の項目の公表義務等、本人への配慮のための一定の義務が課されます(改正法36 条各項、37 条)。
改正法により、匿名加工情報に該当する情報は本人の同意なく第三者提供できることが明確化され、個人情報を加工して作成されたビッグデータの利活用が促進されることが期待されています。他方で、匿名加工情報を利用する事業者には、不十分な加工により本人が特定されてしまう事態等が生じないよう、改正法が定める義務を十分に理解し、遵守することが求められています。

下請法に基づく製造委託費及び遅延損害金の請求

弁護士 苗村博子

はじめに

本件は、当事務所で担当した、判例雑誌等には掲載されていない事件判決です。原告であるご依頼者は、靴や衣料品の委託製造を行っている会社で、被告は、繊維雑貨の販売、服飾雑貨の仕入販売を行っている会社です。
はやりのブーツの一部に瑕疵があったことを理由として、他の種類のブーツや特に問題のないジーンズの製造委託費まで払ってくれない状態が続き、ご依頼者は提訴しました。約3年弱の訴訟期間を経て、第一審判決が下り、判決では、14.6%の遅延損害金を得たことから、ご依頼者には、相応の満足を得ていただきました。
下請法が適用できる場合には、同法に基づく遅延損害金請求も有効であることを示した例だと思われますので、その一部を皆さんにご紹介します。

事案の概要

原告は、被告との間で衣料品、靴類の製造委託に関する取引基本契約を締結し、商品代金の支払時期等についても合意していた。原告は、被告に対し、ムートンブーツ等を生産し、売却した。ムートンブーツについては、原告は、元々ショート丈1万5000足、ロング丈3万5000足を売買することを合意し、納期も決めていた。この契約締結時及びその後も製品の仕様が書面で通知されることはなかった。原告は、5回サンプルを作成して提示したが、被告はその都度、サイズや素材などを修正、変更を原告に対して求めた。6回目のサンプル提示でようやく被告は製造を依頼した。その後、被告は、ロング丈、ショート丈の数量バランスについて利幅の大きいロング丈を減らすように求めてきた。そのようなこともあり、納品時期は遅れたが、原告は、ロング丈1万1900足、ショート丈1万4700足を納品した。納品後、被告は、不良品が含まれているとして、原告に修理を要求した。原告は、修理の後、被告が受領してくれることが前提であると返答した。その後、被告は合わせて、2万6620足を原告に返品した。被告は、返品に際し、原告から納品を受けたムートンブーツについて全てを検品することはなく、返品の中には、未開封のものも多数存在した。被告はショート丈のブーツ5100足を顧客に売渡していたが、その顧客から600足余りを縫製不良があるなどとして返品を受けていた。

主な争点

争点としては、①納期遅れはあるか、②納品されたブーツに瑕疵はあるか、③遅延損害金の率がどのように適用されるかであった。

裁判所の判断

①原告に納期遅れがあるかについては、裁判所は、第1回の納期の時期でもまだ、値段交渉を行っていたことなどから、原告が主張するとおり納期変更があったものとして、納期遅れはないと判断した。②また、製品の瑕疵については、被告の顧客から返品されたものについては、瑕疵があると認めたが、単価が低いこと、多少のほつれ等はあるが、瑕疵があるとは評価しがたいこと、被告は、原告が納品したブーツについてその全部を開封したわけではなく、全部に瑕疵があったと推認することができないとした。③の遅延利息に関しては、まず、被告の不履行に対しては、6%の商事法定利息が適用されること、また原告の資本金が300万円、被告の資本金が6400万円であることから、被告は親事業者、原告は下請事業者に該当すること、また本件は、下請法2条1項の「製造委託」に該当し、本件の売買代金は、下請代金(同法2条10項)に該当するとして納品日から60日を経過した以降は14.6%の遅延利息を認めた。

考察

下請事業者と認定された原告は、本件で被告が、安価に単価設定し、かつ単価変更を認めないままに生産コストの増加を伴う数量、仕様、納期の変更を強要し、一方的に返品や受領拒否を行ったという典型的な下請けいじめであることを主張していました。被告が、社名公表を伴う下請代金の減額の禁止に違反するとする勧告処分を受けていたことを原告が主張していたことも、裁判所が、原告に有利な判断をしてくれた一因かと思います。
遅延損害金の起算点については、裁判所は、原告が瑕疵のない商品の履行の提供を行ったにも関わらず、被告が受領拒否をしたことで納品に至らなかった場合には、履行の提供の日を納品日として、この日を遅延損害金の起算日として判断してくれました。結果、納品日から下請法の遅延損害金の起算点までの60日間は商事法定利率の6%で、その後は、14.6%という非常に高率の遅延損害金を認めて貰うことができました。
被告は控訴し、その後和解しましたが、控訴期間中もそれなりに、ゆとりをもって対応できたのは、この高額にのぼる遅延損害金が考慮されることが期待できたからです。下請法の高率の遅延損害金は、一種の懲罰的利息ですが、これが下請法違反を行う親事業者には有効に働くことが分かった事件でした。

会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律施行規則の一部改正等について

弁護士 立川 献

1.はじめに

会社分割等の会社の組織変動に伴い、分割会社(A社)から承継会社(B社。なお、新設分割の場合にあっては新設会社)に特定の事業等が承継されることとなった場合、もともとA社に在籍していた労働者の取扱いは、A社とB社の締結した分割契約や、分割計画の定めに従って決定されることになります。しかし、当該労働者からすれば、労働契約が自らの意思とは無関係に承継され、指揮命令を行う使用者が変更されることもあり得ることとなるため、大変大きな問題となります。そのため、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(以下「承継法」といいます)が制定され、施行がされています。承継法の施行後においても、大学教授等を中心とする「組織の変動に伴う労働関係に題する研究会」が発足し、組織変動に伴う労働者の地位を保護するため、報告書や提言がなされているところです。

この度、承継法施行規則の一部と、承継法指針の一部の改正が行われました。さらに、会社分割ではないものの、事業譲渡又は合併を行うにあたり、会社等が留意するべき事項に関する指針(以下「事業譲渡等指針」といいます)が制定され、本年9月1日より施行・適用されることとなりましたので、それらの改正内容等について、ご紹介をさせていただきます。

2.承継法施行規則、承継法指針の改正

(1)会社分割における労働契約の承継

会社分割において労働契約がB社に承継されるか否かは、①承継される事業にその労働者が主として従事しているか、②分割契約、分割計画(以下「分割契約等」といいます)にその労働者の労働契約を承継する旨の定めがあるかによって変わります。
Ⅰ.当該事業に主として従事している場合で、分割契約等に承継される旨の定めがあると、当該労働者はB社に承継される

Ⅱ.当該事業に主として従事している場合で、分割契約等に承継される旨の定めがないと、当該労働者はB社に承継されない(異議の申出をするとB社に承継される)

Ⅲ.当該事業に主として従事していない場合で、分割契約等に承継される旨の定めがあると、当該労働者はB社に承継される(異議の申出をするとB社に承継されない)

Ⅳ.当該事業に主として従事していない場合で、分割契約等に承継される旨の定めがないと、当該労働者はB社に承継されない

会社分割においては、A社の権利義務がB社に包括的に承継されることとなります(包括承継)。そのため、法的には、A社での労働条件は、そのままB社での労働条件として承継されることになります。

しかし、個々の労働者がこの点をきちんと理解したうえで、会社分割がなされるわけではありません。従前の労働条件が承継されるかどうか、ということについては、労働者にとっては大きな関心事であるにもかかわらず、労働者あるいは労働組合等に対する通知事項として規定されていませんでした。

(2)通知事項の追加

そこで、A社による労働者への通知事項に、「当該労働者の労働契約が承継会社等に承継される場合には、労働条件はそのまま維持されること」が追加されることとなりました。これにより、承継される労働者も、従前の労働条件で勤務できることを把握することができるようになりました。

(3)承継法指針の改正

承継法指針においては、会社法における議論を踏まえて、重要事項が整理・追加されました。重要と思われるポイントは、以下の3点です。
①承継される事業に主として従事していない労働者につき、商法等の一部を改正する法律附則5条の協議(5条協議)が必要
②5条協議が全く行われなかったり、協議が著しく不十分である等、5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合、最高裁判例において、労働契約の承継の効力を個別に争うことができるとされていることに留意する
③会社分割に際し、承継法によらず、各労働者との間で転籍に関する合意を行ったうえで承継会社等に労働者を転籍させる場合においても、承継法に規定されている労働者への通知及び5条協議等を省略することができない

3.制定された事業譲渡等指針の内容

(1)事業譲渡における労働契約の承継

事業譲渡の法的性質は個別の財産等の承継(特定承継)であると考えられています。そのため、譲渡会社と譲受会社の間における事業譲渡契約の中で、当該労働者の承継について定めて合意したうえで、労働契約の移転について、当該労働者の個別の同意が必要です。

以上のとおり、事業譲渡に伴う労働契約の移転については、労働者の個別の同意が必要となっていることから、事前の協議や通知を要求する等の特段の法的措置は定められていません。しかし、労働者の納得性を高める等、自主的なコミュニケーションを促進するために、事業譲渡等指針が定められることになりました。

(2)事業譲渡等指針の内容

事業譲渡等指針には、大きく分けて、①承継予定労働者との事前協議に関する事項、②労働組合等との手続に関する事項、③合併にあたっての留意事項の3点が記載されています。

①に関しては、真意による承諾を得るために、時間的余裕を見て、事業譲渡に関する全体の状況、労働条件に関する点等を十分に説明すべきことが定められています。特に、情報提供に誤りや虚偽があると、意思表示の取り消しに関する民法上の規定により、同意が取り消される可能性があることが明示されており、適正な手続きを経て合意を取得するべき重要性が強調されています。

『二段階買収における全部取得条項付種類株式の取得価格に関する裁判例のご紹介』

弁護士 佐藤 有紀

最高裁平成28 年7 月1 日決定(株式取得価格決定に対する抗告許可決定に対する許可抗告事件。以下「本決定」といいます。)が7 月4 日に公表されました。上場廃止を目的とするMBO や上場子会社の完全子会社化のためのいわゆる二段階買収¹が採られる際の全部取得条項付種類株式の取得の価格の決定に関する最高裁の判断であり、実務にも影響があるものと思われます。
平成26 年会社法改正前においては、このような二段階買収を行う場合、①公開買付けを行った後、②普通株式を全部取得条項付種類株式に変更した上全部取得条項を行使し、公開買付けに応じなかった少数株主に対して対価として金銭を交付することによりクイーズ・アウトする手法が一般的に採用されていました。
本決定は、この②で行われる全部取得条項付種類株式の取得価格が①で行われる公開買付けによる買付価格(以下「公開買付価格」といいます。)と同額であるのに対し、少数株主が取得価格の決定の申立て²をした事案に対する最高裁の判断です。
原審は、公開買付け公表時においては、公開買付価格は公正な価格であったと認められるものの、その後の各種の株価指数が上昇傾向にあったことなどからすると、取得日までの市場全体の株価の動向を考慮した補正をするなどして全部取得条項付種類株式の取得価格を算定すべきであり、公開買付価格を取得価格として採用することはできないとしました³。
これに対して、最高裁は、「独立した第三者委員会や専門家の意見を聴くなど多数株主等と少数株主との間の利益相反関係の存在により意思決定過程が恣意的になることを排除するための措置が講じられ、公開買付けに応募しなかった株主の保有する上記株式も公開買付けに係る買付け等の価格と同額で取得する旨が明示されているなど一般に公正と認められる手続により上記公開買付けが行われ、その後に当該株式会社が上記買付け等の価格と同額で全部取得条項付種類株式を取得した場合には、上記取引の基礎となった事情に予期しない変動が生じたと認めるに足りる特段の事情がない限り、裁判所は、上記株式の取得価格を上記買付けにおける買付け等の価格と同額とするのが相当である。」と判断しました。その理由としては、上場廃止を目的とするいわゆるMBOや上場子会社の完全子会社化といったディールにおいては、第1段階の公開買付価格は「全部取得条項付種類株式の取得日までの期間はある程度予測可能」であり、取得日までに生ずる株式取引市場の「一般的な価格変動についても織り込んだ上で定められている」ことが挙げられています。
MBO や上場子会社の完全子会社化といったディールでは、多数株主又は会社と少数株主との間に利益相反関係が存在することになりますが、本決定によれば最高裁は、独立した第三者委員会や弁護士等の専門家の意見を聴くなど公開買付け(とその後に想定される少数株主のスクイーズ・アウト)の過程・手続が公正であれば、裁判所が実体的に価格を算定することは行わずに、公開買付価格と同額であることをもって相当とするという立場を採用したものと評価することができるでしょう。今後は、少数株主による会社法第172 条第1 項に基づく取得価格の決定の申し立てが行われる可能性が低下するのではないかと思われます。
もっとも、本決定はあくまで、全部取得付条項種類株式に関する会社法172 条第1 項の取得価格の決定についての判断であり、平成26 年会社法改正後において、スクイーズ・アウトの手段として利用されるようになった株式併合や特別支配株主による株式等売渡請求における価格決定の申立においても、本決定と同様の判断がなされるかは別途の検討が必要でしょう。

¹ 一般的に、第一段階として公開買付けを行い第二段階として公開買付けに応じなかった株主をスクイーズ・アウトすることをいいます。
² ①全部取得条項付株式の取得に反対する旨を会社に通知しかつ株主総会において反対した株主及び②決権を行使することができない株主は、取得日の20 日前の日から取得日の前日迄の間に、裁判所に対し、取得価格決定の申立てをすることができます(会社法172 条1 項)。
³ 結論として、公開買付価格は123,000 円であったのに対し、取得価格として130,206 円としました。

『国際取引における裁判管轄
(基本契約書において管轄地が定められていない場合において)』

弁護士 木曽誠大

1.はじめに
日本所在の会社(売主)と外国の会社(買主)との間に、①日本で製造された製品について、売買代金支払いについての紛争が生じた際、②基本合意書はなく、③日本港でのFOB、④支払方法は日本の銀行への送金を指定したという条件の下(以下「本事案」といいます。)、日本に裁判管轄が認められるでしょうか。お客様から頂いたご相談を下に作成した仮想の本事案を参考に、平成23 年民事訴訟法改正により新設された民事訴訟法第3 条の3 第1 号(債務履行地管轄)について、本稿でご紹介いたします。
2.概論
国際取引とは、国境を越えた物品・資金・技術の移転、役務の提供を指すとします。その上で、国際取引における国際裁判管轄とは、我が国の裁判権が、当該取引の当事者及び審判の対象たる訴訟物の視点から制限されるか否かを論じるものです。従来、判例による処理がなされていた同分野につき、上述の国際裁判管轄についての国内法の整備がなされ、一定の明確化が図られました。
3.本事案についての検討
本事案は、売買代金の支払いを求める、「契約上の債務の履行の請求を目的とする訴え」に該当し、本事案の条件及び関係法規定に基づいて、「債務の履行地」が日本国内にあると認められるかが問題となります。

売買代金の振込先が日本の銀行口座である場合、我が国が「債務の履行地」に当たるかにつき、判示した裁判例は見当たりません。しかし、財産権上の訴えについての特別裁判籍を定める民事訴訟法第5 条1 号(義務履行地管轄)との関係で、未払給料の請求の際の土地管轄について判示した、大阪高決平成10 年4 月30 日(判タ998 号259 頁)が参考になると考えられます。同事案は、自宅付近の銀行の口座に給料を送金してもらっていた債権者(従業員)が、自宅を管轄する裁判所に訴訟を提起したところ、債務者(会社)が、給料支払義務の履行は、会社本店付近の銀行において送金手続を行えば終了するため、義務履行地は、会社本店所在地の管轄裁判所であると争ったものです。同決定は、給料債務が持参債務であることを前提に、銀行振込による場合、債務者による送金手続のみで義務の履行は終了せず、債権者の指定口座に入金されて初めて債務者の義務が終了すると判示し、債権者の主張が認められました。

上記裁判例を参考にすれば、本事案の代金支払債務は、持参債務であるところ、買主は、海外の銀行で送金手続を行いますが、左の送金手続のみで義務の履行は終了するものではなく、売主の指定した口座に入金されて初めて義務の履行が終了するため、日本が債務履行地に当たると考えられます。更に、本事案は、日本国内製造製品を、日本港において引き渡すものであって、日本の国際裁判管轄を否定すべき「特別の事情」は認め難く、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められると考えられます。

「障害者の雇用の促進等に関する法律」の改正の意義

弁護士 立川 献

1.概要
本年4 月1 日(一部は平成30 年4月)より、改正された「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下「本法」といいます)が施行されます。
近時、障害者雇用の拡大と質の向上のための雇用対策が推進される中、今回の法改正も実施されました。
本法は、労働者数50 名以上の企業について、2%の障害者の雇用義務を規定するなど、改正法に至るまでにいくつかの重要な改正が行われてきました。
改正法においても、障害者の雇用促進に関して重要な点が改正されていますのでご紹介させていただきます。

2.本法における障害者に対する差別の禁止及び合理的配慮の提供義務(本法34 条から36 条の6)の新設募集・採用活動にあたり、障害者と障害者でない者との間で均等に機会を与え(差別の禁止)、人員配置等の労働条件その他の処遇の決定に当たり、障害者であることを理由として、不当な差別的取り扱いをしてはならない(合理的配慮の提供義務)、と定められました。
具体的な対応は、個々の障害者の障害の程度を考慮することが求められますが、厚労省の事例集によれば、例えば採用活動において、視覚障害者の応募者に、個別に、図やグラフ等を用いた資料に基づいた説明を行ったり、採用後において、定年退職後の再雇用社員を当該障害者の担当者として、業務に関する相談や指導を受けられる体制を整えたりする等の実施方法が考えられています。
また、苦情処理に関し、事業主が自主的解決を行う努力義務が課されています。障害者の雇用に関して生じた紛争につき、各地の労働局の委任を受けた紛争調整委員会による調停という制度も整備されました。

3.法定雇用率の算定基礎の見直し(本法37 条他)
法定雇用率の算定基礎に、精神障害者が加えられました。ただ、この改正の施行は平成30 年4 月1 日からですので、平成25 年4 月1 日から平成30 年3 月31 日までは、身体障害者及び知的障害者を算定基礎として法定雇用率を計算することとなります。

4.罰則等
厚生労働省や労働局からの勧告や指導がある場合において、それに違反したり、虚偽の報告をしたような場合には、罰則の適用があり得ます。障害者の雇用はコンプライアンス上も重要な課題といえます。

TPP 協定による知的財産への影響

弁護士 田中 敦

本年10 月、環太平洋パートナーシップ協定(Trans-Pacific Partnership Agreement、以下「TPP」)が大筋合意に至りました。TPP 第18 章では知的財産の保護について定められており、今後、TPP の規定項目について法改正が具体的に検討されることとなります。以下、知的財産に関するTPP の規定項目のうち代表的なものをいくつかご紹介します。

1.特許・医薬品開発データ
公表から12 か月以内に出願された発明については、当該公表により新規性・進歩性が否定されることがないとの例外規定が置かれています(第18.38 条)。また、特許期間は出願日を基準として定まるところ(出願日から20 年)、出願から権利登録までに不合理な遅延がある場合、特許期間の延長が認められることとされています(第18.46 条)。
医薬品の臨床試験等のデータ保護期間については、新薬開発を行う自国製薬会社の保護強化へつなげたい米国とこれに反対するオーストラリア等との間の交渉の結果、実質8年間とすることで合意されています(第18.50条)。

2.著作権等
現在の日本での著作権の保護期間は著作者の死後50 年(無名・団体名義の著作物は公表後50 年。ただし映画の著作物を除きます。)ですが、TPPでは、著作者の死後(公表後)少なくとも70 年と定められています(第18.63 条)。
また、故意による商業的規模の著作物の侵害については、これを非親告罪とすることが定められています(第18.77 条6)。ただし、当該条項には、「その適用を著作物等を市場において利用する権利者の能力に影響を与える場合に限定することができる」との脚注が付されています。これは、二次創作物を扱うコミックマーケット(コミケ)等が刑罰対象となることで、新たな創作活動による文化の発展が妨げられるのではないかという日本の懸念に配慮したものといわれています。
さらに、著作権侵害・商標の不正使用については法定損害賠償・追加的損害賠償(懲罰的賠償を含みます。)が定められており(第18.74 条6~同条8)、仮にこれら制度を導入した場合、侵害予防効果が期待できる反面、賠償金高額化や訴訟増加といったリスクを懸念する声も上がっているところです。

コミットメント制度の導入について

弁護士 貞 嘉徳

TPP の政府間合意を受け、公正取引委員会において、コミットメント制度の導入に向けた検討が開始されたとの報道がなされたことは記憶に新しいことと思います。EU では、2004 年5 月1 日に施行された規則1/2003 号により、コミットメント制度が明文化され、実務上も活用されてきました(同規則9 条)。2005 年から2014年までの10 年間でみると、60%以上の事案(ハードコアカルテル事案を除く。)においてコミットメント制度が活用されたという報告もされています。

コミットメント制度は、競争法違反の疑いが存在する場合に、対象となる事業者が、その疑いを払拭する改善措置を申し出て、当該措置により競争法上の懸念が払拭されると競争当局が認めた場合に、コミットメント決定(commitment decision)により、競争法違反の有無を明らかにすることなく、調査を打ち切る制度です。事業者にも競争当局にも、コミットメント制度を利用する義務はありません。競争法違反の存在を明らかにし、その禁止を命じる禁止決定(同規則7 条:prohibition decision)と並び、EU 競争法の執行制度において重要な役割を担っています。

コミットメント決定により、事業者は、申し出た改善措置に法的に拘束され、違反した場合には、前年度総売上高の10%を上限とする制裁金を課されます(同規則23 条(2)C)。マイクロソフト社が561 百万ユーロの制裁金を課された事件は有名です。

価格協定や談合などのいわゆるハードコアカルテルは、コミットメント決定の対象外とされています。コミットメント決定は、競争当局と事業者との合意を基礎とすることから、通常、その内容が争われることはなく、早期に実効的な解決を図り、行政コストの削減に資する制度であるといわれる一方、競争法違反の有無が明らかにされないため、予測可能性・法的安定性、制裁、あるいは民事上の救済といった点で、不十分な結果をもたらす可能性を孕んでいます。EU では、競争当局は、コミットメント決定に先立ち、事案の概要と改善措置の要旨を公表し、第三者に意見陳述の機会を与えるものとされており、手続の透明性が確保されています(同規則27 条(4))。実務上は、決定案の全文が公表されてお
り、過去には、公表手続の結果、コミットメント決定をとりやめ、禁止決定に移行したという事例も存在しています。

今後、日本でどのような制度が指向されるのか、注目されます。