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弁護士 苗村博子
また日本でも新型コロナの感染者数が増えてきて気がめいりますね。休日もあまり外出できず、おうち時間が増えた中での楽しみの一つはドラマを見ることになりました。私は基本的には日本の法廷物のドラマはみません。裁判のシーンなどで間違いが多く、見ているとストレスを感じるからです。
夏には楽しみだった「半沢直樹」の最新シリーズも終わり、堺雅人さんのドラマをもう少し見たいと思ったところで、禁を破って、堺さん主演のリーガルハイの1、2のシリーズを続けて視ることにしました。失礼ながらこの作品は日本の法廷物といえないほど、大きく実際の裁判手続きや実体法とかけ離れていて、またコメディ仕立てにしてあるのでストレスがありません。特にシーズン2は、死刑を宣告された女性の最高裁での弁護を底流に、職務著作(作品の中では職務発明的扱い)、近隣住民間のトラブル、パワハラ、環境問題と住民間の対立など、その時々の法律時事問題を扱っていて,訴訟で対立する代理人弁護士は,口頭弁論期日と思われる手続で,主張を口頭で互いに繰り広げ,これこそ本当の弁論主義だと思わされます。
死刑を求刑する中で,検察官(松平健さん)が,民意が死刑を求めている,裁判員裁判は民主主義を体現していると述べるのに対し,弁護側の主人公弁護士は,司法に民主主義を持ち込むのは司法の自殺だと主張します。司法とは何かという根源的なテーマをさらっと言われてしまい,コミカルなドラマの中の奥深さにはっとさせられます。
裁判員裁判を否定するつもりはありませんが,本来司法は,「法の支配」を具現化するシステムで,立法機関が民主主義,多数決で決めて,行政がこれを実行した際に現れる多数決原理の不具合を修正する機関だと思っています。米国では,連邦最高裁判事は大統領が指名し,上院が助言と同意をして任命されるので,勢い最高裁が政治化するきらいがあるのは,トランプ大統領が新しい判事の任命を急いだときにも騒がれたところです。日本では漸く本来の法の支配による裁判を確立しつつある最高裁がそんなことにならないよう,法の支配を貫ける最高裁判事が今後も選ばれていくことを祈ります。
営業秘密を不正取得されてしまったときに打つべき対策
-エディオン対上新電機事件を題材に-
弁護士 苗村 博子
1 はじめに
本年10月1日、大阪地方裁判所で、副題の事件の判決が言い渡されました。私は原告エディオンの代理人を務めていたので、本件は判例評釈というより、本当は「苗村事務所のファイルから」に掲載すべき事件かもしれません。本件で判決は、被告上新電機の不正競争防止法2条1項8号の不正競争行為を認め、一部の差止請求権及び一部の損害賠償請求権を認めました。その差止の在り方、また損害額に関しては、原告代理人としては大変不本意なものとして受け止めており、またこのような判決を招いたことについても忸怩たる思いがありますが、一方この判決で、不正競争行為が認めれられるには、私の創意工夫も貢献したかと自負する点もあり、今回は、手前味噌で恐縮ですがこの創意工夫について、皆さんにご紹介していきましょう。
2 日本における民事訴訟法上の証拠収集方法
日本には、米国のような広範なディスカバリの制度はなく、また司法妨害に対する罪や罰も米国のように厳しいものとは考えられていません。相手方への文書提出命令の制度(民訴法221条~225条)も、裁判所は大変謙抑的にこの命令を出しますし、また裁判所が必要性がないとしてこの申立てを認めない場合、判決にてその理由が示されればよいとの最高裁判決があり、当事者は不服申立ができず、勢い裁判所は緊張感を持ってその必要性を判断したり、できるだけ認めて、真実に近づこうというモティベーションが感じられない場合が多いように感じられます。このような手持ち証拠で勝負というドイツ法に近い考え方は、しかしながら、司法の国際競争力という観点からは、非常にその力を阻害するものであり、昨年からようやく、証拠収集方法の拡充に向けて、法曹三者でも協議が始まり、日弁連では会員向けにアンケートを始めたところです。
そんな民事訴訟法の枠組みの中で、営業秘密の不正取得(不競法2条1項4号)や、本件でも問題となった、不正に取得された営業秘密について、故意または重大な過失でこれを使用する行為(同項8号)のような、行為者側で秘密裏に行われることについて、被害者が十分な証拠を集めることは至難の業と言えるでしょう。
3 営業秘密と刑事罰、刑事手続について
そこで,被害者側で何らかの不正取得に関する証拠があるのであれば、直ちに民事訴訟を提起するのではなく、行為者に対して刑事告訴をすることをお勧めします。なんの証拠もなしに行うと虚偽告訴の罪に該当しかねませんが(刑法172条)、不正に取得されたのが電子データである場合には、アクセスログが残っているので、一定の費用は掛かりますが、このアクセスログを手掛かりに、不正取得をしたと疑われる者が、いつどんな情報を得たのかを分析し、これを告訴の際の証拠とすることができる場合があると思います。
日本で営業秘密の不正取得に刑事罰が導入されたのは2003年ですが、この時点で被害者が刑事告訴を行うのはとても難しいことでした。というのも裁判の公開原則、また犯罪の特定のためには、何か営業秘密で、如何にそれを不正取得したかを公開の法廷で示さなければならず、刑事公判が始まったとたんに不正に取得された営業秘密は秘密でなくなってしまうという手続的なディレンマが解消されていなかったからです。実体法はさらに刑事罰の対象を広げ、重罰化の方向で何度も改正されましたが、被害者が刑事告訴に踏み切れるようになったのは、2011年の改正で刑事手続きの規定が第6章として認められてからです。詳細を記載するスペースがありませんが、営業秘密の秘匿決定(同法23条)がなされれば、例えば起訴状の朗読の際に、不正に取得された営業秘密の詳細の朗読をしないでよいとすることなどが認められ(同法24条),刑事公判において営業秘密性が失われるということがなくなりました。
エディオン事件でも、この方法が採用され、不正取得が認められた個人は2年の懲役及び執行猶予3年、罰金100万円となりました。
4 刑事事件を足掛かりにした証拠収集方法
刑事事件の進行中、検察庁に依頼しても被害者が警察、検察が収集した証拠の閲覧を依頼しても見せてもらうことはできません。刑事事件が終了した後でも検察官に依頼しても任意で証拠にアクセスすることはまずできないと考えていただいたほうがいいでしょう。そこで検討されるのが、検察庁において、裁判官による証拠保全手続きを行ってもらうことです。
証拠保全は、民事訴訟法上の手続き(民訴法234条)で、よく実施されるのは、医療過誤の事件における被害者のカルテ等の診療記録への保全です。医療ミスが疑われる事件では、過去には、手書きのカルテにホワイトの修正液がべたべたと塗ってあったなどということが多発し、裁判官は、カルテは改ざんされるものとの認識を持っています。今は電子カルテ等で改ざん後もその記録が残りますから、改ざん自体起こりにくくなっているとは思えますが、今も医療事故ではまず、この証拠保全にて改ざん前のカルテを確保することから始まります。
営業秘密や方法の特許の侵害事件でも証拠保全はこれまでも重要なものとして行われてきました。しかし被疑侵害者の手持ちの証拠に対して、証拠保全を行っても、多くはその敷地に入ることすら、被疑侵害者自体のさまざまな営業秘密の侵害を理由に拒否され、そうなると手も足も出なかったのです。私も半導体封止機械装置設計図事件(福岡地裁14年12月24日判決)では、工場前で立ち入りを拒否され、証拠を手に入れることができず、被告が第三者へ製造委託をした際に送った図面十数枚が、間違って原告に送られたことを頼りに、その第三者を粘り強く説得して、その図面が被告からのものであることを証言してもらって、不正取得、不正使用を立証したことがあります。
では、今回私がお勧めする検察庁での証拠保全はどのように行われるのでしょうか?証拠保全事件における相手方は検察庁ではありません。あくまでも被疑侵害者が相手方で,従って本件では上新電機でした。検察庁が保管されていた上新電機のサーバーへのアクセスをする場所として、検察庁の一室をお借りしたという扱いになります。証拠保全の申立書自体は、実施の1時間ほど前に執行官から上新電機に送達され、同社もしかるべき措置をとりました。大阪地裁から臨場された裁判官が、サーバーにアクセスし、関連データを検証されました。検証と言ってもその場でいちいちデータを見ていくわけにはいきませんので、持参したHDDに保存し、裁判所に持ち帰っていただきました。
その後そのHDDにあるデータを謄写して、これを解析して、エディオンの情報と考えられるものを抜き出して営業秘密目録を作成しました。ただこの取得した情報に上新固有の情報が紛れていた時のことを考えて対策をとりました。
5 証拠保全で得た情報の用い方とその限界
裁判所のHPではエディオン対上新の民事事件の営業秘密目録は掲載されていません。当該目録に対して閲覧を制限する決定を裁判所から得ているからです。ただ主張の中で述べているように判決が認めた営業秘密はすべて上述の証拠保全手続きで得たもの、したがって営業秘密が故意か重過失かで不正取得されたのちに上新によって使用されたことが,本案の判決でも明らかとなり,使用差止めが認められました。
その限界は、この元情報である営業秘密をどのように加工したかまでは、証拠保全では確保できなかったことです。日本の証拠保全手続きでは、この加工情報の取得は容易ではありません。
刑事事件において、被害者としてできるだけ営業秘密情報がどのように用いられるかを捜査機関に情報提供し、どのようにすれば、証拠保全で確保できるようになるか、告訴に対応する捜査においても様々な情報提供と、一定の情報を捜査機関から得ることが重要となると思います。誤解の無いよう申し上げておきますが、捜査機関の情報漏洩を誘発するようにということではありません。被害者として受ける事情聴取の際に、捜査機関からの質問内容等からどのような情報を捜査機関が得ているのかを推察し、民事事件を担当する弁護士とよく相談しておくことで、証拠保全の際にこれを活かすことができると考える次第です。刑事事件の段階から民事訴訟ははじまっているのです。
以上
公益通報者保護法の一部を改正する法律と内部通報担当者のリスク
弁護士 倉本武任
1.はじめに
令和2年6月12日に公益通報者保護法の一部を改正する法律(以下、「改正法」といいます)が公布され、改正法は公布の日から2年以内に政令で定める日から施行されます。現行の公益通報者保護法(以下「現行法」といいます)は、公益通報をした者(以下「公益通報者」といいます)を保護するルールを定め、多くの企業では、現行法を踏まえて、社内において内部通報窓口を整備されていると思われます。今般の改正法では公益通報対応業務に従事する従業員に対して罰則付きの守秘義務が課されるなど、内部通報窓口を担当することが想定されるコンプライアンス部門等の従業員にとっても注意すべき改正が行われています。そこで、本稿では改正点の概要について説明した後、改正点を踏まえて内部通報窓口担当者としてのリスクについて検討します。
2.改正法における改正点の概要
改正法では、以下の視点による改正が行われています。
1)公益通報者保護の視点
ア 公益通報の主体の拡大
現行法では、公益通報の主体について、労働基準法9条の労働者に限定していましたが、改正法では、新たに退職者、役員[1]が追加されました(改正法2条1項1号、4号)。なお、退職者については、退職後1年以内に通報した者に限定されています。
イ 通報対象事実の範囲の拡大
現行法では、通報対象事実の範囲は、刑事罰の対象となる行為に限定されていましたが、改正法では新たに過料の対象となる行為も含まれました(改正法2条3項1号)。
ウ 行政機関以外への外部への通報保護要件の緩和
改正法では、報道機関等の通報対象事実の発生又は被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に対する通報(改正法3条3号)を理由とする不利益取扱いから保護されるための要件を緩和しています。現行法が定める真実相当性の要件(通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると「信ずるに足りる相当の理由がある場合」に保護するという要件)に加え、特定事由のいずれかに該当する場合という要件に関して、新たに特定事由となる場合を追加する形で保護要件を緩和しています。
エ 通報行為に伴う損害賠償の制限
改正法では、事業者は、公益通報がされたことによって損害を受けたことを理由として、当該公益通報をした公益通報者に対して損害賠償をすることができないとの規定が設けられました(改正法7条)。
2)事業者自体における不正の是正の視点
ア 内部通報体制整備の義務付け
改正法では、常時雇用する労働者の数が300人を超える事業者に対し、公益通報に適切に対応するために必要な体制の整備等(窓口設定、調査、是正措置等)を義務付けました(改正法11条1項、2項)。
イ 公益通報対応業務従事者の守秘義務
改正法では、公益通報対応業務従事者又は公益通報対応従事者であった者は、正当な理由がなく、その公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定させるものを漏らしてはならないこととし、当該事項の漏えいを禁止しています(改正法12条)。この守秘義務に違反した者には、30万円以下の罰金が課されます(改正法12条、21条)。
3)行政機関への通報を行いやすくするという視点
ア 行政機関への通報保護要件の緩和
改正法では、通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関への通報については、真実相当性の要件を満たす場合だけでなく、真実相当性がない場合でも、通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料し、かつ、氏名・名称、住所・居所等一定の事項を記載した書面等を当該行政機関へ提出する場合も保護されます(改正法3条1項2号)。
イ 行政機関における外部通報対応体制整備の義務付け
改正法では、通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関は、公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置をとらなければならないとされています(改正法13条2項)。
3.内部通報窓口担当者のリスクについて
1)守秘義務の対象判断が困難である点
多くの企業では、不正事案だけでなく、パワハラ、セクハラ事案(以下「ハラスメント事案」といいます)についても、同じ内部通報窓口で相談を受けるケースが多いのではないかと思います。パワハラが暴行(刑法208条)・脅迫(刑法222条)などの犯罪行為に該当する場合や、セクハラが強制わいせつ(刑法176条)などの犯罪行為に該当する場合には、このようなハラスメントに係る通報は「公益通報」(改正法2条1項)に該当するため、前述のとおり公益通報対応業務に従事する従業員は守秘義務を負うことになります。他方で、内部通報窓口にハラスメント事案の相談があった場合、そもそも「公益通報」に該当するような事案なのか否かを、内部通報窓口担当者が早期に判断することは困難なため、内部通報窓口担当者としては、通報者含め関係者等に対して事実関係を調査する場合がありますが、通報者自身が被害者である場合、調査過程において、被害者である通報者を特定しないことは困難であり、厳しい守秘義務を課すことが妥当でない場合もあります。改正法12条では、「正当な理由」がある場合に公益通報対応業務従事者の守秘義務を免除しており、消費者庁の国会答弁によれば、この「正当な理由」には公益通報者本人の同意がある場合や法令に基づく場合のほか、公益通報に関する調査等を担当する者の間での情報共有等、通報対応に当たって必要な場合などを想定しているとされています[2]。しかし、どこまでの範囲が通報対応に当たり必要な場合として「正当な理由」となるのかの判断は、内部通報担当者には困難であり、同担当者は、改正法の定める罰則付きの守秘義務を自身が負っているか判断がつかない状況で対応せざるを得ないというリスクを負います。
2)通報者等による訴訟に巻き込まれる可能性がある点
ハラスメント事案の調査では、内部通報窓口担当者は、通報者に対する守秘義務とは別に、加害者や目撃者等の関係者からも守秘義務を前提として聴取を行うため、関係者からの聴取内容や判断過程の詳細を通報者に対して報告することができない場合もあり、その結果、通報者に対して内部通報窓口担当者が適切な対応をしていないのではないかとの疑義を抱かせてしまう可能性もあります。実際に、会社の上司によるパワーハラスメントに対して、内部通報窓口に相談を行った原告が、当該上司や会社だけでなく、相談を行った内部通報窓口担当者に対して損害賠償を請求した事案[3]もあるなど、調査に関わった内部通報窓口担当者は、守秘義務を遵守したとしても、訴訟に巻き込まれるリスクもあり得ます。
4.最後に
改正法の定める厳しい守秘義務を内部通報窓口担当者に課すことになれば、従業員としてもそのようなリスクを負う内部通報窓口担当者になることはより一層躊躇するように思われます。内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドラインにおいても、通報に係る秘密保持の徹底にあたり、外部窓口の活用が挙げられていますが[4]、改正法による内部通報窓口担当者のリスクを軽減するうえでも、調査は法律事務所のような外部窓口に任せる等、各企業においてはより一層、外部窓口の活用が求められると考えられます。
[1] 改正法では、「役員」は法令の規定に基づき法人の経営に従事している者に限られるため、相談役や顧問等は含まれません。
[2] 第201回国会衆議院消費者問題に関する特別委員会議録第5号12~13頁(令2.5.9)
[3] 東京地裁平成26年7月31日判決判例時報2241号95頁 同判決では結論として内部通報担当者に対する不法行為に基づく損害賠償請求の成立は否定されていますが、原告は、内部通報担当者が通報事実について、適切な調査を行い、しかるべき対応をとらなかったことや、判断過程などの開示を拒否したことを主張しています。
[4] 平成28年12月9日 消費者庁「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」8~9頁
著作物の利用による著作者人格権との抵触
-リツイート事件最高裁判決を題材に-
弁護士 田中 敦
1 はじめに
本年7月21日、最高裁が、Twitter上のリツイートによる著作者人格権侵害を認める判決(以下「本判決」といいます。)を下しました。
近年、SNS等の普及により、引用や改変といった他人の著作物の利用がごく身近なものになりました。しかし、著作物の利用の場面では、たとえ当該利用行為が著作権を侵害しなくても、著作者が有する著作者人格権との関係で問題を生じることがあります。そのような場面で、双方の権利や利益をどう調整すべきかについて、本判決は、重要な問題提起をするものと考えます。
本稿では、本判決の事実経緯と判示内容を簡単にご紹介した上、著作物利用と著作者人格権との関係について、海外の法制度とも比較しつつ、その問題点や注意点を述べます。
2 リツイート事件の事実経緯
本判決の第一審原告はプロの写真家、第一審被告はTwitter, Inc.(以下「Twitter社」といいます。)です。第一審原告は、みずから撮影した写真(以下「本件写真」といいます。)の隅に「c」マークと氏名を付記して、自己のウェブサイトに掲載していました。ところが、氏名不詳者(以下「元ツイート者」といいます。)が第一審原告に無断で本件写真をTwitter上にツイート(投稿)し、続いて、別の氏名不詳者(以下「リツイート者」といいます。)がTwitter上で当該ツイートをリツイート[1]しました。Twitterの仕様上、リツイートされた本件写真は、元画像の上下一部がトリミングされており、本件写真上の氏名部分が表示されなくなっていました[2]。
第一審原告は、元ツイート者及びリツイート者による本件写真のツイート及びリツイートが、著作権(複製権、公衆送信権等)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権等)を侵害するとして、それらの者の発信者情報の開示を求めて提訴しました。第一審判決は、リツイートによる著作権及び著作者人格権の侵害をいずれも否定しました[3]。これに対し、原審判決(知財高裁)は、リツイートによる著作権侵害を否定しつつ、著作者人格権侵害につき、リツイート者を侵害主体として氏名表示権及び同一性保持権の侵害が成立すると判示し、第一審の判断を覆したため、これを不服としてTwitter社が上告しました。
3 本判決の判示内容
まず最高裁は、氏名表示権侵害の成立には、著作権法21条から27条までが定める各支分権の利用行為によることを要しないとして、リツイート者が、本件写真の著作権侵害にあたる利用行為をしていなくても、氏名表示権侵害が成立し得ると判示しました。
続いて、最高裁は、たとえクリックすることで氏名部分を閲覧できるとしても、リツイートに伴う本件写真のトリミングにより氏名部分が非表示となったことが氏名表示権侵害にあたると判示しました[4][5]。侵害主体については、Twitterの仕様への主観的認識にかかわらず、客観的にはリツイート者の行為によってトリミングが生じていることから、リツイート者が氏名表示権侵害の主体であると判断しました。
ただし、本判決には、リツイートによる著作者人格権の侵害主体はリツイート者ではないという反対意見が付されています。その理由として、リツイートによる画像のトリミングは、Twitterの仕様によるものであり、リツイート者がそれを変更できないこと、及び、Twitter上で著作者人格権侵害の問題を生じる無断アップロード[6]をしたのは、リツイート者ではなく元ツイート者であることが挙げられています。さらに、当該反対意見では、リツイートをする者が、元画像の出所や著作者の同意等について逐一調査しなければならないとすれば、Twitter利用者に過大な負担を強いることが指摘されています。
4 著作物の利用と著作者人格権
(1)著作権法の規定と問題点
本判決は、特定のSNS上に無断アップロードされた著作物に関する判断であり、本判決の射程が著作物の利用行為一般に広く及ぶとは考えられません。とはいえ、本判決は、SNS利用への注意喚起にとどまらず、著作権侵害とならない利用行為であっても著作者人格権を侵害し得ることを再認識すべき契機となります。
わが国の著作権法上、引用等の一部の利用行為については権利制限規定(著作権法30条以下)が設けられており、たとえ著作権者の許諾がなくとも一定範囲でこれが認められます。しかし、それら権利制限規定は、著作者人格権に影響を及ぼしません(同法50条)。したがって、たとえば引用の規定(同法32条)に従い著作物を一部利用又は要約引用する場合、引用に伴う改変と同一性保持権との抵触が問題となります[7]。この点、どのように調和を図るべきかは大変難しい問題であり、著作者人格権を硬直的に絶対視すべきではなく、著作者人格権に関する規定の柔軟な解釈によって解決すべきとの見解が有力です[8]。権利制限規定とは異なりますが、本判決の反対意見も、著作者人格権を過度に保護することは著作物利用の萎縮につながり妥当でないとの考えが背景にあるように思われます。
(2)海外の法制度
上記(1)の問題が生じる一因として、わが国の著作権法は、世界的に見て最高水準[9]ともいわれるほどに著作者人格権を強く保護しています。
海外の例を見ると、著作者人格権の保護に重点を置く大陸法系諸国では、わが国と同様に、原則として権利制限規定よりも著作者人格権を優先しているようです[10]。
他方で、歴史的に人格権保護よりも著作物の自由利用に重点を置く米国では、権利制限の中心的規定であるフェアユースに関して、人格権よりもフェアユースが優先することが条文上明記されています[11]。
(3)本判決を踏まえた今後の注意点
以上のとおり、著作物利用と著作者人格権との優劣は、明確なルール作りが難しく、国によっても制度が異なるため、個別の場面に応じた検討が必要となります。
現在、個人のみならず多くの企業も、広報活動の一環としてSNSを利用しています。本判決を踏まえ、Twitter等のSNS利用者としては、改めて利用規約を確認の上、他者の投稿を転載等する際には、著作者に無断アップロードされた可能性がないか、転載により改変が生じるか等、その都度注意を払うことが求められます。
また、著作者人格権との抵触は、SNSに限らず著作物利用の場面で広く問題になり得ます。改変による同一性保持権侵害、氏名削除による氏名表示権侵害のほかにも、著作者の名誉や声望を害するような態様で著作物を利用すれば、著作者人格権のみなし侵害(著作権法113条6項)となります[12]。近時、インターネット利用の拡大により、ユーザーによる著作権への意識が高まりつつあると考えますが、本判決を機に著作者人格権についても認識が深まることを望みます。
[1] 別のツイートを引用して転載又はコメント付記するTwitterの再投稿機能をいいます。
[2] もっとも、利用者がリツイートされた画像をクリックすることで、氏名部分を含んだ本件写真の元のツイートを閲覧することができました。
[3] 元ツイート者によるツイートが本件写真の著作権(公衆送信権)を侵害することは、第一審原被告間で争いがありませんでした。
[4] 上告受理申立理由には、リツイート者による本件画像のリツイートはプロバイダ責任制限法4条1項に基づく開示請求の条文上の要件を満たさないことも含まれていましたが、最高裁はこの主張を認めませんでした。
[5] 同一性保持権侵害の成否については、最高裁判決中で判示されておらず、原審による判断が確定したものと考えられます。
[6] Twitterへのアップロードが著作者の同意の下でなされた場合、著作者によるTwitterの利用規約(リツイートに伴うトリミング)への同意があるものとして、基本的にはリツイートによる著作者人格権侵害の問題を生じないと考えられます。
[7] 改変に対する同一性保持権の行使にあたっては、一定範囲で立法上の制限が設けられています(著作権法20条2項各号)。
[8] 中山信弘『著作権法[第2版]』(有斐閣・2014年)482頁
[9] 中山・前掲注8・469頁
[10] 韓国著作権法38条、台湾著作権法66条、ドイツ著作権法62条及び63条、フランス著作権法122の5条2項、中国著作権法22条等。
[11] 米国著作権法106条A、107条。
[12] 例としては、芸術作品である裸体画を複製してヌード劇場の立看板として利用することなどが挙げられます(加戸守行『著作権法逐条講義[6訂新版]』(著作権情報センター・2013年)756頁)。
DIPファイナンスの必要性~コロナ禍の事業再建―支援したい取引先のために~
弁護士 苗村博子
1.はじめに
耳慣れない言葉に戸惑われたかと思いますが、DIPはDebtor In Possessionの略で、債務者が自ら経営を続けながら、事業の再建を目指す、米国のChapter 11と呼ばれる再建的な倒産手続きの手続開始の直後に手続中の資金を得るための融資のことをDIPファイナンスといいます。Chapter11は、米国では、1979年に旧Chapter10の全面改正によりできた章で、再建的な倒産手続を定めています。
新型コロナの問題以前は平成の徳政令ともいわれた中小企業金融円滑化法による金融機関の返済の猶予と、この20年の間に進化した私的整理の手法によって法的倒産を回避して行う事業再建が一般化したことにより、日本では会社更生手続や民事再生手続を申請する事業者は激減しました。私も管財人代理を務めましたマイカルの会社更生事件では、みずほ銀行等から、更生計画案提出までに苦しくなる資金繰りに対し、このDIPファイナンスを受けることができましたが、その他は運送業のFootwork社の民事再生手続やJALの会社更生手続で同様にこれが実施された以外では、大規模な案件ではなく、DIPファイナンスは米国のChapter 11では、一つのファイナンス手法として確立しているにも関わらず、日本ではほとんど育っていません。今回は、コロナ禍の事業再建手続においてこのDIPファイナンスを必要とする事業者が増加すると考えられ、DIPファイナンスを日本で根付かせるために何が必要かについて述べたいと思います。
2.米国でDIPファイナンスが事業として成り立つ理由
(1) DIPファイナンスと債権分類
米国でもDIPファイナンスは、Chapter 11が制定された直後にはなかなかこれに乗り出す金融機関はありませんでした。米国ではDIPファイナンスの債権が回収不能のリスクの高い債権(Highly Leveraged Transaction)とみなされるとこのファイナンスはできないと考えられたからです。そこで、金融機関が当局に働きかけ、1991年に(連邦準備制度理事会)その他管轄機関の金融調査においてDIPファイナンスの債権は、非分類とされるとのガイダンスが出されたとのことで、これによって大手の金融機関がDIPファイナンスに乗り出すようになりました。
(2) プライミングリーエンの付与(DIPファイナンスへの優先性、担保の付与)
加えて、Chapter 11は、DIPファイナンスについて特別の貸し手へのインセンティブを定め、より、貸し手にとって魅力的なものとしています。
① 364条(a) 通常業務でなされる無担保の貸付けについては、裁判所の許可なしに、債務者は、借入が認められている。この債権は、管理費用と同等の優先性が付与される。
② 364条(b) 通常業務以外の無担保の貸付けについては告知と聴聞の後に、裁判所によって許可される。同じく管理費用と同等の優先性が付与される。
③ 364条(c)他の管理費用に優先して回収することができるというSuper Priorityが与えられ、加えて、担保設定されていない資産に対し担保設定でき、かつ担保設定されている資産に対し、劣後担保を設定できる。かような優先性を付与しなければ、DIPファイナンスを得られないことを裁判所に示す必要があり、裁判所の許可を要する。
④ 364条(d) 最も優先性の高いDIPファイナンスで、既存の担保と同列又は先順位の担保を与えること(Priming Lien)によってしか、DIPファイナンスを得られないような場合に限られる。また既存の担保権者に対して適切な保護(appropriate protection)が与えられることが要件とされ、裁判所の許可を要する。
⑤ いずれの裁判所の許可もDIP Orderという裁判所の命令の形で発令され、DIPファイナンスが善意で行われている場合にはその効力は上訴審の決定により無効とされない。
④のいわゆるプライミングリーエンを付与する場合の、既存の担保権者に対する適切な保護については、その担保権者の同意があればともかく、そうでない場合、これを証明することは困難ではあるとされます。ただし、広く担保を徴求している担保権者は、既存の債権についての担保価値の下落を避けるため、同意することが多く、また一部の財産にだけ担保を設定している担保権者が反対する場合には、その財産を避けて他の財産に先順位担保を得てDIPファイナンスがなされるとされています。従って、担保を多く有している既存の債権者がこの債権の保護の意味でDIPファイナンスを行うことも多く、このような場合はDefensiveな場合といい、新たにDIPファイナンスを行う貸し手をOffensiveな貸主とも呼ぶようです。
3 日本へのあてはめ
(1) DIPファイナンスと既存の担保権者
日本では、金融庁検査では、各金融機関の自己査定に基づいて債権の分類を行うことが認められていますが、多くの金融機関は、回収困難な債権として分類しているのではないかと思われます。しかしながら、上述の米国のChapter11 364条のような保護がDIPファイナンスに与えられればどうでしょうか?
④の364条(d)のようなプライミングリーエンが与えられる場合はなおのこと、③の(c)のように、手続申立前の債権に優先するだけでなく、手続開始後に発生する債権(日本の共益債権に当たり、手続き外でも弁済が認められる債権です)にも優先するようなものであれば、回収の可能性は相応に高くなり、多額の引当てを積む必要はなくなります。
また裁判所の許可で担保権が設定されるのであれば、メインバンクにとっては、既存の担保の価値を維持する意味でも、DIPファイナンスを行って、ニューマネーを債務者に供与して、事業を継続してもらう合理的な理由が出てきます。
もちろん既存の担保権者と並ぶまたはその先順位になる担保権の創設を裁判所の許可だけでできるようにするのですから、このような立法は、民法その他の法律によって認められてきた担保権の価値を大きく左右することになると考えられるかもしれません。しかし現実に担保権の実行が最も必要となるのは借主が倒産した場合です。会社更生法においては、担保権も手続きに取り込まれ、その手続下では、担保権実行は認められず、更生担保権として担保価値に応じた額を更生計画に応じて支払われるにとどまります。このような担保権の倒産手続きによる変容が許容されていることからすれば、裁判所の許可を以て、DIPファイナンスに担保権を付与することも日本においても許容できるのではないかと思います。
このためにはもちろん立法を必要とします。現在再建的な倒産手続きに精通した弁護士で(私も一応メンバーです)、このようなDIPファイナンスを取り入れるための時限立法を含め、より窮境にある事業者が民事再生手続き等を申立て易くできないか検討しています。
(2)もしDIPファイナンスに優先的な担保権等を付与し得るなら
さて、ようやく副題との関係を記せるようになりました。皆様の会社の取引先で、窮境に陥っていて、いよいよ法的な倒産手続きが必要な企業に対し、支援を考える場合にもDIPファイナンスに優先権があれば、先にこのようなDIPファイナンスにより、当座の事業資金を融通しやすくなることに気が付かれたと思います。DIPファイナンスは既存の担保権者が行うDefensiveな場合だけでなく、支援企業でも行えます。債権者数も多く、再生計画案が同意されるかわからない、事業の先行きに不確定要素があるというような場合でも、必要な技術等を持っている取引先であれば、支援をしたいと考えるところです。ただ、その不確実さがある故二の足を踏んでしまうといった場合に、担保権設定ができ、かつ共益債権としての優先順位が高ければ、回収できないとのリスクは相当小さくなり、思い切った支援をしても大丈夫との判断がつきやすくなります。そして、支援者がDIPファイナンスを行うというだけで、債務者の取引先の信頼度は十分に改善し、より良い方向に歯車は回りだします。
4.最後に
コロナ禍の経済、特に製造業への悪影響はこの秋冬から本格化するといわれています。それまでに何とか時限立法でよいので、コロナ禍の窮境企業の再建についての立法にこのようなDIPファイナンスへの優先性の付与がなしえないか、運動を続けていきたいと考えています。
以上
特許発明が製品の一部にのみ実施される場合の特許法102条1項に基づく損害算定
-「美容器」事件 知財高裁大合議判決-
弁護士 田中 敦
1 はじめに
本年2月28日、知財高裁が、特許法102条1項に基づく損害算定方法についての大合議判決(以下「本判決」といいます。)を下しました。本判決は、昨年の同条2項及び3項に基づく損害算定についての知財高裁大合議判決[1]に続く重要な判示であり、今後の実務に大きな影響を与えるものと考えられます。
本判決では、特許法102条1項を巡る多くの論点への判断が下されていますが、紙面の関係上、本稿では、本判決と原審判決[2]との損害額の差異に大きく影響したと考えられる、特許発明が製品の一部にのみ実施される場合の損害算定の判示について述べることとします。
2 事件の経緯
控訴人(原審原告)は、美容器(いわゆる「美顔ローラー」)に関する特許権(特許第5356625号等、以下「本件特許」といいます。)を有していました。控訴人は、被控訴人(原審被告)が本件特許を侵害する製品を販売しているとして,特許権侵害を理由にその差止めや損害賠償を求めました。
原審判決は、特許権侵害を認めつつ、特許法102条1項[3]に基づく損害算定にあたり、本件特許の特徴部分は原告や被告の販売する製品の一部に関わるに過ぎないという事情を、寄与度(特許発明の利用が被告の製品に寄与した割合)という概念を用いて、算定根拠となる原告の限界利益に寄与度10%を乗じました。加えて、同項但書きに基づき、被告による譲渡数量のうち5割を原告みずから「販売できない事情」があるとして推定覆滅を認め、最終的な損害額を約1億0735万円としました。
原審判決に対し双方が控訴し、知財高裁では、原審判決による算定方法が妥当であったか否かが争われました。
3 知財高裁による判断
(1)特許法102条1項
特許法102条1項は、特許権侵害による損害額推定の規定であり、侵害者が侵害品を販売していた場合には、侵害者による侵害品の譲渡数量に、もし侵害行為がなければ特許権者が販売することができた物の単位数量あたりの利益を乗じた額を、特許権者の実施能力に応じた額を超えない程度において、損害額と推定すると定めます。ただし、例えば、価格や販売態様が大きく異なる等の理由から、仮に特許権者が販売していれば同数量の販売は困難であった場合、同数量の「販売ができない事情」があるとして、当該事情に相当する金額が推定額から控除されます。
ただ、本件のように、特許の特徴部分が製品の一部にのみ実施されるという事情がある場合、条文上からは、どの要件の下で当該事情を考慮すべきかは必ずしも明らかではありませんでした。この点、主な考え方として、当該事情を特許法102条1項の「単位数量あたりの利益の額」の算定にあたり考慮する説(本文説)、同項但書きの「販売ができない事情」として考慮する説(但書説)、それらいずれとも異なり民法709条の因果関係の問題として別途考慮する説(民法709条説)の3つに分かれていました。
なお、特許法102条1項は、令和元年特許法改正により改正されましたが、本判決の判示は改正後の条文にも妥当し得るものと考えます。
(2)知財高裁による損害の算定方法
まず、知財高裁は、本件特許が製品の一部にのみ実施されるという事情がある場合でも、製品販売による特許権者の限界利益の全額が逸失利益として事実上推定されると判示しました。ただし、本件特許が利益の全てに貢献しているわけではないことから、当該事情を、限界利益の事実上の推定を一部覆滅させるものであるとして、限界利益から約6割を控除しました。この判示は、限界利益がそのまま「単位数量あたりの利益の額」とまず推定されることを前提に、製品の一部にのみ実施されるという事情により限界利益のうち一部の推定を覆して最終的な利益の額を決定するものであり、3つの学説のうち本文説を採用したものと理解できます。知財高裁は、寄与度という概念を用いた原審の算定方法を「根拠がない」と否定し、寄与度による利益のさらなる減額を認めませんでした。
他方で、知財高裁は、両製品の価格の違い等から、控訴人みずから同数量の「販売ができない事情」があるとし、原審と同じく5割の推定覆滅を認めました。もっとも、知財高裁は、原審が寄与率の検討において減額要素として認めた一部の事情(本件特許の特徴が需要者の目に触れる部分でないこと、代替技術の存在)を減額要素として認めませんでした。
以上の算定方法に基づき、結論として、知財高裁は、原審判決の4倍以上となる4億4006万円の損害を認めました。
(3)本判決による実務への影響
従前の裁判例では、特許発明が製品の一部にのみ実施される場合の損害算定について判断が統一されていませんでした。このような状況下で、本判決が、本文説に依るべきことを判示したことは、今後の実務に与える影響は大きいと考えます。
また、寄与度という概念を用いることを否定した点も注目されます。「寄与度」とは、特許法102条各項に基づく損害算定にあたり、特許発明の貢献度に応じて損害額を適切な範囲に限定するために、一部の裁判例や学説により導入されたものです。しかし、何を評価基準とするか、寄与度(又は非寄与度)の立証責任の所在等について見解が統一しておらず、仮に特許権者が利益の額に加えて寄与度をも立証しなければならないとすれば、立証責任を容易にしようとした同条の趣旨に反する等の問題点が指摘されていました[4]。本判決の算定方法は、特許発明による貢献が限定的であることを、寄与度ではなく、限界利益の事実上の推定の覆滅事由と捉えることで、侵害者が反証すべきであることを明確にした点においても一定の意義があると思われます。
もっとも、本判決の算定方法によっても、利益の推定覆滅のためにどのような要素をどの程度重視するかは、いまだ明らかにはされていません。本判決が原判決の4倍もの損害額を認めた理由についても、算定方法の違いにのみ起因するとは直ちにいいきれず、さらなる検討が必要です。知財高裁としては、昨年の知財高裁大合議判決[5]に続けて、賠償額が低額に過ぎるとの批判もあった損害論に関するルールの明確化を進めており、特許法102条1項の改正と相まって、賠償額の高額化へ作用する可能性もあります。損害論に関しては、懲罰的賠償や利益吐き出し型賠償の導入の是非についての議論も続けられているところ、知財高裁の示した新たなルールが訴訟の結果にどの程度影響するかを見極めるためには、引き続き今後の事例に注目する必要があります。
以上
[1] 知財高裁令和元年6月7日判決(「炭酸パック化粧料」事件)
[2] 大阪地裁平成30年11月29日判決
[3] 令和元年特許法改正前の条文が適用されており、本稿でも特にことわりのない限り同改正前の条文を指すものとします。
[4] 田村善之『特許権侵害に対する損害賠償額の算定 −裁判例の動向と理論的な分析−』(パテント・2014年)141頁
[5] 前掲注1・知財高裁令和元年6月7日判決
テレワークに伴う「ジョブ型」雇用の導入
弁護士 倉本武任
1.はじめに
労働者が多様な働き方を選択できる社会の実現を狙いとした働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(平成30年法律第71号)(以下、働き方改革関連法といいます。)が2018年6月29日に成立してから、はや2年が経過しようとしています。
働き方改革関連法は1つの法律ではなく、労働基準法、パートタイム労働法などの労働関係法令を改正するものですが、同法の概要においては、労働者がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現する働き方改革を総合的に推進することを目的として、①働き方改革の総合的かつ継続的な推進、②長時間労働等の是正、多様で柔軟な働き方の実現、③雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保を3つの柱とすることが掲げられています[1]。この②の多様で柔軟な働き方を実現する手段として、テレワーク[2]という手段が着目されていました。本稿では働き方改革が期待したテレワークとはどういうものであったか、コロナ禍により結果としてテレワークが浸透したことで、昨今、いくつかの企業が導入を検討している「ジョブ型」雇用について、その導入にあたっての留意点について検討したいと思います。
2.働き方改革が期待したテレワークとは
働き方改革関連法の成立前に、政府主導の働き方改革実現会議が決定した「働き方改革実行計画」の中では、働き方改革の実現に向けた9つの検討テーマの1つとして「柔軟な働き方がしやすい環境整備」が掲げられ、そこでは、テレワークは、時間や空間の制約にとらわれることなく働くことができるため、子育て、介護と仕事の両立の手段となり、多様な人材の能力発揮が可能となると掲げられています[3]。
働き方改革が主眼としたのは、上述のような時間、場所に拘束される働き方ができなかった層にも参加しやすい労働環境を作るという点にありますが、結果としてはその導入は進んでいませんでした[4]。このように導入が進まなかった背景には、テレワークは、勤務時間管理が困難であり、企業としても、平時に導入することによる費用対効果を考えると規模の大きい余裕のある大企業を除けば、なかなか、導入に前向きにはなれなかったものと考えられます。他方で、コロナ禍により、テレワークが難しい職種を除けば、少なくともオフィスワークの従業員に対するテレワーク(在宅勤務)の導入は、緊急事態宣言を受けての外出自粛要請に伴い、まさに非常時の企業の事業継続性の確保のため、緊急的に大きく進みました。
3.「ジョブ型」雇用の導入について
当初の働き方改革関連法が想定しない形で、結果として在宅勤務という形態が広がることになりましたが、在宅勤務制を採用する場合の課題は勤務時間管理の困難性です。この点について、いくつかの企業では、新型コロナウイルスの終息後も在宅勤務を続け、働きぶりが見えにくい在宅でも生産性が落ちないよう職務を明確にする「ジョブ型」雇用を本格的に導入することが検討されています。ここでいう「ジョブ型」雇用というのは、明確に行うべき職務が与えられ、それが達成された成果やスキルに応じて給与額が、決まるというものです。確かに勤務時間でなく成果で評価する制度であれば、在宅勤務において、労働時間を管理する必要性も少なくなります。
このような自己管理型の労働者を想定した成果主義的な制度については、実際に上述の働き方改革関連法による労働基準法の改正の1つである高度プロフェッショナル労働制(労基法41条の2第1項)が存在しています。
この制度においては、所定外労働についての割増賃金支払を不要となるため、賃金面で労働者の不利益となる可能性があることから、当該業務が高度に専門的なものであって労働時間を拘束することが労働者の能力発揮の妨げとなることや、割増賃金不払を補ってあまりある経済的待遇が与えられることが同制度が妥当性をもつ理由となります。
そうだとすれば、上述のような前提が認められないなかで、テレワークによる労働時間管理の困難性という理由のみをもって、自己管理型の労働者を想定した成果主義的な制度を取り入れることはできません。現在雇用関係にある従業員との間では、職務を与えての雇用とはなっておらず、そのような中で、高度プロフェッショナル労働制等の制度を適用することなく労働時間管理を完全になくすということはできないと思われます。
4.「ジョブ型」雇用の導入にあたっての留意点
既存の職務無限定の正社員について、「ジョブ型」雇用による正社員[5]とするため、従来の勤続年数による年功序列型の賃金体系を成果主義的な賃金制度に変更するのだとすれば、労働者によっては、賃金額が大幅に減額する場合もあり得、労働条件の不利益変更に該当する可能性があり[6]、対象となる労働者との間で個別に同意するか、就業規則の変更(労働契約法10条)又は労働協約による変更が必要となります。労働契約法10条は、労働者の同意の有無にかかわらず終業規則を変更できるのは、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、変更の必要性、変更内容の相当性等を考慮して合理的な場合で、労働者と使用者が当該労働条件について就業規則の変更によって変更できない旨の特別の合意をしていない必要があり、その変更内容によっては、その合理性が否定されるリスクもあります。
したがって、「ジョブ型」雇用を導入するとしても、まずは対象となる労働者との間で個別に同意を検討し、同意を得るにあたっても、仕事の内容の決定、仕事の成果の判断は誰が行い、どのような基準に基づいて行われるのか、仕事内容の変更の可能性や就業場所としてテレワークを認めるのであれば、テレワーク時の始業・終業時間・休憩時間・超過労働時間の管理を従業員に任せつつ、これらの時間を把握する方法(始業・終業時にメールで通知する又は自身で労働時間を記録し、報告してもらうなど)等、その中身については、細かな点を含めて労使間で十分に話し合い決めるべき必要があると考えられます。
5.テレワークをいきなり成果と結びつけない
少なくとも新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンや有効な治療薬が開発、普及されるまでは、従業員の安全配慮義務を超え、社会の一員として、感染者を増やさないという観点でもテレワークを考える必要があるでしょう。テレワークによる方が成果が上がるからというのではなく、社会から必要とされているからテレワークを続けるのであって、その中で、時間管理の工夫、成果を上げる工夫を労使間で作り上げていくという視点が必要ではないでしょうか。
以上
[1] 厚生労働省『働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律 概要』
[2] 厚生労働省『テレワークではじめる働き方改革』7頁 テレワークとは、ICT(情報通信技術)を活用し、時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方であり、テレワークには、①在宅勤務、②モバイルワーク、③サテライトオフィス勤務という3つのスタイルがあるとされています。
[3] 働き方改革実現会議決定『働き方改革実行計画(概要)』平成29年3月28日
[4] 総務省『平成30年通信利用動向調査の結果』令和元年5月31日 スライド6によれば、企業においてテレワークを導入している又は具体的な導入予定があるのは、26.3%(導入しているが19.1%、導入予定が7.2%)[4]とされています。
[5] 内閣府規制改革推進会議『ジョブ型正社員(勤務地限定正社員、職務限定正社員等)の雇用ルールの明確化に関する意見』においては、「職務か勤務地、あるいは労働時間のいずれか、または複数の要素が限定されている社員」と定義されています。
[6] 労働契約法10条の「変更」には、不利益変更の可能性も含むとされています(東京高判平成18年6月22日 労判920号5頁)
SMSの開示を認めた発信者情報開示に関する裁判例について
弁護士 倉本武任
1.はじめに
インターネット上の掲示板、個人のブログ、SNS等において名誉を毀損する記事やプライバシー、自身の著作権が侵害されるなど、ネット上の情報の流通による権利侵害は身近に起こりうる問題です。法的な対応のためには、被害者は、まず、相手方の氏名、住所等を取得する必要があります。しかし、通信の保障(憲法21条2項)との関係で、発信者情報の開示に応じたプロバイダが、通信秘密の侵害を理由とする法的責任を追求されるおそれがあるため、プロバイダ責任制限法[1]上、被害者に認められた制度が発信者情報開示請求権です。以下では、実際に発信者情報の開示を請求するための手順を説明した後、SMSのアドレスの開示を認めた近時の裁判例(東京地方裁判所令和元年12月11日判決:判例未掲載)について検討します。
2.発信者情報開示の手順
(1)コンテンツプロバイダ[2]に対する請求(下記図の情報開示請求①)
例えば名誉を毀損する記事について、投稿されたウェブサイト上の記載から管理運営主体が分からない場合が多く、被害者はインターネット上で利用できる「Whois」サービスを利用して、ドメイン名[3]の登録者を検索することになります。ウェブサイトを管理運営している者を特定し、その者を債務者として発信者情報の開示又は投稿記事削除の仮処分を申立て、アクセスログ(IPアドレス[4]、タイムスタンプ[5])の開示を受けることになります(任意に開示に応じてもらえない場合の対応となります)。
(2)経由プロバイダ[6]に対する請求(下記図の情報開示請求②)
被害者が、コンテンツプロバイダから開示されたアクセスログを元に、「Whois」サービスを使用して、発信者が利用している経由プロバイダを割り出し、その者を債務者として、当該タイムスタンプの日時に当該IPアドレスを付与した発信者の開示を求めることで、当該発信者の氏名、住所が判明することになります。第2段階では、発信者の氏名、住所の開示につながることから、開示の要件を満たすかについて審理を尽くす必要性は高く、仮の判断を求める仮処分手続ではなく、通常の訴訟手続による対応が求められます。なお、経由プロバイダが発信者情報を削除してしまわないよう、必要があれば、前に発信者情報保存の仮処分を検討する必要があります。
【図】

(3)携帯電話からの投稿の場合
携帯電話からの投稿の場合、発信者が契約する携帯電話事業者のプロキシサーバ[7]を通じてコンテンツプロバイダのサーバ上に、携帯電話事業者のプロキシサーバのIPアドレス、送信元ポート番号[8]、タイムスタンプ、接続先のURL情報に加えて、発信者が通知を設定している場合には個体識別番号が記録されます。したがって、携帯電話端末の書き込みにより権利侵害を受けた者は、①コンテンツプロバイダに対し、書き込んだ者の氏名、住所、タイムスタンプ、接続先のURL、プロキシサーバのIPアドレスの開示請求をする、②①によっても書き込んだ者の氏名、住所が判明しなければ、開示を受けたプロキシサーバのIPアドレスから判明した携帯電話会社(上記図でいう経由プロバイダの立場となります。)に対し、携帯電話端末の所有者の氏名、住所の開示を求めることになります。
3.事案の概要について
東京地方裁判所は令和元年12月11日、SMSで使われる電話番号はメールアドレスに該当するとして、その開示を認める判決を下しました。報道によれば、都内の不動産事業者(原告)が、不動産情報を扱うネット掲示板にトップ2人に対する身体的な中傷に当たる書き込みがなされたとして携帯電話事業者であるソフトバンク株式会社(被告)に発信者情報の開示を求めた事案です。書き込みは携帯電話の番号をアドレスとして使ってやり取りをするSMSを利用して行われたため、原告は、SMSのアドレスとして携帯番号の開示を求めましたが、ソフトバンク側はSMSのアドレスに用いる携帯番号は開示請求の対象に該当しないとしてこの点を争っていました。
同事案の特色は、プロバイダ責任制限法では、携帯電話番号は開示対象となっていないところ、裁判所が携帯電話番号を推測できるSMSのアドレスの開示を認めたという点です。
4.判決に対する検討
判決の詳細は現時点では明らかではないため、ここではSMSのアドレスを電子メールアドレスに該当するとの裁判所の判断について検討します。
(1)SMSとは
「SMS」とは、Short Message Serviceの略で、携帯電話同士で電話番号を宛先にしてメッセージをやり取りするサービスです。電子メールがデータを複数に分割して送受信するパケットネットワーク上の通信であるのに対し、SMSは電話による通信同様、通信中は回線を占有することになる回線交換ネットワーク上での通信となります。
(2)携帯電話番号の扱い
発信者情報の開示請求によって開示される情報については、①氏名、②住所、③電子メールアドレス、④IPアドレス、IPアドレスと組み合わされたポート番号、⑤携帯電話端末等からのインターネット接続サービス利用者識別番号、⑥SIMカード識別番号、⑦発信時間とされ(プロバイダ責任制限法4条1項、平成14年総務省令57号)、携帯電話の番号は、開示対象からは外されています。携帯電話番号は、まさに個人に割り当てられるもので非常にプライバシー性の高い情報ですので、発信者情報開示請求が、プライバシー保護と被害者の権利行使との調整の観点から開示対象を限定する趣旨だとすると、その他の情報の開示を認めれば、被害者の権利行使の保護は十分であるとの判断もあるように思われます。
(3)SMSのアドレスが開示対象情報に該当するか
SMSのアドレスは、携帯電話番号とまったく同じ数字列であるため、SMSのアドレスの開示を認めることは携帯電話番号の開示を認めることに繋がります。
しかし、法文上「特定電子メールの送信の適正化等に関する法律」第2条1号、同法第2条第1号の通信方式を定める省令では、電子メールには、「携帯して使用する通信端末機器に、電話番号を送受信のために用いて通信文その他の情報を伝達する通信方式」が含まれていることからすれば、条文の解釈としてもSMSのアドレスを電子メールアドレスに該当すると解釈することも開示の結果、携帯電話番号が明らかになるのだとしても、開示の必要性を優先するという利益考量もあるように思われます。
5.本判決による影響
上記のとおり、発信者を特定するのは容易ではありません。
上記判決の詳細は不明ながら、被害者である原告は携帯電話事業者であるソフトバンクに対して、発信者の住所や氏名といった情報の開示も求めて提訴していると考えられます。そのうえで裁判所が住所や氏名といった情報に加えてSMSのアドレスの開示を認めたのは、原告が後に特定した発信者に対して損害賠償請求を求めるにあたっての交渉の連絡手段としての有用性を認める趣旨だとする報道もあり、上記判決によりSMSのアドレスの開示が認められたことで、被害者の権利行使の手段が拡がったと考えられます。ただしインターネット等を通じた権利侵害は一様ではなく、フリーメールアドレスを利用し匿名で直接誹謗中傷メールを送る等、発信者情報開示請求では対応できない(電子メールはプロバイダ責任制限法にいう「特定電気通信」に該当しないため)ケースもあり、表現の自由との考量という観点を忘れてはいけないものの、今後も被害者の権利行使確保につながる解釈や法改正が求められていると感じます。
以上
[1] 特定電機通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律
[2] ホームページや掲示板などの情報を発信するための環境を提供する業者のこと
[3] インターネット上に存在するシステムに割り当てられる名前のこと
[4] 数字の羅列で表現される発信元のパソコンを特定・識別するためのインターネット上の住所
[5] 個々のファイルに属性として備わる作成日時や更新日時などの情報のこと
[6] 通信回線の提供、パソコンにIPアドレスを割り当てるなど、インターネットに接続するサービスを提供する業者のこと
[7] 内部のネットワークとインターネットの境界で動作し、両者間のアクセスを代理して行うもの。
[8] 送信側の各コンピュータにランダムに割り当てられるポート番号(アプリケーションを識別するための番号)