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大学名称に関する紛争~京都芸術大学事件について~

弁護士 倉本 武任

1.はじめに

令和 2 年 8 月 27 日に、公立大学法人京都市立芸術大学が、京都芸術大学(旧名称が京都造形芸術大学)を運営する被告に対して、「京都芸術大学」の名称使用差止めを求めた事件について、第 1 審である大阪地方裁判所は差止請求を棄却しました(以下「本判決」といいます)[1]

他の大学等が既存の大学名称と似たような名称を自由に使用できるとなると、両者に関連性があるとの誤認を生じさせるおそれもあります。最近でも、大阪公立大学がその英語名称を「University  of Osaka」とすることを公表したことに対して、大阪大学が再考を申し入れるという話もありました[2]。また、「リッツ」と聞くと世界的ホテルチェーンである「ザ・リッツ・カールトン」が思い浮かびますが、関西圏の人では、立命館大学を思い浮かべた方もいるのではないでしょうか[3]

このような紛らわしい名称等の使用を止めたいと考えた場合、被侵害者は当該名称を商標登録していれば、商標権侵害を主張できますが、商標登録がなければ何も主張できないのでしょうか。本稿では不正競争防止法(以下「不競法」という)が禁止する著名表示冒用行為や商品主体等混同行為について、本判決の判示内容を踏まえて、検討したいと思います。

2.事案の概要及び争点について

原告が、その営業表示として著名又は需要者の間に広く認識されている表示(①京都市立芸術大学、②京都芸術大学、③京都芸大、④京芸、⑤ Kyoto City University of Arts、以下、「原告表示」という。)に類似する営業表示である「京都芸術大学」(以下「被告表示」という。) を被告が使用したことに対して、不競法3条1 項、2条1 号又は2 号に基づき、被告表示の使用差止めを求めた事案であり、①商品主体等の混同行為(不競法 2 条 1 項 1 号)該当性、②著名表示冒用行為(不競法 2 条 1 項 2 号)該当性が争点となりました。

3.各行為の要件及び本判決の判斷について

(1)商品主体等の混同行為

ア 商品主体等の混同行為とは

周知な商品等表示に化体された商品や営業上の信用を保護し、公正な競争を確保するため、不競法 2 条 1 項 1 号は、他人の氏名、商号、商標等、他人の商品等表示として需要者間に広く知られているものと同一又は類似の表示を使用して、その商品又は営業の出所について混同を生じさせる行為を「不正競争」と定めています。かかる商品主体等の混同行為は、「商品主体混同行為」と「営業主体混同行為」に区別されますが、大学の名称が問題となる場合には、後者が問題となります。

イ 要件及び本判決の判斷

特に問題となる要件及び本判決の判斷は以下のとおりです。

(ア)周知性について

不競法 2 条 1 項 1 号に該当するには、商品等表示として「需要者間に広く知られている」こと(周知性)が必要です。周知性の認識の主体である「需要者」は、問題となる商品・営業の取引者・需要者であり、周知かどうかは、商品・営業の性質・種類、取引形態、宣伝活動の態様等の諸般の事情から総合的に判断されます。本判決では、「需要者」を、京都府及びその近隣府県に居住する者一般(いずれの芸術分野にも関心のないものを除く)としたうえで、原告表示①のみ、京都府及びその近隣府県に居住する一般の者が、原告を表示するものとして目にする機会が相当に多いことを理由に周知性を認めています。

(イ)類似性について

不競法 2 条 1 項 1 号に該当するには、他人の周知な商品等表示と「同一若しくは類似」の商品等表示が使用されなければならず、かかる類似性の判断は、取引の実情のもとにおいて、取引者又は需要者が、両表示の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものと受け取るおそれがあるか否か※4 を基準として、離隔的観察の方法により、表示の中で自他識別機能・出所表示機能を発揮する特徴的な部分である要部を中心に、表示を全体として観察して判断するとされています。離隔的観察とは、2 つを並べて比べるのではなく、その表示が使われる状況下でどのように見えるかという観察方法です。比べてみると違いが際立ちますが、本来の使用状況下では、混同されやすい傾向があります。

本判決では、上記基準のもと、原告表示①のうち「市立」の部分は、自他識別機能・出所表示機能は高いと判断し、その要部は全体である「京都市立芸術大学」と把握したうえ、「京都市立芸術大学」と「京都芸術大学」では、「市立」の有無により、外観、称呼、観念ともに異なり、取引の実情としても、需要者は、複数の大学の名称が一部でも異なれば異なる大学として識別するとして、両者の類似性を否定しました。

(ウ)混同が生じるおそれについて

本判決では、周知性又は類似性がないと判断したため、同要件については判断していません。同要件は出所に関する混同を生じさせる誤認を意味し、この「混同」には、出所は別個であっても、密接な関連性が存在すると誤認される場合(例えば、系列校や姉妹校と誤認される場合)も含まれるとされています。

(2)著名表示冒用行為

ア 著名表示冒用行為とは

著名な表示が冒用されると、たとえ混同は生じない場合でも、冒用者は著名表示の有している顧客吸引力にフリーライドすることができ、他方で、被冒用者が、長年の営業上の努力により高い信用を有するに至った著名な表示との結びつきが薄められ、また、当該表示の持つブランドイメージの毀損といった事態が生じます。このような事態の生じることを防止するため、不競法 2 条 1 項 2 項は著名表示の冒用行為を「不正競争」と定めています。

イ 要件及び本判決の判斷

特に問題となる要件及び本判決の判斷は以下のとおりです。

(ア)著名性について

著名表示冒用行為については、周知性よりも高い知名度が求められますが、混同が生じるおそれは要件ではありません。

本判決では、大学の名称が商品等表示として「著名」といえるためには、全国又はこれに匹敵する広域において、芸術分野に関心を持つ者に限らず一般に知られている必要があると判断しています。そして、原告表示のうち、使用頻度が高い原告表示①について、原告大学関係者による使用例のうち多数を占める肩書又は経歴等は、芸術家の名や作品名等と同等か、より小さな記載により付記されるに留まる等の理由により、「著名」とまではいえないと判断し、また、原告表示①より使用頻度の低い原告表示②~⑤についても「著名」とまではいえないと判断しました。

(イ)類似性について

本判決では、原告表示の著名性を否定したため、原告表示と被告表示の類似性については判断をしていません。不競法2 条1 項2 号の類似性の判断については、前述の同項 1 号の類似性と同様の基準を用いる裁判例[5]もあります。しかし、その趣旨が混同ではなく、希釈化等の防止であることを理由に、著名な商品等表示を容易に想起されるほどに類似しているかどうかを基準とする裁判例[6]もあり、判斷基準は分かれています。

5.本判決の妥当性について

本判決は原告表示がいずれも著名性を有しないと判断していますが、同様に学校の名称が問題となった「青山学院」事件判決(東京地裁平成 13 年 7 月 19 日判決)では、「青山学院」との名称について著名性を認めています。本判決が著名性を否定する理由とする、経歴等の使用の場面は学校により大きく変わるものではなく、かかる理由により著名性を否定してしまうのは妥当でないようにも思えます。また、本判決は、被告の行為が商品等表示冒用行為には該当しないと判断しましたが、被告が「京都造形芸術大学」という名称からあえて「京都芸術大学」という、原告表示に似るような変更を行ったという経緯等の事実関係も重視すべきであったように思われます。

 

[1] その後、原告は控訴をしていましたが、令和3年7月20日に両当事者のHP上で、和解が成立したことが公表されています。

[2] 報道によれば令和3年3月12日付けで、「University of Osaka」から「Osaka Metropolitan University」に変更することが発表されています。

[3] 平成11年に「ザ・リッツ・カールトン」が神戸風月堂の経営する「ホテルゴーフルリッツ」に対して、類似名称の使用差止めを求め勝訴するなど「リッツ」の名称使用に関して争いがあります。

[4] 最判昭和58年10月7日第二小法廷判決

[5] 大阪地裁平成24年9月20日判決

[6] 東京地裁平成20年12月26日判決

弁護士 苗村博子

外出自粛の中、Netflix で続けて見たのは、The Blacklist Designated Survivor というアメリカのシリーズドラマです。後者は邦題が『サバイバー:宿命の大統領』という、ワシントン DC の連邦議会が爆破され、大統領や上下院議員のほとんど全てが被害に遭って死亡、そのようなときのために designateされた住宅局局長が大統領として米国を指揮するというドラマです。荒唐無稽なようですが、今年の連邦議会襲撃を見た後では妙にリアルに感じます。両方のドラマに共通するのは、米国で、国際的なものも含め社会問題とされる事象を織り交ぜていることです。取りあげられる話題は、銃規制、移民問題、アフガン撤退、薬物依存、LGBTQ の問題、人身売買、企業と政界の癒着、人工的なウイルスによるバイオテロなど、どれも私たちが感心を寄せる必要のあるものばかりです。その中でも、日本ではほとんど議論されない児童婚の問題を 2 つのドラマとも取りあげています。いずれも主人公が、何らかの理由で壮年男性と面談、その男性が中学生くらいの女の子を伴っているので、可愛いお嬢さんですねというと、「いえいえ、隣にいるのは私の妻です」と紹介し、主人公は児童婚の実体に気付くというものです。

ユニセフの定義によれば、18 才未満の婚姻を児童婚としています。日本では現在、女子は 16 才以上ですが、来年 4 月からは男女とも婚姻年齢が 18 才以上となり、また日本では結婚する 2 人の意思が合致していないと婚姻は成立しないため、日本が批准していない、女子の意思に反した婚姻を禁じる奴隷制度廃止補足条約にいう児童婚はなくなるといってよいと思います。他国の多くの児童婚は、女の子がその対象で、かつ親の意向などで倍ほども年齢の違う男性と結婚させられ、母体として十分な成長を遂げていないにも関わらず、妊娠、出産し、その後の学業が続けられなくなったり、ひどい時には命を落としたりするものです。コロナ禍で児童婚は増えているとの報道があり、また米軍のアフガン撤退により同国で、さらに女の子の教育の機会が奪われ、このような児童婚の対象となることが増えるのでないかと心配になります。

この問題は、国連の SDGs の目標でも2030 年までに撲滅が呼びかけられていますが、強制労働や人身売買と同じ根を持つものの、宗教、因習、法律、貧困、女性差別などと強く結びついていて企業の活動や国際機関の支援でもなかなか解決の糸口が見つからないのが悔しいところです。女の子一人一人に意思決定権があることを、児童婚を認める社会に伝えていくことから始めるしかないのでしょうか?

同性婚を認めない民法,戸籍法が,憲法14条(法の下の平等)に反するとした事件

(令和3年3月17日札幌地裁判決)

弁護士 苗村博子

1.本判決はLGBT問題の辞書

企業法務に関わる方なら,この判決は是非本文をお読みになってください。私自身は同性婚に対して,ニュートラルな考えを持っていますが,本判決には,結婚が何を目的とするものか,異性愛,同性愛がどのようなものか,明治以前から現在に至るまで,日本及び世界の潮流を含めて紹介され,なぜ,今企業として,いわゆるLGBTへの差別を無くすことに尽力しなければならないのか,表紙エッセイとは逆に,LGBT法が提出されなかったことのどこに問題があるかがよくわかります。この項では,法律論より,判決が紹介する同性婚とはなんなのかについて主に述べて行きます。

2 本判決の事実関係,論点の概要

原告の3組のカップルはいずれも同性の方で,婚姻届を出したものの,同性者の婚姻届は認められないとして不受理とされたことに対し,同性婚を認めない民法,戸籍法が,憲法13条(幸福追求権),14 条,そして24条(両性に合意に基づく婚姻)に反して違憲であるのに,必要な立法措置が講じられず,違法だとして国家賠償を求めました。判決は,憲法13 条,24 条の違反は認めず,14 条違反を明確に認めたうえで,民法や戸籍法が改正されていないことについて,立法者の裁量権を逸脱しているとも判断しましたが,それによって賠償義務があるとまでは認めず,原告らの請求自体は棄却しました。

3 同性愛,異性愛とは

判決は,性的指向を人が情緒的,感情的,性的な意味で,人に対して魅力を感じることであり,このような恋愛,性愛の対象が異性に向くと異性愛者,同性に向くと同性愛者だとしています。判決は,日本において,同性愛者を含むいわゆるLGBTに該当する人が,人口の7.6%、5.9%,8%とする調査などがあるとしています。判決によれば,明治期においては,同性愛は色情感覚異常又は先天性の疾病であると考えられており,戦後初期においても変わらなかったとしています。外国や国際機関でも同様で,WHOでは1992年に国際疾病分類を変えるまでは,性的偏倚と性的障害の項目に位置づけられていました。米国では,遅くとも1987年には,米国精神医学界が同性愛を精神疾患とはしなくなりました。日本でも,昭和56年頃には,同性愛は,当事者が普通に社会生活を送っている限り,精神医学的に問題とすべきものではないとされ,その後精神医学上,精神疾患とはみなされなくなりました。

4 婚姻とは

判決は,明治民法以前から,婚姻は人生における重要な出来事の一つとされ,一定の慣習も存在したなか,家族主義の観念から,家長を戸主とし,終生の共同生活を目的とする,男女の道徳上及び風俗上の要求に合致した結合関係だとして,異性婚が前提とされたとしています。一方婚姻の目的については,男女が種族を永続させるとともに,人生の苦難を共有して共同生活を送ることと解すべきとの意見があったものの,そう解すると老齢等の理由により子をつくることのできない夫婦がいることを説明できないなどとして,結局婚姻は,必ずしも子を得ることを目的とするものではないとの見解が確立されたと紹介しています。

昭和22年の民法改正は現憲法下で行われましたが,家制度などからの解放,婚姻の自主性の宣言,個人を自己目的とする個人主義的家族観に基づいた家族基盤の法律的規制に改めることに重きが置かれ,憲法に抵触しない部分については明治民法が踏襲されたとして,改正当時も異性婚のみが観念されたとしています。

5 同性婚に対する諸外国,我が国での状況

1989年にデンマークで,同性の二者間の関係を公証し,一定の地位を付与する登録制度が導入され,2001年にドイツ,フィンランドに2010年にアイルランドでも導入され,また2000年にはオランダで同性婚が認められ,その後2017年までにこの制度導入した国として判決は22カ国を列挙しています。また2015年米国連邦最高裁が,同性婚を認めない州法の規定は,デュープロセス及び平等保護を規定する合衆国憲法修正14条に違反するとの判決を下したことも上げています。日本においても,2015年渋谷区が登録パートナー制度を導入したのを初めとして,現在では60の地方公共団体がこれを導入し,かような地方公共団体に住む住民は3700万人を超えたとしています。更に,LGBTに対する権利の尊重や差別の禁止などの基本方針を定めた企業数は,2016年では173社だったのが2019年には364社になったとしています。

6 結婚,婚姻に対する意識

厚労省による2009年の調査では,結婚してもしなくてもよいとの考え方に賛成,どちらかと言えば賛成とするものが70%であるものの,翌年20~49才に対しての調査では,結婚すべき,した方がいいとの回答を合わせると64.5%に昇り,米国(53.4%),フランス(33.6%)などを上回っています。

同性婚に対しても2015年の研究グループの調査では,男性の44.8%,女性の56.7%が同性婚に賛成又はやや賛成とし,男性の50%,女性の33.8%が反対かやや反対と回答したことや他の意識調査も判決は紹介しています。

7 憲法13条,24条と民法,戸籍法

判決は,以上の事実等を詳細に分析した上で法律の民法739条1項は,婚姻は戸籍法の定めに従った届け出で効力を生ずるとし,戸籍法74条1号は,夫婦が証する氏を届け出るなど両方ともに異性婚を前提としているとし,両法の関連規定全般の合憲性を問題としています。その上で,憲法24条は,昭和20年当時の同性愛に対する認識を前提としており,同条が同性婚を禁じていないことを以て,同性婚を認めていると解することはできないこと,同条2項が,婚姻に関する制度構築について,第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねていること等を挙げて,これらの条項を踏まえると,人権の包括規定ともいえる憲法13条の規定だけを以て同性婚とその家族に関する特定の制度を求める権利が保障されていると解するのは困難だとしました。

8 憲法14条との関係

一方で判決は,憲法14条は,事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な差別的取扱は許されないとの規定であり,異性愛カップルにある婚姻の選択権が,同性愛カップルにはないことが合理的な区別といえるかを検討する必要があるとしました。同性愛が,精神疾患ではないとの知見が確立し,その性的指向は自らの意思で選択出来ない性質のもので,性別や人種などと同様のものであるとした上で,日本では,法律婚を尊重する意識が幅広く浸透し,年金や児童扶養手当など法律婚を元にした諸制度があることなどを挙げて,婚姻制度が維持されており,その法的効果を享受する利益は同性愛者にも変わらないとしました。また,子を産み育てていることは,個人の自己決定に委ねられ,子を産まないという夫婦の選択も尊重すべき事柄であること,明治民法以来,婚姻制度の主たる目的は子を産むことではなく,夫婦の共同生活の保護であり,民法,戸籍法の各規定が,同性愛者が異性愛者と同様に婚姻の本質を伴った共同生活を営んでいる場合にこれに対する法的保護を否定する趣旨,目的まで有すると解するのは相当でないとしました。婚姻制度が社会通念によって定義されることから,同性婚に対し,否定的な意見や価値観を持つ人がいることも考慮されるものだとしながら,人口の9割以上を占める異性愛者の理解や許容がなければ,同性愛者のカップルの婚姻による法的効果を享受できないとするのは,自らの意思で選択したわけでない同性愛者の保護に欠けるなどとして,民法,戸籍法が同性愛者の婚姻に関する法的効果の享受を一切提供していないことは,立法府の広範な裁量権を持ってしても合理的根拠に欠ける差別的取扱として憲法14条に違反するとしました。

9.最後に

法的な理屈付けについては法律家から,同性婚を容認すべきとの考えについてはその反対論者から様々な意見があると思います。しかし,大多数の者の立場からのみ物事を判断するのではなく,人々の考え方の変化,科学的知見なども参考にしながら,少数者の権利について明確な判断を示したこの判決は,民主主義が単なる多数決に終わってはならないことを私たちに示してくれているように思います。

景品表示法違反に対する措置命令への対応

弁護士 倉本 武任

 

1.はじめに

消費者庁が景品表示法(以下「景表法」といいます)の定める優良誤認表示(景表法5条1号)に当たるとして措置命令を発する事件が増えているようです。景表法5条1号は、商品又は役務の品質、規格その他の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であること示す表示等を禁止しており、同条に違反する行為があるとき、消費者庁長官は、当該事業者に対し、その行為の差止め若しくはその行為の再発防止のために必要な事項等を命ずることができます(7条1項、措置命令といいます)。意に反して、かような命令を受けた場合、事業者としてどのように対応すれば良いのかについて、あまり説明したものがないので、ここでご紹介いたします[1]

 

2. 措置命令に至るまでの手続

事業者の広告表示に景表法違反の疑いがあると判断した消費者庁又はその委任を受けた公正取引委員会(景表法33条2項)は調査を開始します。調査の中で、消費者庁等は、優良誤認表示であるか否かを判断するために必要であれば、商品・サービスの効果、性能に関する表示について、期間を定めて裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を事業者に求める場合があります。事業者がこの期間内に合理的な根拠を示す資料を提出しない場合(又は提出しても合理的と認められない場合)は、対象となる表示が景表法5条1号に該当する優良誤認表示とみなされることになります(景表法7条2項、「不実証広告規制」といいます)。効果があるか否かの立証は消費者庁にとって容易でないため、同庁の立証軽減のために認められた制度です。消費者庁において事業者に対して、措置命令を下すべきと判断した場合には、当該事業者に対して措置命令案とともに弁明の機会の付与の通知が行われます(行政手続法13条1項2号)。事業者としては出されるであろう措置命令に対して不服があれば弁明書を提出し、消費者庁において、弁明を踏まえてなお、措置命令をすべきと判断した場合には措置命令が発令されます(景表法7条1項)。

 

3.消費者庁から措置命令が発令された場合の対応等

(1)措置命令の効力の停止を求めることの重要性

措置命令の内容に不服のある事業者は措置命令の取消を求めて提訴[2]することになりますが、これだけでは措置命令の効力は停止しません(行政事件訴訟法25条1項)。そして、措置命令に従わない、または命令に違反することになれば、違反行為をした者に対して刑事罰が科されることとなり、また、当該事業者に対しても3億円以下の罰金刑が科されるため(景表法38条1項1号、36条)、これを防ぐために事業者は,措置命令の効力の停止をも求めておく必要があると考えられています(行訴法25条2項)。この執行停止の申立をするには、本案となる措置命令の取消を求める訴訟を先に、若しくは同時に提起しておく必要があります(行訴法25条1項)。

 

(2)執行停止が認められる為の要件

執行停止が認められるには、①重大な損害を避けるため緊急の必要があること(行訴法25条2項)、②公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときに該当しないこと(同法4項)、③本案について理由がないとみえるときに該当しないこと(同法4項)との要件を満たす必要があります。要件①の「重大な損害」を生じるか否かを判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するとされています(行訴法25条3項)。また、要件②、③については、相手方に主張・疎明の責任があるとされています。

 

(3)執行停止申立事件の要件の判断

上記要件③については、消費者庁が前述2の不実証広告規制によって資料の提出を求めた場合には、事業者としては、期限内(おおよそ15日間)に広告内容が客観的、合理的根拠となる資料を示せるように、予め準備しておく必要がありますが、この申立において、資料が合理的であることまで証明するのではなく、提出した資料が本案で審理して貰うに足りることが示せればよいと考えられます。上記要件②については、消費者庁は措置命令をホームページ上に公表することから、消費者に一定の告知がなされるため、一般消費者の誤認を排除するという目的は一定程度達成されているとして、裁判所に、②の要件充足を認めて貰えるケースは多いと考えられます。そこで、大きな争点となるのは要件①となります。この損害の要件については、平成16年改正により、行訴法25条2項の文言が「回復困難な損害」から「重大な損害」に変更されています。金銭賠償で回復可能な場合には「重大な損害」に該当しないとする考えもありますが裁判所はかような考えを採用していないと思われます。また、「重大な損害」は現に生じていることを指すわけではなく、将来の損害の発生が問題となる点は注意が必要です。逆に取り返しのつかない重大な損害が既に生じてしまっていると措置命令の執行停止を求める意味がないと判断されてしまう可能性もあり得る[3]ので、措置命令が発令されれば、急ぎ訴訟及び執行停止申立でもって対応する必要があるのです。

 

(4)執行停止が認められなかった場合の対応

措置命令の執行停止が認められれば、事業者は、本案である取消訴訟の審理に注力できますが、執行停止が認められなかった場合でも、措置命令に従わないまま、取消訴訟の審理を進めることも考えられます。措置命令の取消しを求める本案の係属中、これに従わなかったとして、前述の刑事罰が直ちに執行されないように思われますが、リスクも大きく、事業者としては難しい判断を迫られるように思います。また、事業者としては、措置命令には従ったうえ、本案である取消訴訟の審理を進めることも考えられますが、①措置命令に従った後は、本案である取消訴訟の訴えの利益がなくなるのではないかという問題[4]や、②措置命令に従ったことで、不当表示を自認したと評価されないかといった問題が起こり得ます。事業者としては、いずれにせよ、困難な問題に直面することになります。措置命令を争う事業者としては、まずは執行停止の決定を得られるように最善を尽くすことが必要です。消費者庁から調査を受けている場合には、かような点も含め、事前に準備をしておくことが重要となります。

以上

 

 

[1] 本稿は当事務所がある企業の代理人として、措置命令の取消を求めて東京地方裁判所に本案となる訴訟を提起すると同時に措置命令の執行停止を求めたのに対して、2021年6月に措置命令の執行停止を認めるとの決定を得ることができたことに基づき、ご紹介していますが、本案となる訴訟が係属中のため、詳細をご報告出来ず、エッセンスだけとなることご容赦ください。

[2] 訴訟の提起の他に、消費者庁長官に対して審査請求を求めるという方法もあり(行政不服審査法2条)、それぞれ単独でも、両方の申立ても可能です。しかし、審査請求については処分をした消費者庁長官自身が判断するため、適切な判断が期待できるかという問題があります。

[3] 東京地裁平成27年4月20日決定

[4] 措置命令に従った後でも、措置命令のうち「今後、同様の表示を行わないこと」との命令の取消しを求める必要性はあると思われ、措置命令に従うことで、直ちに訴えの利益がなくなるわけではないと考えられます。

弁護士 苗村博子

入管法の改正案が2021年の通常国会に提出されましたが,採決に進まず,廃案となりました。在留特別許可申請の新設,被収容者の処遇に関する手続の整備,収容に代わる監理措置制度の創設など,入管での長期の収容に対応するための制度もあるものの,刑事罰を含む,送還に応じない者に対する退去命令制度の創設など問題も多く,改悪ではといわれる中,3月に不法滞在で収容されていたスリランカの女性が名古屋の入管施設で亡くなられた件の真相究明を巡り,野党が審議拒否したことが採決をしない直接のきっかけとなりました。現在の入管法を改正する必要はわかるものの,方法論が間違っている?ということで更に検討が必要となるかと思います。

日本は,この10年,野党の力が余りに弱く,強行採決,忖度政治に続き,政官癒着や,懐かしき?金権政治まで表面化する事件が続き,私たちをうんざりさせてきました。

ただコロナ禍が問題となってきた2020年の国会以降,強行採決では無く,世論が高まった法案について,閣議決定されても,不提出となったり,採決されずに廃案となるケースが出て来ました。昨年の臨時国会で承認された種苗法の改正も,農家の自家増殖権を巡って有名人からの反対意見が出される中,2020年の通常国会での決議は見送られました(ただ,昨秋の臨時国会では,ほとんど議論無く可決されています)。

コロナ禍で急に検討しなければならなくなった課題が多く,審議に時間が取れない,国会を紛糾させたくないというのが根底にあるのかとも思いますが,国会の外でわき上がってくる声が少しでも届いて,自主的な動きになったのであれば,反対論も含めていろいろな話を聞いてみるという,民主主義の根幹の部分が機能しているのかとも思います。

この数年,世界でも民主主義と専制主義について多くの問題が提起されてきました。ロシアのクリミア併合,香港の言論の自由の封殺,ミャンマーの軍事クーデターなど,民主主義からほど遠い行為が,この21世紀になって頻発しています。また民主主義の牙城と信じていたアメリカでは連邦議会が市民によって襲撃されるなど,信じられないことが起こる中,新型コロナ感染を押さえ込むには,専制主義の方がよいという人たちまで現れてきています。問題が多いとされた入管法改正が見送られたのは,少し嬉しいトピックかと思います。

ただ,同じ法案採決の問題でも,今国会で議論が検討されていたLGBT理解増進法案が審議されなかったこと,その中で与党内にLGBTが種の保存に背くといった意見があったことが影響したのであれば,とても残念です。この問題については頁をめくって是非,札幌地裁の令和3年3月17日判決のコラムをご覧ください。

著作権法改正~違法ダウンロードの対象拡大と写込みの例外~

 弁護士 苗村博子

1.改正の経緯

2020年6月に著作権法が改正され,違法にアップロードされた著作物のダウンロードが,これまでの音楽,映像に加えて,静止画でも違法となり,2021年1月から施行されています。この改正は,海賊版サイトの漫画村などからダウンロードして読む人が増え[1],これを阻止するための方策として,侃々諤々の議論の末,たどりついたものです。ネット利用への制限になるなど反対論に対しての配慮から,ダウンロードの違法化を制限することにもなる写込みの合法化(2020年10月より施行)などを盛り込み漸く成立に至りました。

テレワークで,PCやスマホと向き合う時間が多くなり,またインターネットが情報収集の重要なツールとなった今,インターネット上で見つけた資料は様々にダウンロードして資料として残したいと思う場面が増えています。

写込みの問題は,これまでは,テレビや映画の撮影の場面で特に配慮が必要とされたところですが,私のようなものまでVimeoを使って動画を配信するようになった今, You TubeやTikTok,Instagramなど,動画が個人や企業の宣伝でも気軽に使われるようになると,そこに写込むものの著作権を侵害しないかは,インターネットを使う全ての人に関わる問題となります。今回の改正,文化庁からQ&A[2](「Q&A」 )や趣旨説明も出されているのですが,実際に考えて見るとそう簡単に違法と合法の違いがわかるというものではなさそうです。

2.違法ダウンロードの対象の拡大

(1)私的利用の場面での規律である?こと

これまで音楽,映像の著作権については,私的利用を権利侵害としない,いわゆる例外規定の一つである著作権法30条の中の例外規定(従って著作権が及ぶ場合)の3号に,違法にアップロードされた著作物のダウンロードが定められたことから,ダウンロードは違法,ダウンロードしないいわゆるストリーミングは,47条の8で,一時的にキャッシュが保存されても,複製とはみなされず,裁判所,文化庁共に著作権侵害にはならないと考えだとされてきました[3]。今回の改正で30条の例外として第4号が新設され,静止画についても違法にアップロードされたものを,そうと知りながらダウンロードした上で閲覧するのはたとえ,私的利用の範囲内の行為であっても,許されないこととなりました。

ただ,違法コンテンツのストリーミングについては,Q&Aでは政府として推奨される行為ではないとされています。文化庁は,複製に当たらないとの考えではなく,複製権侵害に該当するものの,30条の私的利用の範囲として,違法としないとの方向に考えを変更したのかもしれません。私などはどうみても番組制作者の同意はないと思われるテレビ映像について,フィギュアスケートの演技など見逃したものをYouTubeで,ダウンロードせずに一人こっそり見ていましたが,今後どうしたら良いのかと悩むこととなります。同じく静止画についても違法なアップロードと知りながらインターネット上で閲覧することは推奨されていません。このQ&A,判例や条文の建て付けと整合していないようにも思いますが,それはともかく,注意しなければならないのは,私的利用といえない場合です。例えば,会社の業務としてのZoom会議で,録画機能は用いずに,インターネットのコンピュータ画面を何人かで共有して見るといった場合,このインターネット画面が違法にアップロードされたものであることを知っているか,過失により知らないという場合は,Q&Aをこのように読むと著作権侵害になる可能性があります。30条の4号は違法アップロードに対して知りながらダウンロードする場合だけが対象とされていますが,私的利用といえない会社の業務として用いる場合にはそもそもこの30条の問題とは言えません。Q&Aに対する議論に注意する必要がありそうです。

(2)  4号のさらなる例外-軽微なもの

この4号で,違法ダウンロードについては,「特定侵害複製」という概念が定義され,軽微なものが更にこの4号から除かれました。従って私的利用の場面で軽微と評価されるダウンロードは著作権侵害にはなりません。何をもって軽微というかについては,Q&AのQ23~Q27に詳しく説明があります。数十ページの漫画の内,数コマ,論文であれば数行のダウンロードは軽微といえるとされているので,「軽微」基準はそれなりに厳しいものと考えたほうがいいでしょう。

(3)  4号のさらなる例外―二次的著作

ある著作物を用いて更に著作物が作成された場合,それを二次的著作物と呼びます(28条)。この二次的著作物には本来原著作物の著作権が及んでいます。似たものにパロディがありますが,パロディが二次的著作にあたるか,また原著作者の著作権が及ぶかどうかは長く議論になってきました。

この4号では,二次的著作物が除かれており,私的利用の為,パロディや二次的著作物をダウンロードしても,原著作物の著作権侵害とはならないと説明されています。もちろんこれが二次的著作物の著作者の同意無くアップロードされたものである場合には,これを違法と知りながらダウンロードする行為は,二次的著作物の著作権侵害となります。なぜ,原著作が保護されず,これを用いた二次的著作は著作権保護の対象となるのか,Q&Aでは,二次的著作に対して,原著作者が権利行使しないことが多いとか,このような利用でさらなるコンテンツ創出がなされているといった説明がされていますが,論理的にはわかりにくい説明と感じます。

 

3.写り込みの合法化

もう一つ,このダウンロード違法化に対する厳しい批判を緩和するものともなったのがこの写り込みの合法化です。巷で「スクショはOK」とされているものですが,条文としては30条の2の「付随対象著作物」の利用とされ,写り込んだもの自体は「作成伝達物」と定義されています。例えば,私が,皆様のお役に立つようにと10分の法律解説動画を戸外で撮影する際に,後ろに写る店舗でBGMが流れている,テレビの画面が映し出されているといった場合です。このBGMやテレビ画面が,付随対象著作物で,10分動画が作成伝達物です。またご依頼者がスマホにきたラインのメールをスクショして,弁護士に画像を送るなどの場面で,もともとの送信者のアイコンに,その送信者の好きな漫画の主人公の画像が使われているという場合,そのアイコンが付随対象著作物,スクショ画像が再生伝達物となります。

これが合法とされるのは,付随対象著作物が,再製の精度やその他の要素から作成伝達物の中で軽微な構成部分となる場合に限られ,また上述のスクショを例にすると,アイコン部分を切り離せないかその困難性の程度や果たす役割から正当な範囲でなければなりません。ちなみに私が法律解説動画を作るのに他の著作権が紛れ込みそうな屋外で撮影する必要が有るかは議論が必要ですが,ご依頼者から送られた画像を裁判で用いてもアイコンの漫画の著作権侵害にはなりません(42条)。

 

4.著作権の持つ意味を問い直そう。

皆さん,この記事を読んで,中々面倒そうだなと思われたのではないでしょうか?この原稿を書いているさなかに見た日経新聞2021年2月21日付けの記事におもしろいことが書かれていました。日本の著作権法はフランスやドイツの考え方の流れを汲み,著作権を著作者の自然権(人権)と考えています。目に見えない無体の他人の権利を侵害しないようにするのは,なかなか有体物を盗まないというのと同じようには考えにくく,漫画村の漫画をスクショしてしまうというのです。著作権保護を次の創作のためのモチベーション保護と考える英米法的な考えでは,次の創作の恩恵を私たちも受けることが出来,より著作権保護に関心を寄せて貰えるということでしょう。いずれの考えが優れているというのではありませんが,今回の改正は,著作権保護と,保護された著作物を自由に用いたいとの考えの相克を取り込んだ難しいものとなっています。間違って著作権侵害を引き起こさないよう十分な検討が必要です。

以上

 

[1] 日本政府の推計ではその被害額が3000億円を超えるとされた。

[2] 令和2年12月24日文化庁著作権課「侵害コンテンツのダウンロード違法化に関するQ&A(基本的な考え方)」

[3] 東京地裁平成12年5月16日判決,同28年4月21日判決

動画投稿サイト管理者に対する発信者情報開示請求

弁護士 倉本 武任

 

1.はじめに

昨今、一般人でも広告等のツールや広告収入を得る目的で、動画投稿サイトへ動画をアップロードすることが広く行われ、Youtuberという職業も珍しくはなくなってきました。しかし、誰でも情報発信ができる反面で、投稿された動画の内容が他人の著作権侵害を引き起こしかねないというリスクもあります。このような投稿された動画によって自身の著作権を侵害されたので損害賠償を請求したいと考えた場合、匿名の動画投稿者を特定できるのでしょうか。ネット上の情報流通による権利侵害に対して、侵害者を特定するための方法として、プロバイダ責任制限法[1]上、被害者に認められた手段としてコンテンツプロバイダ[2]や経由プロバイダ[3]に対する発信者情報開示請求という手段があることはNamrun Quarterly №35で紹介しましたが、本稿では動画投稿サイトYouTubeのコンテンツプロバイダであるYouTubeLLCとGoogleLLCに対する発信者情報の開示請求において、原告がGoogleLLCに求めた発信者情報のうち、動画投稿者のYouTubeアカウント登録時に用いられた住所について開示を認めなかった近時の裁判例(東京地裁令和元年10月30日判決(以下、「本件裁判例」という)を紹介します。

 

2.事案の概要について

本件裁判例は、原告が、インターネット上の動画投稿サイトを運営する被告YouTube LLC及び同被告の通信にサーバーの提供等をしている被告Google LLCに対して、被告らの電気通信設備を経由した動画掲載によって、原告の著作権が侵害されたとして、被告YouTube LLCの保有する発信者情報として①投稿に用いられたIPアドレス、②同IPアドレスが割り当てられた電気通信設備から被告YouTube LLCの用いる特定電気通信設備に各投稿記事が送信された年月日及び時刻(タイムスタンプ)の開示を、被告Google LLCの保有する発信者情報として、①YouTubeアカウント[4]に登録されている氏名又は名称、②登録するために用いられた住所、③登録されている電子メールアドレスの開示を求めたという事案です。

 

3.判示内容について

本件裁判例では、原告が発信者情報として開示を求めた事項のうち、YouTubeアカウント登録のために用いられた住所を被告Google LLCが保有しているかどうかが争点となりました。裁判所はYouTubeへの動画投稿により広告収入を得ようとする利用者は、支払を受ける住所を登録してGoogle AdSenseアカウントを開設する必要があり、同アカウントの中には被告Google LLCが管理するものがあるが、同アカウントはYouTubeへの動画投稿の際に登録が必要となるアカウントとは独立した異なるものであるため、本件各投稿者が広告収入を得る目的でGoogle AdSenseアカウントへ登録をした結果、被告Google LLCが本件各投稿者の支払先住所に関する情報を管理していたとしても、同情報は、YouTubeアカウント登録時に用いられたものには該当しないと判断しました。そして、裁判所は、原告が被告Google LLCに対してYouTubeアカウント登録時に用いられた住所の開示を求めた部分については開示を認めませんでした。

 

4.裁判例の分析

(1)GoogleLLCを被告に加える理由

本件裁判例で原告は、YouTube LLCだけでなく、Google LLCも被告に含めています。現在のYouTubeの利用規約によれば、サービス提供者はGoogleLLCとされ(2019年12月10日に更新される前はYouTubeLLC)、有料サービス利用規約によればYouTubeLLCが動画を視聴するサービスを提供し、GoogleLLCは個別または継続的な手数料の支払を条件として有料サービスを提供するとされていますが、これらの情報では当時、YouTubeLLCとGoogleLLCがどのような関係にあったかは明確ではありません。

原告はYouTubeLLCに対しては、IPアドレスやタイムスタンプの開示を求め、GoogleLCCに対してはYouTubeアカウントに登録されている氏名又は名称、住所、メールアドレスの開示を求めているため、原告がGoogleLLCを被告としたのは、YouTubeLLCとGoogleLLCで保有している情報が異なることが理由とも思えますが、YouTubeアカウントの情報であれば、YouTubeを管理するYouTubeLLCも保有しています[5]。そうすると、あえて原告がGoogleLLCも被告に含めたのは、動画投稿者が広告収入を得る目的で動画を投稿していることから、Google AdSenseアカウントを作成し、現実の住所を登録していると推定されるため、Google LLCが保有している動画投稿者の住所という情報を得ようと考えたものと思われます。

コンテンツプロバイダに位置づけられるYouTube LLCからIPアドレスやタイムスタンプが開示されただけでは、原告はその後、さらに開示されたIPアドレスやタイムスタンプを手がかりに動画投稿者とインターネット接続契約を結んでいる経由プロバイダを割出し、当該経由プロバイダを相手に発信者の発信者情報の開示を求める必要があります。しかし、もし動画投稿者の現実の住所が原告に開示されれば、そこから、原告は動画投稿者に対する損害賠償請求を直ちに提起することが可能となります。

(2)住所の開示を求めることはできないか

裁判所は、動画投稿者が、動画投稿により広告収入を得る目的で、GoogleAdsenseアカウントを登録し、その結果、被告GoogleLLCが動画投稿者に係る支払先住所に係る情報を管理していたとしても、同情報は、動画投稿に用いられたアカウントを登録するために用いられたものには該当しないとして、開示を否定しています。

しかし、SNSであるTwitterの投稿時ではないアカウントログイン時のIPアドレス及びタイムスタンプが、「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法4条1項)に該当するかが争点となった東京地裁令和2年2月12日判決では、プロバイダ責任制限法4条1項の「権利の侵害に係る発信者情報」とは、侵害情報が発信された際に割り当てられたIPアドレス等から把握される発信者情報に限定されることなく、権利侵害との結びつきがあり、権利侵害者の特定に資する通信から把握される発信者情報を含むと広く解釈されています。したがって、侵害者である動画投稿者は広告収入を得る目的であれ、動画投稿のためにGoogleAdsenseアカウントへ登録した結果、被告GoogleLLCが動画投稿者の住所を保有している以上、同情報は権利侵害との結びつきがあり、権利侵害者の特定に資する通信から把握される発信者情報といえると考えられます。

また、プロバイダ責任制限法4条の趣旨は、情報の発信者のプライバシー、表現の自由、通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で、加害者の特定を可能にして被害者の権利救済を図る点にあり、被告GoogleLLCが侵害者である動画投稿者の住所に係る情報を管理していることが認められる以上、当該侵害者の権利保護の必要性よりも被害者の権利救済を図るべき必要性がより高いといえ、裁判所としては、原告が主張するYoutubeアカウントを登録するために用いられた住所に該当しないなどという理由で硬直的な判断を下すべきではなかったと思われます。

 

5.最後に

昨年8月31日にプロバイダ責任制限法4条1項の規定する総務省令が改正され、発信者の電話番号が発信者情報の開示対象に含まれました。また、総務省は意見公募も踏まえて、今年の通常国会において、プロバイダ責任制限法の改正案の提出を予定し、新制度はSNS事業者とインターネット接続事業者に対し、1回の手続きで開示を求められる制度とのことです。発信者情報は発信者のプライバシー、通信の秘密として保護され得る情報であるため、発信者が争えないままに正当な理由なく、意に反する開示を行うことがないよう配慮が必要です。しかし、現行のプロバイダ責任制限法の発信者情報開示請求では被害者救済の手段として十分に機能しているとは言い難い現状があります。裁判所としては、被害者救済の観点から、開示の要件を柔軟に解釈する等の判断が期待されるところですが、現実は本稿で紹介したように硬直的な判断が下されることも多いため、法改正にあたっては発信者情報の範囲や要件を緩和するなど、プロバイダ責任制限法自体をより実効性のあるものとする改正が求められると思われます。

以上

 

[1] 特定電機通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律

[2] ホームページや掲示板などの情報を発信するための環境を提供する業者のこと

[3] 通信回線の提供、パソコンにIPアドレスを割り当てるなど、インターネットに接続するサービスを提供する業者のこと

[4] YouTubeアカウントはGoogleアカウントと紐付いており、通常はGoogleアカウントがYouTubeアカウントとなります。

[5] YouTubeに投稿された動画の投稿者の発信者情報開示を求めた徳島地裁令和2年2月17日判決では、YouTubeLLCに対してアカウントに登録されている情報の一部の開示を認めています。

弁護士 苗村博子

東京五輪の組織委員会会長が橋本聖子氏に変わってから約1か月,このNQをご覧頂く頃,聖火リレーは始まっているでしょうか?体を動かさないと頭も動かない[i]私は,競技を見るのも好きで,世界の平和の為の運動の祭典を是非とも開催して欲しいと思う一方,その大会に注ぐお金を,コロナ禍での貧困と闘う為に使ってもらいたいとも考えてしまいます。当初固辞されたという新会長の就任挨拶は,しかし,りんとして,国民の理解の上に大会があり,そのために全力を尽くすとの決意を述べるもので,委員会が大きく変われるのではないかとも思えます。熟慮,努力の末の選択であれば,私たちは,いずれでも受け入れられるような気が致します。

それにしても,女の人は話が長い,競争するから皆発言するとの前会長の失言はあまりにも酷いものでした。男女で話の長さに差があるのか,統計的なことはわかりませんが,私は自分の話が長いことを自覚しているので,この発言の報道を,自分事として,苦々しく聞きました。女性代表ではないですが,ではなぜ私の話が長いのか,少し自己分析してみたいと思います。

一つ目は多角的な目で物事を見ているから,というとそんな格好のいいものではないと言われそうですが,物事を線で見るのでは無く,様々に散らばる点の集合体として見ていて,そのつながりを説明するために話が長くなるような気がします。

二つ目は聞いている人を驚かせたいから。話の結論とは全く違うところから話を始めると聞き手には,何の話?とつまらないながらも集中力を持って聞いていただける,簡単にいうと関西人の「落ち」を求める会話という事でしょうか?

三つめは忖度をしないからです。私が子供の頃,女の子達は,男の子達が要求された社会性を身につけることを良しとされず(家庭にはいるからということでしょうか),忖度を学習しませんでした。そこで,大人になってからも,議事進行を優先させて欲しいなと司会役の人が思う会議でも,必要だと感じたことは話すようになっています。

一つめと三つめは女性の特徴かもしれません。しかし,このいずれも,忖度が先にきて,必要な話をしないより,少々会議が長くなってもそのほうが良いように思っています。これからも話が長い私ですが,どうぞよろしくお願い致します。

 

[i] アンデシュ・ハンセン著「スマホ脳」第8章参照