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弁護士 苗村博子

ウクライナ侵略が 5 ヵ月目に入り、支援疲れがささやかれるようになってしまいました。心の痛むつらい映像等もだんだん見なくなり、ニュース離れが進んだともいわれています。近頃は私もおさぼり気味で、録画までして見るテレビ番組は NHK 総合の映像の世紀 バタフライエフェクト、E テレのターシャ・テューダーの庭からの 30 分番組と一週間のニュースをまとめてみるサンデーモーニングくらいです。

バタフライエフェクトの新シリーズは、この原稿を書いている 6 月 28 日現在で 11 作が放映されましたが、いずれの回も素晴らしく、様々な重大な事象とその前の蝶の羽音とのつながりを教えてくれます。特に印象的だったのは、ベルリンの壁の崩壊とメルケル首相誕生から退任までの物語でした。メルケル前首相を含む 3 人の女性の東ドイツでの市民間の密告社会の息苦しさから、その開放への半生が鮮やかに描かれていきます。そして、ベルリンの壁の崩壊は一種の誤報から始まったという、それまで知らなかった事実も良い方向へ向かったミステイクとして記憶されました。10 回目のアラビアのロレンスの回には、ナチスによるホロコーストの映像、その後のユダヤとアラブの対立、パレスチナ難民の発生、テルアビブ空港自爆テロ事件に始まる互いの報復の連鎖が、陰鬱に描かれていきます。なぜ、大虐殺の被害者であるユダヤの人が、アラブの人を殺さなければならないのか、なぜ、日本人までかかわりながら、テロという形でのパレスチナの独立主張が必要なのか、その対立を生んだのがロレンスかどうかはともかく、対立を平和的に解決することの難しさを痛感します。最後はイスラエルとパレスチナの間の壁にバンクシーが絵を描くことで、人々の関心を呼んでいるとささやかな希望を残してこの回は終わりました。昨日のキューバ危機の回、こちらは一人の信念を持ったソ連のスパイ(最終的に米国のスパイであることを裁判で自ら認め、死刑判決、銃殺刑となります)の存在、第二次世界大戦中に日本国土への空爆を指揮し、これを悔やんでいた時の米国の国防長官が、キューバのソ連基地への先制攻撃を強く主張する元上官に最後まで反対したこと、ケネディ大統領の同調、そしてソ連側にも、潜水艦からの核攻撃を止めた副艦長がいたこと等、様々な人々の平和への勇気ある行動が、第三次世界大戦、核戦争を阻止したことを教えています。しかし、その後平和運動を進めたケネディ大統領が翌年暗殺された映像が流れ、この暗殺が、大統領のこの動きに反対する何らかの組織的なことだったのかを暗示するかのように番組は終わります。

20 世紀に起こった悪しき出来事を、平和裏に解決する方法を見つけたつもりだった私たちは、21 世紀になって今、香港、ミャンマー、アフガニスタン、ウクライナの問題などを突きつけられています。再度 20 世紀を見直すべき時に、良い番組が続いてくれていることを少し嬉しく思っております。

急速に進む民事訴訟のIT化のメリットと課題

弁護士 田中 敦

1 はじめに

これまで長らくの間、民事訴訟は、郵送や FAX によって書面のやり取りが行われ、原則として裁判所へ双方当事者が出頭する方法によって期日が行われていました。近年、民間企業や海外の訴訟手続の IT 化の流れを受け、わが国の民事訴訟手続も急速に IT 化が進んでいます。本稿では、民事訴訟の IT 化のスケジュールをご紹介した上、IT 化の現状を踏まえて、そのメリットや課題について検討致します。

 

2 IT化のスケジュール

民事訴訟のIT 化は、平成 29年 10月以降、内閣官房に設置された裁判手続等のIT 化検討会において本件的な検討が始められ、平成 30 年 3 月には全面的なIT 化を目指すことが明記された「裁判手続等のIT 化に向けた取りまとめ」(以下「検討会取りまとめ」といいます)[1] が公表されました。その中では、民事訴訟の「3 つの e」を目指すというスローガンの下で、三段階のフェーズに分けて IT 化を進めていく方針が打ち出されました。

【図】検討会取りまとめ18頁より図表引用

まずフェーズ 1 は、現行の民事訴訟法の範囲内で、従来の対面での期日に代わりウェブ会議等を利用して効果的・効率的な争点整理を行うというもので、令和2 年 2 月からすでに運用が開始されています。今後予定されるフェーズ 2 では、関係法令を改正することにより実現可能になるものとして、双方当事者が裁判所に行かなくても訴訟の第 1 回期日や弁論準備手続期日等を開くことができるようになる予定です。最後のフェーズ 3 では、訴状提出を含めたオンラインによる申立てや訴訟記録の電子化が予定されています。当初のスケジュールによれば、フェーズ 2 及びフェーズ 3 は令和 5 年以降の完全実施が目標とされています。

【図】検討会取りまとめ20頁より図表引用

3 IT化の取組みの現状

前述のとおり令和 2 年 2 月から運用が始まったフェーズ 1 では、MicrosoftTeams(以下「Teams」といいます)を用いたウェブ会議による期日(以下「ウェブ期日」といいます)が行われており、直後のCOVID-19 の感染拡大による移動自粛と相まって、急速にその運用が拡大されてきました。現在では、全国の多くの裁判所が、積極的にウェブ期日を用いています。

ウェブ期日の民事訴訟法上の位置づけとして、従来利用されていた弁論準備手続は当事者のいずれかが裁判所に出頭することを要するため、双方当事者が裁判所へ出頭しないウェブ期日は、書面による準備手続(民事訴訟法 175 条)として実施されることが一般的です。ウェブ期日では、従来の弁論準備手続と同様に、期日間で提出された書面を事実上確認した上で、その内容や今後の進行について裁判官と各当事者が意見交換を行います[2] 。和解に関する協議をウェブ期日で行うこともあります。なお、現時点では、ウェブ期日が用いられるのは、双方の当事者に代理人弁護士が就いている事案に限られています。

フェーズ 3 の一部の前倒しとして、令和 4 年 2 月からは、相手方への送達を要しない書面(準備書面等)について、民事裁判書類電子提出システム(通称「mints」、以下「mints」といいます) の試験運用が開始されました。mints を用いることで、電子データによる書面の提出(アップロード)、閲覧、ダウンロード等が可能となります[3] 。現時点では、一部の限られた地方裁判所のみが試験運用の対象になっていますが、今後徐々にその運用が拡大されていく方針です。

 

4 IT化のメリットと課題

(1) IT化のメリット

ア 裁判所への出頭の負担の軽減

ウェブ期日のメリットとしては、裁判所への出頭の負担の軽減、とりわけ遠隔地の裁判所への出頭の必要がなくなったことが挙げられます。このことは、代理人である弁護士にとってのメリットに留まらず、交通費等の費用負担を抑えられるという点で、依頼者にとってのメリットにもなります。また、たとえ代理人が遠方にいても数十分の空き時間があればウェブ期日に参加できるため、次回期日の調整が容易になり、訴訟期間の短縮に資するという副次的効果もあります。

従来、一方の代理人が遠隔地にいる場合には、電話会議の方法により期日が行われることがありました。しかし、裁判官や相手方代理人の顔が見えない電話会議と異なり、ウェブ会議では話し手の顔を見ながら意見交換ができるため、議論の活性化による審理の充実につながります。ウェブ期日の活用により、移動や接触の機会を減らすことができるため、感染症拡大の防止にも役立つという利点もあります。

イ Teamsの各種機能を用いた争点整理の充実・効率化

裁判官によっては、ウェブ期日の開催中またはその前後において、Teams の各種機能を駆使して争点整理の充実化を図ろうとする試みを行っています。

例えば、Teams のメッセージ機能を利用して、ウェブ期日前に裁判所から双方の代理人に対し議題事項を送ったり、ウェブ期日後に議論をまとめたメモを共有したりすることがあります。また、ウェブ期日の中で、Teams の画面共有機能を利用して、参加者全員で同じ画面を見ながら意見交換をすることもあります。これらの Teams の機能を活用しながらウェブ期日を行うことにより、裁判所と両当事者間で、事案に関する理解を深め、真に争点となるべき点を早期に把握するという争点整理の充実・効率化に資することが期待されています。

ウ 書面の作成・提出の負担の軽減

これまで、事案によっては、ページ数の非常に多い準備書面や大量の書証を裁判所へ提出する必要がありました。そのような場合、書面や書証の印刷や郵送のために、相当の時間と費用を要していました。フェーズ 3 の運用により e 提出が実現すれば、これまで要していた書面の作成・提出のためのコストが削減できます。

 

(2) 今後の主な課題

ア システム送達についての課題

IT 化のフェーズ 3 では、現在は相手方への送達が必要である書面(訴状等) について、事件管理システムにアップロードされた旨を相手方へ通知することをもって、従来の送達に代えること(システム送達)が検討されています。

しかし、訴状が提出されたことを被告へ知らせるためには、被告の連絡先となるべきメールアドレス等が、あらかじめ事件管理システムに登録されている必要があります。そのため、被告となるべき者が任意に連絡先を事前登録した場合のみ、システム送達ができることとなりますが、そうであればその実効性には疑問が生じ得ます。また、「なりすまし」による事前登録といった弊害を防ぐために、事前登録できる者の対象をどのように限定するかについても検討が必要です[4]

イ 書面提出のオンライン化についての課題

書面提出のオンライン化が実現した場合、従来の書面による提出とオンラインによる提出を選択制とするか、それともオンライン提出を義務化して一本化を図るかが問題となります。

弁護士を代理人としない本人訴訟も少なからずあるところ、オンライン提出を義務化してしまえば、IT に習熟していない本人が裁判を受ける権利の侵害につながるおそれがあります。かかる弊害を防止するために、弁護士が代理人である場合のみオンライン提出を義務化してはどうか等の様々な意見が出ており、この点も今後の検討課題の一つです。

 

5 おわりに

以上の通り、ここ数年、民事訴訟のIT 化が急速に進んでおり、その有用性については私自身も実感しているところです。もっとも、裁判所が目指すIT 化の最終段階に到達するためには、本稿で取り上げられなかったものを含め、多数の課題が残されています。加えて、証人尋問等のIT 化には適さないとも考えられる手続についての検討も要します。わが国の民事訴訟の IT 化が最終的にどのような形になるのかについては、今後の議論を注視していく必要があります。

 

[1] https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/saiban/pdf/report.pdf

[2] もっとも、書面による準備手続としてのウェブ期日において、書面の陳述、証拠の採否、書証の取調べをすることはできません。

[3] mintsの操作説明動画は、裁判所のYouTubeチャンネル(https://www.youtube.com/user/courtsjapan/videos?app=desktop)で一般公開されています。

[4] 検討会取りまとめでは、「当面の間は、個人を対象としないのが相当である」と報告されています(45頁)。

種苗の育成者権の権利どのようにして認定されるか?

 

弁護士 苗村 博子

 

1.はじめに

私は,種苗法研究会の1員として,種苗法と育成者の権利を保護する各国の法律や国際条約について、すこし勉強をさせていただいていることもあり、本件の判決も弁護人の先生から見せていただきました。民事事件については裁判所のウェブサイトでも公開されているのでご存じの方もいらっしゃると思います[i]。種苗法の定める育成者権は、知的財産権の一つとされ、登録制(3,4,5条)、先願主義(9条)など、特許と似たところがありますが、権利の基礎が植物にかかわる[ii]ことから、その権利の認定やその後の維持にも特徴があります。本件はまさに、その特殊性が判決の結論に影響したとも言えるでしょう。

2.事案の概要

本件で問題となったのはキリンソウ種の緑化植物(以下、「本件登録品種」といいます)です。本件登録品種は、トットリフジタ 1 号の名前で育成者権が登録されました。被告は、この登録品種と特性により明確に区別されない品種約8,000 株を育成し、緑化工事に使用するため、工事業者に譲渡したとして育成者権侵害で起訴されたものです。

3. 差戻審までの経緯

第一審は被疑侵害品種が本件登録品種と特性により、明確に区別できない品種に該当するかや本件登録品種に取消原因があるかなどが争点となり、後者について、①本件登録品種について取り消されたり、無効と判断されたりしたことがなく、農水省として有効性に疑義があるとの認識を有しておらず、②取消しを求める異議申立てが棄却されたことを理由に本件登録品種に取消原因はないとして、その侵害を認めました。

ところが控訴審は、特に①の点について、論理性、経験則等に照らして不合理だとしてさらなる審理を尽くすよう差し戻し、本件はその差戻審となります。

4.本件差戻審での主要な論点

差戻審での主要な争点は、本件登録品種の取消事由(47 条)があるか否かでした。新品種として登録されるためには、国内外において公然知られた品種との「区別性」があるか、新品種としての「均一性」があるか、安定して増殖を繰り返せるか(「安定性」)の 3 つの要素を満たす必要がありますが(3 条 1 項)、そのうちの区別性が問題となりました。

なお、取消しについては、初めから要件を満たしていなかった場合に加え、新品種が、安定性や均一性を失うことによる後発的な取消しもあります。この点は、無体の情報である他の知的財産と異なり、経年により変化する可能性のある植物ならではの特質です。

5.登録の際の区別性審査

登録の際の特性審査については、農水省は種苗管理センターにて栽培試験が行われます。その際には、特に登録申請された品種と適切な対象品種を選んで、比較栽培されて、区別できるかが審査されます。本件では、本件登録品種の願書に記載された出願品種の特性、形質をもとに対象品種を選定されたようで、親品種は、新潟県佐渡産のキリンソウだとされていました。しかし本件登録品種のタネが採取されたビニールハウスでは、この他、育成者が譲り受けていたタケシマキリンソウも栽培されており、新潟県佐渡産のキリンソウが落葉性であるのに比して、タケシマキリンソウの方は常緑性で、本件登録品種も常緑性であることから、親品種はタケシマキリンソウである可能性が高いと判決は指摘しています。

6.裁判中の現地調査とその結果についての裁判所の判断

本件差戻審では、検察官から、農水省の食料産業局長に対して、本件登録品種の育成者のビニールハウスで栽培されている、本件登録品種とタケシマキリンソウの特性を比較する現地調査が依頼され、この結果報告書が証拠として提出されました。現地調査結果としては2形質について階級幅以上の差があったとして、区別性があるとの報告でしたが、本件判決は、この調査で比較された品種がタケシマキリンソウであるかに疑いがあるとしました。同じビニールハウスで挿し木等するうち、植物が混ざってしまう可能性のあること、指摘された特徴がタケシマキリンソウの特徴と異なる点を指摘し、この調査の対象品種について疑いがあると述べました。また、登録審査の際には、比較栽培試験が用いられ、現地調査で審査されることはまれであること、挿し木から 9 年経過し、肥切れや根域制限の結果、特性が十分に発揮できていない可能性があること、また審査基準に定められる最低供試個体数を下回る6株しか供試されておらず、特性値として適切な数値が算出されていない可能性があるとも述べています。以上から、本件登録品種が、適切な対象品種と比較して区別性があるかについては合理的な疑いがあるとし、また登録の取消原因が存在しないことについても合理的な疑いを入れる余地があるとして、無罪を言い渡しました。

7.考察―植物という現物で審査鑑定をすることに由来する問題点

育成者権について、その侵害が問題となる際に最も問題となるのが、侵害の有無や本件のような権利の成立や存続の確認です。育成者権は植物にかかわる権利なので、まずは、登録の際に、「新品種」といえるかを在来種との比較により審査することが必要となるのですが、そのためには、同じ条件で2つの品種を栽培する比較栽培試験を行います。そこで、適切な対象品種が選ばれないと、そもそも、申請されている品種が在来種と区別できるか審査のしようがありません。本件でも親品種が、落葉性のキリンソウだったのか、常緑性のタケシマキリンソウだったのかがわからない状況で、願書にあるキリンソウを親品種として比較栽培したため、区別性が認められる結果となり、登録が認められました。

本件判決によれば、差戻審では、現地調査で、本件登録品種とタケシマキリンソウとの比較が行われたとされたものの、長期間栽培されている品種同士の比較であったため、実際にこの2品種が比較されたのかがわからず、登録自体の適法性に疑いが生じてしまうという結果となってしまいました。

同じような問題は、被疑侵害品種が侵害をしているかを比較栽培にて検討する際にも他の事件で起こっています。なめこの登録品種について、登録のための審査の際に種苗管理センターに(事実上) 寄託されていた菌株と、被疑侵害品種の比較栽培をしようとしたのですが、この寄託されていた菌株が、子実体(きのこ)を発生させることができず、比較ができなかった点、育成者権者が保有していた登録品種だとする菌株が、事実登録品種の菌株であると立証できていないとして、その菌株と被疑侵害品種の菌株の比較栽培には意味がないとして、侵害が認められませんでした[iii]

その後のしいたけに関する侵害についての損害賠償請求事件では、種苗管理センターにあった菌株と被疑侵害品種との比較ができ、侵害が認められています[iv]

8.最後に

繰り返しになりますが、育成者権は植物という生き物に関わる権利であるために、その権利の基となる植物を、他の植物と混ざったり、育成能力を失ったりしない形で保持し続ける必要があります。そのためには、種苗管理センターを公的な寄託機関としてさらに整備し、被疑侵害品種が現れた時に、比較栽培試験がしやすいような仕組みを世界に先駆け構築することが重要なように思われます[v]。気候変動が現実のものとなり、またウクライナ侵略が示すように外国からの農作物の輸入がだんだん困難になる中、育成者の権利を確立、実施可能にしておくことは、これからのインフラとして重要だと考えています。

 

[i] 大阪高裁令和元年12月19日判決

[ii] 「かかわる」という表現を用いたのは、植物という有体物なのか、その中にある特徴や情報なのかが令和3年の工業所有権法学会のディスカッションでも話題となったためです。いずれなのかはまだ判然としないところです。

[iii] 東京地裁平成26年11月28日判決

[iv] 東京高裁平成31年3月6日判決

[v] 拙著百選

弁護士 苗村博子

前号の42号で触れた「グレート・リセット」は、気候変動対策のため、どれだけ人間が便利さを諦められるかについて語られるキーワードです。前号をお届けしてから 1 カ月もしないうちに、私たちは、21 世紀にあって、20 世紀前半の第 2 次世界大戦前に戻ったような専制国家による他国への一方的な侵略というリセットに直面しています。このリセットが起こってはならないことは、第 1 次世界大戦の勃発から約 100 年、第 2 次世界大戦から約 80 年で学んだはずでした。

ロシアにも反戦運動をされている方もいれば、単に偏った情報しか得られないために、ウクライナで行われている残虐行為を知らない人もいるという事実からすれば、これはプーチン氏の戦争であって、ロシアの戦争ではないというのは、真実でしょう。ましてや私たちの戦争ではないと日欧米、いわゆる民主国家といわれる国の人々は思っています。しかし、プーチン氏を含む G8 の組成を許し、北方領土交渉のため、プーチン氏の来日を許した私たちには本当に関係ないのか、自問自答するばかりです。

第1次世界大戦後の国際連盟も、第 2 次世界大戦後の国際連合も、結局かような侵略行為の開始も、拡大も止めることができていません。ゼレンスキー、ウクライナ大統領の日本の国会での演説にあったように、国際的な秩序を強権的に奪ってはならず、奪おうとする者を止める何らかの組織が必要ですが、私たちは何か良い仕組みを考え付くことができるのでしょうか?いずれにしてものんびりと仕組みを検討している余裕は、ウクライナの人々にはありません。人道という意識だけでもプーチン氏の中に覚醒することを祈るばかりです。

追伸、かような話題に私事で恐縮ですが、このウクライナ侵略が起こり、法律家としての私自身は、本当にしょんぼりしております。法律は、相手方も含め、人は理性と協調で理解しあい、お互いを拘束しあえることを前提に作られた仕組みです。この土台を崩されてしまうと立ち向かう術を持たないこと、その無力さをかみしめています。

弁護士 苗村博子

60 歳を超えて、初めてお弁当作りを始めました。コンビニやスーパーで買ったお弁当はそれなりにおいしいのですが、気になるのがプラスチックの包装箱。一週間お弁当を食べて、その分の箱を廃棄すると相当な量になります。そんな時に見たのが、2021 年 11 月 7 日放送の NHK スペシャルの『グレート・リセット』という番組でした。

産業革命時代からの温度上昇を 1.5 度までに抑えることの絶対的な必要性を教えてくれる番組で、これ以上に気温が上昇してしまうと、永久凍土が溶け、封じ込められていたメタンガスが大気中に放出され、熱帯雨林が消失し、さらに温度上昇が加速。その後どんなに手を尽くしても温度上昇を抑えることのできない状態になってしまうというのです。

牛や豚の育成から排出される二酸化炭素やメタンガスを抑えるための代替肉の推奨から、地下深く温室効果ガスを閉じ込めるプロジェクトまで、フランスでは、市民の代表に提案してもらい、二酸化炭素の排出量の多い飛行機に替わり、いくつかの路線を夜行列車に替えるプランなど様々な取り組みが紹介されていました。中でも問題視していたのが、家庭から排出される温室効果ガスの削減が難しいことでした。家庭内の冷暖房費や、焼却時に大量の二酸化炭素を出すゴミの削減が課題とされていたのです。

番組を見終わってから、ゴミの分別をより注意深く行うようになり、行きついたのがお弁当作り。まず、環境負荷を減らそうと、油汚れが落ちやすいという角のまるいお弁当箱を買いました。朝は、花の水やりや朝ヨガで忙しいので、週末にお惣菜を作りためて冷凍します。冷凍に向かない食材もありますが、代替肉で便利なのは、一度凍らせて作ってある高野豆腐。百均で買った製氷皿よりちょっと大きめのお惣菜冷凍箱に入れて保存しておきます。あとは庭からのお野菜を電子レンジで温めて出来上がり。今は茎ブロッコリーと芽キャベツが日替わりです。便利さを手放しての生活のグレートリセット、どこまでできるのか、少しずつでも挑戦したい一年の始まりです。

監査役の責任に関する最高裁判例について

弁護士 倉本武任

1.はじめに

会社法では、取締役の業務を監査する機関として監査役という機関が設けられており、公開会社でない会社で、会計監査人を置かない会社では、定款に定めることで、監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定することも認められています(会社法 389 条 1 項)。中小企業等では、このような会計限定監査役を含めて、名ばかり監査役を置く場合も多く、企業のコンプライアンスの一角を担う監査役の監査業務は軽視されているようにも思えます。本来、監査役は、どのような任務を負っていて、どのような場合に責任を問われるのでしょうか。

横領を見抜けなかった元会計限定監査役の賠償責任に関する裁判で、最高裁[1] は、責任を否定した高裁判決[2] を破棄し、審理を差し戻しました(以下「本件最高裁判決」といいます)。監査役の監査の根幹に関係する判決であり、監査役とは何をしなければならないのかについて考える契機となると思われますので本稿では、本件最高裁判決の内容について検討したいと思います。

2.事案の概要

原告において経理を担当していた従業員が、約 9 年以上にわたり、原告名義口座から自己名義口座に送金する横領行為を行いました。当該従業員は、送金を会計帳簿に計上しなかったため、会計帳簿上の残高と実際の残高の間に相違が生じていましたが、当該従業員は、横領行為が発覚しないよう口座の残高証明書を偽造する等していました。原告は、公開会社でない会社であり、会計監査人を置かないため、公認会計士及び税理士である被告が長年、監査役を担当していましたが、その監査の範囲は会計に関する者に限定されていました。被告は、原告の計算書類及びその附属明細書(以下「計算書類等」といいます)の監査を実施しましたが、当該従業員から提出された残高証明書が偽造されていることに気付かず、これと会計帳簿を照合し、各期の監査報告において、計算書類等は適正に表示している旨の意見を表明していました。その後、取引銀行からの指摘により横領行為が発覚し、原告が被告に対して、被告が監査役としての任務を怠ったことにより、原告の従業員による継続的な横領行為の発覚が遅れ、損害が生じたとして、会社法 423 条 1 項に基づき損害賠償を請求したという事案です。

3.本件の主要な争点及び争点に対する判断

本件では、監査役である被告に対して横領行為に対する任務懈怠が認められるかが主要な争点となりました。第一審[3] では、横領行為に対して被告の任務懈怠を認めたのに対して、高裁では、第一審判決を変更し、被告の任務懈怠を認めませんでした(以下「本件高裁判決」といいます)。

これに対して、本件最高裁判決では、会計限定監査役が、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合でも、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認さえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではないとしたうえ、任務を怠ったと認められるか否かについては、原告における本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らして被告が適切な方法により監査を行ったといえるか否かについてさらに審理を尽くして判断する必要があるとして高裁に審理を差し戻しました。

4.本件最高裁判決の判断に対する検討

(1)本件高裁判決と本件最高裁判決の違い

会計限定監査役は、監査報告を作成し(会社法 389 条 2 項)、取締役が株主総会に提出しようとする会計に関する議案等の調査結果を株主総会に報告することが任務とされています(同法389 条3 項、同法施行規則 108 条)。そして、監査については、計算関係書類に表示された情報と計算関係書類に表示すべき情報との合致の程度を確かめる必要があるとされています(同法計算規則 121 条 2 項)。本件高裁判決では、同法計算規則 121条 2 項の「計算関係書類に表示すべき情報」については、原則として、当該事業年度の会計帳簿に基づく情報を意味すると解釈したうえ、会計帳簿を作成するのは、取締役またはその指示を受けた使用人であり、使用人が作成する会計帳簿に不適正な記載がないようにすることは会計限定監査役の本来的業務ではないとしています。

他方で、本件最高裁判決では、監査役は会計帳簿が信頼性を欠くことが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等について取締役等に報告を求め、またはその基礎資料を確かめるなどすべき場合があり、それは会計限定監査役でも異ならないとしています。

このように、本件高裁判決では、会計限定監査役の監査における主な任務は、会計帳簿の内容が正しく貸借対照表その他の計算書類に反映されているかどうかの監査であり、特段の事情のない限り会計帳簿の内容を信頼して監査を実行すれば足りると考えているのに対して、本件最高裁判決では、会計帳簿の内容の真偽を確認する必要があるとして本件高裁判決の考えを否定しています。

(2)監査役として何をする必要があるか

本件最高裁判決では、本件高裁判決の考えを否定したうえ、被告が任務を怠ったと認められるか否かは、原告における本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らして被告が適切な方法により監査を行ったといえるかさらに審理を尽くす必要があるとして、審理を差し戻しましたが、会計限定監査役として、どのような場合にどのような基礎資料をどの程度まで確認しなければいけないのかに関して具体的な基準

は示されていません。

この最高裁判決によれば、会計限定監査役でも、会計帳簿またはこれに関する基礎資料をいつでも閲覧・謄写をすることはでき(同法 389 条 4 項)、取締役等へ報告を求める権限も有していることからすれば、これらの与えられた権限を行使せず、漫然と会計帳簿の内容を信頼して、会計帳簿の内容と計算書類の内容を確認しているだけでは、会社に損害が生じた際には、監査役として任務懈怠を問われるリスクが生じることになりかねません。会計帳簿の裏付け資料等の提出を求め、確認することを常に行うよう、中小企業等の監査役に求めているのだとすれば、酷であり、現実的ではありません。この判決の射程次第では、中小企業の実態にはそぐわなくなるように感じます。

なお、本件最高裁判決の被告は、公認会計士及び税理士のため、専門家として監査役の監査の水準が高く判断されたのではないかとの見方もあるかもしれません。しかし、本件最高裁判決の補足意見では、監査役の職務は法定のものである以上、会社と監査役の間において、監査役の責任を荷重する旨の特段の合意が認定される場合でない限り、監査役の属性によって監査役の職務内容が変わるものではないとされており、専門家であることを理由に、監査の水準が高く判断されたわけではないようです。

中小企業では、親族を監査役に就かせ、または会計監査の知識・経験がなくとも名誉職的に監査役に就いてもらうケースが多いと思われますが、この最高裁判決がある以上、就任するに当たっては適切な監査ができなければ、その責任を問われるリスクがあることは十分に理解しておく必要があります。

[1] 最判令和3年7月19日第二小法廷判決

[2] 東京高裁令和元年8月21日判決

[3] 千葉地裁平成31年2月21日判決

日米欧の競争法の潮流

弁護士 苗村博子

1.ターゲットはGAFAだけではない

世界の競争法の目が,Big Techと言われるGAFA(FacebookがMetaに変わりましたので,今後はガマになるのでしょうか?)に注がれています。日本では,GAFA対応に独禁法ではなく,「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」が昨年2月から施行されていますが,米国でも,現行のカルテルの禁止について定めたSharman Actの改正ではなく,自社製品の優遇を禁じる法律やプラットフォームの独占の禁止という形であらたな法案が検討されています。実は、GAFAの事業では、消費者は利便性を享受していて、簡単に競争法違反となりにくいとの指摘があります。ただ、EUでは,TFEU(EU機能条約)102条に定める市場支配的地位の濫用をGAFAに適用し、またGDPR(一般データ保護規則)などの厳しい施行により,GAFAに情報を独占させないという方法で,Big Techのさらなる巨大化を押さえ込む方策が採られてきました。このようにいうとBig Tech以外の企業は関係ないと,若干,経済法への警戒が緩んでいしまいがちです。

しかし,このGAFA対応も含め、世界の競争法は大きく変わりつつあるようです。これまでは、経済の競争を活発にさせることにより、最終的には「消費者」の利益をはかることが経済法の目的でしたが、環境への配慮、労働者の保護などが、経済法の目的に取り込まれつつあります。今回は最近の動きをご紹介しつつ,その大きな潮流を探っていきましょう。

2.EU―縦の制限(Vertical Restraint)と横の協調(Horizontal Coordination)の関係

EUでは,上述のとおり、「市場支配」に大きな関心が寄せられるとともに,域内の単一市場性の確保の観点も含め、合法的な契約関係の中にある違法な条項,いわゆる縦の関係に関する競争阻害に視点がおかれてきました。例えば,実店舗については,EUでは域内で国毎に販売店を置き(Active Sale),他国での販売を禁じることは合法ですが,オンライン販売のように,販売者がサイトを開いて待っていればよい,いわば受動的な立場での売買(Passive Sale)について地域分けがなされると違法となるというような運用です。

ところが,昨年7月,いわゆる横のカルテルについて注目して頂きたい事件が公表されました。ダイムラーグループ,BMWとフォルクスワーゲングループが窒素酸化物の浄化に関する技術開発について,競争法に反する合意をしていたとされたのです。減免を申し立てたダイムラーグループには課徴金は課されませんでしたが,フォルクスワーゲングループは5億ユーロ,BMWが3億7000万ユーロを課されました。SDGsに資する技術については,共同での開発も競争法違反にならないとのEU司法裁判所の判断が出ているものの,その判断基準が曖昧だとして,オランダの競争当局がガイドラインを出そうとしています(2021年1月26日に第2ドラフトが出されて以降の進展はありません)。そのような気運の中で,本件がTFEU101条(1)のカルテルに該当するとされたのは,欧州委員会のウェブサイトによれば,これらの自動車製造会社は,窒素酸化物の浄化に関し,法令で要求される以上に浄化できる技術を開発したものの,法規制の水準までしか浄化しないことを共謀していた,すなわち,SDGsにもっと資することができるのに,これを共謀により,限定したとの理由のようです。技術開発には多分にトライアンドエラーが必要で,その費用も多額に上ることに鑑みれば,より環境によい技術を少ないコストで開発するためには,共同での開発は十分に意味のあるものです。が,共同で開発した技術を用いる段階になって,共同で横並びとすると本件のような問題が出てくる可能性があり,競争者の共同での技術開発には,相応に難しい問題があることを教えてくれる事件となりました。ただ本件で、何か消費者に直ちに損害が発生するかというとそうではありません。法の規制基準を満たしている以上に浄化をするには、そのためのさらなる経費がかかりますから、場合によっては車の値段が上がってしまう可能性があります。それでもかような判断となったのは、EUでは、消費者の利益以上に環境への負荷を減らす不断の努力が重要な価値として認められていることの表れでしょう。かような視点も今後は日本でも重要となってくると思われます。

3.米国―カルテルの摘発だけじゃないー労働市場と反トラスト法

米国は,これまで,Sharman Actの規制する競争者間での共謀によるカルテルを中心に摘発がなされてきました。オバマ政権第1期には、自動車部品業界に吹き荒れたカルテル摘発で苦しい思いをされた日本企業も続発しました。その後第2期ではあまり大きな事件は話題に上らず、トランプ政権下では司法省の反トラスト部局は沈黙を保ちました。そしてバイデン政権になり、大統領は、2021年7月競争促進のための大統領令に署名し、反トラスト法の執行強化の狼煙をあげました。減免申請のため自主申告したいわゆる「リニエンシーの申請者」などからこれまで様々に得た情報をもとに、カルテルの摘発事例が起こってくるものと思われます。ただし、本稿でご紹介したいのは、かような大規模なカルテル捜査とは若干異なる、労働市場に対する反トラスト法の法執行の宣言です。上述の通り、反トラスト法は基本的には消費者の利益を守る法律で、労働者の利益を守るのは労働法というのが一般的な考えです。米国では日本の労働基準法のような労働者保護法制が十分でないからか、雇用者が強いバーゲニングパワーを持つことにより、労働者が対等に労働条件を交渉できないのは、反トラスト法違反だというのです。実はこの考え方は2016年10月オバマ政権の第2期の終わりころに出されたガイドラインを実行に移そうとするものです。ガイドラインは例えば、雇用主同士が労働者の最低賃金を合意して、従業員の転職を妨げるような行為(naked wage-fixing)や、互いに相手の従業員を勧誘しないことを約すること(no poaching agreements)は、カルテルとして、場合によっては、刑事捜査の対象となると述べています。刑事罰の対象とならないとしても民事罰の対象になりうるとし、DOJ(司法省)は、eBayとIntuit、LucasfilmとPixar、それからAdobe, Apple, Google,Intel,Intuit とPixarの3件で、勧誘禁止契約について民事訴訟を起こし、いずれも同意判決で終了したようです。また、2つの有名なファッションショーをプロデュースしている組織がモデルの賃金や雇用条件を低く抑えようとしたことに対してFTC(連邦取引委員会)が民事訴訟を起こし、同意判決により終結したこともガイドラインは述べています。

また雇用主が、従業員に過度の競業避止義務を課すことも反トラスト法違反になるとしています。今後米国子会社における退職従業員への対応において、競業避止義務を課す場合には、専門家の意見を得ることが重要となるでしょう。

4.日本-優越的地位の濫用(独禁法2条9項5号)の多用

この米国のガイドラインの例をご覧になって、あれ?日本でも似たようなことが・・・と思われた方もいらっしゃると思います。芸能事務所のタレントへの過度の拘束に対し、注意とは言え、公取委が、これが優越的地位の濫用に当たりかねないとしたのには驚きましたが、米国のこのガイドラインにヒントを得ていたのかと合点がいきます。2018年2月に公取委は「人材と競争政策に関する検討会」報告書を発表し、独禁法が、いわば、労働市場の分野にも適用されることを示唆しました。労働法で保護されない、いわゆるフリーランスとして働く人たちは、その契約相手が持つ強大なバーゲニングパワーの前には、契約条件を対等に交渉することなど無理、このパワーは行き過ぎると優越的地位の濫用となるというわけです。まだフリーランス問題で課徴金が課された例はありませんが、優越的地位の濫用には、違反行為の期間中の全売上げの1%という厳しい課徴金額が予定されています(独禁法20条の6)。手厚い労働者保護の対象となる雇用契約を嫌って委託契約にしているというような企業や、大学、病院などもあるかと思いますが、今後は独禁法による処罰があることも念頭に、公平な委託契約にしていくことが重要となります。

 

以上

改正公益通報者保護法に基づき事業者が行うべき具体的措置

弁護士 田中 敦 

1 はじめに

令和2年6月に成立した公益通報者保護法の改正法(以下、同改正法を「改正公益通報者保護法」といいます。)が令和4年6月1日から施行されるに先立ち、令和3年8月20日、消費者庁は、内部通報への対応のために事業者がとるべき措置に関する指針(以下「本指針」といいます。)[1]を公表しました。本稿では、本指針のポイントをご紹介しつつ、実務上注意すべき点について検討致します。

なお、改正公益通報者保護法の全体像については、Namrun Quarterly Vol.38掲載の倉本武任弁護士による記事(「公益通報者保護法の一部を改正する法律と内部通報担当者のリスク」)をご参照ください[2]

 

2 改正公益通報者保護法による内部通報への体制整備の義務付け 

改正公益通報者保護法は、事業者が、通報者の保護を図りつつ内部通報へ適切に対応するために必要な体制を整備するとともに、これに関する業務に従事する者を定めることを義務付けています(改正公益通報者保護法 11 条 1 項、同条 2 項)※3。本指針は、これら規定に基づく措置の内容を具体化するために策定されたものです。

 

3 本指針のポイント及び注意点

(1) 業務を担当する従業者の定め

本指針第 3 では、事業者に対し、内部通報への対応業務を行い、かつ、当該業務に関して「公益通報者を特定させる事項」を伝えられる者を、業務を担当する従事者として明確化することを義務付けています。従事者として指定された者が、正当な理由なく、公益通報者を特定させる情報を漏らした場合には、刑事罰(30 万円以下の罰金)の対象となるという厳しい規制が設けられたため(改正公益通報者保護法 21 条)、どの範囲の者を従事者として指定すべきかについては重要な検討事項となります。

この点、消費者庁に設置された検討会の報告書[4](以下「検討会報告書」といいます。)で述べられた意見によれば、内部通報への対応業務を主たる職務とする部門の担当者に加え、それ以外の部門の担当者についても、通報内容に応じて業務に関与する必要があれば、その都度従事者として定める必要があるとされます(検討会報告書 20 頁)。そのため、個別の通報への対応にあたっては、まずは通報内容に応じて必要な調査事項を検討し、従事者とする者の範囲を定めることとなります。

従事者が秘匿すべき「公益通報者を特定させる事項」とは、個人情報保護法上の「個人情報」の定義と同様に、他の事項と照合して特定が可能であれば、性別等の一般的属性であっても対象となり得るとされます(検討会報告書 20 頁)。例えば通報者と同じ部署の同僚については、通報者の性別や役職といった情報を知るだけで、通報者が誰であるかを推知できる可能性があり、単に氏名や社員番号といった固有情報のみを秘匿するだけでは足りない場合も想定されます。調査にあたり、調査対象者へどの程度の情報を提供するかについては、十分な注意が必要となります。

従業者として定めるべき者の範囲や「公益通報者を特定させる事項」の内容等については、消費者庁によれば、本指針の解説を策定する上でさらに検討するとされており、今後公表される予定の本指針の解説の内容が注目されます。

(2) 内部通報の受付窓口及びこれに対応する体制の整備

本指針第 4.1 では、事業者に対し、部門横断的に内部通報への対応を行う体制として、受付窓口を設置し、調査や是正措置を行う部署及び責任者を定めることを義務付けています。また、受付窓口等として、外部の専門家(法律事務所等) や親会社を指定することが認められています(検討会報告書 7 頁)。

内部通報がなされた場合、正当な理由[5]がある場合を除き、通報対象事実の調査を行う必要があります。調査の結果、法令違反行為が明らかになった場合には、是正措置を講じることはもちろん、当該措置が適切に機能しているかを確認し、必要に応じて再度の是正を行うことが求められます。これらの全てのプロセスを通じて、通報者を特定させる情報の秘匿が図られなければならないことは、前述のとおりです。

(3) 独立性の確保、利益相反の排除

本指針第 4.1(2)及び同(4)では、経営陣からの独立性を確保しつつ、通報対象事実に関係した者による調査への不当な影響を排除するために、それぞれ必要な措置を講じることが求められています。もっとも、本指針では、具体的な措置の内容は明らかにされていません。

組織的な不正が疑われる場合や、関係者の範囲が不明確である場合には、純粋な事業者内部での対応によっては、独立性の確保や利益相反の排除が難しい場合があります。それらの場合には、早い段階から、弁護士等の専門家に対して調査等を委託するなどし、外部の第三者の関与の上で内部通報へ対応することが有益と考えられます。

(4) 不利益取扱いの防止、通報者に関する情報の保護

本指針は、事業者に対し、内部通報を理由として通報者が不利益な取扱いを受けることを防ぐための措置(本指針第4.2(1))、及び、通報者を特定できる情報の共有範囲を限定しつつ、通報者の探索を防ぐための措置(本指針第 4.2(2))をそれぞれ講じることを義務付けることで、通報者の保護を図っています。本指針では、通報者に対して不利益な取扱いをしたり、通報者を特定できる情報を漏らした者に対しては、それらの者が従事者として定められているか否かにかかわらず、事業者による懲戒処分を含む適切な対処が必要としており、違反行為への厳しい対応を求めています。

本指針に則った運用のために、事業者としては、従業員らに対し、改正公益通報者保護法や本指針の内容を周知することで、違反者に対しては厳しい処罰がなされる可能性があることを予め理解してもらう必要があります。また、懲戒処分については就業規則等の根拠が必要であるため、必要に応じて就業規則の内容を見直すことも重要となります。

4 おわりに

以上のとおり、本指針は、公益通報者の保護のために、事業者に対し相当に高い水準での体制の整備及び運用を求めています。また、今後、消費者庁により、さらに詳細な措置内容を示すための本指針の解説が策定・公表されることが予定 されており、事業者としては、来年 6 月の施行開始までの短期間に、未公表の解 説を踏まえて準備を行う必要があります。本指針が求める高い水準で経営陣からの独立性や通報者の匿名性を確保しつつ、通報にかかる事実関係を適格かつ迅速に調査して、適切な是正措置を講じるには、以前にも増して、外部の専門家と連携することが重要と考えられます。検討会報告書では、外部窓口との連携を前提とした通報者の匿名性確保の措置が提案されています(検討会報告書 9 頁)。本指針を踏まえて、事業者におかれては、改正公益通報者保護法の施行前に、今一度、内部通報に関する社内体制を見直すことが推奨されます。

 

[1] 正式名称「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」

[2] 同記事については、弁護士法人苗村法律事務所ウェブサイトの「リーガルエッセイ」からもご覧いただけます(https://www.namura-law.jp/legal-essays/)。

[3] 小規模事業者の負担軽減のため、常時使用する労働者の数が300名以下の事業者については、これら義務は努力義務とされます(改正公益通報者保護法11条3項)。

[4] 公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会「公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会報告書」(令和3年4月)

[5] 正当な理由の例としては、解決済みの案件である場合、通報者と連絡が取れず事実確認が困難である場合等が挙げられます(検討会報告書9頁)。