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弁護士 苗村博子

「今年は実地開催、沖縄でだよう、行こうよお」との先輩弁護士からのお電話で、慌てて貯まったマイルを使って、5 月、那覇に飛びました。遊びに行ったわけではないのでレンタカーではなく、ゆいレールを使っての移動も経験して開催校の沖縄国際大学に向かいました。開催校からのご挨拶で、屋上に上がれば普天間基地が見えること、2004 年、校舎に米軍のヘリコプターが墜落したときに焼けた木の周辺が、メモリアルのため残されていて見学できることも教えていただきました。

この大会での発表でもっとも私が感銘を受けたのは、裁判官のものでした。歴代の裁判官のご発表者には申し訳ないですが、これまでのご発表の中でも一番興味深いものでした。その発表は私の記憶によれば、大要、次のようなものです。

沖縄に行くと、大きな墓所が点在していることに皆さん、気が付きますよね。また先祖崇拝の慣習が強く、様々な儀式の日には、墓所に親族が集まって、飲食をする風習があるのをご存じの方も多いと思います。そのさらに大きな一族の墓、アジ墓というのが、琉球王国に統一される前の三山時代(あとで Wikipedia で調べると室町時代のようです)あたりの士族の間で作られるようになり、その時代の法律(なのか慣習なのかはっきりしませんが)では、男系長子だけが相続するため、このアジ墓もその一族の男系長子がずっと継いで、様々な儀式を行ってきたそうです。それは今日まで及ぶところで、その一族の物ともいえることから、一つのアジ墓でつながる一族を一般社団法人化してアジ墓を守ろうという一族が出てきたり、社団法人化されていない場合はアジ墓として登記ができないため、他人の名義になっていたりして、そのようなアジ墓の不動産としての所有権をめぐる訴訟が那覇地方裁判所には一定割合であるとのことでした。特に南部では、法務局の記録自体が焼失してしまっていて、公的記録が残っていないことや、その経緯自体を知る方たちも皆さん亡くなってしまっているため、その立証は当事者双方共に困難を極めるとのことで証拠が歴史資料だけという事件もあるようです。また男系長子相続は今の日本の民法では認められないため、これをどう考えていけばよいのか、という点も裁判所としてはご苦労があるようです。このような問題は、少数民族の慣習と西欧から来た平等という文化の衝突という面もあり、考えさせられる問題であるとともに、特に「南部」でという点は沖縄戦の激戦地であったことも当然、関係していることがわかりました。この発表をZoom ではなく、宜野湾市において実体験として聞けたこと、誘ってくれた先輩に感謝です。翌日は昼休みに屋上で基地を見、その広大さに驚き、ヘリコプターの墜落後の写真やその際の記録を読んで慄然としました。怪我人が出なかったことが唯一良かった点です。    夜は久々にお会いする先生たちと那覇の国際通りで美味しい沖縄料理をいただき、ためになり、かつ楽しくもあった学会を終えました。

昨今の広告手法と景品表示法の規制 

弁護士 倉本武任

1.はじめに

令和 4 年2 月15 日に消費者庁よりアフィリエイト広告等に関する検討会の報告書(「アフィリエイト報告書」)が公表され、同年 6 月 29 日には、不当景品類及び不当表示防止法(「景表法」)の規定に基き制定されてい「事業者が講ずべき景品類の提供及び表示の管理上の措置についての指針」(平成 26 年内閣府告示第 276 号、「管理指針」)の改正があり、アフィリエイトプログラムを利用した広告(「アフィリエイト広告」)に関する記載が追加されました。さらに SNS 等で中立的な第三者のような体裁をとって、実際には事業者から金銭等の対価を提供された広告であるステルスマーケティング(「ステマ」) は、景表法 5 条 3 号の内閣総理大臣の指定告示(「本件告示」)に係る不当表示となり、本件告示は本年10 月1 日から施行されます。このようにアフィリエイト広告やステマといった新たな広告手法に対する規制が昨今、強化されており、実際に消費者庁等による措置命令も行われています(「アフィリエイト広告に対する措置命令等の状況」参照)。そこで、本稿ではかような広告手法に対する規制内容について検討します。

【アフィリエイト広告に対する措置命令等の状況】

 

2.問題となる広告手法

(1)アフィリエイト広告の問題

ア アフィリエイト広告の構造

アフィリエイト広告とは、広告される商品等を供給する事業者(「広告主」)が、ウェブサイトやブログ等の作成者(「アフィリエイター」)に広告を作成してもらい、同広告を通じて商品・サービスが購入される成果に応じて、アフィリエイターに対して報酬が支払われる仕組みの広告手法をいいます(下記「アフィリエイト広告の概要(イメージ)」参照。)。アフィリエイト広告も様々あり、広告主とアフィリエイターを仲介する役割のアフィリエイトサービスプロバイダー(「ASP」)がおり、広告主とASP の間で利用契約を、ASP とアフィリエイターの間でパートナー契約を締結するといった場合も多く見られます。

【アフィリエイト広告の概要(出典:アフィリエイト報告書3頁)】

イ 表示主体性の問題について

不当表示をした「事業者」(景表法 5 条) とは、裁判例では「表示内容の決定に関与した事業者」であるとされ、「表示内容の決定に関与した事業者」は、「自らもしくは他の者と共同して積極的に表示の内容を決定した事業者」のみならず、「他の者の表示内容に関する説明に基づきその内容を定めた事業者」や「他の事業者にその決定を委ねた事業者」も含まれるとされています(東京高裁平成 20 年 5 月23 日判決参照)。よって、アフィリエイト広告の広告主が、アフィリエイターに対して、表示内容の決定を委ねた場合も、広告主は、表示内容の決定に関与しているとして表示主体性が肯定されます。

ウ アフィリエイト広告の広告主による表示の適切な管理のための措置

景表法 26 条 1 項は、事業者に対して、不当表示の未然防止や消費者の自主的かつ合理的な選択を阻害しないよう、必要な管理上の措置を講じなければならないと定めており、アフィリエイト広告の「事業者」として責任主体となる広告主は、アフィリエイターの広告内容に対しても、必要な管理上の措置を講じる義務があります。広告主は、必要な管理上の措置を講じていても、アフィリエイターの広告内容が不当表示に該当する場合には、同法 5 条 1 号乃至 3 号違反だとして措置命令(景表法 7 条 1 項)を受けるおそれがありますが、課徴金納付命令(景表法 8 条)に関しては、「不当景品類および不当表示防止法第 8 条(課徴金納付命令の基本的要件)に関する考え方(平成 28 年 1 月29 日消費者庁)」において、事業者が、必要かつ適切な範囲で管理指針に沿うような具体的な措置を講じていた場合には、「相当の注意を怠った者でない」と認められるとされており、事業者は課徴金の納付を避けるうえでは、かかる管理上の措置を取っていたかが重要となります。

エ アフィリエイト広告の広告主において講ずべき措置の具体的内容

上述の管理指針では、アフィリエイト広告に関して様々な管理上の措置を取ることが求められており、例えば、① ASP やアフィリエイター等との間で、契約書において、どの主体が何を行うかについて、役割分担及び責任の所在を明記すること、②表示等に関する情報の確認・共有や表示等の根拠となる情報を事後的に確認するために、アフィリエイター等とのやり取り(メール、チャット等) の内容等を残しておくこと、③アフィリエイト広告を行う事業者の表示であることを明示することなどが求められています。広告主となる事業者は、アフェリエイト広告の表示が不当表示か問題となった際に、上述の「相当の注意を怠った者でない」との要件との関係で、具体的な管理措置を取っていたと説明できるような体制を整えておくべきです。

(2)ステマの問題について

ア ステマの問題点

ステマでは、広告であることを明示すると、消費者は警戒するため、中立的な第三者の感想や口コミと思わせる方が消費者を誘引しやすく、広告主の広告表示であるにもかかわらず、第三者の表示であると一般消費者に誤認させている点が問題だとされています。

イ 本件告示について

(ア)本件告示の内容

本件告示では、「事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示であって、一般消費者が当該表示であることを判別することが困難であると認められるもの」が不当な表示と指定されており、また、「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」の運用基準(「運用基準」)が消費者庁より公表されています。なお、本件告示に違反した場合には、措置命令の対象となるものの、景表法 5 条 3 号適用の問題であるため課徴金納付命令については、対象として除かれています(同法 8 条 1 項柱書)。

(イ)「事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示」とは

運用基準では、「事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示」と認められる場合は、「事業者が表示内容の決定に関与したと認められる場合」とされ、それは客観的な状況から、第三者の自主的な意思による表示とは認められない場合とされており、①事業者が自ら表示をする場合、②事業者が第三者に表示させる場合に区別して説明されています。

①で特に問題となるのは、事業者は把握していないが、従業員が表示を行うケースです。この場合、従業員の自主的な意思による表示であるか否かを、従業員の事業者内の地位、従業員の権限、従業員の担当業務、表示目的等の実態から判断することになります。また、②で特に問題となるのは、上述のアフィリエイト広告のように、事業者がアフィリエイターに委託して、自らの商品又は役務について表示させる場合が該当するのはもちろん、事業者が他の事業者に依頼して、プラットフォーム上の口コミ投稿を通じて、競合事業者の商品又は役務について、自らの商品又は役務と比較して低い評価を表示させるような場合も該当します。さらに、事業者が第三者にSNS   等を通じ自らの商品又は役務について表示してもらうことを依頼しつつ、当該商品又は役務を無償で提供し、結果第三者が事業者の方針や内容に沿った表示を行う場合など明示的に依頼・指示していない場合も含まれます。

(ウ)「一般消費者が当該表示であることを判別することが困難である」場合とは

次に、「一般消費者が当該表示であることを判別することが困難である」との要件は、事業者の表示であることの記載がない場合だけでなく不明瞭な場合を含みます。事業者としては、表示を見た人が事業者の広告表示であると認識できるような記載を講じておく必要があるのです。よく見かけるインスタグラムなどのSNS の投稿で、大量のハッシュタグを付した文章の記載中に当該事業者の表示である旨の表示を埋もれさせるような方法は、運用基準においても、事業者の表示であることが不明瞭な方法で記載された場合とされているので、許されないと考えるべきです。

 

美術館及び庭園の増改築につき同一性保持権侵害の成否が争われた事例
~東京地裁令和4年11月25日決定~

弁護士 田中 敦

1 はじめに

令和 4 年 11 月 25 日、東京都町田市の国際版画美術館(「本件美術館」)及びこれに隣接する庭園(「本件庭園」)の増改築工事(「本件工事」)について、原設計者がその差止めを求めた事案で、東京地裁は、本件美術館が建築の著作物にあたると認めつつ、本件工事は著作権法上許容されるとして、差止請求の却下決定(「本決定」)を下しました。

本稿では、本決定にて、いかなる理由で建物の著作物としての保護が認められたかを解説した上、建物の著作物の改変による同一性保持権侵害の成否を検討します。

 

2 本決定の内容

(1)事案の概要

町田市が計画していた本件工事は、本件美術館や本件庭園の一部を生活道路とするもので、池の撤去やスロープの設置等、大規模な改修を含んでいました。これに対し、本件美術館及び本件庭園を設計した建築設計事務所の代表者であった債権者は、本件工事により、債権者が有する著作者人格権(同一性保持権)が侵害されると主張し、本件工事の差止めを求めました。

(2)争点

本件の争点は多岐にわたりますが、本稿では、本件美術館及び本件庭園の著作物性、及び、本件工事が「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法20 条2 項 2 号)として許容されるかの 2 つの争点を中心に解説します。

(3)裁判所の判断

ア 本件美術館及び本件庭園の著作物性

本決定は、まず、建築の著作物と認められ るには「、美術」の「範囲に属するもの」であり、かつ、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法 2 条 1 項 1 号)でなければならないとの一般論を述べました。また、美術の範囲に属するものといえるには、「建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えた部分を把握できる」ことが必要であるとの判断基準を示しました。本決定は、本件美術館のうち、色合いの異なるレンガが積み上げられた外壁、西側に設置された池、エントランスホールの吹き抜け部分について、実用的な機能と分離され、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えているとして、美術の範囲に属することを認めました。また、これら表現は、選択の幅のある中から選ばれたものであり、思想又は感情の創作的表現にあたるとして、本件美術館は建築の著作物として保護されると判示しました。これに対し、本件庭園については、本件庭 園を構成するいずれの部分(レンガ造りの門柱、歩道や広場、床に貼られた濃淡の異なる2 色の茶色のタイル、御影石のベンチ、球体の一部が地表から盛り上がるような形状の石材、モミジ園の遊歩道)も、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成であり、美術の範囲に属さないと判断されました。そして、本決定は、本件庭園については、本件美術館と一体となった建築物ともいえないと述べ、建築の著作物として保護されないと判示しました。

イ 本件工事が著作権法20条2項2号の改変として許容されるか

本決定は、建築物が、元来、人間が住み又は使うという実用的な見地から造られたものであることから、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築については、「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法 20 条 2項 2 号)にあたり、同一性保持権侵害の例外として許容され、他方で、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変には、同号は適用されないとの基準を示しました。

そして、本決定は、本件工事による本件美術館の変更について、町田市が保有する施設を有効利用する一環として計画されたものであることを詳細に述べた上、個人的な嗜好に基づく改変や必要な範囲を超えた改変ではなく、「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」として許容されると判示して、本件工事の差止めを求めた申立てを却下しました。

本決定に対し、債権者は即時抗告をしましたが、知財高裁は、本決定と同様の理由により、令和5年 3 月 31 日付けで即時抗告を棄却し、その後、当該棄却決定が確定したことが、債務者であった町田市のプレスリリースによって公表されています[1]

 

3 解説 

(1)本件美術館及び本件庭園の著作物性

ア 過去の裁判例の判断基準

著作権法は、著作物の例示の一つとして、「建築の著作物」を挙げています(著作権法10 条 1 項 5 号)。

過去の裁判例では、建築の著作物として保護されるには、「建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性」が求められるとして、通常の著作物よりも高度な創作性を要するかのような判示をしたものがありました(大阪高裁平成 16 年 9 月29 日判決(グルニエ・ダイン事件))。しかし、一部類型の著作物につき高度な創作性を求める見解に対しては、条文上の根拠が不明である、創作性の程度の高低は裁判所の判断になじまない、といった批判がありました。

イ 本決定が示した判断基準

本決定は、グルニエ・ダイン事件とは異なり、特段の高度な創作性を要求せず、対象の建築物が、美術の範囲に属するもの(著作権法 2 条1 項1 号)か否かを問題としました。これは、実用的な機能と分離して美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えており、かつ、当該部分が創作性を有していれば、著作物としての保護を認めるものであり、近時の応用美術の著作物性の判断にあたり主流となりつつある考え方です(知財高裁令和 3 年 6 月 29 日判決(「グッドコア」事件)、知財高裁令和 3 年 12 月 8 日判決(タコのすべり台事件)、知財高裁平成 26 年 8 月28 日判決(ファッションショー事件)。

ウ 本件庭園についての本決定の判断

本決定は、本件庭園の著作物性を否定するにあたり、本件庭園を構成する部分は、いずれも実用的な機能から設けられており、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていないと判示しました。しかし、本件庭園の歩道の床に貼られた濃淡の異なる 2 色の茶色のタイル等は、本件美術館の外壁のレンガと同様に、来訪者の鑑賞の対象となり得る余地があるように思われます。また、本件庭園に設置された、球体の一部が地表から盛り上がるような形状の石材については、本決定みずからも「装飾的な要素がありつつ」と認めているとおり、実用目的か装飾目的かを一概には判断できません。

このように考えると、「実用的な機能と分離して美術鑑賞の対象となり得る美的特性」をどのように理解するかは、難しい問題であり、さらなる検討課題となり得るところです。

(2)著作権法20条2項2号の改変として許容されるか

本決定は、「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法 20 条 2 項 2 号)とは、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築を意味し、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変は除かれるとして、過去の裁判例(東京地裁平成 15 年 6 月11 日決定(ノグチ・ルーム事件) で示された考え方を踏襲しました。

そして、本件工事による本件美術館の変更は、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築であり、著作権法 20 条 2 項 2 号の適用により許容されると判示しました。過去の複数の裁判例(大阪地裁平成 25 年 9 月 6 日決定(新梅田シティ庭園事件)、前記ノグチ・ルーム事件)では、建築の著作物の実用目的による増改築に対する同一性保持権の行使をいずれも認めておらず、本決定も、建築の著作物の実用目的での改変を広く許容する立場を取りました。

4 おわりに

建築の著作物については、条文上、著作権の行使が制限され(著作権法 46 条)、また、実用目的の増改築等に対する同一性保持権の行使も大きく制限されます。これらのことから、建築物の著作物性をやや緩やかに認めたとしても、権利行使の可否の判断において利害の調整を図ることができると考えます。本件では、本件庭園の著作物性を認めた上で、増改築の可否については著作権法20 条 2 項 2 号を適用することで、本決定と同じ結論を導くという判断もあり得たのではないかと思われるところです。

[1] 町田市広報課 令和5年4月13日付プレスリリース「国際版画美術館等に関する工事の差止を求める仮処分命令申立事件について」(https://www.city.machida.tokyo.jp/shisei/koho/faxrelease/2023/202304.files/13.pdf

弁護士 苗村博子

皆さん、このタイトルご存じですか?私は「知財ってなに」(https://www.chizai.info)のN弁護士同様、数年前からジュリ沼にはまっているのですが、その沢田研二さんがキネマ旬報他で主演男優賞を取られた、水上勉のエッセイを原作とする映画のタイトルです。水上さんは京都の禅寺で小僧さんをしていた経験から、その後移り住んだ長野の別荘で自ら畑を耕し、作った精進料理を雑誌で紹介しました。中江裕司監督はそこに主人公ツトムの編集者兼恋人、真知子を配し、ジュリーが作るおいしそうなタケノコや茗荷ご飯、ゴマ豆腐などを土井善晴先生の監修のもと映画に登場させました。見どころ、語りどころはいろいろあるのですが、このコラムでご紹介するのは、この土を喰らうということです。何度かお伝えしているとおり私も家庭園芸を行っており、土をどれだけ準備するかでできる野菜もお花も随分変わるというのは毎年実感するところです。去年芽がでないと思ったら山鳩に種食われちゃってといいながらツトムが鳩を追い掛け回すのに真知子が大笑いというシーンが映画に出てきますが、私は、私のバイブル、『趣味の園芸 やさいの時間』のお教えのまましばらくは鳥の来なさそうな場所でポットで育ててから移植します。といっても昨年はいい加減なままの土に植え替えたので、最後のところでソラマメのさやは枯れてしまいました。山鳩にも見向きもされません。かと思えば割といい加減な土でも育つといわれるトウモロコシはもう少しで食べられそうってところで、全部カラスに持っていかれてしまいました。こんな小さな家庭菜園でも毎年作物の出来も土の状態も違いますが、放っておいたのに(それがよかった?)丸まると太ってくれた今年の大根を見ると私じゃなくて土が育ててくれたんだと実感します。

いま日本に必要なのは農作物の自給ですね。どのように産業化し、若い人たちに農業を担ってもらえるか、もちろんAIなど人工知能やロボットの力を借りたり、建物内での野菜工場なども十分研究されるべきですが、遠回りなようですが、自ら野菜を育ててみることも意味があるように思います。どんなに手間がかかるかがわかる、となると少し高くても文句は言わない、夏野菜をビニールハウスでどんどんストーブであっためて冬に食べる贅沢はあきらめ、旬をありがたくいただくといった少し時間をかけた農業教育、食育というようなものが必要な気がするのです。ドイツではクラインガルテンといって地域の皆さんが集まってつくる菜園のようなものがたくさんあるそうです。またツトムさんは、ご近所の方が持ってきて山と積んでくれた白菜を塩漬けに、渋柿を干し柿にし、梅干をつけて保存食も作っていました。

もちろん世界中が平和でどこへでも食料が安価にかつ環境負荷をかけずに届けられればよいのですが、必要なのは、武器で相手を倒すことではない、孤立を余儀なくされたときに、自分たちの食べるものは自分たちで作れることだと、素敵な映画からそんなことも思ったのでした。

 

国際取引判例解説(最高裁(三小)令和3年5月25日判決、裁判所ウェブ)
米国で一部弁済を受けた懲罰的賠償を含む判決の日本における執行

弁護士 渡辺 惺之

標記最高判例は問題が多く評釈の意見も分かれる。筆者も評釈を公表したが、研究会で頂いたご指摘を考え、実務的な手続法視点からの論点整理を試みたい。

事件

米国カリフォルニア州のレストラン会社 X は、日本の不動産事業会社 Y の出資を得て共同して X 開発のレストラン経営を目的とする A 社を同州で設立しY1 を代表とした。A 社レストランの経営に関し Y1 と X 社代表者らとの意見相違が生じ、X 社代表者らは経営から排除され給与支払いも停止された。X 社代表者らがカ州裁判所に A 社、Y 社、Y1 を被告として A 社資産の横領、X 式レストラン経営の営業秘密の窃取を理由として損害賠償請求訴訟を提起した。Y らは応訴したが訴訟代理人弁護士の辞任後は裁判所の選任命令を無視し期日欠席を続けた。裁判所はカ州民訴法に基づき懈怠 (default) を宣言し、原告に未払給与等の補償的損害賠償  $184990、懲罰的賠償 $90000、訴訟費用 $519.50、合計 $275509.50 の支払を命じる懈怠判決(本件外国判決)を下した。その後、A レストランが売却された際、原告は売却代金債権に転付命令を申立て判決額の一部 $134873.96 について弁済を得た。残額 $140635.54 について日本で執行判決を請求した。

 

原審までの判断

米国内の一部弁済の懲罰的賠償又は通常損害賠償への充当問題

第 1 審:懲罰的賠償の承認拒否を判決した最判平成 9 年 7 月 11 日(民集51 巻 6 号 2573 頁)を援用して、本件外国判決の認容総額 $275509.50 から懲罰的賠償 $90000 を除した残額部分から、米国内の一部弁済額 $134873.96 を除いた残額 $50635.54 につき執行判決をした。控訴審は外国判決全体を不承認としたため上告審で差戻された。

差戻原審:外国判決認容総額から懲罰的賠償額を除した残額を超えた支払は、懲罰的賠償の支払となり公序に反するが、「本件懲罰的賠償は公序に反するものであるが、それはあくまで我が国における効力が否定されるにとどまり、カリフォルニア州において本件懲罰的賠償の債権が存在することまで否定されるものではない」とし、米国での一部弁済は懲罰的賠償を含む外国判決認容総額に充当されたとみるべきとして、認容総額から一部弁済額を除いた $140635.54 につき執行判決をした。

 

最高判決

(1)「民訴法118 条3 号の要件を具備しない懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分…が含まれる外国裁判所の判決に係る債権について弁済がされた場合」、「懲罰的損害賠償部分は我が国において効力を有しないので…弁済の効力を判断するに当たり懲罰的損害賠償部分に係る債権が存在するとみることはできず…懲罰的損害賠償部分に係る債権に充当されることはない」。(2)「本件懲罰的損害賠償部分は、見せしめと制裁のためにカリフォルニア州民法典の定める懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じたものであり、民訴法118 条3 号の要件を具備しない」。

 

二つの実務的問題

この判例を考える際に実務的には二つの問題を分けることが適切と思われる。第 1 は外国判決の承認問題、第 2 は判決国でなされた一部弁済の充当の問題である。この区別は手続法的には判決承認の問題と判決後に生じた請求異議の問題となる。日本法は外国判決の承認は法律による自動的承認制を採用していて特別な承認手続を要さない。民訴法 118 条の定める承認要件の具備判断の基準時は外国判決確定時であり、3 号の公序要件の審査基準時も同じである。この基準時後に生じた判決債務に関わる実体変動は承認の問題ではなく、執行判決訴訟における請求異議の抗弁の問題となる。外国判決の承認不承認の争いは、外国判決の効力確認訴訟か執行判決訴訟による。

(1)懲罰的賠償判決の承認問題

本件で最高裁が懲罰的賠償判決の不承認の理由で引用した、最判平成 9 年 7月 11 日(民集 51 巻 6 号 2573 頁)は、最大判平成5年3月 24 日(民集 47巻4 号 3039 頁)の日本の不法行為による損害賠償制度は、「被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とする」との判示を根拠として、「不法行為の当事者間において、被害者が加害者から、実際に生じた損害の賠償に加えて、制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは」、日本の「不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれない」とし、民訴法 220 条 3 号の公序に反するとし、米国内で締結された工場用敷地の売買予約の解除を信義則違背(詐欺的)として命じた懲罰的賠償部分につき不承認とした。

最判平成 9 年当時、日本でも意見は分かれていた。4 半世紀を経た現在、世界の思潮は懲罰的賠償という名称ではなくその実質的内容に即して承認を個別に判断する方向にある。平成 9 年最判も、不法行為による実損ではない、「制裁及び一般予防を目的とする賠償」を公序に反するとしていたことからも、少なくとも賠償の名称や根拠規定ではなく、その実質に即して判断すべきであった。

(2)判決国でなされた一部弁済の効力問題

判決国での一部弁済による充当の問題は本件が初例で新判断であるが、残念ながら本件最判の判断は誤りと云わざるを得ない。弁済は判決承認基準時後に生じた請求異議事由であり抗弁事項である。それが判決国でなされた場合でも承認とは明確に区別して考えるべきである。弁済の充当判断は債権準拠法であるカリフォルニア州法によるのが原則で、カリフォルニア州民法典の充当規則を適用した評釈(中野俊一郎・民商法雑誌 158巻 2 号 79 頁)はこれによる。卑見は判決債権はその理由として判断された実体的請求権とは異なり、1 個の判決債権として扱われるという視点から、賠償請求の根拠の違いは充当判断で考慮せずに均等割による判断をした(拙稿・ジュリスト 1566 号 174 頁、酒井一・JCA ジャーナル 69 巻 4 号 46 頁は、過失相殺における慰謝料と実損部分の按分原則を示唆する)。本件最判は第 1 審と同じく判決承認の問題と同じレベルで扱った上で、更に日本の公序判断をカリフォルニア州にまで拡張適用する誤った判断をした(公序に域外適用判断への批判として、道垣内正人・令和 3 年度重要判例解説262 頁)。

外国公務員への贈賄等への取締り

弁護士 苗村博子

2023 年 1 月に米国のバイデン大統領が「汚職は国家の安全にかかわる問題だ」として取り締まりを強化するとの声明を発表したことを受けて、日米英を中心にこの問題を取り上げさせていただきます。

1.外国公務員への贈賄を取り締まるわけ

まず、なぜ外国公務員への賄賂を送った側で取り締まらないといけないのでしょうか ? 賄賂が横行して最も困るのは、その公務員が働いている国の国民です。公務員の行動のゆがみは当然国民生活に跳ね返ってくるからです。したがって日本を含め多くの国々では公務員や、今回のオリンピック委員会の委員のようなみなし公務員の収賄、特に受託収賄を罪としています。

もう一つゆがむのが、同業者が贈賄して事業を獲得、継続することによるその産業の公正な競争です。これに対応するために一番最初にできた法律が、1977 年の Foreign Corrupt Practices Act( 米国の連邦法で FCPA と略されます)。日本でも総理大臣がピーナッツを 5 個もらったかどうかが大問題となりました。ロッキード社はダグラス、グラマンに対抗するため、日本だけでなく外国の要人にお金をばらまいたといわれています。当然ピーナッツなど隠語を使って裏金で資金調達しないといけませんから、ロッキードのような上場企業の会計帳簿があてにならないという事態も深刻に受け止められました。そこで、この FCPA については、刑事罰は司法省(DOJ)が、民事罰は(SEC)が管轄しています。当時花形だった航空機産業では米国が断然リードしていましたから、国内で公正な競争がなされればそれでよかったのですが、この法律の成立以降、まずはドイツ、そして日本と各国の様々な産業の競争力が増し、FCPA に縛られて、ピーナッツを差し出せない米国企業はストレスを募らせます。今でも前米大統領トランプ氏は、この法律を米国企業の国際競争力をそぐ悪法だと言っているとのことです。そこで米国は OECD を通じ、各国に同様の規定を作るようプレッシャーをかけます。

産業界からの反対も強く、なかなか法制化できず、日本は遅れているとしてOECD   から目をつけられていましたが、2005 年他の改正時にするっと作られたのが外国公務員への贈賄罪です(不正競争防止法 18 条が罪の内容を 20 条、21 条が罰則を定めています)。日本は執行の面でも積極的でなく、数年に一度申し訳程度にしか法執行しないと非難されてきました。先ごろのタイの火力発電所建設に関する桟橋利用についての贈賄については、日本版司法取引が当初の想定とは反対に、会社が、個人を差し出し、個人だけが罰金刑に科せられ、最高裁で確定するといういびつな事態になり、波紋を呼んでいます。

さらに遅れたのが英国で 2010 年同国はようやく重い腰をあげ Bribery Act2010 という法律を制定しました。実績としてはロールスロイス社に対する巨額の罰金があります。そのほか、韓国、中華人民共和国にも同様の法律があります。では、これらの法律でのキーワードを見ていきましょう。

2.域外適用はあるか?

反トラスト法や独禁法と違い基本的に域外適用はありません。しかしながら、DOJ は米ドルが関係する場合にはなんらかの形で米国の銀行が関与することになるとして、適用を認める可能性があります。WEB のリーガルエッセイに日本で摘発された事件を紹介した表を貼っておりますが、平成 21 年のベトナムでの案件は米ドルで支払われているので競争相手に米国企業がいたりすると密告の対象となったかもしれません。上述のタイの案件は同国の通貨バーツで支払われていて、FCPA は対象外となりそうです。この域外適用や、英国子会社が関与していたとして、丸紅は 2014 年に 8800 万ドルで和解し、パナソニックは 2018 年に 2 億 8000 万ドルの罰金を科せれられています。

(表)不競法18条1項に関する裁判例

3.ファシリテイションペイメントとホスピタリティ

このファシリテイションペイメントというのは、少額の賄賂を要求されて、この作業なしには日常の業務が滞ってしまうという場合に 1 ドルとか 2 ドルといった額を税関職員に渡したりするものです。それらの国々では、公務員の給料が安く、安定した生活が営めず、賄賂を要求してしまうという実情があるのです。先日もフィリピンの入管施設で強盗に関する指示を日本に対して出せるだけの機器が持ち込まれていたことが報じられましたが、かようなことが起こるほど、給料が安く、公務員としての職業倫理を保てないことが大きな要因となっています。米国はある意味合理的で一定レベルでこれをグリースと呼んで認めています(差し油という意味です)。ただ、英国はこれを認めず、また日本もガイドラインの原則として、これを許さないという書きぶりを改定の際に強めています。皆で一致して苦情申し入れをするなどの方法も提案されていますが、これだけで一朝一夕に直せるものでもない、根深い問題です。場合によっては、緊急避難といったことも考えなければなりません。それに比べてホスピタリティは、いわば儀礼的なもので、日本であれば、お中元、お歳暮、キリスト教が強い国ではクリスマスギフトや、感謝祭のギフトなどで、少額のもの、だいたい 5,000 円程度くらいまでのものなら、許されるとするものです。英国でもこれは同様ですが、仮に少額や時期的にはまさにそのようなシーズンに当たるとしても、入札の直前など、何らかの不正の利益を得ようとしていると懸念されないよう気を付ける必要があります。

4.商業賄賂

日本にはない概念ですが、例えば、ある会社のコンペに参加しているようなときに過剰接待をして、その案件を獲得するような場合です。これは商業賄賂として、英国でかような行為が国内でなされれば上述の Bribery Act 違反になりかねませんし、中国では不正競争行為とされています。ドイツでも国内では商業賄賂の罪があるとされています。

5.第三者の行為

自ら現金を渡したり、何らかの便宜をはかるのではなく、第三者からコンサル料名目で支払われることがあります。もちろんその事実を知っていれば、教唆犯、幇助犯、上述のタイの案件からすれば、日本では共謀共同正犯が成り立つ可能性があります。

6.英国のBribery Act  の恐ろしさ

賄賂の罪には、不正の目的といった故意が要求される国がほとんどですが、英国は企業に対しては一種の過失反を認めています。7 条の懈怠罪です。実行行為者が現実に賄賂を贈ったかどうかを問わず、送ろうとするのを阻止できなかったことが懈怠罪として、罰されるのです。

7.どう対応するか

英国の内務省発行のガイダンスは、具体例を示してくれていて、①贈賄行為を許さないというトップの自覚と公表、② リスクアセスメント、③アセスメントの結果必要ならデューディリジェンス、④ 監視、評価、⑤内部通報制度の構築、有効な実施を推奨しています。例えば、公務員の給与の安い国での通関業務や、大きなプロジェクトへの参加、JV の相手先に外国公務員に近しい人がいないかどうかなどリスクを見つけ出して、危ない箇所はデューディリジェンスを行うのです。問題がなかったとしても、継続的な監視を怠らないようにとガイダンスは警告しています。逆にこれらの対応をきちんと行っていたのに残念ながら個人が贈賄行為をしたとしても 6 で述べた懈怠はなかったと防御することができます。

8.有事の対応

もし米国ドルで支払われていたら、直ちに米国資格を持つ弁護士に相談することをお勧めします。米国弁護士との会話は弁護士依頼者間秘匿特権の対象となるため、そこでの会話は捜査機関の強制捜査でも提出を免れ得るからです。そのうえで、米国の DOJ は自主申告を呼び掛け、それを実行した者には、減刑するまたは訴訟を遅延させるというのです。オバマ政権の最後に出されたパイロットプログラムはこれを推奨するものであったため、皮肉にもトランプ政権下で 83 件もの摘発がなされています。トランプ政権自体はこの推進に消極的であったためか、バイデン政権下ではまた数件の摘発しかなされていません。ですが冒頭の呼びかけに応じる形で今後数が増えていくのではないでしょうか ? 大事なのは、何かあるとわかったら徹底的に調べて、すべての事実を、米国だけでなくすべての管轄を持つ国、地域で一斉に申告することです。そのためには、弁護士間の連携も重要となってきますので、そのような各国との連携が可能な弁護士を早くに見つけておくことも重要となってくるでしょう。

 

適格消費者団体の訴えによる建物賃貸借契約のひな形の破棄

弁護士 苗村博子

1.この判決(最判令和4年12月12日)を紹介する意義

この最高裁判決の原告は、適格消費者団体で、この団体は、消費者契約法 2 条 4 項が規定しています。「不特定かつ多数の消費者の利益のためにこの法律の規定による差止請求権を行使するのに必要な適格性を有する法人である消費者団体」で、内閣総理大臣の認定を受けた者に該当します。この適格消費者団体は、事業者が、消費者に不利な条項を用いないよう予防を求めたりする差止請求権が与えられています(同法 12 条)。この一つの団体から起こされた、住居に関する建物賃貸借契約において家賃保証会社が行い得るとする様々な行為や賃借人がこれに異議を述べないことを定める規定に対して差止等を求めた事案です。本判決は、(1) 家賃保証会社の賃貸借契約の無催告での解除権、(2) 賃借人はその無催告解除に異議を述べないこと、および(3)3 か月以上の家賃未納の場合で、その物件の不使用が認められるような場合に家賃保証会社が賃借人が明け渡したとみなせる条項が、消費者を一方的に害する条項として無効になるとする消費者契約法 10 条の適用を認め、かような条項を含むひな形の破棄という形での差止を認めました。本件では、上述の (1)(2)(3) のほかにも一審原告は様々な主張をしていましたが、行数の関係でこの点は割愛させていただきます。米国のようにクラスアクション(集団訴訟)を専門とする弁護士がいるような状況にはなく、日本では、消費者が契約の相手方を訴えることは難しいと考えられ、適格消費者団体の差止請求権制度はあまり活発に活用されてきたとはいえません。

ただこの最高裁判例は (1)(2)(3) のいずれも棄却した大阪高裁判決を批判し、(3) を認めた第一審の大阪地裁判例よりさらに広く (1)(2) の家賃保証会社の無催告解除権およびその賃借人の異議申立権の喪失まで無効とした点、さらにひな形の破棄まで是認した点に大きな意味を持ちます。本誌のもう一つのエッセイがフリーランスに関しても独禁法の適用を認めようとすることをご紹介しているように、契約当事者間のパワーバランスが対等でない場合に、よりパワーの弱い側を保護する動きは、今後も続いていくことが考えられます。

平成 29 年の民法の債権法分野の改正が当事者自治を中心に据えつつ、定型約款の規定(同法 548 条の 2 ~ 4)を置いたように、当事者間の力関係が対等でない場合や、一方的な条項について応諾するしかない場合には、契約書やそのひな形を作成するにあたり、公平、公正さがより強く求められることにご配慮いただきたいと思います。

2.消費者契約法10条と12条

本件では、消費者契約法 10 条が大きな意味を持ち、前段で、契約が消費者の権利を制限したり義務を加重していて、後段で、信義誠実の原則に反して消費者の利益を一方的に害する場合にはそのような条項は無効となるとしています。そして、同法 12 条で、かような無効となるような契約について、適格消費者団体に差止請求権を与えています。

3.家賃保証会社の建物賃貸借の無催告解除権について

まず、(1) の家賃保証会社による無催告解除については、第一審、原審ともに、まず、賃貸人には一か月分でも滞納した時で、無催告解除を認めても「あながち不合理とは認められない事情が存する場合に」は、無催告での解除を認めた最高裁判例(最判昭和 43 年 11 月 21 日) があるとして、かような事情がある場合には、賃貸人の無催告解除を認める条項自体には問題がないとしました。そして、問題となったひな形も同様に「あながち不合理でない場合」をある意味付加して読むべきなので、この点が明示されていなくても、問題ないとしました。

そして、賃貸借契約の当事者でない家賃保証会社に解除権を付与することについては、民法の建前として、解除権は契約当事者に与えられているものであり(同法 541 条)、第一審の言葉としては、「契約の帰趨については契約当事者のみが自由な意思に基づいて決せられ、第三者からの介入を受けない、というのが一般的な法理として存するものといえる」として、契約当事者でない家賃保証会社に無催告解除権を与えることは、消費者契約法 10 条前段の消費者の権利を制限するものであることを認めました。

ただし、いずれも、同条後段の信義誠実義務の基本原則に反し、消費者を一方的に害するかの点については、保証料が初年度は賃料1か月分、2 年目以降は保証履行の回数が 1 回の場合に 1 万円、2 回で 3 万円など高額でないなどとして、格別の害はないとしました。

また、(2) のかような家賃保証会社の無催告解除権に対し、賃借人が異議を述べられないことについては、第一審、原審ともに消費者契約法 10 条前段にも該当しないとしました。

これに対して、最高裁は、本件で問題となった賃貸借契約書ひな形には、「賃借人が支払いを怠った賃料等の合計額が3 か月分に達したとき」と定めるだけで、このほかには何らの限定も加えていないとし、家賃保証会社が、連帯保証債務を履行して、賃貸人との間で、賃料不払いの事実がなくなった場合にも、家賃保証会社が賃貸借契約を解除できることになってしまうとして問題だとしました。「保証」というものの原点をまっとうに言い当てていると考えられます。

加えて、第一審や原審が掲げる上述の昭和 43 年の最判は、賃貸人が解除することについても、それがあながち不合理ではない場合に限られるとするもので、本件で問題となっている条項にはそのような限定はなく、この最判とはかけ離れていて、本件ひな形の条項をもって同様の限定解釈をするのは相当ではないとしました。そして、消費者契約法 10 条の後段、消費者の利益を一方的に害するものかについても、原契約は、(住居の賃貸借という)当事者間の信頼関係を基礎とする継続的な契約であって、その解除は賃借人の生活の基盤を失わせるという重大な事態を招来するとして、信義則に反して消費者を一方的に害することを認め、(1)(2)   の条項を無効としました。

4.家賃保証会社による自力救済?

次に、(3) に関する条項は①賃料支払いが 2 か月以上行われず、②家賃保証会社が合理的な手段を尽くしても、賃借人と連絡が取れず、③電気・ガス・水道の利用状況、郵便物の状況等から、建物を相当期間利用していないと認められ、④建物を再び占有使用しない賃借人の意思が客観的に看取できる場合には、建物の占有を終了し、建物を明け渡したと認めることができる、というものです。

この条項については、第一審は消費者契約法 10 条違反を認めましたが、原審はこれを否定していました。最高裁は、元の賃貸借契約が終了していない場合でも、家賃保証会社が、本件建物の明渡しがあったと見なしたときは、契約当事者でもない、家賃保証会社によって賃借人の使用収益が制限されることになるとして、消費者の権利を制限しているとしました。賃貸人であっても法律に定める手続きでなければ、明渡請求できないのに、当事者でない、家賃保証会社が明渡しがあったと見なせる、つまり自力救済も可能となるとするのは、著しく不当だと言っているのです。

④の建物を賃借人が再び占有使用しない賃借人の意思が客観的に看取できるという文言は、その内容が一義でないとして、消費者が的確に判断することができず、不利益を被る恐れがあるとしたうえで(消費者契約法 10 条前段を認め)、賃借人が明示的に異議を述べたときには本件建物の明渡しがあったとはみなすことはできないとの条項があったとしても、その異議の方法が明示されているわけでもなく、不当であるとして、信義則に反して、消費者の利益を一方的に害するものとして(同条後段を認め)無効であるとしました。

5.判例の評価

家賃保証システムが、住居を借りやすくするためのものとして機能していることは、理解できますが、家賃保証会社は、本件でも第一審が言及したように保証料を得ていて、多くの契約は不履行もなく円満に終了していることを考えれば、本件で最高裁が言及した条項が無効とされても保証会社に特に大きな不利益が生じるものでもないと思われます。にもかかわらず、自力救済は原則認めないという司法の大原則に反しかねない家賃保証会社の明渡しのみなし規定を有効とするような判断をなぜ原審がしてしまったのか、大変疑問に思われます。

本件の最高裁の述べるところは、いずれも建物賃貸借、特に住居の賃貸借の原点、すなわち、賃貸人と賃借人の信頼関係が破壊されて初めて、賃貸人が契約を解除でき、またその後の明渡しも裁判を通じた法的な手続きによるべきものであることを明確にした至極明晰なものと考えます。

弁護士 苗村博子

 

弁護士生活 30 数年を迎える私たちが、司法試験に合格した時の総数はわずか約 450 人でした。裁判官も検察官も弁護士も同じ研修所で修習したという連帯は強く、私たちの期だけではなく、今はわかりませんが、相応の期は各期 10 周年、20 周年、30 周年と10 年毎に記念行事が行われてきています。これを超えると参加できるのがだんだん難しくなることを考え、5 年毎に記念行事を行う期が増えてまいります。私は 39 期と呼ばれる期なので、本来なら昨年35 周年記念行事が行われるはずでした。一昨年の秋は新型コロナウイルスの影響が強く感じられ、開催できませんでしたが、それでもそのまま終わるのではなく、長い準備期間をもらった形で昨年の 10 月に福岡で開催をすることができました。3 分の 1 にも当たる約 150 人が集まり、盛大に全体会をし、そのあとは各クラスに分かれて懇親会を行いました。

私自身は、総合司会をする同じクラスの友人を手伝う役を担当することになりました。私たちは、オウム真理教の幹部によって、ご家族含めて、殺害されてしまった坂本堤さんと同期です。私は隣のクラスで、直接お話したことはありませんでしたが、修習時代の彼の姿を覚えています。本当に優しそうなお人柄がしぐさにも表れていました。総合司会担当の友人と同期会全体会の進行を考える中で、坂本さんご一家を偲ぶコーナーを設けようと考えました。これを世話人会に諮ったのが、本年の春のことです。コーナーを引き受けてくれた坂本さんと同じクラスの弁護士さんが、素敵なスライドやご家族の写真のコラージュを作ってくれ、奥様のお名前を冠した「SATOKO」という曲の弦楽四重奏でのアレンジ曲をバックに、関係者の皆さんが毎年富山、新潟と別々の場所にある 3 人の慰霊碑を訪ねていることなどとともに、坂本さんがオウムの問題に熱心に取り組むだけでなく、労働問題等で活躍されている姿のスライドでコーナーを締めてくれました。参加者の心にあらためて坂本さんご一家の姿を刻めたこと、とても意義深い時間となりました。

その後も、何人かへのインタビュアーを引き受けてくれた弁護士さんが、それだけでなく素敵なバルーンを作ってくれ、私も記念品として、私たちが全員集まって研修を受けた研修所の敷地の旧岩崎邸の写真を使ったミニタオルを提案して、皆さんにお配りしました。

代表世話人を務めてくれた弁護士さんから、皆 60 歳を超え、今までの法律実務家としての日々の業務だけでなく、社会に貢献していこうとの最後の挨拶も私を含め、みんなの心にしっかり届いたように思います。私は雑務担当だったのですが、マイクを握るときもあり、少しおしゃれをして(!?)会に臨みました。今回の写真はバルーンと一緒にその時撮ってもらったものです。