アーカイブ

上場会社株式買取請求の「公正な価格」-楽天対TBS事件-

弁護士 田中 敦

【はじめに】

2005年に楽天によるTBS株式の大量取得が世間を騒がせてから,早6年が経過しました。両社の経営統合が実現することはありませんでしたが,2009年のTBSの持株会社化にあたり,楽天がTBSに対し株式買取請求権を行使し,その買取価格を巡る争いが続いていました。今年4月,最高裁が楽天側の抗告を棄却する決定をしたことにより両社の争いは一応の決着をみました。今回は,この事件をもとに,裁判所がどのように株式買取価格について判断したのかを見ていきたいと思います。

【TBS株式の買取請求に至った経過】

平成17年10月,楽天株式会社(以下「楽天」といいます。)が,株式会社東京放送(現在の株式会社東京放送ホールディングス,以下「TBS」といいます。)の全発行済株式のうち15.46パーセントを取得したとの事実を発表しました。同年11月に締結された覚書に基づき楽天が経営統合の提案を一旦取り下げたことにより,両社は敵対的関係から一応和解しましたが,その後も楽天がTBSの筆頭株主である状態が続いていました。

平成20年12月,TBSにて臨時株主総会が開かれ,テレビ放送免許を株式会社TBSテレビに引き継いだ上,TBSを認定放送持株会社[1]へ移行する吸収分割を行うことが決議されました。平成21年3月末,楽天は,TBSに対し,この決議に反対して,保有する全ての株式(以下「本件株式」といいます。)の買取りを請求しました。楽天がTBSの持株会社化に反対した理由については,放送法の規定上,認定放送持株会社は特定の株主が総議決権の3分の1以上を有することができないため(放送法52条の35),楽天がTBSの経営権を完全に掌握する途が断たれたためといわれています。

その後,買取価格について協議が整わなかったことから,楽天とTBSは,会社法786条2項に基づき東京地裁へ買取価格の決定を申し立てました。東京地裁は,本件株式の買取価格を1株につき1294円と決定しました。楽天がこの決定を不服として即時抗告を申し立てましたが,東京高裁は楽天による抗告を棄却する決定をしました。楽天はこの高裁決定に対しさらに最高裁へ許可抗告を申し立てましたが,最高裁でも楽天の抗告を棄却する決定がされました。

結果,本件株式(株式数3777万0700株)の平均取得価格が約3100円でしたので,楽天は,約650億円もの損失を被ることとなりました。

【検討】

1 株式の買取価格の決定にあたっての問題点

⑴ 「公正な価格」の意義

会社法785条1項では,反対株主は会社に対し自己の有する株式を「公正な価格」で買い取ることを請求できるとされています。そして,上場会社の株式については,市場価格を基礎として「公正な価格」を算定することとなります。

本件のような組織再編行為が行われた場合の「公正な価格」については,一般に,組織再編行為により企業価値が増加する場合には,シナジーを反映した価格を基礎とし,逆に企業価値を毀損する場合には,組織再編行為の決議がなければ有していたであろう価格(「ナカリセバ価格」)を基礎として算定すべきであるといわれ,本件の各決定を含む多くの裁判例がこの見解を採用しています。これについては,株式買取請求権が,組織再編により企業価値が毀損されたり,組織再編により生じるシナジーが適切に分配されないといった場合に,これに反対する株主の利益を保護するための制度であることが根拠とされます。

⑵ 公正な価格を定める基準日

前述のとおり,上場会社株式であれば買取価格は市場価格を基礎として算定されますが,その基準日については,学説上様々な見解があります。①組織再編行為の承認決議日とする見解,②反対株式の買取請求権行使日とする見解,③買取請求期間の満了時とする見解,④吸収分割の効力発生時とする見解,⑤公平の観点から裁判所が裁量的に基準日を定めることができるとする見解等が存在し,裁判例でも採用する見解が分かれています。後述のとおり,本件では,地裁,高裁,最高裁が,基準日をいつとみるべきかについてそれぞれ異なる判断をしています。

⑶ 買取価格の算定方法

基準日の市場価格をもとに買取価格をどのように算定するかについても,裁判例により,特段の事情がない限り基準日における市場価格(終値)をもって買取価格とする見解と,基準日から近接した一定期間の株価の終値による出来高加重平均値をもって算定した価格を買取価格とする見解に分かれています。

2 東京地裁による判断内容

東京地裁は,本件株式の買取価格を1株につき1294円と決定しました(東京地裁平成22年3月5日決定・金判1339号44頁)。

地裁決定では,まず,本件の吸収分割による企業価値の変動の有無につき,本件のような100パーセント子会社に資産移転する類型の吸収分割は,それ自体で企業価値の毀損はなく,また,シナジーを生じることもないとしました(高裁,最高裁も同旨)。

次に,買取価格決定の基準日について,楽天は①吸収分割の承認決議日(平成20年12月16日),TBSは②株式買取請求権の行使日(平成21年3月31日)を基準日とすべきと主張しましたが,東京地裁は,いずれとも異なる④吸収分割の効力発生日(平成21年4月1日)を基準日としました。

そして,買取価格の算定方法については,基準日の市場株価を補正する趣旨で,近接した1か月の株価の終値による出来高加重平均値をもって算定した価格が「公正な価格」であると解しつつ,本件ではTBSが当該算定方法により算定した額(1255円)を上回る額(1294円)を提示していたという当事者間の協議の経緯に鑑み,TBSの提示額をもって買取価格としました。

3 東京高裁による判断内容

東京高裁は,楽天の抗告を棄却し,原決定の結論を維持しましたが(東京高裁平成22年7月7日決定・判時2087号3頁),その理由は原決定と異なります。

買取価格の基準日について,東京高裁は,①吸収分割の承認決議日を基準日とすると株主に買取請求権の行使にあたり投機の機会を与えることとなるため相当ではないとし,また,原審の採用した④吸収分割の効力発生日を基準日とすることは合併と吸収分割の場合で基準日(組織変更の効力発生日)が異なることにつき合理的な根拠が見当たらないとして,③買取請求期間の満了日(平成21年3月31日)をもって基準日としました。

また,買取価格の算定方法について,高裁は,原決定の採用した算定方法も一般論としてはあり得る考え方であるとの前置きをした上で,株価操作を目的とする不正な手段を用いた取引がされた等通常の形態の取引以外の要因によって市場価格が影響され,それが企業の客観的価値を反映しないなどの特段の事由がなければ,基準日における株式の市場価格が「公正な価格」であるとし,本件では基準日の市場価格であった1294円を買取価格としました。

4 最高裁による判断内容

最高裁は,地裁,高裁の結論を維持しつつ,買取価格決定の基準日について,地裁,高裁と異なった判断を下しています(最高裁平成23年4月19日決定・金判1366号9頁)。

最高裁は,②反対株主の買取請求権行使日(平成21年3月31日)を基準日としました(ただし,高裁の採用した基準日と同日のため結論においては同じ。)。その理由として,反対株主が株式買取請求権を行使すれば,法律上当然に反対株主と会社との間で売買契約が成立したのと同様の法律関係が生じ,会社にはその株式を「公正な価格」で買い取る義務が生じるため(最高裁昭和48年3月1日決定・民集27巻2号161頁),そのような法律関係が生じた時点を基準とすることが合理的であること,反対株主は会社の承諾を得なければ株式買取請求を撤回することができないにもかかわらず,買取請求をした日より後の日を基準とすると,買取請求後に生じる市場の価格変動による株価変動のリスクを負担させることとなり相当でないことが挙げられています。

また,買取価格の算定方法について,最高裁は,基準日における市場価格をもとにどのように買取価格を算定するかは,裁判所の合理的な裁量に委ねられるとしました。

【終わりに】

最高裁は,「公正な価格」の決定は基本的には裁判所の裁量に委ねられるとしています。これは,前記昭和48年最高裁決定の立場を踏襲したものであり,株式の価格については様々な事象に影響されることや,買取価格決定の申立てが非訟事件に属することが理由と考えられます。しかしながら,本件の最高裁決定により買取価格の基準日については一定の基準が示されたものの,買取価格の算定が裁判所の自由裁量に委ねられるとする以上,本決定により客観的に明確な買取価格の決定方法が確立されたとはいえません。反対株主による株式買取請求にあたり,その買取価格を予測することはいまだ困難であるといわざるを得ず,今後の実務にあたり課題が残るものと思われます。
[1] 放送免許を有する放送局を傘下に持つ純粋持株会社をいい,2007年放送法改正による放送持株会社の解禁により認められることとなりました。その設立のためには総務大臣の認定を受けることが必要とされています(放送法52条の29)。

馳名商標~中国における著名商標の保護~

弁護士 中島康平

第1 はじめに

中国市場には世界各国から多くの企業が進出しており、中国におけるブランド保護の重要性はますます高まっています。著名商標の保護に関する制度は各国にありますが、今回は、中国の馳名商標制度をご紹介します。

第2 馳名商標の意義

中国では、中華人民共和国商標法※ 1(以下「商標法」といいます)に基づき、国家工商行政管理総局商標局(以下「商標局」といいます)が全国の商標登録及び管理業務を主管しており(商標法2 条1 項)、商標局の審査を経て登録された商標を登録商標といい、商標登録者が商標専用権を有します(商標法3 条1 項)。
商標登録を経ていない限り商標法による保護を受けられないのが原則ですが、馳名商標の場合、商標登録がされていなくても、一定の法的保護を受けることができます。
すなわち、同一又は類似の商品について出願した商標が、中国で未登録の馳名商標を複製、模倣又は翻訳したものであって、かつ馳名商標と容易に混同を生じさせる場合には、その登録と使用が禁止されます(商標法13 条1 項)。
また、馳名商標が既に商標登録されているときは、同一又は類似でない商品について出願した商標が、中国で登録されている馳名商標を複製、模倣又は翻訳したものであって、かつ公衆を誤認させ、馳名商標権者の利益に損害を与えるおそれがある場合には、その登録と使用が禁止されており(商標法13 条2 項)、登録済みの馳名商標に関しては、同一又は類似の商品・役務の範囲を超えて、保護が図られています。
そして、商標法13 条の規定に違反して登録された商標に対して、商標所有者又は利害関係人は、登録日から5 年以内に商標評審委員会※ 2 に取消裁定を請求することができ、また、悪意による登録の場合は5 年の期間制限を受けません(商標法41 条2 項)。
さらに、商標所有者は、他人がその馳名商標を企業名称として登記し、公衆を欺き又は公衆に誤解を与えるおそれがあると認めるときは、企業名称登記主管機関に対して当該企業名称登記の抹消を請求することができます(商標法実施条例53 条等)。

第3 馳名商標の認定

1 行政による認定
馳名商標の認定に関しては、特別な手続があるわけではなく、個々の審理の中で認定・判断されることになります。
この点、商標登録、商標審査の過程において紛争が生じた場合、関係当事者は、商標局又は商標評審委員会に対して、馳名商標の認定、商標法13 条に違反する商標登録出願の拒絶、又は商標法13 条に違反する商標登録の取消しを請求することができるとされています(商標法実施条例5 条1 項)。
国家工商行政管理総局「馳名商標の認定と保護に関する規定」(以下「馳名商標規定」といいます)では、馳名商標は「中国において関連公衆に広く認知され、比較的高い名声を有する商標」と定義されています(馳名商標規定2 条1項)。すなわち、馳名商標として認定を受けるには中国における著名性が要求されています。
商標法14 条は、馳名商標の認定の際に考慮すべき要素として、①関連公衆の当該商標に対する認知度、②当該商標の使用継続期間、③当該商標の宣伝活動の継続期間、程度及び地理的範囲、④当該商標の馳名商標としての保護記録、⑤当該商標の馳名性を基礎づけるその他の要素を挙げています。
そして、 馳名商標規定3 条は、馳名商標であることを証明する証拠資料として、①関連公衆の当該商標に対する認知度を証明する関係資料、②当該商標の使用継続期間を証明する関係資料(商標の使用、登録の経緯及び範囲に関する資料が含まれます)、③当該商標の宣伝活動の継続期間、程度及び地理的範囲を証明する関係資料(広告宣伝と販促活動の方法、地理的範囲、広告メディアの種類及び広告投入量等に関する資料が含まれます)、④当該商標が馳名商標として保護された記録を証明する関係資料(当該商標が中国又はその他の国及び地域において馳名商標として保護を受けたことに関する資料が含まれます)、⑤当該商標が馳名であることを証明するその他の証拠資料(当該商標が使用された主要な商品の直近3 年間の生産量、販売量、販売額、利益及び販売地域等に関する資料が含まれます)を挙げています。
2 司法による認定
商標局や商標評審委員会だけでなく、日本の裁判所に相当する人民法院も馳名商標を認定する権限を有しています。
最高人民法院「馳名商標保護に関連する民事紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」(以下「馳名商標司法解釈」といいます)では、馳名商標は「中国国内で関連公衆に広く認知されている商標」と定義されています(馳名商標司法解釈1 条)。馳名商標規定と若干表現は異なっていますが、同じく中国国内において著名であることが要求されています。
また、当事者が、商標が馳名であると主張する場合に提出すべき証拠として、①当該商標を使用した商品の市場シェア、販売区域、利益・税金等、②当該商標の使用継続期間、③当該商標の宣伝・販促活動の方法、継続期間、程度、投入資金額、地域範囲、④当該商標が馳名商標として保護を受けた記録、⑤当該商標が有する市場名声、⑥当該商標が既に馳名であることを証明するその他の事実に関する各証拠が挙げられています(馳名商標司法解釈5 条1 項)。
したがって、馳名商標の認定を求める場合には、商標法14 条、馳名商標規定及び馳名商標司法解釈における分類を参考にして中国における当該商標の使用状況・宣伝状況等の事実関係を整理して主張立証していくことが重要であると考えます。

第4 馳名商標認定の影響

馳名商標の認定は、個別案件の中で行われ、その案件でのみ有効であるのが原則です。
ただし、商標局及び商標評審委員会では、受理した事件が、馳名商標として保護を受けた事件の保護範囲と基本的に同一であって、かつ相手当事者が当該商標の馳名性について異議がない場合、又は異議があっても当該商標が馳名ではない証拠を提出することができない場合には、事件を受理した工商行政管理部門は当該保護記録の結論に基づいて、裁定・処理をすることができます(馳名商標規定12条2 項)。
また、人民法院でも、提訴された商標権侵害又は不正競争行為の発生前に、人民法院又は工商行政管理部門によって馳名商標であると認定され、当該商標が馳名であることに対し被告に異議がない場合、人民法院は当該商標を馳名であると認定しなければならないとされています(馳名商標司法解釈7 条)。

第5 外国著名商標の保護

前記第3 のとおり、馳名商標として認定を受けるためには、中国において著名性を獲得していることが要求されるため、外国において著名な商標であっても、中国で著名でない商標は、中国では馳名商標として保護されず、第三者が中国で商標登録出願した場合には登録を受けることがあり得ます。やはり、事前の対策として、適時に中国における商標出願・登録を行うことが重要です※ 3。
なお、日本であれば、外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって、不正の目的をもって使用をするものについては商標登録を受けることができないとされています(日本商標法4 条1 項19 号)。

============================
※1  商標法は1982年に制定され,1993年と2001年に改正が行われています。現在3度目の改正作業が行われています。
※2  国家工商行政管理総局に設置された商標紛争事案の処理を担当する機関です(商標法2条2項)。
※3  中国における冒認出願に関しては,ジェトロ北京センター知的財産権部「中国商標権冒認出願対策マニュアル2009 年改訂増補版」(2009年3月)において詳細な検討がされています。

消費者団体訴訟制度

第1 はじめに

平成18年の消費者契約法の改正で消費者団体訴訟制度が導入されました。そして,平成21年には消費者庁が発足し,消費者団体訴訟制度の対象となる行為が,消費者契約法に定められた行為だけでなく,特定商取引法,景品表示法に定められた行為にまで広がりました。

消費者団体訴訟制度が利用されると,その判決又は和解の内容が,事業者名も含めて消費者庁のホームページで公表されます(消費者契約法(以下「法」という。)39条1項)。平成23年1月31日現在,消費者庁のホームページには,判決が3件(同一事件の地裁判決,高裁判決を含むので事例としては2件),和解が2件公表されています。今回は,この消費者団体訴訟制度について,概略を説明していきたいと思います。

第2 消費者団体訴訟

1 主体

消費者団体訴訟は,具体的な消費者被害を受けた消費者ではなく,消費者団体が消費者被害を出した又は出すおそれのある事業者に対して訴訟提起することを認める制度です。しかし,どのような団体でも,消費者団体訴訟を提起できるわけではありません。「適格消費者団体」という内閣総理大臣の認定を受けた団体だけが消費者団体訴訟を提起できます(法2条4項)。

平成23年1月31日現在,認定を受けた9つの適格消費者団体の一覧が消費者庁のホームページに掲載されています。関西では,京都と大阪と神戸にそれぞれ1つの認定を受けた適格消費者団体があります。

2 訴訟提起

(1)事前請求

適格消費者団体であれば,事業者に対していきなり訴訟が起こせるというものではありません。適格消費者団体は,訴えを提起しようとする事業者に対して,請求の要旨や紛争の要点などを記載した書面を送付しなければなりません。その書面が事業者に到達してから1週間が経過しないと原則として訴訟は提起できません(法41条1項本文)。

これは,事業者に対して事業是正の機会を与え,紛争の早期解決の機会を確保するためです。したがって,何の前触れもなく,いきなり適格消費者団体から事業者が訴訟を提起されるということはありません。ただし,この適格消費者団体からの事前請求に対して,事業者が和解に応じたとしても,和解内容は消費者庁のホームページで公開されます(法39条1項・23条4項9号)。

(2)訴額・管轄

適格消費者団体が提起する訴えの第1審は地方裁判所で行われることになります。

土地管轄は,通常の訴訟と基本的に同じですが他の裁判所に同一又は同種の訴訟が継続している場合には,移送される可能性もあります(法44条)。そして,同じ裁判所に係属する同一内容の訴訟は原則として併合して審理されなければいけません(法45条1項本文)。

3 訴訟の中身

(1)請求の趣旨

適格消費者団体は,事業者が消費者と契約締結するにあたり,下記(2)の行為を現に行い又は行うおそれがあるときは,その行為の差止めを請求できます(法12条)。ただし,個別の消費者の損害賠償請求を消費者に代わって行うことはできません。

消費者団体訴訟制度の目的が,同種紛争の未然防止・拡大防止であるから差止請求を認めるにとどまっています。個別の消費者の具体的な被害回復までは目的としていないので,損害賠償請求までは認めていません。したがって,事業者が適格消費者団体から損害賠償請求を求められるということはありません。

(2)対象行為

ア 総論

消費者契約法で定められている,適格消費者団体による差止請求の対象となる行為は,大きく分けて①不当な勧誘行為と②不当契約条項の使用があります。

イ 不当な勧誘行為

(ア)事業者の不当な勧誘行為によって,事業者と消費者が契約を締結している場合,事業者は適格消費者団体から不当な勧誘行為による契約締結を止めるように求められる可能性があります。不当な勧誘行為としては,①誤認類型とされるものと,②困惑類型とされるものがあります。

(イ)誤認類型

誤認類型とされるものには,①不実告知(法4条1項1号),②断定的判断の提供(法4条1項2号),③不利益事実の不告知(法4条2項)があります。

不実告知とは,契約の重要事項について事実と異なることを告げることをいいます。例えば,半年間無料と告げてCS放送の受信契約を締結しながら,実際の無料期間は3ヶ月しかない場合等がこの不実告知にあたります(高橋善樹著『消費者団体訴訟制度のしくみと企業の対応実務』(以下「対応実務」という。)69頁)。

断定的判断の提供とは,将来における価格,将来において消費者が受け取るべき金額,その他将来における変動が不確実な事項について,断定的判断を提供することをいいます。例えば,証券会社の担当者から「円高にならない」と言われて外債を購入したのに,円高になったという場合です(消費者庁企画課編『逐条解説消費者契約法(第2版)』(以下「逐条解説」という。)117頁)。

不利益事実の不告知とは,重要事項やそれに関連する事項について利益になる旨だけを告げ,不利益となる事実を故意に告げないことをいいます。例えば,「日当たり良好」との説明を受けてマンションの一室を購入したのに,半年後隣接地に建物が建設され日照が遮られた場合等がこれにあたります(前掲逐条解説120頁)。

(ウ)困惑類型

困惑類型とされるものには,①不退去(法4条3項1項),②監禁(法4条3項2号)があります。

不退去とは,消費者が事業者に対して消費者の住居等からから退去すべき意思を示したのに,事業者が退去しないことをいいます。

監禁とは,事業者が消費者に対して契約締結の勧誘をしている場所から,消費者が退去する旨の意思を示したのに,事業者が退去させないことをいいます。

消費者庁のホームページで公表されている和解事例の1つも,不当な勧誘行為の事例です。英会話講座受講契約締結の勧誘にあたり,いつでも自由に受講日及び受講時間が決められるわけではないのに,決められるかのように告げる不実告知,不利益事実の不告知をしていたこと,さらには家に帰ってから考えたいとする消費者の帰宅を認めない監禁をしていたことを適格消費者団体と事業者が相互に認め,今後はそのような勧誘行為をしないと合意されました。

ウ 不当な契約条項の使用

事業者が消費者と契約書を交わすにあたり,不当な契約条項を盛り込んでいる場合,事業者は,適格消費者団体から不当な契約条項を含んだ契約書による契約の差止めを求められる可能性があります。不当な契約条項としては,①事業者の損害賠償責任を免除する条項(法8条),消費者が支払う損害賠償の額を不当に高額に予定する条項(法9条),消費者の利益を一方的に害する条項(法10条)があります。

消費者庁のホームページで公表されている,2つの判決事例と和解事例の1つも消費者の利益を一方的に害する条項が問題とされた事例です。建物賃貸借契約の終了時に,敷金又は保証金を無条件に一定額控除する旨の敷引特約条項と,利息付金銭消費貸借契約において,期限前に返済する場合期限までの利息以外の金員を貸主に交付する旨の早期完済違約金条項についての事例で,適格消費者団体が事業者に対して,当該条項を使用した契約締結等の停止を求め,裁判所で認められました。また,資格講座の受講にあたり,受講生の解約権をクーリングオフに限るとする契約条項について,適格消費者団体と事業者の間で,転勤や失業等の場合にも解約権の行使を認める条項に改訂する和解が成立しました。

エ 特定商取引法,景品表示法による禁止行為

従来は,差止請求の対象となる行為は,消費者契約法に定める行為に限られていましたが,平成21年の法改正により特定商取引法,景品表示法にも差止請求の対象となる行為が定められました。紙面の都合で詳細には述べませんが,一定の訪問販売や電話勧誘販売,実際よりも著しく優良又は有利と誤認されるような表示について,適格消費者団体から差止めが請求される可能性があります。

4  後訴の制限

一つの適格消費者団体から差止請求訴訟を提起され,確定判決や訴訟上の和解を得た場合,原則として同一の差止請求を他の適格消費者団体から提起されることはありません(法12条の2第1項2号本文)。

これは,同一の事案について複数の判決が出されて判決間に矛盾が生じることを防ぐとともに,事業者に何度も応訴しなければならない負担を負わせないためです。

5 執行

差止請求訴訟は,不当な行為をしてはならないと裁判所が命じることを求める訴訟です。適格消費者団体が勝訴すれば,判決は一定の不作為を命じることになりますので,間接強制でしか強制執行をすることができません(法47条)。

第3 おわりに

以上,概略ではありますが,消費者団体訴訟制度を見てきました。はじめにも述べましたが,消費者団体訴訟制度の対象となる行為は,消費者契約法だけでなく,特定商取引法,景品表示法にも規定されるようになりましたので,契約書のひな型や営業従業員のマニュアルについては一層慎重な対応が求められるようになっています。

外国会社の英文Webサイト上で貴社の日本特許権を侵害すると思われる製品が紹介され「Inquiery(お問合わせ)」のサイト頁が設定されている場合、貴社は、日本の裁判所に損害賠償請求などの訴えを提起できるか?

弁護士 渡辺 惺之

はじめに

インターネット上での知的財産権侵害というと著作権や商標権の侵害が主であり、特許権の侵害が問題となる事例は実際には少ないだろうと考えられていた。今回取り上げるのは、外国会社が英文Webサイトで、日本会社が有する日本特許を侵害すると思われる製品を紹介し、問合わせに対応するページを設定した場合、権利者が日本の裁判所に損害賠償と差止請求を提起し、被告外国会社が日本の国際裁判管轄を争った事例である。

被告外国企業が日本国内に支店、営業所、業務代表者を置いているのであれば、民訴法4条4項を根拠に国際裁判管轄も認められることになる。そのような拠点がない事例では、Webペ-ジの開設が日本における特許権侵害という不法行為と評価されるかが問題となる。大阪地裁は日本国内での不法行為とは認められないとして訴えを却下した(大地判平成21年11月26日、裁判所HP)が、知財高裁は日本を不法行為地と認め国際裁判管轄を肯定した(知財高判平成22年9月15日判決、裁判所HP)。

会社がWebサイト上で自社製品の紹介、販売受注等のWebページを開設するのは広く行われている。Webページをめぐる新しい問題が取り上げられた判例である。

事実

原告は日本電産(以下X)で、被告は三星電機(以下Y)という韓国サムスングループに属する韓国会社である。XがYに対し、Xの日本特許(発明名称「モータ」)に基づき、特許法101条1項に基づく被告物件の「譲渡の申出」の差止と,不法行為に基づく損害賠償金300万円の支払請求を、大阪地裁に提起した。Xが特許権侵害として訴えたYの行為はWebサイト上で原告の特許権を侵害する物件(本件侵害物件)の「譲渡の申出」である。Yは本案前の主張として日本の国際裁判管轄を争った。

YのWebサイト上でのXの権利侵害品と主張された製品についての紹介と問合せのページ開設が、日本における「譲渡の申出」に相当し不法行為地としての管轄原因となるか否かが争点となった。原審は、Webサイト上の問合せページは、販売を目的とするものではなく一般的な問合せに備えるものであるとのYの主張を容れたが、控訴審は、Web上の表示だけでなく間接事実を併せて「譲渡の申出」を認め得るとすると共に、不法行為地には「譲渡の申出」の発信地と受領地も含むとして、日本を不法行為地に当たるとした。両判示を対比すると下記のようになる

原審判決

訴え却下、(1)「民訴法5条9号の不法行為地の裁判籍の規定に依拠して我が国の国際裁判管轄を肯定するためには,原則として,被告が我が国においてした行為により原告の法益について損害が生じたことの客観的事実が証明されることを要し,かつそれで足りると解される(最高裁判所平成13年6月8日民集55巻4号727頁)。」 (2)「我が国において損害が発生したことが証明されるのみでは足りず,不法行為の基礎となる客観的事実としてXが主張する事実,すなわち,本件においては日本国特許権である本件特許権の侵害事実としての,我が国におけるY物件の譲渡の申出の事実が証明される必要がある。」(3)「しかしながら、上記英語表記のウェブサイトは、Yの製造する製品・・・を全世界に向けて紹介するものであり、日本語で表記された・・・販売・製造に関する問合せフォーム・・・も、・・・品番や具体的な仕様についても何ら示されていない。・・・同フォームが表示されていることをもって,Y物件につき譲渡の申出があったとは認められない。」

控訴審判決

原判決取消、差戻、(1)『民訴法5条9号の適用において,不法行為に関する訴えについて管轄する地は「不法行為があった地」とされているが,この「不法行為があった地」とは,加害行為が行われた地(「加害行為地」)と結果が発生した地(「結果発生地」)の双方が含まれると解されるところ,本件訴えにおいてXが侵害されたと主張する権利は日本特許第・・・号であるから,不法行為に該当するとしてXが主張する,Yによる「譲渡の申出行為」について,申出の発信行為又はその受領という結果の発生が客観的事実関係として日本国内においてなされたか否かにより,日本の国際裁判管轄の有無が決せられることになる・・・。』(2) 『・・・Yが英語表記のWebサイトを開設し,製品としてY物件の一つを掲載するとともに,「Sales Inquiry」(販売問合せ)として「Japan」(日本)を掲げ,「Sales Headquarter」(販売本部)として,日本の拠点・・・の住所,電話,Fax 番号が掲載されていること,日本語表記のウエブサイトにおいても,「Slim ODD Motor」を紹介するWebページが存在し,同ページの「購買に関するお問合せ」の項目を選択すると,「Slim ODD Motor」の販売に係る問い合わせフォームを作成することが可能であること,X営業部長が,陳述書で、Yの営業担当者がODDモータについて我が国で営業活動を行っており,Y物件がS社やT社において,製品(ODD)に搭載すべきか否かの評価の対象になっている旨述べていること,Yの経営顧問Aが,その肩書とYの会社名及び東京都港区の住所を日本語で表記した名刺を作成使用していること,Y物件の一つを搭載したDVD マルチドライブが国内メーカーにより製造販売され,国内に流通している可能性が高いことなどを総合的に評価すれば,Xが不法行為と主張するY物件の譲渡の申出行為について,Yによる申出の発信行為又はその受領という結果が,我が国において生じたものと認めるのが相当である。』

解説

本件判例は、原審判決(1)が引用するウルトラマン事件最高裁判例ルールの特別な渉外不法行為への適用例として注目すべき点は2点ある。第1はWebページ上でなされる不法行為の場所に関する判断である。民訴法5条9号の「不法行為地」は原因行為地と結果発生地を含むので、そのいずれかが日本国内に認められれば足りる。違法Webのアップロード地とアクセス可能地がこれに相当する。原審は、表示内容自体が「譲渡の申出」に相当しないとしたため場所の判断がなされていないが、控訴審は「譲渡の申出」の発信又は受領という結果が日本で生じたと認められるとしている。Webの場合、発信地の特定は困難であろうが、受信地は逆に普遍的に認められる余地もあり、使用言語の考慮なども検討を要する問題となり得るが、本件では英文サイトであることは考慮されていない。第2の注目点は、本件における不法行為の性格である。特許法101条1項の「譲渡の申出」は危険責任を核とする不法行為であり、ウルトラマン判例が想定する原因行為と侵害結果の発生という一般類型とは異なる。本件ではWeb上の表示が「譲渡の申出」に該当するかは本案の判断事項そのものと云える。この場合、管轄判断としてどこまでの証明と審理を要するかは困難な問題といえる。原審はこの点で区別が明確でない。「譲渡の申出」のような不法行為類型では、全体として構成要件該当の蓋然性を基準とする他ないように思われるが、控訴審判断もやや厳格に過ぎる印象がする。なお、米国の対人管轄の判断基準としては顧客との情報交換が可能な双方向サイトであることが要件とされている(Zippo判例)。わが国でも民訴法改正案(3条の3、5号)では、日本国内に拠点のない外国の会社でも日本で事業を営むと認められる場合には、当該業務に関しては日本の裁判所の国際裁判管轄を認める規定が提案されている。この改正が実現した場合は、不法行為管轄よりむしろこの管轄によることになり、類似の問題状況を生じる可能性がある。

EU競争法

弁護士 貞 嘉徳

1 はじめに

EU委員会の公表資料を元に作成

EU委員会の公表資料を元に作成

近年,EU競争法の存在感が高まっています。最近では,例えば「給油所4社が電話でガソリン販売価格を情報交換」[1]することを違法とするなど,EU競争法の運用において,企業間の情報交換の規制を強化するとの新聞報道がなされたことが記憶に新しいかと思います[2]。EU委員会の発表によれば,カルテル事案における制裁金総額は,2005年に約6.8億ユーロであったのが,2006年には約18.4億ユーロとなり,本年は9月30日現在で前年(2009年)の約16億ユーロとほぼ同額の水準に達しています[3]。これまでに日本企業が対象とされたEU競争法の事案は少なくありません。多くの日本企業がグローバルに経済活動を展開する中で,EU競争法の理解を深めることは不可欠といえます。

既にいくつかの文献によって紹介されているところではありますが,以下に,EU競争法の概要を簡単に紹介したいと思います。

2 規制の概要

EU競争法の実体規制は,①TFEU[4]第101条,②TFEU第102条,及び③理事会規則139/2004[5]に拠ります。①TFEU第101条は競争制限的協定・協調的行為を,②TFEU第102条は市場支配的地位の濫用行為を,③理事会規則139/2004は企業結合を,それぞれ規制しています。

【TFEU第101条1項】[6]
加盟国間の取引に影響を与えるおそれがあり,かつ,域内市場の競争の機能を妨害し,制限し,若しくは歪曲する目的を有し,又はかかる結果をもたらす事業者間のすべての協定,事業者団体のすべての決定及びすべての共同行為であって,特に次の各号の一に該当する事項を内容とするものは,域内市場と両立しないものとし,禁止する。

a 直接又は間接に,購入価格若しくは販売価格又はその他の取引条件を決定すること

b 生産,販売,技術開発又は投資を制限し又は統制すること

c 市場又は供給源を割り当てること

d 取引の相手方に対し,同等の取引について異なる条件を付し,当該相手方を競走上不利な立場に置くこと

e 契約の性質上又は商慣習上,契約の対象とは関連のない追加的な義務を相手方が受諾することを契約締結の条件とすること

【TFEU第102条】
域内市場又はその実質的部分における支配的地位を濫用する一つ以上の事業者の行為は,それによって加盟国間の取引が悪影響を受けるおそれがある場合には禁止される。この不当な行為は,特に次の場合に成立するおそれがある。

a 直接又は間接に,不公正な購入価格若しくは販売価格又はその他の不公正な取引条件を課すこと

b 需要者に不利となる生産,販売又は技術開発の制限

c 取引の相手方に対し,同等の取引について異なる条件を付し,当該相手方を競走上不利な立場に置くこと

d 契約の性質上又は商慣習上,契約の対象とは関連のない追加的な義務を相手方が受諾することを契約締結の条件とすること

【理事会規則2004年139号第2条】
2項 特に,支配的地位の形成又は強化の結果として,共同体市場又はその実質的部分における有効な競争を著しく阻害しない企業結合は,共同体市場と両立する旨宣言される。

3項 特に,支配的地位の形成又は強化の結果として,共同体市場又はその実質的部分における有効な競争を著しく阻害する企業結合は,共同体市場と両立しない旨宣言される。

3 執行手続

TFEU第101条及び同第102条の手続法として,理事会規則1/2003[7]が規定されています。EU委員会及びEU加盟国の競争当局のいずれにも, TFEU第101条及び同TFEU第102条の執行権限が並行的に認められており,相互の協力関係が規定されています(規則1/2003第4条,5条及び11条ほか)。両者の関係の詳細については,ガイドラインが公表されています(2004/C 101/03 [8])。

調査の結果,TFEU第101条,又はTFEU第102条の違反行為を認めた場合,EU委員会は,当該違反行為の中止を命ずると同時に,当該違反行為を終了させるために必要な救済措置をとることができ(規則1/2003第7条1項),また制裁金を課すことができます(同23条2項(a)及び24条1項(a))。

次に,EU競争法の執行手続において,日本と異なる特徴的な点をいくつか紹介したいと思います。

4 コミットメント決定(commitment decisions)[9]

従前の実務慣行を明文化した制度として,規則1/2003によって,コミットメント決定の制度が導入されました(規則1/2003第9条)。これは,違反行為の審査の過程で生じた懸念について,対象事業者が当該懸念を解消するための措置を講じる旨を申し出た場合に,EU委員会はこれを受諾することができ,手続を継続する根拠が失われた旨を宣言する決定です。例えば,調査を開始したEU委員会が,競争制限的な契約条項について懸念を抱いたものの,当事者が当該契約条項を削除する旨を申し出た場合に,EU委員会はその申し出を受諾して,コミットメント決定により,手続を終結させることができます。対象事業者及びEU委員会の双方において,手続の負担を軽減させるメリットがあるとされています。コミットメント決定は,EU競争法違反の有無を明らかにすることなく手続を終結させる決定で,対象事業者が約束を守らなかった場合など一定の場合,EU委員会は手続を再開することができます。コミットメント決定は,制裁金を課すことが適当な事案においては利用されません(規則1/2003 recital(13))。

5 和解手続(settlement procedure)[10]

2008年7月1日より,カルテル事案について,和解手続が導入されました。これは,関係する事業者が,カルテルへの関与とその法的責任を認めることを条件に,制裁金の額を10%減額することを認める制度です。和解手続の利用により,事業者は制裁金の負担を軽減することができ,また,EU委員会は手続の負担を軽減することができます。

本年5月19日に和解手続の初の適用事例が公表されています[11]。

6 制裁金

(1)EU競争法における制裁金の留意点

EU競争法における制裁金の理解として留意が必要な点は,①手続違反に対する制裁金が存在すること,及び②制裁金算定に際してEU委員会に広範な裁量が認められていることの2点です。

(2) 手続違反に対する制裁金

日本の独占禁止法における課徴金は,カルテルなど一定の実体法規違反の行為が認められた場合に課されますが,EU競争法における制裁金はカルテルなどの実体法規違反が認められた場合に加え,例えば,不正確な情報提供を行った場合や調査への協力を拒んだ場合(規則1/2003第23条1項各号),あるいは先ほどのコミットメント決定における約束に違反した場合(同条2項(c))にも課されます。

(3) 制裁金算定におけるEU委員会の裁量

日本の独占禁止法では,課徴金額の算定に際し,公正取引委員会に裁量は認められていません。しかし,EU競争法では,制裁金の算定に際し,EU委員会に広範な裁量が認められています。TFEU第101条及び同第102条の違反行為に対する制裁金の算定に関しては,ガイドライン(2006/C210/02[12])が規定されています。制裁金の算定は,①基本額の算定及び②基本額の調整(増減)の二段階で行います。①基本額の算定では,直近の事業年度の売上高の30%を上限とする一定割合[13]を乗じた金額に,違反行為の継続年数を乗じ,これに,価格カルテルなど一定の事案においては,直近の事業年度の売上高の15~25%を加算して,基本額を算定します。次に,②基本額の調整では,違反行為の反復,調査妨害,あるいは主導的役割を担ったといった事情が認められる場合には増額が,他方,違反行為を直ちに中止したこと,違反行為が過失によること,あるいは調査への協力といった事情が認められる場合には減額がなされます。また,例えば,支払能力を考慮した減額の可能性も認められています (2006/C210/02 第35項)。

7 最後に

今回は,ミュンヘン大学のサマースクールでの講義を踏まえ,EU競争法を紹介させていただきました。紙幅の関係もあり,かなり断片的な紹介にとどまりましたが,EU競争法に関しては,EU委員会のHP[14]をはじめ,インターネットを通じて,相当量の情報を入手することができます。さらに詳しい内容に興味をお持ちの方は,それらを参照いただければと思います。
[1] 2010年9月4日付日本経済新聞より抜粋

[2] 新運用ルール(Guideline on the applicability of Article 101 of the Treaty on the Functioning of the European Union to horizontal co-operation agreements)案の詳細は, http://ec.europa.eu/competition/consultations/2010_horizontals/guidelines_en.pdfで確認いただけます。本文に掲記した具体例の詳細は,「2.4.Examples 103.Genuinely public information example6」を参照下さい。

[3] http://ec.europa.eu/competition/cartels/statistics/statistics.pdf

[4] Treaty on the Functioning of European Union http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:C:2010:083:0047:0200:EN:PDF

[5] http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2004:024:0001:0022:EN:PDF

[6] いずれも和訳は公正取引委員会のHP(http://www.jftc.go.jp/worldcom/html/country/eu.html)より引用

[7] http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2003:001:0001:0025:EN:PDF

[8] http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:C:2004:101:0043:0053:EN:PDF

[9] 最近のケース:http://europa.eu/rapid/pressReleasesAction.do?reference=IP/10/494&format=HTML&aged=0&language=EN&guiLanguage=en

[10] http://ec.europa.eu/competition/cartels/legislation/settlements.html

[11] http://europa.eu/rapid/pressReleasesAction.do?reference=IP/10/586

[12] Guidelines on the method of setting fines imposed pursuant to Article 23(2)(a) of Regulation

No 1/2003: http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:C:2006:210:0002:0005:EN:PDF

[13] 一定割合の決定においては,違反行為の質や市場シェアなどの事情が考慮されます。

[14] http://ec.europa.eu/competition/index_en.html

企業年金の受給者減額の可否に関する判例の動向

弁護士 田中 敦

【はじめに】

企業年金とは、国民年金や厚生年金などの公的年金に上乗せする形で、民間企業が退職者に対し独自に支給する形態の年金をいいます。ところが、近年、景気後退や業績の悪化を理由に、多くの企業で企業年金の支給額を減額しようとする動きが見られるようになりました。そのような状況の中で、今年に入り、退職後に企業年金を受給している者の支給額を減額することができるか否かが争われた事案で、一方的な減額が認められないとして、企業側の敗訴とする最高裁判所の判断が相次いでいます。今回は、企業による一方的な企業年金の減額が認められないとした最高裁平成22年3月16日第三小法廷判決(判タ1323号114頁)及び最高裁平成22年6月8日第三小法廷決定を参考に、企業年金の減額の可否について検討します。

【平成22年の最高裁判所による裁判】

1 最高裁平成22年3月16日第三小法廷判決(「X銀行事件」)

この事案は、銀行の取締役を退任した原告が、株主総会決議を経て、当時の役員退職慰労金規程に従い退職慰労年金を受給していたところ、その後に当該規程の廃止決議がされ、年金の支給が打ち切られたため、被告である銀行に対し、未支給分の退職慰労年金の支払等を求めたものです。

被告である銀行は、退職慰労年金における集団性、画一性等の制度的要請から、一定の場合には退任取締役の同意なく契約内容を変更することが許されるなどと主張し、原告の主張を争いました。

原判決では、被告主張の理由に依拠し、一定の場合には、規程の改廃の効力を退職した取締役に及ぼし、その退職慰労年金請求権を減額し又は消滅することができると判断して、原告の請求を棄却しました。これに対し、最高裁は、本件退職慰労年金の額及び支給方法は、原告の退職時に原告と会社との間の契約内容として確定していたとし、年金の制度的要請という理由のみをもって、原告の同意なく、本件規程の廃止の効力を及ぼすことはできないと判断して、原判決を破棄・差戻しとしました。

2 最高裁平成22年6月8日第三小法廷決定(「NTT事件」)

この事案は、原告会社が、確定給付企業年金法に基づき実施している企業年金について、受給権の内容等に変更を生じさせる年金規約の変更をするために、厚生労働大臣の承認を求める申請をしたところ、厚生労働大臣が、上記規約変更は、受給権者等に対する給付の額を減額する場合に該当し、減額のために必要とされる要件を満たしていないとして、会社に対し当該規約変更を承認しない旨の処分を行いました。そこで、原告会社が、その処分の取消しを求めたものです。

原告は、①給付額減額の要件を定める法令の規定が無効である、②本件申請にかかる規約変更が「給付の額を減額する」場合に該当しない、③仮に②において「給付の額を減額する」場合に該当するとしても、本件の規約変更は法令に定める要件を満たすなどと主張し、不承認処分の取消しを求めました。

第一審判決及び原判決は、ともに原告の主張を全て退け、本件処分は有効であると判断しました。これに対し、原告は上告受理を申し立てましたが、最高裁はこれを却下しました。

【検討】

1 企業年金の受給者減額が認められた事例

以上の2件の判例に対し、企業年金の受給者減額が認められた事例としては、最高裁平成19年5月23日第一小法廷決定(「松下電器産業事件」)があります。

この事案は、被告会社において、従業員の退職にあたり、退職金の一部を拠出して会社との間で年金契約を締結し、会社がこれを運用して年金を支払うという企業年金制度が採られていたところ、会社が給付利率の引下げを決定したため、被告会社の元従業員である原告が、当該決定の効力を争い、引下げがなければ各支給日に支給されたであろう金額と実際の支給額との差額の支払いを求めたものです。

このケースでは、退職者に支給される年金額算定の基礎となる約定利率が年7.5%~10%と高水準に設定され、実際の運用利回りとの差額は会社の収益から賄われていました。被告会社は、市場利回りの低下や業績悪化等を理由に、約定利率を一律2%引き下げる内容の年金規程の改定を行いました。ここで、被告会社の年金規程には、将来、経済情勢等に大幅な変動があった場合には規程の全般的な改定または廃止を行うという旨の、改廃条項が置かれていました。

第一審判決及び原判決は、当時の被告会社の経済状況からすれば、本件規程の改定は上記改廃条項の要件を満たすことが認められるとして、ともに原告の請求を棄却しました。これに対し、原告は上告受理を申し立てましたが、最高裁はこれを退けました。

2 企業年金の種類

企業年金の種類は、大きく分けて、自社年金型と外部積立型に区分できます。

自社年金型とは、年金給付のための資産を企業外に取り分けていない制度のことをいいます。この制度を対象とした法令上の規制は存在せず、基本的には各企業が自由に制度を設計できることとされています。上記のX銀行事件及び松下電器産業事件の各事案における年金制度が、この自社年金型に該当します。

一方、外部積立型とは、厚生年金基金や確定給付型企業年金のように、拠出する掛け金を外部に積み立てて、会社の資産とは別個に管理する制度をいいます。この類型の企業年金については、厚生年金保険法や確定給付企業年金法の規制に服することとなります。上記のNTT事件の事案における年金制度が、この外部積立型に該当します。

3 検討

企業年金の受給者減額の可否については、当該企業年金が、自社年金型か外部積立型かにより、その判断枠組みが異なります。

(1) 自社年金型

まず、自社年金型の企業年金の場合、法令または監督官庁による規制が予定されていないことから、自社年金制度を定めた規程の改廃の可否については、専ら民法、労働法の解釈に委ねられると考えられています。これまでの裁判例からは、その一般的な判断枠組みは、①年金支給額の減額について、契約(規約)上の根拠があるといえるか、②実際に行われた減額の内容について、必要性・相当性があるかにより判断されるものとされています[1]。

松下電器産業事件では、①会社の年金規程に当該規程の改廃条項が置かれていること、②改定以前の約定利率が高水準に設定されており、市場利回りの低下や会社の業績悪化といった事情からすれば、規程の改定もやむを得ないものといえることから、減額が認められています。

一方、X銀行事件では、①会社の退職慰労金規程に改廃条項はありませんでした。そこで、原審は、規程の条項の解釈を経ることなく、年金制度の制度的要請を理由に、減額を有効と判断しました。これに対し、最高裁は、年金の支給は会社と退職取締役との間の契約に基づいて行われるという個別契約的側面を重視し、契約(規約)中に減額の根拠が認められない以上、会社が一方的に支給額を減額することはできないと判断したものと考えられます。

(2) 外部積立型

外部積立型の企業年金の場合、受給者減額を内容とする規約変更については、法令上、厚生労働大臣の承認・認可が必要とされています。その承認・認可の要件は、①企業、基金の財政状態が悪化していること、②受給者の3分の2以上の同意を得ること、③希望者には一時金での清算を認めることと定められています。

上記①の要件に関しては、確定給付企業年金法施行規則5条2号の「経営の状況が悪化したこと」について、どのように解釈すべきかが問題とされてきました。この点、NTT事件では、「受給権者等に対する給付減額が許容されるためには、単に経営が悪化しさえすれば足りるのではなく、母体企業の経営状況の悪化などにより企業年金を廃止するという事態が迫っている状況の下で、これを避けるための次善の策として、給付の額を減額することがやむを得ないと認められる場合に限られる」と判断した原審判決を支持しており、同号の要件該当性に関し最高裁が初めて判断を示したものとして、先例的意義を有するものといえます。

【終わりに】

今年の最高裁による企業年金の受給者減額の可否の判断は、減額についての契約(規約)上の根拠及び減額の必要性を、より厳格に要求したものと考えられます。今後、企業が年金制度を構築するにあたっては、将来、支給額を減額しなければならざるを得ない状況が生じた場合を見据え、年金規程に減額の根拠となる条項を置くことが望まれます。また、企業がすでに実施されている企業年金の支給額を減額するにあたっては、年金規程の内容、減額の必要性及び減額の程度について、より一層慎重に検討することが求められるものと思われます。
[1] 森戸英幸=君和田伸仁=大沢英雄「企業年金(受給者減額)」(ジュリスト1331号147頁)

債権法改正について (4・完)

第1 はじめに

今回は,債権総論部分について,前回紹介しきれなかった,債権譲渡,多数当事者の債権債務関係,保証を紹介したうえで,契約各論部分について紹介します。今回も,従来の判例理論を明文化したものや商法等の他の規定を取り込んだ部分は除き,現在の運用と異なる規定だけをみていくことにしましょう。

第2 債権総論

1 債権譲渡

債権譲渡禁止特約について従来は第三者に対しても主張でき特約の存在について悪意又は善意重過失の譲受人に対する債権譲渡は,そもそも無効だと解されてきましたが,基本方針では,当事者間にのみ効力を有するにとどまるとしました。つまり,たとえ債権譲渡禁止特約について譲受人が悪意又は善意重過失であっても,債権譲渡は有効となります。特約に違反した譲渡人が債務者に対して債務不履行責任を負うにとどまります。但し,債権譲渡が有効だとしても,債務者は債権を主張してきた譲受人に債権譲渡禁止特約の存在を対抗できます。債務者が債権譲渡を承認したとき,譲受人が善意無重過失であるとき等は対抗できません。

また,金銭債権の債権譲渡の対第三者対抗要件を登記としています。そして,対債務者対抗要件(基本方針では「権利行使要件」といいます)としては従来認められていた債務者の承認を認めないことにしました。これは,債務者を債権譲渡のインフォメーションセンター機能から解放すべきだという考えに基づきます。

2 多数当事者の債権債務関係

連帯債務について相対効の原則を現行法より徹底しています。現行法では絶対効とされてきた,請求や更改や免除や時効が原則として相対効とされました。連帯債務もあくまで別々の債務だから,一人の効力を全員に及ぼすのは慎重であるべきという考えによります。

また,他の連帯債務者の債権を援用した相殺も廃止しています。他人の債権を勝手に処分するのは不適当だという考えによるものです。

3 保証

(1)保証一般

従来の保証契約とは別に,債務者と保証人との間で締結される保証引受契約を規定し,債権者の同意により保証債権が発生するとしました。また,催告の抗弁を廃止しています。主債務者への催告を求めるだけで,あまり抗弁としての実効性がないという考えによります。

現行法は数人の保証人がいるときに分別の利益を認めています。つまり,保証人が二人いるときは各々2分の1ずつの債務を,保証人が三人いるときは各々3分の1ずつの債務を保証することになります。しかし,基本方針では,保証人が複数いる場合,保証人は互いに連帯することとしました。保証人が複数いる場合,債権者はどの保証人に対しても債権全額を請求できます。これは,保証人が一人の場合より複数の場合を債権者に有利に扱うべきとの考えによります。

保証人の事前求償権の制度も廃止しています。事前求償が認められるような場合は,主債務の弁済期が到来している場合等債権者が執行できる場面であり,保証人は,債権者に債務者への執行を促し,それでも債権者が適切な時期に執行しなかったために被った損害分については,保証人に義務を負わせないことで充分という考えに基づきます。

(2)連帯保証

判例は,債権者にとって商行為性があれば保証は連帯保証となるとしていますが,基本方針は保証人にとって商行為であるときに連帯保証となる,としています。

(3)根保証

現行法は貸金等の債務に限り,根保証をするにあたって極度額の定めを求めていますが,基本方針は,貸金債務に限らず,全ての債務について個人が根保証をする場合には,極度額の定めを必要とします。もちろん,保証人の保護を目的とするものです。

第3 契約各論

1 売買

担保責任を債務不履行の一種としています。したがって,担保責任による解除や損害賠償は,債務不履行による解除,損害賠償と同じ要件で認められます。つまり,重大な不履行があれば解除,債務者が引き受けた事由により債務不履行が生じれば損害賠償が認められます。(債務不履行による解除,損害賠償の要件については第1回の記事をご参照下さい)

たとえば,他人物売買については,履行不能等になったときは,他人物であることにつき善意の買主も悪意の買主も重大な不履行があったとして解除でき,売主に支払っている部分があれば,売主が引き受けた事由により債務不履行になったとして損害賠償も認めらます。一部他人物売買や瑕疵担保についても同様です。一部他人物売買,制限物権付売買,瑕疵担保については,買主の代金減額請求も認めています。瑕疵担保の場合は売主に過分な費用を負担させるものでない限り代物請求や修補請求等の追完請求も認められます。この際,買主が瑕疵につき善意無過失でなくとも,後発的瑕疵でも瑕疵担保責任は生じます。

担保責任追及について短期の期間制限はあまり合理的理由がないと考え廃止しています。

瑕疵ある目的物が滅失した場合,契約の性質上可能な限り買主は瑕疵のない物を追完請求できますが,その際,買主は瑕疵ある物の価格を返還しなければなりません。瑕疵ある物を受領した買主は,瑕疵ある物を返還して瑕疵のない物を追完請求することが原則となります。瑕疵ある物が滅失した場合,瑕疵ある物を返還することはできないので,瑕疵ある物の価格を償還し,瑕疵のない物を追完請求します。買主は,追完請求権を放棄して瑕疵ある物の価格返還を免れることも可能です。

2 贈与

贈与契約の後,受贈者が贈与者を虐待したり,贈与者を扶養する義務があるのにその履行を拒絶したりした場合,贈与者が贈与契約を解除できることを定めました。贈与契約は親族間で,老後の世話を受けること等を理由に締結されることが多い契約です。つまりは,贈与契約は人的信頼に基づく契約といえ,その信頼が破壊されれば解除を認めるべきとの考えによります。贈与者が死亡した場合,相続人による解除も認めています。期間制限としては,解除権を行使し得る時から1年、贈与の履行から10年を定めています。当事者間の法律関係の早期安定のための規定です。

また,贈与者は目的物の保管について自己財産と同一の注意で足りることを定めました。無償契約なのに有償契約のような善管注意義務を課すのは酷だとの考えに基づきます。さらに,贈与契約解除による原状回復義務は現存利益に限られると定めました。これも贈与契約が無償契約であることから,解除にあたって贈与者から何らの返還も受けない受贈者の義務を軽減したものです。

死因贈与について,遺言と同じく公正証書または自筆証書による必要があることを定めました。当事者の意思明確化による紛争防止,安易な契約締結防止を狙いとしたものです。

3 賃貸借

不動産に限らず、全ての賃貸借について,事情変更による賃料増減額請求を認めることとしました。さらに,目的物の一部が利用できない場合,一時利用ができない場合賃料が発生しない旨を定めました。これらは,賃料が目的物利用の対価であるという考えを徹底するための規定です。

4 使用貸借

使用貸借契約を諾成契約としました。そのうえで,書面によらない使用貸借契約は,目的物の引き渡しまで,貸主からの解除を認めました。借主からの虐待や扶養義務履行の拒絶による解除も認めています。これらはいずれも,使用貸借契約を贈与契約と同じ無償契約と考え,贈与契約と同じように規定しようという考えによります。

費用償還の短期の期間制限は合理性がないという理由で削除しています。

5 消費貸借・ファイナンスリース契約

消費貸借契約を諾成契約とし,新たな典型契約として,ファイナンスリース契約を定めています。ファイナンスリース契約を新たな典型契約とした理由として,ファイナンスリース契約が現代取引において重要な役割を担っていること,ファイナンスリース契約が既存の典型契約に単純に解消されないことが挙げられています。

具体的な規定としては,リース提供者,供給者,利用者の役割について確認した規定,利用者が目的物受領後即座に瑕疵を確認する義務を定めた規定,リース提供者が修繕義務を負わないことを確認する規定,利用者による目的物の第三者利用にはリース提供者の承諾を要す旨の規定等が定められています。

第4 おわりに

一年を通じてお送りしてきた,債権法改正記事ですが,今回で終了となります。第1回を掲載した平成21年12月の段階では,法務省に法制審議会も立ちあがっていませんでしたが,現在(平成22年8月時点)では,法制審議会民法(債権関係)部会も回を重ね,これまでに12回の会議を開いています。

債権法の改正案が具体的な法案として出来あがるタイミングは未定ですが,少しずつ準備は進んでいます。今後も議論の行く末をみていきたいと思います。

シンジケートローンにおけるアレンジャーの参加金融機関に対する責任

弁護士 中島康平

【はじめに】

今回は,シンジケートローン組成段階におけるアレンジャーの参加金融機関に対する情報提供義務について判断を示した名古屋地裁平成22年3月26日判決・金判1340号18頁をご紹介します。

【事案の概要】

X₁ないしX₃(信用金庫あるいは地方銀行・以下併せて「Xら」といいます)は,Y(地方銀行)がアレンジャーとなって組成したAに対するシンジケートローン(以下「本件シンジケートローン」といいます)に参加し,Aに対する貸付けをそれぞれ行いましたが,貸付けの実行後,Aは,商品の主要仕入先であったBから取引を解除され,また,粉飾決算を理由として取引銀行から融資の継続を打ち切れるなどしてその経営が破綻し,平成20年3月28日,名古屋地方裁判所に対し民事再生手続開始の申立てを行ない,同年4月11日,民事再生手続開始決定を受けました。

これにより貸付金の回収が不可能となったXらは,Yが参加金融機関に対して参加の是非を判断するために適正に情報を提供すべき義務を負っていたにもかかわらず,その履行を怠ったために,Xらが貸付金の使途に係るAの説明が虚偽であったこと,貸付けの当時Aに粉飾決算の疑惑があったことなどを知らないまま本件シンジケートローンへの参加を決定し損害を被ったとして,Yに対し,債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を求めました。

【争点】

1 アレンジャーであるYが参加金融機関であるXらに対しどのような法的義務を負うか。2 Yに情報提供義務違反行為があったか。

【判旨】請求棄却〔控訴〕

争点1

本判決は,アレンジャーの位置付け及び借入人・貸付人との関係について,「アレンジャーは,シンジケートローンの組成段階において,借入人との間で主要な融資条件を協議した上,借入人からその融資条件に従ってシンジケートローンに参加する金融機関を勧誘することの授権を得て,金融機関に対する招聘を行う主体であるが,借入人との間で委任契約ないし準委任契約を締結しているものと解され…,招聘の相手方となる各金融機関との間に契約関係は存しない」ことを確認し,これを前提に,「Yは,そもそもシンジケートローンに参加する金融機関の利益の確保に努める主体ではない上,招聘を受けた金融機関であるXらは,自己の権限と責任において融資の可否を判断すべきものであり,融資の可否の判断に関しYに一方的に依存する関係にはないから,本件シンジケートローンにおいて,Xらが主張するような一般的・抽象的な信認義務をアレンジャーたるYに課すべき法的根拠はないというべきである」と判断して,信認義務違反ないしアレンジャーたる地位に基づく情報提供義務を否定しました。

アレンジャーの不法行為責任については,「シンジケートローンへの参加を検討する金融機関は,適正な情報に基づき参加の可否の意思決定をする法的利益を有するというべきであり,具体的事情の下でアレンジャーが故意・過失によりかかる法的利益を侵害したといえる場合には不法行為責任を負うことがあると考えられる」としてその可能性を肯定した上で,アレンジャーが特定の情報を提供しなかった「不作為が違法と評価されるには,アレンジャーが信義則上参加金融機関に対して当該情報を提供すべき義務を負い,これに違反したことが必要であるというべきところ,信義則の適用に当たっては,当該情報の内容,性質,アレンジャーが当該情報を入手した経緯等の諸般の事情に照らし,当該情報を提供しないことが取引通念上容認し得ないといえるか否かという観点から判断するのが相当である」との判断基準を示し,さらに,「特定の情報(とりわけ借入人の信用力を否定する情報(いわゆるネガティブ情報))を提供しないことが取引通念上容認し得ないというためには,少なくとも,①当該情報が,招聘を受けた金融機関の参加の可否の意思決定に影響を及ぼす重大な情報であり,かつ正確性・真実性のある情報であること,②アレンジャーにおいて,そのような性質の情報であることについて,特段の調査を要することなく容易に判断し得ることを要するというべきである」としました。

争点2

その上で,本判決は,XらがYの情報提供義務違反として主張するAの粉飾決算に関する情報提供を怠った行為と本件貸付金の使途を偽った行為について検討を加え,Xらの主張する情報が上記①・②の要件を満たさずYがXらに対し信義則上これらの情報を提供する義務を負っていたとはいえないなどとして,Xらの請求を棄却しました。

【検討】

シンジケートローンとは複数の金融機関が協調して同一の借入人に対して融資を行うための手法の一つであり,各参加金融機関が借入人との契約の直接の当事者となり,融資に係る権利義務も借入人と各参加金融機関との間で個別に発生するものとされています[i]。シンジケートローンの組成にあたって,借入人は融資条件の協議・交渉を経てアレンジャーにシンジケートローンの組成を依頼します。依頼を受けたアレンジャーは他の金融機関に対し融資条件や借入人の財務状態等を記載した書類(インフォメーション・メモランダム)を交付してシンジケートローンへの参加を招聘します。招聘を受けた金融機関は提供された情報を分析・検討し,シンジケートローンに参加するか否かを決定し,参加する場合はアレンジャーに対して参加表明を行ないます。そして,契約書に係る条件交渉を経てローン契約の締結に至ります。

本件はこのようなシンジケートローンの組成段階におけるアレンジャーの参加金融機関に対する情報提供が問題となったものです。

シンジケートローンの組成段階におけるアレンジャーの法的地位に関しては,アレンジャーは借入人から依頼を受けてシンジケートローンの組成を行う主体であって借入人との間の法律関係は委任もしくは準委任契約であるとされています。

アレンジャーの参加金融機関に対する情報提供義務[ii]については様々な議論がなされており,例えば,日本ローン債権市場協会(JSLA)が平成15年12月9日に公表した「ローン・シンジケーション取引における行為規範」や平成19年10月11日に公表した「ローン・シンジケーション取引に係る取引参加者の実務指針について」では, ローン・シンジケーションへの参加招聘時には借入人と参加金融機関の間には何らの権利義務関係が存在しておらずアレンジャーと参加金融機関の間においては明示的な契約関係は存在していないため,参加金融機関は追加的な情報の開示を要請することはできるが,この参加金融機関の要請に対し借入人がそれに応じる「義務」はなくアレンジャーが借入人に情報の開示を促す「義務」もないが,①(i)アレンジャーが知っていながら参加金融機関に伝達していない情報が存在し,(ⅱ)その情報が借入人より開示されない限り,参加金融機関が入手し得ないものであり,(ⅲ)参加金融機関のローン・シンジケーションへの参加の意思決定のために重大な情報である場合において,アレンジャーが借入人による情報開示を促すことなくローン・シンジケーションの組成を進めたときは,アレンジャーの行為は民法第709条の「不法行為」に該当し参加金融機関に対して損害賠償責任を負う可能性がある,②加えて,アレンジャーがインフォメーション・メモランダムに重大な虚偽記載があることを知りながら,それを告げずに参加金融機関に配布した場合にもアレンジャーは参加金融機関に対して損害賠償責任を負担する場合があり得るとの整理がされていました。

本判決は,このような状況で,裁判所として,アレンジャーの位置付けを明らかにし情報提供義務違反として不法行為が成立する基準を示したものであり,実務上参考になるものと考えます。なお,本件は控訴されており控訴審の判断が注目されます。

[i] 森下哲朗「シンジケートローンの法的問題と契約書」金法1591号6頁。

[ii] 多くの場合,アレンジャーは借入人のメインバンクであり,自らが組成するシンジケートローン取引以外にも多くの取引を借入人と行っていることから,アレンジャーと他の参加金融機関との間では借入人に関する情報量におのずと差があります(情報の非対称性)。このような事情に照らして,アレンジャーの参加金融機関に対する情報提供が肯定されるかが問題となります(御厨景子「シンジケートローンの基本的仕組みと法的問題点」銀法695号12頁)。