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False Claims Actの概要と近時の執行状況(2019年12月20日)

弁護士 田中 敦

1 はじめに
近年、アメリカ司法省によるFalse Claims Act(31 U.S.C.§§3729-3733, 以下「FCA」といいます。)に基づく取締りが注目されており、不正に連邦政府から金銭を受給した企業に対し高額の制裁金等が課せられる事案が増加しています。FCAでは、厳しい罰則に加えて、私人による告発に関する特殊な手続が設けられています。本稿では、FCAの概要を述べた上で、近時の執行状況をご紹介します。

2 False Claims Actの概要
(1) FCA とは
FCAは、連邦政府からの金銭の不正受給、納付すべき金銭の過少申告等の取締りを目的とする法律で、「不正請求防止法」や「虚偽請求取締法」などと和訳されます。FCAの歴史は古く、1863年に南北戦争時の北軍への納品業者による不正請求を阻止するために施行されました。1986年、2009年及び2010年の改正により、制裁金の高額化、懲罰賠償の導入、私人による告訴手続の拡張等が行われ、その適用範囲を拡大してきました。

(2) FCAの規制対象
FCAは、虚偽請求の提出やその承認(§3729(a)(1)(A))、虚偽記録の作成や使用(同(B))、それら行為の共謀(同(C))等の計7つの行為を「False Claims」と定義しています。それら定義で用いられる「knowingly」の解釈には、請求にかかる事実等が虚偽であることを実際に認識していた場合(§3729(b)(1)(A)(i))のみならず、情報の真実性を敢えて無視していた場合(deliberate ignorance)(同(ii))や、情報の真実性を全く意に介さず軽視していた場合(reckless disregard)(同(iii))を含みます。そのため、意図的な虚偽記載に限らず、重大な過失により誤った記載がなされた場合等もFCA違反となる可能性があります。
規制対象行為の例としては、医療関係者による公的医療保険制度(メディケア、メディケイド等)に基づく診療報酬の不正受給、防衛関連の政府納品業者による品質等の虚偽申告等が挙げられます。もっとも、それら以外にも教育、貿易、エネルギー、災害復旧の分野等、連邦政府からの金銭支出又は連邦政府への金銭納付を伴う広範な産業が取締りの対象となり得ます。

(3) FCA違反への罰則
FCAに違反した場合、条文上、最低5,000ドルから最高10,000ドルまでの制裁金が定められています。ただし、当該金額は、連邦民事制裁金調整法改正法(Federal Civil Penalties Inflation Adjustment Act Improvements Act)に基づくインフレに伴う調整を受けます(§3729(a)(1))。2018年1月29日以降に付課される制裁金額は、最低11,181ドル、最高22,363ドル ※1とされ、条文上の金額を大きく上回っています。
さらに注意すべき点は、制裁金に加えて、連邦政府が被った損害の3倍額の懲罰的賠償が定められていることです。この規定により、違反行為が長期にわたった場合等には非常に高額の支払いを命じられるおそれが生じます。
2019年5月7日、司法省は、FCA違反案件の捜査にあたり、制裁の軽減に向けて考慮される事項を明確化するガイドラインを公表しました ※2。その中では、不正行為に関する情報の自主的な開示、関与した個人の特定、商慣習や法律により求められる範囲を超えた文書の保存、収集及び開示等の協力行為が列挙されており、制裁金や懲罰賠償の金額の算定にあたり、それら協力の有無及び程度が考慮されるものと考えられます。

(4) 私人である告発者による訴訟提起
FCAの特徴的な手続上の規定として、連邦政府による調査や訴訟提起のみならず、私人である告発者(「relator」や「whistleblower」と呼ばれます。)に対しても、違反行為者を被告としてみずから民事訴訟を提起する権限を与えています(§3730(b)(1))。当該規定に基づき私人である告発者から提起された訴訟は、「Qui tam 訴訟」(Qui tam action)と呼ばれます。私人による告発は、違反企業の従業員、退職者、取引先等の不正行為に関する内部事情を知る者によることが多いですが、ときには競業他社による告発が行われることもあります。
FCAでは、Qui tam訴訟に関し、下記のとおり通常の訴訟とは異なる定めを設けています。
① 訴状の秘匿と連邦政府による先行調査
Qui tam訴訟では、訴状の写しと実質的に重要な証拠を記載した書面がまず連邦政府に送達されます。連邦政府が送達を受けた日から少なくとも60日間、裁判所による送達命令があるまで、それら書面は被告に対し秘匿されます(§3730(b)(2))。その期間内に、連邦政府は、訴訟に参加しみずから訴訟追行するか、訴訟に参加せず告発者に訴訟追行する権利を与えるかを決定します(同(4))。連邦政府は、裁判所におけるヒアリングの機会を原告に与えた上で、訴訟を却下するよう求めることもできます(§3730(c)(2)(A))。
訴状の秘匿に関するFCAの規定は、一次的には、後続する刑事手続捜査の可能性について違反者が前もって知ることを防ぐという連邦政府の利益保護を目的とします※3 。もっとも、告発者にとっても、当該規定により、訴訟提起により告発の事実を直ちに被告に知られることを避けるという一定のメリットがあるものと考えられます。
② 告発者への報奨金
連邦政府が訴訟を追行し、被告から金銭を回収した場合、訴訟を提起した告発者には、原則として回収額の15%から25%までの報奨金が与えられます(§3730(d)(1))。また、連邦政府ではなく告発者みずから訴訟を追行し、被告が連邦政府に対し金銭の支払いを命じられた場合、告発者には、被告が支払いを命じられた額の25%から30%までの報奨金と合理的な額の弁護士費用及び訴訟追行費用が支払われます(同(2))。
報奨金の規定は、私人による告発を促進する大きなインセンティブとなっており、このことは、後述のとおりFCA違反に基づく案件全体の大部分をQui tam訴訟が占めている事実に裏付けられています。
③ 違反企業による報復的措置への救済
FCAでは、違反企業が、正当な告発を行った従業員等に対し、告発の事実を理由として解雇等の不利益処分やハラスメント等を行った場合、従前の地位の回復、未払給与の2倍額の支払い、あらゆる特別損害の補償を含む救済措置を裁判所が命じることができると定めています(§3730(h))。

3 近時の執行状況
アメリカ司法省による統計 ※4では、2018年にFCA違反により訴訟や調査等が開始された新規案件867件のうち645件がQui tam訴訟とされ、全体のおよそ84%を占めています。2009年の改正以降、従来は年間300?400件程度であったQui tam訴訟が増加し、2011年以降は8年続けて年間600件以上のQui tam訴訟が提起されています。これに伴い、全体の新規案件数も2009年以前に比べて年間100?200件程度増加しています。制裁金等により連邦政府が違反企業から回収した金額も同様に、2009年以降大きく増加しており、2010年以降8年続けて年間30億ドルを上回っています。2017年以降は新規案件数、回収金額ともにわずかずつ減少しているものの、現在のところ、大統領選挙による政権交代と執行状況には顕著な相関関係を見出すことはできません。
産業分野としては、保健福祉省が管轄する医療・医薬品等の分野での案件数が、2010年以降年間400?500件に上っており、ここ数年は全体の3分の2程度を占めています。
近時の東アジアの企業への執行として、2018年3月、日本の繊維製造業者が、防弾ベストに使用された繊維の欠陥を開示しなかったとして提起された訴訟において、連邦政府に対する6600万ドルの支払いに合意しました※5 。また、同年11月及び2019年3月、韓国の燃料供給事業者5社が関与した不正入札事件の訴訟においても、反トラスト法違反の賠償金と合わせて1社あたり最大で約9000万ドルを支払うことに合意しました※6-7 。これらの訴訟は、いずれも告発者により提起されたQui tam訴訟とされています。

4 おわりに
FCAは、報奨金というインセンティブによって、私人による告発を端緒とした違反行為の摘発を企図しており、近時の執行状況からすれば、そのような試みは現在のところ功を奏していると評価できます。今後、様々な形で連邦政府の関与する事業に携わる企業としては、退職者や競業他社による正当な告発を止めることはできないことに鑑み、違反行為の発生を未然に防止するための社内体制の構築になお一層注力することが求められます。

 

 

※1 https://www.govinfo.gov/content/pkg/CFR-2018-title28-vol2/xml/CFR-2018-title28-vol2-sec85-5.xml (2019年11月13日現在、脚注にて以下同じ。)

※2 https://www.justice.gov/jm/jm-4-4000-commercial-litigation#4-4.112

※3 State Farm Fire & Cas. Co. v. United States ex rel. Rigsby, 137 S. Ct. 436

※4 https://www.justice.gov/civil/page/file/1080696/download?utm_medium=email&utm_source=govdelivery

※5 https://www.justice.gov/opa/pr/japanese-fiber-manufacturer-pay-66-million-alleged-false-claims-related-defective-bullet

※6 https://www.justice.gov/opa/pr/three-south-korean-companies-agree-plead-guilty-and-enter-civil-settlements-rigging-bids

※7 https://www.justice.gov/opa/pr/more-charges-announced-ongoing-investigation-bid-rigging-and-fraud-targeting-defense

 

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