HOME>Legal Essays>特許法102条2項及び3項の損害額の算定方法に関する知財高裁大合議判決について(2019年8月28日)

特許法102条2項及び3項の損害額の算定方法に関する知財高裁大合議判決について(2019年8月28日)

弁護士 倉本 武任

 

1.はじめに

知的財産権に関して、侵害を主張する被侵害者は、損害賠償請求権の根拠となる事実の主張・立証責任を負い、侵害があると主張する被侵害者が、自己の損害を立証しなければなりません。しかし、知的財産権侵害の場合は、損害額の証明が事実上困難であることから、損害額の推定およびみなし規定が設けられています(特許法102条、商標法38条、不正競争防止法5条等)。

令和元年5月10日に成立した改正特許法[1]は、侵害した者が不当に得をしないように、損害賠償額算定方法の見直しを行っており、知的財産権の侵害に対しては、より権利者の保護を拡充しようとしています。そのような中で、令和元年6月7日に特許法102条2項及び3項[2]の損害額の算定方法に関する判断基準を具体的に示した知財高裁大合議判決が出されました。本稿では、同判決が示した判断、同判決の内容について検討します。

 

2.事案の概要について

名称を「二酸化炭素含有粘性組成物」とする発明に係る2件の特許権を有する化粧品メーカーである被控訴人(原審原告)が、控訴人ら(原審被告ら)が製造、販売する炭酸パック化粧料(原審被告ら各製品)は上記各特許権に係る発明の技術的範囲に属する等主張して、特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めた事案です。

 

3.本判決における主要な争点

本判決における争点のうち、損害論における主要な争点は、

①特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額、推定覆滅事由

②特許法102条3項所定の受けるべき金銭の額

です。

 

4.本判決の判断について

(1)侵害者の利益及び推定覆滅事由(争点①)について

ア 侵害行為により侵害者が受けた利益の額

本判決は、特許法102条2項所定の「侵害者が受けた利益の額」とは、具体的には、侵害者の侵害品の売上高から侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり、その主張立証責任は特許権者側にあるとし、控除すべき経費について、侵害品についての原材料費、仕入費用、運送費等は、侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費に当たるが、管理部門の人件費や交通・通信費等は、通常、侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費に当たらないことを示しました[3]

 

イ 推定覆滅事由について

本判決は、特許法102条2項における推定覆滅事由について、同条1項但書きの事情と同様に、侵害者が主張立証責任を負い、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれにあたるとして、具体的には、①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情を挙げ、これらの事情については、特許法102条1項但書きの事情と同様、同条2項についても推定覆滅の事情として考慮することができることを示しました。

 

(2)ロイヤルティについて(争点②)

本判決は、特許法102条3項は、特許権侵害の際に、特許権者が請求し得る最低限度の損害額を法定した規定であるとし、平成10年の特許法改正により、同項の「その特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額」との定めから、「通常」の部分が削除された経緯を理由としてあげたうえ、特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき、実施に対し受けるべき料率は、むしろ、通常の実施料率に比べて自ずと高額になるであろうことを考慮すべきであるとしています。そして、実施に対し受けるべき料率は、①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ、②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性、代替可能性、③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきとし、具体的な考慮要素を示しました。

 

(3)結論

本判決は、結論として原判決(大阪地方裁判所平成27年(ワ)第4292号)の判断に誤りはなく、控訴人ら(被告ら)の控訴は理由がないため、いずれも棄却すべきと判断しています。

 

5.本判決に対する検討

本判決の内容は、従前、実務書等にも紹介されている見解を具体的に説明しているだけという点では、実務家からは面白みのないものとも考えられているようです。しかしながら、冒頭で触れたように特許法改正により損害額算定規定の見直しが図られ、より権利者の保護を拡充しようというタイミングで、あえて、損害賠償額について丁寧な解説をする判決を出したという点については、裁判所としてプロパテントの立場を宣明し、今後、知的財産権一般の損害賠償額の判断にあたって、権利者保護を重視する姿勢を示したものと評価できます。

特許に限らず、知的財産権一般の侵害訴訟において、損害論の審理に入った段階で、原告側は、損害額の算定方法に関する規定の適用を主張しますが、その適用や要件についてさらに主張・立証を尽くす必要があります。また、被告側が売上額等を誠実に提出するとは限らず、侵害論で侵害が認められているにもかかわらず、結論として認定される損害賠償額が低いという話もあります。このように知的財産権の侵害に対して裁判を起こしても、賠償額が低ければ、権利者は訴えを躊躇し,ひいては知的財産権自体の価値の低下を招きかねません。

先の特許法改正にあたっては、懲罰的損害賠償制度の導入という話もあったようですが、填補賠償という不法行為の損害賠償制度の基本原則と相容れないとして、導入は見送られているようです。しかし、お隣の国、韓国では、本年7月9日から他人の特許権・営業秘密を故意に侵害した場合、損害額の最大3倍までの損害賠償を認める懲罰的損害賠償制度が施行されています。韓国では、従前、損害賠償額が大きくなかったため侵害が予想されても、まず侵害から利益を得て、事後に補償すればよいという認識が多いというまさに侵害し得な状況であったことが導入の理由です。

日本では立法として、まだまだ、権利者の保護が十分とはいえません。これまでは、十分に整備がされていない立法の下で、裁判所が裁量により損害額を認定するという場面が多く、裁判所としても、損害額の認定にあたって慎重にならざるを得ないところはあったのではないかと思われます。したがって、本判決も、丁寧な説示をしたに留めざるを得ず、今後、裁判所が実際の金額として、権利者の利益の救済を図るには、やはりよって立つ法律が十分に整備されるべきであると考えます。

以上

[1] 改正特許法では①侵害者が得た利益のうち、特許権者の生産能力等を超えるとして賠償が否定されていた部分について侵害者にライセンスをしたとみなして、損害賠償を請求できること、②ライセンス料相当額による損害賠償額の算定に当たり、特許権侵害があったことを前提として交渉した場合に決まるであろう額を考慮できることが明記されます。

[2] 特許法102条2項は、侵害者が侵害行為により利益を受けている場合に侵害者の利益を損害額と推定する規定、特許法102条3項は、特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害額として賠償請求できる旨を定めた規定です。

[3] 特許法102条2項の侵害者の利益については純利益、粗利益を指すのかについて議論があり、近年では、利益とはいわゆる限界利益を意味し、人件費や減価償却費のような販売管理費のうち、売上増減と無関係に必要とされる費用は、控除対象費目には含まれないと考えられており、本判決は同見解に沿った判断です。

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