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労働契約法改正に伴う有期労働契約の取扱(2013年5月31日)

労働契約法改正に伴う有期労働契約の取扱

弁護士 西村真由美

1 法改正の経緯

平成24年8月10日,有期労働契約に関する新たなルールの制定を内容とする改正労働契約法が公布されました。有期労働契約は,社会の変化に応じた多様な働き方を選択できるものとして広く利用されていますが,正規雇用の労働者と比べ,雇用の不安定さ,賃金,能力開発の点において格差があるとしてこれまで問題となっていました。特に,リーマンショックに端を発した経済危機の後,雇用情勢が急速に悪化し,「派遣切り」とともに「雇止め」が大きな社会問題として注目されています。このような流れを受け,有期契約労働者の保護を目的とした法改正がなされ,平成25年4月1日より施行されています[1]。

2 法改正の概要

本改正では,有期労働契約の適正な利用のために,主に以下の3点が整備されました。第1に有期労働契約から無期労働契約への転換(法18条),第2に「雇止め法理」の法定化(法19条),第3に不合理な労働条件の禁止(法20条)です。

(1)有期労働契約から無期労働契約への転換

有期労働契約から無期労働契約への転換制度は,本改正の目玉とされるものであり,改正法施行後に締結された有期労働契約が繰り返し更新されて通算5年を超えたとき[2]は,労働者の申込みにより,期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できるという制度です。この制度により無期労働契約に転換した労働者には,別段の定めがない限り,契約期間を除いて従前と同じ労働条件が適用されることとなります。もっとも,労働協約,就業規則及び労使間の個別の合意において「別段の定め」を設けることにより,契約期間以外の労働条件について変更することは妨げられません。

(2)「雇止め法理」の明文化

有期労働契約に関し,最高裁判例[3]で確立している雇止めに関する判例法理が明文化されました。雇止め法理とは,当該有期労働契約が,有期労働契約の反復更新により無期労働契約と実質的に異ならない状態にある場合,または雇用の継続に対する労働者の合理的な期待がある場合には,解雇権濫用法理(法16条)が類推適用され,雇止めが客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないときは,従前の有期労働契約が更新されたとみなす,というものです。改正法では,これに「期間満了日までに労働者が有期労働契約の更新の申込みをした場合」または「期間満了後遅滞なく有期労働契約締結の申込みをした場合」という要件が加えられています。

(3)不合理な労働条件の禁止

有期契約労働者の労働条件が,期間の定めがあることにより無期契約労働者の労働条件と相違する場合,その相違は,職務の内容や配置の変更の範囲等を考慮して,不合理と認められるものであってはならないとされます。これに関しては,具体的にどのような場合に労働条件が不合理であると認められるかは個別具体的事情により様々であり,今後の裁判例の蓄積が待たれるところです。

3 企業にとっての注意点

以上の改正に伴い,企業としては以下の点に注意する必要があります。

(1)就業規則の整備

前述のとおり,無期労働契約転換後の労働者については,別段の定めがない限り,契約期間を除いて従前と同じ労働条件が適用されることとなります。したがって,無期転換申込権を行使した労働者は,直ちに正規雇用の労働者と同一の取扱いを受けるわけではありません。

もっとも,法12条は,「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,その部分については,無効とする。この場合において,無効となった部分は,就業規則で定める基準による。」として,就業規則の最低基準効を定めており,無期転換後の労働者の労働条件が正規雇用の労働者の就業規則の基準を下回る場合に,就業規則上の基準が適用されてしまう余地があります。

そこで,企業としては,正規雇用労働者向けの就業規則のみならず,法18条における「別段の定め」として,無期転換後の労働者に適用される就業規則等を今後新たに整備する必要が出てくると考えられます。

(2)無期転換申込権の放棄

本制度はあくまで労働者から使用者に対する申し込みが要件となっており,労働者としては,無期転換申込権を自らの自由意思に基づき放棄することは当然可能です。しかしながら,有期労働契約者には,そもそも雇止めの不安があり,正当な権利行使を控えてしまいがちであることから,無期転換申込権の放棄についても,それが自由な意思表示に基づくものであると認めるに足る合理的理由が客観的に存在する必要があると考えられます。したがって,企業としては,労働者による無期転換申込権の放棄が自由な意思表示に基づくものでなかったと主張されぬよう,書面による十分な説明と熟慮期間を与えるといった措置をとることが後の紛争を防止するために肝要です。

(3)今後の運用

現在,常用労働者に占める有期契約労働者の割合は約22.5%であり[4],非正規労働者の人数は,今年1月からの2カ月間で約65万人増加しています[5]。また,安倍政権下で進められている雇用制度改革においては,今回紹介した法改正とは逆の方向,すなわち労働市場の流動化,解雇規制の緩和や,職務や勤務地を絞った限定正社員制度の普及等が提唱されており,今後,雇用の構造が大きく変わる可能性が高まりつつあります。このような社会変化に伴い,これまで問題とならなかった新たな労使間紛争が生じてくることも考えられます。

改正労働契約法の解釈においては,未だ未確定な部分も存在するため,企業としては,今後の具体的な紛争の蓄積とそれに対する裁判所の判断を注視していかねばなりません。それとともに,多様化する雇用形態の選択肢の一つとして,今後の有期労働契約者の活用を考えた運用の在り方を検討する必要があります。

[1] 本改正のうち,法19条(有期労働契約の更新等)については,従来の雇止めに関する判例法理を明文化したものであり,実質的変更が加えられているわけではないので,改正法の公布日である平成24年8月10日から施行されています。

[2] 5年の通算契約期間を算定する際,原則として前の有期労働契約との間に6カ月以上の無契約期間(クーリング期間)がある場合には,その前の契約期間は通算されません。

[3] 法19条1号に対応する判例として,東芝柳町工場事件(最判昭和49年7月22日民集28巻5号927頁),同条2号に対応する判例として,日立メディコ事件(最判昭和61年12月4日判時1221号134頁)。

[4] 厚生労働省「有期労働契約に関する実態調査」

[5] 総務省統計局「労働力調査」

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