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企業と人権-現代奴隷法の持つ意味(2019年2月28日)

企業と人権-現代奴隷法の持つ意味

弁護士 苗村 博子

 

1.現代の奴隷

私が小学生だった半世紀前頃、時々買ってもらえるととても嬉しかったのが、世界子供文学全集(名前がはっきりしません)で、その中のアメリカ編、ストウ夫人著の『アンクルトムの小屋』は、何度も読み返しました。物のように売り買いされ、綿花採取などの過酷な労働を強いられるといった待遇があらわになり、後の南北戦争の契機になったとの逸話まで、リンカーン大統領の言葉とともに著者の名前まで記憶に残る小説でした。

現代にも奴隷が?と思われるかもしれませんが、今も奴隷と呼ぶしかない過酷な労働環境で働いていたり、人身売買の対象となっている人たちは、4,000 万人を超えているとのことです※1。このような奴隷労働や人身売買に加担しないことを企業に約束させるとともに、対象となった企業だけでなく、そのサプライヤーについてもそのような酷い労働をさせていないかチェックさせる必要があるとして、OECD(経済協力開発機構)でも協議され、世界中で企業に人権の保護を求める法律が施行されています。そのいくつかをご紹介いたしましょう。

 

2.英国の現代奴隷法

(Modern Slavery Act 2015)

英国で事業を行っていて、一年の売上高がその子会社分も含め、世界で36百万ポンド(約50 億円)を超える企業は、自ら及びそのサプライチェーンにある企業において、現代の奴隷行為や人身売買が行われないよう必要な措置をとったこと(取っていなければいないこと)を報告しなければなりません。この報告書には、①その組織・事業内容・サプライチェーン、②奴隷行為や人身売買に対抗するポリシー、③自らの事業やサプライチェーンにおいてこれらが行われていないかについてのデューディリジェンスの方法、④自らの事業やサプライチェーンにおいてこれらが行われるリスクとそれに対して取った対処方法、⑤取った措置が適当であると考える理由、⑥従業員等に対して行っている研修について述べなければならないと内務省のガイドラインは説明しています※2。そして企業が会社組織であれば、この報告書に対し取締役会における承認と取締役の署名が必要とされ、企業が、ウェブサイトを持っていればこの陳述書を公表しなければならないとされています。また、奴隷行為や人身売買が外国で行われていることが疑われた場合の対処法もガイドラインは示していて、場合によっては、その地域の政府や法執行機関にまず駆け込むのではなく、NGO や産業界、貿易機関等、救済策を考えてくれる組織に相談するのがよいとしています。

この法律は、Bribery Act のように巨額の罰金を科すとして強制的に対応させるのではなく、報告書に取締役に署名させ、公表させることにより、もしこの公表内容と内実が異なっていて、奴隷労働が行われていたような場合には、その会社の評判が下がることについて、一定の民事的な責任が取締役に課されうるという間接的な強制方法をとっている点です。罰金のような直接効果はなくても、署名させられる取締役にとっては大きなプレッシャーになります。

 

3.フランス自主調査法

(Law on the Duty of Vigilance)

この法律は、2017 年2 月に成立しました。フランス国内に5,000 人以上の従業員を有するか世界で1 万人以上の従業員を有するフランス会社法による会社が親会社となっている企業グループが対象です。フランスに本拠を置いていたり、フランス子会社およびその子会社が1 万人の従業員を擁している日本の会社は多くはないと思われますが、この法律は、英国の現代奴隷法と似た開示義務を課しています。対象となる企業は、自らの事業、サプライチェーンにおいて、人権侵害、自由の侵害等に関し、リスクマッピング、問題行為発見時の対策、リスクを減少させるための措置、監視システムが効果的な方法で実施されるよう計画を策定して、これを実施するとともに、その施策を開示する義務を負うことになります。

英国とは違って、これらの施策の有効的な実施のため、この法律は、裁判官による実施命令と、実施されなかった場合に損害を被った者による賠償請求を認めています※3

 

4.カリフォルニア、サプライチェーンの可視化法

(The California Transparency inSupply Chains Act 2010)※4

カリフォルニアは、奴隷行為や人身売買に対して、企業が関与しないようにといち早く法制化した州といえるでしょう。その方法論は、英国やフランスにも影響を及ぼしたものと思われます。

カリフォルニアで事業を行っている、(納税申告書に)小売業または製造業として届けている会社で、年間売上が世界全体で1 億ドルを超える会社には、自らのウェブサイトに①製品のサプライチェーンにおいて人身売買や奴隷行為が有るかの評価とリスクについて述べること、②サプライヤーが、自社のスタンダードに準拠してこれらの行為を行わないようにしているかの監視を行っていること、③自社に直接納入しているサプライヤーに対して、サプライヤーが事業を行っている各国において、人身売買や奴隷行為に関する法を遵守して、原材料を製造していることについての証明を求めていること、④従業員や契約相手が間違ってこれらの行為を行わないように内部の説明準則を維持すること、⑤購買に直接責任のある従業員や経営陣に対し、サプライチェーンでかような行為が起こるリスクを軽減するための研修を行っていることについて、掲載しなければなりません。これらに従っていない場合には、司法長官が差止命令(injunctive relief) を求めて会社に対し、提訴することができます。

 

5.オーストラリア 現代奴隷法

オーストラリアでは、本年から英国と同様の現代奴隷法が施行されました。年間売上が1 億豪ドル以上のオーストラリア法人及びオーストラリアで事業を行っている法人が内務大臣への年次の報告書を提出し、内務大臣がこれを無償でインターネット上で公開するとの事です※5

 

6.日本

外国人実習生の過酷な実態など現在の日本にも奴隷労働というべき労働環境があると言われているにも関わらず、かような法制を求める声も残念ながら聞こえてこないのが現状です。働き方改革、ブラック企業などというだけで、奴隷労働を防ぐ手立てとしての、企業の監視という発想がないように思います。世界で事業を展開する日本企業は、まず海外の法制で、この問題の重要性に気付かされることになりますが、日本においても、問題があることをしっかり受け止める必要があるように思います。

 

※ 1: 原田久義国会図書館 調査及び立法考査局調査室主任調査員著「【オーストラリア】2018 年現代奴隷法」

※ 2: 法律自体は“may include” としていますが、2017 年の改訂されたガイドライン「Transpalancy in SupplyChain, practical guide」は、”should include”として、陳述書に①~⑥の記載が必要としています。https://www.gov.uk/government/publications/transparency-in-supply-chains-a-practical-guide

※3: 以上、SherpaというNGOによるガイドライン(VigilancePlance Rreference Guidance)

※ 4: サプライチェーンの人権問題に対処する連邦法であるNamrun Quarterly 21 号でご紹介した米国DoddFrank 法による紛争鉱物規則自体は,議会が廃止の決定をしたようです。

※5: 前掲※1 に同じ

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