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上場会社株式買取請求の「公正な価格」-楽天対TBS事件-(2011年8月26日)

上場会社株式買取請求の「公正な価格」-楽天対TBS事件-

弁護士 田中 敦

【はじめに】

2005年に楽天によるTBS株式の大量取得が世間を騒がせてから,早6年が経過しました。両社の経営統合が実現することはありませんでしたが,2009年のTBSの持株会社化にあたり,楽天がTBSに対し株式買取請求権を行使し,その買取価格を巡る争いが続いていました。今年4月,最高裁が楽天側の抗告を棄却する決定をしたことにより両社の争いは一応の決着をみました。今回は,この事件をもとに,裁判所がどのように株式買取価格について判断したのかを見ていきたいと思います。

【TBS株式の買取請求に至った経過】

平成17年10月,楽天株式会社(以下「楽天」といいます。)が,株式会社東京放送(現在の株式会社東京放送ホールディングス,以下「TBS」といいます。)の全発行済株式のうち15.46パーセントを取得したとの事実を発表しました。同年11月に締結された覚書に基づき楽天が経営統合の提案を一旦取り下げたことにより,両社は敵対的関係から一応和解しましたが,その後も楽天がTBSの筆頭株主である状態が続いていました。

平成20年12月,TBSにて臨時株主総会が開かれ,テレビ放送免許を株式会社TBSテレビに引き継いだ上,TBSを認定放送持株会社[1]へ移行する吸収分割を行うことが決議されました。平成21年3月末,楽天は,TBSに対し,この決議に反対して,保有する全ての株式(以下「本件株式」といいます。)の買取りを請求しました。楽天がTBSの持株会社化に反対した理由については,放送法の規定上,認定放送持株会社は特定の株主が総議決権の3分の1以上を有することができないため(放送法52条の35),楽天がTBSの経営権を完全に掌握する途が断たれたためといわれています。

その後,買取価格について協議が整わなかったことから,楽天とTBSは,会社法786条2項に基づき東京地裁へ買取価格の決定を申し立てました。東京地裁は,本件株式の買取価格を1株につき1294円と決定しました。楽天がこの決定を不服として即時抗告を申し立てましたが,東京高裁は楽天による抗告を棄却する決定をしました。楽天はこの高裁決定に対しさらに最高裁へ許可抗告を申し立てましたが,最高裁でも楽天の抗告を棄却する決定がされました。

結果,本件株式(株式数3777万0700株)の平均取得価格が約3100円でしたので,楽天は,約650億円もの損失を被ることとなりました。

【検討】

1 株式の買取価格の決定にあたっての問題点

⑴ 「公正な価格」の意義

会社法785条1項では,反対株主は会社に対し自己の有する株式を「公正な価格」で買い取ることを請求できるとされています。そして,上場会社の株式については,市場価格を基礎として「公正な価格」を算定することとなります。

本件のような組織再編行為が行われた場合の「公正な価格」については,一般に,組織再編行為により企業価値が増加する場合には,シナジーを反映した価格を基礎とし,逆に企業価値を毀損する場合には,組織再編行為の決議がなければ有していたであろう価格(「ナカリセバ価格」)を基礎として算定すべきであるといわれ,本件の各決定を含む多くの裁判例がこの見解を採用しています。これについては,株式買取請求権が,組織再編により企業価値が毀損されたり,組織再編により生じるシナジーが適切に分配されないといった場合に,これに反対する株主の利益を保護するための制度であることが根拠とされます。

⑵ 公正な価格を定める基準日

前述のとおり,上場会社株式であれば買取価格は市場価格を基礎として算定されますが,その基準日については,学説上様々な見解があります。①組織再編行為の承認決議日とする見解,②反対株式の買取請求権行使日とする見解,③買取請求期間の満了時とする見解,④吸収分割の効力発生時とする見解,⑤公平の観点から裁判所が裁量的に基準日を定めることができるとする見解等が存在し,裁判例でも採用する見解が分かれています。後述のとおり,本件では,地裁,高裁,最高裁が,基準日をいつとみるべきかについてそれぞれ異なる判断をしています。

⑶ 買取価格の算定方法

基準日の市場価格をもとに買取価格をどのように算定するかについても,裁判例により,特段の事情がない限り基準日における市場価格(終値)をもって買取価格とする見解と,基準日から近接した一定期間の株価の終値による出来高加重平均値をもって算定した価格を買取価格とする見解に分かれています。

2 東京地裁による判断内容

東京地裁は,本件株式の買取価格を1株につき1294円と決定しました(東京地裁平成22年3月5日決定・金判1339号44頁)。

地裁決定では,まず,本件の吸収分割による企業価値の変動の有無につき,本件のような100パーセント子会社に資産移転する類型の吸収分割は,それ自体で企業価値の毀損はなく,また,シナジーを生じることもないとしました(高裁,最高裁も同旨)。

次に,買取価格決定の基準日について,楽天は①吸収分割の承認決議日(平成20年12月16日),TBSは②株式買取請求権の行使日(平成21年3月31日)を基準日とすべきと主張しましたが,東京地裁は,いずれとも異なる④吸収分割の効力発生日(平成21年4月1日)を基準日としました。

そして,買取価格の算定方法については,基準日の市場株価を補正する趣旨で,近接した1か月の株価の終値による出来高加重平均値をもって算定した価格が「公正な価格」であると解しつつ,本件ではTBSが当該算定方法により算定した額(1255円)を上回る額(1294円)を提示していたという当事者間の協議の経緯に鑑み,TBSの提示額をもって買取価格としました。

3 東京高裁による判断内容

東京高裁は,楽天の抗告を棄却し,原決定の結論を維持しましたが(東京高裁平成22年7月7日決定・判時2087号3頁),その理由は原決定と異なります。

買取価格の基準日について,東京高裁は,①吸収分割の承認決議日を基準日とすると株主に買取請求権の行使にあたり投機の機会を与えることとなるため相当ではないとし,また,原審の採用した④吸収分割の効力発生日を基準日とすることは合併と吸収分割の場合で基準日(組織変更の効力発生日)が異なることにつき合理的な根拠が見当たらないとして,③買取請求期間の満了日(平成21年3月31日)をもって基準日としました。

また,買取価格の算定方法について,高裁は,原決定の採用した算定方法も一般論としてはあり得る考え方であるとの前置きをした上で,株価操作を目的とする不正な手段を用いた取引がされた等通常の形態の取引以外の要因によって市場価格が影響され,それが企業の客観的価値を反映しないなどの特段の事由がなければ,基準日における株式の市場価格が「公正な価格」であるとし,本件では基準日の市場価格であった1294円を買取価格としました。

4 最高裁による判断内容

最高裁は,地裁,高裁の結論を維持しつつ,買取価格決定の基準日について,地裁,高裁と異なった判断を下しています(最高裁平成23年4月19日決定・金判1366号9頁)。

最高裁は,②反対株主の買取請求権行使日(平成21年3月31日)を基準日としました(ただし,高裁の採用した基準日と同日のため結論においては同じ。)。その理由として,反対株主が株式買取請求権を行使すれば,法律上当然に反対株主と会社との間で売買契約が成立したのと同様の法律関係が生じ,会社にはその株式を「公正な価格」で買い取る義務が生じるため(最高裁昭和48年3月1日決定・民集27巻2号161頁),そのような法律関係が生じた時点を基準とすることが合理的であること,反対株主は会社の承諾を得なければ株式買取請求を撤回することができないにもかかわらず,買取請求をした日より後の日を基準とすると,買取請求後に生じる市場の価格変動による株価変動のリスクを負担させることとなり相当でないことが挙げられています。

また,買取価格の算定方法について,最高裁は,基準日における市場価格をもとにどのように買取価格を算定するかは,裁判所の合理的な裁量に委ねられるとしました。

【終わりに】

最高裁は,「公正な価格」の決定は基本的には裁判所の裁量に委ねられるとしています。これは,前記昭和48年最高裁決定の立場を踏襲したものであり,株式の価格については様々な事象に影響されることや,買取価格決定の申立てが非訟事件に属することが理由と考えられます。しかしながら,本件の最高裁決定により買取価格の基準日については一定の基準が示されたものの,買取価格の算定が裁判所の自由裁量に委ねられるとする以上,本決定により客観的に明確な買取価格の決定方法が確立されたとはいえません。反対株主による株式買取請求にあたり,その買取価格を予測することはいまだ困難であるといわざるを得ず,今後の実務にあたり課題が残るものと思われます。
[1] 放送免許を有する放送局を傘下に持つ純粋持株会社をいい,2007年放送法改正による放送持株会社の解禁により認められることとなりました。その設立のためには総務大臣の認定を受けることが必要とされています(放送法52条の29)。

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