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マンション不在組合員への協力金負担を定める規約変更の有効性 (2010年5月24日)

マンション不在組合員への協力金負担を定める規約変更の有効性

弁護士 田中 敦

【はじめに】
今年1 月、マンションに居住していない区分所有者のみに対し、マンション管理組合運営のための協力金の支払いを求めることができるかが争われた訴訟の上告審判決が下されました。今回は、上記のような協力金の負担を定める組合規約変更が有効であると判断した最高裁平成22 年1 月26 日第三小法廷判決(裁判集民233 号登載予定)をご紹介します。 現在、分譲から年月が経過し、非居住区分所有者が増加したことにより、多くのマンションや団地の管理組合が、組合活動の担い手不足や資金不足といった問題を抱えています。本判決を受け、そのような管理組合が、本件と同様の協力金の徴収に踏み切るかもしれません。本判決は、非居住区分所有者への協力金の設定の仕方につき、どのような事情を考慮すべきかを示した判例として、今後の実務の参考となるものと思われます。

【事案の概要と争点】
1 事案の概要
X は、昭和46 年ころに分譲されたマンション4 棟(総戸数868 戸)からなる団地(以下、「本件マンション」といいます。)の管理組合です。本件マンションの区分所有者は、その全員がX に加入することとされていました。 本件マンションの分譲から年月が経つにつれ、次第に区分所有者から第三者に賃貸される部屋が増加し、平成16 年には、総戸数のおよそ2 割にあたる約170 戸が、みずからが部屋に居住しない区分所有者(以下、当該区分所有者を「不在組合員」といい、その余の区分所有者を「居住組合員」といいます。)の所有となっていました。ここで、X の組合規約では不在組合員はX の役員に就くことができないとされていたため、本件マンション居住者の高齢化と相まって、一部の居住組合員しかXの役員として組合運営に貢献していないという状況が生じました。 それを受け、X において、平成16 年と平成19 年の二度の総会決議を経て、組合運営にかかる負担の一端を担ってもらうとの趣旨で、不在組合員は通常の組合費に加えて月額2,500 円の「住民活動協力金」を負担すべきものとする旨、規約の変更がなされました(以下、平成16 年と平成19年の総会決議による組合規約の変更を「本件規約変更」といいます)。 X は、変更後の規約に基づき不在組合員に協力金の支払いを求めましたが、一部の不在組合員はその支払いを拒否しました。そこで、X は、それら不在組合員に対し、協力金の支払いを求める訴訟を提起しました。本件はその訴訟の一つであり、Y らは、協力金の支払いを拒んだ不在組合員のうち一人の相続人です。
2 争点
建物の区分所有等に関する法律(以下、単に「法」といいます)31 条1 項後段では、マンション管理組合による組合規約の変更につき、当該規約変更が「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきときは、その承諾を得なければならない」こととされています。Y らは、不在組合員に対し協力金の負担を強いる本件規約変更が、「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきとき」に該当し、不在組合員の承諾がない以上無効であると主張しました。 訴訟では、本件規約変更が「特別の影響を及ぼすべきとき」に該当するか否かが争点となり、第1 審はこれを否定して本件規約変更を有効と判断しました。これに対し、原審は、協力金を不在組合員に負担させる合理的な根拠は認められず、「特別の影響を及ぼすべきとき」に該当するとして、本件規約変更を無効と判断しました。

【判旨】
最高裁は、原審の判決を破棄、自判し、本件規約変更は有効であると判断しました。 本判決は、まず、法31 条1 項後段の「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきとき」とは、「規約の設定、変更等の必要性及び合理性とこれによって一部の団地所有者が受ける不利益とを比較衡量し、当該団地建物所有関係の実態に照らして、その不利益が一部の団地所有者の受忍すべき限度を超えると認められる場合をいう」と判示しました。 その上で、本件においては、本件規約変更の必要性と合理性を否定する事情として、居住組合員の中にも組合活動に消極的な者や高齢のため組合活動に参加することが事実上困難な者もいること、X の役員に対し報酬や必要経費の支払いが可能であることといった事情が存在することを認めました。しかし、そのような事情を考慮したとしても、①本件マンションの保守管理のためには組合員による組合活動への協力が不可欠であるところ、不在組合員は日常的に組合活動への協力をしていないこと、②不在組合員の戸数が全868戸中約170 戸ないし180 戸に上っていること、③不在組合員は、その専有部分を第三者に賃貸して賃料を得ており、組合活動により良好な住環境が維持されていることの利益のみを享受していること等の事情の下では、不在組合員と居住組合員との間の不公平がX の役員への報酬等の支払いにより全て補てんされるものではなく、不在組合員のみを対象として協力金を負担させることに必要性と合理性が認められるとしました。そして、④協力金の額は月額2,500 円であり、その他の組合費(1 万7,500 円)の約15%に過ぎないこと、⑤協力金の支払いを拒んでいるのは、不在組合員のうち5名に過ぎないことからすれば、本件規約変更による協力金の負担は、不在組合員において受忍すべき限度を超えるとまではいうことができないとしました。 よって、本判決は、結論として本件規約変更が「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきとき」には該当しないと判断しました。

【検討】
1 マンション管理組合による規約変更
マンションの管理組合による組合規約の変更につき、法31 条1 項前段では、「規約の設定、変更又は廃止は、区分所有者及び議決権の各4 分の3 以上の多数による集会の決議によってする」とし、原則として構成員の多数決によることを定めています。これに対し、同項後段は、多数決の意思によって少数者の権利が制限ないし否定されることを防ぐため、規約変更が少数者の権利に「特別の影響」を及ぼす場合、例外的に少数者による承諾を必要としています※①。 この法31 条1 項後段の趣旨は、規約の設定等により一般の区分所有者が受ける利益と、これによって影響を受ける一部の区分所有者の不利益との調和を図り、区分所有者間の利害を調整することといわれています※②。
2 「特別の影響」の意義
本判決に先立ち、組合規約の変更が「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきとき」に該当するか否かが問題とされた事案として、最高裁平成10 年10月30 日第二小法廷判決※③があります。同判決は、集会決議による駐車場専用使用権使用料の増額が争われた事案で、「特別の影響を及ぼすべきとき」とは、「規約の設定、変更等の必要性及び合理性とこれによって一部の団地所有者が受ける不利益とを比較衡量し、当該団地建物所有関係の実態に照らして、その不利益が一部の団地所有者の受忍すべき限度を超えると認められる場合をいう」との判断枠組みを示しました。 本判決でも、この平成10 年判決の判断枠組みを踏襲しています。その上で、本判決は、本件マンションの規模、管理組合の活動内容・規約内容、マンションの総戸数に対して不在組合員が占める戸数の割合、協力金の支払いに反対する者の人数等、本件における区分所有関係の具体的事情に照らし、本件規約変更の有効性を判断したものといえます。
3 本判決の影響
本判決は、マンションに居住していない区分所有者への協力金の負担を認めた最初の判例として意義を有しており、本判決を受け、本件と同様の協力金制度を導入する管理組合が今後増加するものと思われます。 ただ、本判決は、本件における区分所有関係の具体的事情を総合的に勘案した上で、2,500 円という額の協力金の負担が「受任すべき限度を超える不利益」とはいえないと判断したものです。また、居住組合員の中にも組合活動に参加できない(あるいは参加しようとしない)者がいるのに、不在組合員のみに協力金を負担させることについての公平性の問題も残されています。 今後、管理組合において本件と同様の協力金制度を定めるにあたっては、協力金の額や協力金を負担させる対象等につき、十分な検討を要するものと考えられます。

※①稻本洋之助・鎌野邦樹『コンメンタール マンション区分所有者法(第2版)』(平文社・2004年)188頁

※②最高裁判所判例解説・平成10年度下民事篇875頁

※③民集52巻7号1604頁、判タ991号288頁

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