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18年にわたって継続した販売代理店契約の解消が問題となった事例
弁護士 中島康平
【はじめに】
今回は、18 年にわたって継続した販売代理店契約の解消が問題となった東京地裁平成22 年7 月30 日判決・判時2118号45 頁をご紹介します。
【事案の概要】
X は、 Y との間で外国製ワインを日本における独占的に輸入・販売することを内容とする販売代理店契約(以下「本件販売代理店契約」といいます)を締結し、ワインを輸入・販売していましたが、Y は、平成17 年1 月5 日ころ、X に対し同年4月末日限り本件販売代理店契約を解約する旨通知しました(以下「本件解約」といいます)。
X は、本件解約が本件販売代理店契約上の1 年間の予告期間を設ける義務に違反するとともに、X の日本における独占的な輸入販売権を侵害するものであると主張して、 Y に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として8 ヵ月分の粗利益に相当する8280 万円の支払いを求めました。
なお、X は平成11 年12 月に設立され、完全親会社であるA からワイン部門の営業譲渡を受けています。A とオーストラリアのワイン会社であるB は、昭和62 年、B のワインを日本に輸入・販売することを合意し、以後、A はB にB ブランドのワイン(以下「B ワイン」といいます)を発注してこれを日本に輸入し販売してきました。Y は平成13 年にB を買収し合併したオーストラリアのワイン会社です。
【争点】
1 本件販売代理店契約の成否
2 債務不履行、不法行為の成否
3 X の損害
【判旨】一部認容、一部棄却〔確定〕
争点1
本判決は、本件販売代理店契約の成否について、本件販売代理店契約に係る契約書は存しないからB ワインについて継続的な取引関係が存在しただけであって本件販売代理店契約が存在したとはいえないとのY の主張を排斥し、① A は、昭和62 年にB との間でB ワインを日本に輸入して販売する合意をしたこと、② A及びその後にその営業譲渡を受けたXは、通算18 年にわたってB ワインを注文して日本に輸入し販売してきたこと、③この間、B やこれを合併したY は、A又はX との間で日本における販売戦略等について協議してきており、X に対し販売代理権がないことを理由にB ワインの出荷を拒否したことがなく、他の販売代理店を通じて日本においてB ワインを販売したこともないこと、④ Y 作成の文書中にX が販売代理店であることを前提とする記載があることを総合すると、A とB は、昭和62 年、A においてB ワインを日本に独占的に輸入・販売することを内容とする本件販売代理店契約を締結したものと推認されるとしました。
争点2
その上で、本件販売代理店契約の解約に関し、X とY は本件販売代理店契約に基づき18 年という長期にわたり取引関係を継続してきており、その間にX は日本におけるB ワインの売上げを大幅に伸ばしてきたこと等に照らせば、X において将
来にわたって、Y のB ワインが継続的に供給されると信頼することは保護に値するものであるから、Y が本件販売代理店契約を解約するには、1 年の予告期間を設けるか、その期間に相当する損失を補償すべき義務を負うものと解されるとし、予告
期間を4 ヵ月とするY の本件解約はかかる義務に違反するものであって、債務不履行にあたると判断しました。
なお、Y が本件解約に先立ちX に対し販売業績への懸念を表明し、販売代理店を変更する可能性を警告していたことに関しては、本件販売代理店契約の終了を予告したとはいえないし、本件解約で設けた4 ヵ月の予告期間を正当化することもできないと評価しています。
争点3
Y の債務不履行によるX の損害に関しては、予告期間として相当な1 年から本件解約の予告期間4 ヵ月を差し引いた8 ヵ月について、B ワインの売上げがなくなり、売上げにより得べかりし総利益を喪失しているが、その反面、B ワインの売上げに要する販売直接費と共に販売管理費(労務費、経費、広告宣伝費、償却費からなるもの)を免れることができると考えられるから、Xの被った損害とは、総利益から販売直接費及び販売管理費を控除した営業利益の喪失分と解するのが相当であるとし、粗利益相当額を主張するX の主張を退けて、8 ヵ月分の営業利益に相当する590 万4000円を損害として認定しました。
【検討】
継続的取引の解消は実務上検討されることが多い法律問題の一つだと思われます。継続的取引に係る契約書が作成されていることが多いとは思われますが、相当期間にわたる取引の場合、取引開始当初において契約書等が作成されず、また作成されていても非常に簡潔な内容にとどまる事例も見受けられます。本件も契約書が存在しない期間の定めのない継続的契約の解消が問題となった事例です。
長期間にわたり取引関係が継続してきた場合には契約当事者に今後も取引が継続されるとの期待が生じることがあり、取引継続への合理的期待をどのように保護するかが問題となります。判例に関しては、継続的に続いた特約店および販売店契約
については解約あるいは更新拒絶は公序良俗違反あるいは権利の濫用にならない限り契約自由の原則によるとするもの、合理的理由あるいはやむを得ない事由が必要であるとする判例もあり、これを不要とする判例もあり、必要とするものも、結局、
供給者の主張どおりに解約を認めたもの、合理的予告期間が必要であるとするもの等があり、判例の方向は固まったとはいえないとされています※ 1。
本判決は、このような状況の中で継続的取引の解消に関する近時の事例として実務上参考になるものと考えます。
独占的販売代理店契約の更新拒絶について
不法行為の準拠法が問題となった事例
弁護士 中島康平
【はじめに】
今回は,化粧品の独占的販売代理店契約の更新拒絶に関連して,不法行為の準拠法及び共同不法行為の成否が問題となった東京地裁平成22年1月29日判決・判タ1334号223頁をご紹介します。第18号でご紹介しました東京地裁平成22年7月30日判決・判時2118号45頁(18年にわたって継続した販売代理店契約の解消が問題となった事例)とは異なり,本件は,契約書が取り交わされていた独占的販売代理店契約の解消に関する紛争です。
【事案の概要】
化粧品の製造,販売,輸出入等を目的とする日本法人であるXが,昭和61年3月からフランス法人であるAとの間で,化粧品(以下「本件商品」といいます)の独占的販売代理店契約を締結し,その後,契約を更新あるいは新たに締結して取引を継続しました。平成14年12月に締結された独占的販売代理店契約(以下「本件契約」といいます)では契約期間は4年とされ,本件契約及び本件契約に伴う合意事項には,手続及び審理についても,フランス法が適用され,供給品及びその決済に関して紛争が生じた場合には,フランス共和国サン・マロの商事裁判所を唯一の管轄裁判所とすることが規定されました。
本件契約は平成18年12月31日に期間の満了を迎えるところ,Aは,同契約の更新を拒絶し,Xからの商品の発注に対して契約が終了したと主張して,本件商品の出荷を拒否しました。一方で,Aは,化粧品の販売等を目的とする日本法人であるY₁と共同で本件商品等を日本国内で販売するY₂を設立し,Y₂が本件商品の日本国内での販売を開始しました。そこで,Xは,Y₁及びY₂に対し,Aとの共同不法行為に基づく損害賠償を求めました。
なお,Xは,Aも共同被告として訴訟を提起しましたが,本案前の問題があるため,Aについては口頭弁論が分離されました。
【争点】
1 XのYらに対する共同不法行為に基づく損害賠償請求についての準拠法
2 共同不法行為の成否
【判旨】請求棄却〔控訴〕
争点1(共同不法行為に基づく損害賠償請求についての準拠法)
法の適用に関する通則法17条本文(不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は,加害行為の結果が発生した地の法による)について,Xが主張するYらの共同不法行為による結果はいずれも日本国内において生じるものであるから,その準拠法は日本法となると判断しました。
また,同法20条が,「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は,不法行為の当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと,当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたことその他の事情に照らして,明らかに前三条の規定により適用すべき法の属する地よりも密接な関係がある他の地があるときは,当該他の地の法による。」と定めている点について,①Yらはいずれも日本国内に本店を有する株式会社であり,Xが主張するYらの共同不法行為による結果はいずれも日本国内に本店を有するXについて日本国内において生じるものであること,②Xは,Aとの間で,フランス法が適用される旨の条項のある契約等を締結しているが,Yらとの間では,そのような契約を締結していないこと,③Xが主張するYらの共同不法行為には,Yらが,共謀の上,Xを脅迫し,Xの信用を毀損し,業務を妨害したなどのXとAとの間の本件契約とは直接には関連しない行為も含まれていること等から,Xが主張するYらの共同不法行為について,明らかに日本よりもフランスが密接な関係があるということはできないとしました。
さらに, Yらは,XのYらに対する共同不法行為に基づく損害賠償請求は,XのAに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の発生が前提となっており,これがYらに対する損害賠償請求権の発生の要件の一部を構成しているから,XのAに対する損害賠償請求権の発生については,先決問題としてフランス法が準拠法となる旨主張しました。しかし,この点については,Yらに不法行為責任が認められるかどうかは,Yらの共同不法行為とXの損害との間に因果関係があると認められるかどうかが問題となるにすぎず,必ずしもXのAに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の発生が前提となるものではなく,AのXに対する不法行為に基づく損害賠償責任の成立が,Yらの共同不法行為成立の前提となる別個の法律関係を構成するとはいえないから,先決問題といえないとしました。
争点2(共同不法行為の成否)
Xは,XとAの間の長期間の継続的契約を終了させるには,Aは少なくとも2年間の猶予期間か2年分相当の営業補償金を提供すべき信義則上の義務があること等を主張しましたが,本件契約は契約期限までに契約の更新について合意しない限り更新されないことが合意されたと認められることから,Xが主張する信義則上の義務を認めることはできず,Aが提示した契約更新の前提条件を満たしていないとして,本件契約を終了させたことに正当な理由がないとまではいうことができないとして,AがXとの本件契約を終了させたことは,日本法に照らしても,Xに対する不法行為となるとはいえないと判断しました。
その上で,Yらについて,Y₁が,AがXとの契約を終了させる予定であることを知りながら,Aからの提案を受けて,Y₂を設立して,Y₁がAから本件商品を輸入し,Y₂がこれを購入し,日本国内の総販売元として販売することとしたことは, Xと競合商品を取り扱う会社の行為としては通常の自由競争の範囲内にある取引行為というべきであり,Aは,Xが持ち掛けたXの顧客のリストの買取りを断っていること等から,YらがAと共謀の上, Xの日本国内の販売先を奪取したとも認められないとして,共同不法行為の成立を否定しました。
【検討】
本件は,契約当事者間での継続的取引の解消が問題となっただけではなく,販売代理店の変更に際し,新たに販売代理店となった者等に対し,共同不法行為に基づく損害賠償が請求されたところに特徴があります。
また,本件では,自動更新条項が削除されていたことや更新について交渉されたものの前提条件について合意に至らず,更新について合意に至らなかったことから,Aが本件契約を終了させたことに正当な理由がないとまでいうことができないと判断しており,更新拒絶について正当な理由を積極的に認定していません。継続的契約の更新拒絶,解約等につきやむを得ない事由,正当な理由,信頼関係を破壊する事由等の制限を加える従来の多くの裁判例に対し,制限を緩和する近年の裁判例の傾向がみられることを指摘する文献もあり[1],本判決もそのような継続的取引の解消に関する近時の事例として実務上参考になるものと考えます。
なお,XとAの間の訴訟については,Aに対する管轄が日本にはないとして,訴えが却下されています(東京地裁平成20年4月11日判決・判タ1276号332頁)。Xは,Aとの関係でも債務不履行に加え共同不法行為に基づく損害賠償請求を主張していましたが,これについても,管轄合意の範囲内に含まれると判断されています。
[1] 升田純「契約自由の原則の下における継続的契約の実務」NBL993号46頁以下(2013)。
ウィーン動産売買法(CISG)の適用問題
弁護士 渡辺惺之
6月17日に当事務所が開催したウィーン国際物品売買条約に関するセミナーには多くの方が参加して下さり、幸いに好評に終わった。セミナー後に、参加者の方から質問を頂いたが、そのかなりの部分がCISGの適用に関する質問であった。セミナーでは、時間の切迫もあり、CISGの適用に関わる問題点については要点のみをやや単純化してお話しした。そこでCISGの適用に関わる問題、適用排除にはどうすればよいのか、CISGの適用・適用排除のメリット、デメリットについて、改めて説明をさせていただくことにした。
1.適用範囲の問題?
一般に新立法があったり法改正があった場合、その適用問題は常に関心を呼ぶ問題の一つとなる。それが国内法改正であれば、適用問題として論じられるのは、新規定の適用射程などと呼ばれることがある事項的な適用範囲と、何時から新規定が適用されるかという時間的な適用範囲の問題である。CISGについても、この事項的な適用範囲と時間的な適用範囲は問題となるが、これらについては明文の規定がある。
2.CISGの時間的適用範囲
これは新法が施行される場合には常につきまとう問題といえるが、新法が発効する時点をまたぐ形になる法律関係、CISGでは売買契約、特に継続的な契約についての適用問題である。CISGでは100条に明文の規定が置かれ、1条が規定する適用条件に関わる国について条約が発効した日を基準としている。日本に関しては、原則的に発効日である8月1日以降に締結された契約に適用されるが(同条(1))、契約の申込が同日以前になされていた場合は、CISGの中で契約の成立に関する第2部の規定は適用されない(同条(1))。継続的な製品供給契約等のケースで、CISGの発効日以前に基本契約の締結があり、それに基づき個別の注文と供給がなされる契約事例が問題となるが、個別の発注が新たな売買契約の締結と見られる限り発効日以降の個別契約はCISGの適用対象となる。しかし、個別の発注と供給がCISG発効前に締結された基本契約の履行と解される場合は、発注が8月1日以降であってもCISGの適用はないと解される。
3.CISGの事項的適用範囲
事項的な適用範囲についても、CISGは2条以下に明文で規定している。適用対象は動産売買契約に限られるが、その中でも消費者売買、競売、有価証券の売買、船舶や航空機などの売買、電気の売買は除外される(条約2条)。また、CISGが規定している事項は、動産売買に関する契約の成立並びに売買契約から生じる売主及び買主の権利・義務に関わる事項に限られ、特に契約や契約条項の有効性(適法性)や、売買目的物の所有権に関する事項は規定対象外である(条約4条)。同じく売買目的物による人身被害に関する責任の問題も適用対象外と規定している(条約5条)。
CISGは動産売買の全ての問題に関する契約特別法ではなく、その成立と売主及び買主の権利義務に関する事項を中心とした部分的な特別法である。従って、CISGが適用される場合でも、国際契約の準拠法によらなければならない場面は多くあり、これまでと同じく契約準拠法に注意を払う必要があることに変わりはない。
4.CISGの場所的適用の問題
CISGに関して、特にその適用が問題となる局面は、上で述べたのとは異なる局面、一般に場所的適用範囲と呼ばれる問題局面である。これに関しては見解が分かれる。もともと場所的適用範囲とは日本法の適用される範囲はどこまでかという意味で、通常の国内的な事件の場合には意識されないが、国境を越えた私法上の法律問題に関して問題となる。現代の法学では国際私法と呼ばれる分野の問題である。
国際私法は各国の私法がそれぞれ独立対等に併存している状態の中で、国際的な法適用の安定を理念とした法システムということができる。複数国にまたがる法律問題について関係各国においてそれぞれ自国の私法を適用し判断すると、国毎に私法が異なるため法的判断が国際間でバラバラになり著しい法的不安定を生じる。これは国際的な人や物の移動・流通の大きな障害になる。そこで、関係国の裁判所が当然に自国の私法を適用するのではなく、問題となる法律関係に最も密接に関係する国の私法法規を準拠法として適用するシステムを採用することで、関係国裁判所において適用される私法について調和が得られるというシステム認識に基づき、国際的な私法事件について適用すべき準拠法の調整をはかろうというのが国際私法である。日本では「法の適用に関する通則法」がこれに当る。
ところで、この準拠法を選択し適用するシステムとは別に、国境を越えた法律関係について法的安定をもたらすもう一つの有力な方法として、私法の統一という手法もある。各国の私法法規を統一することができれば国際的な法的安定が達成される。CISGはまさにこの一例なのである。CISGの場所的適用をめぐる議論は、基本的な国際私法システムの中で、この統一法の適用をどう位置づけるかということから生じている。
CISGについて直接適用説とか国際私法を介さない適用説とか称される立場は、統一私法であるCISGは国際私法システムとは別枠で適用されると解する立場といえる。これによると、先ずCISG1条により適用を検討し、CISGの適用がない場面でのみ国際私法による準拠法の決定が行われる。これと異なり、CISGの1条自体が国際私法の規定、いわば法の適用に関する通則法の特則のように考える立場もあり得る。実際の適用結果に両説に違いはほとんどないが、CISGの適用排除するためにはどのような文言が必要かという点に関して違いが生じ得る。直接適用説では原則的にCISGの適用排除の明文が必要になるが、国際私法説ではCISGを採用していない国の法を準拠法として合意することでも足りることになる。実務的には、CISGについて日本の裁判所の判例がまだない状態であり、適用を排除しようとするのであれば、売買契約が1条の規定に該当する場合は準拠法条項の中にCISGを適用しない旨の文言をはっきり書き込んでおくことが無難といえる。
5.CISGの適用排除すべきか?
CISGの適用を排除した場合は、その動産売買契約については全て合意された準拠法が適用される。準拠法合意がない場合は、裁判が行われる国(法廷地国)の国際私法規定により準拠法が定まる(日本の場合は通則法8条によれば原則的には売主の常居所地国の法)。CISGの適用を排除しなかった場合で、同1条に相当する場合は、3.で述べた事項的範囲ではCISGが適用され、それ以外の部分では準拠法が適用されるという、法の分割適用が生じることになる。
CISGの適用を排除すべきかの判断は、個別の事情に異なり、一概に断定することはできない。CISGは国際的な統一法ではあるが、その解釈については加盟国裁判所により差もある。日本はCISGが発効したばかりで、まだ判例もなく不確定な要素もある。CISGは契約法システムとしては評価が高いが、現行民法と制度的に異なる点も少なくない。これらの要素をどう評価するかがポイントといえよう。
一般的にはエキゾチックで内容も把握しきれない国の法が準拠法となる場合、或いは、相手方所属国が自国法を準拠法とすることを譲らず当該国の裁判所で訴訟をする可能性があり、その場合、自国利益保護的な判断がなされる傾向のある国との関係では、CISG適用の可能性があれば、国際的な統一的解釈のベクトルが作用する可能性があり得るので、CISG適用を合意するメリットがあるように思われる。
『国際取引における裁判管轄
(基本契約書において管轄地が定められていない場合において)』
弁護士 木曽誠大
1.はじめに
日本所在の会社(売主)と外国の会社(買主)との間に、①日本で製造された製品について、売買代金支払いについての紛争が生じた際、②基本合意書はなく、③日本港でのFOB、④支払方法は日本の銀行への送金を指定したという条件の下(以下「本事案」といいます。)、日本に裁判管轄が認められるでしょうか。お客様から頂いたご相談を下に作成した仮想の本事案を参考に、平成23 年民事訴訟法改正により新設された民事訴訟法第3 条の3 第1 号(債務履行地管轄)について、本稿でご紹介いたします。
2.概論
国際取引とは、国境を越えた物品・資金・技術の移転、役務の提供を指すとします。その上で、国際取引における国際裁判管轄とは、我が国の裁判権が、当該取引の当事者及び審判の対象たる訴訟物の視点から制限されるか否かを論じるものです。従来、判例による処理がなされていた同分野につき、上述の国際裁判管轄についての国内法の整備がなされ、一定の明確化が図られました。
3.本事案についての検討
本事案は、売買代金の支払いを求める、「契約上の債務の履行の請求を目的とする訴え」に該当し、本事案の条件及び関係法規定に基づいて、「債務の履行地」が日本国内にあると認められるかが問題となります。
売買代金の振込先が日本の銀行口座である場合、我が国が「債務の履行地」に当たるかにつき、判示した裁判例は見当たりません。しかし、財産権上の訴えについての特別裁判籍を定める民事訴訟法第5 条1 号(義務履行地管轄)との関係で、未払給料の請求の際の土地管轄について判示した、大阪高決平成10 年4 月30 日(判タ998 号259 頁)が参考になると考えられます。同事案は、自宅付近の銀行の口座に給料を送金してもらっていた債権者(従業員)が、自宅を管轄する裁判所に訴訟を提起したところ、債務者(会社)が、給料支払義務の履行は、会社本店付近の銀行において送金手続を行えば終了するため、義務履行地は、会社本店所在地の管轄裁判所であると争ったものです。同決定は、給料債務が持参債務であることを前提に、銀行振込による場合、債務者による送金手続のみで義務の履行は終了せず、債権者の指定口座に入金されて初めて債務者の義務が終了すると判示し、債権者の主張が認められました。
上記裁判例を参考にすれば、本事案の代金支払債務は、持参債務であるところ、買主は、海外の銀行で送金手続を行いますが、左の送金手続のみで義務の履行は終了するものではなく、売主の指定した口座に入金されて初めて義務の履行が終了するため、日本が債務履行地に当たると考えられます。更に、本事案は、日本国内製造製品を、日本港において引き渡すものであって、日本の国際裁判管轄を否定すべき「特別の事情」は認め難く、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められると考えられます。
弁護士 田中 敦
1 はじめに
近年、アメリカ司法省によるFalse Claims Act(31 U.S.C.§§3729-3733, 以下「FCA」といいます。)に基づく取締りが注目されており、不正に連邦政府から金銭を受給した企業に対し高額の制裁金等が課せられる事案が増加しています。FCAでは、厳しい罰則に加えて、私人による告発に関する特殊な手続が設けられています。本稿では、FCAの概要を述べた上で、近時の執行状況をご紹介します。
2 False Claims Actの概要
(1) FCA とは
FCAは、連邦政府からの金銭の不正受給、納付すべき金銭の過少申告等の取締りを目的とする法律で、「不正請求防止法」や「虚偽請求取締法」などと和訳されます。FCAの歴史は古く、1863年に南北戦争時の北軍への納品業者による不正請求を阻止するために施行されました。1986年、2009年及び2010年の改正により、制裁金の高額化、懲罰賠償の導入、私人による告訴手続の拡張等が行われ、その適用範囲を拡大してきました。
(2) FCAの規制対象
FCAは、虚偽請求の提出やその承認(§3729(a)(1)(A))、虚偽記録の作成や使用(同(B))、それら行為の共謀(同(C))等の計7つの行為を「False Claims」と定義しています。それら定義で用いられる「knowingly」の解釈には、請求にかかる事実等が虚偽であることを実際に認識していた場合(§3729(b)(1)(A)(i))のみならず、情報の真実性を敢えて無視していた場合(deliberate ignorance)(同(ii))や、情報の真実性を全く意に介さず軽視していた場合(reckless disregard)(同(iii))を含みます。そのため、意図的な虚偽記載に限らず、重大な過失により誤った記載がなされた場合等もFCA違反となる可能性があります。
規制対象行為の例としては、医療関係者による公的医療保険制度(メディケア、メディケイド等)に基づく診療報酬の不正受給、防衛関連の政府納品業者による品質等の虚偽申告等が挙げられます。もっとも、それら以外にも教育、貿易、エネルギー、災害復旧の分野等、連邦政府からの金銭支出又は連邦政府への金銭納付を伴う広範な産業が取締りの対象となり得ます。
(3) FCA違反への罰則
FCAに違反した場合、条文上、最低5,000ドルから最高10,000ドルまでの制裁金が定められています。ただし、当該金額は、連邦民事制裁金調整法改正法(Federal Civil Penalties Inflation Adjustment Act Improvements Act)に基づくインフレに伴う調整を受けます(§3729(a)(1))。2018年1月29日以降に付課される制裁金額は、最低11,181ドル、最高22,363ドル ※1とされ、条文上の金額を大きく上回っています。
さらに注意すべき点は、制裁金に加えて、連邦政府が被った損害の3倍額の懲罰的賠償が定められていることです。この規定により、違反行為が長期にわたった場合等には非常に高額の支払いを命じられるおそれが生じます。
2019年5月7日、司法省は、FCA違反案件の捜査にあたり、制裁の軽減に向けて考慮される事項を明確化するガイドラインを公表しました ※2。その中では、不正行為に関する情報の自主的な開示、関与した個人の特定、商慣習や法律により求められる範囲を超えた文書の保存、収集及び開示等の協力行為が列挙されており、制裁金や懲罰賠償の金額の算定にあたり、それら協力の有無及び程度が考慮されるものと考えられます。
(4) 私人である告発者による訴訟提起
FCAの特徴的な手続上の規定として、連邦政府による調査や訴訟提起のみならず、私人である告発者(「relator」や「whistleblower」と呼ばれます。)に対しても、違反行為者を被告としてみずから民事訴訟を提起する権限を与えています(§3730(b)(1))。当該規定に基づき私人である告発者から提起された訴訟は、「Qui tam 訴訟」(Qui tam action)と呼ばれます。私人による告発は、違反企業の従業員、退職者、取引先等の不正行為に関する内部事情を知る者によることが多いですが、ときには競業他社による告発が行われることもあります。
FCAでは、Qui tam訴訟に関し、下記のとおり通常の訴訟とは異なる定めを設けています。
① 訴状の秘匿と連邦政府による先行調査
Qui tam訴訟では、訴状の写しと実質的に重要な証拠を記載した書面がまず連邦政府に送達されます。連邦政府が送達を受けた日から少なくとも60日間、裁判所による送達命令があるまで、それら書面は被告に対し秘匿されます(§3730(b)(2))。その期間内に、連邦政府は、訴訟に参加しみずから訴訟追行するか、訴訟に参加せず告発者に訴訟追行する権利を与えるかを決定します(同(4))。連邦政府は、裁判所におけるヒアリングの機会を原告に与えた上で、訴訟を却下するよう求めることもできます(§3730(c)(2)(A))。
訴状の秘匿に関するFCAの規定は、一次的には、後続する刑事手続捜査の可能性について違反者が前もって知ることを防ぐという連邦政府の利益保護を目的とします※3 。もっとも、告発者にとっても、当該規定により、訴訟提起により告発の事実を直ちに被告に知られることを避けるという一定のメリットがあるものと考えられます。
② 告発者への報奨金
連邦政府が訴訟を追行し、被告から金銭を回収した場合、訴訟を提起した告発者には、原則として回収額の15%から25%までの報奨金が与えられます(§3730(d)(1))。また、連邦政府ではなく告発者みずから訴訟を追行し、被告が連邦政府に対し金銭の支払いを命じられた場合、告発者には、被告が支払いを命じられた額の25%から30%までの報奨金と合理的な額の弁護士費用及び訴訟追行費用が支払われます(同(2))。
報奨金の規定は、私人による告発を促進する大きなインセンティブとなっており、このことは、後述のとおりFCA違反に基づく案件全体の大部分をQui tam訴訟が占めている事実に裏付けられています。
③ 違反企業による報復的措置への救済
FCAでは、違反企業が、正当な告発を行った従業員等に対し、告発の事実を理由として解雇等の不利益処分やハラスメント等を行った場合、従前の地位の回復、未払給与の2倍額の支払い、あらゆる特別損害の補償を含む救済措置を裁判所が命じることができると定めています(§3730(h))。
3 近時の執行状況
アメリカ司法省による統計 ※4では、2018年にFCA違反により訴訟や調査等が開始された新規案件867件のうち645件がQui tam訴訟とされ、全体のおよそ84%を占めています。2009年の改正以降、従来は年間300?400件程度であったQui tam訴訟が増加し、2011年以降は8年続けて年間600件以上のQui tam訴訟が提起されています。これに伴い、全体の新規案件数も2009年以前に比べて年間100?200件程度増加しています。制裁金等により連邦政府が違反企業から回収した金額も同様に、2009年以降大きく増加しており、2010年以降8年続けて年間30億ドルを上回っています。2017年以降は新規案件数、回収金額ともにわずかずつ減少しているものの、現在のところ、大統領選挙による政権交代と執行状況には顕著な相関関係を見出すことはできません。
産業分野としては、保健福祉省が管轄する医療・医薬品等の分野での案件数が、2010年以降年間400?500件に上っており、ここ数年は全体の3分の2程度を占めています。
近時の東アジアの企業への執行として、2018年3月、日本の繊維製造業者が、防弾ベストに使用された繊維の欠陥を開示しなかったとして提起された訴訟において、連邦政府に対する6600万ドルの支払いに合意しました※5 。また、同年11月及び2019年3月、韓国の燃料供給事業者5社が関与した不正入札事件の訴訟においても、反トラスト法違反の賠償金と合わせて1社あたり最大で約9000万ドルを支払うことに合意しました※6-7 。これらの訴訟は、いずれも告発者により提起されたQui tam訴訟とされています。
4 おわりに
FCAは、報奨金というインセンティブによって、私人による告発を端緒とした違反行為の摘発を企図しており、近時の執行状況からすれば、そのような試みは現在のところ功を奏していると評価できます。今後、様々な形で連邦政府の関与する事業に携わる企業としては、退職者や競業他社による正当な告発を止めることはできないことに鑑み、違反行為の発生を未然に防止するための社内体制の構築になお一層注力することが求められます。
※1 https://www.govinfo.gov/content/pkg/CFR-2018-title28-vol2/xml/CFR-2018-title28-vol2-sec85-5.xml (2019年11月13日現在、脚注にて以下同じ。)
※2 https://www.justice.gov/jm/jm-4-4000-commercial-litigation#4-4.112
※3 State Farm Fire & Cas. Co. v. United States ex rel. Rigsby, 137 S. Ct. 436
※4 https://www.justice.gov/civil/page/file/1080696/download?utm_medium=email&utm_source=govdelivery
米国でも始まった個人情報保護~カリフォルニアCCPAの概要~
弁護士 苗村 博子
1.施行の経緯
アメリカには、GDPRや日本の個人情報保護法のような包括的な個人情報保護の法令はなく、規制対象の州、業種、対象者ごとに異なる法令が制定されているため、どのような法律が適用されるのかがわかりにくい状況です[i]。その中で、全米最大の人口を有しGoogleやFacebook等の巨大IT企業が本店を置くカリフォルニア州で、従前よりも厳格な包括的規制であるThe California Consumer Privacy Act of 2018 (CCPA)が定められたことには大きな意義があると考えられます。現在、カリフォルニア州に追随して他州でも包括的な個人情報保護法の立法の動きや(amazonやmicro softの本社があるワシントン州等)、連邦法での規制強化の動きも、ようやく出てきています。CCPAは、2018年6月28日に成立し、本年1月から施行されていますが、その民事罰等の執行は、同年7月1日の開始予定とされています。
2. 規制対象
1) 規制対象の事業者
カリフォルニア州で個人情報を集め、事業を行い、かつ、以下の基準の一つ又はそれ以上を満たす個人事業主、パートナーシップ、有限責任会社、法人、団体又はその他の法的主体(1798.140条(C))で、
A) 年間総収益が2,500万米ドルを超え、
B) 単独又は組合せにより5万件以上の消費者、世帯又はデバイスの個人情報を、年間ベースで、単独又は組み合わせで購入し、事業者の商業目的で受け取り、販売し、又は商業目的で共有し、かつ
C) 年間収益の50%以上を消費者の個人情報の販売から得ている
者とされています。
2) 州外の企業への適用
CCPAは「カリフォルニア州で」「事業を行う」の明確な定義を提供していません。
該当しない事業者として「商業的な行為のどの側面も完全にカリフォルニア州の外で行われている場合」にはCCPAの適用対象外となり、また、「消費者がカリフォルニア州の外にいるときに事業者が情報を収集し、消費者の個人情報の販売のいかなる部分もカリフォルニア州で生じておらず、又、消費者がカリフォルニア州にいたときに収集された個人情報が販売されていない場合」には、商業的行為は完全にカリフォルニア州以外で行われたもの」とされています(1798.145条(a)(6))。また「消費者」とは、カリフォルニア州の住民である自然人を意味することとなりますが(1798.140条(g))、これらの規定からすれば、事業の過程でカリフォルニア州に在住しかつ所在する自然人から個人情報を収集する事業者は、「カリフォルニア州で事業を行う」者としてCCPAの適用対象となる可能性があり、たとえカリフォルニア州に拠点を置いていなくとも、インターネットを利用する海外在住者であっても、カリフォルニアの消費者が利用し得る事業を行う事業者の多くがこれに該当すると考えられます。
3. 規制内容
1) 個人情報の範囲
「個人情報」とは、特定の消費者又は世帯を識別し、関連し、叙述し、合理的に関連づけることができ、又は直接的にもしくは間接的に合理的にリンクさせることのできる情報を意味し、法文には具体的な内容が列挙されていますが、(1798.140条(o)(1)) 多くは日本の個人情報保護法にいう個人情報と変わりません。
公に利用可能な情報(1798.140条(o)(2))及び非識別化された消費者情報又は消費者情報集合体(いわゆるビッグデータ、1798.140条(o)(3))は個人情報の定義から除外されますし、日本の個人情報保護法とは異なり、消費者の個人情報を保護する法律ですから、他の法令で規律される一部の個人情報(医療情報や金融機関が保有する個人情報等)については、CCPAが適用されず(1798.145条(c)(1))、従業員情報や企業間取引で得た消費者情報の一部についても、2021年1月までは「個人情報」の定義から暫定的に除外されます(1798.145条(h)及び(n))。
2) 消費者の権利
CCPAは消費者に対し、以下のとおり、みずからの個人情報に関する権利(開示請求権、消去請求権、オプトアウト権、差別禁止を求める権利)を付与されています。
A) 開示請求権(100条、1798.110条、1798.115条)
消費者は、消費者の個人情報を収集、販売又は開示する事業者に対し、1年に2回を限度として、その事業者が収集した個人情報のカテゴリー及び特定の部分を自身に対して開示するように求める権利を有する(1798.100条(a)、(d)、1798.115条(a))。
B) 消去請求権(105条)
消費者は、事業者が消費者から収集した当該消費者についてのいかなる個人情報をも削除するように求める権利を有し(1798.105条(a))、これを受けた事業者は、その消費者の個人情報を記録から削除し、また、サービス提供者に対して記録から個人情報を削除するように指示します(1798.105条(c))。ただし、事業者又はサービス提供者が、法定の一定の目的のために、消費者の個人情報を保持する必要がある場合、その事業者又はサービス提供者は、消費者の削除の要求に従うことは求められません(1798.105条(d))。
C) オプトアウト権(120条、1798.135条)
消費者は、消費者の個人情報を第三者に販売する事業者に対して、常に、その消費者の個人情報を販売しないように指示する権利を有します(1798.120条(a))。
D) 差別禁止を求める権利(125条)
事業者は、消費者がCCPAに基づく消費者の権利を行使したことを理由として消費者を差別してはならない(1798.125条(a)(1))とされ、この点は、GDPRや個人情報保護法とも異なる特徴となっています。例えば消費者に対する商品又はサービスの提供の拒否、具体的には、女性であることを情報提供したところ、住宅ローンを享受させないなどの不利益な取り扱いは許されません。3) 事業者の責務
消費者の権利は、それに対応する事業者の責務すなわち、開示・消去請求権行使のための措置(1798.130条)、消費者のオプトアウト権行使のための措置(1798.135条)、が法定され、その他、目的外利用の禁止(1798.100条(b))、消費者の個人情報を取り扱う者の研修、記録管理(施行規則999.317条)などの義務が定められています。
4) 違反事業者に対する民事罰
A) 消費者による提訴(150条(a))
個人情報を保護するために合理的な安全策をとる義務[ii]に事業者が違反した結果として、個人情報(この場合の「個人情報」は個人の氏名とソーシャルセキュリティナンバー等の一定の情報の組合せに限る。)が、無権限アクセス、流出、窃取又は開示の対象となった消費者は、以下の民事訴訟を提起することができます(1798.150条(a)(1))。
(1) 違反1件について消費者1人あたり100ドル以上750ドル以下の、又は実損害額の、いずれか大きい額の損害の回復。
(2)差止命令又は宣言的判決。
(3)裁判所が適切とみなすその他の救済。
B) 司法長官による提訴(155条(b))
事業者は、司法長官から不遵守を通知されてから30日以内に違反を是正しない場合、差止めの対象となり、また、違反1件について2,500ドルを超えない額の民事罰、又は、故意の違反1件について7,500ドルを超えない額の民事罰を支払う義務があり、それはカリフォルニア州の人々の名の下に司法長官により提起される民事訴訟において回収されます。
違反に対する行政罰として世界での売上の2%または4%という、売り上げを基準とするGDPRと違い、CCPAでは、一件あたりいくらという民事罰が用意されています。多数の消費者のデータ流出などが起こると大きな賠償額となってしまう可能性があり、GDPR同様、非常に厳しい法律となることが予想されます。
以上
[i] 業種に着目した規制:the Fair Credit Reporting Act (金融業), the Video Privacy Protection Act of 1988(レンタルビデオ業)等や情報の対象者や性質に着目した規制:the Health Information Portability and Accountability Act (医療情報)、the Children Online Privacy Protection Act (児童に関する情報)等があります。
[ii] CCPA自体は合理的な安全策をとる義務を規定していないので、カリフォルニア州の司法長官が2016年に出した20の方策などを必要な策としてとるべきといわれています。
https://oag.ca.gov/sites/all/files/agweb/pdfs/dbr/2016-data-breach-report.pdf
国際契約に関する紛争解決手段-訴訟?仲裁?
弁護士 苗村博子
紛争解決条項(Dispute Resolution)
国内の企業間での契約では、紛争解決条項はもっぱら専属管轄、すなわちどの裁判所で紛争を解決してもらうかを定めることがほとんどですが、国際契約となりますと、紛争解決を訴訟で行うか、仲裁機関に判断を委ねるべきか、からまず検討することになります。
また、第三者の判断を求める前に、当事者間での協議を前提条件としたり、調停を前置させることを定める場合もあります。以下にそれぞれの違いを表にまとめています。
調停 | 仲裁 | 訴訟 | |
機関 | JIMIKなど私的機関 | ICC,AAA,SIAC,JCAA,JAMSなど様々な私的機関 | 裁判所 |
費用 | 低廉 | 高額 | 低廉 |
強制執行のための
手続 |
執行国がシンガポール条約に加盟していれば、調停内容が執行可能となる。日本は未加盟。 | 執行国が、NY条約に加盟していれば、仲裁判決の執行が可能となる。日本は、加盟国で、仲裁判決の執行については、仲裁法45条以下に定める。 | 外国判決の承認執行手続は各国の民事訴訟法や規則が定める。日本での執行は、民事訴訟法118条以下に定める。 |
公開性
|
非公開 | 非公開 | 多くの国で公開 |
上訴の可否 | 双方の合意によるので上訴は考えられない。 | 一審制、上訴不可
|
多くの国で上訴可能。日本は三審制 |
国際契約の専門家はこれまで仲裁を勧めてきましたし、また現在日本では、日本国際紛争解決センター等を通じて[i] 政府自体が仲裁制度をもっと活用しやすくしようとしています。ただ世界ではすでに仲裁の問題点である、上訴ができないこと、高額の費用や判断までの時間の長さ、判断者が私人であることなどから、仲裁離れが進んでいるといわれています。私もある事件でこの仲裁の問題点を実感しております。
したがって、今契約上のアドバイスを求められたら、被告地での訴訟を中心に検討するようお伝えすることになるかと思います。こちらが訴訟を起こす場合には、日本の裁判所の方が、勝手がわかっていてよいというものの、いざ判決を執行するには、被告地の裁判所の関与が何らかの形で必要となるうえ、中国のように日本の裁判所の判決の執行を認めてくれない国もあるため、結局は被告地の裁判所で裁判をする方が早い解決に結びつくように思います。もちろん、被告地の裁判所は、自国の被告に有利な判断を下す可能性がありますが、それはそのような国の相手方と契約を結ぶ際のいわばカントリーリスクといわざるを得ません。ただし日本と違い裁判所でも賄賂が横行している国や、第一審に 10 年かかると言われるインドのような場合は、仲裁の方がよいかと思われます。
欧米の国では、日本の裁判所の判断は予測可能性がないとして、日本の裁判所に専属管轄を持たせようとすると大いに反発されますが、被告地の裁判所を選ぶというのは、紛争解決手段の基本中の基本なので、契約相手もなかなか文句が言えないと思われます。ちなみに、私自身は日本の裁判所の判断の予測可能性は相応に高いものと思っています。選挙で選ばれ、あまり法知識がない裁判官がいる国や陪審員に事実認定を任せている米国の多くの州に比して、日本の裁判所の判断は、はるかに予測可能性は高いものの、そもそも日本語で全ての手続きが進むこと、日本の法令は若干英訳が進められているものの、日本の判例が英訳されているという話はなく、かような言語的な障壁から予測が困難と考えられているものと思われます。
コモンローの国の契約相手であれば、被告地の裁判手続きもコモンローに従いますので、その規模感はともかく、手持ち文書の相手方への開示(Production of Documents) や 供 述 録 取 手 続 き(Deposition)といったディスカバリの制度があり、これが実施されます。したがってこちらが訴える場合には、相手方の手元にある証拠を日本の訴訟では考えられないくらい広範に獲得することができることになります。被告地管轄の紛争解決条項にしておくと、契約相手は日本で裁判をしなければなりません。証拠収集方法の拡充については、弁護士会からも再三提案しているのですがなかなか実現できず、したがって、契約相手は当方の手持ち資料へのアクセスに苦労することになるのです。かようなことから、被告地の裁判所を選択するのも一定の合理性があるかと思う次第です。仲裁を選ぶのは、よほど秘密性を高く保つ必要のある場合に限ることとなりそうです。
ここからは余談となりますが、今になって国際紛争の解決に仲裁手続きを推そうとする日本と違って、米国は、仲裁での解決を望ましいとする傾向にあるといわれてきました。確かに仲裁手続きはすべて私的機関が担当し、その費用も各当事者が負担します。訴訟は、日本もですが、国民の基本的な権利としての裁判を受ける権利に対応するもので、国民の税金で運営されています。この運営にかかる費用は、訴訟に対して当事者が払う裁判費用だけでは到底まかないきれません。契約に関することは、なるべく仲裁で解決してもらう方が、裁判所の負担を軽くできてよいというのが、これまでの米国連邦裁判所の考えであったと思われます。しかし 2022 年になって 5 月 23 日[ii]、6 月 15 日[iii]と相次いで、このArbitration Favorable という考えを否定する連邦最高裁判決が出されています。これらの判断は、いずれも労働者が使用者に対して残業代等の不払に対し、自分に対する未払金の支払いだけでなく、(クラスアクションとは異なりますが )、他の従業員を代表して支払いを求め、または州政府がかような未払いを行っている企業に対して民事罰を下すための訴訟(Qui tam Litigation といいます)を提起したものです。5 月 23 日の Morgan 判決の事件では、原被告間の労働契約には紛争解決手段として仲裁に付すとされていたにもかかわらず、その点を主張せず、提訴から半年くらいたってから被告が仲裁への移行申し立てをしたという事案でした。最高裁は、それまで第 8 巡区連邦高裁が出していた、仲裁への移行を認めないのは、その時点で仲裁に付すことが、原告に不利益を及ぼす場合に限るとする要件について、かような要件は連邦仲裁法(Federal Arbitration Act)が予定するものではないとして、この要件を排し、仲裁への移行を認めませんでした。
6 月 15 日判決は、Qui Tam 訴訟は本来州が行うべきところ、その原告(Relator と呼ばれます)が代わりに起こしたものであり、州には被告との間でかような仲裁に付すとの合意はないとして、やはり仲裁への移行を認めませんでした。第 8巡区連邦高裁が出していた、「相手方の不利益がある場合のみ」という要件は、それまでできるだけ紛争は仲裁で解決すべきする考えを具現化したものととらえられていたもので、また仲裁は仲裁合意をした当事者間でなされるものというのは、仲裁の基本ですから、その基本に忠実にすべしとの連邦最高裁の新しいポリシーを示したものとされています。
折角センター等も作って仲裁を勧めようとの日本政府の判断ではありますが、これまで仲裁が基本だったからとの理由で、安易に仲裁を紛争解決手段に選ばないことも重要かと考えます。ただどうしても仲裁を選ばざるを得ない場合、どの仲裁機関を選択するかも重要な問題となってきます。費用感や信頼の高さ、日本からの距離、相手方の応じてくれやすさなどを総合的に考えるとシンガポールのSIAC となるのでしょうか。
[i] https://idrc.jp/
[ii] Morgan v. Sundance
[iii] Viking Cruise Lines, Inc. v. Moriana