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否認権 ~取引先倒産の一側面~
弁護士 中島康平
昨年は企業の倒産(負債総額1000万円以上)が1万5000件を超え,上場企業の倒産(上場廃止後の倒産を除く)も2002年の29件を上回り,戦後最多の33件に上ったようです[1]。
今年の1月も,企業の倒産は前年同月比15.8%増の1360件で1月としては6年ぶりの高水準だったとのことで[2],今年に入ってもその勢いは衰えていません。
そこで,今回は,取引先が倒産した場合に問題となる否認権について,どのような場合に否認されるかという否認の基本的な要件を整理してみたいと思います(以下では,記述の便宜から,取引先が破産した場合を想定し,破産法を「法」といいます)。
1 否認権とは
破産手続開始前になされた破産者の行為等の効力を否定し,逸失した財産を回復する権利であり,破産の場合,裁判所が選任する破産管財人が行使します(法173条1項)。
否認権の対象となる行為は,破産者の財産を減少させる行為(財産の無償譲渡や廉価売却など)と偏頗行為(一部の債権者への弁済や担保の供与)に分類されます。
2 財産減少行為(詐害行為)
(1) 破産者の財産を減少させる行為はどのような場合に否認されるのでしょうか。例えば,破産者が,保有していた不動産を破産手続開始前に処分したとします。この処分が廉価で行われていた場合,この廉価売却が破産者の財産を減少させる行為に該当することは明らかです。したがって,①破産者が破産債権者を害することを知っていた場合,②廉価売却が支払の停止[3]又は破産手続開始の申立て(以下「支払の停止等」といいます)があった後に行われていた場合には,この不動産の売却行為は否認されることになります(法160条1項)。
もっとも,買主が,売買の当時,①の場合には破産債権者を害する事実を,②の場合にはそれに加えて支払の停止等があったことを,それぞれ知らなかったときは,売買は否認されませんが,そのためには,買主自ら,これらの事実を知らなかったことを証明しなければなりません。
(2) 不動産の処分が売買ではなく贈与であった場合はどうでしょうか。贈与などの無償行為(これと同視すべき有償行為を含みます)が行われた場合には,破産債権者を害する程度が高く,一方で,無償行為ですから,相手方の保護を図る必要性も低いということができます。そこで,贈与などの無償行為の場合には,否認の要件が緩和されており,支払の停止等があった後又はその前6か月以内にしたものであれば,否認されることになります(同条3項)。
(3) それでは,不動産の処分が贈与でも廉価でもなく相当な対価[4]でなされていた場合はどうでしょうか。この場合,債務者は不動産の価値に相当する金銭を得るわけですから,債務者の財産は減少していないとも考えられますが,他方で,不動産が処分され現金化されることで,費消・隠匿されるおそれもあり,実質的には財産を減少させる行為ということもできます。
そこで,相当の対価を得てした財産の処分行為については,①当該行為が,不動産の金銭への換価その他の当該処分による財産の種類の変更により,破産者において隠匿,無償の供与その他の破産債権者を害する処分(以下「隠匿等の処分」といいます)をするおそれを現に生じさせるものであり,②破産者が,当該行為の当時,対価として取得した金銭その他の財産について,隠匿等の処分をする意思を有しており,③相手方が,当該行為の当時,破産者が隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたという場合に限り,否認されます(法161条1項)。これら①乃至③の要件は,破産管財人が立証責任を負います(もっとも,相手方が,破産者の内部者である場合には,③は推定されます[5])。
このように否認される局面を限定することで,相当価格による取引の相手方の萎縮的効果を除去し,債務者の再建の途が確保されるように手当てされています。
3 偏頗行為
(1) 経済的窮地にある債務者が,破産手続開始前に一部の債権者にのみ弁済をし,または担保を供与することがあります。次は,このような行為がどのような場合に否認されるかをみていきます。
支払能力が不足している債務者が,既存の特定の債権者に対し,担保を供与し,または,弁済等により債務を消滅させる行為(偏頗行為)は,他の債権者との平等を害するものですから,①破産者が支払不能になった後や②破産手続開始の申立てがあった後にしたものであり,かつ,債権者が,その行為の当時,①の場合には債務者が支払不能であったこと又は支払の停止があったことを,②の場合には破産手続開始の申立てがあったことを,それぞれ知っていた場合には,その偏頗行為は否認されます(法162条1項1号)。
これらの要件については,破産管財人に立証責任があります。もっとも,債権者が破産者の内部者である場合や偏頗行為が破産者の義務に属せず,又はその方法若しくは時期が破産者の義務に属しないものである場合には債権者の悪意が推定されます(同条2項)ので,債権者自ら,善意であることを証明しなければなりません。
なお,偏頗行為として否認の対象となるのは,既存の債権者への弁済や担保の供与に限られます(同条1項柱書かっこ書)。新規の借入に伴う担保の供与は,対象になりません。そうすることで,否認リスクのために,経済的窮地にある債務者が再建を図るために救済融資を受ける途が閉ざされないようにしているのです。もっとも,この場合の救済融資と担保の供与も,一体として担保目的物の処分行為とみることができますので,上記2(3)でみた要件のもとで否認されることはあり得ます。
(2) 以上と異なり,偏頗行為が,破産者の義務に属せず,又はその時期が破産者の義務に属しない場合(義務なくして行う担保の供与や期限前弁済がこれに該当します)には,そのような偏頗行為は当該債権者が負っていた破産のリスクを他の債権者に転嫁するものといえますので,否認の要件が緩和され,支払不能になる前30日以内にされた行為についても,否認されます(同条1項2号)[6]。そして,この場合にも債権者の悪意が要求されますが,証明責任が転嫁されており(同号ただし書),債権者自ら,その偏頗行為の当時,他の破産債権者を害する事実を知らなかったことを証明しなければなりません。
(3) これまでみてきたように,偏頗行為では支払不能の前後が問題とされていますが,支払不能を立証することは困難ですから,支払の停止[7]があれば,支払不能であったものと推定されます(同条3項)。ただし,破産手続開始の申立てより1年以上前の支払の停止については,破産手続開始の申立てとの関連性が薄く,また,緩和された証明責任のもとでの否認リスクを長期間債権者が負うことを避けるため,支払不能を推定しないものとされています(同項かっこ書)。
以上
[1] 株式会社東京商工リサーチが1月13日に公表した2008年全国企業倒産状況。
[2] 日本経済新聞2009年2月10日付朝刊。
[3] 支払の停止とは,支払不能(債務者が,支払能力を欠くために,その債務のうち弁済期にあるものにつき,一般的かつ継続的に弁済することができない状態。法2条11項)にある旨を外部に表示する債務者の行為をいいます。
[4] 対価の相当性は,基本的に廉価性の裏返しの問題であり,当該財産の公正な市場価格が一応の基準となりますが,処分の時期や目的などの事情からある程度の幅をもった概念として捉えられます。
[5] 破産者の内部者とは,破産者が法人である場合の役員等(同条2項1号),破産者である株式会社の親会社等(同項2号),破産者の親族又は同居者(同項3号)をいいます。
[6] 証明責任の転嫁の場合(上記3(1)参照)とは異なり,その方法が破産者の義務に属しないものである場合(代物弁済等)はここには含まれません。なお,代物弁済については,偏頗行為否認の対象であるとともに,給付の価額が消滅する債務に比し過大な場合には,過大な部分は財産を減少させる行為としての側面を有するため,その過大な部分については,上記2(1)の要件を満たせば,否認されます(法160条2項)。
[7] 注3参照。
学校法人の再建的な法的手続の検討
弁護士・ニューヨーク州弁護士 苗村博子
第1 はじめに
18才人口の減少が言われてひさしく,私立学校は,生徒,学生の確保に様々な工夫が必要とされています。また一方で,経営の監視については,会社にとっての株主のような存在がなく,放漫経営に陥りやすいのも,私立学校の経営の難しいところです。
学生が集められなかったり,リスクの高い投資や,財産の私的流用により,学校経営が危うくなった場合,民事再生手続などによって,債務の免除を受けることも,学校の閉鎖という事態を防ぐためには,必要な場合があります。
第2 学校の再建手続きの特徴
今回は,学校の民事再生手続きにおける,通常の会社の場合との違いを見ていくことにしましょう。
ア 学校経営の維持
民事再生手続によれば、学校経営を維持し、学生の就学の機会を奪うことなく、また、教職員についても基本的に、手続申立後も就労の継続がなされます。学校が存続することにより,随時学校が行っている、卒業証書や成績証明書の発行といった卒業生への対応も可能となります[1]。
イ 資金繰りの確保の重要性
学校に限らず,再建的な手続において、最も重要ともいえるのが資金繰りの確保ですが,学校法人の場合は、一般の企業の場合よりもさらに、この問題が深刻です。企業の場合,長くても1、2ヶ月の内に倒産前後の売上が、入金し、キャッシュとなって、その後の経営の費用に宛てることが可能ですが,
学校法人においては、収入の中心が,1年ごと,半年ごとに支払われる,学生からの学費であるため,手元に資金がないという中での申立となってしまうことも多いと思われます。
このような学校法人には,必ずといって良いほど,当初からスポンサーの支援によって,資金繰りがつくことが重要です。
ウ 学生の債権の取扱
民事再生手続においては,手続申立前に成立した債権,すなわち金融機関の貸金債権などは,再生債権と呼ばれ,一定額の免除の対象となります。学生の授業料についても,先に前払いして,学校から授業を受けるという性質上,再生債権となるとの考え方もあります。塾などの破綻の場合,前払いした授業料の返還を求めても,全額は戻ってこないというのが通例です。
しかし,それでは,学生の保護に欠けるというような考え方から,学生のこのような債権を共益債権と考え,学生は,他に優先して授業料の返還請求権があるという考え方もあります。
学生と学校の間の契約(在学契約)を,例えば、大学であれば通常4年間で卒業までの授業を提供することになっているということから考えて、学校側にはその間授業を提供する義務があり、また学生にはその間、継続して授業料を支払う義務がある契約であると考えるのです。そのように考えると、民事再生手続の開始という、倒産の時点において、大学側にも学生側にも双方に未履行部分があることになります。かように解した上で、破綻した学校がこれらの在学契約において、履行を選択すると、学生の反対債権、授業を受ける権利は、共益債権となると考えるのです。しかし,全てを共益債権とすると,スポンサーは,半年か一年分の経費を負担せざるを得ず,相当重いものになってしまいます。私は,学生にも一部を負担してもらうというような柔軟な考え方もできる,再生債権説も一理あるのではないかと考えています。
エ 校地、校舎、その他の資産と担保権者の関係
民事再生申立を必要とするような学校においては、校地校舎や、学校の機材や機器などにも抵当権や譲渡担保権などの担保が設定されていることが多いでしょう。
民事再生手続きでは,担保権者は,手続きの枠外にあり,債務者との交渉(別除権交渉)で合意しなければ,担保権実行を行うことが可能です[2]。
学校にとって,校地校舎は,その存続に是非とも必要なもので,文科省の定める設置基準を満たしている必要があるとされています。よって,担保権者との交渉は,是非とも妥結したいところですが,例えば,大都会の一等地にキャンパスがあるような場合,担保権者は,マンション用地としての価値を担保額と考え,学校側は,学校経営により生み出せる,低い収益でしか評価できないとすると,その溝を埋めるのは簡単ではありません。
スポンサーに一旦買い取ってもらって,そのリースバックを受けるなどの方法が,設置基準との関係で問題とされる可能性もありますが,文科省にも事情説明するなどして,理解を求めることも必要となるでしょう[3]。
どうしても担保権者と別除権協定を結べず,担保権者が強制執行の申立をするような場合には,担保権消滅制度(民事再生法148条)を利用して,その物件の価格を裁判所に納めることで担保権を消滅させることで対抗するしかありません。この校舎を失えば,設置基準を満たさなくなるなどの事情があれば,事業継続に欠くことができないとの点は認めてもらいやすくなります。その際に,裁判所に,物件の価値を,学校の経営で生み出される利益から算定してもらえるかどうかは,スポンサーに資金提供してもらう場合も大事な要素ですが,実際の例はまだないようです。
オ 税務上の問題-債務免除益
次に、再生計画により,債務免除を受ける場合に,通常の会社の場合に最大の問題となるのが,免除益課税の問題です。学校は,学校経営の他に収益事業も営むことが可能で,その場合には,同様の問題が生じますが,収益事業以外には課税されないため、学校経営に関しての負債であれば、債務免除益の問題は考慮しなくてよいことになります。学校の負債が,どのような趣旨で発生したかにも注意が必要です。
第3 スポンサーの協力
学校経営は,スポンサーになり,経営手法を変えたからといって直ちに利益を生むものではありません。もちろん,経費の合理化や,魅力的な宣伝,新規の授業やカリキュラムの導入によって,収益構造は変えられますが,もともと利益を生むことを目的としていいからです。となれば,篤志家的な発想を持つ人,団体でなければ,スポンサーにはなってくれません。学校存続の重要性をアピールすることも大事ですが,学生,教職員の協力を始め,管轄庁の理解や,民事再生手続き上での工夫も含めた,支援体制が必要と考えられます。
[1] 京都地判平成7年9月22日(判タ902号111頁)は、学校は卒業生に卒業証明書を交付すべき義務を認めて、発行されるまでの慰謝料を認めている。同誌には、このような卒業証明書の交付請求権は、在学契約に由来するとの解説がなされている。
[2]学校法人の寄附行為及び寄附行為の認可に関する審査基準(私立学校法31条、私立学校法施行規則2条による)、これは認可基準と呼ばれており、同基準は、校地・校舎が設置基準を満たしていることを要するとしている。
[3]認可基準第1、1、(2)では、校地校舎は自己所有であることを原則としている。
民事再生手続におけるファイナンス・リース契約の取扱い
Ⅰ はじめに
中小企業金融円滑化法が施行された平成21年度以降,企業倒産件数は減少傾向にあり,今年は6年ぶりに企業倒産件数(負債総額1000万円以上)が1万3000件を割り込みました。
しかしながら,慢性的な円高や電力不足など,中小企業,とりわけ製造業を取り巻く経営環境は依然として厳しい状況です。中小企業金融円滑化法が期限切れを迎える平成25年度以降,再建型も含めた法的倒産処理手続を選択する企業数は増加するものと見込まれます。
ところで,再建型の倒産処理手続である民事再生手続においても,債権者であるリース会社から,債務の全額弁済やリース物件の即時引揚げなど,強硬な主張がなされることがあります。これらの要求を受け入れていると,ただでさえ経済的に窮境にある再生債務者[1]は,事業の継続のために必要な資金や設備を失い,事業再生が困難になります。また,再生債務者の事業再生を支援するスポンサーの立場からも,リース債権者への対応の巧拙は,拠出金の額に直結し,場合によっては支援自体の可否をも左右するものとなります。
したがって,民事再生手続を利用した事業再生を成功させるためには,リース債権者に対し,法律に従い適切に対応することが非常に重要になります。
そこで,今回は,問題点の多いファイナンス・リース契約の民事再生手続における取扱いについて,基本的な事項を整理したいと思います(以下では,民事再生法を「法」といいます。)。
Ⅱ リース債権の性質
リース物件のユーザーが民事再生手続開始決定を受けると,一部のリース債権者から,「リース債権は共益債権[2]だから,全額支払ってもらいたい。」との主張がなされることがあります。
こうした主張は,リース契約が賃貸借類似の契約であり,双方未履行双務契約[3]にあたるとの理解を前提に,開始決定時以降も再生債務者がリース物件を使用し続けていることをもって履行選択したと捉え,開始決定時以降に発生した反対債権が共益債権になると主張しているものと理解できます。実際,かつての東京地裁では,リース契約を双方未履行双務契約として扱い,リース債権を共益債権とする運用もなされていたようです。
しかし,ファイナンス・リース契約において,ユーザーは,契約により定められた範囲のリース物件の利用価値[4]を全て使い切ることが予定されており,中途解約は認められていないのですから,リース契約が締結された時点で,リース料債権は全額発生しており,月々のリース料の支払いとリース物件の使用は対価関係に立ちません。したがって,リース契約は双方未履行双務契約にはあたらず,リース料債権は再生債権[5]となります。この趣旨は,会社更生に関する判例[6]でまず示され,その後,平成20年には,民事再生に関する判例[7]でも,リース契約が双方未履行双務契約とならないことを前提とする判断が示されています。
このように,リース料債権が共益債権になるとのリース会社の主張には現在では理由がありませんので,再生債務者としては,リース料債権が全額につき再生債権に過ぎないことを説明し,必要な物件については,後述のとおり,別除権協定[8]の締結を目指すことになります。
Ⅲ 別除権協定
1 別除権者としての取扱い
前述のとおり,リース債権は再生手続開始決定により再生債権となりますが,リース債権者は,リース物件に担保権を有すると考えられるため[9],再生手続において,リース債権者は別除権者として処遇されます(法53条1項参照)。そして,別除権は,再生手続外で行使することができますので(同条2項),リース会社は,リース契約の解除とリース物件の引き上げを主張することがあります[10]。
2 別除権者に対する対抗措置
リース債権者が別除権協定締結に向けた交渉に応じず,問答無用的にリース物件の引き上げを主張する場合,再生債務者にはどのような手段が用意されているのでしょうか。
まず,再生手続開始申立後[11],担保権実行中止命令[12]の申立てをすることが考えられます(法31条1項)。これにより,別除権協定の締結に向けた交渉に必要な一定期間,担保権の実行を凍結させることができます。
また,交渉の結果,別除権協定の締結が不可能となった場合には,リース物件の処分価額[13]相当額の金銭を一括納付して,リース物件に存する担保権を消滅させることの許可を裁判所に対して求めることができます[14](法148条)。
なお,ユーザーに民事再生手続開始申立等の事由が生じたことを理由として,リース契約を解除するとのファイナンス・リース契約における条項(倒産解除特約)は,再生債務者に,別除権協定締結の必要性に関する検討やリース債権者との交渉,担保権実行中止命令・担保権消滅請求等の検討をする時間を与えず,問答無用的にリース契約を解除する点で,民事再生法の強行法的規律に反し,無効であると解されます[15]。
3 別除権協定に向けた交渉
再生債務者は,2で述べたような法制度の存在を前提に,場合によってはその一部を利用しつつ,別除権者と別除権協定締結に向けた交渉に臨むことになります。
ところで,リース債権者からは,交渉の過程で,残リース料ベースでのリース契約の巻き直しや再リース契約締結の提案がされることがあります。
しかし,このような処理を採用すると,契約締結当初に必要とされる資金は少額で済むものの,実質的に再生債権の全部又は一部が共益債権[16]に格上げされることになり,最終的には再生債務者の事業再生の重荷になります。したがって,リース契約の巻き直しによるリース債権の処理は,再生債務者にとって望ましいものではありません。
そもそも,リース債権者が把握している担保価値は,リース物件の処分価額を上限とするものです。そのため,再生債務者としては,リース債権者との交渉に先立ち,リース物件の処分価額を査定した上で,そこから物件の運び出し等に必要とされる費用を控除した価額をベースに,別除権協定の締結を目指すことになります。
さらに,スポンサーによる支援を前提とする民事再生の場合には,別除権協定によるリース債権者への弁済方法については,再生計画認可後の一括弁済によるべきです[17]。したがって,スポンサー支援を検討する企業は,別除権者への支払を考慮した上で,拠出可能な金額を決定する必要があります。
[1]民事再生手続開始の申立をした債務者を再生債務者と言います。
[2] 共益債権は,民事再生手続によらず随時弁済できます(法121条1項)。
[3] 再生手続開始決定時に,双方の債務の履行が完了していない双務契約については,再生債務者に履行か解除かの選択権が認められ(法49条1項),再生債務者が履行を選択した場合には,相手方の債権が共益債権となります(同条4項)。
[4] この点,フルペイアウト方式のファイナンス・リース契約においては,ユーザーがリース物件の利用価値を全て使い切ることが予定されており,ノンフルペイアウト方式のファイナンス・リース契約においては,リース期間終了後のリース物件に残存価値があることが予定されていますが,契約上予定された利用価値をユーザーが使い切るという点で,両者に差異はないと理解すべきです。
[5] 再生債権は,原則として再生手続外で弁済することができず,再生計画に従って権利変更された額が弁済されることになります(法85条1項)。
[6] 最判平成7年4月14日(民集49巻4号1063頁)。
[7] 最判平成20年12月16日(民集62巻10号2561頁)。
[8] 再生債務者が別除権者に対して一定額を支払い,別除権者が担保権の全部又は一部を放棄することを内容とする,再生債務者と別除権者との合意を別除権協定と言います。
[9] リース債権者が何に対して担保権を有するのかが,別除権の行使方法と関連して問題になります。
まず,担保権の対象をリース物件の所有権と見ることが考えられます。その場合,リース物件の引き揚げ行為そのものが担保権の実行として捉えられることになります。
しかし,ファイナンス・リース契約において,リース物件の所有権が終始リース会社に留保されており,リース契約の終了後もユーザーに移転することが予定されていないことを考慮すると,リース物件の所有権に対してリース会社の担保権が設定されていると考えることには無理があると考えられます。
そのため,ファイナンス・リース契約においては,リース物件の利用権に対して担保権が設定されていると理解されます(大阪地決平成13年7月19日(金法1636号58頁),山本和彦「倒産手続におけるリース契約の処遇」金法1680号13頁)。
このように解しても,リース会社がユーザーからリース物件を取り戻して交換価値を実現し弁済を受けるところまでをリースにかかる担保権の実行手続と評価することは可能であると解され(才口千晴他「新注釈民事再生法」154頁),再生債務者が担保権実行中止命令等の手続を採ることはなお可能であると考えられます。
[10] 特に,リース物件が自動車である場合などのように,リース物件の引き揚げが容易でリース物件としての資産としての劣化が早い場合には,リース会社は強硬に物件の引き揚げを主張します。
[11] 再生手続開始決定後も含みます(前掲才口千晴他145頁)。
[12] なお,担保権実行中止命令は,担保権の実行としての競売に関する規定ですが,ファイナンス・リース契約にも類推適用されると解されます(前掲山本)。
[13] ファイナンス・リース契約においては,リース物件の利用権に担保権が設定されていると考えられるため,「処分価額」(民事再生規則79条1項)とはどのような価額を指すのかが問題になりますが,リース債権者は最終的にリース物件を復帰させることにより担保権の実行を行うので,リース期間満了時のリース物件の残存価値の有無にかかわらず,「処分価額」もリース物件自体を競売により売却した場合の価額と等しくなるものと考えられます。
[14] ファイナンス・リースが担保権消滅請求の対象となることにつき,前掲大阪地判平成13年7月19日,東京地判平成15年12月22日(金法1705号50頁)等参照。
[15] 前掲最判平成20年12月16日,岡正晶「判批」金法1876号44頁。
[16] 再生手続開始決定後にリース契約を巻き直すと,それにより発生するリース料債権は,共益債権となります(法119条2号)。
[17] スポンサー型の民事再生の場合,リース債権者は一括による弁済を期待しており,また,一括弁済であればリース債権者としても低価格での別除権協定締結に応じやすくなります。
DIPファイナンスの必要性~コロナ禍の事業再建―支援したい取引先のために~
弁護士 苗村博子
1.はじめに
耳慣れない言葉に戸惑われたかと思いますが、DIPはDebtor In Possessionの略で、債務者が自ら経営を続けながら、事業の再建を目指す、米国のChapter 11と呼ばれる再建的な倒産手続きの手続開始の直後に手続中の資金を得るための融資のことをDIPファイナンスといいます。Chapter11は、米国では、1979年に旧Chapter10の全面改正によりできた章で、再建的な倒産手続を定めています。
新型コロナの問題以前は平成の徳政令ともいわれた中小企業金融円滑化法による金融機関の返済の猶予と、この20年の間に進化した私的整理の手法によって法的倒産を回避して行う事業再建が一般化したことにより、日本では会社更生手続や民事再生手続を申請する事業者は激減しました。私も管財人代理を務めましたマイカルの会社更生事件では、みずほ銀行等から、更生計画案提出までに苦しくなる資金繰りに対し、このDIPファイナンスを受けることができましたが、その他は運送業のFootwork社の民事再生手続やJALの会社更生手続で同様にこれが実施された以外では、大規模な案件ではなく、DIPファイナンスは米国のChapter 11では、一つのファイナンス手法として確立しているにも関わらず、日本ではほとんど育っていません。今回は、コロナ禍の事業再建手続においてこのDIPファイナンスを必要とする事業者が増加すると考えられ、DIPファイナンスを日本で根付かせるために何が必要かについて述べたいと思います。
2.米国でDIPファイナンスが事業として成り立つ理由
(1) DIPファイナンスと債権分類
米国でもDIPファイナンスは、Chapter 11が制定された直後にはなかなかこれに乗り出す金融機関はありませんでした。米国ではDIPファイナンスの債権が回収不能のリスクの高い債権(Highly Leveraged Transaction)とみなされるとこのファイナンスはできないと考えられたからです。そこで、金融機関が当局に働きかけ、1991年に(連邦準備制度理事会)その他管轄機関の金融調査においてDIPファイナンスの債権は、非分類とされるとのガイダンスが出されたとのことで、これによって大手の金融機関がDIPファイナンスに乗り出すようになりました。
(2) プライミングリーエンの付与(DIPファイナンスへの優先性、担保の付与)
加えて、Chapter 11は、DIPファイナンスについて特別の貸し手へのインセンティブを定め、より、貸し手にとって魅力的なものとしています。
① 364条(a) 通常業務でなされる無担保の貸付けについては、裁判所の許可なしに、債務者は、借入が認められている。この債権は、管理費用と同等の優先性が付与される。
② 364条(b) 通常業務以外の無担保の貸付けについては告知と聴聞の後に、裁判所によって許可される。同じく管理費用と同等の優先性が付与される。
③ 364条(c)他の管理費用に優先して回収することができるというSuper Priorityが与えられ、加えて、担保設定されていない資産に対し担保設定でき、かつ担保設定されている資産に対し、劣後担保を設定できる。かような優先性を付与しなければ、DIPファイナンスを得られないことを裁判所に示す必要があり、裁判所の許可を要する。
④ 364条(d) 最も優先性の高いDIPファイナンスで、既存の担保と同列又は先順位の担保を与えること(Priming Lien)によってしか、DIPファイナンスを得られないような場合に限られる。また既存の担保権者に対して適切な保護(appropriate protection)が与えられることが要件とされ、裁判所の許可を要する。
⑤ いずれの裁判所の許可もDIP Orderという裁判所の命令の形で発令され、DIPファイナンスが善意で行われている場合にはその効力は上訴審の決定により無効とされない。
④のいわゆるプライミングリーエンを付与する場合の、既存の担保権者に対する適切な保護については、その担保権者の同意があればともかく、そうでない場合、これを証明することは困難ではあるとされます。ただし、広く担保を徴求している担保権者は、既存の債権についての担保価値の下落を避けるため、同意することが多く、また一部の財産にだけ担保を設定している担保権者が反対する場合には、その財産を避けて他の財産に先順位担保を得てDIPファイナンスがなされるとされています。従って、担保を多く有している既存の債権者がこの債権の保護の意味でDIPファイナンスを行うことも多く、このような場合はDefensiveな場合といい、新たにDIPファイナンスを行う貸し手をOffensiveな貸主とも呼ぶようです。
3 日本へのあてはめ
(1) DIPファイナンスと既存の担保権者
日本では、金融庁検査では、各金融機関の自己査定に基づいて債権の分類を行うことが認められていますが、多くの金融機関は、回収困難な債権として分類しているのではないかと思われます。しかしながら、上述の米国のChapter11 364条のような保護がDIPファイナンスに与えられればどうでしょうか?
④の364条(d)のようなプライミングリーエンが与えられる場合はなおのこと、③の(c)のように、手続申立前の債権に優先するだけでなく、手続開始後に発生する債権(日本の共益債権に当たり、手続き外でも弁済が認められる債権です)にも優先するようなものであれば、回収の可能性は相応に高くなり、多額の引当てを積む必要はなくなります。
また裁判所の許可で担保権が設定されるのであれば、メインバンクにとっては、既存の担保の価値を維持する意味でも、DIPファイナンスを行って、ニューマネーを債務者に供与して、事業を継続してもらう合理的な理由が出てきます。
もちろん既存の担保権者と並ぶまたはその先順位になる担保権の創設を裁判所の許可だけでできるようにするのですから、このような立法は、民法その他の法律によって認められてきた担保権の価値を大きく左右することになると考えられるかもしれません。しかし現実に担保権の実行が最も必要となるのは借主が倒産した場合です。会社更生法においては、担保権も手続きに取り込まれ、その手続下では、担保権実行は認められず、更生担保権として担保価値に応じた額を更生計画に応じて支払われるにとどまります。このような担保権の倒産手続きによる変容が許容されていることからすれば、裁判所の許可を以て、DIPファイナンスに担保権を付与することも日本においても許容できるのではないかと思います。
このためにはもちろん立法を必要とします。現在再建的な倒産手続きに精通した弁護士で(私も一応メンバーです)、このようなDIPファイナンスを取り入れるための時限立法を含め、より窮境にある事業者が民事再生手続き等を申立て易くできないか検討しています。
(2)もしDIPファイナンスに優先的な担保権等を付与し得るなら
さて、ようやく副題との関係を記せるようになりました。皆様の会社の取引先で、窮境に陥っていて、いよいよ法的な倒産手続きが必要な企業に対し、支援を考える場合にもDIPファイナンスに優先権があれば、先にこのようなDIPファイナンスにより、当座の事業資金を融通しやすくなることに気が付かれたと思います。DIPファイナンスは既存の担保権者が行うDefensiveな場合だけでなく、支援企業でも行えます。債権者数も多く、再生計画案が同意されるかわからない、事業の先行きに不確定要素があるというような場合でも、必要な技術等を持っている取引先であれば、支援をしたいと考えるところです。ただ、その不確実さがある故二の足を踏んでしまうといった場合に、担保権設定ができ、かつ共益債権としての優先順位が高ければ、回収できないとのリスクは相当小さくなり、思い切った支援をしても大丈夫との判断がつきやすくなります。そして、支援者がDIPファイナンスを行うというだけで、債務者の取引先の信頼度は十分に改善し、より良い方向に歯車は回りだします。
4.最後に
コロナ禍の経済、特に製造業への悪影響はこの秋冬から本格化するといわれています。それまでに何とか時限立法でよいので、コロナ禍の窮境企業の再建についての立法にこのようなDIPファイナンスへの優先性の付与がなしえないか、運動を続けていきたいと考えています。
以上