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遺言書と遺留分の話

弁護士・ニューヨーク州弁護士 苗村博子

1. 遺言書不作成のススメ

家族の関係が希薄になりつつあり、また一人で老後を迎える人達が増えてきたこともあって、近頃、遺言書作成の色々な案内がありますね。弁護士は、遺言作成のお手伝いも業務の一つですので、本当はこんなことをいってはいけないのかもしれませんが、相続人の一部に財産を集中させるような遺言書は作成しない方がいいというのが私の持論です。

遺言書は、後で相続人同士の争いを避けるためのもの。なぜ反対するの?と思われるかもしれません。しかし、現実には、なかなかそううまくはいきません。遺言書に書いたとおりに財産が分配されるとは限らないからです。

2. 遺留分の制度

(1) 遺留分とは?

日本には、遺留分という制度があり(民法1028条以下)、相続人が父母や祖父母といった直系尊属である場合には相続財産の3分の1,配偶者、子供(子供が先に死亡していた場合は代襲相続人としての孫)には、相続財産の2分の1までが遺留分として認められ、この遺留分を害するような遺言に対しては、遺言書に書かれた遺贈や贈与の減殺を請求できます(民法1031条)。減殺とは、その効力を遺留分額に限って、なくしてしまうとうことです。従って遺言者の思惑とは異なり、遺言どおりに相続財産が分けられるとは限らず、遺留分減殺請求がなされることも多く見られます。

その場合には、なまじ被相続人の意思が遺言書に記載されているがために、いわゆる相続争いは激化しがちです。遺留分減殺請求をする側からすれば、自分の知らないところで自分に不利な遺言書が作成されたということで、遺言者に裏切られたような気持ちになることが多く、かといってその時点では遺言者は既に亡くなっているので、勢いその怒りの矛先は、遺言書で有利に取り扱われている相続人に向かってしまいます。

私もやはり、相続人間での激しい争いをいくつか見てきました。双方共に、大変に消耗されていく様子を見るのは弁護士としてもつらいものがあり、なんでこんな罪作りな遺言書を作ったんだと、お会いしたことのない遺言者(被相続人)を恨みたくなるような気持ちになることもあります。遺言書は、文書として残りますので、遺言者の最後の意思として重く扱われますが、ご高齢の方の場合などは特に、その時々で考えが変わることも多く、確固たる最終意思が記載された遺言書といえるものは、本当は少ないように思います。

というわけで、私はご依頼者には、なるべく、相続人の一部を利するような遺言書は作らないようにとアドバイスしています。自分がいなくなってからのことまで心配せず、後は残った人に任せましょうと。

(2) 遺留分がなぜ認められているのか?

自分が築いた財産なのに、なぜ自分の思い通りに処分できないの?と遺留分の制度自体を不審に思われるかもしれません。この制度は昭和27年の民法改正で導入されました。それまでの家督相続が「家」制度につながるという理由で諸子均分相続制度に変更すべしとの意見に加え、配偶者保護の要請から、このような制度が規定されたのです。また遺言者の財産といっても家族で築いたものという点もあることから、潜在的に相続人は、遺言者の財産に一定の権利を有しているとの考え方もその背景にあります。

私自身は配偶者間では、この点への配慮はもっともだと思います。夫婦間では、一方名義の財産も二人で築き、守ってきたと言える場合が多いからです。しかし、子供に関しては、遺留分の制度が必要かは疑問に思っています。これらの人達が、財産の形成に関与することは現代では稀だからです。

(3) 遺留分減殺請求権の行使方法

このような遺留分の制度ですが、現実にその権利を行使する減殺請求については、相続の開始と減殺ができる遺贈や贈与があったことを知った時から1年以内に請求しなければ時効消滅してしまいます(民法1042条)。遺贈とは相続人や第三者に遺言書で以て財産の一部または全部を贈与することをいいます。遺留分減殺請求の対象になる贈与は死亡前1年以内のものに限られます(民法1030条)。また減殺請求できる贈与と遺贈がある場合、遺贈から先に(民法1033条)、そして時系列的に新しいものから先に減殺請求の対象となります(民法1035条)。

3. 遺留分の放棄と推定相続人の廃除

このように遺留分の制度は複雑で、また上では触れませんでしたが、その計算方法も様々な考え方があり、どうしても紛争化すると長期、深刻なものになってしまいます。それも私が遺言書不作成のススメをする理由です。

それでも,どうしても諸事情で財産を一定の人に集中させる必要がある・・・という場合には、方法がないわけではありません。被相続人の生前の相続放棄は認められていません。被相続人に対して、①虐待をし、②重大な侮辱を加え、または③その他著しい非行がある推定相続人には、被相続人は家庭裁判所に相続人の排除の請求をすることができますが(民法892条)、②、③のような事情については、よほどのことがないと裁判所では廃除が認められません。

そこで、一定の人に財産を相続させる、遺贈するというような遺言書を書き、それに対して遺留分を持つ相続人に、あらかじめ遺留分の放棄をしてもらうことが考えられます(民法1043条)。

しかし、この放棄は、家庭裁判所の許可がなければ効力を生じません。裁判所の許可の基準については、必ずしも明確ではありませんが、①放棄が放棄者の真意に出たものであること、②放棄に合理的・必要的理由があること、③放棄に対する代償財産の提供があること等が要素として検討されているようです。基本的には、真意に基づくものか、裁判所が確認できればよいのではないかと思っています。

忘れられる権利~最高裁判所第三小法廷平成29年1月31日決定について

弁護士 立川 献
1.はじめに
いわゆる「忘れられる権利」に関する判断が下されるものとして注目されていた「投稿記事削除仮処分申立事件」に関して、平成29 年1 月31 日、最高裁が決定をしました。
「忘れられる権利」は、特にインターネット上の情報の拡散防止の観点から、「個人が自己に関する情報の削除又は非表示を求める権利である」等と説明されています。「忘れられる権利」との用語は、平成26 年5 月13 日欧州連合司法裁判所の判決によって注目を浴びるようになったものです。検索事業者最大手である本仮処分の相手方(グーグルインク。ここでは「Y」とします)も、当該判決を受け、EU 領域内のドメインに限定されるものの、検索結果からの削除要請を受け付けるという対応を行っています。
第一審であるさいたま地裁は、過去の犯罪について、その性質によるものの、ある程度の期間が経過した後には、社会から「忘れられる権利」があり、本仮処分申立人(ここでは「X」とします)はこれを有すると述べ、X の申立てを認めました。しかし、最高裁は「忘れられる権利」との表現を用いることを避け、検索結果の削除請求については「個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益」に関する問題と捉えたうえ、判示を行いました。
本稿では、事案の概要、最高裁決定の判断をご紹介し、今後の展望等について言及したいと思います。

2.事案の概要
① X は、児童買春をしたとの被疑事実により、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」(改正前)違反の容疑で、平成23 年11 月に逮捕され、同年12 月に罰金刑に処せられた。
② ①の本件事実が、X の逮捕当日に報道され、インターネット上のウェブサイトの電子掲示板に多数回書き込まれた。
③ Y は、インターネット利用者に対して、ウェブサイトの検索結果であるURLを当該利用者に提供することを業として行う「検索事業者」である。
④インターネット利用者が、X の居住する県の名称とX の氏名を条件として検索すると、本件事実が記載されたウェブサイトのURL 等の情報が、インターネット利用者に提供される。
⑤そのため、X がY に対し、人格権ないし人格的利益に基づき、本件検索結果の削除を求める仮処分命令の申立てを行った。

3.最高裁決定
最高裁は、「忘れられる権利」という表現を用いることなく、結論としては、Xの抗告を棄却しました。

(1)個人のプライバシー上の利益と検索結果の提供行為の性質
まず、最高裁は、「個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象となるというべきである」と述べました。一方、検索事業者であるY の「検索結果の提供」行為の性質について、「情報の収集、整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの、同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから、検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する」し、「公衆が、インターネット上に情報を発信したり、インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている」としました。

(2)検索結果提供行為の違法性を判断する枠組み
そして、「検索事業者による特定の検索結果の提供行為が違法とされ、その削除を余儀なくされるということは、…表現行為の制約であることはもとより、検索結果の提供を通じて果たされている上記役割に対する制約でもあるといえる」としたうえで、検索結果の提供行為が違法とされるか否かについては、諸事情(当該事実の性質・内容、プライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、その記事の目的・意義、記事等が掲載されたときの社会的状況とその後の変化、記事等において当該事実を記載する必要性等)を踏まえた「当該事実を公表されない法的利益」と、「URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情」を比較衡量して判断した結果、「当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」には、「検索事業者に対し、当該URL 等情報を検索結果から削除することを求めることができる」としました。

(3)本事案におけるX の削除要請権
児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は、他人にみだりに知られたくないX のプライバシーに属する事実であるが、児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており、社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることに照らし、今なお公共の利害に関する事項であるといえ、検索結果は、X の居住する県の名称とX の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると、本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる、として、抗告人が妻子と共に生活し、罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることが伺われることなどの事情を考慮しても、本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない、としました。

4.まとめに代えて
本最高裁決定は、「忘れられる権利」との表現を採用してはいませんが、「忘れられる権利」という考え方が登場したのも、インターネットが広く普及し始めた頃からであり、これを巡る国際的な情勢も未だ流動的な現状において、現時点で判断を行うことなく、将来の判断に委ねたものと考えることができるように思います。
今後、検索結果からの削除請求については、最高裁の定立した比較衡量論に従った判断が蓄積されていくと考えられます。最高裁は明示していないものの、一体どの程度の期間が経過すれば、個人のプライバシー情報が「公共の利害に関する事項」とはいえなくなるのか、という「時間の経過」という要素も、本決定後の裁判例においては重要視されていくのではないかと考えられます。