アーカイブ
最判(二小)平成31年1月18日(裁判所ウェブ)
判決の送達を欠いた外国判決の承認
弁護士・大阪大学名誉教授 渡辺 惺之(わたなべ さとし)
・民訴法118 条2 号は敗訴被告への訴訟開始文書の送達を外国判決の承認要件とする。その文書の送達(公示送達を除く)が被告の応訴権を保障するからである。最判平成31 年1 月18 日は、訴訟開始文書ではなく、敗訴被告への判決送達を欠く外国判決の承認に関する判例である。控訴審は、日本在住被告への送達を欠く米国(カリフォルニア州)デフォールト判決について、「判決や決定の当事者に対する送達は、裁判所の判断に対して不服を申し立てる権利を手続的に保障するものとして、我が国の裁判制度を規律する法規範たる公の秩序の内容となっている」とし、「欠席判決であるが故に欠席当事者…への送達を要しないものとされているとしても、そのような訴訟手続自体が日本における公の秩序に反する」として承認を拒絶し執行判決請求を棄却した。これに対し上告審は「外国判決に係る訴訟手続において、当該外国判決の内容を了知させることが可能であったにもかかわらず、実際には訴訟当事者にこれが了知されず又は了知する機会も実質的に与えられなかったことにより、不服申立ての機会が与えられないまま当該外国判決が確定した場合,その訴訟手続は、我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものとして、民訴法118 条3 号にいう公の秩序に反するということができる」と判示し、原審に差し戻した。
・敗訴被告への判決送付は、訴訟開始文書の送達と違い、法廷地訴訟法上の訴訟法律関係にある当事者として送達という方式に限定する必要はない。上訴権の保障には判決内容の了知で足りるとの基準は合理的である。ここでの外国判決承認の実質的な公序基準は上訴権侵害に当たるのかにある。通常、法廷地国外在住の当事者は法廷地訴訟法により国内の送達場所や送達受理代理人等の届出が求められるので、判決の不送達は例外的な事故が多い。敗訴被告の側に法廷地訴訟法が課している訴訟当事者としての義務過怠による送達事故もある。国により職権送達主義か当事者送達主義かによる違いはあるが、送達がなく敗訴被告が了知を欠いた場合でも常に上訴権の侵害があるとは限らない。敗訴被告に「了知させることが可能であった」のに「了知されず又は了知する機会も実質的に与えられなかった」かの判断が問題となる。
・本件で問題となった米国デフォールト判決は、一般に欠席判決と訳されるが、懈怠判決という方が適切である。欠席当事者に相手方主張事実への擬制自白を認めて下す日本法の欠席判決とは異なり、英米法の懈怠判決は裁判所の期日出頭命令に対する不服従当事者への制裁として対立当事者の請求を認容する制度である。本件も、被告が米国訴訟の途中で代理人を解任し後任を選任せず期日欠席を続け、裁判所の代理人選任と期日出席を命じた懈怠警告付き決定への違反事例である。この命令違反による懈怠判決は判決登録日に確定し、懈怠当事者へは送達されない(FRCP77 条(d)(1))。懈怠当事者は自ら訴訟離脱し防御権を放棄した(out of court)とされる。この米国デフォールト判決を公序違反として判決の効力承認を拒絶すべきかであり、上訴権の実質的な侵害と判断すべきかである。
・日本の民事訴訟において、外国被告が、例えば国内訴訟代理人を解任し届出場所での送達受理ができない状態にしながら、その所在も明らかでない場合、判決の公示送達を認める見解も有力である(秋山・伊藤・加藤・高田・福田・山本『コンメンタール民事訴訟法Ⅱ』419 頁)。ドイツ法は外国当事者が送達受理代理人の指定をしない場合、その外国住所に付郵便送達を認める(ZPO184 条(1)、芳賀雅顕『外国判決の承認』153 頁)。スイス連邦裁判所は、スイス法も同様な場合に公示送達を認めるとして、被告は警告を無視して期日不出頭を続けたのであり、自ら上訴機会を放棄したに等しいとし、公序違反をは認めず米国判決を承認した(BGE116II625,1990/12/19)。被告自らの手続過怠の結果で上訴権の侵害ではないとした。
・以上とは異なり、判決の送達は欠いたが、敗訴被告が実際には了知していた、つまり上訴は実際には可能であった事情を挙げて、公序違反は生じていないというアプローチもあり得る。本件でも、米国訴訟の原告代理人が法的義務はないが自発的に被告本人に敗訴判決を送付し、被告の所在変更のため受理されなかったが被告は了知していたとか、被告に対する米国での別件手続においてデフォールト判決の了知があったとかの主張もある。偶然的な了知によって実際には上訴権の侵害はなかったという主張もあり得る。
・第1 の公序違反の主張は、敗訴被告が制度的な上訴権保障を自身の懈怠により放棄したと看做すことの相当性という帰責性が重要になる。これが認められない場合でも、敗訴被告が偶然的事情により了知していて実際には上訴の機会は失われていないという第2 のアプローチもあり得る。偶然の了知による上訴権侵害の治癒の相当性が問題となるが、デフォールト判決に関する公序違反の論理としては被告の手続過怠の帰責性を問題とするのが本筋に思われる。
弁護士 苗村博子
1.はじめに
今回は少し身近に感じられるかと思われる事案についての判決をご紹介します。結婚していても、配偶者以外の人に心惹かれてしまう人は、皆様の周りにもいらっしゃるかもしれません。そんな二人が男女の関係になってしまった、これを知った配偶者が、離婚をする際に男女関係の相手方に「離婚慰謝料」を請求できるかという問題です。
配偶者の不貞の相手方に対する慰謝料請求は、今、弁護士の業界では一つのトレンドとなっていて、また年々その慰謝料額は高額になってきました。有責配偶者への離婚慰謝料がほぼ一定、何十年連れ添ったご夫婦でもほぼ500万円が最高額というのがこの数十年変わらないのに対し、数十万円だった不貞慰謝料は今や数百万円にまで上がっています。
不貞の相手方への「不貞の慰謝料」と不貞の相手方への「離婚の慰謝料」は、まったく異なるもので、本件で離婚慰謝料が否定されたからといって、不貞の慰謝料を認めないわけではありません。しかし、最高裁がわざわざ、本件で離婚慰謝料を否定したことから、不貞の慰謝料請求にも制限的にするとの影響を及ぼすことが考えられます。実は不貞の慰謝料請求ができるかは、長年論点となってきましたが、裁判所は、一定の範囲でたやすく慰謝料請求を認めてきたのです。
まずは、なぜ原告が、不貞の慰謝料請求をせず、離婚慰謝料を請求したのかなど、本件特有の事実関係を見ながら、不貞の慰謝料、離婚慰謝料について検討していきましょう。
2.事案の概要について
本件の原告の妻をAさんと呼ぶことにします。原告とAさんは2子を設けたご夫婦ですが、結婚後12年ほどで夫婦関係がない状態となっていました。被告はそのころAさんと勤務先で知り合い、それから半年後に二人は男女の関係になり、それから約1年後、原告は、Aさんと被告との関係を知ることとなりました。Aさんはそのころ被告との関係を解消して、原告との同居を続けましたが、4年後に2番目の子供さんが大学に入学したことを機に別居しました。原告は、Aさんに対し、「夫婦関係調整の調停」を申し立てましたが、結果別居から10か月後に離婚が成立しました。判決からは明らかではないのですが、夫婦関係調整の調停は、夫婦としてやっていきたいと思う人が申し立てるものですので、原告は、婚姻の継続を望んでいたと思われます。その後、原告は、被告に対して、離婚に至ったのは被告とAさんの不貞行為が原因だとして、被告に対し、500万円近い慰謝料を請求しました。
3.第一審、控訴審での論点
第一審は、約200万円の範囲で離婚慰謝料を認め、控訴審もこれを支持しました。
第一審では、被告から、Aさんと不貞行為に至った時点で原告とAさんの婚姻関係が破綻していた、またそうでないとしても、不貞の事実を知ってから4年を経過しており、消滅時効が成立しているとの反論がなされました。裁判所は、不貞が始まった時点で原告とAさんは同居し、家計を同一にしていたこと、結婚から数年間はAさんから離婚を申し出ることはあったが、不貞が始まった当時はそのような申立てはなかったとしてまず、婚姻関係が破綻していたとの反論を退けました。また消滅時効については、原告が請求していた、探偵を使った調査費用については、その支出から3年以上経過しているとして消滅時効の抗弁を認めましたが、離婚慰謝料そのものについては、離婚が成立するまで、時効は進行しないとして、時効消滅をみとめず、離婚原因を被告とAさんの不貞行為にあるとして、原告の精神的苦痛に対して約180万円と弁護士費用18万円を認めました。第一審、控訴審ともに、時効の起算点はともかくとして、「不貞の慰謝料」と「離婚慰謝料」を一連のものとして、第三者である被告に離婚慰謝料の支払いを命じたものといえます。
4.最高裁の判断
本件で、最高裁は「夫婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではないが、協議上の離婚と裁判上の離婚のいずれであっても、離婚による婚姻の解消は、本来当該夫婦の間で決められるべき事柄である」として第一審、控訴審とは異なり、離婚と不貞行為の間に直接の関係を認めず、「夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は、これにより当該夫婦の婚姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても、当該夫婦の他方に対し、不貞行為を理由とする不法行為責任を負うべき場合があることはともかくとして、直ちに、当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはない」とし、第三者がそのことを理由とする不法行為責任を負うのは、当該第三者が単に夫婦の一方との間で不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られる」として、本件では、不貞行為の発覚のころにその関係が解消され、離婚成立までに特段の事情があったとは認められないとして原告の請求を認めませんでした。
5.最高裁判例からくみ取れること
最高裁は、離婚というのは当事者間で決められるもので、不貞の相手方は、第三者であると基本的には離婚慰謝料を認めませんでした。判例評釈では、これまで第三者に離婚慰謝料が認められたのは、夫両親の嫁いびりの特殊な案件のみとされており※1、本件は、不貞の相手方もこのような案件と、第三者であるという点では変わりないと判断したのだろうと指摘しているように思えます。そして本件では、不貞発覚、不貞関係終了から3年以上婚姻が継続されたうえでの離婚であり、不貞と離婚との関係が薄れていたという事情、不貞の慰謝料は、探偵費用に見られるようにすでに時効消滅しており、原告としては離婚慰謝料という形をとらざるを得なかったことに特徴があります。これだけですと、離婚において第三者が責任を問われることはまずないというだけでさして目新しさは感じられません。
しかし、第一審、原審は、不貞の慰謝料と、離婚の慰謝料をほぼ同一視していることから考えると、最高裁は、この不貞の慰謝料請求にも安易な適用を避けるべきとのメッセージを込めたようにも思えます。
冒頭でも述べましたが、実は不貞の慰謝料を認めるべきかについては、裁判所は最高裁も含め、これまでは、「他方の配偶者の夫又は妻としての権利」が侵害されているのだとして、基本的には不貞の相手方への「不貞の慰謝料」の請求を認めてきているのです。
例外は、すでに婚姻関係が破綻していた状態で不貞関係に至った場合※2や、権利濫用と考えられる場合で、このような場合には、これを否定する最高裁判例も奇しくも同じ日に出されています※3。また、婚姻生活の平穏に支障をきたさないとの理由で、クラブのママとの性交渉については、長期に亘るものであって、相手方配偶者が精神的な損害を被っていたとしても不法行為にならないとする判例※4なども考えますと、不貞慰謝料が認められるのは、不貞関係に至った当時、婚姻関係が継続していて、不貞をきっかけに婚姻関係が破綻し、かつ相手方配偶者が不貞関係を知った時から3年以内といった場合に限られることになるのかもしれません。学説には、配偶者以外の人と性関係をもつかどうかも、自らの判断で行った配偶者自身が貞操義務違反の責任を負うのが筋だとして、相手方の不法行為責任を否定する考え方もあります※5。
婚姻に伴う貞操義務自体は、今後も認められ、有責配偶者が相手方配偶者に対して、慰謝料を支払うべきという考えは今後も大きく変わることはないでしょうが、不貞の相手方への慰謝料は、制限されていくことになるように思われます。
以上
※1 判例タイムズ146号30頁
※2 最判平成8年3月26日(民集23巻10号1896頁)
※3 最判平成8年3月26日(家月48巻12号39頁)
※4 東京地裁平成26年4月14日判決
※5 二宮周平「妻の不貞行為の相手方の不法行為責任」判例タイムズ1060号112頁
SMSの開示を認めた発信者情報開示に関する裁判例について
弁護士 倉本武任
1.はじめに
インターネット上の掲示板、個人のブログ、SNS等において名誉を毀損する記事やプライバシー、自身の著作権が侵害されるなど、ネット上の情報の流通による権利侵害は身近に起こりうる問題です。法的な対応のためには、被害者は、まず、相手方の氏名、住所等を取得する必要があります。しかし、通信の保障(憲法21条2項)との関係で、発信者情報の開示に応じたプロバイダが、通信秘密の侵害を理由とする法的責任を追求されるおそれがあるため、プロバイダ責任制限法[1]上、被害者に認められた制度が発信者情報開示請求権です。以下では、実際に発信者情報の開示を請求するための手順を説明した後、SMSのアドレスの開示を認めた近時の裁判例(東京地方裁判所令和元年12月11日判決:判例未掲載)について検討します。
2.発信者情報開示の手順
(1)コンテンツプロバイダ[2]に対する請求(下記図の情報開示請求①)
例えば名誉を毀損する記事について、投稿されたウェブサイト上の記載から管理運営主体が分からない場合が多く、被害者はインターネット上で利用できる「Whois」サービスを利用して、ドメイン名[3]の登録者を検索することになります。ウェブサイトを管理運営している者を特定し、その者を債務者として発信者情報の開示又は投稿記事削除の仮処分を申立て、アクセスログ(IPアドレス[4]、タイムスタンプ[5])の開示を受けることになります(任意に開示に応じてもらえない場合の対応となります)。
(2)経由プロバイダ[6]に対する請求(下記図の情報開示請求②)
被害者が、コンテンツプロバイダから開示されたアクセスログを元に、「Whois」サービスを使用して、発信者が利用している経由プロバイダを割り出し、その者を債務者として、当該タイムスタンプの日時に当該IPアドレスを付与した発信者の開示を求めることで、当該発信者の氏名、住所が判明することになります。第2段階では、発信者の氏名、住所の開示につながることから、開示の要件を満たすかについて審理を尽くす必要性は高く、仮の判断を求める仮処分手続ではなく、通常の訴訟手続による対応が求められます。なお、経由プロバイダが発信者情報を削除してしまわないよう、必要があれば、前に発信者情報保存の仮処分を検討する必要があります。
【図】
(3)携帯電話からの投稿の場合
携帯電話からの投稿の場合、発信者が契約する携帯電話事業者のプロキシサーバ[7]を通じてコンテンツプロバイダのサーバ上に、携帯電話事業者のプロキシサーバのIPアドレス、送信元ポート番号[8]、タイムスタンプ、接続先のURL情報に加えて、発信者が通知を設定している場合には個体識別番号が記録されます。したがって、携帯電話端末の書き込みにより権利侵害を受けた者は、①コンテンツプロバイダに対し、書き込んだ者の氏名、住所、タイムスタンプ、接続先のURL、プロキシサーバのIPアドレスの開示請求をする、②①によっても書き込んだ者の氏名、住所が判明しなければ、開示を受けたプロキシサーバのIPアドレスから判明した携帯電話会社(上記図でいう経由プロバイダの立場となります。)に対し、携帯電話端末の所有者の氏名、住所の開示を求めることになります。
3.事案の概要について
東京地方裁判所は令和元年12月11日、SMSで使われる電話番号はメールアドレスに該当するとして、その開示を認める判決を下しました。報道によれば、都内の不動産事業者(原告)が、不動産情報を扱うネット掲示板にトップ2人に対する身体的な中傷に当たる書き込みがなされたとして携帯電話事業者であるソフトバンク株式会社(被告)に発信者情報の開示を求めた事案です。書き込みは携帯電話の番号をアドレスとして使ってやり取りをするSMSを利用して行われたため、原告は、SMSのアドレスとして携帯番号の開示を求めましたが、ソフトバンク側はSMSのアドレスに用いる携帯番号は開示請求の対象に該当しないとしてこの点を争っていました。
同事案の特色は、プロバイダ責任制限法では、携帯電話番号は開示対象となっていないところ、裁判所が携帯電話番号を推測できるSMSのアドレスの開示を認めたという点です。
4.判決に対する検討
判決の詳細は現時点では明らかではないため、ここではSMSのアドレスを電子メールアドレスに該当するとの裁判所の判断について検討します。
(1)SMSとは
「SMS」とは、Short Message Serviceの略で、携帯電話同士で電話番号を宛先にしてメッセージをやり取りするサービスです。電子メールがデータを複数に分割して送受信するパケットネットワーク上の通信であるのに対し、SMSは電話による通信同様、通信中は回線を占有することになる回線交換ネットワーク上での通信となります。
(2)携帯電話番号の扱い
発信者情報の開示請求によって開示される情報については、①氏名、②住所、③電子メールアドレス、④IPアドレス、IPアドレスと組み合わされたポート番号、⑤携帯電話端末等からのインターネット接続サービス利用者識別番号、⑥SIMカード識別番号、⑦発信時間とされ(プロバイダ責任制限法4条1項、平成14年総務省令57号)、携帯電話の番号は、開示対象からは外されています。携帯電話番号は、まさに個人に割り当てられるもので非常にプライバシー性の高い情報ですので、発信者情報開示請求が、プライバシー保護と被害者の権利行使との調整の観点から開示対象を限定する趣旨だとすると、その他の情報の開示を認めれば、被害者の権利行使の保護は十分であるとの判断もあるように思われます。
(3)SMSのアドレスが開示対象情報に該当するか
SMSのアドレスは、携帯電話番号とまったく同じ数字列であるため、SMSのアドレスの開示を認めることは携帯電話番号の開示を認めることに繋がります。
しかし、法文上「特定電子メールの送信の適正化等に関する法律」第2条1号、同法第2条第1号の通信方式を定める省令では、電子メールには、「携帯して使用する通信端末機器に、電話番号を送受信のために用いて通信文その他の情報を伝達する通信方式」が含まれていることからすれば、条文の解釈としてもSMSのアドレスを電子メールアドレスに該当すると解釈することも開示の結果、携帯電話番号が明らかになるのだとしても、開示の必要性を優先するという利益考量もあるように思われます。
5.本判決による影響
上記のとおり、発信者を特定するのは容易ではありません。
上記判決の詳細は不明ながら、被害者である原告は携帯電話事業者であるソフトバンクに対して、発信者の住所や氏名といった情報の開示も求めて提訴していると考えられます。そのうえで裁判所が住所や氏名といった情報に加えてSMSのアドレスの開示を認めたのは、原告が後に特定した発信者に対して損害賠償請求を求めるにあたっての交渉の連絡手段としての有用性を認める趣旨だとする報道もあり、上記判決によりSMSのアドレスの開示が認められたことで、被害者の権利行使の手段が拡がったと考えられます。ただしインターネット等を通じた権利侵害は一様ではなく、フリーメールアドレスを利用し匿名で直接誹謗中傷メールを送る等、発信者情報開示請求では対応できない(電子メールはプロバイダ責任制限法にいう「特定電気通信」に該当しないため)ケースもあり、表現の自由との考量という観点を忘れてはいけないものの、今後も被害者の権利行使確保につながる解釈や法改正が求められていると感じます。
以上
[1] 特定電機通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律
[2] ホームページや掲示板などの情報を発信するための環境を提供する業者のこと
[3] インターネット上に存在するシステムに割り当てられる名前のこと
[4] 数字の羅列で表現される発信元のパソコンを特定・識別するためのインターネット上の住所
[5] 個々のファイルに属性として備わる作成日時や更新日時などの情報のこと
[6] 通信回線の提供、パソコンにIPアドレスを割り当てるなど、インターネットに接続するサービスを提供する業者のこと
[7] 内部のネットワークとインターネットの境界で動作し、両者間のアクセスを代理して行うもの。
[8] 送信側の各コンピュータにランダムに割り当てられるポート番号(アプリケーションを識別するための番号)
急速に進む民事訴訟のIT化のメリットと課題
弁護士 田中 敦
1 はじめに
これまで長らくの間、民事訴訟は、郵送や FAX によって書面のやり取りが行われ、原則として裁判所へ双方当事者が出頭する方法によって期日が行われていました。近年、民間企業や海外の訴訟手続の IT 化の流れを受け、わが国の民事訴訟手続も急速に IT 化が進んでいます。本稿では、民事訴訟の IT 化のスケジュールをご紹介した上、IT 化の現状を踏まえて、そのメリットや課題について検討致します。
2 IT化のスケジュール
民事訴訟のIT 化は、平成 29年 10月以降、内閣官房に設置された裁判手続等のIT 化検討会において本件的な検討が始められ、平成 30 年 3 月には全面的なIT 化を目指すことが明記された「裁判手続等のIT 化に向けた取りまとめ」(以下「検討会取りまとめ」といいます)[1] が公表されました。その中では、民事訴訟の「3 つの e」を目指すというスローガンの下で、三段階のフェーズに分けて IT 化を進めていく方針が打ち出されました。
【図】検討会取りまとめ18頁より図表引用
まずフェーズ 1 は、現行の民事訴訟法の範囲内で、従来の対面での期日に代わりウェブ会議等を利用して効果的・効率的な争点整理を行うというもので、令和2 年 2 月からすでに運用が開始されています。今後予定されるフェーズ 2 では、関係法令を改正することにより実現可能になるものとして、双方当事者が裁判所に行かなくても訴訟の第 1 回期日や弁論準備手続期日等を開くことができるようになる予定です。最後のフェーズ 3 では、訴状提出を含めたオンラインによる申立てや訴訟記録の電子化が予定されています。当初のスケジュールによれば、フェーズ 2 及びフェーズ 3 は令和 5 年以降の完全実施が目標とされています。
【図】検討会取りまとめ20頁より図表引用
3 IT化の取組みの現状
前述のとおり令和 2 年 2 月から運用が始まったフェーズ 1 では、MicrosoftTeams(以下「Teams」といいます)を用いたウェブ会議による期日(以下「ウェブ期日」といいます)が行われており、直後のCOVID-19 の感染拡大による移動自粛と相まって、急速にその運用が拡大されてきました。現在では、全国の多くの裁判所が、積極的にウェブ期日を用いています。
ウェブ期日の民事訴訟法上の位置づけとして、従来利用されていた弁論準備手続は当事者のいずれかが裁判所に出頭することを要するため、双方当事者が裁判所へ出頭しないウェブ期日は、書面による準備手続(民事訴訟法 175 条)として実施されることが一般的です。ウェブ期日では、従来の弁論準備手続と同様に、期日間で提出された書面を事実上確認した上で、その内容や今後の進行について裁判官と各当事者が意見交換を行います[2] 。和解に関する協議をウェブ期日で行うこともあります。なお、現時点では、ウェブ期日が用いられるのは、双方の当事者に代理人弁護士が就いている事案に限られています。
フェーズ 3 の一部の前倒しとして、令和 4 年 2 月からは、相手方への送達を要しない書面(準備書面等)について、民事裁判書類電子提出システム(通称「mints」、以下「mints」といいます) の試験運用が開始されました。mints を用いることで、電子データによる書面の提出(アップロード)、閲覧、ダウンロード等が可能となります[3] 。現時点では、一部の限られた地方裁判所のみが試験運用の対象になっていますが、今後徐々にその運用が拡大されていく方針です。
4 IT化のメリットと課題
(1) IT化のメリット
ア 裁判所への出頭の負担の軽減
ウェブ期日のメリットとしては、裁判所への出頭の負担の軽減、とりわけ遠隔地の裁判所への出頭の必要がなくなったことが挙げられます。このことは、代理人である弁護士にとってのメリットに留まらず、交通費等の費用負担を抑えられるという点で、依頼者にとってのメリットにもなります。また、たとえ代理人が遠方にいても数十分の空き時間があればウェブ期日に参加できるため、次回期日の調整が容易になり、訴訟期間の短縮に資するという副次的効果もあります。
従来、一方の代理人が遠隔地にいる場合には、電話会議の方法により期日が行われることがありました。しかし、裁判官や相手方代理人の顔が見えない電話会議と異なり、ウェブ会議では話し手の顔を見ながら意見交換ができるため、議論の活性化による審理の充実につながります。ウェブ期日の活用により、移動や接触の機会を減らすことができるため、感染症拡大の防止にも役立つという利点もあります。
イ Teamsの各種機能を用いた争点整理の充実・効率化
裁判官によっては、ウェブ期日の開催中またはその前後において、Teams の各種機能を駆使して争点整理の充実化を図ろうとする試みを行っています。
例えば、Teams のメッセージ機能を利用して、ウェブ期日前に裁判所から双方の代理人に対し議題事項を送ったり、ウェブ期日後に議論をまとめたメモを共有したりすることがあります。また、ウェブ期日の中で、Teams の画面共有機能を利用して、参加者全員で同じ画面を見ながら意見交換をすることもあります。これらの Teams の機能を活用しながらウェブ期日を行うことにより、裁判所と両当事者間で、事案に関する理解を深め、真に争点となるべき点を早期に把握するという争点整理の充実・効率化に資することが期待されています。
ウ 書面の作成・提出の負担の軽減
これまで、事案によっては、ページ数の非常に多い準備書面や大量の書証を裁判所へ提出する必要がありました。そのような場合、書面や書証の印刷や郵送のために、相当の時間と費用を要していました。フェーズ 3 の運用により e 提出が実現すれば、これまで要していた書面の作成・提出のためのコストが削減できます。
(2) 今後の主な課題
ア システム送達についての課題
IT 化のフェーズ 3 では、現在は相手方への送達が必要である書面(訴状等) について、事件管理システムにアップロードされた旨を相手方へ通知することをもって、従来の送達に代えること(システム送達)が検討されています。
しかし、訴状が提出されたことを被告へ知らせるためには、被告の連絡先となるべきメールアドレス等が、あらかじめ事件管理システムに登録されている必要があります。そのため、被告となるべき者が任意に連絡先を事前登録した場合のみ、システム送達ができることとなりますが、そうであればその実効性には疑問が生じ得ます。また、「なりすまし」による事前登録といった弊害を防ぐために、事前登録できる者の対象をどのように限定するかについても検討が必要です[4]。
イ 書面提出のオンライン化についての課題
書面提出のオンライン化が実現した場合、従来の書面による提出とオンラインによる提出を選択制とするか、それともオンライン提出を義務化して一本化を図るかが問題となります。
弁護士を代理人としない本人訴訟も少なからずあるところ、オンライン提出を義務化してしまえば、IT に習熟していない本人が裁判を受ける権利の侵害につながるおそれがあります。かかる弊害を防止するために、弁護士が代理人である場合のみオンライン提出を義務化してはどうか等の様々な意見が出ており、この点も今後の検討課題の一つです。
5 おわりに
以上の通り、ここ数年、民事訴訟のIT 化が急速に進んでおり、その有用性については私自身も実感しているところです。もっとも、裁判所が目指すIT 化の最終段階に到達するためには、本稿で取り上げられなかったものを含め、多数の課題が残されています。加えて、証人尋問等のIT 化には適さないとも考えられる手続についての検討も要します。わが国の民事訴訟の IT 化が最終的にどのような形になるのかについては、今後の議論を注視していく必要があります。
[1] https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/saiban/pdf/report.pdf
[2] もっとも、書面による準備手続としてのウェブ期日において、書面の陳述、証拠の採否、書証の取調べをすることはできません。
[3] mintsの操作説明動画は、裁判所のYouTubeチャンネル(https://www.youtube.com/user/courtsjapan/videos?app=desktop)で一般公開されています。
[4] 検討会取りまとめでは、「当面の間は、個人を対象としないのが相当である」と報告されています(45頁)。
国際取引判例解説(最高裁(三小)令和3年5月25日判決、裁判所ウェブ)
米国で一部弁済を受けた懲罰的賠償を含む判決の日本における執行
弁護士 渡辺 惺之
標記最高判例は問題が多く評釈の意見も分かれる。筆者も評釈を公表したが、研究会で頂いたご指摘を考え、実務的な手続法視点からの論点整理を試みたい。
事件
米国カリフォルニア州のレストラン会社 X は、日本の不動産事業会社 Y の出資を得て共同して X 開発のレストラン経営を目的とする A 社を同州で設立しY1 を代表とした。A 社レストランの経営に関し Y1 と X 社代表者らとの意見相違が生じ、X 社代表者らは経営から排除され給与支払いも停止された。X 社代表者らがカ州裁判所に A 社、Y 社、Y1 を被告として A 社資産の横領、X 式レストラン経営の営業秘密の窃取を理由として損害賠償請求訴訟を提起した。Y らは応訴したが訴訟代理人弁護士の辞任後は裁判所の選任命令を無視し期日欠席を続けた。裁判所はカ州民訴法に基づき懈怠 (default) を宣言し、原告に未払給与等の補償的損害賠償 $184990、懲罰的賠償 $90000、訴訟費用 $519.50、合計 $275509.50 の支払を命じる懈怠判決(本件外国判決)を下した。その後、A レストランが売却された際、原告は売却代金債権に転付命令を申立て判決額の一部 $134873.96 について弁済を得た。残額 $140635.54 について日本で執行判決を請求した。
原審までの判断
米国内の一部弁済の懲罰的賠償又は通常損害賠償への充当問題
第 1 審:懲罰的賠償の承認拒否を判決した最判平成 9 年 7 月 11 日(民集51 巻 6 号 2573 頁)を援用して、本件外国判決の認容総額 $275509.50 から懲罰的賠償 $90000 を除した残額部分から、米国内の一部弁済額 $134873.96 を除いた残額 $50635.54 につき執行判決をした。控訴審は外国判決全体を不承認としたため上告審で差戻された。
差戻原審:外国判決認容総額から懲罰的賠償額を除した残額を超えた支払は、懲罰的賠償の支払となり公序に反するが、「本件懲罰的賠償は公序に反するものであるが、それはあくまで我が国における効力が否定されるにとどまり、カリフォルニア州において本件懲罰的賠償の債権が存在することまで否定されるものではない」とし、米国での一部弁済は懲罰的賠償を含む外国判決認容総額に充当されたとみるべきとして、認容総額から一部弁済額を除いた $140635.54 につき執行判決をした。
最高判決
(1)「民訴法118 条3 号の要件を具備しない懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分…が含まれる外国裁判所の判決に係る債権について弁済がされた場合」、「懲罰的損害賠償部分は我が国において効力を有しないので…弁済の効力を判断するに当たり懲罰的損害賠償部分に係る債権が存在するとみることはできず…懲罰的損害賠償部分に係る債権に充当されることはない」。(2)「本件懲罰的損害賠償部分は、見せしめと制裁のためにカリフォルニア州民法典の定める懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じたものであり、民訴法118 条3 号の要件を具備しない」。
二つの実務的問題
この判例を考える際に実務的には二つの問題を分けることが適切と思われる。第 1 は外国判決の承認問題、第 2 は判決国でなされた一部弁済の充当の問題である。この区別は手続法的には判決承認の問題と判決後に生じた請求異議の問題となる。日本法は外国判決の承認は法律による自動的承認制を採用していて特別な承認手続を要さない。民訴法 118 条の定める承認要件の具備判断の基準時は外国判決確定時であり、3 号の公序要件の審査基準時も同じである。この基準時後に生じた判決債務に関わる実体変動は承認の問題ではなく、執行判決訴訟における請求異議の抗弁の問題となる。外国判決の承認不承認の争いは、外国判決の効力確認訴訟か執行判決訴訟による。
(1)懲罰的賠償判決の承認問題
本件で最高裁が懲罰的賠償判決の不承認の理由で引用した、最判平成 9 年 7月 11 日(民集 51 巻 6 号 2573 頁)は、最大判平成5年3月 24 日(民集 47巻4 号 3039 頁)の日本の不法行為による損害賠償制度は、「被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とする」との判示を根拠として、「不法行為の当事者間において、被害者が加害者から、実際に生じた損害の賠償に加えて、制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは」、日本の「不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれない」とし、民訴法 220 条 3 号の公序に反するとし、米国内で締結された工場用敷地の売買予約の解除を信義則違背(詐欺的)として命じた懲罰的賠償部分につき不承認とした。
最判平成 9 年当時、日本でも意見は分かれていた。4 半世紀を経た現在、世界の思潮は懲罰的賠償という名称ではなくその実質的内容に即して承認を個別に判断する方向にある。平成 9 年最判も、不法行為による実損ではない、「制裁及び一般予防を目的とする賠償」を公序に反するとしていたことからも、少なくとも賠償の名称や根拠規定ではなく、その実質に即して判断すべきであった。
(2)判決国でなされた一部弁済の効力問題
判決国での一部弁済による充当の問題は本件が初例で新判断であるが、残念ながら本件最判の判断は誤りと云わざるを得ない。弁済は判決承認基準時後に生じた請求異議事由であり抗弁事項である。それが判決国でなされた場合でも承認とは明確に区別して考えるべきである。弁済の充当判断は債権準拠法であるカリフォルニア州法によるのが原則で、カリフォルニア州民法典の充当規則を適用した評釈(中野俊一郎・民商法雑誌 158巻 2 号 79 頁)はこれによる。卑見は判決債権はその理由として判断された実体的請求権とは異なり、1 個の判決債権として扱われるという視点から、賠償請求の根拠の違いは充当判断で考慮せずに均等割による判断をした(拙稿・ジュリスト 1566 号 174 頁、酒井一・JCA ジャーナル 69 巻 4 号 46 頁は、過失相殺における慰謝料と実損部分の按分原則を示唆する)。本件最判は第 1 審と同じく判決承認の問題と同じレベルで扱った上で、更に日本の公序判断をカリフォルニア州にまで拡張適用する誤った判断をした(公序に域外適用判断への批判として、道垣内正人・令和 3 年度重要判例解説262 頁)。
国際契約の基礎知識(2024年3月22日)
弁護士 倉本武任
2023 年 10 月に日本も国際調停に関するシンガポール条約を批准し、6 カ月後の本年 4 月から発効することとなっています。国際仲裁の仲裁決定同様、成立した調停が執行力を持つことになることは、国際契約にも大きな影響を及ぼすとも考えられ、この機会に、意外と知られていない、国際契約ならではの規定等について、一度振り返っておこうと思います。
1. 国際取引で注意すべき点
―国内取引との違い
国内取引では、その取引をどの国の法律に従って規律するかということは考えることなく、日本法によってその解釈や契約によって発生する効果が決まります。しかし、国際契約では、あらかじめその契約の準拠法を定めておき、当事者間で解釈にずれが生じた場合に、準拠法に従って、契約を解釈できるようにする必要があります。仮にこれを定める条文が契約上に定められずに、日本の裁判所にその契約に関する法律問題が提起された場合には、「法の適用に関する通則法」という法律に従って、裁判所はどの国の法律がその契約を規律するのかを決めることになりますが、この通則法を適用すべきか否かから当事者間で争いになることも多く、紛争の解決に随分時間を要することになってしまいます。
また、紛争解決手段についてもあらかじめ契約書に定めておくことも大切です。国内契約では、裁判管轄については、〇〇地方裁判所の専属管轄とすると定めることもありますが、国際契約では、紛争解決手段として裁判所における訴訟によるのかどうか、裁判管轄地をどこにするのかなども重要となってきます。
1.準拠法 (Governing Law)
(1)契約の準拠法は、当事者自治の原則から、当事者間で定めることができます。
まず、先に世界の法体系について考えておきましょう。法体系は、大きく、大陸法 vs 英米法に分けられます。
ア . 大陸法
日本法は、大陸法系のフランス法、ドイツ法を母法とし、基本的には、この大陸法系に属します。法律条文があって、それに従うという考え方をとる、ローマ法に遡る法体系で、約束したことは守られなければならないという考え方を基礎とします。
イ . 英米法- Common Law
もともとは、法律条文がなく、紛争は裁判所に訴えて解決してもらうことを中心とする法体系で、イギリスで発展し、その後イギリス連邦諸国とルイジアナ州を除く米国のほとんどの州で採用されている法体系です。
成文法がなく、積み重ねられた判例で、現在自らが直面する問題に似た事例の判例を探して、それをあてはめてもらうという方法によって紛争を解決するため、類推が利きにくく、一定の法理の要件を探し出すにも相当の手間暇がかかります。筆者も「錯誤」の要件を NY 州法で探ろうとして大変な苦労をしたことがあります。ただし、現在世界の共通語ともいえる英語圏で用いられていることもあり、国際契約では、England 法や米国の NY 州法などが準拠法として用いられるケースが多いところです。
(2)当事者間の定めがない場合
当事者間で取り決めがなければ、日本法では、「法の適用に関する通則法」の定めに従い、最密接関連地法が選ばれます※。一方当事者が特徴的給付をする場合にはその給付を行う当事者の常居所地法が契約準拠法となるのです。ですが、そもそもどの国の法律に従って、準拠法を定めるかというトートロジーの状態になることも多く、国際契約では、準拠法を定めておくことは必須といえるでしょう。
2.紛争解決手段
国際契約に関する紛争解決手段には、調停(Mediation)、仲裁、裁判所における訴訟手続などがあります(下表)。
調停 | 仲裁 | 訴訟 | |
機関 | JIMIKなど私的機関 | ICC、AAA、SIAC,JCAAなど様々な私的機関 | 裁判所 |
費用 | 低廉 | 高額 | 低廉 |
強制執行のための手続 | 執行国がシンガポール条約に加盟していれば、調停内容が執行可能となる。日本も加盟した。 | 執行国が、NY条約に加盟していれば、仲裁判決の執行が可能となる。日本は、加盟国での仲裁判決の執行については、仲裁法45条以下に定める | 外国判決の承認執行手続は各国の民事訴訟法や規則が定める。日本での執行は、民事訴訟法118条以下に定める。 |
公開性
|
非公開 | 非公開 | 日本を含め多くの国で公開 |
上訴の可否 | 双方の合意によるので上訴は考えられない。 | 一審制、上訴はできない | 多くの国で上訴可能。日本は三審制 |
契約において紛争解決条項を定めておかなければ、裁判での解決を図ることになります。どの国で裁判を行い得るかは、国際裁判管轄の問題であり、日本では、民事訴訟法3条の2から3条 12 において定められています。
紛争解決手段には、一長一短があり、仲裁は非公開でできるメリットがあるものの、費用が高額となる場合が多くなります。2019 年にシンガポール条約が成立し、国際調停で成立した合意が、締結国においては、そのまま執行できることとなりました。日本においても京都国際仲裁センターが 2019 年に開業し、仲裁や裁判による紛争解決の前提として、調停の試行を求める紛争解決条項が増え、一種のトレンドとなっています。日本がシンガポール条約に加盟したことにより、今後最終調停が成立しなかった場合に仲裁によるにしろ、訴訟を提起するにしろ、調停を前置にしておくことは、なるべく迅速に、低コストで紛争を解決する大きな変革をもたらすことになると思います。
仲裁においては、当初に双方で審理対象を定めて合意し、Terms of Reference を作成し、仲裁廷は、それ以外を審理しないこととなっています。しかし、当事者双方や仲裁廷の裁量により、後発的に審理対象が加えられることも多く、審理が長期化する要因ともなっています。
仲裁条項や調停前置の場合の紛争解決条項で定めるべきことをみていきましょう。
(1)仲裁条項(Arbitration Clause)
場所と仲裁機関の定めが必要です。
・ ICC(International Chamber of Commerce)
評価の高い機関ですが、仲裁費用が高額である点が指摘されています。
・ SIAC(Singapore International Arbitration Centre)
シンガポールには、マコーミックという各種仲裁機関が仲裁における証人尋問等の審問(Hearing)を行える建物があります。中でも SIAC は、費用も合理的であるとして、シンガポールを仲裁地として、SIAC を仲裁機関とする契約条項も増えてきています。ヨーロッパの国々の企業との契約では、日本との距離、ヨーロッパ各国との距離が大体同じであり、合意がしやすいように思われます。
シンガポールでの仲裁となると準拠法もシンガポール法となりがちですが、シンガポールは、コモンローの法域で、原理原則が簡単にわからないという問題点はあるものの、弁護士費用がリーズナブルであること、英語でやり取りできる点も好感を持たれています。シンガポールの弁護士の意見ですが、時間がかかるのが難点だとのことでした。
・JCAA
残念ながら JCAA を選ぶといって応じてくれる相手方は特に相手方が欧米の場合は困難です。日本でも仲裁センターが東京・大阪にでき、これを機に仲裁の場を日本にと期待されていますが、どの程度の効果があるでしょうか?
(2)裁判管轄(Jurisdiction)
被告地とする方法や、第三国とする方法もあります。仲裁と異なり、なんらの関係のない国を選択した場合、選択国から契約との関連性がないとして、裁判管轄を否定されることもあるので注意が必要です。確かに、裁判所は、国家の機能の一つとして低廉で裁判を受けられるようにしていることが多く、なんら選択国と関係のない紛争の経費負担を選択国に求め得る合理性はありません。当該契約と何らかの関係がある国を選択する必要があります。
(3)準拠法
契約当事者は自国法を準拠法としたいと考え、なかなか合意に至れない場合もあり、一方当事者が紛争解決を求める場合には相手方の自国法を準拠法とするなど、どちらが紛争解決を求めるかで、契約の準拠法まで変わるような条項すら見かけるようになりました。しかし、いずれかが紛争を解決するために、紛争解決機関への申立てが必要となるような状況であれば、相手方も何らかの申立てをしたいと考える可能性も高い場面ですので、準拠法が異なれば、紛争解決には長期間及び多額の費用を要することにもなりかねません。契約締結前の Win-Win の関係にある間に、あらかじめいずれかの法律を選ぶ必要があります。これまでは、イギリス法や米国の NY 州法が選択されてきましたが、その理由はやはり英語でやり取りができるということにあると考えられます。大陸法系の国々でも英語での法律条文の紹介や、英語を使える弁護士が増えており、原理原則を見つけやすい大陸法系を選択することも一つの選択肢だと感じます。
※ : 法の適用に関する通則法8条1項
旧724条の後段は、除斥期間か消滅時効か?―旧優生保護法に基づく、不当な手術に対する損害賠償請求権を認めた最高裁判例(令和6年7月3日大法廷判決)を受けて(2024年9月9日)
弁護士 苗村博子
1 はじめに
この判決は、旧優生保護法の下、不妊手術を強制された被害者が、平成30年に国家賠償請求を起こした訴訟において、この請求を認めた大阪高裁を支持し、被害者の請求を認めたという点で、画期的なものとして、大きなニュースになりました。旧民法724条後段に関する平成元年12月21日の最高裁判決を覆して、大法廷判決を以て判決を下した点もまた大きな意味を持っています。本判決は、旧724条の後段を除斥期間とは解したものの、平成元年判決が、除斥期間の経過による請求権の消滅を当然のものとしたのとは異なり、裁判では、これを求める当事者が主張する必要性を述べ、かつ本件のような酷い人権侵害にかかわる不法行為については、上告人である国が除斥期間経過を主張していても、これを理由に賠償義務を免れることは、著しく正義・公平の理念に反し、信義則違反、権利濫用だとして到底容認できないとしたのです。本判決は、平成8年同法が、母体保護法に名称を変え、かような手術に関する規定が削除された以後も、国は、かような手術は合法だとしていたこと等も考慮にいれ、上記平成元年判決の法理を維持することはできないとしたのです。この判決には、補足意見が付されており、旧民法724条を除斥期間として定めたものとしたうえでの意見と、現行の民法と同じく消滅時効の規定とみるべきとする意見も述べられています。
このような被害にあわれた方の無念を晴らした本判決を勝ち取った被害者、代理人の功績は、素晴らしいものですが、ここでは、旧民法724条が、除斥期間を定めたものなのか、消滅時効を定めたものなのか、本判決の判断の射程範囲について考えていきたいと思います。
2 旧民法724条の規定と現行法の条文の違い
2020年4月1日施行の民法724条は、
「不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
1 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき、2 不法行為の時から20年間行使しないとき。」としていて、2号も1号と同様消滅時効の規定であることを明確にしています。それまでの724条は、「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過したときも、同様とする。」としていて、後段には時効という言葉が使われていません。この「同様とする」というのが、「時効によって消滅する」と同様という意味なのか、「消滅する」にだけかかるのかで、この後段が消滅時効の定めなのか、除斥期間すなわち、基本的には請求権そのものが消滅してしまうのかが大きな違いとなってきます。
3 除斥期間とは?
前項で「基本的には」と付したのは、本判決が引用する平成元年判決が、20年間の期間経過とともに「当然に」請求権がなくなり、裁判上も特に、消滅時効のような援用といった主張を不要だとしていたからです。同判決は、第2次世界大戦中の米軍の落とした不発弾の処理中、巡査の指示のミスで、消防団員の方が、ひどい後遺症を残す重傷を負ったという痛ましいものでしたが、平成元年の最高裁判決は、旧724条後段が除斥期間であるとし、当事者がこれを主張するまでもなく、請求権が消滅したとして、被害者の請求を棄却しました。本判決は、平成元年の判決同様、旧724条後段を除斥期間であるとしながらも、裁判では、除斥期間の経過の効果を受けようとする当事者は、除斥期間を経過していることを主張しなければならないとし、またこのような除斥期間の主張についても、その主張が正義・公平の理念に著しく反する場合には、除斥期間の主張を認めないこともありうるとした点で、平成元年判決とは、大きく異なる解釈をしています。
ただこの判決にもわかりにくさはあります。除斥期間という制度が定められたのは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図したものと解し、期間の経過とともに、証拠の散逸等によって、当該行為の内容や違法性の有無などについての加害者側の立証活動が困難になることを避けようというのが趣旨だとしつつ、本件は、優生保護法という立法行為そのものが被害者の権利侵害をもたらしたとして、かような立証活動の困難性がない事案だとしました。また上述の平成元年判決の法理の解釈をしている箇所では、旧民法724条の法意に照らせば、この後段は除斥期間であって、損害賠償請求権は、除斥期間の経過により法律上当然に消滅するものと解するのが相当だとして、同判決を是認しているかのようです。但し、これが裁判で争われたときに、裁判所が当事者の除斥期間の主張を待たずに、当然に消滅しているとの判断をしていいとは言わず、除斥期間経過の裁判上の主張は必要であるとし、事案によっては、本件のようにその主張自体が権利濫用となることをも認めたのです。実体法上の権利が消滅しているのに、裁判上は違うというのは、私には、論理的に矛盾があるように思えます。
4 旧724条後段に対する最高裁の真意は?
この判決の宇賀裁判官の補足意見は、これを除斥期間ととらえず、現行の724条と同様消滅時効と考えるべきとするものでした。同意見が、参考として言及している田原睦夫裁判官が消滅時効説をとった意見を述べられた平成21年4月28日最高裁第3小法廷事件は、旧724条後段を除斥期間であるとしながら、相続財産の消滅時効は相続人が確定してから6か月は時効が停止しているとする民法160条の「法意」を汲んで、除斥期間が満了していないとした点からも、実は最高裁も、除斥期間説ではなく、消滅時効説を取っているのではないかとも考えられます。この事件も殺人事件の犯人が加害者で、26年後に自首して、被害者(被相続人)の方の死亡が判明したとの悲惨な事件でした。また、詳しく紹介できませんが、この補足意見は、平成21年判決の元ともなったとして平成10年6月12日第二小法廷判決の河合伸一裁判官の民法724条後段の消滅時効説の判決を挙げていますが、これもワクチン接種によって心身に重度の障害を得た被害者の訴訟に関するものでした。
5 旧民法724条が法改正後も問題となるのは?
現行の民法724条が施行されたのは2020年4月です。したがって今から16年前より前に起こった不法行為については、旧724条が適用されるのです。近年何十年も前から、検査偽装が行われていたとの事実が、様々な業界で発覚しています。中には、事故が起こっていたが、その原因がわからなかった、検査偽装で問題点が新たになったなどの問題が生じないとは限りません。そのような事故について、損害賠償が求められた場合、本判決と同じく除斥期間説を取り、本件とは違って、16年、20年以上も前のことだから、ことがらがあやふやになっていると言ってすまされるのかは、その被害の深刻さによっては、わかりません。本判決が、旧民法724条を除斥期間としたことにより、時効消滅を主張する側の援用が要件となっている消滅時効に比べれば、その除斥期間満了の主張を排斥するための信義則や権利濫用の主張は、より難しい、言い方を変えれば、本件のような、また紹介した判決のような深刻な事案に限られることにはなるでしょう。しかし、何を以て深刻と考えるのかは、人権意識が高まりに伴って、その時々の世論によっても変わるでしょう。そういった観点から本判決は法解釈上も大きな意味を持つものとなったと考えています。