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日本の裁判所で外国特許権に基づく差止紛争?!
弁護士 渡辺惺之

日本企業X社と同じく日本企業Y社との間に、Y社の外国における製品頒布がXの当該外国特許権の侵害に当たるとして、X社がY社若しくはその取引先に警告状を発送するなどしY社の外国における頒布行為の差止めのおそれが生じている場合、Y社側から、Xに対して差止請求権の不存在確認を、日本の裁判所に訴えることができるであろうか。

答えはY社ESである。大阪地判平成19年3月29日(平成18年(ワ)第6264号、最高裁HPで公開)は正にこのタイプの事件に関する注目すべき判例である。

グローバル化する知財紛争の中でこれまで余り考えられてこなかったようなタイプの訴訟が提起されようになっている。このような国際知財紛争に関する訴訟を考える際に、重要な基本判例となっているのは、カードリーダー事件最高裁判例(最高裁判例平成 14 年 9 月 26 日判例タイムズ 1107号 80 頁)である。

カードリーダー事件は、日本在住の米国特許権者が、同一発明について日本その他の国の特許権を有する被告日本会社に、米国特許権侵害を理由として損害賠償請求及び日本国内での侵害製品の製造差止などを請求した事件である。最高裁は日本の裁判管轄については特に理由判示はせずに認めた。その上で、本案については、損害賠償請求については不法行為として準拠法を米国法とし、又、差止請求については特許権の効力の問題として米国特許法を準拠法としながら、いずれの請求についても棄却した。この判例については多くの判例評釈や解説が公刊されている。各評釈は、見解に違いはあるが、損害賠償請求を棄却した点を除けば、大方は判決の結論に賛成している。日本に裁判管轄を認めた点についても広く支持されている。外国特許権に基づく差止裁判について、カードリーダー最高裁判例から外国特許権に基づく差止請求について導かれるのは、(1)侵害訴訟は外国特許に関する事件であっても、被告の住所が日本にあれば裁判管轄が肯定されるという点、及び、(2)差止の許否の判断の準拠法は当該の特許権登録国法であるという点である。

カードリーダー事件の場合、外国特許権に基づく差止請求の対象は、日本における侵害製品の製造行為であったが、外国における製品頒布の差止請求権がないことの確認を求めた先例として、コーラル事件判例(東京地判平成15年10月16日判例タイムズ1151号109頁)がある。

コーラル事件は、原告日本企業X社がサンゴ砂から製造した健康サプリメントを米国に輸出販売していたところ、同じく日本企業である被告Y社が、その頒布が自社の米国特許の侵害に当たるとして、X社の取引先に警告書を送付したという事例であった。Xが、X製品はY社の米国特許と抵触せず、Y社の警告書の送付行為は不正競争行為として、その差止めを求めるのと併せて、Xの米国での製品頒布に対する差止請求権が不存在の確認を請求した。判決は、日本の国際裁判管轄に関しては、カードリーダー判例に従い、日本国内に被告の住所が所在することを挙げて肯定した。又、差止請求権不存在確認については、米国特許法を準拠法として、X製品のY社特許権侵害性を否定し、差止請求不存在を認容した。確認の利益について、Y社主張の日本の裁判所による不存在確認の米国内での実効性についても外国判決承認の可能性を指摘し、原則的に確認の利益を肯定した。これらの論点に関する限り、確認の利益についての判断を除けば、コーラル判決はカードリーダー判例から予測できる判断であり、カードリーダー最高裁判例の射程内にあるといえる。冒頭に掲げた設問に対する答えがY社ESであることは、この判例からも明らかである。

初めに紹介した大阪地裁判例は、同じく外国での製品頒布に対する差止請求権不存在確認事例であるが、事件内容はかなり異なり、注目すべき論点を含む。事件は、日本企業間で、先に日本の裁判所で当事者間に成立した裁判上の和解による、「計量はかり」に関連した特許権に関する外国特許権をも含めた国際的なクロスライセンス契約があって、原告A社は問題のヨーロッパ(英国)特許権はこのライセンスの範囲内と主張したのに対し、被告B社は和解の範囲外と争った事例である。B社は英国でA社の取引先を相手取りヨーロッパ(英国)特許権の侵害であるとして頒布差止請求訴訟を提起している。大阪地裁の判決は、先ず日本の国際裁判管轄を肯定し、本案に関してはライセンス契約の範囲外と認め、差止請求権不存在確認を棄却した。

外国特許権に基づく差止紛争であっても、被告の住所が日本に所在する場合には、国際裁判管轄を肯定できることは、カードリーダー判例から明らかである。この大阪地裁判例で興味深いのは、当事者AB間でヨーロッパ(英国)特許権の有効無効に関しては主張しないという訴訟契約が交わされていたことである。裁判所は、特許権の登録国である英国に、特許権の有効性に関する争いをも含めた原則的な裁判管轄があることを前提として、英国で既に係属している別件訴訟における英国特許権の無効判断の帰趨を意識し、慎重な対応をしたように思われる。

一連の判例で注目されるのは、差止請求権不存在確認という消極的確認請求に関する確認の利益判断が、柔軟に解されている点である。一般に消極的確認請求の場合、確認の利益は、積極的確認と比して厳格に判断すべきであると教科書類では説かれている。しかし、知財関連の差止事件では、むしろ差止を命じる必要性があるかが大きな問題である。しかし、差止請求不存在確認訴訟では、請求棄却の場合でも、差止請求権の存在を確定はするが執行力を欠く。知的財産権に基づく差止紛争の解決形態としては、差止請求という給付請求に比してマイルドな形態と考えることもできる。恐らくそこからコーラル事件でも、外国特許権に基づく差止請求不存在確認について確認の利益を原則的に肯定する判断がなされ、大阪地判の場合にも、英国内でにおける差止請求権の存否を、特許権の登録国ではない日本で確定する利益を肯定したと考えられる。

この大阪地裁判例は、この他にも、国際的なクロスライセンス契約の解釈、信義則に基づく判断に際しての準拠法など、興味深い論点を含むもので、今後の国際的な知財訴訟について示唆に富んだ注目すべき判例といえる。

民法724条後段-時効か除斥期間か(最判平成21年4月28日)

弁護士・ニューヨーク州弁護士 苗村博子

(第1審東京地判平成18年9月26日,原審東京高判平成20年1月31日)

1.本件は,26年後になって,同じ学校に勤めていた教諭を殺害した犯人が,自宅床下に遺体を埋めていたことを自供してこの事実が発覚したため,遺族が被害者の権利義務を相続した等として,犯人に対し,損害の賠償を求めた事案に対する最高裁判決です。

本判決は,原審を支持し,民法724条後段の除斥期間の適用を排し,請求を認めたものですが,田原判事の補足意見には,そもそも同条後段を除斥期間とは考えず,消滅時効を定めたものと解すべきとの考えが示され,現在の民法改正作業にも言及されています。その射程を広く考えれば,本件の殺人事件のような特殊な不法行為だけに限られるものではなく,実務に一石を投じることになる可能性もあり,ここで,紹介させて頂くこととしました。

2.第1審は,被害者の権利義務そのものは,民法724条後段の除斥期間の満了により消滅しているとしてこれを認めず[1],ただ,26年あまりの間,犯人が被害者の遺体を自らの排他的管理下において,被害者遺族の,被害者を弔い,その遺骨を祀る機会を奪ったとし,かつその状態は継続していたとして遺体発見時を除斥期間の起算点として,合計300万円あまりの賠償額を認めました。

3.これに対し,原審は,民法160条[2]の相続財産の時効の停止の条項の趣旨が,724条後段にも適用される場合があり得る,本件にはそのような特段の事情があるとして,被害者の遺体だと確認されたときから半年以内に遺族が本訴を提起していたことから,被害者の権利は,未だ消滅していないとして,死亡による逸失利益,慰謝料として,総額3800万円あまりの賠償額を認めました。

4.本判決は,まず,民法724条後段は,不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであると明言し,期間経過後には当事者からの主張が無くても,賠償請求権は消滅したものと判断すべきとしました。また民法160条については,相続人が確定しないことにより,時効中断の機会を逸することによる時効完成の不利益を防止するための規定であるとし,相続人が確定する前に時効期間が経過しても相続人が確定したときから6か月を経過するまでは,時効は完成しないとする規定だと解釈しました。 そうなると民法160条が,民法724条後段との関係で問題とされることはないはずですが,本判決は,被害者を殺害した加害者が,相続人に被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作り出したために,除斥期間内に,権利行使が出来なくなった場合にも,その原因を作った加害者が損害賠償請求義務を免れるとすると,著しく正義・公平の理念に反するとして,時効の場合と同じく,民法724条後段の効果を制限することは,条理にかなうとしました。また,相続人が被相続人死亡の事実を知らない場合には,同法915条の熟慮期間が経過せず,相続人は確定しないと解した上で,「被害者を殺害した加害者が,被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し,そのために相続人はその事実を知ることが出来ず,相続人が確定した時から6か月内に相続人が上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときには,民法160条の法意に照らし,同法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。」として,被害者の損害賠償請求権の権利消滅を認めなかった原審を支持しました。

5.本判決には,民法724条後段は,除斥期間の定めではなく,時効の規定だとし,民法160条が直接適用されるという田原判事の補足意見が付されています。同意見は,724条後段を除斥期間とすれば,第1審判決が引用した平成元年最判の言うとおり,信義則,権利濫用の適用はないものと解さざるを得ず,本件のような救済は困難であるとして,根本的にこの除斥期間とする考えを見直されています。

除斥期間の制度は,相手方の保護,取引関係者の法的地位の安定,その他公益上の必要から一定期間の経過によって,法律関係を確定させるため,権利の存続期間等を画一的に定めるものと解されるところ,不法行為に基づく損害賠償請求権について,加害者につき,時効制度と別に除斥期間によって,保護すべき特段の事情は認められないと述べられています。

6.同意見は,時効と除斥期間の違い,すなわち,中断,援用,起算点,遡及効,停止,放棄,確定判決による期間延長,相殺などについて分析し,そのいずれも,特に時効とは別に除斥期間を必要とする理由にはならないとしています。また文理解釈上も,724条後段の「同様とする」との意味は,前段の時効によって消滅するという意味であるとの学説[3]にも与しています。

7.まず,多数意見,補足意見のとる結論について,これに異を唱える方はないといってよいでしょう。

そして,そのような結論を是とすれば,補足意見が,724条の文理上も,また本件のような例に救済を与える為の理論的正当性という点からも優れていることは間違い有りません。

また民法(債権法)改正検討委員会も民法724条そのものの廃止を提案しています[4]。同条だけでなく,これまで除斥期間かと言われたものについてもすべて除斥期間説を廃する提案をするようです。

8.かような潮流の中,では,なぜ,多数意見は,除斥期間説を維持し,かつ,民法160条の法意を汲むという形で,724条後段の適用を排除する方法をとったのでしょうか。そこには,やはり,援用を必要とする時効とこれを要求しない除斥期間との大きな違いが考慮されたように思います。

当事者の援用があって初めて認められるという時効援用制度は,フランス法を母法とし,それは,債務者の良心に再度時効による消滅を良しとするかを尋ねる点に意味があるとされます。

援用権が,このような意味を持つことから,これに対しては,権利濫用だとして争われることが多くなるのは否めません。本件のような殺人と綿密な死体隠匿工作という極端な事例でなくても,請求権者と時効の援用権者の間に,弱者強者の関係があれば,請求権者から権利濫用を主張される可能性は高く,国や,企業であれば行使自体が社会的非難の対象となることも援用権行使の際の考慮要素となるでしょう。

9.除斥期間が無くなれば,企業や国の様々な活動に対し,場合によっては20年を超えても時効援用しなければ,更に責任が残ることも検討しておく必要があることになってしまいます。そのコストまで,すべて計算して備えるというのは簡単な事ではありません。

多数意見は,改正委の考えも了解した上で,除斥期間制度の存続を求めているメッセージのようにも思います。今後は改正作業においても多くの議論が巻き起こるのではないでしょうか。
[1] 民法724条後段が時効を定めたものとの主張は排斥し,これに対しては最判平成元年12月21日を引用した。信義則違反,権利濫用の主張はなしえないとしました。

[2] 民法160条-相続財産に関しては,相続人が確定した時,管理人が選任された時又は破産手続開始の決定があった時から六箇月を経過するまでの間は,時効は,完成しないとされています。

[3] 松本克美著『民法724条後段「除斥期間」説の終わりの始まり』立命館法学2005年6号316頁以下など除斥期間説に反対する学説も多いところです。

[4] 改正委は,債務不履行か不法行為かで時効の規律を分けることは適当でないとして,除斥期間そのものを認めないとの趣旨とのこと(別冊NBL126号199頁以下等)。人格的利益には,特別の時効期間として債権を行使できるときから30年を提案しています。

独占的販売代理店契約の更新拒絶について

不法行為の準拠法が問題となった事例

弁護士 中島康平

【はじめに】

今回は,化粧品の独占的販売代理店契約の更新拒絶に関連して,不法行為の準拠法及び共同不法行為の成否が問題となった東京地裁平成22年1月29日判決・判タ1334号223頁をご紹介します。第18号でご紹介しました東京地裁平成22年7月30日判決・判時2118号45頁(18年にわたって継続した販売代理店契約の解消が問題となった事例)とは異なり,本件は,契約書が取り交わされていた独占的販売代理店契約の解消に関する紛争です。

【事案の概要】

化粧品の製造,販売,輸出入等を目的とする日本法人であるXが,昭和61年3月からフランス法人であるAとの間で,化粧品(以下「本件商品」といいます)の独占的販売代理店契約を締結し,その後,契約を更新あるいは新たに締結して取引を継続しました。平成14年12月に締結された独占的販売代理店契約(以下「本件契約」といいます)では契約期間は4年とされ,本件契約及び本件契約に伴う合意事項には,手続及び審理についても,フランス法が適用され,供給品及びその決済に関して紛争が生じた場合には,フランス共和国サン・マロの商事裁判所を唯一の管轄裁判所とすることが規定されました。

本件契約は平成18年12月31日に期間の満了を迎えるところ,Aは,同契約の更新を拒絶し,Xからの商品の発注に対して契約が終了したと主張して,本件商品の出荷を拒否しました。一方で,Aは,化粧品の販売等を目的とする日本法人であるY₁と共同で本件商品等を日本国内で販売するY₂を設立し,Y₂が本件商品の日本国内での販売を開始しました。そこで,Xは,Y₁及びY₂に対し,Aとの共同不法行為に基づく損害賠償を求めました。

なお,Xは,Aも共同被告として訴訟を提起しましたが,本案前の問題があるため,Aについては口頭弁論が分離されました。

【争点】

1 XのYらに対する共同不法行為に基づく損害賠償請求についての準拠法

2 共同不法行為の成否

【判旨】請求棄却〔控訴〕

争点1(共同不法行為に基づく損害賠償請求についての準拠法)

法の適用に関する通則法17条本文(不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は,加害行為の結果が発生した地の法による)について,Xが主張するYらの共同不法行為による結果はいずれも日本国内において生じるものであるから,その準拠法は日本法となると判断しました。

また,同法20条が,「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は,不法行為の当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと,当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたことその他の事情に照らして,明らかに前三条の規定により適用すべき法の属する地よりも密接な関係がある他の地があるときは,当該他の地の法による。」と定めている点について,①Yらはいずれも日本国内に本店を有する株式会社であり,Xが主張するYらの共同不法行為による結果はいずれも日本国内に本店を有するXについて日本国内において生じるものであること,②Xは,Aとの間で,フランス法が適用される旨の条項のある契約等を締結しているが,Yらとの間では,そのような契約を締結していないこと,③Xが主張するYらの共同不法行為には,Yらが,共謀の上,Xを脅迫し,Xの信用を毀損し,業務を妨害したなどのXとAとの間の本件契約とは直接には関連しない行為も含まれていること等から,Xが主張するYらの共同不法行為について,明らかに日本よりもフランスが密接な関係があるということはできないとしました。

さらに, Yらは,XのYらに対する共同不法行為に基づく損害賠償請求は,XのAに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の発生が前提となっており,これがYらに対する損害賠償請求権の発生の要件の一部を構成しているから,XのAに対する損害賠償請求権の発生については,先決問題としてフランス法が準拠法となる旨主張しました。しかし,この点については,Yらに不法行為責任が認められるかどうかは,Yらの共同不法行為とXの損害との間に因果関係があると認められるかどうかが問題となるにすぎず,必ずしもXのAに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の発生が前提となるものではなく,AのXに対する不法行為に基づく損害賠償責任の成立が,Yらの共同不法行為成立の前提となる別個の法律関係を構成するとはいえないから,先決問題といえないとしました。

争点2(共同不法行為の成否)

Xは,XとAの間の長期間の継続的契約を終了させるには,Aは少なくとも2年間の猶予期間か2年分相当の営業補償金を提供すべき信義則上の義務があること等を主張しましたが,本件契約は契約期限までに契約の更新について合意しない限り更新されないことが合意されたと認められることから,Xが主張する信義則上の義務を認めることはできず,Aが提示した契約更新の前提条件を満たしていないとして,本件契約を終了させたことに正当な理由がないとまではいうことができないとして,AがXとの本件契約を終了させたことは,日本法に照らしても,Xに対する不法行為となるとはいえないと判断しました。

その上で,Yらについて,Y₁が,AがXとの契約を終了させる予定であることを知りながら,Aからの提案を受けて,Y₂を設立して,Y₁がAから本件商品を輸入し,Y₂がこれを購入し,日本国内の総販売元として販売することとしたことは, Xと競合商品を取り扱う会社の行為としては通常の自由競争の範囲内にある取引行為というべきであり,Aは,Xが持ち掛けたXの顧客のリストの買取りを断っていること等から,YらがAと共謀の上, Xの日本国内の販売先を奪取したとも認められないとして,共同不法行為の成立を否定しました。

【検討】

本件は,契約当事者間での継続的取引の解消が問題となっただけではなく,販売代理店の変更に際し,新たに販売代理店となった者等に対し,共同不法行為に基づく損害賠償が請求されたところに特徴があります。

また,本件では,自動更新条項が削除されていたことや更新について交渉されたものの前提条件について合意に至らず,更新について合意に至らなかったことから,Aが本件契約を終了させたことに正当な理由がないとまでいうことができないと判断しており,更新拒絶について正当な理由を積極的に認定していません。継続的契約の更新拒絶,解約等につきやむを得ない事由,正当な理由,信頼関係を破壊する事由等の制限を加える従来の多くの裁判例に対し,制限を緩和する近年の裁判例の傾向がみられることを指摘する文献もあり[1],本判決もそのような継続的取引の解消に関する近時の事例として実務上参考になるものと考えます。

なお,XとAの間の訴訟については,Aに対する管轄が日本にはないとして,訴えが却下されています(東京地裁平成20年4月11日判決・判タ1276号332頁)。Xは,Aとの関係でも債務不履行に加え共同不法行為に基づく損害賠償請求を主張していましたが,これについても,管轄合意の範囲内に含まれると判断されています。

[1] 升田純「契約自由の原則の下における継続的契約の実務」NBL993号46頁以下(2013)。

消費者団体訴訟制度

第1 はじめに

平成18年の消費者契約法の改正で消費者団体訴訟制度が導入されました。そして,平成21年には消費者庁が発足し,消費者団体訴訟制度の対象となる行為が,消費者契約法に定められた行為だけでなく,特定商取引法,景品表示法に定められた行為にまで広がりました。

消費者団体訴訟制度が利用されると,その判決又は和解の内容が,事業者名も含めて消費者庁のホームページで公表されます(消費者契約法(以下「法」という。)39条1項)。平成23年1月31日現在,消費者庁のホームページには,判決が3件(同一事件の地裁判決,高裁判決を含むので事例としては2件),和解が2件公表されています。今回は,この消費者団体訴訟制度について,概略を説明していきたいと思います。

第2 消費者団体訴訟

1 主体

消費者団体訴訟は,具体的な消費者被害を受けた消費者ではなく,消費者団体が消費者被害を出した又は出すおそれのある事業者に対して訴訟提起することを認める制度です。しかし,どのような団体でも,消費者団体訴訟を提起できるわけではありません。「適格消費者団体」という内閣総理大臣の認定を受けた団体だけが消費者団体訴訟を提起できます(法2条4項)。

平成23年1月31日現在,認定を受けた9つの適格消費者団体の一覧が消費者庁のホームページに掲載されています。関西では,京都と大阪と神戸にそれぞれ1つの認定を受けた適格消費者団体があります。

2 訴訟提起

(1)事前請求

適格消費者団体であれば,事業者に対していきなり訴訟が起こせるというものではありません。適格消費者団体は,訴えを提起しようとする事業者に対して,請求の要旨や紛争の要点などを記載した書面を送付しなければなりません。その書面が事業者に到達してから1週間が経過しないと原則として訴訟は提起できません(法41条1項本文)。

これは,事業者に対して事業是正の機会を与え,紛争の早期解決の機会を確保するためです。したがって,何の前触れもなく,いきなり適格消費者団体から事業者が訴訟を提起されるということはありません。ただし,この適格消費者団体からの事前請求に対して,事業者が和解に応じたとしても,和解内容は消費者庁のホームページで公開されます(法39条1項・23条4項9号)。

(2)訴額・管轄

適格消費者団体が提起する訴えの第1審は地方裁判所で行われることになります。

土地管轄は,通常の訴訟と基本的に同じですが他の裁判所に同一又は同種の訴訟が継続している場合には,移送される可能性もあります(法44条)。そして,同じ裁判所に係属する同一内容の訴訟は原則として併合して審理されなければいけません(法45条1項本文)。

3 訴訟の中身

(1)請求の趣旨

適格消費者団体は,事業者が消費者と契約締結するにあたり,下記(2)の行為を現に行い又は行うおそれがあるときは,その行為の差止めを請求できます(法12条)。ただし,個別の消費者の損害賠償請求を消費者に代わって行うことはできません。

消費者団体訴訟制度の目的が,同種紛争の未然防止・拡大防止であるから差止請求を認めるにとどまっています。個別の消費者の具体的な被害回復までは目的としていないので,損害賠償請求までは認めていません。したがって,事業者が適格消費者団体から損害賠償請求を求められるということはありません。

(2)対象行為

ア 総論

消費者契約法で定められている,適格消費者団体による差止請求の対象となる行為は,大きく分けて①不当な勧誘行為と②不当契約条項の使用があります。

イ 不当な勧誘行為

(ア)事業者の不当な勧誘行為によって,事業者と消費者が契約を締結している場合,事業者は適格消費者団体から不当な勧誘行為による契約締結を止めるように求められる可能性があります。不当な勧誘行為としては,①誤認類型とされるものと,②困惑類型とされるものがあります。

(イ)誤認類型

誤認類型とされるものには,①不実告知(法4条1項1号),②断定的判断の提供(法4条1項2号),③不利益事実の不告知(法4条2項)があります。

不実告知とは,契約の重要事項について事実と異なることを告げることをいいます。例えば,半年間無料と告げてCS放送の受信契約を締結しながら,実際の無料期間は3ヶ月しかない場合等がこの不実告知にあたります(高橋善樹著『消費者団体訴訟制度のしくみと企業の対応実務』(以下「対応実務」という。)69頁)。

断定的判断の提供とは,将来における価格,将来において消費者が受け取るべき金額,その他将来における変動が不確実な事項について,断定的判断を提供することをいいます。例えば,証券会社の担当者から「円高にならない」と言われて外債を購入したのに,円高になったという場合です(消費者庁企画課編『逐条解説消費者契約法(第2版)』(以下「逐条解説」という。)117頁)。

不利益事実の不告知とは,重要事項やそれに関連する事項について利益になる旨だけを告げ,不利益となる事実を故意に告げないことをいいます。例えば,「日当たり良好」との説明を受けてマンションの一室を購入したのに,半年後隣接地に建物が建設され日照が遮られた場合等がこれにあたります(前掲逐条解説120頁)。

(ウ)困惑類型

困惑類型とされるものには,①不退去(法4条3項1項),②監禁(法4条3項2号)があります。

不退去とは,消費者が事業者に対して消費者の住居等からから退去すべき意思を示したのに,事業者が退去しないことをいいます。

監禁とは,事業者が消費者に対して契約締結の勧誘をしている場所から,消費者が退去する旨の意思を示したのに,事業者が退去させないことをいいます。

消費者庁のホームページで公表されている和解事例の1つも,不当な勧誘行為の事例です。英会話講座受講契約締結の勧誘にあたり,いつでも自由に受講日及び受講時間が決められるわけではないのに,決められるかのように告げる不実告知,不利益事実の不告知をしていたこと,さらには家に帰ってから考えたいとする消費者の帰宅を認めない監禁をしていたことを適格消費者団体と事業者が相互に認め,今後はそのような勧誘行為をしないと合意されました。

ウ 不当な契約条項の使用

事業者が消費者と契約書を交わすにあたり,不当な契約条項を盛り込んでいる場合,事業者は,適格消費者団体から不当な契約条項を含んだ契約書による契約の差止めを求められる可能性があります。不当な契約条項としては,①事業者の損害賠償責任を免除する条項(法8条),消費者が支払う損害賠償の額を不当に高額に予定する条項(法9条),消費者の利益を一方的に害する条項(法10条)があります。

消費者庁のホームページで公表されている,2つの判決事例と和解事例の1つも消費者の利益を一方的に害する条項が問題とされた事例です。建物賃貸借契約の終了時に,敷金又は保証金を無条件に一定額控除する旨の敷引特約条項と,利息付金銭消費貸借契約において,期限前に返済する場合期限までの利息以外の金員を貸主に交付する旨の早期完済違約金条項についての事例で,適格消費者団体が事業者に対して,当該条項を使用した契約締結等の停止を求め,裁判所で認められました。また,資格講座の受講にあたり,受講生の解約権をクーリングオフに限るとする契約条項について,適格消費者団体と事業者の間で,転勤や失業等の場合にも解約権の行使を認める条項に改訂する和解が成立しました。

エ 特定商取引法,景品表示法による禁止行為

従来は,差止請求の対象となる行為は,消費者契約法に定める行為に限られていましたが,平成21年の法改正により特定商取引法,景品表示法にも差止請求の対象となる行為が定められました。紙面の都合で詳細には述べませんが,一定の訪問販売や電話勧誘販売,実際よりも著しく優良又は有利と誤認されるような表示について,適格消費者団体から差止めが請求される可能性があります。

4  後訴の制限

一つの適格消費者団体から差止請求訴訟を提起され,確定判決や訴訟上の和解を得た場合,原則として同一の差止請求を他の適格消費者団体から提起されることはありません(法12条の2第1項2号本文)。

これは,同一の事案について複数の判決が出されて判決間に矛盾が生じることを防ぐとともに,事業者に何度も応訴しなければならない負担を負わせないためです。

5 執行

差止請求訴訟は,不当な行為をしてはならないと裁判所が命じることを求める訴訟です。適格消費者団体が勝訴すれば,判決は一定の不作為を命じることになりますので,間接強制でしか強制執行をすることができません(法47条)。

第3 おわりに

以上,概略ではありますが,消費者団体訴訟制度を見てきました。はじめにも述べましたが,消費者団体訴訟制度の対象となる行為は,消費者契約法だけでなく,特定商取引法,景品表示法にも規定されるようになりましたので,契約書のひな型や営業従業員のマニュアルについては一層慎重な対応が求められるようになっています。

民事裁判の迅速化

弁護士・ニューヨーク州弁護士 苗村博子

民事裁判では、『提出する書面の量で弁護士費用を取っている事務所があることが、民事裁判で、大量の書面が提出され、民事裁判の迅速化を妨げる一因※ 1』、とする高名な学者の発言がなされました。私自身は、そのような弁護士費用の請求方法を取っていないので、そのような事務所があるのか、仄聞にして知りませんが、なかなかショッキングな発言です。この発言は、最高裁が昨年7 月に提出した「民事裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(4)」を受けて、どうすれば、迅速かつ公平公正な民事裁判が行いえるかの提言のための裁判官、学者、弁護士らの座談会で出たものです。

私は、大阪弁護士会の民事裁判の改善に関する協議会という会に属し、訴訟実務の改善等を勉強しています。先日私が発表担当で、「主張、立証方法のあらたな工夫というテーマ」で討論するベースを作成しました。

工夫例として、① PC 用の発達した文書作成アプリを用いて、様々なマーカー機能、色別文字を用い、また注記等の多用、PDF アプリを用いて証拠を主張書面に貼り付けてしまう、などの様々な工夫がなされていることなども報告の対象といたしました。2006 年にTBS 系列で放送された『情熱大陸』の青色発光ダイオード職務発明事件で、中村教授が会社からその発明の対価として受け取るべきは200億円との第一審判決を得た、荒井裕樹弁護士の準備書面などは、当時から話題になったものです。

また、②刑事裁判の裁判員裁判において用いられるようになったパワーポイントを使ってのいわばプレゼンテーションのようなことも、専門化、複雑化する訴訟では、民事裁判でも用いられているようです。

私のようなオーソドックスな弁護士には、これらの工夫例は、裁判官に、こちらの主張をしっかり判ってもらうという大事なポイントをついたすばらしいもので、今後参考にさせてもらおうと考えたのですが、少し翻って考えてみるとこれらの工夫例は、すべて冒頭の、主張書面が長すぎるということを前提に、その長い文章をどうやって裁判所に集中力を持って読み通してもらうか、またその中に記載した主張を理解してもらうかを考えてのもののようです。

私が弁護士になった25 年前は、やっとワープロ専用機が導入された頃、B5 版縦書きの書面は、その大きさでも10 頁も書けばかなり長文の部類でした。それがなぜ、冒頭の座談会でも問題にされ、また長い書面前提で、読みやすさのための工夫がさ
れるようになったのでしょうか。

一つには、専門化、複雑化した訴訟が、一定数増えてきていることにあるでしょう。これまでは、訴訟という形での解決より、他の紛争解決手段(話し合い)で解決できた紛争が、裁判によって、司法による公平公正な判断を受けたいという社会のニーズが高まったため、類型化できない訴訟が増えてきているように思います。知財訴訟が一つの典型ですし、会社と株主間の争い、複雑な金融商品の証券被害訴訟などがこのような訴訟の中に入ると思いますが、それ以外にも、通常の取引を続けてきた会社間での訴訟、売買された製品の瑕疵を巡る紛争なども確かに増えてきています。

最後のような例では、問題となっているのがどんな製品か、どのような製造工程をたどって製品が完成するかなど、裁判官にはバックグラウンドの知識のない内容も伝えないと解決しない事件も出てきています。技術内容を書面で記載すると勢い長くなってしまいますので、それをなるべく短くしようとすると、表や、図などを書面に取り込む工夫は必要です。

もうひとつは、PCソフト等の進化でしょう。先に提出した書面のコピーアンドペーストが簡単にできてしまうのです。先の書面に記載しているけれど、裁判官に読んでもらっていないのではないかとの不安から、我々弁護士は、新しい書面にコピーアンドペーストしてしまうということをしがちです。また、相手方が50 頁、100 頁、200 頁という書面を提出すると、何となく分量で負けそうというような気持ちになって、当方も長い書面を作成してしまうという半ば心理戦のようなものもあります。

こちらについては、証人尋問の前に、確実に双方の主張を整理する機会(争点整理手続といいます)を充実させて、双方の主張をしっかり確認する作業が重要で、それが確実に行える、または行うということが所与の前提となれば、その際に主張の骨子を伝え、詳しくは何番目の準備書面(双方の主張や、証拠の評価を書いた裁判所に提出する書面のことです)のどこに書いてあるときちんと示せれば、裁判所、相手方の争点に対する理解がわかるようになります。この争点整理手続は、多くは弁論準備手続という丸いテーブルを、裁判所、双方当事者代理人が取り囲んでの場所で行われ、そこでは口頭で議論することも可能で、当事者はもちろん、関係者も裁判所の許可があれば傍聴可能です。

裁判を依頼される皆さんも、頁数だけで、弁護士を判断しないでくださいね。それより、中身のぎゅっと詰まった読みやすい書面で、裁判所、相手方を説得し、時々に真意が伝わっているか確認し、証人尋問の前には必ず、争点の確認をするようにしますので、ぜひ傍聴してください!

『国際取引における裁判管轄
(基本契約書において管轄地が定められていない場合において)』

弁護士 木曽誠大

1.はじめに
日本所在の会社(売主)と外国の会社(買主)との間に、①日本で製造された製品について、売買代金支払いについての紛争が生じた際、②基本合意書はなく、③日本港でのFOB、④支払方法は日本の銀行への送金を指定したという条件の下(以下「本事案」といいます。)、日本に裁判管轄が認められるでしょうか。お客様から頂いたご相談を下に作成した仮想の本事案を参考に、平成23 年民事訴訟法改正により新設された民事訴訟法第3 条の3 第1 号(債務履行地管轄)について、本稿でご紹介いたします。
2.概論
国際取引とは、国境を越えた物品・資金・技術の移転、役務の提供を指すとします。その上で、国際取引における国際裁判管轄とは、我が国の裁判権が、当該取引の当事者及び審判の対象たる訴訟物の視点から制限されるか否かを論じるものです。従来、判例による処理がなされていた同分野につき、上述の国際裁判管轄についての国内法の整備がなされ、一定の明確化が図られました。
3.本事案についての検討
本事案は、売買代金の支払いを求める、「契約上の債務の履行の請求を目的とする訴え」に該当し、本事案の条件及び関係法規定に基づいて、「債務の履行地」が日本国内にあると認められるかが問題となります。

売買代金の振込先が日本の銀行口座である場合、我が国が「債務の履行地」に当たるかにつき、判示した裁判例は見当たりません。しかし、財産権上の訴えについての特別裁判籍を定める民事訴訟法第5 条1 号(義務履行地管轄)との関係で、未払給料の請求の際の土地管轄について判示した、大阪高決平成10 年4 月30 日(判タ998 号259 頁)が参考になると考えられます。同事案は、自宅付近の銀行の口座に給料を送金してもらっていた債権者(従業員)が、自宅を管轄する裁判所に訴訟を提起したところ、債務者(会社)が、給料支払義務の履行は、会社本店付近の銀行において送金手続を行えば終了するため、義務履行地は、会社本店所在地の管轄裁判所であると争ったものです。同決定は、給料債務が持参債務であることを前提に、銀行振込による場合、債務者による送金手続のみで義務の履行は終了せず、債権者の指定口座に入金されて初めて債務者の義務が終了すると判示し、債権者の主張が認められました。

上記裁判例を参考にすれば、本事案の代金支払債務は、持参債務であるところ、買主は、海外の銀行で送金手続を行いますが、左の送金手続のみで義務の履行は終了するものではなく、売主の指定した口座に入金されて初めて義務の履行が終了するため、日本が債務履行地に当たると考えられます。更に、本事案は、日本国内製造製品を、日本港において引き渡すものであって、日本の国際裁判管轄を否定すべき「特別の事情」は認め難く、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められると考えられます。

下請法に基づく製造委託費及び遅延損害金の請求

弁護士 苗村博子

はじめに

本件は、当事務所で担当した、判例雑誌等には掲載されていない事件判決です。原告であるご依頼者は、靴や衣料品の委託製造を行っている会社で、被告は、繊維雑貨の販売、服飾雑貨の仕入販売を行っている会社です。
はやりのブーツの一部に瑕疵があったことを理由として、他の種類のブーツや特に問題のないジーンズの製造委託費まで払ってくれない状態が続き、ご依頼者は提訴しました。約3年弱の訴訟期間を経て、第一審判決が下り、判決では、14.6%の遅延損害金を得たことから、ご依頼者には、相応の満足を得ていただきました。
下請法が適用できる場合には、同法に基づく遅延損害金請求も有効であることを示した例だと思われますので、その一部を皆さんにご紹介します。

事案の概要

原告は、被告との間で衣料品、靴類の製造委託に関する取引基本契約を締結し、商品代金の支払時期等についても合意していた。原告は、被告に対し、ムートンブーツ等を生産し、売却した。ムートンブーツについては、原告は、元々ショート丈1万5000足、ロング丈3万5000足を売買することを合意し、納期も決めていた。この契約締結時及びその後も製品の仕様が書面で通知されることはなかった。原告は、5回サンプルを作成して提示したが、被告はその都度、サイズや素材などを修正、変更を原告に対して求めた。6回目のサンプル提示でようやく被告は製造を依頼した。その後、被告は、ロング丈、ショート丈の数量バランスについて利幅の大きいロング丈を減らすように求めてきた。そのようなこともあり、納品時期は遅れたが、原告は、ロング丈1万1900足、ショート丈1万4700足を納品した。納品後、被告は、不良品が含まれているとして、原告に修理を要求した。原告は、修理の後、被告が受領してくれることが前提であると返答した。その後、被告は合わせて、2万6620足を原告に返品した。被告は、返品に際し、原告から納品を受けたムートンブーツについて全てを検品することはなく、返品の中には、未開封のものも多数存在した。被告はショート丈のブーツ5100足を顧客に売渡していたが、その顧客から600足余りを縫製不良があるなどとして返品を受けていた。

主な争点

争点としては、①納期遅れはあるか、②納品されたブーツに瑕疵はあるか、③遅延損害金の率がどのように適用されるかであった。

裁判所の判断

①原告に納期遅れがあるかについては、裁判所は、第1回の納期の時期でもまだ、値段交渉を行っていたことなどから、原告が主張するとおり納期変更があったものとして、納期遅れはないと判断した。②また、製品の瑕疵については、被告の顧客から返品されたものについては、瑕疵があると認めたが、単価が低いこと、多少のほつれ等はあるが、瑕疵があるとは評価しがたいこと、被告は、原告が納品したブーツについてその全部を開封したわけではなく、全部に瑕疵があったと推認することができないとした。③の遅延利息に関しては、まず、被告の不履行に対しては、6%の商事法定利息が適用されること、また原告の資本金が300万円、被告の資本金が6400万円であることから、被告は親事業者、原告は下請事業者に該当すること、また本件は、下請法2条1項の「製造委託」に該当し、本件の売買代金は、下請代金(同法2条10項)に該当するとして納品日から60日を経過した以降は14.6%の遅延利息を認めた。

考察

下請事業者と認定された原告は、本件で被告が、安価に単価設定し、かつ単価変更を認めないままに生産コストの増加を伴う数量、仕様、納期の変更を強要し、一方的に返品や受領拒否を行ったという典型的な下請けいじめであることを主張していました。被告が、社名公表を伴う下請代金の減額の禁止に違反するとする勧告処分を受けていたことを原告が主張していたことも、裁判所が、原告に有利な判断をしてくれた一因かと思います。
遅延損害金の起算点については、裁判所は、原告が瑕疵のない商品の履行の提供を行ったにも関わらず、被告が受領拒否をしたことで納品に至らなかった場合には、履行の提供の日を納品日として、この日を遅延損害金の起算日として判断してくれました。結果、納品日から下請法の遅延損害金の起算点までの60日間は商事法定利率の6%で、その後は、14.6%という非常に高率の遅延損害金を認めて貰うことができました。
被告は控訴し、その後和解しましたが、控訴期間中もそれなりに、ゆとりをもって対応できたのは、この高額にのぼる遅延損害金が考慮されることが期待できたからです。下請法の高率の遅延損害金は、一種の懲罰的利息ですが、これが下請法違反を行う親事業者には有効に働くことが分かった事件でした。

依頼者と弁護士の通信秘密保護制度

弁護士 苗村博子

はじめに
1以下でご紹介しているのは、2017年に執筆したものですが、以後、様々な紛争やテロ事件、米国で議会が襲撃され、はては本年には、ウクライナ侵略が起こりました。12月7日には、ドイツで議事堂襲撃を画策していたとして25名(一人は裁判官とのこと)が逮捕されるなど、国家のまさに物理的な安全が脅かされる事件が相次ぎました。また、FTXの創業者が詐欺罪やマネーロンダリングの罪でバハマで逮捕されるなど、巨額の不正事件も起こり、これらの資金がテロリストに行きつくのではないかとの懸念も高まっています。そんな中、刑事事件や、民事罰に関する法的問題も含め、弁護士への相談も増えていますが、弁護士の広い意味での防御権を狭めてでも、国家が様々な情報を得たいという要求が高まり、この弁護士依頼者間の通信秘密が脅かされているのではないかとの懸念が、これらの制度を生み出してきた国ですら高まってきています。ただ、このようなマネロン等以外では、まだ他国でしっかり機能しているということも同時にご理解いただければと思っています。(2022年12月16日追記)

 

1 通信秘密保護制度って何?

まだ耳慣れないこの言葉、Attorney Client Privilegeまたは弁護士依頼者間秘匿特権と言った方が、分かって頂き易いかと思いますが、日本語のこの表現は、どうも弁護士の特権といった誤解を生みやすく、私が参加している日弁連のWGでは、ご依頼者の権利であることを分かって頂けるよう、タイトルの言葉を用いています。通信秘密として保護され、行政当局、刑事司法当局、民事事件の相手方に対して、依頼者と弁護士の間の通信内容を記した書類の提出を拒むことができ、またその通信内容に関する証言を拒否できるというものです。コモンローの国では、この保護が明確ですが、日本では、十分な保護があるとは言えない状況です。

現在この問題が最も先鋭化しているのが国際カルテルの分野です。日本で通信秘密保護が十分でないことから、米国の弁護士等は自分たちの意見書を依頼者に渡さないよう私たちに指示をしてきます。米国では必ず後で起こるクラスアクションなどの民事賠償請求の際に、依頼者の手元に意見書があれば、ディスカバリでこの提出が求められるからです。日本の弁護士は、これをどうご依頼者に説明するか苦慮します。違反行為を認めざるを得ない場合に、違反があると考えざるを得ないと言うことは口頭でも理解して貰えますが、何が問題だったのか、どうすれば、事案に即した再発防止策を立てるのが難しい状況となっています。事務所には意見書を置いているので見に来て下さいとは言っていますが、やはり、企業としては、身近に意見書をおいて分析するのは重要だと思います。

2 通信秘密を保護する理由

依頼者は、弁護士に包み隠さず事実や状況を伝えられて初めて、適切な弁護士のアドバイスが受けられるという依頼者の広い意味での防御権、そして適切な意見により、適切なコンプライアンス体制がとれるという効果の二つが期待されています。

3 何が保護の対象か-コモンローの国での保護要件

①まず、依頼者と弁護士の間の通信であることが必要です。従って、弁護士に法的アドバイスを求めるための相談内容や弁護士からの回答、また弁護士の意見書などがこれに含まれます。企業のご依頼者の場合、法律相談と、ビジネス相談が一緒になることがありますが、通信秘密制度の保護対象となるのは、法律相談が主な場合に限られます。またその相談のために、過去に作成された従業員のメールなどを添付して送られる場合がありますが、このような過去に作成された書類まで秘密保護の対象となるわけでは有りません。かつては、弁護士をCCに入れておけば全て秘密にできるなどまちがった用いられ方が推奨されたことがありますが、これは誤解です。

弁護士は、その国の弁護士だけでなく、外国の弁護士も対象となります。但しその外国で通信秘密保護制度が認められていない国の弁護士は、弁護士として認められない可能性があります。日本では東京高裁が通信秘密保護制度は現行の法制下では保護されていないとして、独禁法違反事件に関し、弁護士の意見書を公取委が押収した事案で、同意見書の押収について取消請求を認めませんでした。現在アメリカではいくつかの州で日本の弁護士への相談も通信秘密保護の対象だと認めてくれていますが、今後、この点が争われるのではないかが懸念されます。
またイギリスを除くヨーロッパでは、組織内弁護士は、必要な独立性を満たしていないとされ、通信秘密保護の対象となる弁護士とはされていません。

③この通信の秘密が保たれていることが必要です。社内で保管されていれば秘密ということではなく、関係者をあまり限らず、多くのCC先に送ったりすると、秘密性が失われてしまう可能性があります。

④弁護士への相談が、犯罪の示唆や、証拠隠滅に関わっていないことが要件です。過去に起こした犯罪行為に関する相談自体は、通信秘密保護の対象ですが、これから犯罪を企てるための相談や、過去の犯罪行為をどう隠蔽するかといった相談は対象外です。よく濫用防止が必要といわれますが、濫用というより、このような相談はそもそも保護の対象となりません。

⑤また、放棄されていないことも必要です。かつて米国司法省では、犯罪捜査に協力して減刑を求めるには、この通信秘密の保護を放棄するように求めることがありましたが、この保護を重視する議会がこのような放棄の強制を認めない法案を策定するとの動きをしたことにより、司法省も実務を変えた様です。それだけ重要な制度と考えられています。

4 審査手続

ある書類が通信秘密保護の対象かどうかについては、第三者的な判断が必要となりますが、刑事、行政の分野では捜査、調査を遅延させないため、まずは当局の担当者以外の者による判定がなされ、不服がある場合、また民事の場合は、裁判所による判断が成されています。

5 2017年LAWASIA東京大会での議論

「弁護士との相談は秘密か?」というタイトルで、一つのセッションが行われ、私がモデレータを勤めました。オーストラリアの州最高裁判事、元の米国司法省反トラスト部局次長の弁護士、日本企業の社内弁護士、韓国の弁護士のスピーカーを迎え、様々な角度から、討論をして貰いました。通信秘密保護制度が事実解明を阻害することにならないか、また、秘密性がどのような時に失われてしまうのか等、この保護制度が日本でも法制度として構築されるための多くの示唆を得ました。どこかでご紹介できればと思っています。