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18年にわたって継続した販売代理店契約の解消が問題となった事例
弁護士 中島康平
【はじめに】
今回は、18 年にわたって継続した販売代理店契約の解消が問題となった東京地裁平成22 年7 月30 日判決・判時2118号45 頁をご紹介します。
【事案の概要】
X は、 Y との間で外国製ワインを日本における独占的に輸入・販売することを内容とする販売代理店契約(以下「本件販売代理店契約」といいます)を締結し、ワインを輸入・販売していましたが、Y は、平成17 年1 月5 日ころ、X に対し同年4月末日限り本件販売代理店契約を解約する旨通知しました(以下「本件解約」といいます)。
X は、本件解約が本件販売代理店契約上の1 年間の予告期間を設ける義務に違反するとともに、X の日本における独占的な輸入販売権を侵害するものであると主張して、 Y に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として8 ヵ月分の粗利益に相当する8280 万円の支払いを求めました。
なお、X は平成11 年12 月に設立され、完全親会社であるA からワイン部門の営業譲渡を受けています。A とオーストラリアのワイン会社であるB は、昭和62 年、B のワインを日本に輸入・販売することを合意し、以後、A はB にB ブランドのワイン(以下「B ワイン」といいます)を発注してこれを日本に輸入し販売してきました。Y は平成13 年にB を買収し合併したオーストラリアのワイン会社です。
【争点】
1 本件販売代理店契約の成否
2 債務不履行、不法行為の成否
3 X の損害
【判旨】一部認容、一部棄却〔確定〕
争点1
本判決は、本件販売代理店契約の成否について、本件販売代理店契約に係る契約書は存しないからB ワインについて継続的な取引関係が存在しただけであって本件販売代理店契約が存在したとはいえないとのY の主張を排斥し、① A は、昭和62 年にB との間でB ワインを日本に輸入して販売する合意をしたこと、② A及びその後にその営業譲渡を受けたXは、通算18 年にわたってB ワインを注文して日本に輸入し販売してきたこと、③この間、B やこれを合併したY は、A又はX との間で日本における販売戦略等について協議してきており、X に対し販売代理権がないことを理由にB ワインの出荷を拒否したことがなく、他の販売代理店を通じて日本においてB ワインを販売したこともないこと、④ Y 作成の文書中にX が販売代理店であることを前提とする記載があることを総合すると、A とB は、昭和62 年、A においてB ワインを日本に独占的に輸入・販売することを内容とする本件販売代理店契約を締結したものと推認されるとしました。
争点2
その上で、本件販売代理店契約の解約に関し、X とY は本件販売代理店契約に基づき18 年という長期にわたり取引関係を継続してきており、その間にX は日本におけるB ワインの売上げを大幅に伸ばしてきたこと等に照らせば、X において将
来にわたって、Y のB ワインが継続的に供給されると信頼することは保護に値するものであるから、Y が本件販売代理店契約を解約するには、1 年の予告期間を設けるか、その期間に相当する損失を補償すべき義務を負うものと解されるとし、予告
期間を4 ヵ月とするY の本件解約はかかる義務に違反するものであって、債務不履行にあたると判断しました。
なお、Y が本件解約に先立ちX に対し販売業績への懸念を表明し、販売代理店を変更する可能性を警告していたことに関しては、本件販売代理店契約の終了を予告したとはいえないし、本件解約で設けた4 ヵ月の予告期間を正当化することもできないと評価しています。
争点3
Y の債務不履行によるX の損害に関しては、予告期間として相当な1 年から本件解約の予告期間4 ヵ月を差し引いた8 ヵ月について、B ワインの売上げがなくなり、売上げにより得べかりし総利益を喪失しているが、その反面、B ワインの売上げに要する販売直接費と共に販売管理費(労務費、経費、広告宣伝費、償却費からなるもの)を免れることができると考えられるから、Xの被った損害とは、総利益から販売直接費及び販売管理費を控除した営業利益の喪失分と解するのが相当であるとし、粗利益相当額を主張するX の主張を退けて、8 ヵ月分の営業利益に相当する590 万4000円を損害として認定しました。
【検討】
継続的取引の解消は実務上検討されることが多い法律問題の一つだと思われます。継続的取引に係る契約書が作成されていることが多いとは思われますが、相当期間にわたる取引の場合、取引開始当初において契約書等が作成されず、また作成されていても非常に簡潔な内容にとどまる事例も見受けられます。本件も契約書が存在しない期間の定めのない継続的契約の解消が問題となった事例です。
長期間にわたり取引関係が継続してきた場合には契約当事者に今後も取引が継続されるとの期待が生じることがあり、取引継続への合理的期待をどのように保護するかが問題となります。判例に関しては、継続的に続いた特約店および販売店契約
については解約あるいは更新拒絶は公序良俗違反あるいは権利の濫用にならない限り契約自由の原則によるとするもの、合理的理由あるいはやむを得ない事由が必要であるとする判例もあり、これを不要とする判例もあり、必要とするものも、結局、
供給者の主張どおりに解約を認めたもの、合理的予告期間が必要であるとするもの等があり、判例の方向は固まったとはいえないとされています※ 1。
本判決は、このような状況の中で継続的取引の解消に関する近時の事例として実務上参考になるものと考えます。
マンション不在組合員への協力金負担を定める規約変更の有効性
弁護士 田中 敦
【はじめに】
今年1 月、マンションに居住していない区分所有者のみに対し、マンション管理組合運営のための協力金の支払いを求めることができるかが争われた訴訟の上告審判決が下されました。今回は、上記のような協力金の負担を定める組合規約変更が有効であると判断した最高裁平成22 年1 月26 日第三小法廷判決(裁判集民233 号登載予定)をご紹介します。 現在、分譲から年月が経過し、非居住区分所有者が増加したことにより、多くのマンションや団地の管理組合が、組合活動の担い手不足や資金不足といった問題を抱えています。本判決を受け、そのような管理組合が、本件と同様の協力金の徴収に踏み切るかもしれません。本判決は、非居住区分所有者への協力金の設定の仕方につき、どのような事情を考慮すべきかを示した判例として、今後の実務の参考となるものと思われます。
【事案の概要と争点】
1 事案の概要
X は、昭和46 年ころに分譲されたマンション4 棟(総戸数868 戸)からなる団地(以下、「本件マンション」といいます。)の管理組合です。本件マンションの区分所有者は、その全員がX に加入することとされていました。 本件マンションの分譲から年月が経つにつれ、次第に区分所有者から第三者に賃貸される部屋が増加し、平成16 年には、総戸数のおよそ2 割にあたる約170 戸が、みずからが部屋に居住しない区分所有者(以下、当該区分所有者を「不在組合員」といい、その余の区分所有者を「居住組合員」といいます。)の所有となっていました。ここで、X の組合規約では不在組合員はX の役員に就くことができないとされていたため、本件マンション居住者の高齢化と相まって、一部の居住組合員しかXの役員として組合運営に貢献していないという状況が生じました。 それを受け、X において、平成16 年と平成19 年の二度の総会決議を経て、組合運営にかかる負担の一端を担ってもらうとの趣旨で、不在組合員は通常の組合費に加えて月額2,500 円の「住民活動協力金」を負担すべきものとする旨、規約の変更がなされました(以下、平成16 年と平成19年の総会決議による組合規約の変更を「本件規約変更」といいます)。 X は、変更後の規約に基づき不在組合員に協力金の支払いを求めましたが、一部の不在組合員はその支払いを拒否しました。そこで、X は、それら不在組合員に対し、協力金の支払いを求める訴訟を提起しました。本件はその訴訟の一つであり、Y らは、協力金の支払いを拒んだ不在組合員のうち一人の相続人です。
2 争点
建物の区分所有等に関する法律(以下、単に「法」といいます)31 条1 項後段では、マンション管理組合による組合規約の変更につき、当該規約変更が「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきときは、その承諾を得なければならない」こととされています。Y らは、不在組合員に対し協力金の負担を強いる本件規約変更が、「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきとき」に該当し、不在組合員の承諾がない以上無効であると主張しました。 訴訟では、本件規約変更が「特別の影響を及ぼすべきとき」に該当するか否かが争点となり、第1 審はこれを否定して本件規約変更を有効と判断しました。これに対し、原審は、協力金を不在組合員に負担させる合理的な根拠は認められず、「特別の影響を及ぼすべきとき」に該当するとして、本件規約変更を無効と判断しました。
【判旨】
最高裁は、原審の判決を破棄、自判し、本件規約変更は有効であると判断しました。 本判決は、まず、法31 条1 項後段の「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきとき」とは、「規約の設定、変更等の必要性及び合理性とこれによって一部の団地所有者が受ける不利益とを比較衡量し、当該団地建物所有関係の実態に照らして、その不利益が一部の団地所有者の受忍すべき限度を超えると認められる場合をいう」と判示しました。 その上で、本件においては、本件規約変更の必要性と合理性を否定する事情として、居住組合員の中にも組合活動に消極的な者や高齢のため組合活動に参加することが事実上困難な者もいること、X の役員に対し報酬や必要経費の支払いが可能であることといった事情が存在することを認めました。しかし、そのような事情を考慮したとしても、①本件マンションの保守管理のためには組合員による組合活動への協力が不可欠であるところ、不在組合員は日常的に組合活動への協力をしていないこと、②不在組合員の戸数が全868戸中約170 戸ないし180 戸に上っていること、③不在組合員は、その専有部分を第三者に賃貸して賃料を得ており、組合活動により良好な住環境が維持されていることの利益のみを享受していること等の事情の下では、不在組合員と居住組合員との間の不公平がX の役員への報酬等の支払いにより全て補てんされるものではなく、不在組合員のみを対象として協力金を負担させることに必要性と合理性が認められるとしました。そして、④協力金の額は月額2,500 円であり、その他の組合費(1 万7,500 円)の約15%に過ぎないこと、⑤協力金の支払いを拒んでいるのは、不在組合員のうち5名に過ぎないことからすれば、本件規約変更による協力金の負担は、不在組合員において受忍すべき限度を超えるとまではいうことができないとしました。 よって、本判決は、結論として本件規約変更が「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきとき」には該当しないと判断しました。
【検討】
1 マンション管理組合による規約変更
マンションの管理組合による組合規約の変更につき、法31 条1 項前段では、「規約の設定、変更又は廃止は、区分所有者及び議決権の各4 分の3 以上の多数による集会の決議によってする」とし、原則として構成員の多数決によることを定めています。これに対し、同項後段は、多数決の意思によって少数者の権利が制限ないし否定されることを防ぐため、規約変更が少数者の権利に「特別の影響」を及ぼす場合、例外的に少数者による承諾を必要としています※①。 この法31 条1 項後段の趣旨は、規約の設定等により一般の区分所有者が受ける利益と、これによって影響を受ける一部の区分所有者の不利益との調和を図り、区分所有者間の利害を調整することといわれています※②。
2 「特別の影響」の意義
本判決に先立ち、組合規約の変更が「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきとき」に該当するか否かが問題とされた事案として、最高裁平成10 年10月30 日第二小法廷判決※③があります。同判決は、集会決議による駐車場専用使用権使用料の増額が争われた事案で、「特別の影響を及ぼすべきとき」とは、「規約の設定、変更等の必要性及び合理性とこれによって一部の団地所有者が受ける不利益とを比較衡量し、当該団地建物所有関係の実態に照らして、その不利益が一部の団地所有者の受忍すべき限度を超えると認められる場合をいう」との判断枠組みを示しました。 本判決でも、この平成10 年判決の判断枠組みを踏襲しています。その上で、本判決は、本件マンションの規模、管理組合の活動内容・規約内容、マンションの総戸数に対して不在組合員が占める戸数の割合、協力金の支払いに反対する者の人数等、本件における区分所有関係の具体的事情に照らし、本件規約変更の有効性を判断したものといえます。
3 本判決の影響
本判決は、マンションに居住していない区分所有者への協力金の負担を認めた最初の判例として意義を有しており、本判決を受け、本件と同様の協力金制度を導入する管理組合が今後増加するものと思われます。 ただ、本判決は、本件における区分所有関係の具体的事情を総合的に勘案した上で、2,500 円という額の協力金の負担が「受任すべき限度を超える不利益」とはいえないと判断したものです。また、居住組合員の中にも組合活動に参加できない(あるいは参加しようとしない)者がいるのに、不在組合員のみに協力金を負担させることについての公平性の問題も残されています。 今後、管理組合において本件と同様の協力金制度を定めるにあたっては、協力金の額や協力金を負担させる対象等につき、十分な検討を要するものと考えられます。
※①稻本洋之助・鎌野邦樹『コンメンタール マンション区分所有者法(第2版)』(平文社・2004年)188頁
※②最高裁判所判例解説・平成10年度下民事篇875頁
※③民集52巻7号1604頁、判タ991号288頁
譲渡禁止特約付債権の譲渡人による譲渡無効の主張の可否
弁護士 中島 康平
【はじめに】
今回は、譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者が同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張することの可否が問題となった最高裁平成 21 年 3 月 27 日第二小法廷判決民集 63 巻 3 号 449 頁をご紹介します。
【事案の概要と争点】
X(平成 16 年 12 月 27 日に解散し、平成 17 年 3 月 25 日に特別清算開始決定を受けた清算株式会社)は、Aとの間で工事請負契約を締結し、Aに対し、出来形部分の未精算債権及び遅延損害金債権(以下「本件債権」といいます)を有していたところ、本件債権にはXとAの間の工事発注基本契約書及び工事発注基本契約約款によって譲渡禁止特約が付されていました。
Xは、平成 14 年 12 月 2 日、Y 1 並びにY 2 (以下併せて「Yら」といいます)との間で、Y 2 がXに対して現在及び将来に有する貸付金債権等並びにそれを保証するY 1 がXに対して現在及び将来取得する求償債権を担保するために債権譲渡担保契約を締結し、XがAとの間で取得する工事代金債権(本件債権を含む)をYらに譲渡しました(以下「本件債権譲渡」といいます)。
その後、Xの解散・特別清算開始決定に前後して、Aが債権者不確知を供託原因として本件債権の債権額に相当する金員を供託したため、XがYらに対して本件債権譲渡が譲渡禁止特約に反して無効であるとして供託金の還付請求権を有することの確認を求める本訴請求を、YらがXに対して本件債権譲渡が有効であるとして供託金の還付請求権を有する確認を求める反訴請求をそれぞれ提起しました。
本件では、本件債権譲渡についてAの承諾があったか、Aの承諾を誤信したYらに民法 466 条 2 項ただし書が類推適用されるか、Xによる譲渡無効の主張が禁反言の法理に反し信義則違反にあたるかなどが争点となりましたが、第 1 審及び原審が、債務者であるAの承諾がない以上本件債権譲渡は譲渡禁止特約に反して無効であるなどとして、Xの本訴請求を認容しYらの反訴請求を棄却したため、Y 1 が上告受理を申立てました。
最高裁では、上記争点のうちXによる譲渡無効の主張の可否ついての判断が示されました。
【判旨】
(原判決破棄、第 1 審判決取消、本訴請求棄却、反訴請求認容) 民法は、原則として債権の譲渡性を認め(466 条 1 項)、当事者が反対の意思を表示した場合にはこれを認めない旨定めている(同条 2 項本文)ところ、債権の譲渡性を否定する意思を表示した譲渡禁止の特約は、債務者の利益を保護するために付されるものと解される。そうすると、譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者は、同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張する独自の利益を有しないのであって、債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるなどの特段の事情がない限り、その無効を主張することは許されないと解するのが相当である。
これを本件についてみると、Xは、自ら譲渡禁止の特約に反して本件債権を譲渡した債権者であり、債務者であるAは、本件債権譲渡の無効を主張することなく債権者不確知を理由として本件債権の債権額に相当する金員を供託しているというのである。そうすると、Xには譲渡禁止の特約の存在を理由とする本件債権譲渡の無効を主張する独自の利益はなく、前記特段の事情の存在もうかがわれないから、Xが上記無効を主張することは許されないものというべきである。
【検討】
1 譲渡禁止特約の機能
債権の譲渡については、その自由譲渡性が原則として承認されていますが(民法 466 条 1 項本文)、当事者間の意思表示(譲渡禁止特約)によって譲渡性を排除することが認められています(同条 2項本文)。
譲渡禁止特約は、古くは債権者の交替による苛酷な取立てから債務者を保護し、現在でも債権者の交替による事務処理の煩雑化の回避、過誤払いの防止、相殺可能性の確保といった面で債務者を保護する機能を有するとされています ※① 。
しかしながら、譲渡禁止特約が現実の紛争では異なる機能を果たしていることが指摘されていました。すなわち、本件も同様ですが、譲渡禁止特約によって保護されるはずの債務者が債権相当額を供託することで譲渡禁止特約付債権が譲渡された場合の紛争から早期に離脱し、譲受人と譲渡人(譲渡人の債権者)の間の優劣争いにおいて譲渡人側から譲渡禁止特約が援用され、譲受人の譲渡禁止特約に関する重過失が認定されて、結果として債権譲渡の効果が否定されるという事態です ※② 。
2 類似の判断枠組み
本判決は、このような場合につき、譲渡人による譲渡無効の主張は許されないと判断しました。
最高裁判例では、錯誤無効について「民法 95 条の律意は瑕疵ある意思表示をした当事者を保護しようとするにあるから、表意者自身において、その意思表示に何らの瑕疵も認めず、錯誤を理由として意思表示の無効を主張する意思がないにもかかわらず、第三者において錯誤に基づく意思表示の無効を主張することは、原則として許されない」とした原判決に違法はないとしたもの(最高裁昭和 40 年9 月 10 日第二小法廷判決民集 19 巻 6号 1512 頁)があります。
また、最近では、取締役会の決議を経ないで代表取締役が行なった重要な業務執行に該当する取引について「重要な業務執行についての決定を取締役会の決議事項と定めたのは、代表取締役への権限の集中を抑制し、取締役相互の協議による結論に沿った業務執行を確保することによって会社の利益を保護しようとする趣旨に出たものと解される。この趣旨からすれば、株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行に該当する取引をした場合、取締役会の決議を経ていないことを理由とする同取引の無効は、原則として会社のみが主張することができ、会社以外の者は、当該会社の取締役会が上記無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情がない限り、これを主張することができないと解するのが相当である」としたもの(最高裁平成 21 年 4 月 17 日第二小法廷判決民集 63 巻 4 号 535 頁)があり、いずれも本判決と類似する判断を示しています。
3 本判決の射程−破産管財人差押債権者による無効主張の可否
もっとも、本判決は、債権の譲渡人が譲渡の無効を主張する独自の利益を有しないことも指摘していますので、独自の利益があれば第三者も無効を主張することができるとも考えられます。
今後は、債権の譲渡人が破産した場合や債権者による差押えと債権譲渡が競合した場合に、破産管財人又は差押債権者が譲渡禁止特約を援用できるかなどが問題となると思われます。
破産管財人は破産者とは独立した法主体性が認められること、破産管財人又は差押債権者は債権者の利益実現又は自らの債権回収を図る必要があり債権譲渡人のように自らが譲渡禁止特約に反して債権を譲渡したものではないことなどを強調すれば、例外的に独自の利益を肯定する余地もありうるとは思われますが ※③ 、一方で、本件のXに関しては(代表)清算人が選任されており特別清算の清算人は破産管財人に類似した中立的・公共的立場を有するとされている ※④にも拘らず無効主張が否定されていること、破産管財人又は差押債権者が譲渡禁止特約の保護対象者とは考え難いことからすれば、債務者ではない破産管財人や差押債権者による無効主張はやはり否定されるとも考えられます ※⑤ 。
これらの問題につきましては、今後の判例の集積が待たれるところですが、民法(債権法)改正検討委員会が平成 21年 4 月 29 日に公表した「債権法改正の基本方針」では、譲渡禁止特約付債権の譲渡も譲渡当事者間及び第三者との関係では有効であり、また、債務者との関係でも譲渡人に倒産手続が開始されたときには債務者は特約を対抗できないとすることが提案されています ※⑥ 。
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※① 奥田昌道『債権総論(増補版)』(悠々社、平成4年)429頁、能見善久=加藤新太郎編『論点大系 判例民法 4 債権総論』(第一法規、平成21年)320頁。
※② 潮見佳男『債権総論(第3版)Ⅱ』(信山社、平成17年)606頁。
※③ 第三者による錯誤無効の主張については、第三者において表意者に対する債権を保全する必要がある場合において、表意者が意思表示の瑕疵を認めているときは、表意者みずからは当該意思表示の無効を主張する意思がなくても、第三者たる債権者は表意者の意思表示の錯誤による無効を主張することが許されるとされています(最高裁昭和45年3月26日第一小法廷判決民集24巻3号151頁)。
※④ 山口和男編『特別清算の理論と裁判実務』(新日本法規、平成20年)123頁。
※⑤ これらの点につきましては、譲渡人に独自の利益がないことの根拠として、譲渡禁止特約が債務者の利益を保護するために付されると解する以上無効主張権者は原則として債務者と解すべきことになろうと指摘するものとして中村肇「譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者が譲渡の無効を主張することの可否」金判1324号17頁、破産管財人又は差押債権者による無効主張を否定的に解するものとして池田真朗「債権譲渡禁止特約と譲渡人からの援用の否定」金法1873号13頁、研究会(民法判例レビュー)では破産管財人の場合には譲渡禁止特約を主張することができるのではないかとの意見が有力であったことを報告するものとして円谷峻「譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者が同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張することの可否」判タ1312号49頁があります。
※⑥ 民法(債権法)改正検討委員会編『詳解・債権法改正の基本方針Ⅲ 契約および債権一般(2)』(商事法務、平成21年)280頁。たことを報告するものとして円谷峻「譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者が同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張することの可否」判タ1312号49頁があります。基本方針Ⅲ 契約および債権一般(2)』(商事法務、平成21年)280頁。
民法724条後段-時効か除斥期間か(最判平成21年4月28日)
弁護士・ニューヨーク州弁護士 苗村博子
(第1審東京地判平成18年9月26日,原審東京高判平成20年1月31日)
1.本件は,26年後になって,同じ学校に勤めていた教諭を殺害した犯人が,自宅床下に遺体を埋めていたことを自供してこの事実が発覚したため,遺族が被害者の権利義務を相続した等として,犯人に対し,損害の賠償を求めた事案に対する最高裁判決です。
本判決は,原審を支持し,民法724条後段の除斥期間の適用を排し,請求を認めたものですが,田原判事の補足意見には,そもそも同条後段を除斥期間とは考えず,消滅時効を定めたものと解すべきとの考えが示され,現在の民法改正作業にも言及されています。その射程を広く考えれば,本件の殺人事件のような特殊な不法行為だけに限られるものではなく,実務に一石を投じることになる可能性もあり,ここで,紹介させて頂くこととしました。
2.第1審は,被害者の権利義務そのものは,民法724条後段の除斥期間の満了により消滅しているとしてこれを認めず[1],ただ,26年あまりの間,犯人が被害者の遺体を自らの排他的管理下において,被害者遺族の,被害者を弔い,その遺骨を祀る機会を奪ったとし,かつその状態は継続していたとして遺体発見時を除斥期間の起算点として,合計300万円あまりの賠償額を認めました。
3.これに対し,原審は,民法160条[2]の相続財産の時効の停止の条項の趣旨が,724条後段にも適用される場合があり得る,本件にはそのような特段の事情があるとして,被害者の遺体だと確認されたときから半年以内に遺族が本訴を提起していたことから,被害者の権利は,未だ消滅していないとして,死亡による逸失利益,慰謝料として,総額3800万円あまりの賠償額を認めました。
4.本判決は,まず,民法724条後段は,不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであると明言し,期間経過後には当事者からの主張が無くても,賠償請求権は消滅したものと判断すべきとしました。また民法160条については,相続人が確定しないことにより,時効中断の機会を逸することによる時効完成の不利益を防止するための規定であるとし,相続人が確定する前に時効期間が経過しても相続人が確定したときから6か月を経過するまでは,時効は完成しないとする規定だと解釈しました。 そうなると民法160条が,民法724条後段との関係で問題とされることはないはずですが,本判決は,被害者を殺害した加害者が,相続人に被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作り出したために,除斥期間内に,権利行使が出来なくなった場合にも,その原因を作った加害者が損害賠償請求義務を免れるとすると,著しく正義・公平の理念に反するとして,時効の場合と同じく,民法724条後段の効果を制限することは,条理にかなうとしました。また,相続人が被相続人死亡の事実を知らない場合には,同法915条の熟慮期間が経過せず,相続人は確定しないと解した上で,「被害者を殺害した加害者が,被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し,そのために相続人はその事実を知ることが出来ず,相続人が確定した時から6か月内に相続人が上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときには,民法160条の法意に照らし,同法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。」として,被害者の損害賠償請求権の権利消滅を認めなかった原審を支持しました。
5.本判決には,民法724条後段は,除斥期間の定めではなく,時効の規定だとし,民法160条が直接適用されるという田原判事の補足意見が付されています。同意見は,724条後段を除斥期間とすれば,第1審判決が引用した平成元年最判の言うとおり,信義則,権利濫用の適用はないものと解さざるを得ず,本件のような救済は困難であるとして,根本的にこの除斥期間とする考えを見直されています。
除斥期間の制度は,相手方の保護,取引関係者の法的地位の安定,その他公益上の必要から一定期間の経過によって,法律関係を確定させるため,権利の存続期間等を画一的に定めるものと解されるところ,不法行為に基づく損害賠償請求権について,加害者につき,時効制度と別に除斥期間によって,保護すべき特段の事情は認められないと述べられています。
6.同意見は,時効と除斥期間の違い,すなわち,中断,援用,起算点,遡及効,停止,放棄,確定判決による期間延長,相殺などについて分析し,そのいずれも,特に時効とは別に除斥期間を必要とする理由にはならないとしています。また文理解釈上も,724条後段の「同様とする」との意味は,前段の時効によって消滅するという意味であるとの学説[3]にも与しています。
7.まず,多数意見,補足意見のとる結論について,これに異を唱える方はないといってよいでしょう。
そして,そのような結論を是とすれば,補足意見が,724条の文理上も,また本件のような例に救済を与える為の理論的正当性という点からも優れていることは間違い有りません。
また民法(債権法)改正検討委員会も民法724条そのものの廃止を提案しています[4]。同条だけでなく,これまで除斥期間かと言われたものについてもすべて除斥期間説を廃する提案をするようです。
8.かような潮流の中,では,なぜ,多数意見は,除斥期間説を維持し,かつ,民法160条の法意を汲むという形で,724条後段の適用を排除する方法をとったのでしょうか。そこには,やはり,援用を必要とする時効とこれを要求しない除斥期間との大きな違いが考慮されたように思います。
当事者の援用があって初めて認められるという時効援用制度は,フランス法を母法とし,それは,債務者の良心に再度時効による消滅を良しとするかを尋ねる点に意味があるとされます。
援用権が,このような意味を持つことから,これに対しては,権利濫用だとして争われることが多くなるのは否めません。本件のような殺人と綿密な死体隠匿工作という極端な事例でなくても,請求権者と時効の援用権者の間に,弱者強者の関係があれば,請求権者から権利濫用を主張される可能性は高く,国や,企業であれば行使自体が社会的非難の対象となることも援用権行使の際の考慮要素となるでしょう。
9.除斥期間が無くなれば,企業や国の様々な活動に対し,場合によっては20年を超えても時効援用しなければ,更に責任が残ることも検討しておく必要があることになってしまいます。そのコストまで,すべて計算して備えるというのは簡単な事ではありません。
多数意見は,改正委の考えも了解した上で,除斥期間制度の存続を求めているメッセージのようにも思います。今後は改正作業においても多くの議論が巻き起こるのではないでしょうか。
[1] 民法724条後段が時効を定めたものとの主張は排斥し,これに対しては最判平成元年12月21日を引用した。信義則違反,権利濫用の主張はなしえないとしました。
[2] 民法160条-相続財産に関しては,相続人が確定した時,管理人が選任された時又は破産手続開始の決定があった時から六箇月を経過するまでの間は,時効は,完成しないとされています。
[3] 松本克美著『民法724条後段「除斥期間」説の終わりの始まり』立命館法学2005年6号316頁以下など除斥期間説に反対する学説も多いところです。
[4] 改正委は,債務不履行か不法行為かで時効の規律を分けることは適当でないとして,除斥期間そのものを認めないとの趣旨とのこと(別冊NBL126号199頁以下等)。人格的利益には,特別の時効期間として債権を行使できるときから30年を提案しています。
土壌汚染と売主の説明義務
弁護士 中島康平
【はじめに】
今回は,汚染土地の売買において売主の説明義務違反が肯定された東京地方裁判所平成18年9月5日判決をご紹介します。土地の売買に際し、契約において土壌汚染に関する表明保証条項等の規定を設けておくことが紛争予防に資することはいうまでもありませんが、そのような規定がない場合の当事者のリスク分担を示したものとして本判決は意義があるものと思いますので、「最近の判例から」というには少し古いかもしれませんが取り上げさせて頂きます。
【事案の概要と争点】
本件の事案を簡略化すると,機械販売会社であるYから土地を購入した建設会社のXが,土地の一部(以下「本件土地」といいます。)を転売するために土壌汚染の調査を行ったところ,鉛及びふっ素による土壌汚染が生じていることが判明したため,Yに対し,売買契約の錯誤無効による代金の返還,予備的に瑕疵担保責任ないし債務不履行責任に基づき土壌調査及び土壌浄化費用の賠償等を求めたというものです。
本件では,①売買契約に要素の錯誤が存するか,②YがXに対して瑕疵担保責任を負うか,③YがXに対して債務不履行責任を負うかが争点となりました。
【判旨】
1 争点①について
錯誤について,裁判所は,土壌汚染の存在は土地の外観から明らかなものとはいえず,専門家による調査を経て初めて判明したものであるから,売買契約当時,Xが錯誤に陥っていたとは認めましたが,契約書に土地の購入目的が明記されていないこと等から転売目的が重要視された筋は見当たらないこと,契約交渉過程においても双方とも土壌汚染には無頓着なまま推移した経緯がうかがわれること,汚染土壌の除去に要する費用が売買代金の約21%に過ぎず土壌汚染を考慮しても代金額との均衡が著しく害されていると評価することもできないことを指摘して,Xの錯誤は表示されない動機の錯誤にとどまり,要素の錯誤とはいえないと判示しました。
2 争点②について
次に,瑕疵担保責任について,裁判所は,経済的取引の見地からしても,鉛及びふっ素について,各基準値[i]を超える含有量ないし溶出量を検出した土地については,経済的効用及び交換価値が低下していることが明らかで売買代金との等価性が損なわれていることから,瑕疵の存在が肯定されるべきであるとし,また,Xが同土地の引渡しを受けた平成11年8月当時において,買主がたとえ不動産取引業であったとしても,当然に土壌汚染の有無について専門的な調査を行うという取引慣行が存在していたことを認めるに足りる証拠はないこと,土壌汚染の存在は外観上明らかとはいえないこと,土壌汚染についての調査が相当な手間と費用を要するものであること等から,土壌汚染が隠れたる瑕疵であることは否定できないとしました。
しかし,商法526条を適用し,引渡し後6か月が経過したことによって,XのYに対する瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求は許されないと判示しました。
3 争点③について
⑴ 本来的債務の不履行
裁判所は,まず,売主の本来的債務につき,契約の目的が特定物である本件では,契約の本旨は,特段の事情なき限り,本件土地を現状において引き渡すことにある(民法483条)から,売主は土壌汚染のない土地を引き渡す義務を負うとまではいえないのが原則であるとした上で,本件売買においてこれと異なる特段の事情が存在するかについて検討し,Xが転売目的で本件土地を購入することをYが認識していたと認めることはできないこと,本件売買契約における瑕疵担保について定める条項は,不動産取引において一般的に用いられる内容のものであり[ii],特に土壌汚染について言及するものではなく,また,契約締結時に至るまでXY間において土壌汚染のことが問題になっていないことから, Yが本件土地に土壌汚染が生じていないことの保証の趣旨で同条項を設けたとみることはできないこと,本件売買契約が締結された平成7年当時において売主が土壌汚染について責任を負担すべきという認識が一般的であったことを示す根拠もないこと,土壌汚染対策法が,行政的な見地から汚染物質の調査・除去義務を土地の所有者に課していることから,直ちに私人間の売買契約において売主が同義務を負担すべきことになるとはいえないことといった理由からYに本来的債務の不履行はないとしました。
⑵ 信義則上の調査・除去義務
次に,売主の信義則上の調査・除去義務についても, Yが本件土地の土壌汚染の事実を認識していたとまで認めることができないことを理由にこれを否定しました。
⑶ 説明義務違反
しかし,裁判所は,売主の説明義務について,商法526条の規定からすれば,買主であるXに売買目的物たる同土地の瑕疵の存否についての調査・通知義務が肯定されるにしても,土壌汚染の有無の調査は,一般的に専門的な技術及び多額の費用を要するものであるから,買主が同調査を行うべきかについて適切に判断をするためには,売主において土壌汚染が生じていることの認識がなくとも,土壌汚染を発生せしめる蓋然性のある方法で土地の利用をしていた場合には,土壌の来歴や従前からの利用方法について買主に説明すべき信義則上の付随義務を負うべき場合もあると判断しました。
そして,土壌汚染についての社会的認識として本件土地の引渡しがなされた平成11年には,私人間の取引の場面においても土壌汚染が発見された場合には,それを除去すべきとの認識が形成されつつあったことを認定した上で, Yの本件土地の利用状況についての認識を検討し,Yは,従来田として利用されていた本件土地に盛土をして埋め立て,工場敷地として,また,A社に賃貸することにより,機械の解体等の作業用地として使用を継続してきたこと,土壌において相当量の油分が検出されており,YがXに対して本件土地はA社が長年使用していたことにより機械解体作業時に流出した油分がその量は不詳ながら土中にしみこんでいる旨の報告していることからすれば,YないしA社は,地中に機械解体時に発生する相当量の廃油等を流出浸透させるような形態で,機械解体作業等の業務を行っていたと認められ,Yにおいてもこの点についての認識は有していたと認定しました。そして,このような形態で土地を使用すれば,廃油中に混在する各種の重金属等により,土壌汚染が生じ得ることは否定できないところであり,他方でその発見は困難で,多額の損害につながるから,Yにおいては,このような形態で本件土地を使用し,その点についての認識を有していた以上, Xが買主として検査通知義務を履践する契機となる情報を提供するため,本件土地の引渡しまでの間に,Xに対し,埋立てからの利用形態について説明・報告すべき信義則上の付随義務を負っていたというべきであるとしてYの説明義務を肯定しました。
⑷ Xの損害
その上で,Yの信義則上の説明義務の不履行により,Xは土壌汚染調査を行うべきかを適切に判断するための情報提供を受けられず商法526条の検査義務も果たせず, Yへの瑕疵担保責任を追及する機会を失ったとして,本件土地の浄化費用をXの被った損害として認め,浄化範囲確定のための調査もこれに含まれるとしましたが,その前段階の土壌汚染の調査費用は商法526条により買主に課せられた目的物の検査のための費用であるから,損害には入らないとしました。
また,過失相殺について,Xは土木建築工事に関する調査,企画,地質調査等を目的とする会社で,本件土地には機械の解体作業時に流出した油分がしみこんでいるとの報告は、Yより受けていたとして,Xに生じた損害のうち4割のみを賠償する義務をYに認めました。
[i] 平成3年8月23日付け環境庁告示第46号「土壌の汚染に係る環境基準について」,平成11年1月29日付け環境省水質保全局企画課地下水・地盤環境室長・土壌農薬課長連名から各都道府県・水質汚濁防止法政令市環境担当部局長宛通達 環水企第30号・環水土第12号「土壌・地下水汚染に係る調査・対策指針運用基準について」及び土壌汚染対策法が定める基準値をいいます。
[ii] 「本件不動産について質権・抵当権・その他の担保権もしくは地役権・賃借権その他の用益権の設定等乙の完全な取得行使を阻害する如何なる負担もなく,又一切の瑕疵負担のない所有権を乙に移転することを保証する」というものです。
共同開発・製品化契約の終了に関わる契約責任
【本判決の提起する問題】
今回は、共同開発・製品化契約の中止、終了について判断を下した東京地裁平成19年5月22日判決をご紹介します[1]。
近年、複数の当事者が、経営資源を出し合い研究開発を行うための契約(以下、共同研究開発契約といいます。)を締結する事例が増えていますが、様々な態様があり、研究開発の方針、開発試験対象の選定、研究結果の解釈等の点について、各当事者間の意思決定の統一を図ることが重要とされています[2]。
本判決は、共同開発・製品化契約を締結したものの、詳細な義務の内容等が明確に定められていなかったために、当該契約の法的性質、損害賠償請求の可否について、裁判所が判断を下し、共同開発者の一方に開発品の完成義務を認め、逸失利益7億弱を超える損害賠償を認めたというものです。
他の会社と共同して開発・製品化契約を締結する際に注意すべき問題を提起するものとして、御一読頂ければ幸いです。
【事案の概要及び争点】
(1)原告は、電子機器の製造・販売等を業とする会社、被告は、測定機器の製造販売等を業とする会社であるところ、原告と被告は、セル(液晶パネルの製造過程で、基板に偏光板が貼られた状態のもの)の欠陥検査を自動で行う装置(以下「本件装置」といいます。)の開発及び製品化を共同で行う旨の契約(以下「本件開発契約」といいます。)を締結しました。
本件開発契約では、本件装置のうち、原告において、プローバ部分(液晶パネルをカセットから搬送し、点灯させる部分)及び本体部分の設計並びに製品開発を行い、被告において、テスタと呼ばれる欠陥自動検査部分の設計及び製品開発を行うという内容となっており、原告が本件装置の全体の取りまとめ及び販売を行うと定められました。
その後、本件装置に興味を持ったA社が、原告及び被告に対し、売買に向けての交渉を開始し、検収条件を明記した本件装置の仕様書を交付しました。
(2)A社は原告に対し、順次本件装置8台の注文を行い、原告は被告に、同機のテスタを注文しました。
原告は、納期にプローバをA社に搬入した上、テスタの進捗状況に関する被告、A社との打ち合わせにも参加しましたが、被告は、全てのテスタについて、検収条件を満たす製品を納入できず、A社から原告への本件装置の全ての注文が取り消されました。
(3)原告は、被告が仕様書記載の検収条件を満たす性能のテスタを完成させる債務を負っていたとして債務不履行を主張し、被告は、本件開発契約は準委任契約に類する契約で、開発目標に適合するよう善良な管理者の注意をもって本件装置の開発事務を遂行する義務を負うに過ぎないとして争いました(争点①)。
また、被告は、(ⅰ)A社が、ある検査方式を提案し、上手くいかない場合には、自社が責任を取ると発言したこと、(ⅱ) 欠陥の定義づけや検収のために必要不可欠である標準パネルがA社から提供されなかったこと等のため、検収が不可能となったから、自らには帰責性が無いと主張しました(争点②)。
(4)損害額については、原告にA社からの注文取消による逸失利益が認められるか、が争点となりました(争点③)。
【判旨及びその評価】
1 被告の債務の内容について(争点①)
裁判所は、原告の主張である被告のテスタ完成義務を認めました。
(1)まず、被告が受領したA社作成に係る本件装置8台分の仕様書にも、被告作成に係る本件装置の仕様書にも、同じ検収条件が明記されていたこと等から、本件開発契約の目的物たるテスタは、検収条件を満たす性能を備えるべきとしました。
次に、被告が、A社が本件装置の発注及び導入を計画していた事実、並びに本件装置を8台は原告に注文したことを知っていた事実を認定した上で、本件装置を実際に生産ラインで活用しようというA社の意図を被告が認識していたことが明らかであるから、被告は、単に本件装置の開発を行うだけでなく、製品として完成させることを合意したものと判断しました。
(2)この点、東京高判昭和57年11月29日は、生産者が大量の新製品の製造・供給を内容とするいわゆる製作物供給契約をするに際し、その製品の使用目的や大まかな規格のみを定めて製作を受注した時は、注文者が詳細な設計、仕様、工作方法等を定めて製作を依頼する場合は、概して請負契約的性格といえるが、製作者が注文者から使用目的や大まかな規格などを聞いた上で試作を重ね、注文者が満足した段階で試作製品の設計仕様、工作方法に基づく製品製作の受注を受ける場合は、確定段階までの関係は準委任契約であるとして、両者の区別基準を示しています[3]。
本判決も、この判例と同様、使用目的に関する当事者の交渉経緯、各仕様書の検収条件の記載について詳細に認定することにより、本件開発契約は、売買でも準委任でもなく、請負契約に準ずる契約であるという判断を導いたものと評価できます。
(3)なお、本判決は、本件開発契約の具体的内容を述べておらず、判然としませんが、この契約文言を認定の基礎にせず、原・被告及びA社との間の交渉経緯から、プローバとテスタの開発・製品化がそれぞれ原告、被告で明確に分担されていた事実を重視し、結果的にはA社と原告、原告と被告という2つの独立した製作物供給契約が締結されていた場合と同様の判断をしたものと考えられます。
被告としては、本件開発契約で、原・被告間の共同・協力義務を定め、また、開発不能の場合の対処方法を定めておけば良かったかと思われます。
2 被告の帰責事由について(争点②)
裁判所は、被告の帰責性を認めました。
(1)まず、(ⅰ)については、A社の意図は本件装置の開発ではなく、生産ラインでの活用であったから、A社の上記発言は、同検査方式に起因しない結果についてまで責任を負うとの趣旨でないことは明らかであり、被告も同趣旨を認識していたとしました。
(2)次に、(ⅱ)については、これらの事実によりテスタの製作が遅滞した可能性はあるも のの、本件開発契約によれば、テスタの完成は、被告が責任を負うことになっており、被告はA社との間で、複数回の打ち合わせを行っていたのであるから、被告自身がA社に標準パネルの提供を求める等して、その解消を図るべきであって、被告に帰責事由がなかったと認めることはできないと判断しました。
3 損害額について(争点③)
この点についても、裁判所は、原告の主張を全面的に認めました。
すなわち、(a)本件装置8台分のプローバの製造コスト合計2億4600万円、及び(b)テスタの不具合等によって、通常の作業以外に原告の技術者が費やした現場作業等 に対する人件費合計1200万円、(c)本件装置がA社に納入できていれば、プローバに搭載する消耗品を、原告は販売できたはずであり、それによって得られたであろう利益合計6億7500万円を損害として認めました。
本判決は、(a)(b)の実損のみならず、(c)本件装置に付随して将来受注できていたはずの商品の販売利益3年分についても逸失利益に含まれるとして、原告の主張を全面的に認めた点においても、先例としての意義があります[4]。
この点、争点②も同様ですが、被告としては、事前に原告と協議し、開発が上手くいかない場合の処理、リスク分担等について、明確に定めておくべきであったといえます。
以上
[1] 判例時報(1992号)89頁以下参照。
[2] 実務契約法講義(佐藤 孝幸著)521頁以下参照。具体的には、費用の分担、秘密の保持、品質保証、共同研究開発の成果の帰属と利用、契約の中止、終了等について、予め詳細な合意をしておく必要があるとされています。なお、態様としては、分担して研究開発を行う場合、当事者の一方が主に研究開発活動を行い、他方当事者が主に費用を負担する場合、共同研究に参加する当事者が共同で、株式会社などの組織を作り、その組織が研究開発を行う場合などが挙げられています。
[3] 判例タイムズ(No.489)62頁以下、判例にみる請負契約の法律実務(山口 康夫著)18頁以下参照。水と薬品の化学反応を利用した携帯用瞬間冷却パックの製作について水漏れが生じたという事案について、少なくとも最初の5万個については、準委任契約としての試作供給義務を負うに過ぎないと判断しました。
[4] 大阪地判平成7年12月20日は、分譲住宅に設置する階段昇降補助装置の製作物供給契約が発注者により一方的に解除された事案で、完成した製作物の転用可能性が無いとして、原告主張の全損害額を認定しています。詳細は、判例タイムズ(No.914)182頁以下参照。
モリテックス株主総会決議取消請求事件判決
弁護士 貞 嘉徳
【はじめに】
昨年12月6日、株主総会における役員選任決議を取り消すという判決が下されました[1]。
新聞などの報道では、議決権行使にかかる委任状の勧誘に際して、500円分の商品券(Quoカード)を提供したことが、会社法120条1項の禁止する「利益供与」に該当するという判断が示されたことに注目が集まっていましたが、この事件では、もう一つ、さらに興味深い問題点があります。
それは、委任状の取扱いに関する論点です。詳しくは、以下の事案の概要の欄で記載しておりますが、委任状争奪戦が繰り広げられるようになった昨今において、今回の判決は、一つの事例判断を示すものとして、今後の実務の運用を考える上で、少なからず参考になるものと思われます。
【事案の概要及び争点】
1 本件は、株式会社モリテックス(モリテックス)の定時株主総会における役員選任決議につき、筆頭株主であるIDEC株式会社(IDEC)が、その取消しを求めた事案です。
モリテックスにおいては、平成19年6月開催の定時株主総会で、任期満了となる取締役8名及び監査役3名の後任者を新たに選任することが予定されていたところ、筆頭株主であるIDEC及び第二順位株主(IDECら)から、役員選任に関する株主提案がなされ、委任状の勧誘が開始されました。
その後、モリテックスからも、役員選任に関し、株主提案と異なる内容[2]の会社提案がなされ、委任状の勧誘が開始されました。
2 モリテックスは、当該定時株主総会において、株主提案及び会社提案にかかる役員選任議案への投票結果を集計するに当たり、ⅰ、株主提案と会社提案は別個の議題であり、IDEC側へ提出された委任状(IDEC側委任状)による授権は会社提案には及ばないこと、ⅱ、IDEC側委任状を提出した株主は委任状作成時において会社提案を認識しておらず、その委任状は会社提案についての議決権行使の授権を含まないこと、ⅲ、IDECらによる委任状の勧誘は、会社提案の記載及びこれについての賛否の記載欄がなく、議決権代理行使勧誘規制[3]に反し無効であり、会社提案についての代理権授与があったとしてもそれは無効になることなどを理由として、役員選任の決議要件としての「出席議決権数の過半数」を算出するに際して、株主提案についてはIDEC側委任状にかかる議決権数を含めて算出したのに対し、会社提案についてはその議決権数を含めませんでした。
3 その結果、会社提案に対する得票率が出席議決権数の過半数を超えることとなったため、会社提案が可決承認されたものと扱われ、株主総会は閉会されました。
ところが、会社提案について、株主提案と同じく、IDEC側委任状にかかる議決権数を、決議要件としての「出席議決権数の過半数」に含めて得票率を算出した場合、会社提案のうち取締役の2名については、その得票率は、決議要件としての出席議決権数の過半数を下回る結果となるものでした。
4 なお、モリテックスは、会社提案にかかる招集通知、委任状の勧誘の際に、議決権を行使した株主については、500円分の商品券を贈呈することを表明しており、現実に、7323名の株主に対して、商品券が供与されました。
5 IDECは、①株主提案の得票率の算出に限って、IDEC側委任状にかかる議決権数を含めて算出したことが、その委任状を提出した株主の意思と相反する違法なものである(争点①)、②モリテックスが議決権を行使した株主に対して商品券を供与したことは、株主の権利行使に関する利益供与に該当する(争点②)などと主張して、決議方法の法令違反などを理由に株主総会決議の取消しを求めました[4]。
【判旨】
1 争点①について
(1)この点には、上記ⅰないしⅲの3点につき判断が示されました。まず、ⅰについては、株主提案と会社提案とは、いずれも「取締役8名選任の件」及び「監査役3名選任の件」という議題により、定款上選任しうる最大員数の取締役及び監査役につき、候補者の提案をしたものであるため、それぞれ別個の議案を構成するものではなく、「取締役8名選任の件」及び「監査役3名選任の件」というそれぞれ1つの議題について、双方から提案された候補者の数だけ議案が存在するとの解釈により、モリテックスの主張が排斥されました[5]。
(2)次に、ⅱについては、当時、モリテックス経営陣とIDECらとの間で、経営権の獲得をめぐる紛争が生じていたことから、IDECらが役員選任に関する議案を提出し、委任状の勧誘を行った場合には、モリテックスからもそれに対抗して議案が提出されることは株主にとって顕著なことで、また、定款上選任しうる役員の最大員数との関係から、株主提案につき賛成した場合には会社提案に賛成する余地がなくなるといった状況下では、IDECらの勧誘にかかる委任状の提出は、会社提案には賛成しない趣旨で、議決権行使の代理権授与を行ったものといえる(※ア)として、モリテックスの主張が排斥されました。また、モリテックスが、会社提案の後に、全株主に対して、IDECらの勧誘にかかる委任状の提出による代理権授与の撤回を促したにもかかわらず、なお撤回しない株主もいたという事情もその判断の理由とされました(※イ)。
(3)最後に、ⅲについては、議決権行使勧誘規則の趣旨は、被勧誘者である上場会社の一般株主にとって、勧誘者から株主総会の議案を知らされるだけでは、議案の可否を判断するための情報としては十分ではないため、勧誘者は所定の事項を記載した参考書類を交付すべきこととするとともに、被勧誘者が株主総会における議決権の代理行使について勧誘者に白紙委任することにより、自分にとって不利な議決権の行使がなされないように、委任状には議案ごとに賛否を記載する欄を設けるべき点にあるとした上で、前記※アの事情からは、IDECらが会社提案に反対票を投じることは、代理権授与の趣旨に沿ったものであり、IDECらの勧誘にかかる委任状を提出した株主が不測の損害を受けるおそれはなく、また※イの事情からは、情報不足による不測の損害を受けるおそれもないなどとして、モリテックスの主張が排斥されました。
(4)判決は、以上のとおり判断し、決議方法が法令に違反するものとして、決議の結果に影響を及ぼすことになる取締役2名の選任にかかる決議の取消しを認めました。
2 争点②について
(1)判決は、株主の権利行使に関して行われる財産上の利益供与は原則としてすべて禁止されると判断した上、Ⅰ、その利益が株主の権利行使に影響を及ぼす恐れのない正当な理由に基づき、Ⅱ、その額が社会通念上許容される範囲のもので、Ⅲ、利益供与により会社の財産的基礎に影響を及ぼすものでない場合には、例外的に許容されると判断しました。
(2)その上で、本件では、Ⅱ、500円という額は社会通念上許容され、また、Ⅲ、利益供与の総額である452万円強は、モリテックスの経常利益(3億6000万円弱)、総資産(150億7000万円強)、純資産(76億8000万円強)、中間配当・期末配当(70万円弱)と比較して、財産的基礎に影響を与えるものではないとされましたが、Ⅰ、商品券の贈呈を表明した葉書において「重要」と記載して「是非とも、会社提案にご賛同の上、議決権を行使していただきたくお願い申し上げます。」との記載をしていること、また、商品券の贈呈は経営権の獲得をめぐる対立が生じた段の株主総会で初めて行われたものであること、議決権行使比率が例年比30%と増加し、会社提案に賛成したものと扱われることになる白紙での議決権行使書面が1349名の株主から送付されたことから、議決権行使への影響が認められるとして、商品券の贈呈は会社提案へ賛成する議決権行使書面の取得を目的としたものと推認でき、正当な理由がなく、利益供与に該当すると判示されました。
(3)その上で、判決は、決議方法が法令に反するとした上、違反事実の重大性や議決権行使への影響がうかがわれることを理由に、裁量棄却の適用はないとして、役員選任の各決議の取消しを認めました。
以上
[1] 東京地裁平成19.12.6‐判決全文は商事法務No.1820‐p32以下を参照。
[2] 但し、監査役1名については、会社提案と株主提案とで同一。
[3] 詳細は、金融商品取引法194条、同法施行例36条の2第1項、上場企業の議決権の代理行使の勧誘に関する内閣布令43条等を参照。
[4] IDECからは、このほかにも取消事由が主張されていましたが、判決において判断されなかったため、省略しています。詳細は、判決文参照。
[5] モリテックスの定款では、取締役は8名以内、監査役は4名以内と規定されていました。例えば、会社提案が「取締役5名」及び「監査役2名」の選任を提案するものであったとすれば、株主提案とは役員の員数構成が異なるため、判決において異なる結論が導かれる可能性があったものと考えられます。