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紛争鉱物規則-米国Dodd Frank法による一つの証券開示規制

弁護士・ニューヨーク州弁護士 苗村博子

紛争鉱物?米国での証券開示規制?米国で上場していない私の会社には関係無いと思われるかもしれません。しかし、そうとは言えない、日本の会社にも影響を及ぼしかねない規制なのです。

1.規制の概要

この紛争鉱物開示規制は、2008年のリーマンショックを引き起こしたプライムローン問題の後、金融業界、証券業界のいっそうの規制が必要と考えられて、2010年に制定された金融改革法[i]の各種規制の中でも異色の規制ですが、紛争地域(中心はコンゴ民主共和国[ii]で、その近隣諸国も含みます)で産出される特定の鉱物(ここでは、錫(すず)、タンタル、タングステン、金等のレアメタル)を使っているか否かを精査して、報告する義務を米国証券取引所に上場している企業に課すというのが、この開示規制の中心です。その調査については、単に自らの使用状況だけでなく、その製造する製品の部品等に含まれるこれらのレアメタルについても、原産地を調べて報告する義務があります。紛争地域からの物でなければ、その旨報告すれば良いのですが、紛争地域が原産国かもしれないとなるとさらに、精査をし、詳しい報告書を証券取引委員会(SEC)に提出する必要があります。

サブプライムローン問題の前の金融問題であったエンロン事件後に制定されたサーベンス・オクスレー法[iii]が内部統制の調査とその結果の開示を求めているのと似たような規制の方法です。当然、対象企業は、そのサプライチェーンを追いかけて精査をする必要があり、このようなレアメタルを使った部品やOEM製品を納入しているサプライヤーに対しては、同様に紛争鉱物でないかの調査と報告を求めることになります[iv]。

錫はハンダの材料ですし、タンタルはコンデンサ、特に携帯電話やPC等に用いられる小型のコンデンサに。またタングステンは硬度が高いため切削工具や電極、電球のフィラメントなどに使われることが多い金属ですので、これらに関わる企業は、米国の上場企業だけで6000社、その部品納入に関連する企業はさらに膨大になります。

2.規制の影響

米国上場企業に課される、この報告書の第1回目は、2012年中の紛争鉱物の使用に関して、2014年5月に提出義務が定められていますので、日本の会社に対しても米国の上場企業から、これらのレアメタルを使用した製品を納入している会社には、問い合わせが行きはじめているのではないかと思われます。当然米国の上場企業は、紛争鉱物を使用している製品をこれからは購入できなくなりますから、日本の企業も紛争鉱物を用いないようにしなければ取引を停止されかねず、米国証券取引所に上場していないにもかかわらず、同様の精査をする必要が出てきます。

現在のように、日本の企業が他国で原料調達から製造まで行い、米国企業やその子会社に製品を販売するというようなビジネスが展開がされていると、日本の企業も米国での法律の間接的な対象となってしまうのです。

3.規制の趣旨

話が前後しますが、なぜ米国はこのような規制を考えたのでしょうか。米国は、反トラスト法[v]や外国汚職防止法[vi]の例にとどまらず、自国の法をあたかも他国にも及ぼすかのようにして、世界の秩序(FairnessとAccountability)を守ろうとしてきました。米国が世界の警察、世界の監視人であるという態度の是非はともかく、米国の発信するこのような秩序維持の方法は、いずれもグローバルスタンダードになりつつあります。

コンゴについては、隣国ルアンダのジェノサイドほどには報道がされてきませんでしたが、レアメタルの大産出国でありながら、いえ、かえってそれが災いして、また他民族国家であることとも関連して過激な紛争が続き、1998年からの第2次コンゴ戦争では500万~600万人が死亡、その後も治安の悪化は止まらず、女性に対するレイプも頻発していると伝えられます。また、このような紛争鉱物からの資金が、そのまま武装勢力の資金となっているとも言われています。米国としては、その資金源を絶つことで紛争の鎮静化を図りたいとの考えがあるのでしょう。確かに隣国ルアンダは平和を取り戻し、この10年はIT産業の活況が伝えられ、アフリカの奇跡とさえ言われています。平和と安全を取り戻すために、その元を絶つことも一つの方法となり得るのかもしれません。

[i] Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Actの1502条に関連しています。

[ii] コンゴ民主共和国は、英語でDemocratic Republic of theCongoとされ、紛争鉱物規則ではDRCと呼ばれます。

[iii] 余談ですが、金融改革法は、格付機関からのロビー活動もあり、サーベンスオクスレー法が手を付けることができず(「サーベンス・オクスレー法概説」商事法務第1章苗村担当参照)、サブプライムローン問題を引き起こすことともなった格付機関に対する規制を盛り込みました。本年になって司法省がスタンダード&プアーズを同ローン問題で提訴する事態となったのも、この金融改革法での格付け機関への規制の影響によるものと思われます。

[iv] 米国証券取引委員会(SEC)はこの開示規則とその報告書のフォーム(Form SDと呼ばれます)とを https://www.sec.gov/rules/final/2012/34-67716.pdf に記載しています。

[v] 米国のSharman Actを中心とするいわゆる反トラスト法は、行為が他国で行われていても、その影響が米国の通商に影響を及ぼす場合には、かような行為についても摘発を行うという姿勢(Extra Territoria Application)を取っています。

[vi] Foreign Corrupt Practices Act、FCPAと呼ばれるこの法律は、外国の企業であっても、外国公務員への賄賂を、米国に有する銀行口座を用いて、または米国の企業と共謀して行った場合に、同法で処罰するという、外国公務員への賄賂を禁止する規定と、Dodd Frank法と同じように証券取引所法(1934年Security Exchange Act)の中で、そのような外国公務員への賄賂を開示していないことについての規制の2種類があります(https://www.namura-law.jp/pdf/tdb110221.pdf)をご参照ください。

株主からの委任状と「反対の通知」についての最高裁判決(2024年3月22日)

弁護士 苗村博子

1.はじめに

株式買取請求は実務上多くの問題を有しております。今回は、株式買取請求について新たな判断を示した令和 5 年 10 月 26 日の最高裁決定についてご紹介します。本 Quarterly をご覧の皆さまの業務にご活用いただけますと幸甚です。

 

2.株式買取請求及びこれを行使するための要件

(1)株式買取請求とは

吸収合併等により、当初出資した会社と異なる会社に代わってしまった場合など、株主が投資した時点から会社の基礎となる事項に変更が生じた場合、もはや株主を辞めたいと考える株主もいます。会社法は、そのような株主が会社に対し自身の有する株式を買い取らせることにより、株主としての地位を離脱することを認めています(会社法 785 条等)。

(2)株式買取請求を行うことのできる「反対株主」とは

会社法 785 条 2 項を見ると、株式買取請求は「反対株主」にのみ認められています。ここでの「反対株主」に当たるためには、「吸収合併等に反対する旨を…株式会社に対し通知(以下「反対通知」といいます)」することが必要です(同項 1 号)。この通知の手続を要求することにより、会社は事前に、吸収合併契約等に反対する株主がどれくらいいるのか、どれくらいの数の株式について株式買取請求が見込まれるかを予測することができ、株式買取請求を想定した対応や吸収合併の撤回などの事前準備が可能になります。

本件の最高裁決定は、委任状についても反対通知に当たるかについて争われた事件です。

 

3.事案の概要

(1)委任状の記載

A 社(被告)と B 社は、B 社を存続会社とする吸収合併契約(以下「本件吸収合併契約」といいます)を締結し、その承認を議題とする株主総会を招集しました。A 社代表取締役 C は、株主 D(原告) に対し、当該株主の招集通知を発するとともに、D 自身が出席できない場合には、同封した委任状用紙(以下「本件委任状」といいます)内に上記株主総会に関する議案の賛否を記載して、これを返送するよう求めていました。上記本件委任状内には、宛先に「A 社御中」と印字され、「委任状」の表題の下部に「私は、…… を代理人と定め下記の権限を委任いたします。」、「令和 2 年 11 月 13 日開催の貴社臨時株主総会…に出席して、下記の議案につき私の指示(〇印で表示)にしたがって、議決権を行使すること。ただし、議案に対して賛否の表示のない場合及び原案に対して修正または動議が提出された場合は、いずれも白紙委任いたします。」とそれぞれ印字され、その下に「賛」又は「否」のいずれかに〇印を付けて本件議案についての賛否を記載する欄が設けられていました。

(2)D の委任状への記載及びCの議決権行使

D は、本件委任状内の……の箇所に代表取締役 C の名前を記載し、本件賛否欄の「否」に〇印を付けた上でA社に返信しました。

上記の返信を受け、CはDの代理人として、本件吸収合併契約に反対する旨の議決権を行使しました。

(3)Dからの株式買取請求行使

DはA社に対し、Dの保有する全株式を公正な価格で買い取ることを請求したところ、価格について折合いがつかなかったため、Dは裁判所に対し、株式買取価格を決定する申立てをしました。D の申立てに対し、裁判所は、Dの反対する旨の通知はあくまで代表取締役Cに対するものであり、会社であるA社に対してなされたものではないから、反対通知に当たらないと判示し、Dの申立てを却下しました。これを不服として、D が異議申立てをしました。

4.裁判所の判断

(1)二審決定

二審決定は、本件委任状を A 社に対して反対通知をしたとは認められない旨判示していますが、その理由として考えられるのは以下の 2 点です。

①裁判所は、会社法 785 条 2 項 1 号の反対通知は、会社に対して通知する必要があると考え方を前提にしていると考えられる点

②本件委任状は、代理人となるべき者に対して本件総会における議決権の代理行使を委任する旨の意思表示をした書面であり、本件賛否欄の「否」に〇印を付けた部分は、代理人となるべき者に対する指示に過ぎないと指摘していることから、本件委任状は会社であるA社に対し通知したものではないと評価したと考えられる点

学説上は、前記の事前通知を要求した趣旨、すなわち会社に株主の反対意思を事前に認識させることにより、株式買取請求の準備の機会を与える点にあることを重視し、上記二審決定の①と同じ立場に立つ見解が多く見られます。②についても、特に本件のような委任状はあくまで議決権行使の代理人に対する指示に過ぎず、前記二審決定と同様に、会社に対して反対の通知をしたことにはならないと考える見解が多いようです。

(2)最高裁決定

これに対し、最高裁決定は本件の委任状についても、会社に対する反対通知であると認めている点が注目に値します。まず、①の誰に対して通知をすべきかについて、最高裁も、会社法 785 条 2 項 1 号の趣旨については、「吸収合併契約等の承認…に反対する株主…の見込みを認識させる」と指摘しています。かかる指摘からすると、会社に対して事前に株式買取請求を予測させるためには、反対通知は会社に対して行う必要があると考えるのが素直であり、①については最高裁も前記二審決定と同じ立場のようです。

しかし、②については、以下の理由より、二審とは異なり、会社に対する反対通知をしたものと判示しています。すなわち、最高裁は「委任状を…送付した場合であっても、当該委任状が作成・送付された経緯やその記載内容等の事情を考慮して、吸収合併等に反対する旨の意思が消滅株式会社等に対して表明されているということができるときには、…上記委任状を消滅株式会社等に送付したことは、反対通知に当たる」と判断しました。その上で、本件委任状は、A社が「宛先を自社とする本件委任状用紙を送付して議決権の代理行使を勧誘して」するもので、その記載は A 社のフォーマットであること、及び D が上記フォーマットを使用して、「本件委任状の各欄に記載をするなどして作成」していることを指摘し、D の記載は「代理人となるべき者に対して議決権の代理行使の内容を指示するだけのもの」ではなく、A 社に対する「応答でもあった」と評価しています。そして、本件委任状の「賛否欄には『否』に〇印が付けられて」いたことから、「本件吸収合併に反対する旨の…意思表示が本件委任状に示されていた」と結論付けています。

5.結語

前記の最高裁の判断を見ると、反対通知であるかについては、当該通知の作成経緯や記載内容等の諸事情を考慮して判断されるため、委任状であるからといって必ずしも会社法 785 条 2 項 1 号の反対通知に当たらないとはいえず、内容を慎重に検討する必要があります。今後、自社内のフォーマットに株主が記載した通知であっても、反対通知であると主張され、意図せずして株主から株式買取請求が行使されてしまうおそれもあります。吸収合併に際し、株主に対して通知をする場合には、通知の記載内容に十分ご留意ください。

 

 

集合債権譲渡担保と動産売買の先取特権の優先関係

弁護士 苗村博子

1. はじめに

あまりの表題の長さに読むのが嫌と感じられた方も多いと思いますが、この事例はまさに当事務所で扱わせていただいた、なかなか悩ましい問題を含む興味深いものですので、どうかお目通しください。もちろん事実関係については若干フィクションを加えております。

2.動産売買の先取特権の物上代位の差押えとは?

私はかつて、商社さん(A)から動産売買の売掛金の未払金についてよくご相談を受けました。民法で規定されている法定の担保権である、先取特権(民法 311 条 5 号)のうち、それが売り先(B)から第三者(C)に売られてしまったが、まだ B がC から代金回収をしていない場合に、そのC への代金債権について、A が物上代位(民法 304 条)を行使するという形での回収を得意としていたからです。この物上代位権の行使には、まだ引渡し(C からの B への代金支払い)が未了なことと、それに対して差押えを行うことが、要件とされています。この差押えには、A から B、B からC へ、その「物」が引き渡され、それぞれの代金がいくらであるかの紐づけが必要とされており、これを行うには一定のノウハウが必要なのです。

3.今回の事案

ある機器を継続的にある法人に売っている会社からご相談を受けました。支払いが滞ってきたけれど、この機器がないと法人の事業継続ができない、それでは、その法人が困るであろうと、やむなく機器の供給を続けていたのですが、売掛債権は雪だるま式に増えていっていました。そこで、2 の物上代位の差押えができるのでは~?と考えた私の指示で、事務所のみんなに苦労を掛け、また様々な機関、特に裁判所には多大なご尽力をいただきながら、この差押えを数度にわたって行い、大部分は成功裏に終わりました。C に当たる第三者は、大組織なので、支払いは確実と思われ、ほっとしたのもつかの間、C に当たる組織から、ある金融機関から債権譲渡の通知を受け取ったとの連絡が入りました。そこで、その C とも散々やり取り(私ではなく若先生がです)してもらい、なんとか、そちらに支払わず、供託をしていただきました。

4.集合債権譲渡の対抗要件

この通知された債権がなんであるか、債権譲渡登記という特別な登記簿に概要が記載されているだけで、平成 28 年に金融機関が登記したことまでは、誰でも調べようと思えばわかるのですが、その詳細は、差押えをした者など、関係者であることを証さないとわかりません。

本来、債権の譲渡は、民法 467 条が定める譲渡人が債務者に通知をすることで、債務者への対抗要件を備え、それに確定日付を得ることで、二重譲渡されても先後関係を確定できます。しかし、それでは、将来の債権を譲渡担保にできないということで、まず、その法人登記に集合債権譲渡がなされている旨を記載することで、その債務者への通知と第三者への対抗要件とすることができる制度ができました。この制度は法人登記を見れば、そんな担保を差し出しているんだとわかってしまうため、債務者にとっては、債権者に不安を与えることになって事業遂行が難しくなるなど、使い勝手が悪いとされていました。平成 10 年に「債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」(「債権譲渡特例法」) ができ、東京法務局民事行政部債権登録課だけに、この債権譲渡に関する登記簿が備置され、誰もがこの課に申請して取得できるのは、いつ、誰が、なにかの債権の譲渡を受けたということだけとなってしまったのです(この概要部分であればオンラインで閲覧も可能です)。債務者にとっては、確かに、商業登記簿には何も記載がありませんから、担保として差し出しやすくなりますが、私がない知恵を絞ってやっと物上代位の差押えを行ったという動産売買の売掛債権者にとってはたまったものでありません。私たちが行った差押えより先に登記がなされていれば、弁護士費用を払って差押えをしてやっと、どんな債権が差し押さえられたかがわかるというのですから。

5.こんな公示手段でよいのか?

皆さん、ご存じかもしれませんが、今民法の担保法制についての改革の大議論がなされています。4 年経ってもまだ、中間試案が出た段階です。それだけ、担保をめぐっては様々な関与者がいて、利害関係が複雑だということでしょう。その中の一つに、スタートアップ企業等が資金を得やすくするための事業成長担保権というのが金融庁を中心に考えられていて、2023 年 2 月10 日に報告書[i]  が提出されました。信託を使った非常に複雑な仕組みで、かつ包括的な担保とするというので、私自身はこれが将来本当に使われる制度となるのか、若干懐疑的ではありますが、この報告書の中で、このような担保の公示は、法人(といってもこの担保は今のところ株式会社だけに適用することを目指しているようですが) の商業登記簿に付記されるべきとされています(同報告書 13 頁~ 14 頁)。どのような議論がなされてのこの記述かは不明ですが、やはり、これまで述べた債権譲渡特例法のような登記では、周知ができず、他の債権者との間で混乱を生じさせるとの疑義が呈されたのではないでしょうか?

6.先取特権の物上代位の差押えの意味―特定のためと考えるべき

最高裁平成 17 年 2 月 22 日判決は、動産売買の先取特権者は、物上代位の目的債権が譲渡され、第三者に対する対抗要件が備えられた後においては、目的債権を差し押さえての物上代位権は行使できない旨、判示しました。ですが、この判決は、既に発生している債権について、上述の民法

467 条に従った債権譲渡の通知と債権差押命令の先後を問題としており、本件のような相当以前より将来債権に対する包括的な債権譲渡登記がされている場合とは事案が異なるといえそうです。また、そもそもなぜ、動産売買の先取特権の物上代位に差押えが必要とされているのか、この根源的な問題に対して、この最高裁判決は、どうも第三債務者(前述の例では C の立場の人です)の、二重支払いの危険の排除を優先的に考えたともいわれています。しかし、動産売買の先取特権は、売掛という形で先に物を渡して、代金債権を回収しないといけない売主の保護のために、民法がわざわざ法定した担保権です。その点、集合債権譲渡担保や抵当権のような債権者と債務者で約束して決める約定担保と大きく違うところです。それでも差押えを民法 304 条が要求しているのは、まさに代金債権の担保であることの証明(紐づけ)を動産の売主に要求している、すなわち特定のためのものと考えるのが筋かと思います[ii] 。上述の最高裁判例は、その意味で、もっと動産売買の売主保護を重視すべきだったと考えています。なお、5で述べた、事業性担保権については、報告書から明確ではないのですが、様々に、倒産時には、この包括担保より商取引債権が優先されるというような論調の解説がなされています。商取引が安心してできないようであれば、そもそも事業継続は難しく、将来債権をいくら担保にとっても「将来」がなくなってしまえば、元も子もないとの考えでしょう。

7.最後に

さて、最高裁判決をひっくり返す!!! という難事件になると思ったのですが、私たちが行った差押えをきっかけとして、第三債務者が供託をしたために、債務者は行き詰ってしまいました。しかし、行き詰って初めて開ける道もあるようです。あるスポンサーが全面に支援をしてくれることになり、私たちが代理した会社も差押部分以外の部分も含め、ほぼ全額回収できることとなり、本件はまあ、Happy End と言わせていただいてもよいかという結果となり、ほっとしております。

 

[i] https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20230210/01.pdf

[ii] https://satoegakuen.ac.jp/ols/ols-sc/ols-lawreview/No.2/No.2-saeki.pdf 佐伯一郎先生同旨

適格消費者団体の訴えによる建物賃貸借契約のひな形の破棄

弁護士 苗村博子

1.この判決(最判令和4年12月12日)を紹介する意義

この最高裁判決の原告は、適格消費者団体で、この団体は、消費者契約法 2 条 4 項が規定しています。「不特定かつ多数の消費者の利益のためにこの法律の規定による差止請求権を行使するのに必要な適格性を有する法人である消費者団体」で、内閣総理大臣の認定を受けた者に該当します。この適格消費者団体は、事業者が、消費者に不利な条項を用いないよう予防を求めたりする差止請求権が与えられています(同法 12 条)。この一つの団体から起こされた、住居に関する建物賃貸借契約において家賃保証会社が行い得るとする様々な行為や賃借人がこれに異議を述べないことを定める規定に対して差止等を求めた事案です。本判決は、(1) 家賃保証会社の賃貸借契約の無催告での解除権、(2) 賃借人はその無催告解除に異議を述べないこと、および(3)3 か月以上の家賃未納の場合で、その物件の不使用が認められるような場合に家賃保証会社が賃借人が明け渡したとみなせる条項が、消費者を一方的に害する条項として無効になるとする消費者契約法 10 条の適用を認め、かような条項を含むひな形の破棄という形での差止を認めました。本件では、上述の (1)(2)(3) のほかにも一審原告は様々な主張をしていましたが、行数の関係でこの点は割愛させていただきます。米国のようにクラスアクション(集団訴訟)を専門とする弁護士がいるような状況にはなく、日本では、消費者が契約の相手方を訴えることは難しいと考えられ、適格消費者団体の差止請求権制度はあまり活発に活用されてきたとはいえません。

ただこの最高裁判例は (1)(2)(3) のいずれも棄却した大阪高裁判決を批判し、(3) を認めた第一審の大阪地裁判例よりさらに広く (1)(2) の家賃保証会社の無催告解除権およびその賃借人の異議申立権の喪失まで無効とした点、さらにひな形の破棄まで是認した点に大きな意味を持ちます。本誌のもう一つのエッセイがフリーランスに関しても独禁法の適用を認めようとすることをご紹介しているように、契約当事者間のパワーバランスが対等でない場合に、よりパワーの弱い側を保護する動きは、今後も続いていくことが考えられます。

平成 29 年の民法の債権法分野の改正が当事者自治を中心に据えつつ、定型約款の規定(同法 548 条の 2 ~ 4)を置いたように、当事者間の力関係が対等でない場合や、一方的な条項について応諾するしかない場合には、契約書やそのひな形を作成するにあたり、公平、公正さがより強く求められることにご配慮いただきたいと思います。

2.消費者契約法10条と12条

本件では、消費者契約法 10 条が大きな意味を持ち、前段で、契約が消費者の権利を制限したり義務を加重していて、後段で、信義誠実の原則に反して消費者の利益を一方的に害する場合にはそのような条項は無効となるとしています。そして、同法 12 条で、かような無効となるような契約について、適格消費者団体に差止請求権を与えています。

3.家賃保証会社の建物賃貸借の無催告解除権について

まず、(1) の家賃保証会社による無催告解除については、第一審、原審ともに、まず、賃貸人には一か月分でも滞納した時で、無催告解除を認めても「あながち不合理とは認められない事情が存する場合に」は、無催告での解除を認めた最高裁判例(最判昭和 43 年 11 月 21 日) があるとして、かような事情がある場合には、賃貸人の無催告解除を認める条項自体には問題がないとしました。そして、問題となったひな形も同様に「あながち不合理でない場合」をある意味付加して読むべきなので、この点が明示されていなくても、問題ないとしました。

そして、賃貸借契約の当事者でない家賃保証会社に解除権を付与することについては、民法の建前として、解除権は契約当事者に与えられているものであり(同法 541 条)、第一審の言葉としては、「契約の帰趨については契約当事者のみが自由な意思に基づいて決せられ、第三者からの介入を受けない、というのが一般的な法理として存するものといえる」として、契約当事者でない家賃保証会社に無催告解除権を与えることは、消費者契約法 10 条前段の消費者の権利を制限するものであることを認めました。

ただし、いずれも、同条後段の信義誠実義務の基本原則に反し、消費者を一方的に害するかの点については、保証料が初年度は賃料1か月分、2 年目以降は保証履行の回数が 1 回の場合に 1 万円、2 回で 3 万円など高額でないなどとして、格別の害はないとしました。

また、(2) のかような家賃保証会社の無催告解除権に対し、賃借人が異議を述べられないことについては、第一審、原審ともに消費者契約法 10 条前段にも該当しないとしました。

これに対して、最高裁は、本件で問題となった賃貸借契約書ひな形には、「賃借人が支払いを怠った賃料等の合計額が3 か月分に達したとき」と定めるだけで、このほかには何らの限定も加えていないとし、家賃保証会社が、連帯保証債務を履行して、賃貸人との間で、賃料不払いの事実がなくなった場合にも、家賃保証会社が賃貸借契約を解除できることになってしまうとして問題だとしました。「保証」というものの原点をまっとうに言い当てていると考えられます。

加えて、第一審や原審が掲げる上述の昭和 43 年の最判は、賃貸人が解除することについても、それがあながち不合理ではない場合に限られるとするもので、本件で問題となっている条項にはそのような限定はなく、この最判とはかけ離れていて、本件ひな形の条項をもって同様の限定解釈をするのは相当ではないとしました。そして、消費者契約法 10 条の後段、消費者の利益を一方的に害するものかについても、原契約は、(住居の賃貸借という)当事者間の信頼関係を基礎とする継続的な契約であって、その解除は賃借人の生活の基盤を失わせるという重大な事態を招来するとして、信義則に反して消費者を一方的に害することを認め、(1)(2)   の条項を無効としました。

4.家賃保証会社による自力救済?

次に、(3) に関する条項は①賃料支払いが 2 か月以上行われず、②家賃保証会社が合理的な手段を尽くしても、賃借人と連絡が取れず、③電気・ガス・水道の利用状況、郵便物の状況等から、建物を相当期間利用していないと認められ、④建物を再び占有使用しない賃借人の意思が客観的に看取できる場合には、建物の占有を終了し、建物を明け渡したと認めることができる、というものです。

この条項については、第一審は消費者契約法 10 条違反を認めましたが、原審はこれを否定していました。最高裁は、元の賃貸借契約が終了していない場合でも、家賃保証会社が、本件建物の明渡しがあったと見なしたときは、契約当事者でもない、家賃保証会社によって賃借人の使用収益が制限されることになるとして、消費者の権利を制限しているとしました。賃貸人であっても法律に定める手続きでなければ、明渡請求できないのに、当事者でない、家賃保証会社が明渡しがあったと見なせる、つまり自力救済も可能となるとするのは、著しく不当だと言っているのです。

④の建物を賃借人が再び占有使用しない賃借人の意思が客観的に看取できるという文言は、その内容が一義でないとして、消費者が的確に判断することができず、不利益を被る恐れがあるとしたうえで(消費者契約法 10 条前段を認め)、賃借人が明示的に異議を述べたときには本件建物の明渡しがあったとはみなすことはできないとの条項があったとしても、その異議の方法が明示されているわけでもなく、不当であるとして、信義則に反して、消費者の利益を一方的に害するものとして(同条後段を認め)無効であるとしました。

5.判例の評価

家賃保証システムが、住居を借りやすくするためのものとして機能していることは、理解できますが、家賃保証会社は、本件でも第一審が言及したように保証料を得ていて、多くの契約は不履行もなく円満に終了していることを考えれば、本件で最高裁が言及した条項が無効とされても保証会社に特に大きな不利益が生じるものでもないと思われます。にもかかわらず、自力救済は原則認めないという司法の大原則に反しかねない家賃保証会社の明渡しのみなし規定を有効とするような判断をなぜ原審がしてしまったのか、大変疑問に思われます。

本件の最高裁の述べるところは、いずれも建物賃貸借、特に住居の賃貸借の原点、すなわち、賃貸人と賃借人の信頼関係が破壊されて初めて、賃貸人が契約を解除でき、またその後の明渡しも裁判を通じた法的な手続きによるべきものであることを明確にした至極明晰なものと考えます。

監査役の責任に関する最高裁判例について

弁護士 倉本武任

1.はじめに

会社法では、取締役の業務を監査する機関として監査役という機関が設けられており、公開会社でない会社で、会計監査人を置かない会社では、定款に定めることで、監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定することも認められています(会社法 389 条 1 項)。中小企業等では、このような会計限定監査役を含めて、名ばかり監査役を置く場合も多く、企業のコンプライアンスの一角を担う監査役の監査業務は軽視されているようにも思えます。本来、監査役は、どのような任務を負っていて、どのような場合に責任を問われるのでしょうか。

横領を見抜けなかった元会計限定監査役の賠償責任に関する裁判で、最高裁[1] は、責任を否定した高裁判決[2] を破棄し、審理を差し戻しました(以下「本件最高裁判決」といいます)。監査役の監査の根幹に関係する判決であり、監査役とは何をしなければならないのかについて考える契機となると思われますので本稿では、本件最高裁判決の内容について検討したいと思います。

2.事案の概要

原告において経理を担当していた従業員が、約 9 年以上にわたり、原告名義口座から自己名義口座に送金する横領行為を行いました。当該従業員は、送金を会計帳簿に計上しなかったため、会計帳簿上の残高と実際の残高の間に相違が生じていましたが、当該従業員は、横領行為が発覚しないよう口座の残高証明書を偽造する等していました。原告は、公開会社でない会社であり、会計監査人を置かないため、公認会計士及び税理士である被告が長年、監査役を担当していましたが、その監査の範囲は会計に関する者に限定されていました。被告は、原告の計算書類及びその附属明細書(以下「計算書類等」といいます)の監査を実施しましたが、当該従業員から提出された残高証明書が偽造されていることに気付かず、これと会計帳簿を照合し、各期の監査報告において、計算書類等は適正に表示している旨の意見を表明していました。その後、取引銀行からの指摘により横領行為が発覚し、原告が被告に対して、被告が監査役としての任務を怠ったことにより、原告の従業員による継続的な横領行為の発覚が遅れ、損害が生じたとして、会社法 423 条 1 項に基づき損害賠償を請求したという事案です。

3.本件の主要な争点及び争点に対する判断

本件では、監査役である被告に対して横領行為に対する任務懈怠が認められるかが主要な争点となりました。第一審[3] では、横領行為に対して被告の任務懈怠を認めたのに対して、高裁では、第一審判決を変更し、被告の任務懈怠を認めませんでした(以下「本件高裁判決」といいます)。

これに対して、本件最高裁判決では、会計限定監査役が、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合でも、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認さえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではないとしたうえ、任務を怠ったと認められるか否かについては、原告における本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らして被告が適切な方法により監査を行ったといえるか否かについてさらに審理を尽くして判断する必要があるとして高裁に審理を差し戻しました。

4.本件最高裁判決の判断に対する検討

(1)本件高裁判決と本件最高裁判決の違い

会計限定監査役は、監査報告を作成し(会社法 389 条 2 項)、取締役が株主総会に提出しようとする会計に関する議案等の調査結果を株主総会に報告することが任務とされています(同法389 条3 項、同法施行規則 108 条)。そして、監査については、計算関係書類に表示された情報と計算関係書類に表示すべき情報との合致の程度を確かめる必要があるとされています(同法計算規則 121 条 2 項)。本件高裁判決では、同法計算規則 121条 2 項の「計算関係書類に表示すべき情報」については、原則として、当該事業年度の会計帳簿に基づく情報を意味すると解釈したうえ、会計帳簿を作成するのは、取締役またはその指示を受けた使用人であり、使用人が作成する会計帳簿に不適正な記載がないようにすることは会計限定監査役の本来的業務ではないとしています。

他方で、本件最高裁判決では、監査役は会計帳簿が信頼性を欠くことが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等について取締役等に報告を求め、またはその基礎資料を確かめるなどすべき場合があり、それは会計限定監査役でも異ならないとしています。

このように、本件高裁判決では、会計限定監査役の監査における主な任務は、会計帳簿の内容が正しく貸借対照表その他の計算書類に反映されているかどうかの監査であり、特段の事情のない限り会計帳簿の内容を信頼して監査を実行すれば足りると考えているのに対して、本件最高裁判決では、会計帳簿の内容の真偽を確認する必要があるとして本件高裁判決の考えを否定しています。

(2)監査役として何をする必要があるか

本件最高裁判決では、本件高裁判決の考えを否定したうえ、被告が任務を怠ったと認められるか否かは、原告における本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らして被告が適切な方法により監査を行ったといえるかさらに審理を尽くす必要があるとして、審理を差し戻しましたが、会計限定監査役として、どのような場合にどのような基礎資料をどの程度まで確認しなければいけないのかに関して具体的な基準

は示されていません。

この最高裁判決によれば、会計限定監査役でも、会計帳簿またはこれに関する基礎資料をいつでも閲覧・謄写をすることはでき(同法 389 条 4 項)、取締役等へ報告を求める権限も有していることからすれば、これらの与えられた権限を行使せず、漫然と会計帳簿の内容を信頼して、会計帳簿の内容と計算書類の内容を確認しているだけでは、会社に損害が生じた際には、監査役として任務懈怠を問われるリスクが生じることになりかねません。会計帳簿の裏付け資料等の提出を求め、確認することを常に行うよう、中小企業等の監査役に求めているのだとすれば、酷であり、現実的ではありません。この判決の射程次第では、中小企業の実態にはそぐわなくなるように感じます。

なお、本件最高裁判決の被告は、公認会計士及び税理士のため、専門家として監査役の監査の水準が高く判断されたのではないかとの見方もあるかもしれません。しかし、本件最高裁判決の補足意見では、監査役の職務は法定のものである以上、会社と監査役の間において、監査役の責任を荷重する旨の特段の合意が認定される場合でない限り、監査役の属性によって監査役の職務内容が変わるものではないとされており、専門家であることを理由に、監査の水準が高く判断されたわけではないようです。

中小企業では、親族を監査役に就かせ、または会計監査の知識・経験がなくとも名誉職的に監査役に就いてもらうケースが多いと思われますが、この最高裁判決がある以上、就任するに当たっては適切な監査ができなければ、その責任を問われるリスクがあることは十分に理解しておく必要があります。

[1] 最判令和3年7月19日第二小法廷判決

[2] 東京高裁令和元年8月21日判決

[3] 千葉地裁平成31年2月21日判決

同性婚を認めない民法,戸籍法が,憲法14条(法の下の平等)に反するとした事件

(令和3年3月17日札幌地裁判決)

弁護士 苗村博子

1.本判決はLGBT問題の辞書

企業法務に関わる方なら,この判決は是非本文をお読みになってください。私自身は同性婚に対して,ニュートラルな考えを持っていますが,本判決には,結婚が何を目的とするものか,異性愛,同性愛がどのようなものか,明治以前から現在に至るまで,日本及び世界の潮流を含めて紹介され,なぜ,今企業として,いわゆるLGBTへの差別を無くすことに尽力しなければならないのか,表紙エッセイとは逆に,LGBT法が提出されなかったことのどこに問題があるかがよくわかります。この項では,法律論より,判決が紹介する同性婚とはなんなのかについて主に述べて行きます。

2 本判決の事実関係,論点の概要

原告の3組のカップルはいずれも同性の方で,婚姻届を出したものの,同性者の婚姻届は認められないとして不受理とされたことに対し,同性婚を認めない民法,戸籍法が,憲法13条(幸福追求権),14 条,そして24条(両性に合意に基づく婚姻)に反して違憲であるのに,必要な立法措置が講じられず,違法だとして国家賠償を求めました。判決は,憲法13 条,24 条の違反は認めず,14 条違反を明確に認めたうえで,民法や戸籍法が改正されていないことについて,立法者の裁量権を逸脱しているとも判断しましたが,それによって賠償義務があるとまでは認めず,原告らの請求自体は棄却しました。

3 同性愛,異性愛とは

判決は,性的指向を人が情緒的,感情的,性的な意味で,人に対して魅力を感じることであり,このような恋愛,性愛の対象が異性に向くと異性愛者,同性に向くと同性愛者だとしています。判決は,日本において,同性愛者を含むいわゆるLGBTに該当する人が,人口の7.6%、5.9%,8%とする調査などがあるとしています。判決によれば,明治期においては,同性愛は色情感覚異常又は先天性の疾病であると考えられており,戦後初期においても変わらなかったとしています。外国や国際機関でも同様で,WHOでは1992年に国際疾病分類を変えるまでは,性的偏倚と性的障害の項目に位置づけられていました。米国では,遅くとも1987年には,米国精神医学界が同性愛を精神疾患とはしなくなりました。日本でも,昭和56年頃には,同性愛は,当事者が普通に社会生活を送っている限り,精神医学的に問題とすべきものではないとされ,その後精神医学上,精神疾患とはみなされなくなりました。

4 婚姻とは

判決は,明治民法以前から,婚姻は人生における重要な出来事の一つとされ,一定の慣習も存在したなか,家族主義の観念から,家長を戸主とし,終生の共同生活を目的とする,男女の道徳上及び風俗上の要求に合致した結合関係だとして,異性婚が前提とされたとしています。一方婚姻の目的については,男女が種族を永続させるとともに,人生の苦難を共有して共同生活を送ることと解すべきとの意見があったものの,そう解すると老齢等の理由により子をつくることのできない夫婦がいることを説明できないなどとして,結局婚姻は,必ずしも子を得ることを目的とするものではないとの見解が確立されたと紹介しています。

昭和22年の民法改正は現憲法下で行われましたが,家制度などからの解放,婚姻の自主性の宣言,個人を自己目的とする個人主義的家族観に基づいた家族基盤の法律的規制に改めることに重きが置かれ,憲法に抵触しない部分については明治民法が踏襲されたとして,改正当時も異性婚のみが観念されたとしています。

5 同性婚に対する諸外国,我が国での状況

1989年にデンマークで,同性の二者間の関係を公証し,一定の地位を付与する登録制度が導入され,2001年にドイツ,フィンランドに2010年にアイルランドでも導入され,また2000年にはオランダで同性婚が認められ,その後2017年までにこの制度導入した国として判決は22カ国を列挙しています。また2015年米国連邦最高裁が,同性婚を認めない州法の規定は,デュープロセス及び平等保護を規定する合衆国憲法修正14条に違反するとの判決を下したことも上げています。日本においても,2015年渋谷区が登録パートナー制度を導入したのを初めとして,現在では60の地方公共団体がこれを導入し,かような地方公共団体に住む住民は3700万人を超えたとしています。更に,LGBTに対する権利の尊重や差別の禁止などの基本方針を定めた企業数は,2016年では173社だったのが2019年には364社になったとしています。

6 結婚,婚姻に対する意識

厚労省による2009年の調査では,結婚してもしなくてもよいとの考え方に賛成,どちらかと言えば賛成とするものが70%であるものの,翌年20~49才に対しての調査では,結婚すべき,した方がいいとの回答を合わせると64.5%に昇り,米国(53.4%),フランス(33.6%)などを上回っています。

同性婚に対しても2015年の研究グループの調査では,男性の44.8%,女性の56.7%が同性婚に賛成又はやや賛成とし,男性の50%,女性の33.8%が反対かやや反対と回答したことや他の意識調査も判決は紹介しています。

7 憲法13条,24条と民法,戸籍法

判決は,以上の事実等を詳細に分析した上で法律の民法739条1項は,婚姻は戸籍法の定めに従った届け出で効力を生ずるとし,戸籍法74条1号は,夫婦が証する氏を届け出るなど両方ともに異性婚を前提としているとし,両法の関連規定全般の合憲性を問題としています。その上で,憲法24条は,昭和20年当時の同性愛に対する認識を前提としており,同条が同性婚を禁じていないことを以て,同性婚を認めていると解することはできないこと,同条2項が,婚姻に関する制度構築について,第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねていること等を挙げて,これらの条項を踏まえると,人権の包括規定ともいえる憲法13条の規定だけを以て同性婚とその家族に関する特定の制度を求める権利が保障されていると解するのは困難だとしました。

8 憲法14条との関係

一方で判決は,憲法14条は,事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な差別的取扱は許されないとの規定であり,異性愛カップルにある婚姻の選択権が,同性愛カップルにはないことが合理的な区別といえるかを検討する必要があるとしました。同性愛が,精神疾患ではないとの知見が確立し,その性的指向は自らの意思で選択出来ない性質のもので,性別や人種などと同様のものであるとした上で,日本では,法律婚を尊重する意識が幅広く浸透し,年金や児童扶養手当など法律婚を元にした諸制度があることなどを挙げて,婚姻制度が維持されており,その法的効果を享受する利益は同性愛者にも変わらないとしました。また,子を産み育てていることは,個人の自己決定に委ねられ,子を産まないという夫婦の選択も尊重すべき事柄であること,明治民法以来,婚姻制度の主たる目的は子を産むことではなく,夫婦の共同生活の保護であり,民法,戸籍法の各規定が,同性愛者が異性愛者と同様に婚姻の本質を伴った共同生活を営んでいる場合にこれに対する法的保護を否定する趣旨,目的まで有すると解するのは相当でないとしました。婚姻制度が社会通念によって定義されることから,同性婚に対し,否定的な意見や価値観を持つ人がいることも考慮されるものだとしながら,人口の9割以上を占める異性愛者の理解や許容がなければ,同性愛者のカップルの婚姻による法的効果を享受できないとするのは,自らの意思で選択したわけでない同性愛者の保護に欠けるなどとして,民法,戸籍法が同性愛者の婚姻に関する法的効果の享受を一切提供していないことは,立法府の広範な裁量権を持ってしても合理的根拠に欠ける差別的取扱として憲法14条に違反するとしました。

9.最後に

法的な理屈付けについては法律家から,同性婚を容認すべきとの考えについてはその反対論者から様々な意見があると思います。しかし,大多数の者の立場からのみ物事を判断するのではなく,人々の考え方の変化,科学的知見なども参考にしながら,少数者の権利について明確な判断を示したこの判決は,民主主義が単なる多数決に終わってはならないことを私たちに示してくれているように思います。

動画投稿サイト管理者に対する発信者情報開示請求

弁護士 倉本 武任

 

1.はじめに

昨今、一般人でも広告等のツールや広告収入を得る目的で、動画投稿サイトへ動画をアップロードすることが広く行われ、Youtuberという職業も珍しくはなくなってきました。しかし、誰でも情報発信ができる反面で、投稿された動画の内容が他人の著作権侵害を引き起こしかねないというリスクもあります。このような投稿された動画によって自身の著作権を侵害されたので損害賠償を請求したいと考えた場合、匿名の動画投稿者を特定できるのでしょうか。ネット上の情報流通による権利侵害に対して、侵害者を特定するための方法として、プロバイダ責任制限法[1]上、被害者に認められた手段としてコンテンツプロバイダ[2]や経由プロバイダ[3]に対する発信者情報開示請求という手段があることはNamrun Quarterly №35で紹介しましたが、本稿では動画投稿サイトYouTubeのコンテンツプロバイダであるYouTubeLLCとGoogleLLCに対する発信者情報の開示請求において、原告がGoogleLLCに求めた発信者情報のうち、動画投稿者のYouTubeアカウント登録時に用いられた住所について開示を認めなかった近時の裁判例(東京地裁令和元年10月30日判決(以下、「本件裁判例」という)を紹介します。

 

2.事案の概要について

本件裁判例は、原告が、インターネット上の動画投稿サイトを運営する被告YouTube LLC及び同被告の通信にサーバーの提供等をしている被告Google LLCに対して、被告らの電気通信設備を経由した動画掲載によって、原告の著作権が侵害されたとして、被告YouTube LLCの保有する発信者情報として①投稿に用いられたIPアドレス、②同IPアドレスが割り当てられた電気通信設備から被告YouTube LLCの用いる特定電気通信設備に各投稿記事が送信された年月日及び時刻(タイムスタンプ)の開示を、被告Google LLCの保有する発信者情報として、①YouTubeアカウント[4]に登録されている氏名又は名称、②登録するために用いられた住所、③登録されている電子メールアドレスの開示を求めたという事案です。

 

3.判示内容について

本件裁判例では、原告が発信者情報として開示を求めた事項のうち、YouTubeアカウント登録のために用いられた住所を被告Google LLCが保有しているかどうかが争点となりました。裁判所はYouTubeへの動画投稿により広告収入を得ようとする利用者は、支払を受ける住所を登録してGoogle AdSenseアカウントを開設する必要があり、同アカウントの中には被告Google LLCが管理するものがあるが、同アカウントはYouTubeへの動画投稿の際に登録が必要となるアカウントとは独立した異なるものであるため、本件各投稿者が広告収入を得る目的でGoogle AdSenseアカウントへ登録をした結果、被告Google LLCが本件各投稿者の支払先住所に関する情報を管理していたとしても、同情報は、YouTubeアカウント登録時に用いられたものには該当しないと判断しました。そして、裁判所は、原告が被告Google LLCに対してYouTubeアカウント登録時に用いられた住所の開示を求めた部分については開示を認めませんでした。

 

4.裁判例の分析

(1)GoogleLLCを被告に加える理由

本件裁判例で原告は、YouTube LLCだけでなく、Google LLCも被告に含めています。現在のYouTubeの利用規約によれば、サービス提供者はGoogleLLCとされ(2019年12月10日に更新される前はYouTubeLLC)、有料サービス利用規約によればYouTubeLLCが動画を視聴するサービスを提供し、GoogleLLCは個別または継続的な手数料の支払を条件として有料サービスを提供するとされていますが、これらの情報では当時、YouTubeLLCとGoogleLLCがどのような関係にあったかは明確ではありません。

原告はYouTubeLLCに対しては、IPアドレスやタイムスタンプの開示を求め、GoogleLCCに対してはYouTubeアカウントに登録されている氏名又は名称、住所、メールアドレスの開示を求めているため、原告がGoogleLLCを被告としたのは、YouTubeLLCとGoogleLLCで保有している情報が異なることが理由とも思えますが、YouTubeアカウントの情報であれば、YouTubeを管理するYouTubeLLCも保有しています[5]。そうすると、あえて原告がGoogleLLCも被告に含めたのは、動画投稿者が広告収入を得る目的で動画を投稿していることから、Google AdSenseアカウントを作成し、現実の住所を登録していると推定されるため、Google LLCが保有している動画投稿者の住所という情報を得ようと考えたものと思われます。

コンテンツプロバイダに位置づけられるYouTube LLCからIPアドレスやタイムスタンプが開示されただけでは、原告はその後、さらに開示されたIPアドレスやタイムスタンプを手がかりに動画投稿者とインターネット接続契約を結んでいる経由プロバイダを割出し、当該経由プロバイダを相手に発信者の発信者情報の開示を求める必要があります。しかし、もし動画投稿者の現実の住所が原告に開示されれば、そこから、原告は動画投稿者に対する損害賠償請求を直ちに提起することが可能となります。

(2)住所の開示を求めることはできないか

裁判所は、動画投稿者が、動画投稿により広告収入を得る目的で、GoogleAdsenseアカウントを登録し、その結果、被告GoogleLLCが動画投稿者に係る支払先住所に係る情報を管理していたとしても、同情報は、動画投稿に用いられたアカウントを登録するために用いられたものには該当しないとして、開示を否定しています。

しかし、SNSであるTwitterの投稿時ではないアカウントログイン時のIPアドレス及びタイムスタンプが、「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法4条1項)に該当するかが争点となった東京地裁令和2年2月12日判決では、プロバイダ責任制限法4条1項の「権利の侵害に係る発信者情報」とは、侵害情報が発信された際に割り当てられたIPアドレス等から把握される発信者情報に限定されることなく、権利侵害との結びつきがあり、権利侵害者の特定に資する通信から把握される発信者情報を含むと広く解釈されています。したがって、侵害者である動画投稿者は広告収入を得る目的であれ、動画投稿のためにGoogleAdsenseアカウントへ登録した結果、被告GoogleLLCが動画投稿者の住所を保有している以上、同情報は権利侵害との結びつきがあり、権利侵害者の特定に資する通信から把握される発信者情報といえると考えられます。

また、プロバイダ責任制限法4条の趣旨は、情報の発信者のプライバシー、表現の自由、通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で、加害者の特定を可能にして被害者の権利救済を図る点にあり、被告GoogleLLCが侵害者である動画投稿者の住所に係る情報を管理していることが認められる以上、当該侵害者の権利保護の必要性よりも被害者の権利救済を図るべき必要性がより高いといえ、裁判所としては、原告が主張するYoutubeアカウントを登録するために用いられた住所に該当しないなどという理由で硬直的な判断を下すべきではなかったと思われます。

 

5.最後に

昨年8月31日にプロバイダ責任制限法4条1項の規定する総務省令が改正され、発信者の電話番号が発信者情報の開示対象に含まれました。また、総務省は意見公募も踏まえて、今年の通常国会において、プロバイダ責任制限法の改正案の提出を予定し、新制度はSNS事業者とインターネット接続事業者に対し、1回の手続きで開示を求められる制度とのことです。発信者情報は発信者のプライバシー、通信の秘密として保護され得る情報であるため、発信者が争えないままに正当な理由なく、意に反する開示を行うことがないよう配慮が必要です。しかし、現行のプロバイダ責任制限法の発信者情報開示請求では被害者救済の手段として十分に機能しているとは言い難い現状があります。裁判所としては、被害者救済の観点から、開示の要件を柔軟に解釈する等の判断が期待されるところですが、現実は本稿で紹介したように硬直的な判断が下されることも多いため、法改正にあたっては発信者情報の範囲や要件を緩和するなど、プロバイダ責任制限法自体をより実効性のあるものとする改正が求められると思われます。

以上

 

[1] 特定電機通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律

[2] ホームページや掲示板などの情報を発信するための環境を提供する業者のこと

[3] 通信回線の提供、パソコンにIPアドレスを割り当てるなど、インターネットに接続するサービスを提供する業者のこと

[4] YouTubeアカウントはGoogleアカウントと紐付いており、通常はGoogleアカウントがYouTubeアカウントとなります。

[5] YouTubeに投稿された動画の投稿者の発信者情報開示を求めた徳島地裁令和2年2月17日判決では、YouTubeLLCに対してアカウントに登録されている情報の一部の開示を認めています。

公益通報者保護法の一部を改正する法律と内部通報担当者のリスク

弁護士 倉本武任

1.はじめに

令和2年6月12日に公益通報者保護法の一部を改正する法律(以下、「改正法」といいます)が公布され、改正法は公布の日から2年以内に政令で定める日から施行されます。現行の公益通報者保護法(以下「現行法」といいます)は、公益通報をした者(以下「公益通報者」といいます)を保護するルールを定め、多くの企業では、現行法を踏まえて、社内において内部通報窓口を整備されていると思われます。今般の改正法では公益通報対応業務に従事する従業員に対して罰則付きの守秘義務が課されるなど、内部通報窓口を担当することが想定されるコンプライアンス部門等の従業員にとっても注意すべき改正が行われています。そこで、本稿では改正点の概要について説明した後、改正点を踏まえて内部通報窓口担当者としてのリスクについて検討します。

 

2.改正法における改正点の概要

改正法では、以下の視点による改正が行われています。

1)公益通報者保護の視点
ア 公益通報の主体の拡大

現行法では、公益通報の主体について、労働基準法9条の労働者に限定していましたが、改正法では、新たに退職者、役員[1]が追加されました(改正法2条1項1号、4号)。なお、退職者については、退職後1年以内に通報した者に限定されています。

イ 通報対象事実の範囲の拡大

現行法では、通報対象事実の範囲は、刑事罰の対象となる行為に限定されていましたが、改正法では新たに過料の対象となる行為も含まれました(改正法2条3項1号)。

ウ 行政機関以外への外部への通報保護要件の緩和

改正法では、報道機関等の通報対象事実の発生又は被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に対する通報(改正法3条3号)を理由とする不利益取扱いから保護されるための要件を緩和しています。現行法が定める真実相当性の要件(通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると「信ずるに足りる相当の理由がある場合」に保護するという要件)に加え、特定事由のいずれかに該当する場合という要件に関して、新たに特定事由となる場合を追加する形で保護要件を緩和しています。

エ 通報行為に伴う損害賠償の制限

改正法では、事業者は、公益通報がされたことによって損害を受けたことを理由として、当該公益通報をした公益通報者に対して損害賠償をすることができないとの規定が設けられました(改正法7条)。

2)事業者自体における不正の是正の視点
ア 内部通報体制整備の義務付け

改正法では、常時雇用する労働者の数が300人を超える事業者に対し、公益通報に適切に対応するために必要な体制の整備等(窓口設定、調査、是正措置等)を義務付けました(改正法11条1項、2項)。

イ 公益通報対応業務従事者の守秘義務

改正法では、公益通報対応業務従事者又は公益通報対応従事者であった者は、正当な理由がなく、その公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定させるものを漏らしてはならないこととし、当該事項の漏えいを禁止しています(改正法12条)。この守秘義務に違反した者には、30万円以下の罰金が課されます(改正法12条、21条)。

3)行政機関への通報を行いやすくするという視点
ア 行政機関への通報保護要件の緩和

改正法では、通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関への通報については、真実相当性の要件を満たす場合だけでなく、真実相当性がない場合でも、通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料し、かつ、氏名・名称、住所・居所等一定の事項を記載した書面等を当該行政機関へ提出する場合も保護されます(改正法3条1項2号)。

イ 行政機関における外部通報対応体制整備の義務付け

改正法では、通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関は、公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置をとらなければならないとされています(改正法13条2項)。

 

3.内部通報窓口担当者のリスクについて

1)守秘義務の対象判断が困難である点

多くの企業では、不正事案だけでなく、パワハラ、セクハラ事案(以下「ハラスメント事案」といいます)についても、同じ内部通報窓口で相談を受けるケースが多いのではないかと思います。パワハラが暴行(刑法208条)・脅迫(刑法222条)などの犯罪行為に該当する場合や、セクハラが強制わいせつ(刑法176条)などの犯罪行為に該当する場合には、このようなハラスメントに係る通報は「公益通報」(改正法2条1項)に該当するため、前述のとおり公益通報対応業務に従事する従業員は守秘義務を負うことになります。他方で、内部通報窓口にハラスメント事案の相談があった場合、そもそも「公益通報」に該当するような事案なのか否かを、内部通報窓口担当者が早期に判断することは困難なため、内部通報窓口担当者としては、通報者含め関係者等に対して事実関係を調査する場合がありますが、通報者自身が被害者である場合、調査過程において、被害者である通報者を特定しないことは困難であり、厳しい守秘義務を課すことが妥当でない場合もあります。改正法12条では、「正当な理由」がある場合に公益通報対応業務従事者の守秘義務を免除しており、消費者庁の国会答弁によれば、この「正当な理由」には公益通報者本人の同意がある場合や法令に基づく場合のほか、公益通報に関する調査等を担当する者の間での情報共有等、通報対応に当たって必要な場合などを想定しているとされています[2]。しかし、どこまでの範囲が通報対応に当たり必要な場合として「正当な理由」となるのかの判断は、内部通報担当者には困難であり、同担当者は、改正法の定める罰則付きの守秘義務を自身が負っているか判断がつかない状況で対応せざるを得ないというリスクを負います。

2)通報者等による訴訟に巻き込まれる可能性がある点

ハラスメント事案の調査では、内部通報窓口担当者は、通報者に対する守秘義務とは別に、加害者や目撃者等の関係者からも守秘義務を前提として聴取を行うため、関係者からの聴取内容や判断過程の詳細を通報者に対して報告することができない場合もあり、その結果、通報者に対して内部通報窓口担当者が適切な対応をしていないのではないかとの疑義を抱かせてしまう可能性もあります。実際に、会社の上司によるパワーハラスメントに対して、内部通報窓口に相談を行った原告が、当該上司や会社だけでなく、相談を行った内部通報窓口担当者に対して損害賠償を請求した事案[3]もあるなど、調査に関わった内部通報窓口担当者は、守秘義務を遵守したとしても、訴訟に巻き込まれるリスクもあり得ます。

 

4.最後に

改正法の定める厳しい守秘義務を内部通報窓口担当者に課すことになれば、従業員としてもそのようなリスクを負う内部通報窓口担当者になることはより一層躊躇するように思われます。内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドラインにおいても、通報に係る秘密保持の徹底にあたり、外部窓口の活用が挙げられていますが[4]、改正法による内部通報窓口担当者のリスクを軽減するうえでも、調査は法律事務所のような外部窓口に任せる等、各企業においてはより一層、外部窓口の活用が求められると考えられます。

 

 

[1] 改正法では、「役員」は法令の規定に基づき法人の経営に従事している者に限られるため、相談役や顧問等は含まれません。

[2] 第201回国会衆議院消費者問題に関する特別委員会議録第5号12~13頁(令2.5.9)

[3] 東京地裁平成26年7月31日判決判例時報2241号95頁 同判決では結論として内部通報担当者に対する不法行為に基づく損害賠償請求の成立は否定されていますが、原告は、内部通報担当者が通報事実について、適切な調査を行い、しかるべき対応をとらなかったことや、判断過程などの開示を拒否したことを主張しています。

[4] 平成28年12月9日 消費者庁「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」8~9頁