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わが国における競争法によるフリーランスの保護の現状と今後
弁護士 田中 敦
1 はじめに
最近、フリーランスとして働く人々を契約上保護するための新法制定に向けた動きが活発化しています。その背景には、働き方の多様化やリモートワークの普及による近年のフリーランス人口の増加、フリーランスへの現行法の適用の限界が問題視されたことがあります。
本稿では、主に競争法の適用を念頭に置いて、わが国におけるフリーランスの保護に向けた近年の議論と法改正の動向をご紹介します。
2 フリーランスとは
フリーランスとは、後述の「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」では、「実店舗がなく、雇人もいない自営業主や一人社長であって、自身の経験や知識、スキルを活用して収入を得る者のことをいう」と定義されています。
フリーランスとして働くことが多い業種としては、工事請負業(いわゆる一人親方)、エンジニア、作家、俳優、通訳、スポーツ選手といった職業が挙げられます。令和2年5月に発表された内閣官房による調査では、わが国において、フリーランスとして働く者の試算人数は、462万人に上るとの結果が報告されています[1]。
3 法令によるフリーランスの保護
フリーランスについては、委託元の事業者との情報量や交渉力の格差から、一方的な契約条件を強いられたり、代金不払や理不尽なやり直し要請がなされたりすることが問題となる場合があります。
フリーランスは、特定の企業等と雇用関係にないことから、原則として、労働基準法や労働契約法の適用対象とはならず、労働条件の不利益変更の禁止や賃金全額払いの原則等の労働法上の保護を受けることができません。(なお、委託元が提供する設備等を利用して役務提供をする場合には、委託元がフリーランスに対し安全配慮義務に基づく責任を負う可能性があります(最判平成3年4月11日・判時1391号3頁)。)
フリーランスと委託元の事業者との取引については、独占禁止法(優越的地位の濫用等)や下請法による規制の対象になり得ます。しかし、フリーランスへの発注を行うのが小規模な事業者であることも多く、そもそも資本金1000万円以下であるとして下請法の適用対象(下請法2条7項の「親事業者」)に該当しなかったり、フリーランスに対して必ずしも優越的地位にあるとはいえなかったりする事情から、これら法令の規制が及ばない場合もありました。加えて、フリーランスの取引についてはその金額が比較的小さいこともあり、フリーランスとして働く者が、法令違反を理由に救済を求める事例はそれほど多いとはいえませんでした。
4 競争法によるフリーランス保護の議論の発展
(1) 人材と競争政策に関する検討会報告書
平成30年2月15日、公取委は、事業者による個人の役務提供者に対する行為への独占禁止法適用の考え方をまとめた報告として、「人材と競争政策に関する検討会報告書」を公表しました。
同報告書では、個人の役務提供者への行為が優越的地位の濫用の適用対象になり得ることが明記された上、フリーランスとの取引で問題となることが多いと思われる類型(役務提供者の専属義務、成果物の利用制限、事実と異なる取引条件の提示等)を挙げて、それぞれについて、優越的地位の濫用に該当するか否かの考慮要素を示しています。例えば、個人の役務提供者に対し専属義務を課すことについては、専属義務の内容や期間、これにより役務提供者へ与える不利益の程度、代償措置の有無、役務提供者との協議の有無、他の取引条件と比べて差別的かどうか等を考慮して判断されることとなります。
同報告書は、フリーランスとの取引が独占禁止法の適用対象になることを明確化したものですが、後述のとおり、現在の運用としては、下請法を適用した取締りが中心となっています。
(2) フリーランス保護のためのガイドライン
令和3年3月26日、内閣官房、公取委、中小企業庁及び厚生労働省の連名により、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」が公表されました。
同ガイドラインでは、フリーランスとの取引につき、「下請法と独占禁止法のいずれも適用可能な行為については、通常、下請法を適用する」との方針が記載されています(同ガイドライン3頁)。また、同ガイドラインでは、フリーランスとの取引において締結すべき契約書のひな形が添付されるなど、フリーランスとの間の契約内容について一定の踏み込んだ見解が示されています。
(3) 法改正の検討と法執行の現状
令和4年9月13日、内閣官房により、「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」が公表され、意見募集が行われました。当該資料は、あくまで法整備の方向性を示したものにすぎませんが、下請法の適用対象とならないフリーランスとの取引についても、業務委託時の書面交付義務、役務提供から60日以内の代金支払義務、受領拒否や返品等の禁止といった下請法と同種の規制を適用する方針が示されています。また、遵守事項の違反があった場合には、その違反事実をフリーランスが行政機関へ申告することのできる制度を創設することも検討されています。当初は、下請法を改正する方向での検討がなされているとの報道もありましたが、その後の公取委の事務総長の会見によれば、下請法改正ではなく新法を制定する方向で検討されていると述べられています[2]。
また、公取委による法執行の現状として、同年5月に公表された令和3年度の運用状況では、フリーランスに関連する下請法違反の実例として、事業者名は明記されていませんが、多数の違反事例が報告されています[3]。さらに、同年10月に公取委が公表した活動報告によれば、令和4年度の体制の強化として、「下請取引及びフリーランスやスタートアップとの取引に係る執行体制の強化」のための人員を14名増員したことが報告されています[4]。
5 さいごに
以上のとおり、下請法の適用を中心として、フリーランスとの取引に対する法執行が活発化しており、公取委による取締りは今後もさらに拡大していくことが予想されます。
また、フリーランス保護のための新法が制定され、委託元の事業者の資本金額にかかわらずフリーランスとの取引が下請法と同様の規制の対象となれば、サプライチェーンの全体を通して、委託契約の見直しとコンプライアンス確保のための体制構築が求められる可能性があります。現時点では、法令の形式や具体的内容は全くの未定であるものの、新法制定に向けた今後の動向を注視することも重要となります。
以上
[1] 内閣官房日本経済再生総合事務局「フリーランス実態調査結果」(令和2年5月)25頁。https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/suishinkaigo2018/koyou/report.pdf
[2] 公正取引委員会「令和4年10月19日付 事務総長定例会見記録」https://www.jftc.go.jp/houdou/teirei/2022/oct_dec/221019.html
[3] 公正取引委員会「令和3年度における下請法の運用状況及び中小事業者等の取引公正化に向けた取組」(令和4年5月31日)別紙2 https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2022/may/R3_honbun.pdf
[4] 公正取引委員会事務総局「公正取引委員会の最近の活動状況」(令和4年10月)62頁https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/katsudou_R4_10.pdf
昨今の広告手法と景品表示法の規制
弁護士 倉本武任
1.はじめに
令和 4 年2 月15 日に消費者庁よりアフィリエイト広告等に関する検討会の報告書(「アフィリエイト報告書」)が公表され、同年 6 月 29 日には、不当景品類及び不当表示防止法(「景表法」)の規定に基き制定されてい「事業者が講ずべき景品類の提供及び表示の管理上の措置についての指針」(平成 26 年内閣府告示第 276 号、「管理指針」)の改正があり、アフィリエイトプログラムを利用した広告(「アフィリエイト広告」)に関する記載が追加されました。さらに SNS 等で中立的な第三者のような体裁をとって、実際には事業者から金銭等の対価を提供された広告であるステルスマーケティング(「ステマ」) は、景表法 5 条 3 号の内閣総理大臣の指定告示(「本件告示」)に係る不当表示となり、本件告示は本年10 月1 日から施行されます。このようにアフィリエイト広告やステマといった新たな広告手法に対する規制が昨今、強化されており、実際に消費者庁等による措置命令も行われています(「アフィリエイト広告に対する措置命令等の状況」参照)。そこで、本稿ではかような広告手法に対する規制内容について検討します。
【アフィリエイト広告に対する措置命令等の状況】
2.問題となる広告手法
(1)アフィリエイト広告の問題
ア アフィリエイト広告の構造
アフィリエイト広告とは、広告される商品等を供給する事業者(「広告主」)が、ウェブサイトやブログ等の作成者(「アフィリエイター」)に広告を作成してもらい、同広告を通じて商品・サービスが購入される成果に応じて、アフィリエイターに対して報酬が支払われる仕組みの広告手法をいいます(下記「アフィリエイト広告の概要(イメージ)」参照。)。アフィリエイト広告も様々あり、広告主とアフィリエイターを仲介する役割のアフィリエイトサービスプロバイダー(「ASP」)がおり、広告主とASP の間で利用契約を、ASP とアフィリエイターの間でパートナー契約を締結するといった場合も多く見られます。
【アフィリエイト広告の概要(出典:アフィリエイト報告書3頁)】
イ 表示主体性の問題について
不当表示をした「事業者」(景表法 5 条) とは、裁判例では「表示内容の決定に関与した事業者」であるとされ、「表示内容の決定に関与した事業者」は、「自らもしくは他の者と共同して積極的に表示の内容を決定した事業者」のみならず、「他の者の表示内容に関する説明に基づきその内容を定めた事業者」や「他の事業者にその決定を委ねた事業者」も含まれるとされています(東京高裁平成 20 年 5 月23 日判決参照)。よって、アフィリエイト広告の広告主が、アフィリエイターに対して、表示内容の決定を委ねた場合も、広告主は、表示内容の決定に関与しているとして表示主体性が肯定されます。
ウ アフィリエイト広告の広告主による表示の適切な管理のための措置
景表法 26 条 1 項は、事業者に対して、不当表示の未然防止や消費者の自主的かつ合理的な選択を阻害しないよう、必要な管理上の措置を講じなければならないと定めており、アフィリエイト広告の「事業者」として責任主体となる広告主は、アフィリエイターの広告内容に対しても、必要な管理上の措置を講じる義務があります。広告主は、必要な管理上の措置を講じていても、アフィリエイターの広告内容が不当表示に該当する場合には、同法 5 条 1 号乃至 3 号違反だとして措置命令(景表法 7 条 1 項)を受けるおそれがありますが、課徴金納付命令(景表法 8 条)に関しては、「不当景品類および不当表示防止法第 8 条(課徴金納付命令の基本的要件)に関する考え方(平成 28 年 1 月29 日消費者庁)」において、事業者が、必要かつ適切な範囲で管理指針に沿うような具体的な措置を講じていた場合には、「相当の注意を怠った者でない」と認められるとされており、事業者は課徴金の納付を避けるうえでは、かかる管理上の措置を取っていたかが重要となります。
エ アフィリエイト広告の広告主において講ずべき措置の具体的内容
上述の管理指針では、アフィリエイト広告に関して様々な管理上の措置を取ることが求められており、例えば、① ASP やアフィリエイター等との間で、契約書において、どの主体が何を行うかについて、役割分担及び責任の所在を明記すること、②表示等に関する情報の確認・共有や表示等の根拠となる情報を事後的に確認するために、アフィリエイター等とのやり取り(メール、チャット等) の内容等を残しておくこと、③アフィリエイト広告を行う事業者の表示であることを明示することなどが求められています。広告主となる事業者は、アフェリエイト広告の表示が不当表示か問題となった際に、上述の「相当の注意を怠った者でない」との要件との関係で、具体的な管理措置を取っていたと説明できるような体制を整えておくべきです。
(2)ステマの問題について
ア ステマの問題点
ステマでは、広告であることを明示すると、消費者は警戒するため、中立的な第三者の感想や口コミと思わせる方が消費者を誘引しやすく、広告主の広告表示であるにもかかわらず、第三者の表示であると一般消費者に誤認させている点が問題だとされています。
イ 本件告示について
(ア)本件告示の内容
本件告示では、「事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示であって、一般消費者が当該表示であることを判別することが困難であると認められるもの」が不当な表示と指定されており、また、「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」の運用基準(「運用基準」)が消費者庁より公表されています。なお、本件告示に違反した場合には、措置命令の対象となるものの、景表法 5 条 3 号適用の問題であるため課徴金納付命令については、対象として除かれています(同法 8 条 1 項柱書)。
(イ)「事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示」とは
運用基準では、「事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示」と認められる場合は、「事業者が表示内容の決定に関与したと認められる場合」とされ、それは客観的な状況から、第三者の自主的な意思による表示とは認められない場合とされており、①事業者が自ら表示をする場合、②事業者が第三者に表示させる場合に区別して説明されています。
①で特に問題となるのは、事業者は把握していないが、従業員が表示を行うケースです。この場合、従業員の自主的な意思による表示であるか否かを、従業員の事業者内の地位、従業員の権限、従業員の担当業務、表示目的等の実態から判断することになります。また、②で特に問題となるのは、上述のアフィリエイト広告のように、事業者がアフィリエイターに委託して、自らの商品又は役務について表示させる場合が該当するのはもちろん、事業者が他の事業者に依頼して、プラットフォーム上の口コミ投稿を通じて、競合事業者の商品又は役務について、自らの商品又は役務と比較して低い評価を表示させるような場合も該当します。さらに、事業者が第三者にSNS 等を通じ自らの商品又は役務について表示してもらうことを依頼しつつ、当該商品又は役務を無償で提供し、結果第三者が事業者の方針や内容に沿った表示を行う場合など明示的に依頼・指示していない場合も含まれます。
(ウ)「一般消費者が当該表示であることを判別することが困難である」場合とは
次に、「一般消費者が当該表示であることを判別することが困難である」との要件は、事業者の表示であることの記載がない場合だけでなく不明瞭な場合を含みます。事業者としては、表示を見た人が事業者の広告表示であると認識できるような記載を講じておく必要があるのです。よく見かけるインスタグラムなどのSNS の投稿で、大量のハッシュタグを付した文章の記載中に当該事業者の表示である旨の表示を埋もれさせるような方法は、運用基準においても、事業者の表示であることが不明瞭な方法で記載された場合とされているので、許されないと考えるべきです。