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談合と不当利得返還請求
弁護士 貞 嘉徳
はじめに
競争法当局の活発な法執行により、独占禁止法に関わるコンプライアンスの重要性は、現在広く理解されているところです。もっとも、同法違反の行為に対しては、課徴金納付命令などの競争法当局による行政上の手続だけでなく、刑事手続のほか、損害を被った被害者による民事的な手続がとられることがあります。今回は、いわゆる公共調達において談合をした事業者らに対し、国が契約の無効を前提として支払代金の返還を求めた事案(東京地裁平成22年6月23日[1])をご紹介します。
事案の概要
防衛庁(当時)が陸上自衛隊で使用される携帯無線機等に使用する専用の電池を調達するに際し、メーカー4社が、平成9年4月から同12年にかけて、談合の上、受注予定者を決定し、入札においてその受注予定者が落札できるよう調整していました[2](本件談合)。
国は、これら談合の結果として各メーカーと締結した契約(本件契約)は無効であるとして、支払代金額と各メーカーから納入された電池の価格相当額との差額を不当利得(民法704条)として請求しました。
主な争点
① 本件契約は無効か(独占禁止法違反の行為が私法上の行為に与える影響)。
② 本件契約が無効であるとしても、国の担当者が本件談合に関与していたのであるから、国が支払った代金は不法原因給付(民法708条)にあたり、返還請求は認められないのではないか。
③ 本件契約が無効であり、国が支払った代金が不法原因給付でなく、各メーカーがこれを返還しなければならないとしても、他方で、国は各メーカーから納入された電池の価格相当額を返還しなければならず(電池それ自体は既に費消されており、電池自体の返還は不可能であるため、その価格相当額の返還をしなければならない)、これをどのように算定すべきか。
裁判所の判断
① について
判決は、独占禁止法19条(不公正な取引方法の禁止)に違反する契約の効力が争われた最高裁昭和52年6月20日(岐阜商工信用組合事件)を参照し、「独禁法3条に違反する契約の私法上の効力については、同条が強行法規であることによって直ちに無効であると解することはできず、当該契約が公序良俗に反する場合、民法90条によって無効となる」として、上記最高裁判決以降の裁判所の一般的な判断枠組みを踏襲し、結論として、「談合行為は、性質上、自由競争経済秩序という公の秩序に反する行為」であり、「談合の結果に基づきこれを実現するために締結された契約は、公序に反するものとして無効である」と判示しました。
本判決は、談合行為の悪質性に鑑み、その結果として実現された私法上の行為の効力を否定すべきとの判断を示したものといえます。
② について
判決は、「担当官は、被告ら4社からの要望に応える形で、予定価格を含む本件入札に関する情報を提供し・・・(中略)・・・原告が、本件談合の存在を認識、認容し、むしろ、これを助長する役割を果たしていたことを否定することはできない」と認定して、本件談合に対する国の関与を認めました。
しかしながら、「上記情報提供が一担当官の行う行為の限度を超えて、陸上自衛隊の組織として行われていた行為であると認めるに足りる証拠はなく」、また、「本件談合をするよう指示したり、事実上、本件談合を行うことを強制したなどの事情を認めるに足りる証拠もない」として、国の関与が組織的でなく、かつ、限定的であることを指摘し、これに対するメーカー側の悪質性を強調して、国が「本件談合を主導したと認めることができない以上」不当利得としての返還請求を否定すべきでないと判示しました。
本判決は、組織的な関与の有無及び本件談合を主導したか否かを判断要素として示しました。
③ について
判決は、電池の価額相当額について、「本件電池は、自衛隊専用電池として製造されたものであって、一般に市販されるものではないから・・・(中略)・・・市場価格によることはできない」ことを指摘し、その算定方法について、国が主張する算定方式は調達物品等の予定価格を定める際の旧防衛庁(現防衛省)の内部基準であって妥当でないとして採用せず、原価計算基準を採用しました。
具体的な算定については、数種類の電池があり、紙面の関係上、すべてに触れることはできませんが、判決は、あるメーカーとの関係では、製造原価と販管費に加えて、メーカーから主張された10%の利益を認め、また、他のメーカーからOEM供給を受けていた別のメーカーとの関係では、総利益(販管費及び利益)約30%の加算を認めました。
検討
独占禁止法違反の談合行為の結果として締結された契約については、その効力を否定するのが下級審裁判例の流れであり[3]、本判決の結論に異論はないと思われます。
民間における調達の場合であっても、この結論に差はないと考えられますが、民間の場合には、談合・カルテルの当事者と直接の契約関係にない当事者(例えば一般消費者)が被害者となることも多く、独占禁止法違反行為との関連性が弱いために契約の無効を主張して救済を求めるのが難しい場合には、損賠賠償の請求(民法709条、独禁法25条)によって被害の回復を図ることになります。この損害賠償の請求には、短期の消滅時効の制限があるので、注意が必要です[4]。
日本では、集団訴訟制度や立証上の問題から、独占禁止法違反の事案において、民事的な救済制度はあまり利用されていませんが、米国で民事訴訟が活発に利用されていることは有名ですし、EUでは民事的な救済制度を充実させるよう法案が提出されるなど目指している方向性は明らかです。このような流れの中、日本でも早晩、民事的な救済を求める事案が増えてくることが予想されます。加害者とならないよう注意するだけでなく、今後は、被害者となった場合にどのように対応すべきかという点を含め、独占禁止法の理解を深めていくことが求められています。
[1] 判例タイムズ 1392号
[2] 公正取引委員会による行政手続の詳細は、公正取引委員会HPを参照ください。
[3] 例えば、シール談合事件:東京地判平成12年3月31日、同控訴審東京高判平成13年2月8日。最近のものとして、東京地判平成23年6月27日。
[4] 民法724条:損害及び加害者を知ったときから3年。
独占禁止法26条2項:排除措置命令、課徴金納付命令又は審決が確定したときから3年。
リニエンシーと国際カルテル
弁護士 中島 康平
Ⅰ. はじめに
昨年12月,公正取引委員会(公取委)が海上での石油輸送に使われるマリンホースの納入をめぐる国際カルテルで海外メーカーに初めての排除措置命令を出す方針を固めた一方,米国司法省(DOJ)などにリニエンシーを申請した国内メーカーについては処分を見送る方針である旨の報道が行われました。
そこで,今回は,平成17年独占禁止法(独禁法)改正で導入された課徴金減免制度(リニエンシー)と苗村もDOJとの交渉で得たことのある米国の企業に対するそれを比較し,リニエンシーの導入が国際カルテルに及ぼす影響について考えてみたいと思います(企業だけでなく,会社の役員等の個人の責任も問題になりますが,本稿ではこの点は割愛させて頂きます。)
Ⅱ. 日米のリニエンシーの比較
別 表
日 本
①課徴金を納付すべき事業者であること
②単独で,当該違反行為をした事業者のうち最初に(2番目,3番目)公取委に当該違反行為に係る事実の報告及び資料の提出を行った者であること
③当該違反行為に係る事件についての調査開始日以降において,当該違反行為をしていた,当該違反行為をしていたものでないこと
(④一般調査,犯則調査その他により公取委がすでに把握している事実以外の事実に係る報告・資料の提出であること)
米 国 (A)
①刑の免責を申し出る会社が反トラスト局に反トラスト法違反の不法行為を反トラスト局に報告しようとしたときに同局がまだほかの情報源から情報提供を受けていないこと
②刑の免責措置を申し出る会社が自らの反トラスト法違反行為に気がついたときにただちにその行為を止めたこと
③刑の免責措置を申し出る会社は,誠実にまた完全にその反トラスト法違反行為について報告し,反トラスト局の捜査の間完全かつ継続的な協力を行うこと
④反トラスト局への違反行為の報告は,それにかかわった個々の役職員の単独のものではなく,その会社の行為として行われること
⑤可能な場合に,刑の免責措置を申し出る会社は損害を被った者に対し,賠償を行うこと
⑥刑の免責措置を申し出る会社が,ほかの当事者を違反行為に参加するよう強制しておらず,違反行為の首謀者や,リーダーではないこと。
米 国 (B)
①刑の免責措置を申し出る会社が,反トラスト法違反行為に関し,情報提供して刑の免責を求める最初の当事者であること
②刑の免責措置を申し出る会社が,情報提供を申し出たときに,反トラスト局が,その会社に対して十分な証拠を有しておらず,そのままでは,不起訴に終わる可能性が高い場合
③刑の免責措置を申し出る会社が自らの反トラスト法違反行為に気がついたときにただちにその行為を止めたこと
④刑の免責措置を申し出る会社は,誠実にまた完全にその反トラスト法違反行為について報告し,反トラスト局の捜査の間完全かつ継続的な協力を行うこと
⑤反トラスト局への違反行為の報告は,それにかかわった個々の役職員の単独のものではなく,その会社の行為として行われること
⑥可能な場合に,刑の免責措置を申し出る会社は損害を被った者に対し,賠償を行うこと
⑦反トラスト局が,その反トラスト法違反の性質,刑の免責を申し出る当事者のその行為の中での役割,その当事者が情報提供を申し出た時期などを考慮して刑の免責を与えることが,他の当事者にとって不公平とならないと決定する場合
1 要件
日米において企業がリニエンシーを受けるために必要な要件は,下の表に掲げたとおりです。
日本では基本的に①ないし③の要件を満たすことが必要です。このうち,②は調査開始日までに行われることが必要ですが,調査開始日までに報告及び資料の提供を行った者が3社に達しない場合には,祝休日を除く20日以内に②を行い(さらにそれ以降,当該違反行為をしていた者以外の者であり),かつ,④の要件を満たす場合には,減額が認められます(ただし,調査開始前後を通じて3社に限られます。)。
もっとも,他の事業者に対し違反行為を強要し,又は当該違反行為をやめることを妨害していた場合や報告及び提出資料に虚偽の内容が含まれていた場合などでは,減免を受ける地位を失います。
一方,米国における企業に対するリニエンシー(Corporate Leniency Policy)は,捜査開始の前後で表のA,Bに区別され,捜査開始前にAの6要件を満たすか,同要件を満たさない場合や捜査開始後でも,Bの7要件を満たすことでリニエンシーを受けることができます。
2 効果
上記要件を満たす場合,日本では,公取委が行政上の措置として納付を命じる課徴金について調査開始日前の申請事業者は,1番目が全額免除,2番目が50%,3番目が30%の減額が受けられ,調査開始日後の申請事業者は30%の減額を受けられます。一方,米国では,刑事訴追の免責が受けられ,企業はシャーマン法違反による高額の罰金を免れることができます。
3 対象事業者
日本では,課徴金減免の措置を受けることができる事業者は,3社に限られます。
一方,米国では,刑事訴追の免責を受けられるのは,最初の企業に限定されています(別表A,Bの①参照)。ただし,2番目以降であっても,司法取引制度や米国量刑ガイドラインによる罰金の減額があり得るほか,別の関連市場で行われている違法行為についてリニエンシーを申請し,リニエンシーを受けることができ,2番目以降の市場における違反行為について有罪の答弁を行うと,別の関連市場での協力が考慮され量刑の軽減を受けることができます(アムネスティ・プラス制度)。他方,このアムネスティ・プラス制度が利用できるにもかかわらず利用しない場合,後にその違反行為が摘発された場合には,反トラスト局は罰金額の増額を裁判所に求めることができるとされています(ペナルティー・プラス制度)。
4 刑事責任との関係
米国のリニエンシーの刑事訴追の免責を認めるものですが,日本のリニエンシーは,行政上の措置である課徴金を対象とし,課徴金額の減免を認めるものです。日本においても,カルテルについては刑事責任が規定されていますが,公取委は,調査開始日前の1番目の事業者に対し刑事告発しないことを明らかにしています。公取委の専属告発に係る場合(独禁法96条1項)でも,告訴・告発不可分の原則(刑訴法238条2項・同条より法的には検察官が起訴することは可能ですが,法務省は,検察官が公取委が告発を行わなかった事実を十分考慮すると説明しています。
Ⅲ. 国際カルテルとリニエンシー
1 日本,米国,EUの間では既にそれぞれの間で,反競争行為の摘発に関する二国間の執行協力協定が存在します(通常,第一世代の協定と呼ばれます。)。しかし,国際カルテル摘発に大きな期待が寄せられるリニエンシーについて,ひとつの国がその制度を持たない場合には,その国での制裁をおそれて,当局に対する情報提供が行われないおそれがあると指摘されていました。今回,日本においてもリニエンシーが導入されたことにより,国際的な執行協力体制は確実に一段階ステップアップしたことになります。
2 ただ,米国やEUでリニエンシーの適用を受けた事業者(外国事業者も含めて)に対し,日本の独禁法を域外適用し公取委が課徴金納付命令を命じることができるのかなど国際カルテルに対する域外適用を検討する上で重要な問題はまだ残っており,今後の公取委の運用を見守る必要があります(冒頭で述べたマリンホースの事件についても米国にリニエンシーを申請した国内の事業者について公取委は処分を見送る方針であると報道されています。なお,本年1月から「競争法の国際的な執行にかかる研究会」が設置され,独禁法の海外企業への適用積極化を盛り込んだ提言がなされる方針であるとの新聞報道もされています。)。
さらに,上記Ⅱで見たように日米のリニエンシーは,制度として異なる点がありますし(また,EUのリニエンシーも異なります。),国際カルテルにおいて考えなければならないリスクは日本の課徴金,米国における罰金だけにとどまらず,EUにおける高額の制裁金,米国における3倍額損害賠償訴訟などが含まれますし,もちろん企業だけでなく企業の役員,従業員の責任も問題になります。
企業としては,これら主として日本・米国・EUにおける様々な法的リスクやリニエンシー制度の相違を考慮した迅速かつ全世界的な対応とコンプライアンス体制の構築が求められることになります。
参考文献:
‣金井貴嗣ほか編『独占禁止法〔第2版〕』弘文堂
‣井上朗『リニエンシーの実務』LexisNexis
‣上杉秋則・山田香織『リニエンシー時代の独禁法実務』LexisNexis
‣佐藤潤「米国における反トラスト法違反行為に対するリーニエンシー制度について」(国際商事法務492巻757頁)
‣苗村博子「米国における反トラスト法に関する司法取引」(国際商事法務458巻919頁)
独占禁止法改正~第171回通常国会にて審議~
弁護士 貞 嘉徳
「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(以下「独占禁止法」)は、「国内における自由経済秩序を維持・促進するために制定された経済活動における基本法」(i)として、経済法の中核をなす法律と位置づけられています。とりわけ、近年、規制当局の対応は積極化の傾向にあり、最近では、1社あたりの金額としては過去最高額となる79億円を超える課徴金が課されたことが注目されるなど(ii)、企業が経済活動を行う上で益々重要な法律となっています。平成17年改正により、課徴金減免制度の導入などの規定の整備が行われたところですが、同改正法施行後の状況等を踏まえた見直しを行うべく、平成21年4月9日より、衆議院本会議において、改正法案の審議が開始されました。
1 改正法案の概要
改正法案は、①課徴金制度等の見直し、②不当な取引制限等の罪に対する懲役刑の引上げ、③企業結合規制の見直しの他、④海外当局との情報交換に関する規定の導入、利害関係人による審判の事件記録の閲覧・謄写規定の見直し、差止訴訟における文書提出命令の特則の導入など所要の事項を対象としています。本稿では、紙幅の関係上、①課徴金制度等の見直しのうちの主要な事項を紹介させていただきます(iii)。
2 課徴金の適用対象の拡大
(1) 排除型の私的独占及び不公正な取引方法(一部)の追加
ア 課徴金制度は、独占禁止法上の違反行為を抑止するために、違反行為を行った事業者に対して、課徴金を納付させて金銭的不利益を課す行政上の措置であり、昭和52年改正の際に導入されました。
イ 現行法では、課徴金制度の対象は、支配型の私的独占(iv)及び不当な取引制限(v)に限られていますが(7条の2第1項、同第2項)、改正法案は、新たに、排除型の私的独占(改正法案7条の2第4項)及び不公正な取引方法(一部)を課徴金制度の対象としています。
ウ 課徴金制度の対象とされる不公正な取引方法の違反行為類型は、共同の取引拒絶、差別対価、不当廉売及び再販売価格の拘束(改正法案20条の2ないし5 以下「共同の取引拒絶等」)並びに優越的地位の濫用(改正法案20条の6)としています。このうち、共同の取引拒絶等は、当該違反行為を繰り返した場合に限って、課徴金を課すこととしています。
また、優越的地位の濫用については、「継続して取引する相手方に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること」などの3つの類型の違反行為に限って、課徴金を課すこととしています。
(2) 課徴金の額
課徴金の額は、排除型の私的独占について違反行為の対象商品等の売上額の6%(改正法案7条の2第4項)、共同の取引拒絶等について違反行為の対象商品等の売上額の3%(改正法案20条の2ないし5)、優越的地位の濫用について違反行為に係る取引先との取引額の1%(改正法案20条の6)とされています。
= [課徴金の算定率](vi) = ()内は中小企業の場合
製造業等 |
小売業 |
卸売業 |
||
現行法 |
不当な取引制限 |
10%(4%) |
3%(1.2%) |
2%(1%) |
支配型私的独占 |
10% |
3% |
2% |
|
改正法案 |
排除型私的独占 |
6% |
2% |
2% |
不当廉売、差別的対価等 |
3% |
2% |
1% |
|
優越的地位の濫用 |
1% |
3 主導的事業者に対する課徴金の割増算定
(1) 平成17年改正により、現行法では、課徴金の算定にあたって、早期に違反行為から離脱した事業者には算定率を20%軽減したり、違反行為を繰り返し行った事業者には算定率を50%加重(割増し)するといった加重減軽制度が設けられています(7条の2第5項、同第6項)。
(2)改正法案は、このような従前の加重減軽要件に加え、新たに、不当な取引制限を内容とする違反行為について主導的役割を果たした事業者に対する課徴金の算定率を50%加重する制度を設けています。
すなわち、カルテル・入札談合などの違反行為について、主導的な役割を果たした場合(「単独で又は共同して、当該違反行為をすることを企て、かつ、他の事業者に対し当該違反行為をすること又はやめないことを要求し、依頼し、又は唆すことにより、当該違反行為をさせ、又はやめさせなかった」場合などの3つの違反行為)、当該事業者に対する課徴金を50%加重することとしています(改正法案7条の2第8項)。
また、現行の加重要件と改正法案における加重要件を共に満たす場合には、課徴金の額を100%加重(2倍)とすることとしています(改正法案7条の2第9項)。
4 課徴金減免制度の拡充
(1)減免申請者数の拡大
平成17年改正により導入された課徴金の減免制度について、現行法が最大3社としている減免申請者の数につき(7条の2第7項ないし9項)、改正法案は最大5社まで認めることとしています(改正法案7条の2第11項、同第12項)。
(2) 企業グループ内の共同申請
現行法では、減免申請は他の事業者と通謀することなく単独で行う必要があるとされていますが(7条の2第7項ないし第9項)、改正法案は、一定の要件を満たす場合には、同一企業グループ内の複数事業者による共同申請を認め、全ての共同申請者に同一の順位を割り当てて、課徴金の減免を認めることとし、減免申請者数の算定においても複数事業者を一つの事業者として扱うこととしています(改正法案7条の2第13項)。
= [減免申請](vii) =
5 事業譲渡等が行われた場合の課徴金納付命令等にかかる名宛人の取扱いの整備
(1) 課徴金納付命令
現行法では、課徴金の対象となる違反行為をした会社が合併により消滅したときは、合併後の会社に課徴金の納付を命ずることとされていますが(7条の2第19項)、改正法案では、これに加えて、譲渡又は分割によって違反行為に係る事業を引き継いだグループ会社に対して課徴金の納付を命ずることとされています(改正法案7条の2第25項)。
(2) 排除措置命令
改正法案は、合併、分割又は譲渡により、違反行為に係る事業を引き継いだ存続会社等に対しても排除措置を命ずることができることとされています(改正法案7条2項)。
6 課徴金納付命令等に係る除斥期間の延長
改正法案では、課徴金納付命令及び排除措置命令に係る除斥期間を、現行の3年から5年に延長されています(改正法案7条の2第27項、7条2項)。
====================
(i)シール談合刑事事件・東京高判平5・12・14
(ii)平成21年4月13日現在 公正取引委員会HP 報道発表資料 H21.2.19付「塩化ビニル管及び同継手の製造販売業者に対する排除措置命令及び課徴金納付命令について」
(iii)改正の経緯・改正法案の内容については、内閣府HP(独占禁止法基本問題懇談会のページ:http://www8.cao.go.jp/chosei/dokkin/index.html)及び公正取引委員会HP(H21.2.26付報道発表資料:http://www.jftc.go.jp/pressrelease/21index.html)で確認できます。
(iv)私的独占には、市場における有力な事業者が、①取引拒絶・不当廉売・排他条件付取引などを手段として、新規参入事業者や既存の事業者を市場から排除する「排除型」の私的独占と、②株式保有・役員兼任等の会社組織上の手段・取引上の優越的な地位などを利用して、同業者や流通業者などの事業活動を支配することで、その市場の価格や数量を制限する「支配型」の2つの類型が存在しています。これまでの適用事例の多くは排除型の私的独占であるところ、現行法では、排除型の私的独占は課徴金制度の対象とされていません。
(v)不当な取引制限のうち、価格カルテルのほか、数量・シェア・取引先制限のカルテルなどが課徴金制度の対象とされています。
(vi)図は公正取引委員会HPを参照
(vii)図は公正取引委員会HPを参照
EU競争法
弁護士 貞 嘉徳
1 はじめに
EU委員会の公表資料を元に作成
近年,EU競争法の存在感が高まっています。最近では,例えば「給油所4社が電話でガソリン販売価格を情報交換」[1]することを違法とするなど,EU競争法の運用において,企業間の情報交換の規制を強化するとの新聞報道がなされたことが記憶に新しいかと思います[2]。EU委員会の発表によれば,カルテル事案における制裁金総額は,2005年に約6.8億ユーロであったのが,2006年には約18.4億ユーロとなり,本年は9月30日現在で前年(2009年)の約16億ユーロとほぼ同額の水準に達しています[3]。これまでに日本企業が対象とされたEU競争法の事案は少なくありません。多くの日本企業がグローバルに経済活動を展開する中で,EU競争法の理解を深めることは不可欠といえます。
既にいくつかの文献によって紹介されているところではありますが,以下に,EU競争法の概要を簡単に紹介したいと思います。
2 規制の概要
EU競争法の実体規制は,①TFEU[4]第101条,②TFEU第102条,及び③理事会規則139/2004[5]に拠ります。①TFEU第101条は競争制限的協定・協調的行為を,②TFEU第102条は市場支配的地位の濫用行為を,③理事会規則139/2004は企業結合を,それぞれ規制しています。
【TFEU第101条1項】[6]
加盟国間の取引に影響を与えるおそれがあり,かつ,域内市場の競争の機能を妨害し,制限し,若しくは歪曲する目的を有し,又はかかる結果をもたらす事業者間のすべての協定,事業者団体のすべての決定及びすべての共同行為であって,特に次の各号の一に該当する事項を内容とするものは,域内市場と両立しないものとし,禁止する。
a 直接又は間接に,購入価格若しくは販売価格又はその他の取引条件を決定すること
b 生産,販売,技術開発又は投資を制限し又は統制すること
c 市場又は供給源を割り当てること
d 取引の相手方に対し,同等の取引について異なる条件を付し,当該相手方を競走上不利な立場に置くこと
e 契約の性質上又は商慣習上,契約の対象とは関連のない追加的な義務を相手方が受諾することを契約締結の条件とすること
【TFEU第102条】
域内市場又はその実質的部分における支配的地位を濫用する一つ以上の事業者の行為は,それによって加盟国間の取引が悪影響を受けるおそれがある場合には禁止される。この不当な行為は,特に次の場合に成立するおそれがある。
a 直接又は間接に,不公正な購入価格若しくは販売価格又はその他の不公正な取引条件を課すこと
b 需要者に不利となる生産,販売又は技術開発の制限
c 取引の相手方に対し,同等の取引について異なる条件を付し,当該相手方を競走上不利な立場に置くこと
d 契約の性質上又は商慣習上,契約の対象とは関連のない追加的な義務を相手方が受諾することを契約締結の条件とすること
【理事会規則2004年139号第2条】
2項 特に,支配的地位の形成又は強化の結果として,共同体市場又はその実質的部分における有効な競争を著しく阻害しない企業結合は,共同体市場と両立する旨宣言される。
3項 特に,支配的地位の形成又は強化の結果として,共同体市場又はその実質的部分における有効な競争を著しく阻害する企業結合は,共同体市場と両立しない旨宣言される。
3 執行手続
TFEU第101条及び同第102条の手続法として,理事会規則1/2003[7]が規定されています。EU委員会及びEU加盟国の競争当局のいずれにも, TFEU第101条及び同TFEU第102条の執行権限が並行的に認められており,相互の協力関係が規定されています(規則1/2003第4条,5条及び11条ほか)。両者の関係の詳細については,ガイドラインが公表されています(2004/C 101/03 [8])。
調査の結果,TFEU第101条,又はTFEU第102条の違反行為を認めた場合,EU委員会は,当該違反行為の中止を命ずると同時に,当該違反行為を終了させるために必要な救済措置をとることができ(規則1/2003第7条1項),また制裁金を課すことができます(同23条2項(a)及び24条1項(a))。
次に,EU競争法の執行手続において,日本と異なる特徴的な点をいくつか紹介したいと思います。
4 コミットメント決定(commitment decisions)[9]
従前の実務慣行を明文化した制度として,規則1/2003によって,コミットメント決定の制度が導入されました(規則1/2003第9条)。これは,違反行為の審査の過程で生じた懸念について,対象事業者が当該懸念を解消するための措置を講じる旨を申し出た場合に,EU委員会はこれを受諾することができ,手続を継続する根拠が失われた旨を宣言する決定です。例えば,調査を開始したEU委員会が,競争制限的な契約条項について懸念を抱いたものの,当事者が当該契約条項を削除する旨を申し出た場合に,EU委員会はその申し出を受諾して,コミットメント決定により,手続を終結させることができます。対象事業者及びEU委員会の双方において,手続の負担を軽減させるメリットがあるとされています。コミットメント決定は,EU競争法違反の有無を明らかにすることなく手続を終結させる決定で,対象事業者が約束を守らなかった場合など一定の場合,EU委員会は手続を再開することができます。コミットメント決定は,制裁金を課すことが適当な事案においては利用されません(規則1/2003 recital(13))。
5 和解手続(settlement procedure)[10]
2008年7月1日より,カルテル事案について,和解手続が導入されました。これは,関係する事業者が,カルテルへの関与とその法的責任を認めることを条件に,制裁金の額を10%減額することを認める制度です。和解手続の利用により,事業者は制裁金の負担を軽減することができ,また,EU委員会は手続の負担を軽減することができます。
本年5月19日に和解手続の初の適用事例が公表されています[11]。
6 制裁金
(1)EU競争法における制裁金の留意点
EU競争法における制裁金の理解として留意が必要な点は,①手続違反に対する制裁金が存在すること,及び②制裁金算定に際してEU委員会に広範な裁量が認められていることの2点です。
(2) 手続違反に対する制裁金
日本の独占禁止法における課徴金は,カルテルなど一定の実体法規違反の行為が認められた場合に課されますが,EU競争法における制裁金はカルテルなどの実体法規違反が認められた場合に加え,例えば,不正確な情報提供を行った場合や調査への協力を拒んだ場合(規則1/2003第23条1項各号),あるいは先ほどのコミットメント決定における約束に違反した場合(同条2項(c))にも課されます。
(3) 制裁金算定におけるEU委員会の裁量
日本の独占禁止法では,課徴金額の算定に際し,公正取引委員会に裁量は認められていません。しかし,EU競争法では,制裁金の算定に際し,EU委員会に広範な裁量が認められています。TFEU第101条及び同第102条の違反行為に対する制裁金の算定に関しては,ガイドライン(2006/C210/02[12])が規定されています。制裁金の算定は,①基本額の算定及び②基本額の調整(増減)の二段階で行います。①基本額の算定では,直近の事業年度の売上高の30%を上限とする一定割合[13]を乗じた金額に,違反行為の継続年数を乗じ,これに,価格カルテルなど一定の事案においては,直近の事業年度の売上高の15~25%を加算して,基本額を算定します。次に,②基本額の調整では,違反行為の反復,調査妨害,あるいは主導的役割を担ったといった事情が認められる場合には増額が,他方,違反行為を直ちに中止したこと,違反行為が過失によること,あるいは調査への協力といった事情が認められる場合には減額がなされます。また,例えば,支払能力を考慮した減額の可能性も認められています (2006/C210/02 第35項)。
7 最後に
今回は,ミュンヘン大学のサマースクールでの講義を踏まえ,EU競争法を紹介させていただきました。紙幅の関係もあり,かなり断片的な紹介にとどまりましたが,EU競争法に関しては,EU委員会のHP[14]をはじめ,インターネットを通じて,相当量の情報を入手することができます。さらに詳しい内容に興味をお持ちの方は,それらを参照いただければと思います。
[1] 2010年9月4日付日本経済新聞より抜粋
[2] 新運用ルール(Guideline on the applicability of Article 101 of the Treaty on the Functioning of the European Union to horizontal co-operation agreements)案の詳細は, http://ec.europa.eu/competition/consultations/2010_horizontals/guidelines_en.pdfで確認いただけます。本文に掲記した具体例の詳細は,「2.4.Examples 103.Genuinely public information example6」を参照下さい。
[3] http://ec.europa.eu/competition/cartels/statistics/statistics.pdf
[4] Treaty on the Functioning of European Union http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:C:2010:083:0047:0200:EN:PDF
[5] http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2004:024:0001:0022:EN:PDF
[6] いずれも和訳は公正取引委員会のHP(http://www.jftc.go.jp/worldcom/html/country/eu.html)より引用
[7] http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2003:001:0001:0025:EN:PDF
[8] http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:C:2004:101:0043:0053:EN:PDF
[10] http://ec.europa.eu/competition/cartels/legislation/settlements.html
[11] http://europa.eu/rapid/pressReleasesAction.do?reference=IP/10/586
[12] Guidelines on the method of setting fines imposed pursuant to Article 23(2)(a) of Regulation
No 1/2003: http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:C:2006:210:0002:0005:EN:PDF
[13] 一定割合の決定においては,違反行為の質や市場シェアなどの事情が考慮されます。
[14] http://ec.europa.eu/competition/index_en.html
依頼者と弁護士の通信秘密保護制度
弁護士 苗村博子
はじめに
1以下でご紹介しているのは、2017年に執筆したものですが、以後、様々な紛争やテロ事件、米国で議会が襲撃され、はては本年には、ウクライナ侵略が起こりました。12月7日には、ドイツで議事堂襲撃を画策していたとして25名(一人は裁判官とのこと)が逮捕されるなど、国家のまさに物理的な安全が脅かされる事件が相次ぎました。また、FTXの創業者が詐欺罪やマネーロンダリングの罪でバハマで逮捕されるなど、巨額の不正事件も起こり、これらの資金がテロリストに行きつくのではないかとの懸念も高まっています。そんな中、刑事事件や、民事罰に関する法的問題も含め、弁護士への相談も増えていますが、弁護士の広い意味での防御権を狭めてでも、国家が様々な情報を得たいという要求が高まり、この弁護士依頼者間の通信秘密が脅かされているのではないかとの懸念が、これらの制度を生み出してきた国ですら高まってきています。ただ、このようなマネロン等以外では、まだ他国でしっかり機能しているということも同時にご理解いただければと思っています。(2022年12月16日追記)
1 通信秘密保護制度って何?
まだ耳慣れないこの言葉、Attorney Client Privilegeまたは弁護士依頼者間秘匿特権と言った方が、分かって頂き易いかと思いますが、日本語のこの表現は、どうも弁護士の特権といった誤解を生みやすく、私が参加している日弁連のWGでは、ご依頼者の権利であることを分かって頂けるよう、タイトルの言葉を用いています。通信秘密として保護され、行政当局、刑事司法当局、民事事件の相手方に対して、依頼者と弁護士の間の通信内容を記した書類の提出を拒むことができ、またその通信内容に関する証言を拒否できるというものです。コモンローの国では、この保護が明確ですが、日本では、十分な保護があるとは言えない状況です。
現在この問題が最も先鋭化しているのが国際カルテルの分野です。日本で通信秘密保護が十分でないことから、米国の弁護士等は自分たちの意見書を依頼者に渡さないよう私たちに指示をしてきます。米国では必ず後で起こるクラスアクションなどの民事賠償請求の際に、依頼者の手元に意見書があれば、ディスカバリでこの提出が求められるからです。日本の弁護士は、これをどうご依頼者に説明するか苦慮します。違反行為を認めざるを得ない場合に、違反があると考えざるを得ないと言うことは口頭でも理解して貰えますが、何が問題だったのか、どうすれば、事案に即した再発防止策を立てるのが難しい状況となっています。事務所には意見書を置いているので見に来て下さいとは言っていますが、やはり、企業としては、身近に意見書をおいて分析するのは重要だと思います。
2 通信秘密を保護する理由
依頼者は、弁護士に包み隠さず事実や状況を伝えられて初めて、適切な弁護士のアドバイスが受けられるという依頼者の広い意味での防御権、そして適切な意見により、適切なコンプライアンス体制がとれるという効果の二つが期待されています。
3 何が保護の対象か-コモンローの国での保護要件
①まず、依頼者と弁護士の間の通信であることが必要です。従って、弁護士に法的アドバイスを求めるための相談内容や弁護士からの回答、また弁護士の意見書などがこれに含まれます。企業のご依頼者の場合、法律相談と、ビジネス相談が一緒になることがありますが、通信秘密制度の保護対象となるのは、法律相談が主な場合に限られます。またその相談のために、過去に作成された従業員のメールなどを添付して送られる場合がありますが、このような過去に作成された書類まで秘密保護の対象となるわけでは有りません。かつては、弁護士をCCに入れておけば全て秘密にできるなどまちがった用いられ方が推奨されたことがありますが、これは誤解です。
②弁護士は、その国の弁護士だけでなく、外国の弁護士も対象となります。但しその外国で通信秘密保護制度が認められていない国の弁護士は、弁護士として認められない可能性があります。日本では東京高裁が通信秘密保護制度は現行の法制下では保護されていないとして、独禁法違反事件に関し、弁護士の意見書を公取委が押収した事案で、同意見書の押収について取消請求を認めませんでした。現在アメリカではいくつかの州で日本の弁護士への相談も通信秘密保護の対象だと認めてくれていますが、今後、この点が争われるのではないかが懸念されます。
またイギリスを除くヨーロッパでは、組織内弁護士は、必要な独立性を満たしていないとされ、通信秘密保護の対象となる弁護士とはされていません。
③この通信の秘密が保たれていることが必要です。社内で保管されていれば秘密ということではなく、関係者をあまり限らず、多くのCC先に送ったりすると、秘密性が失われてしまう可能性があります。
④弁護士への相談が、犯罪の示唆や、証拠隠滅に関わっていないことが要件です。過去に起こした犯罪行為に関する相談自体は、通信秘密保護の対象ですが、これから犯罪を企てるための相談や、過去の犯罪行為をどう隠蔽するかといった相談は対象外です。よく濫用防止が必要といわれますが、濫用というより、このような相談はそもそも保護の対象となりません。
⑤また、放棄されていないことも必要です。かつて米国司法省では、犯罪捜査に協力して減刑を求めるには、この通信秘密の保護を放棄するように求めることがありましたが、この保護を重視する議会がこのような放棄の強制を認めない法案を策定するとの動きをしたことにより、司法省も実務を変えた様です。それだけ重要な制度と考えられています。
4 審査手続
ある書類が通信秘密保護の対象かどうかについては、第三者的な判断が必要となりますが、刑事、行政の分野では捜査、調査を遅延させないため、まずは当局の担当者以外の者による判定がなされ、不服がある場合、また民事の場合は、裁判所による判断が成されています。
5 2017年LAWASIA東京大会での議論
「弁護士との相談は秘密か?」というタイトルで、一つのセッションが行われ、私がモデレータを勤めました。オーストラリアの州最高裁判事、元の米国司法省反トラスト部局次長の弁護士、日本企業の社内弁護士、韓国の弁護士のスピーカーを迎え、様々な角度から、討論をして貰いました。通信秘密保護制度が事実解明を阻害することにならないか、また、秘密性がどのような時に失われてしまうのか等、この保護制度が日本でも法制度として構築されるための多くの示唆を得ました。どこかでご紹介できればと思っています。
弁護士 苗村 博子
1.改正の趣旨
独禁法には、さまざまな規制が定められています。いま、大きな話題となっているのは、いわゆるGAFAといわれるデジタルプラットフォーマーが、その利用者に対して課しているさまざまな制約が独禁法に抵触しないかという問題です。この原稿を書いている最中にも公取委が独禁法を企業対個人にも適用し、現在の法律においてもその圧倒的案シェアにより、プラットフォームを利用する者に自らの規律を一方的に押し付けているような場合に、優越的地位の濫用にあたるとする指針案を出したと日経新聞に報道されました。今回の改正の次には、このプラットフォーマー規制について、立証の容易化その他が検討され、規制が強化されるものと考えられます。
前置きが長くなりましたが、今回の改正は、それとは異なり、課徴金が最も効率よく課されている不当な取引制限、すなわち、カルテルの課徴金の額を公取委の裁量で決められるようにしようというものです。課徴金が導入された昭和52年以降、課徴金の対象行為は拡大されてきましたが、その執行が強化されたのは、2005年に課徴金減免制度が導入されて以降です。この減免制度については、現在は、一番目の申立者には、全額免除、2番目の者には、50%免除、3番目の者には30%免除というように、免除額が、羈束されており、公取委には裁量権がありません。米国では、課徴金の免除制度に当たるリニエンシーは、最初にこれを申し立てた者のみにしか与えられませんが、2番目の者はセカンドインと呼ばれ、その協力の如何により、減じられる罰金額について司法省の裁量幅は相応に広く、対象企業は少しでも減じてもらうため、必死に情報提供を行います。そして提供された情報から、司法省は、新たなカルテルを見つけ出すのです。
このように課徴金について、公取委に一定の裁量権を認め、協力すれば課徴金を減じ、非協力であれば、課徴金を増額するとして、対象事業者にプレッシャーをかける、いわば米国司法省の捜査手法を取り入れようというのが、今回の改正の趣旨なのです。
2.改正の骨子
(1) 課徴金制度の見直し
これまでは、課徴金の算定の基礎となる期間は3年まででした。米国では反トラスト法違反には消滅時効が適用されないため、カルテルの開始時まで遡れるのとは、大きな違いで、米国の罰金額と日本の課徴金額に大きな差異があったのは当然のことです。今回調査開始日から10年まで遡れるように改正されます。その売上額の10%が課徴金額となりますが、算定基礎自体も追加され、①談合の際に、応札しないことによる対価や、②対象となる商品や役務に関連する業務によって受けた売上額も加算され、③違反者の売上だけでなく、カルテル等の指示を受けて行動した、子会社等の売上も加算対象となります。
(2) 課徴金減免制度の見直し
改正法は、これまでの順位のみによる低減率を小さなものとし、調査開始前であれば、1番目の者には従前どおり全額免除を与えますが、2番目に申請した者に20%減、3~5位に10%減、6位以下には5%とし、調査後であれば、最大3社に10%、それ以外には5%の低減率と定めました。目玉はそのほかの低減率で、この基礎となる減率に加え、調査協力の度合いに応じ、これにプラスして調査前であれば、最大40%の低減率が、調査後でも最大20%の低減率が用意されています。
また現在は、違反行為の繰り返しや、違反行為の主導者については、一方だけがあれば、50%、両方があれば100%の加算が加えられますが、この改正で、これらに加え、隠ぺいや、仮装などの調査妨害もこの割増算定の対象とされることになりました。
協力する者には、2番であっても場合によっては60%の減算が可能となりますし、初めての検挙で指導的立場でなかったとしても、調査妨害があれば、50%割増加算がなされるということになり、まさにあめとムチでの対応がなされるのです。
一定の裁量権を持つことは、公取委の悲願ともいえるものでしたので、公取委としては、今回の改正は、その法執行力の強化に重大な影響を及ぼすものと理解しているはずです。
3.弁護士依頼者間の秘匿特権の導入
公取委は、法律ではなく、規則で主だった内容が明記されることとして、課徴金減免制度を用いた法執行の効率的な運用と適正手続を確保する観点から、一定の弁護士と依頼者の通信についての秘匿を認めることとしました。事業者から、弁護士への相談内容、もちろん最初の段階では、事業者は自社の行動が独禁法違反になるのかどうかという点からの相談となりますが、相談にかかわる弁護士との様々なやり取りは、秘密として、公取委から求められても提出を拒むことができる制度の導入が検討されています。いまだ規則案が公表されていないので、議論はこれから始まるのですが、公取委としては、この制度は、独禁法違反行為全般に及ぶものではなく、カルテルについてのみ、独禁法47条の強制調査権に基づき、提出を求められた際に、これらの通信についての文書が調査の対象とならないとするようです。公取委が挙げている例を申しますと、事業者からの相談文書、弁護士からの回答文書、弁護士が行った社内調査に基づく法的意見が記載された報告書や、弁護士が出席する社内会議でその弁護士との間で行われた法的意見についてのやり取りが記載された社内会議メモなどが挙げられています。電子メールがこの中に入るのかが明確ではありませんが、ご依頼者との多くの通信が電子メールで行われている現在、これが対象とならないようでは、ほとんど意味がありません。この点はこれからも日弁連でも強く申し入れをしていく必要があるところと考えています。
もちろん、秘匿する特権ですから、これらの電子メールが、CC等で社内の人とはいえ、あまりに多くに送付されているようでは、秘密性が疑われれてしまいます。むやみにCCに入れて送付するのはよくありません。
また公取委と弁護士の間で、秘匿特権の対象となるかについて、見解が分かれた時には、まずは、書類に封をした状態で、公取委に渡し、これを、事件を担当する審査官ではなく、公取委内の官房に置かれた判別官がこれらの書類の要件の充足性について審査を行うとしています。電子メールのようなデータの取扱については、公取委の規則案、細則案を見ないとわかりません。米国では、まずは、司法省は、電子データをすべてコピーして持ち帰りますが、直ちに捜査担当検事がみるのではなく、事業者側で、自らベンダーに依頼してフォレンジック機能を用いて、関係するデータだけをサーチワード等で、検索するとともに、これらの検出されたデータの中から、弁護士が秘匿特権対象文書の記録(ログ)を作成して、検察官に提出し、検察官は納得すれば、対象証拠にはアクセスしません。争いになった場合には裁判所に判断を求めることができます。公取委も判別官と弁護士の意見が分かれた場合には、行政事件訴訟法の規定に基づいた取消訴訟の提起が可能だとしています。
公取委では、今回の秘匿特権らしきものの導入は、事業者側の要請に格別の配慮をしたものとして、国際的にもアピールしたいとの考えの様ですが、世界では全く逆に評価されているようで、本来すべての事件で、依頼者と弁護士の通信は秘密であるべきと考える英米の弁護士には、このような一部にだけ、しかも課徴金減免制度を利用した者にのみ秘匿特権を認めるということは、ほかには認めないものと考えるきらいがあります。米国の弁護士から、よく、あなたには弁護士依頼者間の秘匿特権がないのでは?と言われるのに閉口しています。私はNY州の資格もあるから大丈夫と答えていますが、そのような答えをしなければならないところに日本の弁護士としてのもどかしさを感じて仕事をしております。
景品表示法違反に対する措置命令への対応
弁護士 倉本 武任
1.はじめに
消費者庁が景品表示法(以下「景表法」といいます)の定める優良誤認表示(景表法5条1号)に当たるとして措置命令を発する事件が増えているようです。景表法5条1号は、商品又は役務の品質、規格その他の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であること示す表示等を禁止しており、同条に違反する行為があるとき、消費者庁長官は、当該事業者に対し、その行為の差止め若しくはその行為の再発防止のために必要な事項等を命ずることができます(7条1項、措置命令といいます)。意に反して、かような命令を受けた場合、事業者としてどのように対応すれば良いのかについて、あまり説明したものがないので、ここでご紹介いたします[1]。
2. 措置命令に至るまでの手続
事業者の広告表示に景表法違反の疑いがあると判断した消費者庁又はその委任を受けた公正取引委員会(景表法33条2項)は調査を開始します。調査の中で、消費者庁等は、優良誤認表示であるか否かを判断するために必要であれば、商品・サービスの効果、性能に関する表示について、期間を定めて裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を事業者に求める場合があります。事業者がこの期間内に合理的な根拠を示す資料を提出しない場合(又は提出しても合理的と認められない場合)は、対象となる表示が景表法5条1号に該当する優良誤認表示とみなされることになります(景表法7条2項、「不実証広告規制」といいます)。効果があるか否かの立証は消費者庁にとって容易でないため、同庁の立証軽減のために認められた制度です。消費者庁において事業者に対して、措置命令を下すべきと判断した場合には、当該事業者に対して措置命令案とともに弁明の機会の付与の通知が行われます(行政手続法13条1項2号)。事業者としては出されるであろう措置命令に対して不服があれば弁明書を提出し、消費者庁において、弁明を踏まえてなお、措置命令をすべきと判断した場合には措置命令が発令されます(景表法7条1項)。
3.消費者庁から措置命令が発令された場合の対応等
(1)措置命令の効力の停止を求めることの重要性
措置命令の内容に不服のある事業者は措置命令の取消を求めて提訴[2]することになりますが、これだけでは措置命令の効力は停止しません(行政事件訴訟法25条1項)。そして、措置命令に従わない、または命令に違反することになれば、違反行為をした者に対して刑事罰が科されることとなり、また、当該事業者に対しても3億円以下の罰金刑が科されるため(景表法38条1項1号、36条)、これを防ぐために事業者は,措置命令の効力の停止をも求めておく必要があると考えられています(行訴法25条2項)。この執行停止の申立をするには、本案となる措置命令の取消を求める訴訟を先に、若しくは同時に提起しておく必要があります(行訴法25条1項)。
(2)執行停止が認められる為の要件
執行停止が認められるには、①重大な損害を避けるため緊急の必要があること(行訴法25条2項)、②公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときに該当しないこと(同法4項)、③本案について理由がないとみえるときに該当しないこと(同法4項)との要件を満たす必要があります。要件①の「重大な損害」を生じるか否かを判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するとされています(行訴法25条3項)。また、要件②、③については、相手方に主張・疎明の責任があるとされています。
(3)執行停止申立事件の要件の判断
上記要件③については、消費者庁が前述2の不実証広告規制によって資料の提出を求めた場合には、事業者としては、期限内(おおよそ15日間)に広告内容が客観的、合理的根拠となる資料を示せるように、予め準備しておく必要がありますが、この申立において、資料が合理的であることまで証明するのではなく、提出した資料が本案で審理して貰うに足りることが示せればよいと考えられます。上記要件②については、消費者庁は措置命令をホームページ上に公表することから、消費者に一定の告知がなされるため、一般消費者の誤認を排除するという目的は一定程度達成されているとして、裁判所に、②の要件充足を認めて貰えるケースは多いと考えられます。そこで、大きな争点となるのは要件①となります。この損害の要件については、平成16年改正により、行訴法25条2項の文言が「回復困難な損害」から「重大な損害」に変更されています。金銭賠償で回復可能な場合には「重大な損害」に該当しないとする考えもありますが裁判所はかような考えを採用していないと思われます。また、「重大な損害」は現に生じていることを指すわけではなく、将来の損害の発生が問題となる点は注意が必要です。逆に取り返しのつかない重大な損害が既に生じてしまっていると措置命令の執行停止を求める意味がないと判断されてしまう可能性もあり得る[3]ので、措置命令が発令されれば、急ぎ訴訟及び執行停止申立でもって対応する必要があるのです。
(4)執行停止が認められなかった場合の対応
措置命令の執行停止が認められれば、事業者は、本案である取消訴訟の審理に注力できますが、執行停止が認められなかった場合でも、措置命令に従わないまま、取消訴訟の審理を進めることも考えられます。措置命令の取消しを求める本案の係属中、これに従わなかったとして、前述の刑事罰が直ちに執行されないように思われますが、リスクも大きく、事業者としては難しい判断を迫られるように思います。また、事業者としては、措置命令には従ったうえ、本案である取消訴訟の審理を進めることも考えられますが、①措置命令に従った後は、本案である取消訴訟の訴えの利益がなくなるのではないかという問題[4]や、②措置命令に従ったことで、不当表示を自認したと評価されないかといった問題が起こり得ます。事業者としては、いずれにせよ、困難な問題に直面することになります。措置命令を争う事業者としては、まずは執行停止の決定を得られるように最善を尽くすことが必要です。消費者庁から調査を受けている場合には、かような点も含め、事前に準備をしておくことが重要となります。
以上
[1] 本稿は当事務所がある企業の代理人として、措置命令の取消を求めて東京地方裁判所に本案となる訴訟を提起すると同時に措置命令の執行停止を求めたのに対して、2021年6月に措置命令の執行停止を認めるとの決定を得ることができたことに基づき、ご紹介していますが、本案となる訴訟が係属中のため、詳細をご報告出来ず、エッセンスだけとなることご容赦ください。
[2] 訴訟の提起の他に、消費者庁長官に対して審査請求を求めるという方法もあり(行政不服審査法2条)、それぞれ単独でも、両方の申立ても可能です。しかし、審査請求については処分をした消費者庁長官自身が判断するため、適切な判断が期待できるかという問題があります。
[3] 東京地裁平成27年4月20日決定
[4] 措置命令に従った後でも、措置命令のうち「今後、同様の表示を行わないこと」との命令の取消しを求める必要性はあると思われ、措置命令に従うことで、直ちに訴えの利益がなくなるわけではないと考えられます。
日米欧の競争法の潮流
弁護士 苗村博子
1.ターゲットはGAFAだけではない
世界の競争法の目が,Big Techと言われるGAFA(FacebookがMetaに変わりましたので,今後はガマになるのでしょうか?)に注がれています。日本では,GAFA対応に独禁法ではなく,「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」が昨年2月から施行されていますが,米国でも,現行のカルテルの禁止について定めたSharman Actの改正ではなく,自社製品の優遇を禁じる法律やプラットフォームの独占の禁止という形であらたな法案が検討されています。実は、GAFAの事業では、消費者は利便性を享受していて、簡単に競争法違反となりにくいとの指摘があります。ただ、EUでは,TFEU(EU機能条約)102条に定める市場支配的地位の濫用をGAFAに適用し、またGDPR(一般データ保護規則)などの厳しい施行により,GAFAに情報を独占させないという方法で,Big Techのさらなる巨大化を押さえ込む方策が採られてきました。このようにいうとBig Tech以外の企業は関係ないと,若干,経済法への警戒が緩んでいしまいがちです。
しかし,このGAFA対応も含め、世界の競争法は大きく変わりつつあるようです。これまでは、経済の競争を活発にさせることにより、最終的には「消費者」の利益をはかることが経済法の目的でしたが、環境への配慮、労働者の保護などが、経済法の目的に取り込まれつつあります。今回は最近の動きをご紹介しつつ,その大きな潮流を探っていきましょう。
2.EU―縦の制限(Vertical Restraint)と横の協調(Horizontal Coordination)の関係
EUでは,上述のとおり、「市場支配」に大きな関心が寄せられるとともに,域内の単一市場性の確保の観点も含め、合法的な契約関係の中にある違法な条項,いわゆる縦の関係に関する競争阻害に視点がおかれてきました。例えば,実店舗については,EUでは域内で国毎に販売店を置き(Active Sale),他国での販売を禁じることは合法ですが,オンライン販売のように,販売者がサイトを開いて待っていればよい,いわば受動的な立場での売買(Passive Sale)について地域分けがなされると違法となるというような運用です。
ところが,昨年7月,いわゆる横のカルテルについて注目して頂きたい事件が公表されました。ダイムラーグループ,BMWとフォルクスワーゲングループが窒素酸化物の浄化に関する技術開発について,競争法に反する合意をしていたとされたのです。減免を申し立てたダイムラーグループには課徴金は課されませんでしたが,フォルクスワーゲングループは5億ユーロ,BMWが3億7000万ユーロを課されました。SDGsに資する技術については,共同での開発も競争法違反にならないとのEU司法裁判所の判断が出ているものの,その判断基準が曖昧だとして,オランダの競争当局がガイドラインを出そうとしています(2021年1月26日に第2ドラフトが出されて以降の進展はありません)。そのような気運の中で,本件がTFEU101条(1)のカルテルに該当するとされたのは,欧州委員会のウェブサイトによれば,これらの自動車製造会社は,窒素酸化物の浄化に関し,法令で要求される以上に浄化できる技術を開発したものの,法規制の水準までしか浄化しないことを共謀していた,すなわち,SDGsにもっと資することができるのに,これを共謀により,限定したとの理由のようです。技術開発には多分にトライアンドエラーが必要で,その費用も多額に上ることに鑑みれば,より環境によい技術を少ないコストで開発するためには,共同での開発は十分に意味のあるものです。が,共同で開発した技術を用いる段階になって,共同で横並びとすると本件のような問題が出てくる可能性があり,競争者の共同での技術開発には,相応に難しい問題があることを教えてくれる事件となりました。ただ本件で、何か消費者に直ちに損害が発生するかというとそうではありません。法の規制基準を満たしている以上に浄化をするには、そのためのさらなる経費がかかりますから、場合によっては車の値段が上がってしまう可能性があります。それでもかような判断となったのは、EUでは、消費者の利益以上に環境への負荷を減らす不断の努力が重要な価値として認められていることの表れでしょう。かような視点も今後は日本でも重要となってくると思われます。
3.米国―カルテルの摘発だけじゃないー労働市場と反トラスト法
米国は,これまで,Sharman Actの規制する競争者間での共謀によるカルテルを中心に摘発がなされてきました。オバマ政権第1期には、自動車部品業界に吹き荒れたカルテル摘発で苦しい思いをされた日本企業も続発しました。その後第2期ではあまり大きな事件は話題に上らず、トランプ政権下では司法省の反トラスト部局は沈黙を保ちました。そしてバイデン政権になり、大統領は、2021年7月競争促進のための大統領令に署名し、反トラスト法の執行強化の狼煙をあげました。減免申請のため自主申告したいわゆる「リニエンシーの申請者」などからこれまで様々に得た情報をもとに、カルテルの摘発事例が起こってくるものと思われます。ただし、本稿でご紹介したいのは、かような大規模なカルテル捜査とは若干異なる、労働市場に対する反トラスト法の法執行の宣言です。上述の通り、反トラスト法は基本的には消費者の利益を守る法律で、労働者の利益を守るのは労働法というのが一般的な考えです。米国では日本の労働基準法のような労働者保護法制が十分でないからか、雇用者が強いバーゲニングパワーを持つことにより、労働者が対等に労働条件を交渉できないのは、反トラスト法違反だというのです。実はこの考え方は2016年10月オバマ政権の第2期の終わりころに出されたガイドラインを実行に移そうとするものです。ガイドラインは例えば、雇用主同士が労働者の最低賃金を合意して、従業員の転職を妨げるような行為(naked wage-fixing)や、互いに相手の従業員を勧誘しないことを約すること(no poaching agreements)は、カルテルとして、場合によっては、刑事捜査の対象となると述べています。刑事罰の対象とならないとしても民事罰の対象になりうるとし、DOJ(司法省)は、eBayとIntuit、LucasfilmとPixar、それからAdobe, Apple, Google,Intel,Intuit とPixarの3件で、勧誘禁止契約について民事訴訟を起こし、いずれも同意判決で終了したようです。また、2つの有名なファッションショーをプロデュースしている組織がモデルの賃金や雇用条件を低く抑えようとしたことに対してFTC(連邦取引委員会)が民事訴訟を起こし、同意判決により終結したこともガイドラインは述べています。
また雇用主が、従業員に過度の競業避止義務を課すことも反トラスト法違反になるとしています。今後米国子会社における退職従業員への対応において、競業避止義務を課す場合には、専門家の意見を得ることが重要となるでしょう。
4.日本-優越的地位の濫用(独禁法2条9項5号)の多用
この米国のガイドラインの例をご覧になって、あれ?日本でも似たようなことが・・・と思われた方もいらっしゃると思います。芸能事務所のタレントへの過度の拘束に対し、注意とは言え、公取委が、これが優越的地位の濫用に当たりかねないとしたのには驚きましたが、米国のこのガイドラインにヒントを得ていたのかと合点がいきます。2018年2月に公取委は「人材と競争政策に関する検討会」報告書を発表し、独禁法が、いわば、労働市場の分野にも適用されることを示唆しました。労働法で保護されない、いわゆるフリーランスとして働く人たちは、その契約相手が持つ強大なバーゲニングパワーの前には、契約条件を対等に交渉することなど無理、このパワーは行き過ぎると優越的地位の濫用となるというわけです。まだフリーランス問題で課徴金が課された例はありませんが、優越的地位の濫用には、違反行為の期間中の全売上げの1%という厳しい課徴金額が予定されています(独禁法20条の6)。手厚い労働者保護の対象となる雇用契約を嫌って委託契約にしているというような企業や、大学、病院などもあるかと思いますが、今後は独禁法による処罰があることも念頭に、公平な委託契約にしていくことが重要となります。
以上