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日本会社による特許権侵害を幇助又は教唆した外国会社に対する国際裁判管轄
東京地判平成19年11月28日(平成16(ワ)10667号 損害賠償等請求事件)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071130131328.pdf
弁護士 渡辺惺之
1.はじめに
外国会社が日本特許侵害品を直接に日本に持ち込んだ場合、その外国会社が日本に支店や営業所等を全く持たない場合でも、被告としてわが国の裁判所に損害賠償請求訴訟を提起することができる。外国会社による特許権侵害という不法行為の行為地又は侵害結果発生地として、不法行為による損害賠償請求について国際裁判管轄が認められるからである。ところが、外国メーカーが、わが国に直接に輸出したのではなく、別の会社を介してわが国に販売したような場合、外国メーカーに対するわが国の国際裁判管轄が認められるかは、判例では微妙になっていた。本判例はこのような場合の、外国会社に対する国際裁判管轄の要件を明確にしたもので、今後、類似した知的財産権侵害事件に限らず、内外企業の共同不法行為により日本国内で法益侵害を生じたという事件類型をも射程に収める重要な新判例と考えられる。この判例には他の論点もあるが、ここでは不法行為地管轄のみを取り上げる。
2.事実と判旨の概要
日本会社X(富士通)が、米国会社Y2(センティリアム・コミュニケーションズ・インコーポレイテッド)及びその日本子会社Y1(センティリアム・ジャパン)を被告として、Y2が製造・販売しているチップ(被告製品)を内蔵したモデムによるADSL通信は、データ伝送方式に関するXの特許権(本件特許権)の技術範囲に属すると主張し、その生産、譲渡、輸入、譲渡の申出はいずれも、本件特許権の間接侵害に当たるとして損害賠償等を請求する訴訟を提起した。
Xの本案請求に関して、裁判所は、Y2の本件製品によるデータ伝送方式は、Xの特許権の技術には属さず、本件製品の製造、譲渡などの行為はいずれも間接侵害には当たらないとして請求を棄却した。ここで取り上げたいのは、Y2に対する日本の国際裁判管轄の問題である。Xのこれに関する主張は、訴外日本会社住友電工及びNEC(以下、訴外Aら)は、Y2の製品を日本に輸入しNTTに譲渡した行為により、本件特許権の間接侵害による不法行為責任を負うところ、Y2とY1の行為はこの訴外Aらの間接侵害行為の共同不法行為に当たり、共同不法行為責任を負うというものである。Xはこの他に、国際裁判管轄に関して3点の予備的主張をしているが、ここではこの主位的主張に関する判断のみを取り上げる。この点に関して本判例はこれまでの類例に比べて大きな一歩を進めたと評価できる新判断を下している。
裁判所は、先ず、「民訴法5条9号の不法行為地の裁判籍の規定に依拠して我が国の国際裁判管轄を肯定するためには,原則として,〔1〕原告主張に係る不法行為の客観的事実の存在及び〔2〕そのうちの実行行為地又は損害の発生地が日本国内であることが証明されれば足り,違法性や故意過失については立証する必要はないと解するのが相当である(最高裁平成12年(オ)第929号同13年6月8日第二小法廷判決・民集55巻4号727頁)。そして,共同不法行為においては,上記〔1〕の国際裁判管轄を肯定するために立証すべき客観的事実は,当該不法行為の実行行為,客観的関連共同性を基礎付ける事実又は幇助若しくは教唆行為についての客観的事実,損害の発生及び事実的因果関係であると解するのが相当である。」と原則ルールを判示する(太線は筆者による)。
その上で国際裁判管轄の要件とした要証事実について、「不法行為の実行行為」は「Aらは,被告製品又は被告製品を組み込んだADSLモデムを輸入し,同ADSLモデムをNTTに販売しているのであるから,仮に,本件特許が無効とならず,被告製品の輸入,販売等が本件特許権の侵害行為に該当するのであれば,Aらの上記行為は,本件特許権を侵害する不法行為を構成し,また,本件特許権を有しているXに,我が国において,損害は発生しているものと認められる。」とし、「客観的関連共同性を基礎付ける事実又は幇助若しくは教唆行為についての客観的事実」については、被告の営業活動についての証拠により認定されたところから、被告製品が「ADSLモデムに組み込まれた形でNTTに譲渡されることを認識しており,そのような認識の下に,Aらに対して,積極的に被告製品の販売のための活動を行ったものと推測されるから,Y2には,Aらの上記不法行為について、少なくとも客観的関連共同性が認められ,また,Y2のAらに対する被告製品の販売行為及びその前提としての営業行為は,Aらの上記不法行為の幇助ないし教唆行為と評価できる」としている。
3.本判例の注目すべきpoint
従来、内外会社の共同不法行為による権利侵害が日本国内で生じている事例類型において、外国会社を日本の裁判所に訴えるための管轄要件として、一部の判例は非常に狭く厳しい要件を課すことがあった。先例として東京地判平成13年5月14日判時1754号148頁[眼圧降下剤事件]が挙げられる。製薬会社グループの中枢会社が日本子会社の共同被告として訴えられた事例であるが、相被告である日本会社について本案棄却判断を先に行い、それを援用して外国会社にも不法行為該当行為の証明がないとした裁判管轄判断の処理には疑問を残した(この判例に対する筆者の批判はL&T18号20頁以下)。さらに古い判例であるが、東京地判平成9年2月5日判タ936号242頁は、継続的取引契約の一方的な打ち切りを、外国親会社が日本子会社に指示してさせたと主張して、共同不法行為者として共同訴訟管轄を主張したのに対して、被告外国親会社に不法行為責任を負わせることが相当と認められる特段の事情が必要という独自の理由を挙げて、管轄を否定している。
これら事例における判断は、内国会社と外国会社を共同被告として訴えるという形で問題となったことの影響もあると思われる。国際共同訴訟の裁判管轄として問題となったので、相被告である在外当事者の管轄利益を重視し固有必要的共同訴訟に準じる場合に制限すべきとする古い有力学説の影響を受けたと考えられる。本判決もX1との共同訴訟管轄についてはこの立場に立っている。しかし、この制限学説は理論的に問題を含むだけでなく、実務的にもグローバル化した国際取引の現状に照らして疑問が多い。
このように、これまで共同不法行為事件の国際裁判管轄は、単独では日本に裁判管轄が認められない外国会社を、相被告に対する請求との関連により我が国で訴えることができるかという視角から考えられてきた。しかし、本件では、その他に、共同不法行為者とされる「Aら」は訴外人で相被告ではないタイプの共同不法行為として検討されたところが新しいといえる。共同不法行為では当然に共同不法行為者の一人のみを単独で訴えることもできる。その場合に国際裁判管轄に関して備えるべき要件を判旨引用のウルトラマン事件最高裁判例の原則に照らして明らかにしたものと評価されよう。
本判例は、外国会社を共同不法行為者として日本で訴えるため要件を、ウルトラマン事件最高裁判例に照らして明確にしており、下級審判例であるが、今後の渉外訴訟実務にとり重要な意味を持つことになると思われる。
著作権の消滅後における著作権表示
弁護士 貞 嘉徳
【はじめに】
今回は、著作権の存続期間満後における『ⓒ』などの著作権の存在を窺わせる表示が、不競法[1]2条1項13号の品質等の誤認表示に該当するかが争われた、大阪高裁平成19年10月2日判決[2]をご紹介します。
不競法2条1項13号への該当性が直接争われた事例ではありませんが、類似の裁判例としては、特許を受けていないにもかかわらず特許表示と紛らわしい『PAT』という表示を付した行為について、旧不競法2条1項5号[3]に該当する旨判断した、アースベルト事件差戻後控訴審判決[4]がありますので、こちらもご参照ください。
【事案の概要及び争点】[5]
1 事案の概要
Xは、ベアトリクス・ポターが創作した絵本である「ピーターラビットのおはなし」中の絵柄の一部を使用したタオル(以下「X製品」といい、X製品に使用されている絵柄を「本件絵柄」といいます。)の販売を企画しました。本件絵柄の原画の日本における著作権は、存続期間満了によりすでに消滅していましたが、同著作権の日本における管理業務(商品化許諾業務)を行うYは、ライセンシーに対し、ライセンス商品につき、本件絵柄の原画につき未だ著作権が存続しているかのような『ⓒ』などの表示を使用させていました(以下かかるYの行為を「本件表示行為」といいます。)。
そのため、X製品の取扱いを予定する百貨店等は、Yからの著作権に基づく権利行使を危惧し、これが一因となり、X製品の取扱いを躊躇するという事態が生じました。
そこで、Xが、Yに対し、①著作権が存続期間満了により消滅したことを理由に、YがXに対し著作権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求めるとともに、②Yが本件表示行為により需要者ないし取引者をして著作権が日本において未だ存続しているかのように誤認させていることを理由に、不競法3条に基づき本件表示行為の差止を求めた事案です。
2 争点
本判決において判示された主要な争点は、①確認の利益の有無、②本件表示行為が不競法2条1項13号の品質等の誤認表示に該当するか、という点です。
【判旨及び本判決の意義】[6]
1 争点①-確認の利益の有無-について
⑴ 判旨
本判決は、Yの「1審被告[7]がX製品にある本件絵柄の原画につき著作権を有したことはないし、有していると主張したこともなく、独占的通常実施権者は差止請求権を有さず、代理行使も許されない」などとして、著作権に基づく差止請求権を行使するおそれはないと主張したのに対し、「消極的確認訴訟の場合、被告が権利の存在を何らかの形で主張していれば、特段の事情のない限り、原告としてはその権利行使を受けないという法律的地位に不安・危険が現存することになるというべきであり、これを除去するために判決をもってその不存在の確認を求める利益を有するものということができる」とした上、「1審被告が表示させている本件表示は、本件絵柄とそうでない二次的著作物を何ら区別することなく、包括的に著作権を表示するものとなっているなど、実際上の機能として本件絵柄の原画について未だ著作権が存続しているとの印象を与えるおそれのあるものであり、1審被告はこれを前提にその侵害に対しては断固たる法的措置を採ることを言明しているものであって、少なくとも外観上、1審被告が自己又はライセンシーの名の下に、自らの判断で又はFW社の指示によってX製品にある本件絵柄につき著作権に基づく差止請求権を行使するおそれがないとはいえない」として、確認の利益を肯定しました。
⑵ 本判決の意義
本判決は、「少なくとも外観上、1審被告が・・・著作権に基づく差止請求権を行使するおそれがないとはいえない」として、Yが差止請求権を行使し得るか否かにかかわらず、外観上の権利行使の可能性を理由に、確認の利益を肯定しているものと考えられます。貸金債権の有無が争われる典型的な消極的確認訴訟において、争いの対象となる貸金債権を行使し得るか否かにかかわらず、確認の利益が認められることからすれば、上記判示は当然のようにも思われますが、本判決は、著作権に基づく差止請求権に関する消極的確認訴訟における確認の利益の有無につき具体的に判断しており、著作権のみならず他の知的財産権に関する差止請求権の不存在確認請求訴訟においても実務上の参考になるものと考えられます。
2 争点②-本件表示行為が不競法2条1項13号の品質等の誤認表示に該当するか-について
⑴ 判旨
本判決は、「1審原告は、1審被告に対して、ベアトリクス・ポターが創作した著作物に被告表示[8]を使用してはならないこと、及び1審被告のライセンシーに対してベアトリクス・ポターが創作した著作物に被告表示を使用させ、又はこれを表示させた商品の販売、広告をさせてはならないことを請求するところ、請求にかかる「ベアトリクス・ポターが創作した著作物(の複製物)」に「これ(被告表示)を表示させた商品」は極めて多岐にわたることが窺われる」とした上、「「商品」の「品質」・「内容」を「誤認させる」表示をしたか否かは、当該具体的商品の具体的内容を前提に具体的に品質、内容を検討した上で決せられる事柄であり、そのような具体的検討もなく、被告表示が一般的、抽象的に「商品」の「品質」・「内容」を誤認させるとすることはできない・・・1審原告は、一般的、抽象的に主張、立証するのみであり・・・例示的に、例えばタオルという商品であれば、消費者等の需要者は、タオルの素材となる繊維の種類、配合割合、肌触り、仕上がり具合等を当該商品の典型的選択基準とすると考えられるところ、タオルの種類、性格等によっては当該タオルの絵柄そのものが選択基準となる場合もあり、当該タオルの種類、性格の如何により、当該絵柄が著作権の保護を受ける著作物であるか否かが選択基準となることも生じ、要は具体的個々の商品につき個々に結論が異なる可能性がある・・・個々の商品につきその成否を判別するに足りる証拠が十分でないというほかなく、個々に具体的商品を特定して主張、立証していない以上、1審原告の主張はこれを認めるに十分でないというべきである」として、Xの請求を斥けました。
⑵ 本判決の意義
本判決は、著作権消滅後にもかかわらず『ⓒ』などの著作権の存在を窺わせる表示をさせることが、直ちに不競法2条1項13号の品質等の誤認表示に該当するものとはせず、消費者等の需要者の立場から、『』などの著作権の存在を窺わせる表示が付されたことが当該商品の選択基準として機能していたか、換言すれば、著作権の保護を受けるということが選択基準として機能していたかどうかという観点から、品質等の誤認表示とみるべきか否かを決すべきことを示し、具体的個々の商品によって異なる判断がなされるべきことを示しています。今後、本件と同種の事案において、品質等の誤認表示の有無を判断する際の一つの枠組みを示すとともに、同種の訴訟における主張、立証の指針を示すものとして、おおいに参考になるものと考えられます。
以上
[1] 不正競争防止法を指します。以下同じ。
[2] 判決全文は、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071003092524.pdf(最高裁HP)、判例タイムズ1258号310頁以下に掲載されています。
[3] 現在の不競法2条1項13号に相当する規定です。
[4] 仙台高裁平成4年2月12日判決。判例タイムズ793号239頁以下に掲載されています。
[5] 事案の把握及び本判決の理解のため最低限必要と思われる範囲で、適宜省略しております。
[6] 判旨は、本判決において重要と考えられる部分を、筆者の判断により抜粋したものです。本判決においては、各争点とも、ここに抜粋したほか、当事者の主張に対応して判断が示されています。とりわけ、争点2については、万国著作権条約との関係など興味深い論点についても言及されています。
[7] 1審被告はY、1審原告はXを指しています。
[8] 『ⓒ』などの、著作権の存在を窺わせる表示を指しています。
共同開発・製品化契約の終了に関わる契約責任
【本判決の提起する問題】
今回は、共同開発・製品化契約の中止、終了について判断を下した東京地裁平成19年5月22日判決をご紹介します[1]。
近年、複数の当事者が、経営資源を出し合い研究開発を行うための契約(以下、共同研究開発契約といいます。)を締結する事例が増えていますが、様々な態様があり、研究開発の方針、開発試験対象の選定、研究結果の解釈等の点について、各当事者間の意思決定の統一を図ることが重要とされています[2]。
本判決は、共同開発・製品化契約を締結したものの、詳細な義務の内容等が明確に定められていなかったために、当該契約の法的性質、損害賠償請求の可否について、裁判所が判断を下し、共同開発者の一方に開発品の完成義務を認め、逸失利益7億弱を超える損害賠償を認めたというものです。
他の会社と共同して開発・製品化契約を締結する際に注意すべき問題を提起するものとして、御一読頂ければ幸いです。
【事案の概要及び争点】
(1)原告は、電子機器の製造・販売等を業とする会社、被告は、測定機器の製造販売等を業とする会社であるところ、原告と被告は、セル(液晶パネルの製造過程で、基板に偏光板が貼られた状態のもの)の欠陥検査を自動で行う装置(以下「本件装置」といいます。)の開発及び製品化を共同で行う旨の契約(以下「本件開発契約」といいます。)を締結しました。
本件開発契約では、本件装置のうち、原告において、プローバ部分(液晶パネルをカセットから搬送し、点灯させる部分)及び本体部分の設計並びに製品開発を行い、被告において、テスタと呼ばれる欠陥自動検査部分の設計及び製品開発を行うという内容となっており、原告が本件装置の全体の取りまとめ及び販売を行うと定められました。
その後、本件装置に興味を持ったA社が、原告及び被告に対し、売買に向けての交渉を開始し、検収条件を明記した本件装置の仕様書を交付しました。
(2)A社は原告に対し、順次本件装置8台の注文を行い、原告は被告に、同機のテスタを注文しました。
原告は、納期にプローバをA社に搬入した上、テスタの進捗状況に関する被告、A社との打ち合わせにも参加しましたが、被告は、全てのテスタについて、検収条件を満たす製品を納入できず、A社から原告への本件装置の全ての注文が取り消されました。
(3)原告は、被告が仕様書記載の検収条件を満たす性能のテスタを完成させる債務を負っていたとして債務不履行を主張し、被告は、本件開発契約は準委任契約に類する契約で、開発目標に適合するよう善良な管理者の注意をもって本件装置の開発事務を遂行する義務を負うに過ぎないとして争いました(争点①)。
また、被告は、(ⅰ)A社が、ある検査方式を提案し、上手くいかない場合には、自社が責任を取ると発言したこと、(ⅱ) 欠陥の定義づけや検収のために必要不可欠である標準パネルがA社から提供されなかったこと等のため、検収が不可能となったから、自らには帰責性が無いと主張しました(争点②)。
(4)損害額については、原告にA社からの注文取消による逸失利益が認められるか、が争点となりました(争点③)。
【判旨及びその評価】
1 被告の債務の内容について(争点①)
裁判所は、原告の主張である被告のテスタ完成義務を認めました。
(1)まず、被告が受領したA社作成に係る本件装置8台分の仕様書にも、被告作成に係る本件装置の仕様書にも、同じ検収条件が明記されていたこと等から、本件開発契約の目的物たるテスタは、検収条件を満たす性能を備えるべきとしました。
次に、被告が、A社が本件装置の発注及び導入を計画していた事実、並びに本件装置を8台は原告に注文したことを知っていた事実を認定した上で、本件装置を実際に生産ラインで活用しようというA社の意図を被告が認識していたことが明らかであるから、被告は、単に本件装置の開発を行うだけでなく、製品として完成させることを合意したものと判断しました。
(2)この点、東京高判昭和57年11月29日は、生産者が大量の新製品の製造・供給を内容とするいわゆる製作物供給契約をするに際し、その製品の使用目的や大まかな規格のみを定めて製作を受注した時は、注文者が詳細な設計、仕様、工作方法等を定めて製作を依頼する場合は、概して請負契約的性格といえるが、製作者が注文者から使用目的や大まかな規格などを聞いた上で試作を重ね、注文者が満足した段階で試作製品の設計仕様、工作方法に基づく製品製作の受注を受ける場合は、確定段階までの関係は準委任契約であるとして、両者の区別基準を示しています[3]。
本判決も、この判例と同様、使用目的に関する当事者の交渉経緯、各仕様書の検収条件の記載について詳細に認定することにより、本件開発契約は、売買でも準委任でもなく、請負契約に準ずる契約であるという判断を導いたものと評価できます。
(3)なお、本判決は、本件開発契約の具体的内容を述べておらず、判然としませんが、この契約文言を認定の基礎にせず、原・被告及びA社との間の交渉経緯から、プローバとテスタの開発・製品化がそれぞれ原告、被告で明確に分担されていた事実を重視し、結果的にはA社と原告、原告と被告という2つの独立した製作物供給契約が締結されていた場合と同様の判断をしたものと考えられます。
被告としては、本件開発契約で、原・被告間の共同・協力義務を定め、また、開発不能の場合の対処方法を定めておけば良かったかと思われます。
2 被告の帰責事由について(争点②)
裁判所は、被告の帰責性を認めました。
(1)まず、(ⅰ)については、A社の意図は本件装置の開発ではなく、生産ラインでの活用であったから、A社の上記発言は、同検査方式に起因しない結果についてまで責任を負うとの趣旨でないことは明らかであり、被告も同趣旨を認識していたとしました。
(2)次に、(ⅱ)については、これらの事実によりテスタの製作が遅滞した可能性はあるも のの、本件開発契約によれば、テスタの完成は、被告が責任を負うことになっており、被告はA社との間で、複数回の打ち合わせを行っていたのであるから、被告自身がA社に標準パネルの提供を求める等して、その解消を図るべきであって、被告に帰責事由がなかったと認めることはできないと判断しました。
3 損害額について(争点③)
この点についても、裁判所は、原告の主張を全面的に認めました。
すなわち、(a)本件装置8台分のプローバの製造コスト合計2億4600万円、及び(b)テスタの不具合等によって、通常の作業以外に原告の技術者が費やした現場作業等 に対する人件費合計1200万円、(c)本件装置がA社に納入できていれば、プローバに搭載する消耗品を、原告は販売できたはずであり、それによって得られたであろう利益合計6億7500万円を損害として認めました。
本判決は、(a)(b)の実損のみならず、(c)本件装置に付随して将来受注できていたはずの商品の販売利益3年分についても逸失利益に含まれるとして、原告の主張を全面的に認めた点においても、先例としての意義があります[4]。
この点、争点②も同様ですが、被告としては、事前に原告と協議し、開発が上手くいかない場合の処理、リスク分担等について、明確に定めておくべきであったといえます。
以上
[1] 判例時報(1992号)89頁以下参照。
[2] 実務契約法講義(佐藤 孝幸著)521頁以下参照。具体的には、費用の分担、秘密の保持、品質保証、共同研究開発の成果の帰属と利用、契約の中止、終了等について、予め詳細な合意をしておく必要があるとされています。なお、態様としては、分担して研究開発を行う場合、当事者の一方が主に研究開発活動を行い、他方当事者が主に費用を負担する場合、共同研究に参加する当事者が共同で、株式会社などの組織を作り、その組織が研究開発を行う場合などが挙げられています。
[3] 判例タイムズ(No.489)62頁以下、判例にみる請負契約の法律実務(山口 康夫著)18頁以下参照。水と薬品の化学反応を利用した携帯用瞬間冷却パックの製作について水漏れが生じたという事案について、少なくとも最初の5万個については、準委任契約としての試作供給義務を負うに過ぎないと判断しました。
[4] 大阪地判平成7年12月20日は、分譲住宅に設置する階段昇降補助装置の製作物供給契約が発注者により一方的に解除された事案で、完成した製作物の転用可能性が無いとして、原告主張の全損害額を認定しています。詳細は、判例タイムズ(No.914)182頁以下参照。