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馳名商標~中国における著名商標の保護~
弁護士 中島康平
第1 はじめに
中国市場には世界各国から多くの企業が進出しており、中国におけるブランド保護の重要性はますます高まっています。著名商標の保護に関する制度は各国にありますが、今回は、中国の馳名商標制度をご紹介します。
第2 馳名商標の意義
中国では、中華人民共和国商標法※ 1(以下「商標法」といいます)に基づき、国家工商行政管理総局商標局(以下「商標局」といいます)が全国の商標登録及び管理業務を主管しており(商標法2 条1 項)、商標局の審査を経て登録された商標を登録商標といい、商標登録者が商標専用権を有します(商標法3 条1 項)。
商標登録を経ていない限り商標法による保護を受けられないのが原則ですが、馳名商標の場合、商標登録がされていなくても、一定の法的保護を受けることができます。
すなわち、同一又は類似の商品について出願した商標が、中国で未登録の馳名商標を複製、模倣又は翻訳したものであって、かつ馳名商標と容易に混同を生じさせる場合には、その登録と使用が禁止されます(商標法13 条1 項)。
また、馳名商標が既に商標登録されているときは、同一又は類似でない商品について出願した商標が、中国で登録されている馳名商標を複製、模倣又は翻訳したものであって、かつ公衆を誤認させ、馳名商標権者の利益に損害を与えるおそれがある場合には、その登録と使用が禁止されており(商標法13 条2 項)、登録済みの馳名商標に関しては、同一又は類似の商品・役務の範囲を超えて、保護が図られています。
そして、商標法13 条の規定に違反して登録された商標に対して、商標所有者又は利害関係人は、登録日から5 年以内に商標評審委員会※ 2 に取消裁定を請求することができ、また、悪意による登録の場合は5 年の期間制限を受けません(商標法41 条2 項)。
さらに、商標所有者は、他人がその馳名商標を企業名称として登記し、公衆を欺き又は公衆に誤解を与えるおそれがあると認めるときは、企業名称登記主管機関に対して当該企業名称登記の抹消を請求することができます(商標法実施条例53 条等)。
第3 馳名商標の認定
1 行政による認定
馳名商標の認定に関しては、特別な手続があるわけではなく、個々の審理の中で認定・判断されることになります。
この点、商標登録、商標審査の過程において紛争が生じた場合、関係当事者は、商標局又は商標評審委員会に対して、馳名商標の認定、商標法13 条に違反する商標登録出願の拒絶、又は商標法13 条に違反する商標登録の取消しを請求することができるとされています(商標法実施条例5 条1 項)。
国家工商行政管理総局「馳名商標の認定と保護に関する規定」(以下「馳名商標規定」といいます)では、馳名商標は「中国において関連公衆に広く認知され、比較的高い名声を有する商標」と定義されています(馳名商標規定2 条1項)。すなわち、馳名商標として認定を受けるには中国における著名性が要求されています。
商標法14 条は、馳名商標の認定の際に考慮すべき要素として、①関連公衆の当該商標に対する認知度、②当該商標の使用継続期間、③当該商標の宣伝活動の継続期間、程度及び地理的範囲、④当該商標の馳名商標としての保護記録、⑤当該商標の馳名性を基礎づけるその他の要素を挙げています。
そして、 馳名商標規定3 条は、馳名商標であることを証明する証拠資料として、①関連公衆の当該商標に対する認知度を証明する関係資料、②当該商標の使用継続期間を証明する関係資料(商標の使用、登録の経緯及び範囲に関する資料が含まれます)、③当該商標の宣伝活動の継続期間、程度及び地理的範囲を証明する関係資料(広告宣伝と販促活動の方法、地理的範囲、広告メディアの種類及び広告投入量等に関する資料が含まれます)、④当該商標が馳名商標として保護された記録を証明する関係資料(当該商標が中国又はその他の国及び地域において馳名商標として保護を受けたことに関する資料が含まれます)、⑤当該商標が馳名であることを証明するその他の証拠資料(当該商標が使用された主要な商品の直近3 年間の生産量、販売量、販売額、利益及び販売地域等に関する資料が含まれます)を挙げています。
2 司法による認定
商標局や商標評審委員会だけでなく、日本の裁判所に相当する人民法院も馳名商標を認定する権限を有しています。
最高人民法院「馳名商標保護に関連する民事紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」(以下「馳名商標司法解釈」といいます)では、馳名商標は「中国国内で関連公衆に広く認知されている商標」と定義されています(馳名商標司法解釈1 条)。馳名商標規定と若干表現は異なっていますが、同じく中国国内において著名であることが要求されています。
また、当事者が、商標が馳名であると主張する場合に提出すべき証拠として、①当該商標を使用した商品の市場シェア、販売区域、利益・税金等、②当該商標の使用継続期間、③当該商標の宣伝・販促活動の方法、継続期間、程度、投入資金額、地域範囲、④当該商標が馳名商標として保護を受けた記録、⑤当該商標が有する市場名声、⑥当該商標が既に馳名であることを証明するその他の事実に関する各証拠が挙げられています(馳名商標司法解釈5 条1 項)。
したがって、馳名商標の認定を求める場合には、商標法14 条、馳名商標規定及び馳名商標司法解釈における分類を参考にして中国における当該商標の使用状況・宣伝状況等の事実関係を整理して主張立証していくことが重要であると考えます。
第4 馳名商標認定の影響
馳名商標の認定は、個別案件の中で行われ、その案件でのみ有効であるのが原則です。
ただし、商標局及び商標評審委員会では、受理した事件が、馳名商標として保護を受けた事件の保護範囲と基本的に同一であって、かつ相手当事者が当該商標の馳名性について異議がない場合、又は異議があっても当該商標が馳名ではない証拠を提出することができない場合には、事件を受理した工商行政管理部門は当該保護記録の結論に基づいて、裁定・処理をすることができます(馳名商標規定12条2 項)。
また、人民法院でも、提訴された商標権侵害又は不正競争行為の発生前に、人民法院又は工商行政管理部門によって馳名商標であると認定され、当該商標が馳名であることに対し被告に異議がない場合、人民法院は当該商標を馳名であると認定しなければならないとされています(馳名商標司法解釈7 条)。
第5 外国著名商標の保護
前記第3 のとおり、馳名商標として認定を受けるためには、中国において著名性を獲得していることが要求されるため、外国において著名な商標であっても、中国で著名でない商標は、中国では馳名商標として保護されず、第三者が中国で商標登録出願した場合には登録を受けることがあり得ます。やはり、事前の対策として、適時に中国における商標出願・登録を行うことが重要です※ 3。
なお、日本であれば、外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって、不正の目的をもって使用をするものについては商標登録を受けることができないとされています(日本商標法4 条1 項19 号)。
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※1 商標法は1982年に制定され,1993年と2001年に改正が行われています。現在3度目の改正作業が行われています。
※2 国家工商行政管理総局に設置された商標紛争事案の処理を担当する機関です(商標法2条2項)。
※3 中国における冒認出願に関しては,ジェトロ北京センター知的財産権部「中国商標権冒認出願対策マニュアル2009 年改訂増補版」(2009年3月)において詳細な検討がされています。
【営業秘密の保護について】
1 はじめに
企業にとっての秘密、たとえば商品の製造過程や原材料など門外不出とされている事項はあることと思います。その中で、「営業秘密」となるものは、知的財産権の1つとして不正競争防止法(以下「不競法」といい、条文だけの記載はこの法律によるものとします。)によって保護されるものです。「営業秘密」となりうるものとしては、たとえば、製品の設計図、製造又は設計上のノウハウ、顧客名簿、販売マニュアル、仕入れ先リストなどがあります。
「営業秘密」については、平成17年の不競法改正で刑事罰の対象が拡大されるなど、年々その保護につき関心が高まっているといえます。従って、今回は「営業秘密」の保護について考えてみたいと思います。
2 営業秘密の保護の枠組み
「営業秘密」は、①秘密として管理されている(秘密管理性)、②生産方法、販売方法、その他事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって(有用性)、③公然と知られていないもの(非公知性)、をいいます(2条6項)。そして、①窃盗、詐欺、強迫その他の不正な手段によって営業秘密を取得する行為とその秘密の使用又は開示行為、②保有者から正当に営業秘密の開示を受けた者の図利加害目的の使用又は開示、③①又は②の存在について悪意重過失によるその後の取得者の使用又は開示行為、④営業秘密の不正取得行為又は不正開示行為の介在について善意無重過失であった取得者が、不正行為につき悪意重過失となった後になす使用又は開示行為がそれぞれ「不正競争」(2条1項4号~9号)として規定されています。「不正競争」に該当し、営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある場合には侵害の停止又は予防を請求することができます(3条)。また、故意又は過失により営業上の利益を侵害した場合、損害賠償請求ができます(4条)。
「営業秘密」を侵害した場合には、刑事罰も規定されています(21条)。
3 営業秘密の該当性
該当性で裁判例等で一番のポイントとされる点は、上記①の秘密管理性です。情報は、秘密として管理されていなければ、「営業秘密」には該当しません。それは、客観的に秘密として管理されていない情報は、その情報にアクセスする人間に自由に使用・開示できる情報という認識を抱かせる蓋然性が高いため、秘密として管理されていない情報までも保護することは情報取引の安定性を阻害するからです。
秘密として管理するとは、具体的、画一的な基準があるものではありませんが、一般的には、①当該情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限の存在)、②当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることが認識できるようにされていること(客観的認識可能性の存在)が必要とされています[i]。
そして、秘密管理性を肯定される事情としては、裁判例では、たとえば、施錠して保管している、コンピュータへのアクセスできる人を限定していた、電磁的情報のプリントアウトの制限がある、秘の印がある、秘密管理につき社員教育がされている、就業規則に秘密保持義務が定められている[ii]、などがあげられます。
逆に秘密管理性を否定するものとしては、パソコンへのアクセス制限がなかった、ファイルを保管する書棚には扉がなく、アクセス権者を制限する措置がとられていなかった、第三者への開示を厳格に禁じていなかった[iii]、顧客情報がベテランの従業員のみアクセスできるというものではなく、新しい従業員が顧客情報を知るため日常の業務において利用されていた[iv]、コンピューターサーバの情報につきパスワードを設定し、アクセスできるものを限定していたという事情があったが、施錠可能な場所に保管されたり、表紙等に秘密と記載されることはなかった、保管方法について営業担当者に説明されることはなかった[v]、などの事情があげられます。
4 退職した従業員の営業秘密の持出しについて
営業秘密をめぐって訴訟になることが多いのは、退任した役員や退職した従業員が会社の営業秘密を持ち出した場合です[vi]。
営業秘密を保持する会社としては、元役職員に対して、契約により、競業避止義務を課すこと、及び、退職後の秘密保持義務を課すことが考えられます。退任・退職後の競業避止義務は元役職員が退任又は退職した後に使用者の事業と競合する事業を行うことを禁止するものであり、秘密を使用・開示することを禁止する秘密保持義務とは異なるものです。秘密保持義務違反である秘密の使用行為、開示行為自体は相手方内部で行われるため、直接発見することが困難となります。しかし、秘密の使用行為や開示行為の危険がある競業行為を禁ずる競業避止条項を規定することは、訴訟となった場合に証明対象を秘密保持義務違反の行為から競業避止義務違反の行為に転化することによって、立証を容易化するものとなりうることから、営業秘密の保護にとってより直接かつ効果的となるといえます[vii]。
退任・退職者が実際に営業秘密の持出しを行った場合においては、元役職員が行った行為が自由競争の範囲を逸脱していると思われる場合に、すべての要件が十分に充足されていることよりは、元の雇用主を救済するために、元雇用主にとっての当該情報の重要性、秘密管理性等の営業秘密の要件、不正取得の要件が全体的に勘案されることから、不正取得された情報が元雇用主にとって重要で、不正取得の態様が悪質である場合は、秘密管理が若干手薄でも秘密管理性が肯定されることもあるとする考え方も出されているところです。
[i] この点、経済産業省より出されている「営業秘密管理指針」では、法律上の保護を受けるための「ミニマムの水準」と、紛争の未然防止のための「望ましい水準」が定められています。たとえば、営業秘密の物理的管理について、「望ましい水準」では、
・他の情報との区別、「極秘」「秘」など秘密性のレベル付とそれを表示すること
・アクセス権者を特定すること、アクセス記録を保存すること
・書類等、情報を記録した媒体について、施錠可能な保管庫に施錠をして管理し、媒体の持ち出しの制限、廃棄の際には焼却、シュレッダーによる処理や溶解、破壊等をすること
・営業秘密が保管されている建物・事務所等につき施錠と入退室の制限をし、その入退室の記録を作成すること
とされています。これらの厳しい管理を行うことで紛争が生じた場合に秘密管理性が揺らぐことはないと考えられますが、企業規模等によりこれらを要求することは管理のための過大な経費負担を強いることになることや、判例が認めてきた「ミニマムの水準」のレベルを底上げするのではないかが懸念されています。
従業員等との間に就業規則等の契約を締結することで、不競法の営業秘密に関する規定によって追及できない秘密漏洩行為に対しても、契約による保護の網を被せることができること、企業にとって何が秘密であるかを特定することができること、秘密保持契約と同時に競業避止義務を課すことができること、労働契約終了後にあっても、退職者の秘密保持義務の存在を明らかにすることができることなどのメリットがあります。
[iii]東京地判平成16年4月13日
[iv]東京高判平成17年2月24日
[v]大阪地判平成17年5月24日
[vi]たとえば、大阪地判平成8年4月16日では、男性用かつらの販売を業とする会社の元従業員が独立した際に顧客名簿を持ち出したという事案です。
[vii] この点、営業秘密管理指針では、役員・従業員に対して、就業規則や各種規定に秘密保持義務を規定することはもちろん、退職者については、対象を明確にした秘密保持義務を課し、別個、競業避止義務を課すことが望ましいとされています。また同指針では、他の会社から転職した人を採用する場合、前勤務先との間で負っている秘密保持義務や競業避止義務の確認をし、受入企業が差止請求・損害賠償請求を受けるリスクが発生しないか検証することについても望ましい事項としています。
許無効とライセンス料 ~既払ライセンス料の返還~
弁護士 貞 嘉徳
1 ゆれる特許の有効性をめぐる判断
-侵害訴訟の現状から-
政府は、この数年、知的財産推進戦略本部を発足させ、知財立国にするのだと意気込んでいますが、その割に、キルビー特許事件最高裁判決[i]以降、地裁判決では、侵害訴訟においても「明白」かどうかをあまり重大な要件と考えず、躊躇なく特許無効の判断が示され、特許権者には、冬の時代のように思われます。侵害訴訟が起きると、相手方からは、躊躇なく、無効審判の請求、東京高裁への審決に関する訴訟が起こされるようになりました。特許が無効とされてしまう中、特許権者は、侵害訴訟を起こすべきか否か、相当に悩まざるを得ません。特許が無効とされるリスクのほかにも、生じうる問題を考えなければならないからです。それは、それまでにもらっていたライセンス料がどうなるかという点です。特許無効の審決が確定した場合、特許ははじめから存在しなかったものと扱われます(特許法125条)。そのため、ライセンスを受けていた特許がある日突然無効とされた場合、それまでに支払っていたライセンス料はどう処理されるのか、具体的には、不当利得として返還請求できるのかという点が問題となるのです。
2 特許無効確定後の権利関係
-遡及的無効の意味-
(1)実務上は、そのような不測の事態に備え、ライセンス契約を締結する際、いわゆる不返還特約[ii]を設けておくことが一般的です。その場合、不返還特約に従って処理されることになりますが、不返還特約を設けなかった場合や設けていてもその趣旨が明確でない場合には、問題が顕在化します。
(2)裁判例としては、東京高判昭52.7.20[iii]、東京地判昭57.11.29[iv] などが参考になると思われますが、本問題点にについて正面から判断した裁判例はこれといって見あたりません。
(3)学説上は、①不当利得としての返還を肯定する見解、②否定する見解、いずれも有力に唱えられています。
①肯定説の論拠は、「ライセンス料を受け取るべき基礎となった権利が遡及的に消滅する以上は、特約のない限り、不当利得として返還されるべき」という点にあります。他方、②否定説の論拠は、「権利が遡及的に消滅するとはいえ、特許無効が確定するまでは、市場の先取、競争の排除、差止請求権等の権利不行使といった、ライセンス料の支払いに対応する事実上の保護を受けている以上、不当利得とはならない」という点にあります[v]。
ア 否定説がいう、市場の先取、競争の排除といった利益は、専用実施権[vi]ならともかく、通常実施権[vii]であれば、直ちにそのようにいえるか疑問です。また、差止請求権等の不行使という点は、特許が遡及的に消滅する以上は、本来何ら権利を行使しうる地位になかった以上、当然の結果であるといえ、これを利益であると積極的に評価することはできないものと考えられます。さらに、当該特許技術が既知の技術であった場合には、ライセンスにより発明の恩恵を受けたということもできません。
イ 肯定説を採るとしても、ライセンス料の負担を製品価格に転嫁するなどしている場合には、最終的な損失は消費者に帰属することとなり、不当利得の問題も消費者について検討すべきものと考えられます[viii]。
3 ライセンス料の取決め
-後日の紛争を避けるために-
本問題について、統一的な結論を導くことは難しく、結局のところ、事案の具体的事情に即してケースバイケースで判断すべきものと考えられますが、いかなる事情を考慮要素として判断すべきか、実務上の指針となるような先例が早期に提示されることが望まれます。
特許をはじめとする知的財産権は、国家による審査・判断を経て法的保護が図られるという意味で、国家により創設される特殊な権利であり、この点が問題を複雑化・困難化しています。
ともあれ、先例がなく、結論の予測可能性を欠く現状においては、特許無効という不測の事態に備え、契約上、取扱いを明記しておくべきことが不可欠であるといえます。
以 上
[i] 最判12.4.11:従来、裁判所が特許の有効性を判断することはできないとされていたが、同判決において、特許の無効が明白である場合には、裁判所が特許の有効性を判断できる旨判示された。その後、特許法が改正され、同判決の趣旨が104条の3に明文化されている。
[ii] 「既に支払ったライセンス料については理由の如何を問わず返還を要しない」旨の特約のことをいい、不返還特約と呼ばれる。
[iii] 製法特許等を出願中の商品の製造、販売を目的とする独占権付与契約において、特許等が得られなかった場合に、要素の錯誤による契約の無効が認められるかが争われた事案
[iv] 実用新案登録が無効とされたときに、契約に基づく既払のライセンス料について、契約の錯誤無効を理由に不当利得返還請求が認められるかが争われた事案-不返還特約あり。
[v] 否定説としては、このような論拠を主張する見解が有力に唱えられている。この他、①「ライセンス契約を賃貸借契約等の継続的契約と同様に考え、目的物である権利の消滅によっても契約は将来的に効力を失うにとどまる」とする見解や②「善意占有者の果実収取権の規定(民法189条1項、205条)を援用して、返還請求を否定する」見解などがある。なお、特許が当該技術分野において実質上尊重されていた場合には市場の先取等の利益を受けたといえるとして、不当利得返還請求を否定する折衷的な見解もある。
[vi] 一定の範囲内で、その特許発明を業として独占的に実施することができる権利であり(特許法77条2項)、特許権者であっても当該許諾特許を実施することはできず(同68条但書)、また、当該許諾特許については重ねて専用実施権を設定することはできない。
[vii] 設定行為により定めた範囲内で、その特許発明を業として実施することができる権利であり(特許法78条2項)、専用実施権と異なり、当該許諾特許を特許権者が実施する権利を失うものではなく、また、当該許諾特許について重ねて通常実施権を設定することもできる。
[viii] 特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針第4・3(2)イ(ア)は、特許権消滅後のライセンス料支払いの義務付けについて、不公正な取引方法に該当するおそれの強いものと規定している。
参考文献:工業所有権法-豊崎光衛、商標(第6版)-網野誠、新訂特許法詳説‐三井氏士郎、特許・実用新案の法律相談(増補版)-村林隆一、小松陽一郎共著、新版注釈民法(18)債権(9)第3編第4章(馬瀬文夫=小野昌延)、知財ライセンス契約の法律相談-山上和則、藤川義人編集、別冊ジュリスト特許判例百選(第一版、第三版)ほか
FRAND宣言と特許権者の誠実交渉義務-アップル対サムスン電子事件-
弁護士 田中 敦
【はじめに】
本年2月28日,東京地裁により,アップルとサムスン電子(以下「サムスン」といいます)との間の特許権侵害に関する訴訟について国内2例目の判決(以下「本判決」といいます)が下されました。
本判決では,サムスンが,問題となったパケット通信技術に関する特許権(以下「本件特許権」といいます)について下記「本判決の検討」にて詳述するFRAND宣言を行っていたことから,本件特許権の行使が権利濫用にあたると判示されました。
今回は,アップルとサムスンという世界規模の巨大企業間の紛争の経緯について若干触れつつ,本判決の判示内容について,FRAND宣言を行った特許権者の誠実交渉義務と権利濫用との関係を中心に解説します。
【両社の紛争の経緯】
アップルとサムスンは,サムスンからアップルへ液晶パネル等の部品供給を行うなど,長年にわたり提携関係にありました。しかしながら,サムスンが,スマートフォン・タブレットPCの市場で台頭するにつれ,同市場の先導者であったアップルとは競争関係に転じるようになりました。今回,アップルがサムスンに対し特許侵害を主張したことは,サムスンをはじめとするアンドロイド陣営への牽制を意図したものという見方もあります。
平成23年4月,カリフォルニア州にて,アップルがサムスンに対しデザイン特許[1]等の侵害を主張して最初の訴訟を提起しました。以降,両社の争いは激化し,現在では計10カ国の裁判所で両社間の訴訟が進行しています。そして,同一のデザイン特許についてカリフォルニア州連邦地裁とソウル中央地裁で侵害・非侵害の判断が分かれるなど,各国の裁判所によってその判断が分かれています。
日本では,平成24年8月31日に東京地裁により国内初の判決が下され,サムスンによる特許権侵害を否定して,アップルの損害賠償請求が棄却されました。
本稿でご紹介する本判決(東京地裁平成25年2月28日判決)は,前述のとおりアップルとサムスンとの紛争における国内2例目の判決であって,国内1例目の事案とは異なり,サムスンが権利を有するパケットデータ送受信についての特許権を,アップルに対して行使できるか否かが問題となった事案です。
【本判決の検討】
1 サムスンによるFRAND宣言
本件特許権にかかるパケットデータ送受信技術についての特許は,アップルとサムスンの両社が加入する第3世代移動通信システム[2]の技術標準化団体である「Third Generation Partnership Project」(以下「3GPP」といいます)により,一定規格に準拠した製品を製造する際の必須特許として指定されています。
サムスンは,3GPPの中心的構成団体である欧州電気通信標準化機構(以下「ETSI」といいます)が定めたESTI知財ポリシーに従い,本件特許権についてはその利用を希望する者に対して「公正,合理的かつ非差別的(Fair, Reasonable, And Non-Discriminatory)な条件」(FRAND条件)でライセンス許諾する準備があることの宣言(FRAND宣言)を行っていました。
本件の訴訟に先立ち,アップルがサムスンに対しFRAND宣言に従い本件特許権のライセンス許諾を行うことを求め,平成23年7月以降両社間でライセンス契約締結に向けた協議が行われましたが,ロイヤルティ等について意見が一致せず,最終的な契約締結には至りませんでした。
2 東京地裁による判示内容
(1) 争点
本判決では,サムスンからの本件特許権の侵害の主張に対し,アップルが特許権侵害に基づくサムスンの損害賠償請求権の不存在確認を求めて提訴したところ,①アップルの製品に使用された技術が本件特許権の技術的範囲に属するか否かに加え,②サムスンによるFRAND宣言と両社のライセンス契約締結に向けた協議の経過に照らし,サムスンによる本件特許権の行使が権利濫用にあたるか否かが主な争点となりました。
(2) 争点についての判断
裁判所は,まず①の争点につき,アップルの一部の製品に使用された技術が本件特許権の技術的範囲に属することを認定しました。
次に,裁判所は,②の争点につき,FRAND宣言を行った特許権者は,ETSIの加入者か否かを問わずライセンス許諾を希望する者に対しライセンス契約の締結に向けて重要な情報を提供して交渉を誠実に行うべき信義則上の義務(以下「誠実交渉義務」といいます。)を負うとし,サムスンが誠実交渉義務に違反したか否かを検討しました。
裁判所は,1年以上にわたる協議の中で,サムスンが,アップルからの再三の要請にもかかわらず,提示したロイヤルティが「非差別的な条件」であることの根拠資料(他社とのロイヤルティ等)を一切示さなかったこと,ライセンス内容についてアップルからの提案への具体的な対案を示さなったことを主な理由として,サムスンによる誠実交渉義務違反を認めました。
そして,裁判所は,誠実交渉義務違反を含む協議の経過等に鑑みれば,サムスンによる本件特許権の行使は権利濫用にあたり許されないとしました。
(3) 結論
以上の争点についての判断を踏まえ,裁判所は,サムスンがアップルに対し本件特許権の侵害に基づく損害賠償請求権を有しないことを確認すると判示し,原告であるアップルによる不存在確認請求が認容されることとなりました。
3 検討
本判決は,サムスンによる本件特許権の行使が許されない根拠として「権利濫用」(民法1条3項)を挙げています。これは,両社の協議経過等に照らして本件でのサムスンによる権利行使を否定したもので,FRAND宣言を行った特許権者による特許権行使を一律に否定する趣旨ではありません。
しかしながら,本判決は,FRAND宣言を行った特許権者がライセンス許諾を希望する者に対し誠実交渉義務を負うことを明確にし,当該誠実交渉義務違反の有無を中心に権利濫用の成否を検討するとの判断基準を示したものと理解できます。
また,本判決は,FRAND宣言の効果が及ぶ範囲について,FRAND宣言を行った特許権者は,ETSIの加入者か否かを問わずライセンス許諾を希望する全ての者に対し誠実交渉義務を負うと判断しました。
FRAND宣言を行った特許権者が負うべき義務内容,FRAND宣言の効果が及ぶ範囲については,これまでその解釈に議論があったところです。本判決は,それら論点について日本国内で初めて判断を示した裁判例となります。
【終わりに】
本件特許権についてのFRAND宣言は通信技術の規格標準化のための必須特許について行われたものですが,一つの規格の標準化のためには数百から数千もの必須特許が存在する場合があり,そのうちたった一つの特許権であっても技術全体の使用を妨げるものとなり得ます。そのため,FRAND宣言が行われた必須特許について特許権者の権利行使を認めるか否かは,権利行使を受けた企業の利益のみならず,当該技術の属する産業全体の発展についても影響を与える重要な問題となります。
本判決に対してはサムスンから控訴がなされたと報道されており,今後の動向を注視する必要がありますが,本判決は,FRAND宣言を行った特許権者による特許権行使の可否を初めて判断した裁判例として,重要な先例的意義を持ち得るものと思われます。
[1] デザイン特許(Design Patent)とは,米国特許法により「物のデザイン」について付与される特許権であり,日本における意匠権に相当するものです。
[2] 第3世代移動通信システムとは,国連の専門機関である国際電気通信連合(International Telecommunication Union)が定める「IMT-2000(International Mobile Telecommunication 2000)」規格に準拠した携帯電話の通信システムのことで,現在日本国内で利用される携帯電話の多くが当該通信システムを採用しています。これに対し,最近新たに市場に導入された「Long Term Evolution(LTE)」による通信システムは,「第3.9世代移動通信システム」または「第4世代移動通信システム」と呼ばれています。
「餅」の特許権に基づく侵害差止等請求事件
【はじめに】
今回は,側面に切り込みを入れた「切り餅」の特許を侵害されたとして,「越後製菓」が「佐藤食品工業」を訴えた裁判につき,佐藤食品による特許権の侵害を認めた控訴審の中間判決(知財高判平成23年9月7日・判時2144号121頁)をご紹介します。
【事案の概要】
原告は,切り餅の側面に水平方向の切り込みを入れることで,焼いて膨らんだ際に表面が破れることを防止する,という特許を2002年10月に出願し,2008年4月に登録されていました。一方で,被告は,側面だけでなく上下にも切り込みが入った切餅で,原告に後れて特許出願し,登録を果たしていました。原告は,この製品が自社の特許を侵害しているとして,被告製品の製造,譲渡等の差止め並びに被告製品およびその製造装置の廃棄と,約14億8000万円の損害賠償を求めて提訴しました。
【裁判の経緯】
原審(東京地判平成22年11月30日)は,被告製品は,本件発明の構成要件を充足せず,本件発明の技術的範囲に属するとは認められないとして,請求をいずれも棄却しました。これに対して,控訴審は,本件発明の技術的範囲に属するとして,特許権侵害を認める中間判決を下しました[1]。
【検討】
1 技術的範囲の認定手法
本裁判では,原審と控訴審とで正反対の結論が下されました。もっとも,特許発明の技術的範囲の解釈方法については,原審も控訴審も基本的に同様の立場に立っています。
すなわち,本件の争点は,問題となる被告製品が,原告の特許発明の技術的範囲に属するか否かであるところ[2],特許発明の技術的範囲は,特許出願時の願書に添付する明細書と,特許請求の範囲の記載及び図面を考慮して解釈されます(特許法70条1項,2項)。特許請求の範囲は,「クレーム」と呼ばれ,請求項に区分し,請求ごとに,発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載せねばなりません(特許法36条5項)。このように,文言による解釈が原則となりますが,多義的な解釈が可能な場合には,出願経過等も参考にする場合があります[3]。そして,特許は特許請求の範囲に記載された構成要件によって全体として規定されるところ,特許権侵害が成立するためには,原則として対象製品または方法が構成要件のすべてを満たす必要があります。
2 本事案における判断
本判決で問題になったのは,原告の特許請求の範囲に記載された請求項の「…切餅の載置底面又は平坦上面ではなく…側周表面に,…切り込み部又は溝部を設け」という部分です[4]。
上記請求項につき,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設けることを除外する意味を有すると理解した原審に対し,控訴審は,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,「側周表面」を特定するための記載であり,被告製品は本件発明の技術的範囲に属するものと判断しました。
3 解釈のポイント
原審と控訴審で解釈が分かれたポイントは,特許請求の範囲の記載中の句読点の位置でした。
本中間判決では,問題となった請求項を上記のように解釈した根拠として,次のように述べています。「『載置底面又は平坦上面ではなく』との記載部分の直後に,『この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に』との記載部分が,読点が付されることなく続いているのであって,そのような構文に照らすならば,『載置底面又は平坦上面ではなく』との記載部分は,その直後の『この小片餅体の上側表面部の立直側面である』との記載部分とともに,「側周表面」を修飾しているものと理解するのが自然である。」。つまり,『載置底面又は平坦上面ではなく』との記載部分は越後製菓の技術的特徴ではなく,単なる修飾にすぎず,「側面に切り込みを設けること」だけに技術的特徴がある,という解釈です。
4 均等論
本件では,原告は原審で均等論を主張せず,控訴審において初めて追加し主張したのですが,控訴審は,文言解釈により侵害ありと判断したため,均等論についての判断はなされませんでした。
均等論とは,対象製品に文言侵害がないとされた場合でも,一定の要件[5]を充足すれば,対象製品は特許発明の構成と実質的同一と評価されるとして特許権を及ばせる理論です。特許権の禁止権の及ぶ範囲を拡張する理論として,古くから米国で認められてきた考え方でしたが,日本では最近になって最高裁[6]により認められました。従来,日本では,文言侵害を厳格に妥当させることが要求されていました。クレームには公示機能(特許法70条)があり,クレームを信頼して実施した第三者にとって,予見可能性・法的安定性が高いというメリットがあるからです。しかし,日本の先進化に伴い,パイオニア発明の保護が求められるようになると,保護範囲を文言の範囲内のみとする従来の考えは衡平の原則に反する場合を含むといわれるようになり,こうした意識を背景に均等論が登場しました。
本事例では,仮に文言侵害が否定されたとして,均等論が必ずしも意味を持つかは定かではありませんが,特許権侵害を考えるうえで重要な理論のひとつとなっています。
【終わりに】
均等論は,第三者の予見可能性を退けてまで,特許出願人のクレーム記載不備を救済するかどうかという問題です。均等論による特許発明の保護は依然慎重にならざるをえず,均等侵害が肯定された裁判例[7]は,それほど多くありません[8]。やはり,権利解釈上,クレーム文言が最も重要であることは言うまでもないのです。クレームの記載にあたっては,解釈に幅をもたせず,かつ無用な限定とならないように,簡潔で明快な記載が求められることを,本判決から学ぶことができるのではないでしょうか。
[1] 特許侵害訴訟では,被告製品の製造販売が,原告の特許権侵害に該当するかを審理する「侵害論」と,その侵害行為により生じた損害の額を審理する「損害論」との二段構えで進められるのが一般的で,本中間判決は,前者(侵害の成否)についての判断が示されたものです。中間判決後,越後製菓は59億4千万円に請求額を引き上げ,平成24年 3月22日,知財高裁は,約8億円の損害賠償および差止めを認める控訴審判決を下しています。
[2] 特許権は,発明という無体物を対象としているため,その権利の及ぶ範囲が明確でなく,しばしばその範囲が争われます。
[3] さらに,後述のように,一定の場合には文言を拡張した解釈がなされることがあります。
[4] これは,切餅のどの部分に切り込みを入れるかという問題であり,原告の発明内容は,餅の中身の噴出を防ぐために,製造時に側周に一周するような切り込みを入れるというものでした。これに対し,被告の発明内容は,切餅の側面に加え,上下面に十字形の切り込みを入れるというものであり,このような製品が,上記請求項の特許発明の技術的範囲に属するか否かの解釈において,判断が分かれたのです。
[5] 均等侵害成立の要件として,後述の最高裁判決では,「特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,
(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく,
(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,
(3)右のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,
(4)対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,
(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,右対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。」と判示しました。
[6] 最三判平成10年2月24日・民集第52巻1号113頁(ボールスプライン軸受事件)。
[7] 均等侵害を肯定した裁判例としては,東京高判平成12年10月26日・例時1738号97頁(生海苔の異物除去機特許侵害事件),大阪高判平成13年4月19日・判工〔2期〕2311の500頁(ペン型注射器事件)等があります。
[8] ボールスプライン最判解説は,第二要件が概括的判断によるものであり,均等が成立する範囲が広範となることに鑑み,まずは第二要件を検討し,次に,いわば『絞り』として第一要件を検討すべきとしました。近年の裁判例では,第二要件を充足しないと判断した上で,更に第一要件をも充足しないとして,均等侵害不成立を明確にしたものがあります(知財高判平成22年 3月30日・携帯型コミュニケータ事件)。
外国会社の英文Webサイト上で貴社の日本特許権を侵害すると思われる製品が紹介され「Inquiery(お問合わせ)」のサイト頁が設定されている場合、貴社は、日本の裁判所に損害賠償請求などの訴えを提起できるか?
弁護士 渡辺 惺之
はじめに
インターネット上での知的財産権侵害というと著作権や商標権の侵害が主であり、特許権の侵害が問題となる事例は実際には少ないだろうと考えられていた。今回取り上げるのは、外国会社が英文Webサイトで、日本会社が有する日本特許を侵害すると思われる製品を紹介し、問合わせに対応するページを設定した場合、権利者が日本の裁判所に損害賠償と差止請求を提起し、被告外国会社が日本の国際裁判管轄を争った事例である。
被告外国企業が日本国内に支店、営業所、業務代表者を置いているのであれば、民訴法4条4項を根拠に国際裁判管轄も認められることになる。そのような拠点がない事例では、Webペ-ジの開設が日本における特許権侵害という不法行為と評価されるかが問題となる。大阪地裁は日本国内での不法行為とは認められないとして訴えを却下した(大地判平成21年11月26日、裁判所HP)が、知財高裁は日本を不法行為地と認め国際裁判管轄を肯定した(知財高判平成22年9月15日判決、裁判所HP)。
会社がWebサイト上で自社製品の紹介、販売受注等のWebページを開設するのは広く行われている。Webページをめぐる新しい問題が取り上げられた判例である。
事実
原告は日本電産(以下X)で、被告は三星電機(以下Y)という韓国サムスングループに属する韓国会社である。XがYに対し、Xの日本特許(発明名称「モータ」)に基づき、特許法101条1項に基づく被告物件の「譲渡の申出」の差止と,不法行為に基づく損害賠償金300万円の支払請求を、大阪地裁に提起した。Xが特許権侵害として訴えたYの行為はWebサイト上で原告の特許権を侵害する物件(本件侵害物件)の「譲渡の申出」である。Yは本案前の主張として日本の国際裁判管轄を争った。
YのWebサイト上でのXの権利侵害品と主張された製品についての紹介と問合せのページ開設が、日本における「譲渡の申出」に相当し不法行為地としての管轄原因となるか否かが争点となった。原審は、Webサイト上の問合せページは、販売を目的とするものではなく一般的な問合せに備えるものであるとのYの主張を容れたが、控訴審は、Web上の表示だけでなく間接事実を併せて「譲渡の申出」を認め得るとすると共に、不法行為地には「譲渡の申出」の発信地と受領地も含むとして、日本を不法行為地に当たるとした。両判示を対比すると下記のようになる
原審判決
訴え却下、(1)「民訴法5条9号の不法行為地の裁判籍の規定に依拠して我が国の国際裁判管轄を肯定するためには,原則として,被告が我が国においてした行為により原告の法益について損害が生じたことの客観的事実が証明されることを要し,かつそれで足りると解される(最高裁判所平成13年6月8日民集55巻4号727頁)。」 (2)「我が国において損害が発生したことが証明されるのみでは足りず,不法行為の基礎となる客観的事実としてXが主張する事実,すなわち,本件においては日本国特許権である本件特許権の侵害事実としての,我が国におけるY物件の譲渡の申出の事実が証明される必要がある。」(3)「しかしながら、上記英語表記のウェブサイトは、Yの製造する製品・・・を全世界に向けて紹介するものであり、日本語で表記された・・・販売・製造に関する問合せフォーム・・・も、・・・品番や具体的な仕様についても何ら示されていない。・・・同フォームが表示されていることをもって,Y物件につき譲渡の申出があったとは認められない。」
控訴審判決
原判決取消、差戻、(1)『民訴法5条9号の適用において,不法行為に関する訴えについて管轄する地は「不法行為があった地」とされているが,この「不法行為があった地」とは,加害行為が行われた地(「加害行為地」)と結果が発生した地(「結果発生地」)の双方が含まれると解されるところ,本件訴えにおいてXが侵害されたと主張する権利は日本特許第・・・号であるから,不法行為に該当するとしてXが主張する,Yによる「譲渡の申出行為」について,申出の発信行為又はその受領という結果の発生が客観的事実関係として日本国内においてなされたか否かにより,日本の国際裁判管轄の有無が決せられることになる・・・。』(2) 『・・・Yが英語表記のWebサイトを開設し,製品としてY物件の一つを掲載するとともに,「Sales Inquiry」(販売問合せ)として「Japan」(日本)を掲げ,「Sales Headquarter」(販売本部)として,日本の拠点・・・の住所,電話,Fax 番号が掲載されていること,日本語表記のウエブサイトにおいても,「Slim ODD Motor」を紹介するWebページが存在し,同ページの「購買に関するお問合せ」の項目を選択すると,「Slim ODD Motor」の販売に係る問い合わせフォームを作成することが可能であること,X営業部長が,陳述書で、Yの営業担当者がODDモータについて我が国で営業活動を行っており,Y物件がS社やT社において,製品(ODD)に搭載すべきか否かの評価の対象になっている旨述べていること,Yの経営顧問Aが,その肩書とYの会社名及び東京都港区の住所を日本語で表記した名刺を作成使用していること,Y物件の一つを搭載したDVD マルチドライブが国内メーカーにより製造販売され,国内に流通している可能性が高いことなどを総合的に評価すれば,Xが不法行為と主張するY物件の譲渡の申出行為について,Yによる申出の発信行為又はその受領という結果が,我が国において生じたものと認めるのが相当である。』
解説
本件判例は、原審判決(1)が引用するウルトラマン事件最高裁判例ルールの特別な渉外不法行為への適用例として注目すべき点は2点ある。第1はWebページ上でなされる不法行為の場所に関する判断である。民訴法5条9号の「不法行為地」は原因行為地と結果発生地を含むので、そのいずれかが日本国内に認められれば足りる。違法Webのアップロード地とアクセス可能地がこれに相当する。原審は、表示内容自体が「譲渡の申出」に相当しないとしたため場所の判断がなされていないが、控訴審は「譲渡の申出」の発信又は受領という結果が日本で生じたと認められるとしている。Webの場合、発信地の特定は困難であろうが、受信地は逆に普遍的に認められる余地もあり、使用言語の考慮なども検討を要する問題となり得るが、本件では英文サイトであることは考慮されていない。第2の注目点は、本件における不法行為の性格である。特許法101条1項の「譲渡の申出」は危険責任を核とする不法行為であり、ウルトラマン判例が想定する原因行為と侵害結果の発生という一般類型とは異なる。本件ではWeb上の表示が「譲渡の申出」に該当するかは本案の判断事項そのものと云える。この場合、管轄判断としてどこまでの証明と審理を要するかは困難な問題といえる。原審はこの点で区別が明確でない。「譲渡の申出」のような不法行為類型では、全体として構成要件該当の蓋然性を基準とする他ないように思われるが、控訴審判断もやや厳格に過ぎる印象がする。なお、米国の対人管轄の判断基準としては顧客との情報交換が可能な双方向サイトであることが要件とされている(Zippo判例)。わが国でも民訴法改正案(3条の3、5号)では、日本国内に拠点のない外国の会社でも日本で事業を営むと認められる場合には、当該業務に関しては日本の裁判所の国際裁判管轄を認める規定が提案されている。この改正が実現した場合は、不法行為管轄よりむしろこの管轄によることになり、類似の問題状況を生じる可能性がある。
譲渡禁止特約付債権の譲渡人による譲渡無効の主張の可否
弁護士 中島 康平
【はじめに】
今回は、譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者が同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張することの可否が問題となった最高裁平成 21 年 3 月 27 日第二小法廷判決民集 63 巻 3 号 449 頁をご紹介します。
【事案の概要と争点】
X(平成 16 年 12 月 27 日に解散し、平成 17 年 3 月 25 日に特別清算開始決定を受けた清算株式会社)は、Aとの間で工事請負契約を締結し、Aに対し、出来形部分の未精算債権及び遅延損害金債権(以下「本件債権」といいます)を有していたところ、本件債権にはXとAの間の工事発注基本契約書及び工事発注基本契約約款によって譲渡禁止特約が付されていました。
Xは、平成 14 年 12 月 2 日、Y 1 並びにY 2 (以下併せて「Yら」といいます)との間で、Y 2 がXに対して現在及び将来に有する貸付金債権等並びにそれを保証するY 1 がXに対して現在及び将来取得する求償債権を担保するために債権譲渡担保契約を締結し、XがAとの間で取得する工事代金債権(本件債権を含む)をYらに譲渡しました(以下「本件債権譲渡」といいます)。
その後、Xの解散・特別清算開始決定に前後して、Aが債権者不確知を供託原因として本件債権の債権額に相当する金員を供託したため、XがYらに対して本件債権譲渡が譲渡禁止特約に反して無効であるとして供託金の還付請求権を有することの確認を求める本訴請求を、YらがXに対して本件債権譲渡が有効であるとして供託金の還付請求権を有する確認を求める反訴請求をそれぞれ提起しました。
本件では、本件債権譲渡についてAの承諾があったか、Aの承諾を誤信したYらに民法 466 条 2 項ただし書が類推適用されるか、Xによる譲渡無効の主張が禁反言の法理に反し信義則違反にあたるかなどが争点となりましたが、第 1 審及び原審が、債務者であるAの承諾がない以上本件債権譲渡は譲渡禁止特約に反して無効であるなどとして、Xの本訴請求を認容しYらの反訴請求を棄却したため、Y 1 が上告受理を申立てました。
最高裁では、上記争点のうちXによる譲渡無効の主張の可否ついての判断が示されました。
【判旨】
(原判決破棄、第 1 審判決取消、本訴請求棄却、反訴請求認容) 民法は、原則として債権の譲渡性を認め(466 条 1 項)、当事者が反対の意思を表示した場合にはこれを認めない旨定めている(同条 2 項本文)ところ、債権の譲渡性を否定する意思を表示した譲渡禁止の特約は、債務者の利益を保護するために付されるものと解される。そうすると、譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者は、同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張する独自の利益を有しないのであって、債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるなどの特段の事情がない限り、その無効を主張することは許されないと解するのが相当である。
これを本件についてみると、Xは、自ら譲渡禁止の特約に反して本件債権を譲渡した債権者であり、債務者であるAは、本件債権譲渡の無効を主張することなく債権者不確知を理由として本件債権の債権額に相当する金員を供託しているというのである。そうすると、Xには譲渡禁止の特約の存在を理由とする本件債権譲渡の無効を主張する独自の利益はなく、前記特段の事情の存在もうかがわれないから、Xが上記無効を主張することは許されないものというべきである。
【検討】
1 譲渡禁止特約の機能
債権の譲渡については、その自由譲渡性が原則として承認されていますが(民法 466 条 1 項本文)、当事者間の意思表示(譲渡禁止特約)によって譲渡性を排除することが認められています(同条 2項本文)。
譲渡禁止特約は、古くは債権者の交替による苛酷な取立てから債務者を保護し、現在でも債権者の交替による事務処理の煩雑化の回避、過誤払いの防止、相殺可能性の確保といった面で債務者を保護する機能を有するとされています ※① 。
しかしながら、譲渡禁止特約が現実の紛争では異なる機能を果たしていることが指摘されていました。すなわち、本件も同様ですが、譲渡禁止特約によって保護されるはずの債務者が債権相当額を供託することで譲渡禁止特約付債権が譲渡された場合の紛争から早期に離脱し、譲受人と譲渡人(譲渡人の債権者)の間の優劣争いにおいて譲渡人側から譲渡禁止特約が援用され、譲受人の譲渡禁止特約に関する重過失が認定されて、結果として債権譲渡の効果が否定されるという事態です ※② 。
2 類似の判断枠組み
本判決は、このような場合につき、譲渡人による譲渡無効の主張は許されないと判断しました。
最高裁判例では、錯誤無効について「民法 95 条の律意は瑕疵ある意思表示をした当事者を保護しようとするにあるから、表意者自身において、その意思表示に何らの瑕疵も認めず、錯誤を理由として意思表示の無効を主張する意思がないにもかかわらず、第三者において錯誤に基づく意思表示の無効を主張することは、原則として許されない」とした原判決に違法はないとしたもの(最高裁昭和 40 年9 月 10 日第二小法廷判決民集 19 巻 6号 1512 頁)があります。
また、最近では、取締役会の決議を経ないで代表取締役が行なった重要な業務執行に該当する取引について「重要な業務執行についての決定を取締役会の決議事項と定めたのは、代表取締役への権限の集中を抑制し、取締役相互の協議による結論に沿った業務執行を確保することによって会社の利益を保護しようとする趣旨に出たものと解される。この趣旨からすれば、株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行に該当する取引をした場合、取締役会の決議を経ていないことを理由とする同取引の無効は、原則として会社のみが主張することができ、会社以外の者は、当該会社の取締役会が上記無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情がない限り、これを主張することができないと解するのが相当である」としたもの(最高裁平成 21 年 4 月 17 日第二小法廷判決民集 63 巻 4 号 535 頁)があり、いずれも本判決と類似する判断を示しています。
3 本判決の射程−破産管財人差押債権者による無効主張の可否
もっとも、本判決は、債権の譲渡人が譲渡の無効を主張する独自の利益を有しないことも指摘していますので、独自の利益があれば第三者も無効を主張することができるとも考えられます。
今後は、債権の譲渡人が破産した場合や債権者による差押えと債権譲渡が競合した場合に、破産管財人又は差押債権者が譲渡禁止特約を援用できるかなどが問題となると思われます。
破産管財人は破産者とは独立した法主体性が認められること、破産管財人又は差押債権者は債権者の利益実現又は自らの債権回収を図る必要があり債権譲渡人のように自らが譲渡禁止特約に反して債権を譲渡したものではないことなどを強調すれば、例外的に独自の利益を肯定する余地もありうるとは思われますが ※③ 、一方で、本件のXに関しては(代表)清算人が選任されており特別清算の清算人は破産管財人に類似した中立的・公共的立場を有するとされている ※④にも拘らず無効主張が否定されていること、破産管財人又は差押債権者が譲渡禁止特約の保護対象者とは考え難いことからすれば、債務者ではない破産管財人や差押債権者による無効主張はやはり否定されるとも考えられます ※⑤ 。
これらの問題につきましては、今後の判例の集積が待たれるところですが、民法(債権法)改正検討委員会が平成 21年 4 月 29 日に公表した「債権法改正の基本方針」では、譲渡禁止特約付債権の譲渡も譲渡当事者間及び第三者との関係では有効であり、また、債務者との関係でも譲渡人に倒産手続が開始されたときには債務者は特約を対抗できないとすることが提案されています ※⑥ 。
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※① 奥田昌道『債権総論(増補版)』(悠々社、平成4年)429頁、能見善久=加藤新太郎編『論点大系 判例民法 4 債権総論』(第一法規、平成21年)320頁。
※② 潮見佳男『債権総論(第3版)Ⅱ』(信山社、平成17年)606頁。
※③ 第三者による錯誤無効の主張については、第三者において表意者に対する債権を保全する必要がある場合において、表意者が意思表示の瑕疵を認めているときは、表意者みずからは当該意思表示の無効を主張する意思がなくても、第三者たる債権者は表意者の意思表示の錯誤による無効を主張することが許されるとされています(最高裁昭和45年3月26日第一小法廷判決民集24巻3号151頁)。
※④ 山口和男編『特別清算の理論と裁判実務』(新日本法規、平成20年)123頁。
※⑤ これらの点につきましては、譲渡人に独自の利益がないことの根拠として、譲渡禁止特約が債務者の利益を保護するために付されると解する以上無効主張権者は原則として債務者と解すべきことになろうと指摘するものとして中村肇「譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者が譲渡の無効を主張することの可否」金判1324号17頁、破産管財人又は差押債権者による無効主張を否定的に解するものとして池田真朗「債権譲渡禁止特約と譲渡人からの援用の否定」金法1873号13頁、研究会(民法判例レビュー)では破産管財人の場合には譲渡禁止特約を主張することができるのではないかとの意見が有力であったことを報告するものとして円谷峻「譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者が同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張することの可否」判タ1312号49頁があります。
※⑥ 民法(債権法)改正検討委員会編『詳解・債権法改正の基本方針Ⅲ 契約および債権一般(2)』(商事法務、平成21年)280頁。たことを報告するものとして円谷峻「譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者が同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張することの可否」判タ1312号49頁があります。基本方針Ⅲ 契約および債権一般(2)』(商事法務、平成21年)280頁。
著作権法の保護の対象とならない著作物と不法行為の成立
~北朝鮮の著作物と法的保護~
-知的財産高等裁判所の判断の流れ- 知財高裁平成20年12月24日判決を例にして
I. はじめに
今回は、「北朝鮮の著作物と法的保護」というあまり皆様に関わりのないことかと思われる問題を扱った判例を取り上げました。ただ、この判例は、著作権法の保護の対象とならない著作物であっても、それを無断で利用すれば、著作権侵害にはならなくても不法行為が成立し得るとする点で著作物利用の基本に関わることを判示している判例ですので、以下にご紹介させて頂きます。(i)
II. 事案の概要
日本の放送事業者(以下、「Y」といいます。)は、北朝鮮の国民が著作者である映画(以下、「本件北朝鮮映画」といいます。)を、その放送にかかるニュース番組で使用しました。
北朝鮮の文化省傘下の行政機関(以下、「X1」といいます。)は、本件北朝鮮映画の著作権を有していると主張し、また、日本の有限会社(以下、「X2」といいます。)は、X1より本件北朝鮮映画の日本国内における独占的な上映、複製、及び頒布の許諾を受けています。
そこで、X1は、Yに対して、本件北朝鮮映画の放映の差し止めを、また、X1とX2は、Yに対して、X1の著作権及びX2の利用許諾権の侵害を理由として、不法行為に基づく損害賠償を求め、東京地方裁判所(以下、「第1審」といいます。)に訴えを提起しました。これらの請求に対して、Yは、本件北朝鮮映画は日本が条約(ii)により保護の義務を負う著作物(著作権法6条3号)に当たらない等と主張し、反論しました。
第1審では、本件北朝鮮映画が、日本の著作権法による保護を受けるかが主な争点として争われ、判決は、日本は日本が未承認の国としている北朝鮮に対してベルヌ条約上の義務を負担せず、本件北朝鮮映画が、著作権法6条3号にいう、「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」とは言えないこと等を理由とし、X1及びX2の請求を全て棄却しました(東京地判平成19年2月14日)。
この判決に対して、X1及びX2は、知財高裁に控訴し、第1審の判決の取り消し、著作権に基づく差止請求、並びにX1の著作権及びX2の利用許諾権の侵害を理由とする損害賠償請求を求めると共に、仮に本件北朝鮮映画が日本の著作権法の保護を受ける著作権に当たらないとしても、Yが同映画の一部をX1及びX2の許諾を得ることなく放映した行為が、X1及びX2が同映画について有する法的保護に値する利益の侵害に当たる旨主張して、民法709条に基づく損害賠償請求を予備的に追加しました。
III. 判旨
知財高裁は、まず、第1審から主張されているX1の差止請求、及びX1の著作権及びX2の利用許諾権の侵害を理由とする損害賠償請求について、いずれも理由がないものとして棄却しました。
しかし、X1及びX2が予備的に追加した民法709条に基づく損害賠償請求について、知財高裁は、「著作物は人の精神的な創作物であり、多種多様なものが含まれるが、中にはその制作に相当の費用、労力、時間を要し、それ自体客観的な価値を有し、経済的な利用により収益を挙げ得るものもあることからすれば、著作権法の保護の対象とならない著作物については、一切の法的保護を受けないと解することは相当ではなく、利用された著作物の客観的な価値や経済的な利用価値、その利用目的及び態様並びに利用行為の及ぼす影響等の諸事情を総合的に考慮して、当該利用行為が社会的相当性を欠くものと評価されるときは、不法行為法上違法とされる場合があると解するのが相当である」と判示し、著作権法の保護の対象とならない著作物の利用に対して不法行為が成立する余地を認めました。
そして、知財高裁は、本件北朝鮮映画が、上映時間を約1時間17分間とする劇映画であり、その内容等に照らし、相当の資金、労力、時間をかけて創作されたものといえること等から、著作物それ自体として客観的な価値を有するものであると認定し、X2については、本件北朝鮮映画の日本における利用について独占的な管理支配をし得る地位を得ていたことを認め、同地位に基づいて本件北朝鮮映画を利用することにより享受する利益は、法律上保護に値するものと認めるのが相当と判断しました。
しかし、これとは反対に、X1については、本件北朝鮮映画の日本国内における利用をX2に委ね、自らは利用に関する権利を行使しないことを約していたこと等を理由として、本件北朝鮮映画の日本国内における利用について法律上保護に値する利益を有するものとは認められない旨判断しました。
そして、知財高裁は、Yの本件北朝鮮映画の無許諾による放映は、社会的相当性を欠いた行為であるとの評価を免れず、同無許諾による放映は、X2が本件北朝鮮映画の利用により享受する利益を違法に侵害する行為に当たると認めるのが相当であると結論づけました。
IV. 知財高裁の判断の流れとまとめ
知財高裁は、「法的保護に値する利益」が、著作権法の保護を受けないものであり、かつその利用が不正競争防止法上の「不正競争」(不正競争防止法1項2条各号)に該当しない場合でも、不法行為の一般条項たる民法709条に基づき、同利益を保護することについて、これまで積極に解する判断を示してきています。例えば、平成17年10月6日判決では、インターネットにて配信されるニュースの見出しを作成者に無断で使用した事案について、当該見出しが多大の労力、費用をかけた報道機関としての一連の活動が結実したものであること等を理由として、著作権法による保護の下にあるとまでは認められないものの、「法的保護に値する利益」となりうる旨判断し、当該使用に対して不法行為(民法709条)の成立を認めています。また、その後の平成18年3月15日においても、知財高裁は、弁護士が執筆した法律問題に関する文献に極めて類似する文献の発行行為に対して、著作権侵害の成立を認めないと判断しながらも、「執筆者は自らの執筆にかかる文献の発行・頒布により経済的利益を受けるものであって、同利益は法的保護に値するもの」と認め、やはり不法行為の成立を認めました。
このように著作権法や不正競争防止法では保護し得ない客観的な価値を有する利益を一般条項たる民法709条により保護すること自体については、一般に受け入れられている価値判断ではないかと考えられます。しかし、一方で一般条項による「著作権法及び不正競争防止法では保護し得ない法的利益」とはどの範囲を言うのか、また、その法的利益のいかなる利用が「社会的相当性を欠く」行為となるのか等、民法709条の適用の事前の判断を困難とする面があるのも否めない事実でしょう。
今回紹介した知財高裁の判断は、我が国が承認しない国の著作物の利用に対する法的保護という観点からは一つの新しい先例ではありますが、著作権法の保護の対象とならない著作物と不法行為の成立という観点からは、これまでの知財高裁の判例の流れの中の一つと位置づけられるものです。知財管理の現場では、例えばある情報が著作権法で保護される著作物に該当せず、又はある情報の利用が著作権を侵害しない利用であり、かつ当該情報の利用が不正競争防止法上の「不正競争」に該当しないものであった場合、法的に問題がないものと判断してしまうのではないでしょうか。しかし、今回紹介した判例を含め、近時の知財高裁の一連の判例からは、そのような判断だけでは足りず、さらに、当該利用について不法行為が成立する余地を検討することが求めることもありますので、注意が必要です。
以 上
(i)知財高裁は、同日付で同一の控訴人による2つの控訴(日本テレビ放送網株式会社と、株式会社フジテレビジョンに対する控訴)に対して判決を下していますが、今回ご紹介するのは、日本テレビ放送網株式会社を被告とする判断です。
(ii)北朝鮮は、2003年に、「文化的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下、「ベルヌ条約」といいます。)」に加入し、同条約の効力が発生しています。しかし、日本は、国際法上北朝鮮を国家として承認していません。