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著作物の利用による著作者人格権との抵触
-リツイート事件最高裁判決を題材に-
弁護士 田中 敦
1 はじめに
本年7月21日、最高裁が、Twitter上のリツイートによる著作者人格権侵害を認める判決(以下「本判決」といいます。)を下しました。
近年、SNS等の普及により、引用や改変といった他人の著作物の利用がごく身近なものになりました。しかし、著作物の利用の場面では、たとえ当該利用行為が著作権を侵害しなくても、著作者が有する著作者人格権との関係で問題を生じることがあります。そのような場面で、双方の権利や利益をどう調整すべきかについて、本判決は、重要な問題提起をするものと考えます。
本稿では、本判決の事実経緯と判示内容を簡単にご紹介した上、著作物利用と著作者人格権との関係について、海外の法制度とも比較しつつ、その問題点や注意点を述べます。
2 リツイート事件の事実経緯
本判決の第一審原告はプロの写真家、第一審被告はTwitter, Inc.(以下「Twitter社」といいます。)です。第一審原告は、みずから撮影した写真(以下「本件写真」といいます。)の隅に「c」マークと氏名を付記して、自己のウェブサイトに掲載していました。ところが、氏名不詳者(以下「元ツイート者」といいます。)が第一審原告に無断で本件写真をTwitter上にツイート(投稿)し、続いて、別の氏名不詳者(以下「リツイート者」といいます。)がTwitter上で当該ツイートをリツイート[1]しました。Twitterの仕様上、リツイートされた本件写真は、元画像の上下一部がトリミングされており、本件写真上の氏名部分が表示されなくなっていました[2]。
第一審原告は、元ツイート者及びリツイート者による本件写真のツイート及びリツイートが、著作権(複製権、公衆送信権等)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権等)を侵害するとして、それらの者の発信者情報の開示を求めて提訴しました。第一審判決は、リツイートによる著作権及び著作者人格権の侵害をいずれも否定しました[3]。これに対し、原審判決(知財高裁)は、リツイートによる著作権侵害を否定しつつ、著作者人格権侵害につき、リツイート者を侵害主体として氏名表示権及び同一性保持権の侵害が成立すると判示し、第一審の判断を覆したため、これを不服としてTwitter社が上告しました。
3 本判決の判示内容
まず最高裁は、氏名表示権侵害の成立には、著作権法21条から27条までが定める各支分権の利用行為によることを要しないとして、リツイート者が、本件写真の著作権侵害にあたる利用行為をしていなくても、氏名表示権侵害が成立し得ると判示しました。
続いて、最高裁は、たとえクリックすることで氏名部分を閲覧できるとしても、リツイートに伴う本件写真のトリミングにより氏名部分が非表示となったことが氏名表示権侵害にあたると判示しました[4][5]。侵害主体については、Twitterの仕様への主観的認識にかかわらず、客観的にはリツイート者の行為によってトリミングが生じていることから、リツイート者が氏名表示権侵害の主体であると判断しました。
ただし、本判決には、リツイートによる著作者人格権の侵害主体はリツイート者ではないという反対意見が付されています。その理由として、リツイートによる画像のトリミングは、Twitterの仕様によるものであり、リツイート者がそれを変更できないこと、及び、Twitter上で著作者人格権侵害の問題を生じる無断アップロード[6]をしたのは、リツイート者ではなく元ツイート者であることが挙げられています。さらに、当該反対意見では、リツイートをする者が、元画像の出所や著作者の同意等について逐一調査しなければならないとすれば、Twitter利用者に過大な負担を強いることが指摘されています。
4 著作物の利用と著作者人格権
(1)著作権法の規定と問題点
本判決は、特定のSNS上に無断アップロードされた著作物に関する判断であり、本判決の射程が著作物の利用行為一般に広く及ぶとは考えられません。とはいえ、本判決は、SNS利用への注意喚起にとどまらず、著作権侵害とならない利用行為であっても著作者人格権を侵害し得ることを再認識すべき契機となります。
わが国の著作権法上、引用等の一部の利用行為については権利制限規定(著作権法30条以下)が設けられており、たとえ著作権者の許諾がなくとも一定範囲でこれが認められます。しかし、それら権利制限規定は、著作者人格権に影響を及ぼしません(同法50条)。したがって、たとえば引用の規定(同法32条)に従い著作物を一部利用又は要約引用する場合、引用に伴う改変と同一性保持権との抵触が問題となります[7]。この点、どのように調和を図るべきかは大変難しい問題であり、著作者人格権を硬直的に絶対視すべきではなく、著作者人格権に関する規定の柔軟な解釈によって解決すべきとの見解が有力です[8]。権利制限規定とは異なりますが、本判決の反対意見も、著作者人格権を過度に保護することは著作物利用の萎縮につながり妥当でないとの考えが背景にあるように思われます。
(2)海外の法制度
上記(1)の問題が生じる一因として、わが国の著作権法は、世界的に見て最高水準[9]ともいわれるほどに著作者人格権を強く保護しています。
海外の例を見ると、著作者人格権の保護に重点を置く大陸法系諸国では、わが国と同様に、原則として権利制限規定よりも著作者人格権を優先しているようです[10]。
他方で、歴史的に人格権保護よりも著作物の自由利用に重点を置く米国では、権利制限の中心的規定であるフェアユースに関して、人格権よりもフェアユースが優先することが条文上明記されています[11]。
(3)本判決を踏まえた今後の注意点
以上のとおり、著作物利用と著作者人格権との優劣は、明確なルール作りが難しく、国によっても制度が異なるため、個別の場面に応じた検討が必要となります。
現在、個人のみならず多くの企業も、広報活動の一環としてSNSを利用しています。本判決を踏まえ、Twitter等のSNS利用者としては、改めて利用規約を確認の上、他者の投稿を転載等する際には、著作者に無断アップロードされた可能性がないか、転載により改変が生じるか等、その都度注意を払うことが求められます。
また、著作者人格権との抵触は、SNSに限らず著作物利用の場面で広く問題になり得ます。改変による同一性保持権侵害、氏名削除による氏名表示権侵害のほかにも、著作者の名誉や声望を害するような態様で著作物を利用すれば、著作者人格権のみなし侵害(著作権法113条6項)となります[12]。近時、インターネット利用の拡大により、ユーザーによる著作権への意識が高まりつつあると考えますが、本判決を機に著作者人格権についても認識が深まることを望みます。
[1] 別のツイートを引用して転載又はコメント付記するTwitterの再投稿機能をいいます。
[2] もっとも、利用者がリツイートされた画像をクリックすることで、氏名部分を含んだ本件写真の元のツイートを閲覧することができました。
[3] 元ツイート者によるツイートが本件写真の著作権(公衆送信権)を侵害することは、第一審原被告間で争いがありませんでした。
[4] 上告受理申立理由には、リツイート者による本件画像のリツイートはプロバイダ責任制限法4条1項に基づく開示請求の条文上の要件を満たさないことも含まれていましたが、最高裁はこの主張を認めませんでした。
[5] 同一性保持権侵害の成否については、最高裁判決中で判示されておらず、原審による判断が確定したものと考えられます。
[6] Twitterへのアップロードが著作者の同意の下でなされた場合、著作者によるTwitterの利用規約(リツイートに伴うトリミング)への同意があるものとして、基本的にはリツイートによる著作者人格権侵害の問題を生じないと考えられます。
[7] 改変に対する同一性保持権の行使にあたっては、一定範囲で立法上の制限が設けられています(著作権法20条2項各号)。
[8] 中山信弘『著作権法[第2版]』(有斐閣・2014年)482頁
[9] 中山・前掲注8・469頁
[10] 韓国著作権法38条、台湾著作権法66条、ドイツ著作権法62条及び63条、フランス著作権法122の5条2項、中国著作権法22条等。
[11] 米国著作権法106条A、107条。
[12] 例としては、芸術作品である裸体画を複製してヌード劇場の立看板として利用することなどが挙げられます(加戸守行『著作権法逐条講義[6訂新版]』(著作権情報センター・2013年)756頁)。
特許発明が製品の一部にのみ実施される場合の特許法102条1項に基づく損害算定
-「美容器」事件 知財高裁大合議判決-
弁護士 田中 敦
1 はじめに
本年2月28日、知財高裁が、特許法102条1項に基づく損害算定方法についての大合議判決(以下「本判決」といいます。)を下しました。本判決は、昨年の同条2項及び3項に基づく損害算定についての知財高裁大合議判決[1]に続く重要な判示であり、今後の実務に大きな影響を与えるものと考えられます。
本判決では、特許法102条1項を巡る多くの論点への判断が下されていますが、紙面の関係上、本稿では、本判決と原審判決[2]との損害額の差異に大きく影響したと考えられる、特許発明が製品の一部にのみ実施される場合の損害算定の判示について述べることとします。
2 事件の経緯
控訴人(原審原告)は、美容器(いわゆる「美顔ローラー」)に関する特許権(特許第5356625号等、以下「本件特許」といいます。)を有していました。控訴人は、被控訴人(原審被告)が本件特許を侵害する製品を販売しているとして,特許権侵害を理由にその差止めや損害賠償を求めました。
原審判決は、特許権侵害を認めつつ、特許法102条1項[3]に基づく損害算定にあたり、本件特許の特徴部分は原告や被告の販売する製品の一部に関わるに過ぎないという事情を、寄与度(特許発明の利用が被告の製品に寄与した割合)という概念を用いて、算定根拠となる原告の限界利益に寄与度10%を乗じました。加えて、同項但書きに基づき、被告による譲渡数量のうち5割を原告みずから「販売できない事情」があるとして推定覆滅を認め、最終的な損害額を約1億0735万円としました。
原審判決に対し双方が控訴し、知財高裁では、原審判決による算定方法が妥当であったか否かが争われました。
3 知財高裁による判断
(1)特許法102条1項
特許法102条1項は、特許権侵害による損害額推定の規定であり、侵害者が侵害品を販売していた場合には、侵害者による侵害品の譲渡数量に、もし侵害行為がなければ特許権者が販売することができた物の単位数量あたりの利益を乗じた額を、特許権者の実施能力に応じた額を超えない程度において、損害額と推定すると定めます。ただし、例えば、価格や販売態様が大きく異なる等の理由から、仮に特許権者が販売していれば同数量の販売は困難であった場合、同数量の「販売ができない事情」があるとして、当該事情に相当する金額が推定額から控除されます。
ただ、本件のように、特許の特徴部分が製品の一部にのみ実施されるという事情がある場合、条文上からは、どの要件の下で当該事情を考慮すべきかは必ずしも明らかではありませんでした。この点、主な考え方として、当該事情を特許法102条1項の「単位数量あたりの利益の額」の算定にあたり考慮する説(本文説)、同項但書きの「販売ができない事情」として考慮する説(但書説)、それらいずれとも異なり民法709条の因果関係の問題として別途考慮する説(民法709条説)の3つに分かれていました。
なお、特許法102条1項は、令和元年特許法改正により改正されましたが、本判決の判示は改正後の条文にも妥当し得るものと考えます。
(2)知財高裁による損害の算定方法
まず、知財高裁は、本件特許が製品の一部にのみ実施されるという事情がある場合でも、製品販売による特許権者の限界利益の全額が逸失利益として事実上推定されると判示しました。ただし、本件特許が利益の全てに貢献しているわけではないことから、当該事情を、限界利益の事実上の推定を一部覆滅させるものであるとして、限界利益から約6割を控除しました。この判示は、限界利益がそのまま「単位数量あたりの利益の額」とまず推定されることを前提に、製品の一部にのみ実施されるという事情により限界利益のうち一部の推定を覆して最終的な利益の額を決定するものであり、3つの学説のうち本文説を採用したものと理解できます。知財高裁は、寄与度という概念を用いた原審の算定方法を「根拠がない」と否定し、寄与度による利益のさらなる減額を認めませんでした。
他方で、知財高裁は、両製品の価格の違い等から、控訴人みずから同数量の「販売ができない事情」があるとし、原審と同じく5割の推定覆滅を認めました。もっとも、知財高裁は、原審が寄与率の検討において減額要素として認めた一部の事情(本件特許の特徴が需要者の目に触れる部分でないこと、代替技術の存在)を減額要素として認めませんでした。
以上の算定方法に基づき、結論として、知財高裁は、原審判決の4倍以上となる4億4006万円の損害を認めました。
(3)本判決による実務への影響
従前の裁判例では、特許発明が製品の一部にのみ実施される場合の損害算定について判断が統一されていませんでした。このような状況下で、本判決が、本文説に依るべきことを判示したことは、今後の実務に与える影響は大きいと考えます。
また、寄与度という概念を用いることを否定した点も注目されます。「寄与度」とは、特許法102条各項に基づく損害算定にあたり、特許発明の貢献度に応じて損害額を適切な範囲に限定するために、一部の裁判例や学説により導入されたものです。しかし、何を評価基準とするか、寄与度(又は非寄与度)の立証責任の所在等について見解が統一しておらず、仮に特許権者が利益の額に加えて寄与度をも立証しなければならないとすれば、立証責任を容易にしようとした同条の趣旨に反する等の問題点が指摘されていました[4]。本判決の算定方法は、特許発明による貢献が限定的であることを、寄与度ではなく、限界利益の事実上の推定の覆滅事由と捉えることで、侵害者が反証すべきであることを明確にした点においても一定の意義があると思われます。
もっとも、本判決の算定方法によっても、利益の推定覆滅のためにどのような要素をどの程度重視するかは、いまだ明らかにはされていません。本判決が原判決の4倍もの損害額を認めた理由についても、算定方法の違いにのみ起因するとは直ちにいいきれず、さらなる検討が必要です。知財高裁としては、昨年の知財高裁大合議判決[5]に続けて、賠償額が低額に過ぎるとの批判もあった損害論に関するルールの明確化を進めており、特許法102条1項の改正と相まって、賠償額の高額化へ作用する可能性もあります。損害論に関しては、懲罰的賠償や利益吐き出し型賠償の導入の是非についての議論も続けられているところ、知財高裁の示した新たなルールが訴訟の結果にどの程度影響するかを見極めるためには、引き続き今後の事例に注目する必要があります。
以上
[1] 知財高裁令和元年6月7日判決(「炭酸パック化粧料」事件)
[2] 大阪地裁平成30年11月29日判決
[3] 令和元年特許法改正前の条文が適用されており、本稿でも特にことわりのない限り同改正前の条文を指すものとします。
[4] 田村善之『特許権侵害に対する損害賠償額の算定 −裁判例の動向と理論的な分析−』(パテント・2014年)141頁
[5] 前掲注1・知財高裁令和元年6月7日判決
弁護士 倉本 武任
1.はじめに
知的財産権に関して、侵害を主張する被侵害者は、損害賠償請求権の根拠となる事実の主張・立証責任を負い、侵害があると主張する被侵害者が、自己の損害を立証しなければなりません。しかし、知的財産権侵害の場合は、損害額の証明が事実上困難であることから、損害額の推定およびみなし規定が設けられています(特許法102条、商標法38条、不正競争防止法5条等)。
令和元年5月10日に成立した改正特許法[1]は、侵害した者が不当に得をしないように、損害賠償額算定方法の見直しを行っており、知的財産権の侵害に対しては、より権利者の保護を拡充しようとしています。そのような中で、令和元年6月7日に特許法102条2項及び3項[2]の損害額の算定方法に関する判断基準を具体的に示した知財高裁大合議判決が出されました。本稿では、同判決が示した判断、同判決の内容について検討します。
2.事案の概要について
名称を「二酸化炭素含有粘性組成物」とする発明に係る2件の特許権を有する化粧品メーカーである被控訴人(原審原告)が、控訴人ら(原審被告ら)が製造、販売する炭酸パック化粧料(原審被告ら各製品)は上記各特許権に係る発明の技術的範囲に属する等主張して、特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めた事案です。
3.本判決における主要な争点
本判決における争点のうち、損害論における主要な争点は、
①特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額、推定覆滅事由
②特許法102条3項所定の受けるべき金銭の額
です。
4.本判決の判断について
(1)侵害者の利益及び推定覆滅事由(争点①)について
ア 侵害行為により侵害者が受けた利益の額
本判決は、特許法102条2項所定の「侵害者が受けた利益の額」とは、具体的には、侵害者の侵害品の売上高から侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり、その主張立証責任は特許権者側にあるとし、控除すべき経費について、侵害品についての原材料費、仕入費用、運送費等は、侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費に当たるが、管理部門の人件費や交通・通信費等は、通常、侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費に当たらないことを示しました[3]。
イ 推定覆滅事由について
本判決は、特許法102条2項における推定覆滅事由について、同条1項但書きの事情と同様に、侵害者が主張立証責任を負い、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれにあたるとして、具体的には、①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情を挙げ、これらの事情については、特許法102条1項但書きの事情と同様、同条2項についても推定覆滅の事情として考慮することができることを示しました。
(2)ロイヤルティについて(争点②)
本判決は、特許法102条3項は、特許権侵害の際に、特許権者が請求し得る最低限度の損害額を法定した規定であるとし、平成10年の特許法改正により、同項の「その特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額」との定めから、「通常」の部分が削除された経緯を理由としてあげたうえ、特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき、実施に対し受けるべき料率は、むしろ、通常の実施料率に比べて自ずと高額になるであろうことを考慮すべきであるとしています。そして、実施に対し受けるべき料率は、①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ、②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性、代替可能性、③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきとし、具体的な考慮要素を示しました。
(3)結論
本判決は、結論として原判決(大阪地方裁判所平成27年(ワ)第4292号)の判断に誤りはなく、控訴人ら(被告ら)の控訴は理由がないため、いずれも棄却すべきと判断しています。
5.本判決に対する検討
本判決の内容は、従前、実務書等にも紹介されている見解を具体的に説明しているだけという点では、実務家からは面白みのないものとも考えられているようです。しかしながら、冒頭で触れたように特許法改正により損害額算定規定の見直しが図られ、より権利者の保護を拡充しようというタイミングで、あえて、損害賠償額について丁寧な解説をする判決を出したという点については、裁判所としてプロパテントの立場を宣明し、今後、知的財産権一般の損害賠償額の判断にあたって、権利者保護を重視する姿勢を示したものと評価できます。
特許に限らず、知的財産権一般の侵害訴訟において、損害論の審理に入った段階で、原告側は、損害額の算定方法に関する規定の適用を主張しますが、その適用や要件についてさらに主張・立証を尽くす必要があります。また、被告側が売上額等を誠実に提出するとは限らず、侵害論で侵害が認められているにもかかわらず、結論として認定される損害賠償額が低いという話もあります。このように知的財産権の侵害に対して裁判を起こしても、賠償額が低ければ、権利者は訴えを躊躇し,ひいては知的財産権自体の価値の低下を招きかねません。
先の特許法改正にあたっては、懲罰的損害賠償制度の導入という話もあったようですが、填補賠償という不法行為の損害賠償制度の基本原則と相容れないとして、導入は見送られているようです。しかし、お隣の国、韓国では、本年7月9日から他人の特許権・営業秘密を故意に侵害した場合、損害額の最大3倍までの損害賠償を認める懲罰的損害賠償制度が施行されています。韓国では、従前、損害賠償額が大きくなかったため侵害が予想されても、まず侵害から利益を得て、事後に補償すればよいという認識が多いというまさに侵害し得な状況であったことが導入の理由です。
日本では立法として、まだまだ、権利者の保護が十分とはいえません。これまでは、十分に整備がされていない立法の下で、裁判所が裁量により損害額を認定するという場面が多く、裁判所としても、損害額の認定にあたって慎重にならざるを得ないところはあったのではないかと思われます。したがって、本判決も、丁寧な説示をしたに留めざるを得ず、今後、裁判所が実際の金額として、権利者の利益の救済を図るには、やはりよって立つ法律が十分に整備されるべきであると考えます。
以上
[1] 改正特許法では①侵害者が得た利益のうち、特許権者の生産能力等を超えるとして賠償が否定されていた部分について侵害者にライセンスをしたとみなして、損害賠償を請求できること、②ライセンス料相当額による損害賠償額の算定に当たり、特許権侵害があったことを前提として交渉した場合に決まるであろう額を考慮できることが明記されます。
[2] 特許法102条2項は、侵害者が侵害行為により利益を受けている場合に侵害者の利益を損害額と推定する規定、特許法102条3項は、特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害額として賠償請求できる旨を定めた規定です。
[3] 特許法102条2項の侵害者の利益については純利益、粗利益を指すのかについて議論があり、近年では、利益とはいわゆる限界利益を意味し、人件費や減価償却費のような販売管理費のうち、売上増減と無関係に必要とされる費用は、控除対象費目には含まれないと考えられており、本判決は同見解に沿った判断です。
著作権法の諸改正
弁護士 苗村 博子
1.多方面からの改正
著作権法は,昨年末から施行された多方面からの改正があり,また今年も改正が見込まれそうです。登録を必要とし,また企業活動に関わることの多い他の知的財産と異なり,著作権は,登録を要さず,また私たち個人も創作する側になったり,利用する側になったりする最も身近な知的財産権です。このような特徴から,その権利保護と過度の保護による利用者の不利益の調整の場面が最も多く現れる権利であり,権利保護強化の方向(プロ),権利制限の方向(コン)の改正が行われた(る)ということでしょう。
まず,プロとなる改正については,著作権の保護期間が著者の死後70年となるということが挙げられます。また今年の通常国会で,「リーチサイト」への規制に刑事罰が盛り込まれる点も海賊版への対応という意味では,一步前進と言えるでしょう。
一方,著作権の権利制限的な効果についての改正としては,柔軟な権利制限規定の整備が挙げられます。他にも改正があるのですが,今回はこれらの改正に絞って紹介していきましょう。
2.権利保護期間
TPP(環太平洋連携協定)が2018年12月30日に発効し,著作権の保護期間が,著者の死亡後70年とされました。団体が著作者である場合や映画や実演については公表後70年となります。レコードについては発行後70年となります。
海外の著作物に関しても,著作権の発生国がベルヌ条約加盟国であれば,例えば著作者の死亡後50年としているなど,日本の保護期間より短い場合は,その発生国の保護期間と同じ期間だけの保護となりますが,発生国が70年の保護期間を定めていれば,日本と同期間保護がなされることになります。実は,このあと述べる「マンガ」等を除けば,日本は,著作権に関しては,輸入の方が断然多く,経済的な観点からすると,海外の著作物の保護期間が20年分多くなり,その分,支払うロイヤルティは,増える計算になってしまいます。日本にいる利用者にとっては,フレンドリーな改正ではないのです。
3.デジタル化,ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備
(1) 制限規定の規定の仕方
権利者と利用者間の利害の調整について,米国では,いわゆるフェアユースという一般的な制限規定が置かれ,時代,技術の進歩に応じた柔軟な著作権の制限が可能となっており,日本でもフェアユース規定をおくべきかは,長く議論されてきました。しかし,今回もこの導入は見送られ,現状のいわゆる著作権の例外といわれる規定について,新たに3つの制限規定が設けられ,また整備されました。
(2) 著作物に表現された思想または感情の享受がない場合
まず,一つ目は著作物に表現された思想または感情の享受を目的としない利用について,①著作物の利用に係る技術開発・実用化の試験のための利用(著作権法30条の4,1号),②情報解析を目的とするもの(同条2号)及び③電子計算機による情報処理の過程における利用等に供する場合(同条3号)を具体例として挙げる権利制限の規定を設けました。
この「表現された思想又は感情」の「享受」が何を意味するかですが,文化庁は,著作物等の視聴等を通じて,視聴者らの知的または精神的欲求を満たすという効用を得る行為だとしています※1。また主目的は享受でなくても,享受も同時に起こる場合として,例えば民間の漫画教室で,作画技術を学ばせるため,著名な漫画のコピーを生徒に渡すような場合を挙げており,このような利用は著作権法30条の4の権利制限には当たらないとしています。受け手が機械の場合には享受していないと今は言えると思いますが(今後AIにも心があるなどというほど,AIが進化すると機械による表現の享受というような場面が出てくるかもしれません),人間が著作物を受け取る場合には,著作物に表現された思想又は感情が受け手に享受されていないかの吟味が必要です。①の典型例として,美術品の複製に適したカメラやプリンターを開発するために,美術品を試験的に複製する行為が挙げられています。また②については,ディープラーニングの方法によるAI開発の為の学習用データとして著作物をデータベースに記録するような場合も対象となるとされます。③は,コンピュータの情報処理の過程でいわゆるバックアップが作られる様な場合やリバースエンジニアリングによるプログラムの調査解析もこれに含まれるようです。
(3) 電子計算機による著作物利用に付随した利用
次に,電子計算機による著作物の利用に付随する利用も通常権利者の利益を害さない行為として導入され,規定の整理がされて,同法47条の4の条文にまとめられました。大まかには,1項がキャッシュの作成行為,2項がバックアップの作成行為に該当するとのことです。1項は,電子計算機における利用を円滑又は効率的に行うために計算機の利用に付随する利用に限られ,2項は,電子計算機における著作権の利用の維持又は回復を目的とする場合に限られています。また両項ともに,必要と認められる限度という制限が付き,さらに,但書きとして著作権者の利益を不当に害する場合が除かれています。1項によって,情報処理の高速化のためのキャッシュの作成,サービスプロバイダがウイルスや有害情報等のフィルタリングを行うための複製が認められることになり,2項では,スマートフォンを替える場合の古いスマートフォンのメモリの新しいスマートフォンへのデータ移行のための一時的な複製行為などが例外として明記されたことになるといわれています。しかし,その結果,古いデータが削除されず,いずれも使えるような状態を維持すると,但書きの権利者の利益を不当に害することになりかねません。従って,これらの例外規定については,個別に検討が必要となってきますので,その点注意が必要です。
(4)電子計算機による情報処理等に付随する軽微利用
最後の権利制限規定は,(2),(3)とは違い,若干権利侵害はあるかもしれないものの,それが軽微であることを理由に,同法47条の5に限定列挙する形で権利制限を認めたものです。1項1号では,所在検索サービスを定め,いわゆるキーワード検索の際に,著者や文献名などと共に,著作物の文章の一部を提供する場合を定めています。2号は,情報解析サービスについて定め,その結果を提供することを定めており,例として,他の論文からの剽窃を検証するサービスにおいて,オリジナルの論文の一部を提供するサービス等を挙げています。3号ではこれ以外についても政令で定めることができるとしています。検索の対象となる著作物ということですので,公衆に向けて提示,提供された著作物だけが対象となります。いずれも軽微な場合だけが権利制限の対象ですので,提供される分量や表示の精度などによって,この規定の基準を満たしているかが判断されることになります。
4.リーチサイト規制への刑事罰導入
この改正は,これから国会審議に係る改正です。漫画の海賊版サイト等が問題となり,これらのサイトをプロバイダがブロックすべきとする法制度が検討されましたが,憲法上の通信の秘密(憲法21条2項)との関係で,これは見送られました。が,かような違法サイトを紹介するサイト(リーチサイト)への刑事罰と共に,静止画のダウンロードについての刑事罰を盛り込んだ著作権改正が2019年の通常国会で審議されると新聞報道されています※2。これまで録音,録画については,違法にアップロードされたものについてのダウンロードが,刑事罰の対象とされてきましたが(著作権法119条3項),これが静止画にも拡大され,漫画などのダウンロードを刑事罰化しようというものです。ただ,動画,音楽についても刑事罰が適用されたケースはほとんど無いようですので,この点は啓発活動にしかならない可能性があります。なお,このリーチサイトに対して,東京地裁において違法サイトのURLについて削除命令が発令されたとの報道がありました。ブロッキングまで法制化せずとも違法サイトを無くすよい手段になることが期待されます。
※1:文化庁「著作権の一部を改正する法律(平成30年度改正)について(解説)」
※2:日本経済新聞2019年1月26日記事
フラダンスの振付に著作物性を認めた判決について
弁護士 倉本 武任
1.はじめに
2018 年9 月20 日に、大阪地方裁判所で当事務所が原告代理人を務めた裁判において、原告のフラダンスの振り付けに著作物性を認める判断が下されました(以下「本判決」といいます)。舞踊は、著作権法上、著作物の一つに例示されており(著作権法10 条1項3 号)、振り付けを創作した者は、著作権、著作者人格権を有します(同法2 条1 項2号、17 条1 項)。著作物として認められるには、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることが必要であり、過去の裁判例では、社交ダンスについて、振り付けの創作物性が否定されるなど(以下「Shall we ダンス?事件判決」といいます)※1 ダンスの振り付けについて通常より高度の創作性が求められているとも考えられていました。しかし、本判決は、フラダンスの振り付けの著作物性の有無を判断するにあたり、Shall weダンス?事件判決が示した枠組みではない、新たな判断を示しました。
2.事案の概要について
ハワイ在住のクムフラ(フラダンスの師匠ないし指導者)である原告は、従前フラダンス教室事業を営む被告と契約を締結したうえ、被告やその会員に対してフラダンス等の指導、助言を行っていました。原告は、フラダンスの各楽曲を作詞作曲するとともに、それら又は他者が作詞作曲した楽曲について、フラダンスの振り付けを作り、被告の会員に対してそれらの振り付けを指導、助言し、会員は当該振り付けを、被告主催のイベントで上演したり、イベントに参加するための練習として教室で上演していました。
その後、両者の契約関係が解消され、原告は、以後は自ら作ったフラダンスの振り付けを被告の会員が上演することを禁止する意向を示しましたが、被告は、契約関係解消後も、少なくとも、原告作成の振り付けの一部を使用することがありました。そこで、原告が被告に対して、著作権侵害に係る請求として、そのうちのさらに一部を取りあげて(以下、「本件各振り付け」といいます)、著作権法112 条1 項に基づき、その上演の差し止めおよび損害賠償請求を求めました。
3.本判決における主要な争点
本件各振り付けのうち、原告が著作権を有する著作物であると被告も認める振り付け※2 を除く振り付け(以下、「対象振り付け」といいます)について著作物性が認められるかが主要な争点となりました。
4.本判決の判断について
(1)作者の個性の表れと認めることができるか否かについて
本判決は、フラダンスの特殊性は、楽曲の意味についてハンドモーション等を用いて表現することにあるとしたうえ、ハンドモーションとステップのそれぞれについて、作者の個性の表れと認めることができる場合とできない場合を示しました。
そして本判決は、ハンドモーションについて、①ある歌詞に対応する振り付けの動作が、歌詞から想定される既定のハンドモーションでも、他の類例に見られるものでも、それらと有意な差異が(ある)場合、②たとえ動作自体はありふれたものであったとしても、それを当該歌詞の箇所に振り付けることが他に見られない場合、③歌詞の解釈が独自であり、そのために振り付けの動作が他と異なるものとなっている場合には、作者の個性が表れていると認めるのが相当であると判断しました。
(2)舞踊の著作物性が認められる範囲
本判決は、楽曲の振り付けとしてのフラダンスは、作者の個性が表れている部分やそうとは認められない部分が相まった一連の流れとして成立するものであるから、そのようなひとまとまりとしての動作の流れを対象とする場合には、舞踊として成立するものであり、その中で、作者の個性が表れている部分が一定程度にわたる場合には、そのひとまとまりの流れの全体について舞踊の著作物性を認めるのが相当であると判断しました。
(3)著作権侵害の成否の判断基準
本判決は、振り付け全体を対象として検討すべきであるとしたうえで、フラダンスに舞踊の著作物性が認められる場合に、その侵害が認められるためには、
①侵害対象とされたひとまとまりの上演内容に、作者の個性が認められる特定の歌詞対応部分の振り付けの動作が含まれることが必要なことに加えて
②作者の個性が表れているとはいえない部分も含めて、当該ひとまとまりの上演内容について、当該フラダンスの一連の流れの動作たる舞踊としての特徴が感得されることを要すると解するのが相当であると判断しました。
(4)具体的あてはめ
本判決は、対象振り付けについて振り付けごとに、一定の歌詞に分け、分けた歌詞に対応する振り付けの動作について、原告の個性が表れているかそれぞれ検討したうえで、振り付け全体について、完全に独自な振り付けが見られるだけでなく、他の振り付けとは有意に異なるアレンジが全体に散りばめられていることから、全体として見た場合に原告の個性が表現されており、対象振り付けについて各振り付け全体としての著作物性を認めるのが相当であると判断しました。
5.本判決に対する検討
(1)求められる創作性について
Shall we ダンス?事件判決は、既存ステップの組み合わせを基本とする振り付けが著作物に該当するには、単なる既存のステップにとどまらない顕著な特徴を有するといった独創性※3 を備える必要があるとし、その理由として振り付けの自由度が過度に制約されることになりかねないことをあげます。
しかし、本判決は、創作性については、独創性までは求めず、作者の個性の表れと認められるか否かという観点から判断し、原告の対象振り付け全てについて曲全体の振り付けに著作物性を認めています。
舞踊の振り付けについては基本動作※4 であっても組み合わせには個性が発揮され、身体を使った動きも多様で、表現の選択の幅は広く捉えることができるとも考えられ、Shall we ダンス?事件のような独創性まで求めず、個性の表れで足りるとした点は、創作性の要求水準を下げつつある判例※5 の潮流にも乗ったものとして、権利者側には十分評価されるものと思われます。
(2)振り付け全体の著作物性を問題とする点について
本判決は、振り付け全体の著作物性を問題としていますが、楽曲の振り付けとしてのフラダンスは、ひとまとまりとしての動作の流れを対象として初めて、舞踊として成立するものであることからすれば、振り付け全体が対象となるのは当然と思えます。
そして、フラダンスの特徴からすれば、著作者としても個々のハンドモーションやステップではなく、上演内容たる振り付け全体が自身の著作物と考えるものと思われます。また、実際に振り付けを創作するにあたっても、振り付け全体との関係で、個々の振り付けの動作を考える以上、振り付け全体の著作物性を問題とした本判決は、創作活動の実態を踏まえたものとも考えられます。
※ 1: 東京地裁平成24 年2 月28 日判決
※ 2: 当該振り付けについては、被告は契約関係解消以降、当該振り付けの使用をしていないと主張しています。
※ 3: 上野達弘 コピライトNo.686/vol.58 2018 年6 月号 13頁~15頁ではそもそもこのフレーズは、タイプフェイスの著作物性が問題となったゴナU 事件最高裁判決(最高裁平成12 年9 月7 日第一小法廷判決)が示したフレーズであり、あくまで印刷用書体に限って妥当すると理解すべきとされています。
※ 4: 上野達弘 法学教室 2018 年2 月号「舞台芸術と知的財産法」29 頁 注釈11 では、古典フラとは異なり、現代フラにおいては、多種多様なハンドモーションやステップ、身体の向き、顔や目線の向き、重心の位置、ターンの仕方等の選択と組み合わせが行われるものであるとして、フラダンスの創作性を肯定することに好意的な意見を述べています。
※ 5: TRIPP TRAPP という赤ちゃん用椅子のデザインに著作物性を認めた知財高裁平成27 年4 月14 日判決、ピクトグラムに関する大阪地裁平成27 年9 月24 日判決など。
~営業秘密と認められるための秘密管理性―刑事事件では?~
東京高裁平成29年3月21日判決
弁護士 立川 献
1.はじめに
不正競争防止法上の営業秘密に該当するには、
①秘密として管理されている〔秘密管理性〕
②生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報〔有用性〕
③公然と知られていない〔非公知性〕
との3 つの要件を満たす必要があります。
被害者が不正競争防止法上の救済を受けることができるかどうかを決する意味で、また違反者に刑事罰を受けさせられるかについても、被害者の実施する秘密管理体制が、法にいう〔秘密管理性〕を満たすものであるかどうかは、非常に重要な問題となります。
〔秘密管理性〕が要件とされている趣旨は、「事業者が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が従業員や取引先に対して明確化されることによって、従業員等の予見可能性、ひいては、経済活動の安定性を確保すること」にあり※1、保有者の特定の情報を秘密として管理しようとする意思が、保有者の実施する具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要があるされています。
かかる指針のもと、営業秘密の保有者としては、どのような具体的措置を採っていなければならないのでしょうか。
この度、東京高裁にて、営業秘密侵害罪(ただし平成27 年の改正前の法21条1 項3 号ロ、同条1 項4 号)に関する判決が下されました。
2.本件の事実関係
(1)起訴事実等
通信教育等を業として行う株式会社Oが、システム開発会社P に対して、情報システムの開発を委託した。被告人AはP 社の3 次下請人である。A は、開発作業のため、O 社のデータサーバにアクセスできるID 及びパスワードを貸与されていた。A は、① P 社貸与の業務用パソコンでO 社のサーバにアクセスし、1000 万件以上の顧客情報をダウンロードして保存、その後自ら所有するスマートフォンに当該データを保存して領得し、②大容量データ送信サービスで、同顧客情報をアップロードし、株式会社D社(名簿業者)代表取締役に、同顧客情報をダウンロードするためのURL 等を送信し、同顧客情報をダウンロードさせ、顧客情報を開示する等して起訴された。
第一審(東京地方裁判所立川支部平成28 年3 月29 日判決)は、秘密管理性について、「①当該情報にアクセスできる者を制限するなど、当該情報の秘密保持のために必要な合理的管理方法がとられており、②当該情報にアクセスした者につき、それが管理されている秘密情報であると客観的に認識することが可能であることを要する」との民事上の差止請求権が認められる場合の一般的基準と同様の基準を挙げ、「それを超えて、…外部者による不正アクセス等の不正行為を念頭においた、可能な限り高度な対策を講じて情報の漏出を防止するといった高度な情報セキュリティ水準まで要するものとはいえない」としました。
①につき、
・当該情報にアクセスできるかは、開発中の本件システムのアカウントを利用できたか否かによるが、O 社とP 社は、業務上の必要性を吟味し、不要な部署や従業者に対してはアカウントの使用を許していなかった/・アクセスできる従業員の数が限定されていた/・情報にアクセスできる端末が錠付きチェーンロックで固定され持出しが不可能とされていた、/・セキュリティソフトによりUSB メモリ等によるデータの持出しが禁止されていた(ただし、このソフトは一定の機種のスマートフォンへのデータ移転に対しては機能しない)/・秘密情報の管理についての社内規程、研修等が整備されていた
②に関しては、
・本件システムの内容と目的、顧客情報の性質/・A 自身も研修を受講のうえ、秘密保持に関する同意書を作成していたこと、等を認定し、秘密管理性を認めました。
(2)控訴審(本件)
判決 原判決破棄自判懲役2 年6 月及び罰金300 万円
控訴審は、「顧客情報へのアクセス制限等の点において不備があり、大企業として採るべき相当高度な管理方法が採用、実践されていたといえなくても、当該情報に接した者が秘密であることが認識できれば、全体として秘密管理性の要件は満たされていたというべきである」とし、セキュリティ研修の実施、秘密保持に関する同意書の提出を求め、本件システム及び本件顧客情報の性質等を併せ考慮すると、秘密管理性の要件は満たされていた、としました。
ただし、①データベースにアクセスするアカウント情報が共有フォルダに保存されていた、②私物スマートフォンの執務室への持込が禁止されていなかった、③アラートシステムが機能していなかった、④ A が3 次派遣の労働者に該当し、上長においてもA の所属先会社を知らなかった、との秘密管理上の不備を指摘し、被害者O 社側の落ち度も大きいとの点を量刑判断に反映させました。
3.検討
本件は、システム開発を委託した先の下請人が、開発の便宜のために貸与されたアクセス権限を悪用したというものです。
秘密管理性については、一定の厳格な基準を設け、事案に関係なく、この基準を当てはめるる客観説に立脚し、秘密管理性を厳格に考える裁判例※2 が続きましたが、ポリカーボネート樹脂製造装置事件(知財高裁平成23 年9 月27 日判決)以来、秘密管理性を秘密情報の希少性や企業の規模や状況等と勘案して、必要な管理体制を認定する相対説に裁判例が登場してきています※3。
本件においては、データベースにアクセスするためのアカウント情報が共有フォルダ内に保存されていたことが認定されており、客観説的な考え方に立脚すれば、秘密管理性が認められないと考えることもできそうです。しかし、秘密管理性が認められるための要件の②秘密情報であることの(客観的)※4 認識可能性こそが重要であり、①(秘密管理措置)と②を独立した要件とみるのは相当でなく、「当該情報に接した者が秘密であることが認識できれば、全体として秘密管理性の要件は満たされていたというべきである」と明示した点に特徴があります。
今後は、秘密情報にアクセスできる者に対して、いかなる情報が秘密情報であるか、確実に認識することができる措置(同意書作成、研修等の受講報告等)の整備を行い、アクセス者の認識を文書化しておくことも、疎かにすることができない重要な要素となると考えられます。
※ 1:経済産業省知的財産政策室著『逐条解説不正競争防止法』41 頁、http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/28y/full.pdf
※ 2:例えば東京高裁平成13 年3 月19 日決定など、知財管理Vol.52,No.9,2002 にて苗村が評釈。
※3:知財管理Vol.62 No.10,2012
※4:本判決は、客観的認識可能性と述べていますが、本来は当該接触者の認識可能性が要件と考えてよいところです。
日本の裁判所で外国特許権に基づく差止紛争?!
弁護士 渡辺惺之
日本企業X社と同じく日本企業Y社との間に、Y社の外国における製品頒布がXの当該外国特許権の侵害に当たるとして、X社がY社若しくはその取引先に警告状を発送するなどしY社の外国における頒布行為の差止めのおそれが生じている場合、Y社側から、Xに対して差止請求権の不存在確認を、日本の裁判所に訴えることができるであろうか。
答えはY社ESである。大阪地判平成19年3月29日(平成18年(ワ)第6264号、最高裁HPで公開)は正にこのタイプの事件に関する注目すべき判例である。
グローバル化する知財紛争の中でこれまで余り考えられてこなかったようなタイプの訴訟が提起されようになっている。このような国際知財紛争に関する訴訟を考える際に、重要な基本判例となっているのは、カードリーダー事件最高裁判例(最高裁判例平成 14 年 9 月 26 日判例タイムズ 1107号 80 頁)である。
カードリーダー事件は、日本在住の米国特許権者が、同一発明について日本その他の国の特許権を有する被告日本会社に、米国特許権侵害を理由として損害賠償請求及び日本国内での侵害製品の製造差止などを請求した事件である。最高裁は日本の裁判管轄については特に理由判示はせずに認めた。その上で、本案については、損害賠償請求については不法行為として準拠法を米国法とし、又、差止請求については特許権の効力の問題として米国特許法を準拠法としながら、いずれの請求についても棄却した。この判例については多くの判例評釈や解説が公刊されている。各評釈は、見解に違いはあるが、損害賠償請求を棄却した点を除けば、大方は判決の結論に賛成している。日本に裁判管轄を認めた点についても広く支持されている。外国特許権に基づく差止裁判について、カードリーダー最高裁判例から外国特許権に基づく差止請求について導かれるのは、(1)侵害訴訟は外国特許に関する事件であっても、被告の住所が日本にあれば裁判管轄が肯定されるという点、及び、(2)差止の許否の判断の準拠法は当該の特許権登録国法であるという点である。
カードリーダー事件の場合、外国特許権に基づく差止請求の対象は、日本における侵害製品の製造行為であったが、外国における製品頒布の差止請求権がないことの確認を求めた先例として、コーラル事件判例(東京地判平成15年10月16日判例タイムズ1151号109頁)がある。
コーラル事件は、原告日本企業X社がサンゴ砂から製造した健康サプリメントを米国に輸出販売していたところ、同じく日本企業である被告Y社が、その頒布が自社の米国特許の侵害に当たるとして、X社の取引先に警告書を送付したという事例であった。Xが、X製品はY社の米国特許と抵触せず、Y社の警告書の送付行為は不正競争行為として、その差止めを求めるのと併せて、Xの米国での製品頒布に対する差止請求権が不存在の確認を請求した。判決は、日本の国際裁判管轄に関しては、カードリーダー判例に従い、日本国内に被告の住所が所在することを挙げて肯定した。又、差止請求権不存在確認については、米国特許法を準拠法として、X製品のY社特許権侵害性を否定し、差止請求不存在を認容した。確認の利益について、Y社主張の日本の裁判所による不存在確認の米国内での実効性についても外国判決承認の可能性を指摘し、原則的に確認の利益を肯定した。これらの論点に関する限り、確認の利益についての判断を除けば、コーラル判決はカードリーダー判例から予測できる判断であり、カードリーダー最高裁判例の射程内にあるといえる。冒頭に掲げた設問に対する答えがY社ESであることは、この判例からも明らかである。
初めに紹介した大阪地裁判例は、同じく外国での製品頒布に対する差止請求権不存在確認事例であるが、事件内容はかなり異なり、注目すべき論点を含む。事件は、日本企業間で、先に日本の裁判所で当事者間に成立した裁判上の和解による、「計量はかり」に関連した特許権に関する外国特許権をも含めた国際的なクロスライセンス契約があって、原告A社は問題のヨーロッパ(英国)特許権はこのライセンスの範囲内と主張したのに対し、被告B社は和解の範囲外と争った事例である。B社は英国でA社の取引先を相手取りヨーロッパ(英国)特許権の侵害であるとして頒布差止請求訴訟を提起している。大阪地裁の判決は、先ず日本の国際裁判管轄を肯定し、本案に関してはライセンス契約の範囲外と認め、差止請求権不存在確認を棄却した。
外国特許権に基づく差止紛争であっても、被告の住所が日本に所在する場合には、国際裁判管轄を肯定できることは、カードリーダー判例から明らかである。この大阪地裁判例で興味深いのは、当事者AB間でヨーロッパ(英国)特許権の有効無効に関しては主張しないという訴訟契約が交わされていたことである。裁判所は、特許権の登録国である英国に、特許権の有効性に関する争いをも含めた原則的な裁判管轄があることを前提として、英国で既に係属している別件訴訟における英国特許権の無効判断の帰趨を意識し、慎重な対応をしたように思われる。
一連の判例で注目されるのは、差止請求権不存在確認という消極的確認請求に関する確認の利益判断が、柔軟に解されている点である。一般に消極的確認請求の場合、確認の利益は、積極的確認と比して厳格に判断すべきであると教科書類では説かれている。しかし、知財関連の差止事件では、むしろ差止を命じる必要性があるかが大きな問題である。しかし、差止請求不存在確認訴訟では、請求棄却の場合でも、差止請求権の存在を確定はするが執行力を欠く。知的財産権に基づく差止紛争の解決形態としては、差止請求という給付請求に比してマイルドな形態と考えることもできる。恐らくそこからコーラル事件でも、外国特許権に基づく差止請求不存在確認について確認の利益を原則的に肯定する判断がなされ、大阪地判の場合にも、英国内でにおける差止請求権の存否を、特許権の登録国ではない日本で確定する利益を肯定したと考えられる。
この大阪地裁判例は、この他にも、国際的なクロスライセンス契約の解釈、信義則に基づく判断に際しての準拠法など、興味深い論点を含むもので、今後の国際的な知財訴訟について示唆に富んだ注目すべき判例といえる。
攻める知財―各国の水際対策(1)
弁護士 苗村博子
1.訴えられたら防戦する、かような守りの知財保護だけではなく、近時、皆様の重要な無形財産である知財を用いて、攻めることを始めた日本企業も出てきました。今回は、その方法の中でも比較的安価で、短時間ですむ、水際対策について、ご紹介します。
2.まずは、日本の概略ですが、水際対策は、税関が本来自ら行う手続きで、知的財産の「侵害疑義物品」を調査し、「侵害品」と「認定」するとその物品の日本への輸入を差止めます。侵害品の輸入による消費者の混乱等の防止という公益目的で行います。が、侵害品か否かを最もよく知るのは、その権利者なので、権利者に「認定手続」の申立権を認めています。申立権者は、特許他の知的財産権と不正競争防止法上の周知表示、著名表示
の保有者です。
3.①権利の存在、②侵害の事実の疎明、および③識別可能性が要件です。③については、識別ポイントを示した資料が申立の際の添付資料とします。製品の表示、外観、形状、製品の特徴の分かりやすい記述、写真や比較図面による説明等の工夫を要します。主に商標、著作権などでよく活用されますが、特許権でもこの制度が用いられます。1~2 ヶ月で認定の受理の可否が決まります。
4.米国では、国際貿易委員会が、特許、商標、著作権の他営業秘密やトレードドレスの保有者の申立に従って行います。特許権者が多く利用しますが、デザインパテント(意匠権)も入ります。海外で製造された模倣品が、直接米国に輸入されているような場合に効果的です。決定までには15~18 ヶ月を要します。公益目的と言う点は同じで、国内産業要件という、米国内の産業を破壊または実質的に害する等のような物品の輸入差止めが認められます。外国企業でも、米国で、その知財を用いて活動し(技術的要件)、(A) 工場等への相当な投資、(B) 相当な労働者の雇用や資本投下、(C)研究開発、ライセンス等の知
的財産権の利用のための実質的な投資(経済的要件)をしていれば申立可能です。行政判事が審理を行うため、その結果の予測可能性は、陪審に比してずっと高く、侵害には排除命令(輸入排除)か、停止命令が発令されます。不服申立は、CAFC(知財高裁)に行います。この手続でも和解制度があり、半数ほどは和解で終了します。