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Tripp Trapp 事件の波紋 =応用美術の権利性は広がるか?=
弁護士 苗村 博子
平成27 年4 月14 日、知財高裁が、珍しく著作権の範囲で画期的な判決を出した。侵害そのものは認めなかったものの、実用品の最たるものである椅子のデザインについて、著作権を認めたのだ。これまで知財立国と言うにはほど遠く、応用美術にはほとんど目もくれないのが裁判所だった。他の多くの国では、応用美術にも著作権を認めているが、実用品については、特別顕著な創作性がなければだめだという理論で、著作物性すら認めないのが、今までの裁判所の態度だったのである。実用品で認められたのは、ほとんど一刀彫りといえる高級仏壇くらいである。裁判所は実用品のデザインを保護するのは3 年の保護期間しかない意匠権で十分だと考えていた節がある。そしてこの考えを美術以外のもの、たとえば私が一審で敗訴した(二審で相応の和解)建物やその他にまで及ぼし、著作物性の範囲を極端に狭く解するようになってしまい、私たち知財弁護士を悩ませ続けたのである。
知財高裁は言う。「著作権法が『文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的と』している事に鑑みると、表現物につき、実用に供されること又は産業上の利用を目的とすることをもって、直ちに著作物性を一律に否定することは、相当ではない。」と。そして、絵画、版画、その他の美術の著作物をあげる2 条1 項に、美術の著作物には美術工芸品を含むものとするとある2 項は、単なる例示に過ぎないとして、「例示にかかる『美術工芸品』に該当しない応用美術であっても、同条1 項1 号所定の著作物性の用件を充たすものについては、『美術の著作物』として、同法上保護されるものと解すべきである。従って、X 製品は、上記著作物性の用件を充たせば、『美術の著作物』として同法上の保護を受けるものといえる。」ともいう。待ち焦がれていた認定である。これからはいわゆるそっくりさん製品は姿を消して行くことになり、初めてそのデザインを想起し、表現した人に権利が与えられることになってくれることを切に願っている。
美術館及び庭園の増改築につき同一性保持権侵害の成否が争われた事例
~東京地裁令和4年11月25日決定~
弁護士 田中 敦
1 はじめに
令和 4 年 11 月 25 日、東京都町田市の国際版画美術館(「本件美術館」)及びこれに隣接する庭園(「本件庭園」)の増改築工事(「本件工事」)について、原設計者がその差止めを求めた事案で、東京地裁は、本件美術館が建築の著作物にあたると認めつつ、本件工事は著作権法上許容されるとして、差止請求の却下決定(「本決定」)を下しました。
本稿では、本決定にて、いかなる理由で建物の著作物としての保護が認められたかを解説した上、建物の著作物の改変による同一性保持権侵害の成否を検討します。
2 本決定の内容
(1)事案の概要
町田市が計画していた本件工事は、本件美術館や本件庭園の一部を生活道路とするもので、池の撤去やスロープの設置等、大規模な改修を含んでいました。これに対し、本件美術館及び本件庭園を設計した建築設計事務所の代表者であった債権者は、本件工事により、債権者が有する著作者人格権(同一性保持権)が侵害されると主張し、本件工事の差止めを求めました。
(2)争点
本件の争点は多岐にわたりますが、本稿では、本件美術館及び本件庭園の著作物性、及び、本件工事が「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法20 条2 項 2 号)として許容されるかの 2 つの争点を中心に解説します。
(3)裁判所の判断
ア 本件美術館及び本件庭園の著作物性
本決定は、まず、建築の著作物と認められ るには「、美術」の「範囲に属するもの」であり、かつ、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法 2 条 1 項 1 号)でなければならないとの一般論を述べました。また、美術の範囲に属するものといえるには、「建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えた部分を把握できる」ことが必要であるとの判断基準を示しました。本決定は、本件美術館のうち、色合いの異なるレンガが積み上げられた外壁、西側に設置された池、エントランスホールの吹き抜け部分について、実用的な機能と分離され、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えているとして、美術の範囲に属することを認めました。また、これら表現は、選択の幅のある中から選ばれたものであり、思想又は感情の創作的表現にあたるとして、本件美術館は建築の著作物として保護されると判示しました。これに対し、本件庭園については、本件庭 園を構成するいずれの部分(レンガ造りの門柱、歩道や広場、床に貼られた濃淡の異なる2 色の茶色のタイル、御影石のベンチ、球体の一部が地表から盛り上がるような形状の石材、モミジ園の遊歩道)も、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成であり、美術の範囲に属さないと判断されました。そして、本決定は、本件庭園については、本件美術館と一体となった建築物ともいえないと述べ、建築の著作物として保護されないと判示しました。
イ 本件工事が著作権法20条2項2号の改変として許容されるか
本決定は、建築物が、元来、人間が住み又は使うという実用的な見地から造られたものであることから、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築については、「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法 20 条 2項 2 号)にあたり、同一性保持権侵害の例外として許容され、他方で、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変には、同号は適用されないとの基準を示しました。
そして、本決定は、本件工事による本件美術館の変更について、町田市が保有する施設を有効利用する一環として計画されたものであることを詳細に述べた上、個人的な嗜好に基づく改変や必要な範囲を超えた改変ではなく、「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」として許容されると判示して、本件工事の差止めを求めた申立てを却下しました。
本決定に対し、債権者は即時抗告をしましたが、知財高裁は、本決定と同様の理由により、令和5年 3 月 31 日付けで即時抗告を棄却し、その後、当該棄却決定が確定したことが、債務者であった町田市のプレスリリースによって公表されています[1]。
3 解説
(1)本件美術館及び本件庭園の著作物性
ア 過去の裁判例の判断基準
著作権法は、著作物の例示の一つとして、「建築の著作物」を挙げています(著作権法10 条 1 項 5 号)。
過去の裁判例では、建築の著作物として保護されるには、「建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性」が求められるとして、通常の著作物よりも高度な創作性を要するかのような判示をしたものがありました(大阪高裁平成 16 年 9 月29 日判決(グルニエ・ダイン事件))。しかし、一部類型の著作物につき高度な創作性を求める見解に対しては、条文上の根拠が不明である、創作性の程度の高低は裁判所の判断になじまない、といった批判がありました。
イ 本決定が示した判断基準
本決定は、グルニエ・ダイン事件とは異なり、特段の高度な創作性を要求せず、対象の建築物が、美術の範囲に属するもの(著作権法 2 条1 項1 号)か否かを問題としました。これは、実用的な機能と分離して美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えており、かつ、当該部分が創作性を有していれば、著作物としての保護を認めるものであり、近時の応用美術の著作物性の判断にあたり主流となりつつある考え方です(知財高裁令和 3 年 6 月 29 日判決(「グッドコア」事件)、知財高裁令和 3 年 12 月 8 日判決(タコのすべり台事件)、知財高裁平成 26 年 8 月28 日判決(ファッションショー事件)。
ウ 本件庭園についての本決定の判断
本決定は、本件庭園の著作物性を否定するにあたり、本件庭園を構成する部分は、いずれも実用的な機能から設けられており、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていないと判示しました。しかし、本件庭園の歩道の床に貼られた濃淡の異なる 2 色の茶色のタイル等は、本件美術館の外壁のレンガと同様に、来訪者の鑑賞の対象となり得る余地があるように思われます。また、本件庭園に設置された、球体の一部が地表から盛り上がるような形状の石材については、本決定みずからも「装飾的な要素がありつつ」と認めているとおり、実用目的か装飾目的かを一概には判断できません。
このように考えると、「実用的な機能と分離して美術鑑賞の対象となり得る美的特性」をどのように理解するかは、難しい問題であり、さらなる検討課題となり得るところです。
(2)著作権法20条2項2号の改変として許容されるか
本決定は、「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法 20 条 2 項 2 号)とは、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築を意味し、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変は除かれるとして、過去の裁判例(東京地裁平成 15 年 6 月11 日決定(ノグチ・ルーム事件) で示された考え方を踏襲しました。
そして、本件工事による本件美術館の変更は、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築であり、著作権法 20 条 2 項 2 号の適用により許容されると判示しました。過去の複数の裁判例(大阪地裁平成 25 年 9 月 6 日決定(新梅田シティ庭園事件)、前記ノグチ・ルーム事件)では、建築の著作物の実用目的による増改築に対する同一性保持権の行使をいずれも認めておらず、本決定も、建築の著作物の実用目的での改変を広く許容する立場を取りました。
4 おわりに
建築の著作物については、条文上、著作権の行使が制限され(著作権法 46 条)、また、実用目的の増改築等に対する同一性保持権の行使も大きく制限されます。これらのことから、建築物の著作物性をやや緩やかに認めたとしても、権利行使の可否の判断において利害の調整を図ることができると考えます。本件では、本件庭園の著作物性を認めた上で、増改築の可否については著作権法20 条 2 項 2 号を適用することで、本決定と同じ結論を導くという判断もあり得たのではないかと思われるところです。
[1] 町田市広報課 令和5年4月13日付プレスリリース「国際版画美術館等に関する工事の差止を求める仮処分命令申立事件について」(https://www.city.machida.tokyo.jp/shisei/koho/faxrelease/2023/202304.files/13.pdf)
住宅地図の著作物性を認めた裁判例
-東京地裁令和4年5月27日判決(ゼンリン住宅地図事件)-
弁護士 田中 敦
1 はじめに
令和4年5月、東京地裁により、住宅地図が著作物にあたると判断し、無断複製・譲渡等の差止めを命じるとともに、多額の損害賠償請求権を認めた判決(東京地裁令和4年5月27日判決、以下「本判決」といいます。)が下されました。
本稿では、いかなる場合に地図への著作権による保護が認められるのかを中心に、本判決の判示内容をご紹介し、本判決を踏まえて、日常的に行われている地図の利用にあたり注意すべき点を検討します。
2 事案の概要
原告である株式会社ゼンリンは、住宅地図を作成・販売する事業者です。
被告らは、長野県内を中心に、広告物の各家庭ポストへの投函(ポスティング)や住宅購入相談を業とする有限会社及びその代表取締役です。被告らは、原告作成の住宅地図(以下「本件住宅地図」といいます。)を購入し、これを適宜縮小して複写し、集合住宅名や配布禁止宅名等の必要な情報を書き込んだポスティング用地図を作成して、これをポスティング業務に利用していました。また、被告らは、ポスティング用地図の画像データをフランチャイジーに対し交付したり、自社のウェブサイトに掲載したりしていました。
原告は、被告らによる行為が本件住宅地図の著作権(譲渡権、公衆送信権)の侵害にあたると主張し、これら行為の差止めを求めるとともに、被告らに対し、著作権法114条3項に従った使用料相当額の一部として3000万円の損害賠償を請求しました。
3 争点及び判示内容
(1) 争点
本件の争点は多岐にわたりますが、中心的な争点は、本件住宅地図が著作物として保護されるか否かでした。本稿では、本件住宅地図の著作物性、及び、原告に生じた損害額の争点に絞って検討の対象とします。
(2) 本判決の判示内容
被告は、本件住宅地図は機械的に作成されたものであり創作性が発揮される余地は乏しいと主張しつつ、「都市計画基本図において・・・著作権法上の保護の対象となる部分は極めて限定的である」などと述べた国土地理院の見解[1]を引用するなどして、本件住宅地図の著作物性を争っていました。しかし、裁判所は、本件住宅地図につき、イラストを用いることにより施設がわかりやすく表示されたり、道路等の名称や建物の居住者名・住居表示等が記載されたり、建物等を真上から見たときの形を表す枠線である家形枠が記載されたりするなど、長年にわたり、住宅地図を作成販売してきた原告において、住宅地図に必要と考える情報を取捨選択し、より見やすいと考える方法により表示しているとして、その創作性を認めました。他方で、被告が指摘する都市計画基本図についての国土地理院の見解は、本件住宅地図のような住宅地図一般について述べられたものではないとして、被告の主張を排斥しました。結論として、裁判所は、本件住宅地図が著作物にあたることを認め、ポスティング業務の対象地域、期間、頻度等から、被告らが、合計96万9801頁の本件住宅地図を複製したことを認定しました。
そして、裁判所は、本件住宅地図の複製の許諾には原告に対し1頁あたり200円を支払う必要があったことから、被告の複製行為による使用料相当額(著作権法114条3項)が1億9396万0200円に上り、これに弁護士費用1900万円を加えた計2億1296万0200円の損害が原告に生じたと判示しました。(ただし、本判決は、原告が請求した3000万円の範囲で損害賠償を命じました。)
4 解説
(1) 地図の著作物の創作性
地図の著作物は、著作物を例示した著作権法10条1項各号のうち、同項6号(地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物)に定められた著作物の類型です。
過去の裁判例では、地図は、一般に、「地形や土地の利用状況等を所定の記号等を用いて客観的に表現するもの」であって、創作性を認め得る余地が少ないのが通例であるとされつつ、それでも、「記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法に関しては、地図作成者の個性、学識、経験、現地調査の程度等が重要な役割を果たし得るものであるから、なおそこに創作性が表われ得る」ために、これらの情報の取捨選択及び表示方法を総合的に検討して著作物性が判断されるべきと判示されていました(富山地裁昭和53年9月22日判決・無体集 10巻2号454頁、東京地裁平成13年1月23日判決・判時1756号139頁)。このように、地図については、素材の選択及び配列における創作性の有無によって著作物性を判断する編集著作物(著作権法12条1項)と同様の判断基準によって、その著作物性が検討されてきました。
(2) 本件住宅地図の著作物性
本件住宅地図の著作物性について、本判決は、「地図の著作物性は、記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して判断すべきものである」と述べ、上記の過去の裁判例に沿った判断基準に従って検討しました。
本判決は、本件住宅地図の著作物性を認めるにあたり、原告が、住宅地図をより見やすくするために、長年にわたって、記載すべき情報の取捨選択や表示方法についての検討作業を行っていた点を重視しています。特に、建物を真上から見た形を表す家形枠については、調査員の現地調査をも踏まえて作成されたものであることが指摘されています。その他にも、本件住宅地図には、表示方法の工夫として、目盛りや地図番号の記載により検索を容易にしている点、信号機やバス停等をイラストで表示している点、居住者名や店舗名を家枠内に記載して住所表示を分かりやすくしている点といった特徴があるとされ、これら特徴を組み合わせることで、地図全体として創作性を獲得すると判断されたものと考えられます。
なお、前述のとおり地図の創作性については限定的に解されることもあり、類似の表現について翻案権侵害の成立の余地が一定限られる可能性がありますが、本件については、被告らが本件住宅地図を切り貼りするなどしてポスティング用地図を作成したことにつき、複製権侵害が認められていることから、デッドコピーに近い態様で本件住宅地図が複製されていたものと思われます[2]。
(3) 使用料相当額の損害
本判決は、著作権法114条3項の使用料相当額として、原告には2億円近くもの損害が生じたことを認めています。当該金額は、一般的な相場に従ってではなく、原告が設定していた実際の使用料額に従って算定されたものであり、この使用料相当額の算定方法について考え方は、過去の裁判例(知財高裁平成21年9月15日判決・裁判所ウェブサイト等)の判示に沿うものです。
従来は損害賠償額が少額にすぎることが問題視されることもあった著作権侵害の事件に関して、本判決が、原告の一部請求(3000万円)の範囲で支払いを命じたものの、高額の賠償額が認められる可能性を示したことは注目に値します。
5 地図の利用にあたり注意すべき点
現在、ウェブ上の地図サービスの機能がさらに充実してきたことで、PCやスマートフォンによる地図利用は、個人・企業を問わず、日常的に行われています。
市販されている住宅地図だけではなく、ウェブ上で提供されている地図サービス(Google Map、Yahoo!地図、マピオン、MapFan等)についても、各事業者が、記載すべき情報を取捨選択し、その表示方法に工夫を凝らして地図を作成したものと考えられ、本件住宅地図と同様に、地図の著作物として保護される可能性が相当高いものと思料します。
本判決を機に、各企業としては、日常的に利用されている地図が著作権で保護される可能性があり、無断での複製・配布やアップロードが権利侵害にあたり得ることを、地図サービスを利用する従業員らに理解してもらうことが重要であるといえます。
以上
[1] 地理空間情報活用推進会議「地理空間情報の二次利用促進に関するガイドライン」(平成22年9月)23頁 https://www.mlit.go.jp/common/000124117.pdf
[2] 本判決中では、複製行為の立証のために、訴訟提起に先立ち、被告らの地図の検証を求める証拠保全が申し立てられ、検証が実施されたことが記載されています。
ブランド名のハッシュタグ使用につき商標権侵害が認められた事例
弁護士 田中 敦
1 はじめに
SNS 上の投稿で用いられるハッシュタグは、フリマアプリ等で商品紹介のためにも使われることがあります。ところが、令和 3 年 9 月、商標登録されたブランド名をハッシュタグとして無断で使用する行為につき、商標権侵害に該当するとの判決が下されました(大阪地裁令和 3 年 9 月 27 日判決・判時 2523 号 117 頁、以下「本判決」といいます)。
本稿では、本判決の判示内容をご紹介した上、商標的使用についての考え方を踏まえて、他人の商標を表示するにあたり注意すべき点について検討します。
2 本判決の判示内容
(1)事案の概要
原告は、指定商品を「かばん類」等とする標準文字商標「シャルマントサック」(以下「本件商標」といいます)の商標権者です。被告は、みずから製造するかばん等の商品をフリマアプリの「メルカリ」に出品して販売していた個人です。
被告は、メルカリの商品紹介ページ上で、被告の商品(巾着型バッグ)の紹介をするにあたり、検索用のハッシュタグを付した「# シャルマントサック」との表示をしていました。ただし、被告は、同ページ上の商品説明として、商品がハンドメイド品であると明記していました。また、被告は、「# シャルマントサック」や「# ドットバッグ」等の多数のハッシュタグを上下に並べた直下に、「好きの方にも…」という文章を記載していました(写真1 及び2 参照)。ただし、同ページ上では、被告の商品が、原告が販売する「シャルマントサック」のブランドの真正品か否かについては記載がありませんでした。原告は、上記の被告によるハッシュタグの使用が、本件商標の商標権侵害にあたると主張して、その差止めを求めました。
(2)争点
本判決で争点とされたのは、①「業として」の使用の有無、②商標的使用の有無及び③差止めの必要性の 3 点であり、本稿では争点②の商標的使用の問題を中心に論じることとします。
(3)裁判所の判断
争点①のうち「業として」使用されたか否かについて、被告はバッグの製作・販売が単なる趣味であると主張しましたが、裁判所は、被告が少なくとも 1 年以上にわたり複数商品を販売していたことから、「業として」商品を譲渡する者(商標法 2 条1項1 号)であると判断しました。
また、争点②の商標的使用の有無について、被告は、ハッシュタグとは、「#」に続く文字列が表す特定の情報を結び付けるものであり、そのような情報のウェブサイト上の所在場所を表すものにすぎず、また、被告がハッシュタグに続いて「好きの方にも…」との文章を記載していたことなどからも、被告による「# シャルマントサック」の表示は、メルカリユーザーの検索の便宜を図ったものであって、商品の出所を表示する態様により使用したものではないと主張しました。しかし、裁判所は、本件商標と「# シャルマントサック」との類似性を端的に認めた上、標的使用の有無について、ハッシュタグは、原告の商品やブランドの情報を検索する利用者を被告のサイトへ誘導するために用いられたのであり、当該サイトの商品が「シャルマントサック」なる商品名又はブランド名のものであると認識させると指摘しました。その上で、本判決は、ハンドメイド品であることや「好きの方にも…」との各表示について、被告の商品が被告みずから製造したものであることや、「シャルマントサック」の商品そのものではなく、同商品を好み又はこれに関心を持つ利用者に推奨される商品であることを示すとも理解し得ることを認めつつ、被告の商品が「シャルマントサック」との商品名又はブランド名であるとの認識を失わせるに足りるものではなく、これと両立し得る表記であるとして、被告によるハッシュタグの表示が、商品の出所を表示する態様により使用されたものであると判示しました。
そして、裁判所は、被告がメルカリのアカウントを維持していること、被告のフォロワー数(636 名)から、争点③ の差止めの必要性を認めて、原告の請求を認容しました。
3 解説
(1)ハッシュタグとは
ハッシュ記号(#)と特定のワードを一体化させたハッシュタグは、Twitterや Instagram 等の SNS を中心として2010 年頃から急速に広まったものであり、「#」に続くワードをタグ付けし、SNS の利用者が当該ワードに関連する投稿を検索することを容易にする機能があります。ハッシュタグを活用することで、閲覧者としては、関心のあるワードに関連する投稿を簡単に見つけ出すことができ、また、投稿者としては、多くの同じ関心を持つ閲覧者を集めることで閲覧数を増やすことができます。
メルカリ等のフリマアプリが広まってからは、出品者による商品紹介のページでもハッシュタグが用いられるようになりました。フリマアプリでのハッシュタグは、閲覧数を増やすとともに、「#20 代 # スカート # カジュアル」のように、商品の特徴を伝える目的でも使用されます。
(2)商標的使用
商標権侵害が成立するためには、商標が、需要者が何人かの業務にかかる商品又は役務であることを認識することができる態様、言い換えれば商品又は役務の出所を明示する態様で使用されていなければなりません(商標法26 条1 項6 号)。このような態様による使用を、商標的使用といいます。
出所を明示する態様ではなく、意匠的・装飾的に用いられたり、説明的・記述的に用いられたりする場合には、商標的使用にはあたらず商標権侵害が成立しません。過去の裁判例では、被告が「煮物万能だし」等の容器に「タカラ本みりん入り」と表示した行為につき、「タカラ」の登録商標を有する原告が商標権侵害を主張した事案において、裁判所は、被告の商品の「タカラ本みりん」との表示は原告の商品が素材として入っていることを示す記述的表示であって、出所を示す態様(商標的使用)での表示ではないとして、商標権侵害を否定しています(東京地裁平成 13 年 1 月 22 日・判時1738 号 107 頁)。
(3)本判決の解説
まず、フリマアプリでのハッシュタグが商品の特徴を示すために用いられることからすれば、ハッシュタグにブランド名を付することが、商品の出所を示す態様での表示にあたり得るという本判決の判示は、説得力があるものと考えます。ただ、本判決の被告は、商品紹介ページで、ハンドメイド品であることを明記し、ハッシュタグに続いて「好きの方にも…」といった表示をしていました。しかし、本判決は、これらのいわば「打ち消し表示」は、被告の販売する商品が「シャルマントサック」なる商品名又はブランド名であるとの利用者の認識と「両立し得る」ものであると述べ、出所の誤認のおそれを打ち消すには足りないと判断しました。
そうすると、ハッシュタグにブランド名を表示しつつ、「本商品は〇〇(ブランド名)の商品ではありません」などと、販売商品がブランドの真正品であることと明らかに両立し得ない表示をした場合には、本判決の射程が直ちに及ぶとはいえず、さらなる検討を要するようにも思えます。もっとも、過去の裁判例上、裁判所が、出所表示機能を否定するための打ち消し表示の効果を限定的に解している例もあり(大阪地裁平成 29 年 1 月31 日判決・判時 2351 号 56 頁)、一定の打ち消し表示があるからといって、商標的使用が直ちに否定されると考えるべきではありません。
(4)他人の商標を表示する上での注意点
SNS やフリマアプリでは、現在もハッシュタグが多用されており、商品の出品者が、商標権侵害を特に意識することなく、他人のブランド名をハッシュタグ化してしまう場合も少なくありません。本判決を前提とすれば、他人の登録商標を無断でハッシュタグとして用いることは、商標権侵害のおそれが大きい行為であるといえます。
このことは、フリマアプリでの商品販売のみならず、SNS での商品やサービスの紹介であっても同様です。各企業において SNS を利用した販売促進が一般的になっており、企業アカウントであっても個性的な投稿をするアカウントが注目されていますが、SNS 担当者としては、本判決の判示を踏まえ、他社の社名やブランド名の表示には十分注意すべきことを理解しておくことが重要です。
(写真1[1])
(写真2[2])
[1] 裁判所ウェブサイト・知的財産裁判例集・大阪地裁令和3年9月27日判決・添付文書2(https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/606/090606_option2.pdf)6頁目より引用。
[2] 裁判所ウェブサイト・前掲注1・7頁目より引用。
種苗の育成者権の権利どのようにして認定されるか?
弁護士 苗村 博子
1.はじめに
私は,種苗法研究会の1員として,種苗法と育成者の権利を保護する各国の法律や国際条約について、すこし勉強をさせていただいていることもあり、本件の判決も弁護人の先生から見せていただきました。民事事件については裁判所のウェブサイトでも公開されているのでご存じの方もいらっしゃると思います[i]。種苗法の定める育成者権は、知的財産権の一つとされ、登録制(3,4,5条)、先願主義(9条)など、特許と似たところがありますが、権利の基礎が植物にかかわる[ii]ことから、その権利の認定やその後の維持にも特徴があります。本件はまさに、その特殊性が判決の結論に影響したとも言えるでしょう。
2.事案の概要
本件で問題となったのはキリンソウ種の緑化植物(以下、「本件登録品種」といいます)です。本件登録品種は、トットリフジタ 1 号の名前で育成者権が登録されました。被告は、この登録品種と特性により明確に区別されない品種約8,000 株を育成し、緑化工事に使用するため、工事業者に譲渡したとして育成者権侵害で起訴されたものです。
3. 差戻審までの経緯
第一審は被疑侵害品種が本件登録品種と特性により、明確に区別できない品種に該当するかや本件登録品種に取消原因があるかなどが争点となり、後者について、①本件登録品種について取り消されたり、無効と判断されたりしたことがなく、農水省として有効性に疑義があるとの認識を有しておらず、②取消しを求める異議申立てが棄却されたことを理由に本件登録品種に取消原因はないとして、その侵害を認めました。
ところが控訴審は、特に①の点について、論理性、経験則等に照らして不合理だとしてさらなる審理を尽くすよう差し戻し、本件はその差戻審となります。
4.本件差戻審での主要な論点
差戻審での主要な争点は、本件登録品種の取消事由(47 条)があるか否かでした。新品種として登録されるためには、国内外において公然知られた品種との「区別性」があるか、新品種としての「均一性」があるか、安定して増殖を繰り返せるか(「安定性」)の 3 つの要素を満たす必要がありますが(3 条 1 項)、そのうちの区別性が問題となりました。
なお、取消しについては、初めから要件を満たしていなかった場合に加え、新品種が、安定性や均一性を失うことによる後発的な取消しもあります。この点は、無体の情報である他の知的財産と異なり、経年により変化する可能性のある植物ならではの特質です。
5.登録の際の区別性審査
登録の際の特性審査については、農水省は種苗管理センターにて栽培試験が行われます。その際には、特に登録申請された品種と適切な対象品種を選んで、比較栽培されて、区別できるかが審査されます。本件では、本件登録品種の願書に記載された出願品種の特性、形質をもとに対象品種を選定されたようで、親品種は、新潟県佐渡産のキリンソウだとされていました。しかし本件登録品種のタネが採取されたビニールハウスでは、この他、育成者が譲り受けていたタケシマキリンソウも栽培されており、新潟県佐渡産のキリンソウが落葉性であるのに比して、タケシマキリンソウの方は常緑性で、本件登録品種も常緑性であることから、親品種はタケシマキリンソウである可能性が高いと判決は指摘しています。
6.裁判中の現地調査とその結果についての裁判所の判断
本件差戻審では、検察官から、農水省の食料産業局長に対して、本件登録品種の育成者のビニールハウスで栽培されている、本件登録品種とタケシマキリンソウの特性を比較する現地調査が依頼され、この結果報告書が証拠として提出されました。現地調査結果としては2形質について階級幅以上の差があったとして、区別性があるとの報告でしたが、本件判決は、この調査で比較された品種がタケシマキリンソウであるかに疑いがあるとしました。同じビニールハウスで挿し木等するうち、植物が混ざってしまう可能性のあること、指摘された特徴がタケシマキリンソウの特徴と異なる点を指摘し、この調査の対象品種について疑いがあると述べました。また、登録審査の際には、比較栽培試験が用いられ、現地調査で審査されることはまれであること、挿し木から 9 年経過し、肥切れや根域制限の結果、特性が十分に発揮できていない可能性があること、また審査基準に定められる最低供試個体数を下回る6株しか供試されておらず、特性値として適切な数値が算出されていない可能性があるとも述べています。以上から、本件登録品種が、適切な対象品種と比較して区別性があるかについては合理的な疑いがあるとし、また登録の取消原因が存在しないことについても合理的な疑いを入れる余地があるとして、無罪を言い渡しました。
7.考察―植物という現物で審査鑑定をすることに由来する問題点
育成者権について、その侵害が問題となる際に最も問題となるのが、侵害の有無や本件のような権利の成立や存続の確認です。育成者権は植物にかかわる権利なので、まずは、登録の際に、「新品種」といえるかを在来種との比較により審査することが必要となるのですが、そのためには、同じ条件で2つの品種を栽培する比較栽培試験を行います。そこで、適切な対象品種が選ばれないと、そもそも、申請されている品種が在来種と区別できるか審査のしようがありません。本件でも親品種が、落葉性のキリンソウだったのか、常緑性のタケシマキリンソウだったのかがわからない状況で、願書にあるキリンソウを親品種として比較栽培したため、区別性が認められる結果となり、登録が認められました。
本件判決によれば、差戻審では、現地調査で、本件登録品種とタケシマキリンソウとの比較が行われたとされたものの、長期間栽培されている品種同士の比較であったため、実際にこの2品種が比較されたのかがわからず、登録自体の適法性に疑いが生じてしまうという結果となってしまいました。
同じような問題は、被疑侵害品種が侵害をしているかを比較栽培にて検討する際にも他の事件で起こっています。なめこの登録品種について、登録のための審査の際に種苗管理センターに(事実上) 寄託されていた菌株と、被疑侵害品種の比較栽培をしようとしたのですが、この寄託されていた菌株が、子実体(きのこ)を発生させることができず、比較ができなかった点、育成者権者が保有していた登録品種だとする菌株が、事実登録品種の菌株であると立証できていないとして、その菌株と被疑侵害品種の菌株の比較栽培には意味がないとして、侵害が認められませんでした[iii]。
その後のしいたけに関する侵害についての損害賠償請求事件では、種苗管理センターにあった菌株と被疑侵害品種との比較ができ、侵害が認められています[iv]。
8.最後に
繰り返しになりますが、育成者権は植物という生き物に関わる権利であるために、その権利の基となる植物を、他の植物と混ざったり、育成能力を失ったりしない形で保持し続ける必要があります。そのためには、種苗管理センターを公的な寄託機関としてさらに整備し、被疑侵害品種が現れた時に、比較栽培試験がしやすいような仕組みを世界に先駆け構築することが重要なように思われます[v]。気候変動が現実のものとなり、またウクライナ侵略が示すように外国からの農作物の輸入がだんだん困難になる中、育成者の権利を確立、実施可能にしておくことは、これからのインフラとして重要だと考えています。
[i] 大阪高裁令和元年12月19日判決
[ii] 「かかわる」という表現を用いたのは、植物という有体物なのか、その中にある特徴や情報なのかが令和3年の工業所有権法学会のディスカッションでも話題となったためです。いずれなのかはまだ判然としないところです。
[iii] 東京地裁平成26年11月28日判決
[iv] 東京高裁平成31年3月6日判決
[v] 拙著百選
大学名称に関する紛争~京都芸術大学事件について~
弁護士 倉本 武任
1.はじめに
令和 2 年 8 月 27 日に、公立大学法人京都市立芸術大学が、京都芸術大学(旧名称が京都造形芸術大学)を運営する被告に対して、「京都芸術大学」の名称使用差止めを求めた事件について、第 1 審である大阪地方裁判所は差止請求を棄却しました(以下「本判決」といいます)[1]。
他の大学等が既存の大学名称と似たような名称を自由に使用できるとなると、両者に関連性があるとの誤認を生じさせるおそれもあります。最近でも、大阪公立大学がその英語名称を「University of Osaka」とすることを公表したことに対して、大阪大学が再考を申し入れるという話もありました[2]。また、「リッツ」と聞くと世界的ホテルチェーンである「ザ・リッツ・カールトン」が思い浮かびますが、関西圏の人では、立命館大学を思い浮かべた方もいるのではないでしょうか[3]。
このような紛らわしい名称等の使用を止めたいと考えた場合、被侵害者は当該名称を商標登録していれば、商標権侵害を主張できますが、商標登録がなければ何も主張できないのでしょうか。本稿では不正競争防止法(以下「不競法」という)が禁止する著名表示冒用行為や商品主体等混同行為について、本判決の判示内容を踏まえて、検討したいと思います。
2.事案の概要及び争点について
原告が、その営業表示として著名又は需要者の間に広く認識されている表示(①京都市立芸術大学、②京都芸術大学、③京都芸大、④京芸、⑤ Kyoto City University of Arts、以下、「原告表示」という。)に類似する営業表示である「京都芸術大学」(以下「被告表示」という。) を被告が使用したことに対して、不競法3条1 項、2条1 号又は2 号に基づき、被告表示の使用差止めを求めた事案であり、①商品主体等の混同行為(不競法 2 条 1 項 1 号)該当性、②著名表示冒用行為(不競法 2 条 1 項 2 号)該当性が争点となりました。
3.各行為の要件及び本判決の判斷について
(1)商品主体等の混同行為
ア 商品主体等の混同行為とは
周知な商品等表示に化体された商品や営業上の信用を保護し、公正な競争を確保するため、不競法 2 条 1 項 1 号は、他人の氏名、商号、商標等、他人の商品等表示として需要者間に広く知られているものと同一又は類似の表示を使用して、その商品又は営業の出所について混同を生じさせる行為を「不正競争」と定めています。かかる商品主体等の混同行為は、「商品主体混同行為」と「営業主体混同行為」に区別されますが、大学の名称が問題となる場合には、後者が問題となります。
イ 要件及び本判決の判斷
特に問題となる要件及び本判決の判斷は以下のとおりです。
(ア)周知性について
不競法 2 条 1 項 1 号に該当するには、商品等表示として「需要者間に広く知られている」こと(周知性)が必要です。周知性の認識の主体である「需要者」は、問題となる商品・営業の取引者・需要者であり、周知かどうかは、商品・営業の性質・種類、取引形態、宣伝活動の態様等の諸般の事情から総合的に判断されます。本判決では、「需要者」を、京都府及びその近隣府県に居住する者一般(いずれの芸術分野にも関心のないものを除く)としたうえで、原告表示①のみ、京都府及びその近隣府県に居住する一般の者が、原告を表示するものとして目にする機会が相当に多いことを理由に周知性を認めています。
(イ)類似性について
不競法 2 条 1 項 1 号に該当するには、他人の周知な商品等表示と「同一若しくは類似」の商品等表示が使用されなければならず、かかる類似性の判断は、取引の実情のもとにおいて、取引者又は需要者が、両表示の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものと受け取るおそれがあるか否か※4 を基準として、離隔的観察の方法により、表示の中で自他識別機能・出所表示機能を発揮する特徴的な部分である要部を中心に、表示を全体として観察して判断するとされています。離隔的観察とは、2 つを並べて比べるのではなく、その表示が使われる状況下でどのように見えるかという観察方法です。比べてみると違いが際立ちますが、本来の使用状況下では、混同されやすい傾向があります。
本判決では、上記基準のもと、原告表示①のうち「市立」の部分は、自他識別機能・出所表示機能は高いと判断し、その要部は全体である「京都市立芸術大学」と把握したうえ、「京都市立芸術大学」と「京都芸術大学」では、「市立」の有無により、外観、称呼、観念ともに異なり、取引の実情としても、需要者は、複数の大学の名称が一部でも異なれば異なる大学として識別するとして、両者の類似性を否定しました。
(ウ)混同が生じるおそれについて
本判決では、周知性又は類似性がないと判断したため、同要件については判断していません。同要件は出所に関する混同を生じさせる誤認を意味し、この「混同」には、出所は別個であっても、密接な関連性が存在すると誤認される場合(例えば、系列校や姉妹校と誤認される場合)も含まれるとされています。
(2)著名表示冒用行為
ア 著名表示冒用行為とは
著名な表示が冒用されると、たとえ混同は生じない場合でも、冒用者は著名表示の有している顧客吸引力にフリーライドすることができ、他方で、被冒用者が、長年の営業上の努力により高い信用を有するに至った著名な表示との結びつきが薄められ、また、当該表示の持つブランドイメージの毀損といった事態が生じます。このような事態の生じることを防止するため、不競法 2 条 1 項 2 項は著名表示の冒用行為を「不正競争」と定めています。
イ 要件及び本判決の判斷
特に問題となる要件及び本判決の判斷は以下のとおりです。
(ア)著名性について
著名表示冒用行為については、周知性よりも高い知名度が求められますが、混同が生じるおそれは要件ではありません。
本判決では、大学の名称が商品等表示として「著名」といえるためには、全国又はこれに匹敵する広域において、芸術分野に関心を持つ者に限らず一般に知られている必要があると判断しています。そして、原告表示のうち、使用頻度が高い原告表示①について、原告大学関係者による使用例のうち多数を占める肩書又は経歴等は、芸術家の名や作品名等と同等か、より小さな記載により付記されるに留まる等の理由により、「著名」とまではいえないと判断し、また、原告表示①より使用頻度の低い原告表示②~⑤についても「著名」とまではいえないと判断しました。
(イ)類似性について
本判決では、原告表示の著名性を否定したため、原告表示と被告表示の類似性については判断をしていません。不競法2 条1 項2 号の類似性の判断については、前述の同項 1 号の類似性と同様の基準を用いる裁判例[5]もあります。しかし、その趣旨が混同ではなく、希釈化等の防止であることを理由に、著名な商品等表示を容易に想起されるほどに類似しているかどうかを基準とする裁判例[6]もあり、判斷基準は分かれています。
5.本判決の妥当性について
本判決は原告表示がいずれも著名性を有しないと判断していますが、同様に学校の名称が問題となった「青山学院」事件判決(東京地裁平成 13 年 7 月 19 日判決)では、「青山学院」との名称について著名性を認めています。本判決が著名性を否定する理由とする、経歴等の使用の場面は学校により大きく変わるものではなく、かかる理由により著名性を否定してしまうのは妥当でないようにも思えます。また、本判決は、被告の行為が商品等表示冒用行為には該当しないと判断しましたが、被告が「京都造形芸術大学」という名称からあえて「京都芸術大学」という、原告表示に似るような変更を行ったという経緯等の事実関係も重視すべきであったように思われます。
[1] その後、原告は控訴をしていましたが、令和3年7月20日に両当事者のHP上で、和解が成立したことが公表されています。
[2] 報道によれば令和3年3月12日付けで、「University of Osaka」から「Osaka Metropolitan University」に変更することが発表されています。
[3] 平成11年に「ザ・リッツ・カールトン」が神戸風月堂の経営する「ホテルゴーフルリッツ」に対して、類似名称の使用差止めを求め勝訴するなど「リッツ」の名称使用に関して争いがあります。
[4] 最判昭和58年10月7日第二小法廷判決
[5] 大阪地裁平成24年9月20日判決
[6] 東京地裁平成20年12月26日判決
著作権法改正~違法ダウンロードの対象拡大と写込みの例外~
弁護士 苗村博子
1.改正の経緯
2020年6月に著作権法が改正され,違法にアップロードされた著作物のダウンロードが,これまでの音楽,映像に加えて,静止画でも違法となり,2021年1月から施行されています。この改正は,海賊版サイトの漫画村などからダウンロードして読む人が増え[1],これを阻止するための方策として,侃々諤々の議論の末,たどりついたものです。ネット利用への制限になるなど反対論に対しての配慮から,ダウンロードの違法化を制限することにもなる写込みの合法化(2020年10月より施行)などを盛り込み漸く成立に至りました。
テレワークで,PCやスマホと向き合う時間が多くなり,またインターネットが情報収集の重要なツールとなった今,インターネット上で見つけた資料は様々にダウンロードして資料として残したいと思う場面が増えています。
写込みの問題は,これまでは,テレビや映画の撮影の場面で特に配慮が必要とされたところですが,私のようなものまでVimeoを使って動画を配信するようになった今, You TubeやTikTok,Instagramなど,動画が個人や企業の宣伝でも気軽に使われるようになると,そこに写込むものの著作権を侵害しないかは,インターネットを使う全ての人に関わる問題となります。今回の改正,文化庁からQ&A[2](「Q&A」 )や趣旨説明も出されているのですが,実際に考えて見るとそう簡単に違法と合法の違いがわかるというものではなさそうです。
2.違法ダウンロードの対象の拡大
(1)私的利用の場面での規律である?こと
これまで音楽,映像の著作権については,私的利用を権利侵害としない,いわゆる例外規定の一つである著作権法30条の中の例外規定(従って著作権が及ぶ場合)の3号に,違法にアップロードされた著作物のダウンロードが定められたことから,ダウンロードは違法,ダウンロードしないいわゆるストリーミングは,47条の8で,一時的にキャッシュが保存されても,複製とはみなされず,裁判所,文化庁共に著作権侵害にはならないと考えだとされてきました[3]。今回の改正で30条の例外として第4号が新設され,静止画についても違法にアップロードされたものを,そうと知りながらダウンロードした上で閲覧するのはたとえ,私的利用の範囲内の行為であっても,許されないこととなりました。
ただ,違法コンテンツのストリーミングについては,Q&Aでは政府として推奨される行為ではないとされています。文化庁は,複製に当たらないとの考えではなく,複製権侵害に該当するものの,30条の私的利用の範囲として,違法としないとの方向に考えを変更したのかもしれません。私などはどうみても番組制作者の同意はないと思われるテレビ映像について,フィギュアスケートの演技など見逃したものをYouTubeで,ダウンロードせずに一人こっそり見ていましたが,今後どうしたら良いのかと悩むこととなります。同じく静止画についても違法なアップロードと知りながらインターネット上で閲覧することは推奨されていません。このQ&A,判例や条文の建て付けと整合していないようにも思いますが,それはともかく,注意しなければならないのは,私的利用といえない場合です。例えば,会社の業務としてのZoom会議で,録画機能は用いずに,インターネットのコンピュータ画面を何人かで共有して見るといった場合,このインターネット画面が違法にアップロードされたものであることを知っているか,過失により知らないという場合は,Q&Aをこのように読むと著作権侵害になる可能性があります。30条の4号は違法アップロードに対して知りながらダウンロードする場合だけが対象とされていますが,私的利用といえない会社の業務として用いる場合にはそもそもこの30条の問題とは言えません。Q&Aに対する議論に注意する必要がありそうです。
(2) 4号のさらなる例外-軽微なもの
この4号で,違法ダウンロードについては,「特定侵害複製」という概念が定義され,軽微なものが更にこの4号から除かれました。従って私的利用の場面で軽微と評価されるダウンロードは著作権侵害にはなりません。何をもって軽微というかについては,Q&AのQ23~Q27に詳しく説明があります。数十ページの漫画の内,数コマ,論文であれば数行のダウンロードは軽微といえるとされているので,「軽微」基準はそれなりに厳しいものと考えたほうがいいでしょう。
(3) 4号のさらなる例外―二次的著作
ある著作物を用いて更に著作物が作成された場合,それを二次的著作物と呼びます(28条)。この二次的著作物には本来原著作物の著作権が及んでいます。似たものにパロディがありますが,パロディが二次的著作にあたるか,また原著作者の著作権が及ぶかどうかは長く議論になってきました。
この4号では,二次的著作物が除かれており,私的利用の為,パロディや二次的著作物をダウンロードしても,原著作物の著作権侵害とはならないと説明されています。もちろんこれが二次的著作物の著作者の同意無くアップロードされたものである場合には,これを違法と知りながらダウンロードする行為は,二次的著作物の著作権侵害となります。なぜ,原著作が保護されず,これを用いた二次的著作は著作権保護の対象となるのか,Q&Aでは,二次的著作に対して,原著作者が権利行使しないことが多いとか,このような利用でさらなるコンテンツ創出がなされているといった説明がされていますが,論理的にはわかりにくい説明と感じます。
3.写り込みの合法化
もう一つ,このダウンロード違法化に対する厳しい批判を緩和するものともなったのがこの写り込みの合法化です。巷で「スクショはOK」とされているものですが,条文としては30条の2の「付随対象著作物」の利用とされ,写り込んだもの自体は「作成伝達物」と定義されています。例えば,私が,皆様のお役に立つようにと10分の法律解説動画を戸外で撮影する際に,後ろに写る店舗でBGMが流れている,テレビの画面が映し出されているといった場合です。このBGMやテレビ画面が,付随対象著作物で,10分動画が作成伝達物です。またご依頼者がスマホにきたラインのメールをスクショして,弁護士に画像を送るなどの場面で,もともとの送信者のアイコンに,その送信者の好きな漫画の主人公の画像が使われているという場合,そのアイコンが付随対象著作物,スクショ画像が再生伝達物となります。
これが合法とされるのは,付随対象著作物が,再製の精度やその他の要素から作成伝達物の中で軽微な構成部分となる場合に限られ,また上述のスクショを例にすると,アイコン部分を切り離せないかその困難性の程度や果たす役割から正当な範囲でなければなりません。ちなみに私が法律解説動画を作るのに他の著作権が紛れ込みそうな屋外で撮影する必要が有るかは議論が必要ですが,ご依頼者から送られた画像を裁判で用いてもアイコンの漫画の著作権侵害にはなりません(42条)。
4.著作権の持つ意味を問い直そう。
皆さん,この記事を読んで,中々面倒そうだなと思われたのではないでしょうか?この原稿を書いているさなかに見た日経新聞2021年2月21日付けの記事におもしろいことが書かれていました。日本の著作権法はフランスやドイツの考え方の流れを汲み,著作権を著作者の自然権(人権)と考えています。目に見えない無体の他人の権利を侵害しないようにするのは,なかなか有体物を盗まないというのと同じようには考えにくく,漫画村の漫画をスクショしてしまうというのです。著作権保護を次の創作のためのモチベーション保護と考える英米法的な考えでは,次の創作の恩恵を私たちも受けることが出来,より著作権保護に関心を寄せて貰えるということでしょう。いずれの考えが優れているというのではありませんが,今回の改正は,著作権保護と,保護された著作物を自由に用いたいとの考えの相克を取り込んだ難しいものとなっています。間違って著作権侵害を引き起こさないよう十分な検討が必要です。
以上
[1] 日本政府の推計ではその被害額が3000億円を超えるとされた。
[2] 令和2年12月24日文化庁著作権課「侵害コンテンツのダウンロード違法化に関するQ&A(基本的な考え方)」
[3] 東京地裁平成12年5月16日判決,同28年4月21日判決
営業秘密を不正取得されてしまったときに打つべき対策
-エディオン対上新電機事件を題材に-
弁護士 苗村 博子
1 はじめに
本年10月1日、大阪地方裁判所で、副題の事件の判決が言い渡されました。私は原告エディオンの代理人を務めていたので、本件は判例評釈というより、本当は「苗村事務所のファイルから」に掲載すべき事件かもしれません。本件で判決は、被告上新電機の不正競争防止法2条1項8号の不正競争行為を認め、一部の差止請求権及び一部の損害賠償請求権を認めました。その差止の在り方、また損害額に関しては、原告代理人としては大変不本意なものとして受け止めており、またこのような判決を招いたことについても忸怩たる思いがありますが、一方この判決で、不正競争行為が認めれられるには、私の創意工夫も貢献したかと自負する点もあり、今回は、手前味噌で恐縮ですがこの創意工夫について、皆さんにご紹介していきましょう。
2 日本における民事訴訟法上の証拠収集方法
日本には、米国のような広範なディスカバリの制度はなく、また司法妨害に対する罪や罰も米国のように厳しいものとは考えられていません。相手方への文書提出命令の制度(民訴法221条~225条)も、裁判所は大変謙抑的にこの命令を出しますし、また裁判所が必要性がないとしてこの申立てを認めない場合、判決にてその理由が示されればよいとの最高裁判決があり、当事者は不服申立ができず、勢い裁判所は緊張感を持ってその必要性を判断したり、できるだけ認めて、真実に近づこうというモティベーションが感じられない場合が多いように感じられます。このような手持ち証拠で勝負というドイツ法に近い考え方は、しかしながら、司法の国際競争力という観点からは、非常にその力を阻害するものであり、昨年からようやく、証拠収集方法の拡充に向けて、法曹三者でも協議が始まり、日弁連では会員向けにアンケートを始めたところです。
そんな民事訴訟法の枠組みの中で、営業秘密の不正取得(不競法2条1項4号)や、本件でも問題となった、不正に取得された営業秘密について、故意または重大な過失でこれを使用する行為(同項8号)のような、行為者側で秘密裏に行われることについて、被害者が十分な証拠を集めることは至難の業と言えるでしょう。
3 営業秘密と刑事罰、刑事手続について
そこで,被害者側で何らかの不正取得に関する証拠があるのであれば、直ちに民事訴訟を提起するのではなく、行為者に対して刑事告訴をすることをお勧めします。なんの証拠もなしに行うと虚偽告訴の罪に該当しかねませんが(刑法172条)、不正に取得されたのが電子データである場合には、アクセスログが残っているので、一定の費用は掛かりますが、このアクセスログを手掛かりに、不正取得をしたと疑われる者が、いつどんな情報を得たのかを分析し、これを告訴の際の証拠とすることができる場合があると思います。
日本で営業秘密の不正取得に刑事罰が導入されたのは2003年ですが、この時点で被害者が刑事告訴を行うのはとても難しいことでした。というのも裁判の公開原則、また犯罪の特定のためには、何か営業秘密で、如何にそれを不正取得したかを公開の法廷で示さなければならず、刑事公判が始まったとたんに不正に取得された営業秘密は秘密でなくなってしまうという手続的なディレンマが解消されていなかったからです。実体法はさらに刑事罰の対象を広げ、重罰化の方向で何度も改正されましたが、被害者が刑事告訴に踏み切れるようになったのは、2011年の改正で刑事手続きの規定が第6章として認められてからです。詳細を記載するスペースがありませんが、営業秘密の秘匿決定(同法23条)がなされれば、例えば起訴状の朗読の際に、不正に取得された営業秘密の詳細の朗読をしないでよいとすることなどが認められ(同法24条),刑事公判において営業秘密性が失われるということがなくなりました。
エディオン事件でも、この方法が採用され、不正取得が認められた個人は2年の懲役及び執行猶予3年、罰金100万円となりました。
4 刑事事件を足掛かりにした証拠収集方法
刑事事件の進行中、検察庁に依頼しても被害者が警察、検察が収集した証拠の閲覧を依頼しても見せてもらうことはできません。刑事事件が終了した後でも検察官に依頼しても任意で証拠にアクセスすることはまずできないと考えていただいたほうがいいでしょう。そこで検討されるのが、検察庁において、裁判官による証拠保全手続きを行ってもらうことです。
証拠保全は、民事訴訟法上の手続き(民訴法234条)で、よく実施されるのは、医療過誤の事件における被害者のカルテ等の診療記録への保全です。医療ミスが疑われる事件では、過去には、手書きのカルテにホワイトの修正液がべたべたと塗ってあったなどということが多発し、裁判官は、カルテは改ざんされるものとの認識を持っています。今は電子カルテ等で改ざん後もその記録が残りますから、改ざん自体起こりにくくなっているとは思えますが、今も医療事故ではまず、この証拠保全にて改ざん前のカルテを確保することから始まります。
営業秘密や方法の特許の侵害事件でも証拠保全はこれまでも重要なものとして行われてきました。しかし被疑侵害者の手持ちの証拠に対して、証拠保全を行っても、多くはその敷地に入ることすら、被疑侵害者自体のさまざまな営業秘密の侵害を理由に拒否され、そうなると手も足も出なかったのです。私も半導体封止機械装置設計図事件(福岡地裁14年12月24日判決)では、工場前で立ち入りを拒否され、証拠を手に入れることができず、被告が第三者へ製造委託をした際に送った図面十数枚が、間違って原告に送られたことを頼りに、その第三者を粘り強く説得して、その図面が被告からのものであることを証言してもらって、不正取得、不正使用を立証したことがあります。
では、今回私がお勧めする検察庁での証拠保全はどのように行われるのでしょうか?証拠保全事件における相手方は検察庁ではありません。あくまでも被疑侵害者が相手方で,従って本件では上新電機でした。検察庁が保管されていた上新電機のサーバーへのアクセスをする場所として、検察庁の一室をお借りしたという扱いになります。証拠保全の申立書自体は、実施の1時間ほど前に執行官から上新電機に送達され、同社もしかるべき措置をとりました。大阪地裁から臨場された裁判官が、サーバーにアクセスし、関連データを検証されました。検証と言ってもその場でいちいちデータを見ていくわけにはいきませんので、持参したHDDに保存し、裁判所に持ち帰っていただきました。
その後そのHDDにあるデータを謄写して、これを解析して、エディオンの情報と考えられるものを抜き出して営業秘密目録を作成しました。ただこの取得した情報に上新固有の情報が紛れていた時のことを考えて対策をとりました。
5 証拠保全で得た情報の用い方とその限界
裁判所のHPではエディオン対上新の民事事件の営業秘密目録は掲載されていません。当該目録に対して閲覧を制限する決定を裁判所から得ているからです。ただ主張の中で述べているように判決が認めた営業秘密はすべて上述の証拠保全手続きで得たもの、したがって営業秘密が故意か重過失かで不正取得されたのちに上新によって使用されたことが,本案の判決でも明らかとなり,使用差止めが認められました。
その限界は、この元情報である営業秘密をどのように加工したかまでは、証拠保全では確保できなかったことです。日本の証拠保全手続きでは、この加工情報の取得は容易ではありません。
刑事事件において、被害者としてできるだけ営業秘密情報がどのように用いられるかを捜査機関に情報提供し、どのようにすれば、証拠保全で確保できるようになるか、告訴に対応する捜査においても様々な情報提供と、一定の情報を捜査機関から得ることが重要となると思います。誤解の無いよう申し上げておきますが、捜査機関の情報漏洩を誘発するようにということではありません。被害者として受ける事情聴取の際に、捜査機関からの質問内容等からどのような情報を捜査機関が得ているのかを推察し、民事事件を担当する弁護士とよく相談しておくことで、証拠保全の際にこれを活かすことができると考える次第です。刑事事件の段階から民事訴訟ははじまっているのです。
以上