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FRAND宣言と特許権者の誠実交渉義務-アップル対サムスン電子事件-(2013年5月31日)

FRAND宣言と特許権者の誠実交渉義務-アップル対サムスン電子事件-

弁護士 田中 敦

【はじめに】

本年2月28日,東京地裁により,アップルとサムスン電子(以下「サムスン」といいます)との間の特許権侵害に関する訴訟について国内2例目の判決(以下「本判決」といいます)が下されました。

本判決では,サムスンが,問題となったパケット通信技術に関する特許権(以下「本件特許権」といいます)について下記「本判決の検討」にて詳述するFRAND宣言を行っていたことから,本件特許権の行使が権利濫用にあたると判示されました。

今回は,アップルとサムスンという世界規模の巨大企業間の紛争の経緯について若干触れつつ,本判決の判示内容について,FRAND宣言を行った特許権者の誠実交渉義務と権利濫用との関係を中心に解説します。

【両社の紛争の経緯】

アップルとサムスンは,サムスンからアップルへ液晶パネル等の部品供給を行うなど,長年にわたり提携関係にありました。しかしながら,サムスンが,スマートフォン・タブレットPCの市場で台頭するにつれ,同市場の先導者であったアップルとは競争関係に転じるようになりました。今回,アップルがサムスンに対し特許侵害を主張したことは,サムスンをはじめとするアンドロイド陣営への牽制を意図したものという見方もあります。

平成23年4月,カリフォルニア州にて,アップルがサムスンに対しデザイン特許[1]等の侵害を主張して最初の訴訟を提起しました。以降,両社の争いは激化し,現在では計10カ国の裁判所で両社間の訴訟が進行しています。そして,同一のデザイン特許についてカリフォルニア州連邦地裁とソウル中央地裁で侵害・非侵害の判断が分かれるなど,各国の裁判所によってその判断が分かれています。

日本では,平成24年8月31日に東京地裁により国内初の判決が下され,サムスンによる特許権侵害を否定して,アップルの損害賠償請求が棄却されました。

本稿でご紹介する本判決(東京地裁平成25年2月28日判決)は,前述のとおりアップルとサムスンとの紛争における国内2例目の判決であって,国内1例目の事案とは異なり,サムスンが権利を有するパケットデータ送受信についての特許権を,アップルに対して行使できるか否かが問題となった事案です。

【本判決の検討】

1 サムスンによるFRAND宣言

本件特許権にかかるパケットデータ送受信技術についての特許は,アップルとサムスンの両社が加入する第3世代移動通信システム[2]の技術標準化団体である「Third Generation Partnership Project」(以下「3GPP」といいます)により,一定規格に準拠した製品を製造する際の必須特許として指定されています。

サムスンは,3GPPの中心的構成団体である欧州電気通信標準化機構(以下「ETSI」といいます)が定めたESTI知財ポリシーに従い,本件特許権についてはその利用を希望する者に対して「公正,合理的かつ非差別的(Fair, Reasonable, And Non-Discriminatory)な条件」(FRAND条件)でライセンス許諾する準備があることの宣言(FRAND宣言)を行っていました。

本件の訴訟に先立ち,アップルがサムスンに対しFRAND宣言に従い本件特許権のライセンス許諾を行うことを求め,平成23年7月以降両社間でライセンス契約締結に向けた協議が行われましたが,ロイヤルティ等について意見が一致せず,最終的な契約締結には至りませんでした。

2 東京地裁による判示内容

(1) 争点

本判決では,サムスンからの本件特許権の侵害の主張に対し,アップルが特許権侵害に基づくサムスンの損害賠償請求権の不存在確認を求めて提訴したところ,①アップルの製品に使用された技術が本件特許権の技術的範囲に属するか否かに加え,②サムスンによるFRAND宣言と両社のライセンス契約締結に向けた協議の経過に照らし,サムスンによる本件特許権の行使が権利濫用にあたるか否かが主な争点となりました。

(2) 争点についての判断

裁判所は,まず①の争点につき,アップルの一部の製品に使用された技術が本件特許権の技術的範囲に属することを認定しました。

次に,裁判所は,②の争点につき,FRAND宣言を行った特許権者は,ETSIの加入者か否かを問わずライセンス許諾を希望する者に対しライセンス契約の締結に向けて重要な情報を提供して交渉を誠実に行うべき信義則上の義務(以下「誠実交渉義務」といいます。)を負うとし,サムスンが誠実交渉義務に違反したか否かを検討しました。

裁判所は,1年以上にわたる協議の中で,サムスンが,アップルからの再三の要請にもかかわらず,提示したロイヤルティが「非差別的な条件」であることの根拠資料(他社とのロイヤルティ等)を一切示さなかったこと,ライセンス内容についてアップルからの提案への具体的な対案を示さなったことを主な理由として,サムスンによる誠実交渉義務違反を認めました。

そして,裁判所は,誠実交渉義務違反を含む協議の経過等に鑑みれば,サムスンによる本件特許権の行使は権利濫用にあたり許されないとしました。

(3) 結論

以上の争点についての判断を踏まえ,裁判所は,サムスンがアップルに対し本件特許権の侵害に基づく損害賠償請求権を有しないことを確認すると判示し,原告であるアップルによる不存在確認請求が認容されることとなりました。

3 検討

本判決は,サムスンによる本件特許権の行使が許されない根拠として「権利濫用」(民法1条3項)を挙げています。これは,両社の協議経過等に照らして本件でのサムスンによる権利行使を否定したもので,FRAND宣言を行った特許権者による特許権行使を一律に否定する趣旨ではありません。

しかしながら,本判決は,FRAND宣言を行った特許権者がライセンス許諾を希望する者に対し誠実交渉義務を負うことを明確にし,当該誠実交渉義務違反の有無を中心に権利濫用の成否を検討するとの判断基準を示したものと理解できます。

また,本判決は,FRAND宣言の効果が及ぶ範囲について,FRAND宣言を行った特許権者は,ETSIの加入者か否かを問わずライセンス許諾を希望する全ての者に対し誠実交渉義務を負うと判断しました。

FRAND宣言を行った特許権者が負うべき義務内容,FRAND宣言の効果が及ぶ範囲については,これまでその解釈に議論があったところです。本判決は,それら論点について日本国内で初めて判断を示した裁判例となります。

【終わりに】

本件特許権についてのFRAND宣言は通信技術の規格標準化のための必須特許について行われたものですが,一つの規格の標準化のためには数百から数千もの必須特許が存在する場合があり,そのうちたった一つの特許権であっても技術全体の使用を妨げるものとなり得ます。そのため,FRAND宣言が行われた必須特許について特許権者の権利行使を認めるか否かは,権利行使を受けた企業の利益のみならず,当該技術の属する産業全体の発展についても影響を与える重要な問題となります。

本判決に対してはサムスンから控訴がなされたと報道されており,今後の動向を注視する必要がありますが,本判決は,FRAND宣言を行った特許権者による特許権行使の可否を初めて判断した裁判例として,重要な先例的意義を持ち得るものと思われます。

[1] デザイン特許(Design Patent)とは,米国特許法により「物のデザイン」について付与される特許権であり,日本における意匠権に相当するものです。

[2] 第3世代移動通信システムとは,国連の専門機関である国際電気通信連合(International Telecommunication Union)が定める「IMT-2000(International Mobile Telecommunication 2000)」規格に準拠した携帯電話の通信システムのことで,現在日本国内で利用される携帯電話の多くが当該通信システムを採用しています。これに対し,最近新たに市場に導入された「Long Term Evolution(LTE)」による通信システムは,「第3.9世代移動通信システム」または「第4世代移動通信システム」と呼ばれています。

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