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EU競争法(2010年11月16日)

EU競争法

弁護士 貞 嘉徳

1 はじめに

EU委員会の公表資料を元に作成

EU委員会の公表資料を元に作成

近年,EU競争法の存在感が高まっています。最近では,例えば「給油所4社が電話でガソリン販売価格を情報交換」[1]することを違法とするなど,EU競争法の運用において,企業間の情報交換の規制を強化するとの新聞報道がなされたことが記憶に新しいかと思います[2]。EU委員会の発表によれば,カルテル事案における制裁金総額は,2005年に約6.8億ユーロであったのが,2006年には約18.4億ユーロとなり,本年は9月30日現在で前年(2009年)の約16億ユーロとほぼ同額の水準に達しています[3]。これまでに日本企業が対象とされたEU競争法の事案は少なくありません。多くの日本企業がグローバルに経済活動を展開する中で,EU競争法の理解を深めることは不可欠といえます。

既にいくつかの文献によって紹介されているところではありますが,以下に,EU競争法の概要を簡単に紹介したいと思います。

2 規制の概要

EU競争法の実体規制は,①TFEU[4]第101条,②TFEU第102条,及び③理事会規則139/2004[5]に拠ります。①TFEU第101条は競争制限的協定・協調的行為を,②TFEU第102条は市場支配的地位の濫用行為を,③理事会規則139/2004は企業結合を,それぞれ規制しています。

【TFEU第101条1項】[6]
加盟国間の取引に影響を与えるおそれがあり,かつ,域内市場の競争の機能を妨害し,制限し,若しくは歪曲する目的を有し,又はかかる結果をもたらす事業者間のすべての協定,事業者団体のすべての決定及びすべての共同行為であって,特に次の各号の一に該当する事項を内容とするものは,域内市場と両立しないものとし,禁止する。

a 直接又は間接に,購入価格若しくは販売価格又はその他の取引条件を決定すること

b 生産,販売,技術開発又は投資を制限し又は統制すること

c 市場又は供給源を割り当てること

d 取引の相手方に対し,同等の取引について異なる条件を付し,当該相手方を競走上不利な立場に置くこと

e 契約の性質上又は商慣習上,契約の対象とは関連のない追加的な義務を相手方が受諾することを契約締結の条件とすること

【TFEU第102条】
域内市場又はその実質的部分における支配的地位を濫用する一つ以上の事業者の行為は,それによって加盟国間の取引が悪影響を受けるおそれがある場合には禁止される。この不当な行為は,特に次の場合に成立するおそれがある。

a 直接又は間接に,不公正な購入価格若しくは販売価格又はその他の不公正な取引条件を課すこと

b 需要者に不利となる生産,販売又は技術開発の制限

c 取引の相手方に対し,同等の取引について異なる条件を付し,当該相手方を競走上不利な立場に置くこと

d 契約の性質上又は商慣習上,契約の対象とは関連のない追加的な義務を相手方が受諾することを契約締結の条件とすること

【理事会規則2004年139号第2条】
2項 特に,支配的地位の形成又は強化の結果として,共同体市場又はその実質的部分における有効な競争を著しく阻害しない企業結合は,共同体市場と両立する旨宣言される。

3項 特に,支配的地位の形成又は強化の結果として,共同体市場又はその実質的部分における有効な競争を著しく阻害する企業結合は,共同体市場と両立しない旨宣言される。

3 執行手続

TFEU第101条及び同第102条の手続法として,理事会規則1/2003[7]が規定されています。EU委員会及びEU加盟国の競争当局のいずれにも, TFEU第101条及び同TFEU第102条の執行権限が並行的に認められており,相互の協力関係が規定されています(規則1/2003第4条,5条及び11条ほか)。両者の関係の詳細については,ガイドラインが公表されています(2004/C 101/03 [8])。

調査の結果,TFEU第101条,又はTFEU第102条の違反行為を認めた場合,EU委員会は,当該違反行為の中止を命ずると同時に,当該違反行為を終了させるために必要な救済措置をとることができ(規則1/2003第7条1項),また制裁金を課すことができます(同23条2項(a)及び24条1項(a))。

次に,EU競争法の執行手続において,日本と異なる特徴的な点をいくつか紹介したいと思います。

4 コミットメント決定(commitment decisions)[9]

従前の実務慣行を明文化した制度として,規則1/2003によって,コミットメント決定の制度が導入されました(規則1/2003第9条)。これは,違反行為の審査の過程で生じた懸念について,対象事業者が当該懸念を解消するための措置を講じる旨を申し出た場合に,EU委員会はこれを受諾することができ,手続を継続する根拠が失われた旨を宣言する決定です。例えば,調査を開始したEU委員会が,競争制限的な契約条項について懸念を抱いたものの,当事者が当該契約条項を削除する旨を申し出た場合に,EU委員会はその申し出を受諾して,コミットメント決定により,手続を終結させることができます。対象事業者及びEU委員会の双方において,手続の負担を軽減させるメリットがあるとされています。コミットメント決定は,EU競争法違反の有無を明らかにすることなく手続を終結させる決定で,対象事業者が約束を守らなかった場合など一定の場合,EU委員会は手続を再開することができます。コミットメント決定は,制裁金を課すことが適当な事案においては利用されません(規則1/2003 recital(13))。

5 和解手続(settlement procedure)[10]

2008年7月1日より,カルテル事案について,和解手続が導入されました。これは,関係する事業者が,カルテルへの関与とその法的責任を認めることを条件に,制裁金の額を10%減額することを認める制度です。和解手続の利用により,事業者は制裁金の負担を軽減することができ,また,EU委員会は手続の負担を軽減することができます。

本年5月19日に和解手続の初の適用事例が公表されています[11]。

6 制裁金

(1)EU競争法における制裁金の留意点

EU競争法における制裁金の理解として留意が必要な点は,①手続違反に対する制裁金が存在すること,及び②制裁金算定に際してEU委員会に広範な裁量が認められていることの2点です。

(2) 手続違反に対する制裁金

日本の独占禁止法における課徴金は,カルテルなど一定の実体法規違反の行為が認められた場合に課されますが,EU競争法における制裁金はカルテルなどの実体法規違反が認められた場合に加え,例えば,不正確な情報提供を行った場合や調査への協力を拒んだ場合(規則1/2003第23条1項各号),あるいは先ほどのコミットメント決定における約束に違反した場合(同条2項(c))にも課されます。

(3) 制裁金算定におけるEU委員会の裁量

日本の独占禁止法では,課徴金額の算定に際し,公正取引委員会に裁量は認められていません。しかし,EU競争法では,制裁金の算定に際し,EU委員会に広範な裁量が認められています。TFEU第101条及び同第102条の違反行為に対する制裁金の算定に関しては,ガイドライン(2006/C210/02[12])が規定されています。制裁金の算定は,①基本額の算定及び②基本額の調整(増減)の二段階で行います。①基本額の算定では,直近の事業年度の売上高の30%を上限とする一定割合[13]を乗じた金額に,違反行為の継続年数を乗じ,これに,価格カルテルなど一定の事案においては,直近の事業年度の売上高の15~25%を加算して,基本額を算定します。次に,②基本額の調整では,違反行為の反復,調査妨害,あるいは主導的役割を担ったといった事情が認められる場合には増額が,他方,違反行為を直ちに中止したこと,違反行為が過失によること,あるいは調査への協力といった事情が認められる場合には減額がなされます。また,例えば,支払能力を考慮した減額の可能性も認められています (2006/C210/02 第35項)。

7 最後に

今回は,ミュンヘン大学のサマースクールでの講義を踏まえ,EU競争法を紹介させていただきました。紙幅の関係もあり,かなり断片的な紹介にとどまりましたが,EU競争法に関しては,EU委員会のHP[14]をはじめ,インターネットを通じて,相当量の情報を入手することができます。さらに詳しい内容に興味をお持ちの方は,それらを参照いただければと思います。
[1] 2010年9月4日付日本経済新聞より抜粋

[2] 新運用ルール(Guideline on the applicability of Article 101 of the Treaty on the Functioning of the European Union to horizontal co-operation agreements)案の詳細は, http://ec.europa.eu/competition/consultations/2010_horizontals/guidelines_en.pdfで確認いただけます。本文に掲記した具体例の詳細は,「2.4.Examples 103.Genuinely public information example6」を参照下さい。

[3] http://ec.europa.eu/competition/cartels/statistics/statistics.pdf

[4] Treaty on the Functioning of European Union http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:C:2010:083:0047:0200:EN:PDF

[5] http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2004:024:0001:0022:EN:PDF

[6] いずれも和訳は公正取引委員会のHP(http://www.jftc.go.jp/worldcom/html/country/eu.html)より引用

[7] http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2003:001:0001:0025:EN:PDF

[8] http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:C:2004:101:0043:0053:EN:PDF

[9] 最近のケース:http://europa.eu/rapid/pressReleasesAction.do?reference=IP/10/494&format=HTML&aged=0&language=EN&guiLanguage=en

[10] http://ec.europa.eu/competition/cartels/legislation/settlements.html

[11] http://europa.eu/rapid/pressReleasesAction.do?reference=IP/10/586

[12] Guidelines on the method of setting fines imposed pursuant to Article 23(2)(a) of Regulation

No 1/2003: http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:C:2006:210:0002:0005:EN:PDF

[13] 一定割合の決定においては,違反行為の質や市場シェアなどの事情が考慮されます。

[14] http://ec.europa.eu/competition/index_en.html

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