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民事裁判の迅速化(2012年3月9日)

民事裁判の迅速化

弁護士・ニューヨーク州弁護士 苗村博子

民事裁判では、『提出する書面の量で弁護士費用を取っている事務所があることが、民事裁判で、大量の書面が提出され、民事裁判の迅速化を妨げる一因※ 1』、とする高名な学者の発言がなされました。私自身は、そのような弁護士費用の請求方法を取っていないので、そのような事務所があるのか、仄聞にして知りませんが、なかなかショッキングな発言です。この発言は、最高裁が昨年7 月に提出した「民事裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(4)」を受けて、どうすれば、迅速かつ公平公正な民事裁判が行いえるかの提言のための裁判官、学者、弁護士らの座談会で出たものです。

私は、大阪弁護士会の民事裁判の改善に関する協議会という会に属し、訴訟実務の改善等を勉強しています。先日私が発表担当で、「主張、立証方法のあらたな工夫というテーマ」で討論するベースを作成しました。

工夫例として、① PC 用の発達した文書作成アプリを用いて、様々なマーカー機能、色別文字を用い、また注記等の多用、PDF アプリを用いて証拠を主張書面に貼り付けてしまう、などの様々な工夫がなされていることなども報告の対象といたしました。2006 年にTBS 系列で放送された『情熱大陸』の青色発光ダイオード職務発明事件で、中村教授が会社からその発明の対価として受け取るべきは200億円との第一審判決を得た、荒井裕樹弁護士の準備書面などは、当時から話題になったものです。

また、②刑事裁判の裁判員裁判において用いられるようになったパワーポイントを使ってのいわばプレゼンテーションのようなことも、専門化、複雑化する訴訟では、民事裁判でも用いられているようです。

私のようなオーソドックスな弁護士には、これらの工夫例は、裁判官に、こちらの主張をしっかり判ってもらうという大事なポイントをついたすばらしいもので、今後参考にさせてもらおうと考えたのですが、少し翻って考えてみるとこれらの工夫例は、すべて冒頭の、主張書面が長すぎるということを前提に、その長い文章をどうやって裁判所に集中力を持って読み通してもらうか、またその中に記載した主張を理解してもらうかを考えてのもののようです。

私が弁護士になった25 年前は、やっとワープロ専用機が導入された頃、B5 版縦書きの書面は、その大きさでも10 頁も書けばかなり長文の部類でした。それがなぜ、冒頭の座談会でも問題にされ、また長い書面前提で、読みやすさのための工夫がさ
れるようになったのでしょうか。

一つには、専門化、複雑化した訴訟が、一定数増えてきていることにあるでしょう。これまでは、訴訟という形での解決より、他の紛争解決手段(話し合い)で解決できた紛争が、裁判によって、司法による公平公正な判断を受けたいという社会のニーズが高まったため、類型化できない訴訟が増えてきているように思います。知財訴訟が一つの典型ですし、会社と株主間の争い、複雑な金融商品の証券被害訴訟などがこのような訴訟の中に入ると思いますが、それ以外にも、通常の取引を続けてきた会社間での訴訟、売買された製品の瑕疵を巡る紛争なども確かに増えてきています。

最後のような例では、問題となっているのがどんな製品か、どのような製造工程をたどって製品が完成するかなど、裁判官にはバックグラウンドの知識のない内容も伝えないと解決しない事件も出てきています。技術内容を書面で記載すると勢い長くなってしまいますので、それをなるべく短くしようとすると、表や、図などを書面に取り込む工夫は必要です。

もうひとつは、PCソフト等の進化でしょう。先に提出した書面のコピーアンドペーストが簡単にできてしまうのです。先の書面に記載しているけれど、裁判官に読んでもらっていないのではないかとの不安から、我々弁護士は、新しい書面にコピーアンドペーストしてしまうということをしがちです。また、相手方が50 頁、100 頁、200 頁という書面を提出すると、何となく分量で負けそうというような気持ちになって、当方も長い書面を作成してしまうという半ば心理戦のようなものもあります。

こちらについては、証人尋問の前に、確実に双方の主張を整理する機会(争点整理手続といいます)を充実させて、双方の主張をしっかり確認する作業が重要で、それが確実に行える、または行うということが所与の前提となれば、その際に主張の骨子を伝え、詳しくは何番目の準備書面(双方の主張や、証拠の評価を書いた裁判所に提出する書面のことです)のどこに書いてあるときちんと示せれば、裁判所、相手方の争点に対する理解がわかるようになります。この争点整理手続は、多くは弁論準備手続という丸いテーブルを、裁判所、双方当事者代理人が取り囲んでの場所で行われ、そこでは口頭で議論することも可能で、当事者はもちろん、関係者も裁判所の許可があれば傍聴可能です。

裁判を依頼される皆さんも、頁数だけで、弁護士を判断しないでくださいね。それより、中身のぎゅっと詰まった読みやすい書面で、裁判所、相手方を説得し、時々に真意が伝わっているか確認し、証人尋問の前には必ず、争点の確認をするようにしますので、ぜひ傍聴してください!

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