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債権法改正について (2) (2010年2月26日)

債権法改正について(2)

第 1 ) 債権法改正の状況

前回に引き続き、「民法(債権法)改正検討委員会」が発表した「債権法改正の基本方針」(以下「基本方針」)を題材に、債権法の改正について紹介させて頂きたいと思います。債権法改正をめぐる状況も前回から変わってきていますので、まずその動きを確認したいと思います。

法務省の法制審議会に民法(債権関係)部会が設置され、昨年の 11 月 24日に第 1 回会議が開かれました。部会長には、「民法(債権法)改正検討委員会」の委員長である鎌田薫早稲田大学教授が選出されています。同委員会の事務局長である内田貴法務省参与をはじめ、同委員会のメンバーであった学者の先生方が同部会に委員ないし幹事として多く入っておられます。同委員会のメンバーに入っておられた法務省の審議官や参事官も同部会に参加されています。もちろん法務省の審議会ですから、学者の先生方のみならず、裁判官や弁護士、さらには経営者の方や企業の法務部の方、労働組合の方や消費者団体の方も参加されています。

今年の 1 月 26 日に開かれた第 3 回会議から、いよいよ具体的な論点について議論が始まりました。第 3 回会議では前回この記事でもご紹介した債務不履行に基づく損害賠償について議論されました。 では、前回民法総則と契約総論の部分について紹介しましたので、今回は債権総論の部分を見ていきましょう。債権総論の部分は、債権者代位・詐害行為取消権といった責任財産の保全の規定で現行法と大きな変更がなされ、一人計算(いちにんけいさん)という新たな債権消滅原因が設けられ、債権の時効消滅が債権総論の債権の消滅の項目に規定される等の大きな変更がなされている部分です。当初、債権総論について 1 回で紹介させて頂く予定でしたが、紙面の都合で 2 回に分けさせて頂くことになりました。今回は責任財産の保全について紹介させて頂きます。今回も、従来の判例理論を明文化したにとどまり、法令の適用結果に変化をもたらさないものは割愛し、現在の運用と異なる規定だけを見ていくことにしましょう。

第 2 ) 責任財産の保全の改正

1 債権者代位権

(1)事実上の優先弁済の否定

従来、債権者代位権行使の場面では、債権者が第三債務者から直接弁済を受け、債権者の債務者への返還債務と、債権者の被保全債権との相殺を認めてきました。これは債権者に事実上の優先弁済権を認めるものでした。 しかし、債権者代位権のこのような行使方法は法が本来予定しているものではなく、債権者代位権は裁判外で行使可能という容易に行使可能な権利であるので、このようなメリットを与える必要性が小さいという考えから、基本方針では事実上の優先弁済を否定しています。

第三債務者からの弁済を債務者が受領しないときに生じる問題点は変わりませんので、債権者の第三債務者からの直接受領を認めたうえで、債務者への返還債務と被保全債権の相殺を禁止します。債権者は第三債務者から直接受領した物を債務者に一旦返したうえで、権利行使することになります。この際かかった費用は共益の費用として一般先取特権により保護されます。

また、第三債務者は債権者に直接請求されても、債務者への弁済や供託で免責されることを定めました。

(2)債務者への事前通知

基本方針は、債権者代位権の権利行使の要件として、事前に債務者に通知することを求めています。ただし、通知が困難な場合や権利行使に緊急性がある場合は除外されます。また、債権者が債権者代位訴訟をしたときは、債務者への訴訟告知を義務付けています。

これらは、債務者に権利行使の機会を保証することが目的です。

(3)裁判上の代位の廃止

従来、被保全債権が弁済期前なら非訟事件手続法に則って裁判上の代位をすることが求められていましたが、ほとんど利用されていませんでした。

そこで、被保全債権が弁済期未到来であれば、代位行使を禁止し、裁判上の代位制度を廃止することにしました。保存行為は従来通り、裁判上の代位によらなくとも、被保全債権の弁済期前にできます。

2 詐害行為取消権

(1)無償行為の特則

現在の詐害行為取消権においては、受益者の悪意が要件となっています。しかし、基本方針では、取消の対象となる行為が贈与等の無償行為又は無償と同視できる有償行為であるときは、受益者の悪意を要件とせず、受益者が債権者を害することを知らなくても取り消せることにしました。ただし、善意の受益者が返還する義務を負うのは現存利益にとどまります。

無償で利益を受けている受益者を保護する必要性が小さいことと、善意の受益者を保護する必要性があることを勘案して、このような枠組みを定めました。

(2)取消の効果

ア 取消の範囲

従来の判例では、取消権者の債権額の範囲で取消が認められるのが原則でした。しかし、基本方針では取消債権者の債権額に関係なく、行為の全部を取り消すことを認めました。ただし、過大な代物弁済については、財産隠しの意図がなければ、過大部分だけを取り消せるとしています。

詐害行為取消権を、責任財産保全のために債務者のもとへ財産の回復を図る制度としてとらえ、全部を取り消すことを原則としました。反対給付をした受益者に対する利害調整等は、受益者が一旦全てを返還した後で調整することにしました。

過大な代物弁済について、全部取消を認めるのは問題があり(6,000 万円の抵当権がついている時価 1 億円の土地を抵当権者に詐害行為として代物弁済した場合、代物弁済を取り消すと、債務者の下には抵当権がついていない土地が戻されることになり抵当権者を害してしまいます)、現在の判例も過大部分の取消しか認めていません。基本方針でもこれを維持しています。

イ 受益者の優先権

全部が取り消され、受益者が全てを返還するだけでは反対給付をしていた受益者が害されます。そこで基本方針は、受益者が債務者に反対給付をしていた場合には、反対給付につき返還請求権を認めたうえで、受益者の債務者に対する返還請求権は先取特権により保護されるとしました。ただし、債務者の財産隠しの意図を知っていたらこの先取特権を認めません。また、取消債権者の費用請求権の方が優先的に保護されます。

ウ 請求内容

原則は債務者への返還を求めることとし、金銭や動産については取消債権者が

直接請求することに加えて、受益者に供託することを請求できるとしました。

(3)事実上の優先弁済

従来、詐害行為取消権行使の場面では、債権者代位権と同様に、債権者が受益者から直接返還を受け、債権者の債務者への返還債務と、債権者の被保全債権との相殺を認めてきました。これは債権者に事実上の優先弁済権を認めるものでした。

債権者代位権と同様、このような行使方法は法が本来予定しているものではありません。しかし、詐害行為取消権は債権者代位権と異なり、行使するには裁判上の行使が義務付けられています。したがって、わざわざ詐害行為取消権を行使した債権者を優遇する必要性は債権者代位権よりも高くなります。

そこで、まず、取消債権者が直接交付を受けた金銭や動産に対して、他の債権者は強制執行が可能であるとしました。そして、取消債権者が直接交付を受けてから一定期間(1 か月と 3 か月の意見があります)経過すれば、取消債権者の債務者への返還債務と被保全債権の相殺を認め、事実上の優先弁済を受けられることにしました。その際に余剰があれば、債務者に返還又は供託することとしました。

(4)転得者に対する詐害行為取消権

ア 要件・立証責任

基本方針は、転得者に対して取消を求める規定を受益者に取消を求める規定とは別に定めることにしました。

従来の判例では、受益者善意、転得者悪意の場合、転得者に対する詐害行為取消権を認めてきました。しかし、基本方針では、詐害行為取消権行使の要件として債務者、受益者、転得者全ての悪意を求めることにしています(転得者が二人以上いても全ての転得者の悪意を求めています)。一度善意の受益者が登場した以上、94 条 2 項等の問題と同様に権利関係を早期に確定させようという考えに基づくものです。

また、現在は転得者の悪意要件について、転得者が自らの善意につき立証責任を負うと解釈されています。しかし、基本方針では転得者の悪意の立証責任を取消債権者側に課しています(ただし、無償行為については転得者側が善意について立証責任を負います)。取引の安全を重視して、転得者の保護をより高めました。

イ 転得者の優先権

受益者等前主に反対給付をしていた場合、反対給付の限度で、(2)イで述べた受益者の優先権を代位行使できます。

(5)訴訟

現在は詐害行為取消訴訟において、返還請求の相手方だけを被告としています。しかし、基本方針は、債務者と返還請求の相手方双方を被告とすることを明文で定めました。(2)で述べたとおり、返還者から債務者への権利行使があり得るので、債務者の手続保障のため、債務者も被告とすることにしました。

(6)除斥期間

除斥期間を現在の 20 年から 10 年としています。

第 3 ) おわりに

次回は、一人計算と債権の時効消滅を中心にご紹介したいと思います。

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