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債権法改正について(2009年12月1日)

債権法改正について

第1 「債権法改正の基本方針」とは
民法、特に契約法を中心とする債権法の分野で改正の動きがあることは皆様ご存知のことと思います。
今年の4 月「民法(債権法)改正検討委員会」が「債権法改正の基本方針」(以下「基本方針」)を公表しました。まず、この「民法(債権法)改正検討委員会」
がいかなる組織か皆様はご存知でしょうか?
「民法(債権法)改正検討委員会」は、2006 年10 月に民法学者の先生方が中心となって、学者有志による研究会として結成された組織です。委員長には、早稲
田大学の鎌田薫教授が就任されています。しかし、「民法(債権法)改正検討委員会」は、純粋に学者の先生方の研究を目的とした組織かというとそうではありません。事
務局長で学者の内田貴氏は現在法務省民事局参与です。また、「民法(債権法)改正検討委員会」の発起人の中には法務省民事局参事官もいますし、委員の中には法
務省官房審議官もいます。そして委員会の事務局スタッフにも法務省民事局付が数名います。「民法(債権法)改正検討委員会」は、2006 年に債権法改正の必要性
について検討に着手することを決めた法務省が、そのスタッフを関与させているセミオフィシャルな組織でもあります。
今後、民法が改正されるには、まず法務大臣が法制審議会に諮問することになります。この際に、有力な学者の先生方と法
務省のスタッフが集まって検討された結果である、今回の基本方針が重要な影響力を持つことは間違いないでしょう。
では、基本方針がどのように現行民法を変えているのか具体的にみていくことにしましょう。変更部分は多岐に渡りますので、今回は基本方針の中でも、現行民法の民
法総則と契約総論で規定されている部分をみていきます。次回に債権総論、次々回に契約各論に該当する部分をみていきたいと思います。

第2 民法総則
(1)取消的無効
ア 意思無能力
意思無能力者の意思表示が無効であることは、現行民法に明文で規定はされていないものの、判例・学説で異論なく認められてきました。基本方針では意思無能力者の意思表示は取消しうるものとされています。
無効ではなく取消しうるとされたのは意思無能力者の保護を目的とするには取消しうることで充分であるとの考えだそうです。
イ 錯誤取消
錯誤による意思表示も無効ではなく取消しうるものとされています。錯誤規定の趣旨が表意者の保護である以上、無効ではなく取消しうるものとされました。
ウ 取消的無効の立法的解決
意思無能力や錯誤による意思表示が取消しうるものになると、意思無能力や錯誤による無効は表意者のみが主張できるとする従来の取消的無効という解釈論は立法的に解決されることになります。

(2)問題のある意思表示を信頼した第三者の保護
ア 従来の第三者保護
現行民法において、通謀虚偽表示による意思表示または詐欺による意思表示の結果を信頼した善意の第三者は94 条2項または96 条3 項で保護されてきました。しかし、心裡留保、錯誤による意思表示を信頼した第三者を保護する規定は現行民法にはありませんでした。この場合、従来は94 条2 項を類推適用することによって第三者を保護してきました。基本方針ではこれらの場合について明文の規定を設けています。
イ 心裡留保による意思表示を信頼した第三者
基本方針は、心裡留保により無効な意思表示も善意の第三者には対抗できないことを明文で定めました。
ウ 錯誤、詐欺による意思表示を信頼した第三者
基本方針は、錯誤や詐欺による意思表示を信頼した第三者は善意無過失であれば保護されると定めました。詐欺については現行民法は善意で保護されるとしているのに、保護要件を厳しくすることになります。錯誤や詐欺については心裡留保や通謀虚偽表示よりも表意者を保護する必要性が高いという価値判断があるようです。

第3 契約総論
(1)原始的無効の契約
契約上の債務の履行が原始的に不可能な契約は無効であると解釈されてきました。しかし、基本方針ではこれを原則有効としています。契約の効力を物の存否に依拠させるのではなく、あくまで契約は当事者の合意により成立するという考えを徹底させたものです。合意さえあれば常に有効というわけではありません。当事者の合意を徹底させますので、契約締結に際して、当事者が、原始的不能の場合は無効であると予め合意しておけば無効となります。
(2)法定利率
現在の民事法定利率は5%です。現在の金利相場から考えてこれが高すぎるのは異論がないでしょう。しかし、バブル期のように金利5%が決して高くない時代はありましたし、今後もそのような時代が来るかもしれません。そこで、基本方針は法定利率を変動方式にすることを提案しています。具体的には政令などに委ねることを提案しています。
また、実際の金利にあわせて、短期と長期の2種類の金利を定めることを提案しています。
(3)損害賠償
1. 基本方針では、債務不履行に基づく損害賠償において債務者の帰責性が要件ではなくなっています。もちろん、基本方針においても債務不履行について債務者が絶対的な結果責任を負うわけではありません。「契約において債務者が引き受けていなかった事由」により不履行が生じたときには、債務者は損害賠償責任を負いません。つまり、債務者が引き受けていたリスクにより生じた不履行について債務者は賠償義務を負います。
基本方針は「責めに帰すべき事由」という表現を避けています。「責めに帰すべき事由」は過失責任と結び付けて論じられてきました。「責めに帰すべき事由」がないこととは、無過失であることと同義に論じられてきました。しかし、基本方針では契約法の分野においては過失責任の原則がそのまま妥当しないと考え「責めに帰すべき事由」という表現を避けています。
たとえば、ある商品の売主が、商品の発送を運送業者に委託したとします。発送の途中で運送業者が事故を起こし商品が滅失したとします。この売主は債務不履行に基づく損害賠償責任を負うでしょうか?売主に過失がなければ常に免責されるという結論が不当であることはあきらかです。売主が事業者で、売主の関連業者が運送していた場合等ではその結論の不当性は顕著です。
現行民法は「履行補助者の過失」という議論でこの問題を解決してきました。債務者本人に過失はなくとも、履行補助者に過失があれば、履行補助者により利益を得ている債務者本人も責任を負うべきという理屈です。
基本方針ではこのような場合、売主が契約において運送業者の事故のリスクについて引き受けていたのか否かで決することになります。売主が事業者でないなら、プロの運送業者に任せた以上、運送業者の事故についてまでリスクを引き受けていないと考えるのが自然でしょう。売主が事業者で運送業者がその関連業者なら、その事故についてのリスクも引き受けていたとみるべきでしょう。基本方針は、契約法の分野では、債務者の過失の有無を考えるよりも、契約を不履行にした原因をリスクとして債務者が負担していたか否かを考えるのが直截的だと考えています。
2. 現行民法では金銭債務の不履行については「不可抗力をもって抗弁とすることができない。」(419条3項)として絶対責任を定めています。しかし、金銭債務のみに絶対責任を認める合理的根拠もないし、そのような立法例もみられないことから、基本方針では廃止されています。
(4)解除
基本方針では、債務不履行に基づく解除においても債務者の帰責性が要件ではなくなっています。債務者に帰責性があろうがなかろうが「契約の重大な不履行」があれば、相手方は無催告で契約を解除できるとしています。「契約の重大な不履行」があれば、たとえ債務者に帰責性がなくとも、相手方を契約の拘束から解放するのが妥当だと考えたからです。
履行不能は「契約の重大な不履行」の一例にあたりますので、債務者の債務が履行不能となれば、相手方は無催告で解除できます。履行遅滞の場合も催告をして相当期間が経過したのに履行がなされなければ「契約の重大な不履行」にあたりえます。もちろん些末な遅滞について、催告したのに履行がないとしても「契約の重大な不履行」にはあたらず解除はできません。
(5)危険負担
現行民法において危険負担は、双務契約において一方当事者の債務が、債務者の帰責性なく履行不能となった場合、相手方の債務が存続するのか滅失するのかを規定しています。しかし、基本方針では、債務者の帰責性がなくとも履行不能となれば「契約の重大な不履行」があったことになり、相手方としては解除権を行使して自らの債務を免れることになります。
債務の履行不能により生じる問題は、全て解除により解決しようというのが基本方針の考え方ですから、基本方針では危険負担の規定は廃止されています。債権者の責任で履行不能になった場合は、債権者の解除権の行使が制限され、債権者は反対債務を負い続けることになり、従来の危険負担における債権者主義と同様の効果が生じます。
第4 最後に
基本方針には、今回取り上げた事項以外にも多くの改正案が示されています。従来の判例理論を明文化したもの、現在の消費者法や商行為法を取り込んだものもあります。これらは、法令の適用結果に変化をもたらさないので今回は紙面の都合で割愛し、現在の運用と異なる規定だけをみてみました。次回は現行民法の債権総論に規定されている部分で現在の運用と異なる部分をみたいと思います。

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