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モリテックス株主総会決議取消請求事件判決(2008年2月18日)

モリテックス株主総会決議取消請求事件判決

弁護士 貞 嘉徳

【はじめに】

昨年12月6日、株主総会における役員選任決議を取り消すという判決が下されました[1]。

新聞などの報道では、議決権行使にかかる委任状の勧誘に際して、500円分の商品券(Quoカード)を提供したことが、会社法120条1項の禁止する「利益供与」に該当するという判断が示されたことに注目が集まっていましたが、この事件では、もう一つ、さらに興味深い問題点があります。

それは、委任状の取扱いに関する論点です。詳しくは、以下の事案の概要の欄で記載しておりますが、委任状争奪戦が繰り広げられるようになった昨今において、今回の判決は、一つの事例判断を示すものとして、今後の実務の運用を考える上で、少なからず参考になるものと思われます。

【事案の概要及び争点】

1 本件は、株式会社モリテックス(モリテックス)の定時株主総会における役員選任決議につき、筆頭株主であるIDEC株式会社(IDEC)が、その取消しを求めた事案です。

モリテックスにおいては、平成19年6月開催の定時株主総会で、任期満了となる取締役8名及び監査役3名の後任者を新たに選任することが予定されていたところ、筆頭株主であるIDEC及び第二順位株主(IDECら)から、役員選任に関する株主提案がなされ、委任状の勧誘が開始されました。

その後、モリテックスからも、役員選任に関し、株主提案と異なる内容[2]の会社提案がなされ、委任状の勧誘が開始されました。

2 モリテックスは、当該定時株主総会において、株主提案及び会社提案にかかる役員選任議案への投票結果を集計するに当たり、ⅰ、株主提案と会社提案は別個の議題であり、IDEC側へ提出された委任状(IDEC側委任状)による授権は会社提案には及ばないこと、ⅱ、IDEC側委任状を提出した株主は委任状作成時において会社提案を認識しておらず、その委任状は会社提案についての議決権行使の授権を含まないこと、ⅲ、IDECらによる委任状の勧誘は、会社提案の記載及びこれについての賛否の記載欄がなく、議決権代理行使勧誘規制[3]に反し無効であり、会社提案についての代理権授与があったとしてもそれは無効になることなどを理由として、役員選任の決議要件としての「出席議決権数の過半数」を算出するに際して、株主提案についてはIDEC側委任状にかかる議決権数を含めて算出したのに対し、会社提案についてはその議決権数を含めませんでした。

3 その結果、会社提案に対する得票率が出席議決権数の過半数を超えることとなったため、会社提案が可決承認されたものと扱われ、株主総会は閉会されました。

ところが、会社提案について、株主提案と同じく、IDEC側委任状にかかる議決権数を、決議要件としての「出席議決権数の過半数」に含めて得票率を算出した場合、会社提案のうち取締役の2名については、その得票率は、決議要件としての出席議決権数の過半数を下回る結果となるものでした。

4 なお、モリテックスは、会社提案にかかる招集通知、委任状の勧誘の際に、議決権を行使した株主については、500円分の商品券を贈呈することを表明しており、現実に、7323名の株主に対して、商品券が供与されました。

5 IDECは、①株主提案の得票率の算出に限って、IDEC側委任状にかかる議決権数を含めて算出したことが、その委任状を提出した株主の意思と相反する違法なものである(争点①)、②モリテックスが議決権を行使した株主に対して商品券を供与したことは、株主の権利行使に関する利益供与に該当する(争点②)などと主張して、決議方法の法令違反などを理由に株主総会決議の取消しを求めました[4]。

【判旨】

1 争点①について

(1)この点には、上記ⅰないしⅲの3点につき判断が示されました。まず、ⅰについては、株主提案と会社提案とは、いずれも「取締役8名選任の件」及び「監査役3名選任の件」という議題により、定款上選任しうる最大員数の取締役及び監査役につき、候補者の提案をしたものであるため、それぞれ別個の議案を構成するものではなく、「取締役8名選任の件」及び「監査役3名選任の件」というそれぞれ1つの議題について、双方から提案された候補者の数だけ議案が存在するとの解釈により、モリテックスの主張が排斥されました[5]。

(2)次に、ⅱについては、当時、モリテックス経営陣とIDECらとの間で、経営権の獲得をめぐる紛争が生じていたことから、IDECらが役員選任に関する議案を提出し、委任状の勧誘を行った場合には、モリテックスからもそれに対抗して議案が提出されることは株主にとって顕著なことで、また、定款上選任しうる役員の最大員数との関係から、株主提案につき賛成した場合には会社提案に賛成する余地がなくなるといった状況下では、IDECらの勧誘にかかる委任状の提出は、会社提案には賛成しない趣旨で、議決権行使の代理権授与を行ったものといえる(※ア)として、モリテックスの主張が排斥されました。また、モリテックスが、会社提案の後に、全株主に対して、IDECらの勧誘にかかる委任状の提出による代理権授与の撤回を促したにもかかわらず、なお撤回しない株主もいたという事情もその判断の理由とされました(※イ)。

(3)最後に、ⅲについては、議決権行使勧誘規則の趣旨は、被勧誘者である上場会社の一般株主にとって、勧誘者から株主総会の議案を知らされるだけでは、議案の可否を判断するための情報としては十分ではないため、勧誘者は所定の事項を記載した参考書類を交付すべきこととするとともに、被勧誘者が株主総会における議決権の代理行使について勧誘者に白紙委任することにより、自分にとって不利な議決権の行使がなされないように、委任状には議案ごとに賛否を記載する欄を設けるべき点にあるとした上で、前記※アの事情からは、IDECらが会社提案に反対票を投じることは、代理権授与の趣旨に沿ったものであり、IDECらの勧誘にかかる委任状を提出した株主が不測の損害を受けるおそれはなく、また※イの事情からは、情報不足による不測の損害を受けるおそれもないなどとして、モリテックスの主張が排斥されました。

(4)判決は、以上のとおり判断し、決議方法が法令に違反するものとして、決議の結果に影響を及ぼすことになる取締役2名の選任にかかる決議の取消しを認めました。

2 争点②について

(1)判決は、株主の権利行使に関して行われる財産上の利益供与は原則としてすべて禁止されると判断した上、Ⅰ、その利益が株主の権利行使に影響を及ぼす恐れのない正当な理由に基づき、Ⅱ、その額が社会通念上許容される範囲のもので、Ⅲ、利益供与により会社の財産的基礎に影響を及ぼすものでない場合には、例外的に許容されると判断しました。

(2)その上で、本件では、Ⅱ、500円という額は社会通念上許容され、また、Ⅲ、利益供与の総額である452万円強は、モリテックスの経常利益(3億6000万円弱)、総資産(150億7000万円強)、純資産(76億8000万円強)、中間配当・期末配当(70万円弱)と比較して、財産的基礎に影響を与えるものではないとされましたが、Ⅰ、商品券の贈呈を表明した葉書において「重要」と記載して「是非とも、会社提案にご賛同の上、議決権を行使していただきたくお願い申し上げます。」との記載をしていること、また、商品券の贈呈は経営権の獲得をめぐる対立が生じた段の株主総会で初めて行われたものであること、議決権行使比率が例年比30%と増加し、会社提案に賛成したものと扱われることになる白紙での議決権行使書面が1349名の株主から送付されたことから、議決権行使への影響が認められるとして、商品券の贈呈は会社提案へ賛成する議決権行使書面の取得を目的としたものと推認でき、正当な理由がなく、利益供与に該当すると判示されました。

(3)その上で、判決は、決議方法が法令に反するとした上、違反事実の重大性や議決権行使への影響がうかがわれることを理由に、裁量棄却の適用はないとして、役員選任の各決議の取消しを認めました。

以上

[1] 東京地裁平成19.12.6‐判決全文は商事法務No.1820‐p32以下を参照。

[2] 但し、監査役1名については、会社提案と株主提案とで同一。

[3] 詳細は、金融商品取引法194条、同法施行例36条の2第1項、上場企業の議決権の代理行使の勧誘に関する内閣布令43条等を参照。

[4] IDECからは、このほかにも取消事由が主張されていましたが、判決において判断されなかったため、省略しています。詳細は、判決文参照。

[5] モリテックスの定款では、取締役は8名以内、監査役は4名以内と規定されていました。例えば、会社提案が「取締役5名」及び「監査役2名」の選任を提案するものであったとすれば、株主提案とは役員の員数構成が異なるため、判決において異なる結論が導かれる可能性があったものと考えられます。

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